令和、現代日本。
科学が発展し、人が姦しくも賑わう中でオカルトは眉唾モノとして今でも扱われていた……しかし、それは眉唾ではなく現実に存在している。『門』と呼ばれる森羅万象あらゆるモノに宿るエネルギー源から実体化して害意を振り撒く存在--魔獣。
魔獣に対し、同じ『門』の力を持って制する者を知る人はこう呼んだ……まるで魔法使いだと。
しかし、何時の時代でも超常の力は人の理解を超え、混乱を撒き散らすしかない。
魔法使い達は人々の平和を奪わないように理解ある協力者の助力により、表社会から姿を消し、裏から支える事を選んだ。
魔法使いが表から消えて千年以上の時が経った。
一台のワゴン車が会社の駐車場に入場する。
ワゴン車の側面には会社の名前とロゴ、電話番号が書かれており、会社が所有する車だと一目でわかる。
その運転席から降りてきたのは、黒い短髪に黒目のいかつい顔つきな男。若干老けているが、その体格は筋骨隆々としていた。
男はそのまま社員専用の出入り口前に立つと、軽快に扉の横に備えている数字のパネルに番号を押して、青緑色の木の板をパネルの下にある窪みに挿入した。すると無機質な灰色の鉄の扉がみるみると青緑色の木の扉に変化していったのだ。
男が慣れているように木の扉を開け、中に入って扉を閉めると、扉は元の無機質な灰色の鉄の扉に戻った。
扉の内側は机の上に多くの書類が塔のように高くそびえる広いオフィスとなっていた。
「魔道具の宅配から戻りましたー」
「お疲れさん。タスク」
短髪の男性--
「おかえり、ありがとさん」
「鍋さん、進歩はどうすか?」
「しばらく残業だな」
野槌蛇から手渡された缶コーヒーを開けて口に流し込む金髪の男--鍋島は野槌蛇に書類について聞かれると苦笑する。
「
「大丈夫すけど、場所はどこですか?」
眼鏡をかけた初老の男性が野槌蛇に声をかける。敬語で返事を返す所から先輩か上司なのだろう。野槌蛇に場所を聞かれた初老の男性は眼鏡を光らせて答えた。
「現場解体班だ」
初老の男性の言葉に野槌蛇は固まる。まるで聞きたくなかった言葉を聞いてしまったかのように引きつった笑みを見せ、初老の男性に交渉した。
「……早退していいですか?」
「ダメだ。すでに許可は取ってある。行くぞ」
「チクショウ!」
「ご愁傷様~」
即答で拒否され、考え無しに安請け合いした過去の自分を恨みながら野槌蛇は全身を纏うような白い防護服を手に、初老の男性と共にオフィスを出た。
二人の背を見送った鍋島は書類の続きを行おうとするが、向かいの席にいた気弱そうな男性に声をかけられてしまう。
「……あの……噂には聞きますけど、現場解体ってキツイんですか?」
「まあな、魔獣の体は臓器の見分けがつきづらいし、現場は荒れてるからピリピリしてるし、丁寧に解体して期日までに終わらせなきゃいけない……そして何より、あれやった日にゃ--……」
気弱な男性に説明する鍋島だが、不意に現場解体班に初めて呼ばれた日の事を思い出してしまい、表情を精神的苦痛に歪める。
脳裏に過るのは初日に想像してた以上の現場の空気、辺りに蔓延する生臭い血や時間経過による腐臭、死んだ振りをしてるかもしれない魔獣の無機質な瞳、地面に飛び散る臓物、防護服の中で吐いてしまった嘔吐物の臭いと濡れた服の感触……
「……しばらく飯は食えねぇな」
寒気がさした鍋島は、思い出してしまった事を忘れてしまおうと書類の処理に没頭した。
--■□■--
「だー、疲れた!」
深夜。
現場解体から終えた
それは初めて現場解体に呼ばれた際に古参の先輩に教えてもらった料理で、食欲が無い時に重宝している。何せ肉類は現場の臓物を彷彿させるのでNG、カレーや煮込みは色で論外、それに比べればパスタは原価も安く、現場を思い出すのはあまりない。
ただし、ミートソースは除く。
「……ウプ……まだ鼻の奥にニオイガ……」
『今日は特級魔法使いの特集です!』
体に染み付いた残り香に悶える野槌蛇。ふと、テレビ型の魔道具から流れる声に視線を向けると二人のアナウンサーの間に高身長で長い金髪の女性の画像が映し出された。
魔法使いの世界では、裏で世界を守る為に世界各地に秘密裏にネットワークが構築されている。表側の社会にいる協力者のおかげで
目の前の女性アナウンサーは最近表社会でも話題になってる人物だったなと思い出し、覚えててもあんまり意味が無いと自己完結してビールを飲んだ。
『今回ご紹介するのは日本で数少ない特級魔法使いにして、先月『私立間門高等学校の教員になる』と宣言し、世間を騒がせた魔法使いです。これに関して本田さんはどう思いますか?』
『彼女は外国の世界三大一族……ベルモンド家、エルモスハート家、イグニス家に対して優位に戦える数少ない魔法使いです。性格に難はありますが、彼女の関係者は文句の後には必ず最強の一言を添えます……そんな彼女が教員になると宣言したのですから、今年の試験は過去最大の倍率を誇るでしょう。そもそも彼女の魔法は--……』
かじりつくように見る野槌蛇だが、アナウンサーの声は途中から聞こえていない。
彼は幼い頃に魔法使いに救われ、その姿に憧れて魔法使いになる事を夢見た。
両親の反対を無理矢理降りきり、飛び出すように上京した当時の彼は人々を護る魔法使いの階段を登ることに胸を踊らせた。
しかし、現実は彼が踏む階段さえ用意されなかった。
平均以下の魔力、使い方がわからないどころか目覚めた事もない魔法、独学だが基礎しか出来ていない彼に上層部は実力を見る前に彼の受験を拒否し、門前払いした。
まさかの事態に困った彼だが、不幸中の幸いで後に勤める職場の上司と出会い、泊まり込みで働かせてくれる事になった。
様々な出会いと経験を得て、去年よりも強くなった彼は二度目の挑戦に踏み出した。
だが、まだ彼に踏み込む権利さえ与えなかった。
二度目は対人戦で、彼は手も足も出ずに惨敗した。
相手は魔法使いの中でも名家とも言うべき人物。技術も作戦もない魔力のゴリ押しという頭の悪い魔法で彼は悟った。
……自分は魔法使いになれるチャンスを貰ったんじゃない……エリートを必ず合格させる為の当て馬にされたんだ……
全身に走る痛みに耐えながら、見上げる彼の視界には自身を潰れた虫を見るかのように侮蔑する相手の表情、すでに眼中に無く相手を誉める上層部の顔だった。
瞬間、彼の中で抱いていた夢の砕け散る音が響いた。
一度目は受けれなかった現実に対する反抗心と若さによって耐えられた。しかし、一年かけて得た知恵も技術も否定し、軽々しく踏み潰す現実に彼は理解してしまった。
もう、自身が憧れた魔法使いは存在しない。
その後、彼は魔法使いになる夢を諦め、本格的に職場で働く事を選び、現在に至る。
「……なんで、こっち側にいるんだろ。オレ……」
ポツリ、と呟いた野槌蛇は自身の言葉に遅れて気付き、頭を乱雑に掻いた。
「だー!! 考えるなオレ!!」
嫌な思い出ごと沈めるように使った食器を水を溜めた台所のシンクへ放り込み、テレビ型の魔道具の電源を消して、布団の上に倒れた。
「今の仕事だって充分に人の役に立ってる。立派な仕事で生活できてる……それで充分じゃねぇか……」
そんな言い訳を独り言で言う彼は眠ろうとするが、胸に残る謎の違和感のせいで眠れず、寝付いた頃には起床予定時間の三時間前だった。
主人公の過去は後々、紹介します。
なお、彼の会社の入社試験は下手すればトラウマになりかねない(精神的な意味で)クソです。
魔法使いの世界ではホワイト寄りです。入社試験がクソなだけです。