逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
というわけで久しぶりの更新です。
ザザッ、とゴールに置かれたカラーコーンの脇を抜けて道路をぐるりと回り込みサイレンススズカは折り返してきて止まる。
ゴールドシップというらしい芦毛のウマ娘の姿は、まだ見えない。
サイレンススズカは、どうやらちゃんと勝ったらしい。
「トレーナーさん、やっとわかりました!」
ゴールした開口一番にサイレンススズカは尻尾をパタパタさせながら駆け寄ってくる。
どうやら、ここに来た成果はあったらしい。
「身体を倒しながら踵からこうやって、爪先に……なんかこんな感じで走ると、好きなほうにするする走れて!」
「……そいつを完全に自分のモノに出来たら、ターフでもある程度の距離なら脚を使わずに息を入れながら、スピードを落とさずに流して走れるようになるハズだ。最初は、坂路で練習してみるといい」
嬉しそうにジェスチャーを交えながら、得たものを伝えてくるサイレンススズカの頭を撫でながら、とりあえず今日の予定を改めて考える。
今の時間から府中にこのまま戻るとだいぶ夜遅くになる。
正直、こんな夜に車を走らせてとんぼ返りするのはつらいが、頑張って車を走らせるか。
「やっと着いたぜぇ……長い長い冒険だった……」
坂の上から芦毛のウマ娘がだいぶ遅れて走ってきた。
全身に葉っぱまみれだが、大丈夫だろうか。
そもそも、長い冒険じゃなくて野良レースだったハズだが。
「よぉ、惨敗だったな」
「フェスタ!来てやがったのか!」
葉っぱまみれの芦毛のウマ娘に、ナカヤマフェスタは話し掛ける。
本当に知り合いだったのか。
勝手にライバル面してるだけの痛いウマ娘じゃなかったんだ……
「次の勝負までここに来るつもりはなかったんだが、騒ぎを聞き付けてな。ここまでの大勝負なら、どうせなら三つ巴でやり合っておけばよかったな……」
「やめとけやめとけ。付き合ってたら、壁に刺さるか崖に落ちるかだ」
芦毛のウマ娘は遠い目で呆れたように肩を竦める。
サイレンススズカのスピードに追随していただけでも、なかなかのものだとは思う。
最後にコーナリングをミスったのか、藪に突っ込んだようだが。
思っていた以上に、サイレンススズカが得たものは多いようだし、山道にもまだ優駿の芽は残っていたことを見られた。
遠出しただけの収穫はあったと思う。
「さてグランマ、用は済んだし……僕らはここで帰らせてもらうよ」
「ああ、誰も文句は言うまいさ。また、顔を出しな」
「今度は昼間に1人で来るよ。また担当が野良レースに巻き込まれたら困る」
サイレンススズカに用意していたウィンドブレーカーを羽織らせて、車へと向かう。
夜風が冷たく、どんどん寒くなってきた。
ここからある程度は離れてからになるが、サイレンススズカの脚をマッサージして、遅くなりすぎない内に夕飯を軽く食べさせなければ。
サイレンススズカを足を伸ばして楽に出来るように限界までシートを後ろに下げた助手席に座らせて、車の前を回って運転席に乗り込み、鍵を回してエンジンをかける。
出ようとしたところを、運転席の窓をノックされる。
さっきの、ナカヤマフェスタだ。
窓を開けると、ナカヤマフェスタはこちらに指差して言う。
「ターフでの勝負、楽しみに待っていてくれ」
「僕が忘れない内に来てみろ。それじゃあな」
「編集長、彼の経歴が少しだけわかりましたよ」
側頭部のアフロに突き刺したペグシルをぐりぐりいじりながら、キーボードを叩く編集長に、尖った金髪針頭の若手がファイルを出す。
前々から若手に調べさせていたフユミの経歴、その一端がこのファイルにまとめられているらしい。
「彼、かつては千葉を拠点にしていた野良レース集団“プレアデス”のバックアップ……その1人だったらしいっす。ようやく写ってる写真を見つけたっすよ」
写真の中央には握手する二人のウマ娘とその両サイドに並ぶウマ娘。
その背景にちらりと写る銀髪の青年が、確かに面影はあるが、夜に撮った写真なのかハッキリとはわからない。
今のフユミの髪は、まるで染めてない黒い髪色だ。
確認しても、シラを切られたらそこで終わりだろう。
記事には、なりそうにない。
「野良レース集団か……野良レースのほうはウチじゃ網を張れてないからな。取り零しも納得だ。どうやって調べた?」
「ウマ娘の野良レース集団って、だいたいが社会からのはぐれ者の集まりなんすよ。今だってこそこそと野良レースをしてる連中はいるっす。そこに当たってみたら、知ってる奴は知ってましたよ。もっとも、この写真を見ればわかる通り、彼はほぼ裏方。主役は中央に写るウマ娘達っすからね。当時の彼のことどころか“プレアデス”のこともぶっちゃければ伝聞のみ。当時のウマ娘達も1人を除けば市井に紛れてしまって追うことは不可能、この写真のフユミだってご覧の通り、本当にフユミなのかはわからないっす」
「例外の1人は、誰だ?」
「この真ん中にいるフラッシュで反射する紺色の髪をしたツリ目のウマ娘、ロードレースのほうで突然現れて活躍してる経歴不詳のウマ娘“スカイズプレアデス”じゃないかって話なんすよね。当時は“ブルーマイカ”って名乗ってたらしいっすけど」
言われてみればどこかで見たようなウマ娘ではあるが、ロードレースのほうはここには資料がない。
国内トラックレース専門誌の形式を取っている月刊トゥインクルには、そっちの分野にツテが少ない。
取り扱っている雑誌の編集部とのツテを、今までのパーティーとかで集めた名刺から探せるか、試しに見てみよう。
「もしかしたら……今までの違和感を全部、払拭出来るかもしれない」
新人にしては妙な場馴れ感というか、初々しさがないというか、異物感があるこの男の正体がなんなのか、それを早く見極めないとトレーナー1人に月刊トゥインクルそのものが振り回されることになる。
たった1人のトレーナーの後追いをするなど、業界きっての専門誌の沽券に関わる事態だ。
「この裏付けも無しにフユミトレーナーを追うと決めた乙名史パイセンのカンも、かなりヤバイっすよ」
そろそろ今まで撒いていたものをコツコツ回収しながらクラシックへ突入するよ。
だからあっちも復活してくれよ、ダスカのあれとステータスのあれ……