〜鳴神の太刀〜 ゴブリンスレイヤー フロムイミテイシヨン 作:Jack O'Clock
3-1:初めてのお使い/Far from Home
依頼の概要を説明します。
今回の案件は、ギルドからの直接の依頼となります。内容は、南の街の状況調査です。
王国内でも指折りの貿易港を有する南の街は、海上通商の要衝の一つであり、ギルドの各種物資調達において小さくない役割を果たしています。ところが現在そちらからの商品納入が停滞しており、なんらかの問題が発生しているものと思われます。
当面のあいだは、それによって皆さんへの
もちろん我々からもあちらに封書を送り問い合わせを試みたのですが、十分な回答は得られませんでした。そこで皆さんには特使として南の街へと赴き、何が起こっているのかを見極めていただきたいのです。
なお、目的はあくまで街の内情把握です。事態の収拾に成功した場合には
依頼の概要は以上です。
ギルドは、本件を重視しています。……ですから、その。
ゴブリンではないですけれど、お願いできませんか?
冒険者ギルド二階、応接室。
手入れの行き届いた
「俺は受けよう」
即決で鉄兜を縦に振った男に、驚きの眼差しが注がれる。彼はゴブリンスレイヤーであり、ゴブリンを殺すためにギルドに籍を置いているのであり、ゴブリンと関係のない依頼に興味を示すことなど滅多にないからだ。
「よろしいのですか?」
「ああ。お前の言うように道具が手に入りにくくなれば、ゴブリン退治にも支障が出る。無視できん」
つまり、ゴブリンと関係のある話だ。よって引き受ける。単純明快。驚きが呆れに変わった者が数名いたが、意にも介さず彼は己の一党の面子を見回した。
「お前らはどうする。やるか?」
「当ったり前でしょ!」
我が意を得たり、と妖精弓手は手を打った。その音色でさえ上等な楽器のごとくなのだから、まったく上の森人という種族はなんともはや。
「使命を帯びたギルドの
眼鏡を、なぜかかけている銀細工の
「適当に
低い位置から低い声。鉱人の短足には只人用の椅子は高すぎる。床に胡座をかいた鉱人道士が呆れ顔のまま喧嘩を安売りすれば、あとは、まあ。ここからのやり取りはいくらか省略するとして。
「儂もいくぞい。触媒の仕入れに関わるっつうんなら、かみきり丸じゃねぇが、無視できんかんの」
精霊から特段の寵愛を受ける者でもない限り、精霊使いは触媒の備えなくしては戦えぬ。死活問題とはこのことだ。彼には独自の仕入れ経路を確保している民間の
「上に同じ。そういった事情であれば、拙僧とて微力を尽くすに否やはありませぬぞ」
高い位置から低い声。蜥蜴人の長尾は背もたれと相性が悪い。壁際に立つ蜥蜴僧侶は、触媒と聞いては看過できぬと顎門を開いた。何しろ竜の牙を用いるのだ。ドラゴンではなく
「ただ、一つ解せなんだが。なぜこの依頼を小鬼殺し殿に持ちかけたのか。こう言ってはなんだが、かような仕事に通暁した者ならば、ほかにおられるのでは?」
そこは皆、疑問だった。ゴブリンスレイヤーの在り方についてはギルドも納得はともかく、理解はしている。というより半ば以上諦めている。断られる公算が高いと知りながら、決して得手とは言えぬ役にあえて彼を抜擢したのはいかなるわけか。
「それは、ですね。身も蓋もないのですが、お任せできるだけの等級の方が皆さん以外、遠征に出てしまいまして」
少々目を泳がせながら、受付嬢は歯切れ悪く残酷な真実を告げた。それは要するに。
「消去法ってこと? なーんだ、せっかくこう、選ばれし者! ってやる気になってたのにさ」
「すみません……」
「あぁん、そんな本気で謝らないでよ。冗談、冗談だから」
「あの、それですと私はご一緒できませんよね」
こちらはこちらでうつむき加減の女神官は、着衣の胸元を押さえた。その奥に宿る鋼鉄の鈍い光沢は、銀の輝きとは比べるべくもなし。
「問いが増えたな。何ゆえ、我らまでもが呼ばれたのだ」
そして、侍に至っては白磁等級のままだ。机上に置かれた依頼書から情報を引き出す努力には早々に見切りをつけ、彼は受付嬢に視線を移す。妖精弓手を師として読み書きの手習いに励んでおり、つい先頃も尖筆を踊らせて砂盆を掘り返していたところだったが、成果を望めるのはまだ先のこと。勉学にせよ昇級にせよ、一朝一夕にはいかないものだ。
「はい。その点に関しましては、しっかりとした理由があります」
気を取り直し、居住まい正し、受付嬢は軽くしわぶいて職務に戻る。
「着々と等級を上げている出世頭と、上位の冒険者にも匹敵する戦闘能力の持ち主。ギルドはお二人を高く評価しています」
「ふえ? えと、ありがとうございます」
「恐れ入る」
功を焦った者は往々にして寿命が短く、慎重な者は歩みが遅い。一年ほどで鋼鉄まで辿り着ける新人は稀だ。言うまでもなく、デーモンと真っ向から打ち合える新人はもっと稀だ。注目は必定だった。
「だからこそ、我々はお二人の冒険者としての適性を、より詳しく知りたいと考えているのです」
そんな彼らの
「なるほどな。試しというわけか」
「そうです。
筋力技量理力信仰よりも、知性に教養それから人品がものを言う依頼も、ギルドには舞い込んでくる。対処できる人材の確保が必要なのだ。
「でも、初めての
かけられた期待とは裏腹に、女神官は憂慮する。寺院を飛び出して幾ばくかの時を経たとはいえ、いまだ知らないことだらけの小娘にすぎぬ。彼女は自己をそう評していた。それは、ある程度は事実でもあった。
「大丈夫かどうかはわからんが、同行したければ俺は構わん」
「ちょっと言い方」
不安げな目線に淡々と返したゴブリンスレイヤーに、他方から不満げな目線が刺さった。
「わからんものは、わからんだろう。やってみんことにはな」
「だから、そこで勇気づけてあげなくてどうするの。根拠がなくても、ううん、根拠はあるわね。この子、
「そだの、お前さんよかよっぽど安心して見とけるわい」
同意ついでに再度の茶々入れ。が、妖精弓手はこれを涼しい顔で受け流す。
「あーら、お忘れかしらん。私は星風の娘、
ほほほ、と口もとを隠して笑うわざとらしい所作が、それでも様になるのは彼女が本物である証。さすがの鉱人道士も今回ばかりは旗色が悪いと見て取ったか、喉奥で呻いて投了した。
「とはいえ、野伏殿とて生まれ出ずるときより礼節を弁えていたはずもなし。すべては学び、磨くものですぞ」
そうやって迷走しかけた話を蜥蜴僧侶がまとめた辺りで、女神官の考えもまとまっていた。
「やり、ます。やってみます」
胸の前で両拳を握り気合いを示す。どうにも頼もしさよりかわいらしさが勝ってしまうが、いずれ逆転する日もくるだろう。夢想しつつ、受付嬢は眦を下げた。
「頑張ってくださいね、応援しています」
さて、残るは一人だ。
「カラドタングはどうしたい?」
冒険者としては駆けだしでも、それ以前にそうとうな修羅場をくぐってきているであろうことは明らか。初心ゆえの物怖じなど無縁と思われる彼だが。
「お主らがゆくのであれば、辞する由はない」
問題は、別のところにあった。
「んー、そうじゃなくて。何かやりたいこととか、ないの?」
「む……?」
簡単な質問が、しかし侍の思考に歯止めをかける。為すべきことをなくした己に生きる意味が、為せる何某かがあるのか。手探るさなか、答えの在処は杳として知れぬ。
「冒険をする目的とか、理由よ。たとえば私は、未知への挑戦、新たな発見、困難を乗り越えた先にある達成感!」
そんな後輩の心中を察したのか否か、びし! と天井を指差す妖精弓手。いける手段があるのなら、彼女は雲上にだって冒険の旅に飛び立つに違いない。
「わ、私は地母神様の教えに従って、たくさんの人を守り、癒し、救うために」
実践できている自信はあまりないけれども。女神官がそれでも声を上げたのは、助けが必要な者がここにもいたからだ。
「拙僧は、闘争の果てに位階を高め、竜への変生を遂げるため」
人のごときがうそぶけば一笑に付される大望も、蜥蜴僧侶の長い舌が語れば現実味を帯びて聞こえる。あるいは大望だからこそ、冒険者にふさわしいと言うべきか。
「儂ゃうまい酒と食いもんだの。なぁに、むつかしく考えっこたぁねぇさな。すぐ手の届く目標でも、とりあえずは十分よ」
続く鉱人道士、こちらは対照的に即物的すぎる。が、そこに命を賭けてもよいと納得づくであるならば、これもまた正答だ。
「お前は一党の……一員だが。こちらの都合につき合わせるつもりはない。依頼を受けるなら、それはお前の冒険だ。なんのために、何をするか。決めるのは、決めていいのは、お前だけだ」
今さら己の理由を語るまでもないと悟っているのだろう、今回はゴブリンスレイヤーが、このようにまとめた。侍も考えをまとめるときだ。
「俺は……」
南の街。港街。すぐに思い浮かぶのは一つだけで、正しいかどうかなどわからず、だが確かに望むこと。
「海を、目の当たりにしてみたい」
「あっ、私も。そういえば私も見たことないです」
「いいじゃない、初めての海。きっと楽しい冒険になるわ!」
皆、笑っていた。皆、嗤わなかった。侍の出自を思えば、何かしら疑問を抱いてもおかしくはないところだが。遥か極東の地理にまつわる知識を持ち合わせる者はこの場におらず。
ただ純粋に、彼の踏み出した一歩を祝福していた。
南の街は、山岳地帯によって内陸部から切り離された陸の孤島である。
今でこそ街道が整備されたことで通行は比較的容易になっているものの、かつては中央との間に人の往来がほとんどない、王国の裏庭だった。そうした立地ゆえ、近海を跋扈する海賊団や、
転機が訪れたのは二十余年前、先王の治世下でのことだ。
当時、街を根城とする海賊たちは親方と呼ばれる人物によって束ねられ、彼らなりの秩序を保っていた。諸外国との戦乱に血道を上げる王はそこに目をつけ、成人したばかりの義姪を嫁がせることで親方を外戚に迎え、公爵の位を与えたのだ。晴れて正式な領主となった公爵とその配下は
やがて時代は下り、若き王子が玉座を継ぐことになる。彼は政策を平和路線へと転換し、軋轢の種となる私掠船制度を撤廃。海賊たちの多くは真っ当な商船や、周辺海域を守る海兵隊の
「……ふむん。この匂い。そろそろ見えてくる頃かしら」
「もうじき峠に差しかかりまする。しばし待たれよ」
幌に冒険者ギルドの徽章を刻まれた二頭立ての馬車が街を目指し、山を巻く坂道を上っていく。妖精弓手は磯の香りを感じとり、御者を買って出た蜥蜴僧侶の背中越しに連峰を眺めた。ちなみに念のためつけ加えておくと、裸眼だ。
「潮風は金物を錆びさせる。気にかけておけ」
心躍らせる彼女へ塩水を差す、不可抗力で耳に入ってしまったありがたいお言葉。ムッとして振り返れば、なるほどいかにも錆には弱そうな鎧男が座っていた。何も、鉄と無縁の森人にわざわざ無駄な忠告をしたわけではなかろう。向けられた相手は別にいる。
「はい、ちゃんと油を塗り直してきました」
まず女神官。彼女が長衣の下に着込んだ鎖帷子は、初めて冒険で得た報酬で購入し、またゴブリンスレイヤーに褒められた思い出の品だ。注意を促されずとも、点検を怠ったことなど一度もない。
「抜かずに済めば、よいが」
侍の懸念はより深く、愛刀の柄を撫でた。具足も大事だが、刀は輪をかけて繊細だ。塩気に晒すのは避けたい。
「まあ、別に戦いにいくわけじゃないですし」
「いや、荒事は想定するべきだ。ギルドもそのつもりで、職員ではなく俺たちを派遣したのだろうからな」
「やっぱりそうですよね……」
「ええい、白ける話すんない。かみきり丸よう、もっとこうあんだろ、気にすっことが」
塩気どころか辛気臭くなりかけた空気を厭い、鉱人道士が口を開いた。強引に話題を変えることに決定。
「ゴブリンか」
「マジで言うとるのか」
「ああ」
老人然とした顔貌を余計にくたびれさせる。このままでは駄目だ。
「港街ぞ。港街っつうたら海の幸だろが。いつもはありつけん新鮮な海魚が、儂らを待っとるわけよ」
「海魚か。
思ったよりは食いつきがよい。調子づいて髭をしごき、朗々と語句を継ぐ。体型から想像がつくとおり、たいていの鉱人は食について一家言あるものだ。
「あれも悪かねぇが、油使うんならやっぱ揚げもんだぁな。前に水の街で川魚のを食ったろ。ここいらだと
「そうか」
それを素っ気なくぶった切るのは、あんまりだと鉱人道士は思う。
「興味持たんかい、興味を」
「興味はある。食い物の質は一党の士気に関わるからな。うまいに越したことはない」
「あー……ま、お前さんにしちゃ上出来か」
手応えがあっただけよしとする。しかない。さすがにいたたまれなくなったか、掩護射撃が飛んできた。
「ソースじゃなくって、普通に食べる野菜は?」
「ん、そら
「赤茄子って、あの果物みたいなやつよね。あれ好きよ私!」
「私もです。おいしいですよね」
「チーズはあるのですかや」
「あっぞ、羊の乳でこさえたのが」
「おお、よきかな……!」
「酒はどうか」
「
「ほう」
身振りを手振りを交えつつ呪文めいて唱える言の葉に、全員が聞き入っていた。精霊を口説き落とすのが本分なれば、この程度は造作もない。矢継ぎ早に受け答え、幌の中が活気と期待で満ちるほど、腹の中が寂しくなる。一行はそろそろ、太陽の位置を思い出す頃だ。
「着いたらすぐお昼ご飯にしない?」
「まず向こうのギルドに顔を出す。それが済んでからだ」
「はーい」
森人らしからぬだらけた姿勢で外を見やる妖精弓手。到着はまだか、食事はまだか。彼女に手綱を任せていたら、馬たちはさぞかし苦労させられていたことだろう。
「……あっ! ねえねえ、一回停めて」
「ふふ、承知、承知」
左手に見えていた岩肌が途切れ、峠道へと折れる地点。車輪が動きを止めるよりも早く、床を蹴り蜥蜴僧侶を跳び越え馬上に立つ。残る面々は何事かと馬車を降りた、いや降りようとしたときにはもう、妖精弓手の意図を理解していた。
「これが……」
思わずこぼした侍が、自然と崖際へ歩み寄る。
山裾の斜面に沿って建ち並ぶ、橙色の瓦屋根。下った先で、緩く弧を描く港湾に大小さまざまな船がひしめいていた。帆を膨らませ旅立っていく一隻を目で追えば、視界を染めるのは果てしない紺碧だ。彼方で空と溶け合う境に想いを馳せるうちに、すばらしい、この美しい
「ふおぉぉぉ! 海だぁー!」
「なんでお前さんがいっとう、はしゃいどるんだよ」
馬の背を揺らさずに跳ねる二千歳児を、陽光に目を細めつつ見上げた鉱人道士に、返ってきたのはまばゆい笑顔。
「だって、海だもの!」
かつて川を流れる木の葉を追って故郷を離れた妖精弓手は、冒険者になると真っ先にその終端を確認しに向かったものだ。森のことですらすべてを知るわけではないのだから、いわんや大洋においてをや。海の青さこそ、彼女の最初の
「島が見えます。あんなに、遠くに」
そんな友人の冒険にかける想念の強さは、女神官もわかっていたつもりだった。だが真に理解、共感できたのは、今日が初めてかもしれない。随分と遠くまでやってきたはずが、眼前の大海原に比べれば、その旅程などまるで散歩道だ。波の向こうに何がある。あの島には何がある。沸き立つ感情を好奇心、もしくは冒険心と呼ぶのだろう。
「いずれ翼を得、ひとっ飛びに渡りゆく日が待ち遠しいですなぁ」
「生えるの?」
「生やしまする」
「そしたら背中に乗せて!」
「野伏殿が忘れておらねば、必ずや」
「そろそろいくぞ」
やがて、腰に手を置き黙したままじっと水平線を見つめていた頭目がようやく声を発すると、一行は馬車に戻っていった。
「で、次はどうするよ、雷光の」
「次?」
乗り込む際、手を貸した侍に、鉱人道士が問いかけた。
「海は見れたろ。次の目的は、なんぞあっか」
「ああ。決まっていよう」
薄く笑って即答する。
「酒と、飯だ」
もちろん、皆が笑っていた。ゴブリンスレイヤーでさえ、きっと兜の奥で口角をわずかに持ち上げていた。
気分は上々、馬車は軽快。ほどなくして、街門が一党を出迎えた。
◆銀眼鏡◆
なぜか妖精弓手のかける銀製の眼鏡。精緻な彫金の施された上質の品だが、度は入っていない。
只人の講師や学者には、眼鏡をかけている者が多い。彼女はそんな噂をどこかで長耳に挟んだのだろう。
どうせ児戯とて、まあ楽しげならばよいではないか。