逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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開戦前の一幕

「はい、トレーナーちゃん」

 

「ありがと」

 

 寝入りそうなところに、マヤノトップガンからコーヒーの缶が差し出される。

マヤノトップガンが買ってきた缶コーヒーをタブを開けて一気に飲む。

飲んでから気付いたが、よりにもよってブラックだ。

 

「にっが……」

 

「他のコーヒーが売り切れだったんだけど、トレーナーちゃん、嫌いだった?」

 

「眠気覚ましだから、好き嫌いはないよ」

 

 タイキシャトルは「やっぱりニポンのコーラは美味しいデース」とコーラをニコニコ顔で飲んでるし、サイレンススズカはペットボトルの水を少しずつ飲んでいる。

マヤノトップガンが手にしてるのはアイスココア。

とりあえずそこの自販機が全員の好みの物がある自販機でよかった。

飲み干した空き缶を前のテーブルに置くと、マヤノトップガンがまた膝に戻る。

 

「スカーレットは勝てますか?」

 

「さぁ?僕はダイワスカーレットのトレーナーじゃないからわからない。言えるとしたら、今のエアグルーヴは入院明けで間違いなく体調も体力もガタガタ。二番人気はぶっちゃけ親の七光りだろうから実態にそぐわない。一番人気をウオッカに取られたのがその証拠。少なくともエアグルーヴより後ろになるようじゃこの先、ティアラ路線は諦めるしかない、ってことだ、け……」

 

 サイレンススズカに話を振られて、マヤノトップガンの頭を撫でながらチューリップ賞のことでまとまりのない考察をただ羅列していたら、気付くと、休憩室のフユミが座るソファーの周りに他のウマ娘やトレーナーが集まって、ちょっとした上映会というか鑑賞会になっている。

 

「いやー、両手に花どころか花束に囲まれて寛ぐとは、いい趣味してますねぇ。フユミトレーナーさん」

 

 ニヤニヤ、という文字が浮かんで見えるような顔でからかってきたのはいつの間にか来ていたナイスネイチャ。

制服姿だし、昨日は見かけなかったのでさっき会場入りしたのだろう。

ナイスネイチャがいるということは、当然ながらここにはもう一人いるわけで。

 

「よー、フユミくーん!膝だけに飽き足らずついに両サイドを埋めて鑑賞会とは幸せ者じゃないかー!はははははっ!」

 

「まぁ、いるよな。そりゃ」

 

 後ろからバカ笑いが聞こえてきた。

振り返らなくても、誰なのかはわかる。

ナイスネイチャのトレーナーだ。

このバカ笑いさえなければ悪い人じゃないんだが、バカ笑いが煩すぎる。

フユミよりずっと年上で、トレーナーになってからけっこう長いらしいが気安い性格でベテランの雰囲気を出さない人物だ。

昨年末にマヤノトップガンの面倒を引き受けてくれたりしているので、かなり世話になっているがそれでも笑い声が煩すぎる。

 

「はははははっ!チューリップ賞か!で、ずばり誰が勝つと思ってんだ?ダイワスカーレットとウオッカ、どっちとも担当と併せをさせていたキミなら、見当が付いてるだろう?」

 

 ナイスネイチャのトレーナーがソファーに座っている後ろから顔を出してきた。

とりあえずここは、思った通りに答えるべきだろうか。

たぶん当たるとは思うけど、当たっても外しても面倒なことになりそうだから言いたくない。

でも、言わないとそれはそれでしつこそうだから、言って外すのを祈るほうが早いか。

当たったら当たったで、予定通りにローテが進むだけだ。

 

「……誰かに投票しろと言うなら、ダイワスカーレット」

 

「エアグルーヴとウオッカは?」

 

「ウオッカは普通なら来させない。エアグルーヴは、来ない」

 

 ナイスネイチャのトレーナーが一瞬だけ間を空けて、それを聞いて思いっきり笑い出す。

割と普段からことあるごとに笑うので、きっと前世は笑い袋だったのだろう。

煩いし。

 

「おいおい、ずいぶんと女帝に手厳しいなぁ!はははははっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

「よ、リベンジに来たぜ」

 

 観客席で四角四面の醤油顔をしかめっ面にしているメガネことウオッカのトレーナーであるサンジョーを見つけて、ハルヤマは隣の席に座る。

いつも小難しいことを考えてそうな表情をしているし、数学の教員も兼務しているのもあって生徒からはモアイとか呼ばれているが、本人は普段は今夜の晩飯のことくらいしか考えてないのに、よくもまぁ普段から世界の終末でも考えてそうな顔を出来るものだ。

 

「しかし、サンジョー。ウオッカをチューリップ賞に出すとは思わなかったぜ」

 

「阪神を取った以上は桜花賞直行、俺もそう考えていたがあのバカ、いきなり『オレもチューリップ賞に出る!』とか言い出してな。ハッキリ言えば無駄なんだが……言って聞くようなタマじゃないから、走らせることにした」

 

「日頃の苦労が顔に出てら。いつも以上に顔の彫りがモアイだぜ」

 

「モアイ言うな。モアイはメガネしないだろ」

 

「あっ!あのっ!ハルヤマトレーナーにサンジョートレーナーでいいですか?」

 

 二人が軽口交じりに話してる横からちょっと大きな声がしたので、二人はそちらを振り向く。

下手したら今年、高校を卒業しました!みたいな童顔かつ丸顔で、カチューシャで茶色の前髪をまるごと上げてデコ丸出しに肩には付かない程度のそこそこ長い髪型に、どこで買ってきたのかわからないようなコテコテの大きな丸いメガネをした、物凄く肩身を小さくしている仕草に似合わない、いかついデニム生地のジャケットを着た線の細い身体の、見慣れないトレーナー。

トレーナーと認識出来たのは、何故か襟とかに留めずに、タコ糸でくくって首から下げたバッヂが揺れていたからだ。

これだけ特徴があるのに、少なくとも今年の新歓や合コンで、ハルヤマはこの人物を見た覚えはない。

もっとも、合コンのほうは行こうと打ち合わせていた時点でダイワスカーレットにバレてからは行ってないので、そのあとにハルヤマ抜きで開いてる合コンにいたらわからないのだが。

 

「えーっと、お前……誰だ?」

 

「あ!私、今年からトレーナーになったホオヅキって言います!よろしくお願いします!」




ダスカちゃんはなぜトレーナーが合コンに行くのにイライラするのか、自分でもわかってません。
中等部だからね。

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