〜鳴神の太刀〜 ゴブリンスレイヤー フロムイミテイシヨン   作:Jack O'Clock

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1-3:はじまりのはじまり/Press Start

 

 冒険者ギルドは、冒険者と依頼主の仲介をはじめとする支援を担う国営組織だ。ある程度の大きさ以上の街ならたいていはギルドの支部が配置されており、多くの場合、街に入ってすぐの立地に門戸を構えている。

 

「お、今戻りか。お前が手こずるとは珍しいな」

 

 ロビーに集うのは千差万別多種多様な言葉持つ者(プレイヤー)たち。大剣(だんびら)を壁に立てかけた重装の戦士(ファイター)が、槍を携えた美丈夫に声をかけた。あちらでは犬型の獣人(パッドフット)と、比較的細身の鉱人の少女(髭は剃っているようだ)が地図を広げている。こちらで鉱人よりもさらに小柄な圃人(レーア)の少女が談笑している相手は、半森人(ハーフエルフ)の青年だ。

 

 種族の違い、文化(ミーム)の違い、年齢の違い、性別の違い。彼ら彼女らの共通項は、冒険者であるという、ただそれのみ。

 

「手こずってねぇよ、仕事はサクッと片づけた。だが帰り際にデーモンと偶発的遭遇(ランダムエンカウント)すんのはさすがにきつく、は、ねぇかな余裕よ余裕!」

 

 カウンターの向こうで平素どおりに微笑む三つ編みの受付嬢を視認した槍の男は、やや声と覇気を大きくして威風堂々、肩で風を切る。

 

「俺ほどにもなればデーモンの一匹二匹、行きがけの駄賃に軽くひねって終わりですよ!」

「はい、お疲れ様です。大変でしたね、疲労回復に強壮の薬水(スタミナポーション)はいかがですか?」

「あ、はい。一本ください」

「お買い上げありがとうございます」

 

 勝つ者、敗れる者。戻ってくる者がおり、戻ってこない者もいる。そして、時折新しい風が吹き込む。

 

 自在扉を押し開き、ズカズカと踏み入る薄汚い鎧のなんか変なの。異様な雰囲気を漂わせているが、これでもギルドの日常風景だ。連れ添う白装束の少女も同様。違うのはその後ろ、翡翠髪の森人と並んで歩く男だ。

 

「見ない顔だな」

「なんだあのでっかい得物」

「てかガタイがでけぇよ。何もんだ?」

 

 下緒で肩に吊るした刀と弓を揺らし、侍は投げかけられる奇異の眼差しを涼しい顔で受け流す。かつては武将として兵を率いた男、この程度で動じるはずもない。

 

「私、先に席を取っておきますね」

「ああ」

 

 小さく会釈して、女神官は三人から離れていった。同年代のほかの冒険者と挨拶を交わしてはにかむ様子は、神の名においてデーモンを退けたあの勇姿とは似ても似つかない。

 

「ゴブリンスレイヤーさん! お疲れ様です。お帰りが遅いので心配しました、大丈夫でしたか?」

 

 先ほどとは異なる心からの笑みで、受付嬢はもう六年のつき合いになる奇妙な冒険者を迎えた。

 

「ああ。報告を——いや。冒険者希望者を連れてきた。先にそちらの手続きを頼む」

 

 脇にどいたゴブリンスレイヤーの陰から、というかすでに受付嬢からも見えていたのだが、とにかく侍は歩み出た。

 

「えっ、と、登録をご希望の方でしょう、か?」

 

 冒険者になりたい! と街にやってくるのは、何も夢と希望だけに満ちた成人したての農家の三男坊、ないし貧乏貴族の三男坊ばかりとは限らない。宮仕えが肌に合わなかった兵隊崩れや、己の罪業を悔い改めて再始動を図る元山賊。指名手配犯などでもなければ、ギルドはそういった素性(ライフパス)には頓着しない。ならず者(ローグ)前後の不穏分子に首輪をつけて管理することも、業務のうちなのだ。

 

 もっとも明らかに堅気とは思えない武装した大男を前にして、うら若き乙女であるところの受付嬢が平然としていられるかは、また別の話ではあるが。これが仕事中でなく夜道であれば悲鳴を上げて回れ右、だ。

 

「ああ、そうだ。異郷よりの流れ者ゆえ、この国の勝手を知らぬ。造作をかけることになろうが、何卒よしなに頼む」

 

 武骨なようでいて丁寧な、貴人のそれとは違う所作で頭を下げる。侍の体に染みついた、武士の一礼だった。なんとも堅苦しい態度だが、剽軽者(ルーニー)よりは生真面目な人物に好感をいだく受付嬢としては高得点。そも、この男は彼女が誰より信を置く冒険者が、初めて紹介してきた希望者なのだ。そう警戒することもあるまいと、引きつっていたいつもの営業スマイルを修復した。

 

「ご安心ください、私どもがサポートいたしますので。それではまず、冒険記録用紙(アドベンチャーシート)の記入をお願いします。文字の読み書きはできますか?」

 

 差し出された紙()()()()()に刻まれた文字()()()()()()を一瞥し、侍は首を振った。

 

「こちらの字はわからぬ」

「はい、では代筆いたしますね」

「あ、私書いたげる。いいでしょ?」

 

 ひょい、と返事も待たずに羊皮紙をひったくった妖精弓手は、羽根ペンとインク壺を手に侍をロビーの隅にある机へと連れ立っていった。同期や先輩に筆記のできる者がいればそちらに頼むというのも、珍しいことではない。彼女もまた信頼できる冒険者であることだし、任せてもよいと受付嬢は判断した。

 

「それでは、改めまして。ゴブリンスレイヤーさん、報告をお願いします」

「ああ。ゴブリンがいた」

 

 いつものやり取りを始めた二人を横目に、妖精弓手は楽しげにペンを持ち直した。

 

「いくつか質問をさせて、いただきます。嘘偽りなく、答えてください。いいですね」

「始めてくれ」

 

 氏名。年齢。目の色髪の色。只人(ヒューム)で侍の男。様々な種族についてや術のことなどの簡単な用語解説(チュートリアル)を交えつつ、冒険者登録(キャラクターメイキング)を進めていく。今後は外見から年齢を推し量ることはすまいと、侍は目の前にいる齢約二千の少女を見ながら心に決めた。

 

「そういえば、あの雷って結局なんなの。どこに書けばいいかしら」

「巴の雷、という。おそらくは、奇跡とやらが近かろうな。ひとまずはそのようにしておくべきか」

「はーい、そのように、ね。今はいいけど、あとでみんなが揃ったらどういう術なのかちゃんと教えてよね」

 

 そうして受け答えることしばし。

 

「終わったぞ」

「はい、確認します。……記入漏れなどはありませんね、受理します。少々お待ちください」

「ふふん」

 

 妖精弓手は満足げだ。このような表情を街の若者はドヤ顔、と形容するらしい。いや自分も街の若者だけれども。と、多少余計なことを考えながらでも仕事ができる程度には、受付嬢は数をこなしている。背後に何やら慌ただしい気配を感じながら、銀の尖筆を走らせ、ただの白磁の小板に意義を刻み込んでいく。仕上げに鎖を通して、完成だ。

 

「こちらが、認識票です。貴方の身分を証明し、もし何かあった場合には身元を照合する手段にもなります。くれぐれも、なくさないようにしてくださいね」

「心得た」

 

 受け取った認識票を首にかけ、侍は読めない文字に目を落とした。そこに過去は記されていない。経験点ゼロの駆け出し冒険者。それだけが彼の肩書き(プロファイル)となるのだ。

 

「これで登録は完了です。今この瞬間から、貴方は冒険者です」

 

 

 

§

 

 

 

 では早速冒険へ。というわけにもいかない。駆けだしに求められるのは、駆けだす前に足元に注意を払う慎重さだ。いきなり奈落に落ちたり海に落ちたり溶岩に落ちたりするはずがないなどと、どうして断言できようか。

 

 とにもかくにもまずは、そう。先立つものの話からだ。

 

「あ、皆さん、こっちです!」

 

 冒険者ギルドの原型となったのは、冒険者たちの憩う旅籠であったという。そのためか、ギルドの建物は宿と酒場も兼ねているのが常だ。この街の支部の場合、二階に宿泊施設があり、ロビーの隣が酒場となっている。

 

「おう、そっちも済んだんか。儂らのほうもちょうど終わったとこだわい」

 

 休日の遅い朝食か、冒険明けの朝帰りから戦勝会が始まったのか、このような中途半端な時間でも酒場は賑やかだ。喧騒に負けじと若干高めな女神官の声に従い、ゴブリンスレイヤーたちは集合する。

 

「ああ。報酬だ」

 

 等分された四つの小袋が、ジャラリと音を立てて円卓に置かれた。ゴブリン退治の報酬は下水道の巨大鼠(ジャイアントラット)狩りよりは幾分マシ、というあたりが相場だが、今回は群れの規模の大きさと前情報にないデーモンの撃破という要素が重なった。追加報酬込みで一人につき金貨二十枚。仕事をせずに食事と酒にありつき買い物を楽しみ干し草ではなく寝台でねむるこのような休暇を一週間は過ごせる額だ。平民の質素な暮らしなら二ヵ月は保つ。これを一日で稼げると聞けば、貴族はともかく農家の三男坊が鍬を放り出して剣を取るのも致し方なし。

 

「うむ、確かに。しからば、次は侍殿の()()と参ろうか」

 

 蜥蜴僧侶が差し出したのは、大玉の水瓜(スイカ)ほどもある金貨袋だった。

 

「よいのだな」

「無論。あのデーモンの首級(くび)は、ほぼお手前が独力で取ったようなもの」

「そうそう。私たちは最後ちょっと手伝っただけだし、その分の報酬は貰ってるんだから、気にしなくていいのよ」

 

 冒険者と言えど、普通はそう頻繁に武器を持った大型のデーモンと遭遇するものではない。幸か不幸か交戦し斃せても、落とし物(レアドロップ)を回収するとなれば重量や運搬手段、輸送距離といった問題が残る。そうした障害を乗り越えてギルドに持ち込まれた品は、輝かしい成果(トロフィー)として飾られ、相応の対価が支払われるのだ。

 

「いいんかっつうのは、こちらさんの台詞だぁな」

 

 忙しなく目を泳がせながら、おっかなびっくり後生大事に金貨袋を抱えて縮こまっている中年男性は、あの村の長だ。税を納める際にはこういった袋を使うが、それが銅貨銀貨ではなく滅多にお目にかかれない金貨でいっぱいだなんて。前任者である父からは代表者らしくもっとしゃんとしろと言われる彼だが、この状況で邪な企みが欠片も思いつかない辺り、適任なのだろう。

 

「ええ。本当に、いいんですかい?」

 

 あのデーモンは()()の斧を構えていた。つまりは、そういうことだ。

 

「取っておけ、宿代だ。釣り銭はいらぬ」

 

 村長は感極まった表情で、深々と頭を下げた。これならば、村の被害を補填して余りある。

 

「ありがとうごぜぇやす。皆さんも。なんもない村で恐縮ですが、ぜひまた寄ってやってくだせぇ」

「ああ。ゴブリンが出たら呼べ」

「もう、ゴブリンスレイヤーさんっ。縁起でもないですよ」

「そうか?」

「そうです!」

「そうか」

 

 呆れ混じりの視線を面頬に受けながら、ゴブリンスレイヤーは淡々と続けた。

 

「帰りはギルドが、別の冒険者を護衛として手配するそうだ」

「わかりやした。そいじゃあ、私はこれで。何から何まで、ほんと、ありがとうごぜぇやす。ありがとうごぜぇやす……!」

「お気をつけて。貴方の行く末に、豊かな実りがありますように」

 

 一同に見送られ、終始低姿勢のまま村長は帰っていった。大地に寄り添う民のため、地母神への小さな祈りはきっと届くだろう。

 

「俺もいったん戻るぞ。人を待たせている」

「わぁっとる。わぁっとるし引き留めもせんが、たまさかにゃあこっちにもつき合えよ、かみきり丸」

「ああ。たまにな」

「はぁい、お待ちどう! あ、旦那お疲れ!」

「ああ」

 

 相変わらずの無遠慮な足取りで立ち去るゴブリンスレイヤー。彼と入れ替わるように、猫寄りの人といったふうな容姿の獣人女給が、猫そのものの毛皮に覆われた手に盆を乗せてやってきた。普段ならば各々が好きなものを注文するのだが、今回は侍の歓迎会でもあるということで、女神官が前もってあれこれ頼んでいたのだ。並べられる色とりどりの料理、なみなみ注がれた麦酒(エール)が葡萄酒が、出番はまだかとその香りでもって存在を主張する。

 

「ようし、杯持て! 儂らの勝利に! 勇敢な村人たちに! 新たな冒険者に!」

「乾杯!」

 

 侍は一息に杯を半ばまで空け、息を吐いた。初体験の苦みに苦労しつつも、態度に出しはしない。このようなときはまず己の舌の未熟を疑うこと。祖父の教えだ。

 

「これは、米か」

 

 何から手をつけたものかと、見知らぬ料理の数々を眺める彼の目に留まったのは、やや細長い米に茸を混ぜて盛られた皿だった。箸は見当たらなかったので、匙ですくって一口。二口、三口。

 

「うまい」

 

 味も食感も慣れ親しんだものとは異なるが、彼とて市井に生まれた男だ。飯といえば麦稗粟、武家に引き取られてからも米は半分(はんぶ)の麦飯を好んでいた。品種や調理法が違うくらいのことでは文句などありはしない。うまいものはうまいのだ。

 

「おお、誰だか知らないけどお目が高い! そのリゾットの出汁(ブロード)はあたし様の仕込みだよ。野菜選びからしっかり……ありゃ、聞いてないや」

 

 再び通りがかった獣人女給が、その小高い山陵を肉球でぽふんと叩く様など眼中になし。飢えた狼のような食いっぷりだ。昨夜は疲労のせいかすぐに眠りに落ち、今朝は村人が気を遣って起こさなかったために朝食を逃し、身の清めや着替えをしたらすぐに出立の刻限になってしまった。これまでに彼が胃に入れることができたのは焼き菓子が少々と、井戸水をそのまま飲もうとして止められ、代わりに勧められた薄めた葡萄酒のみ。武士は食わねど、などという言葉を彼が知るはずもなく、腹が減っては冒険はできないのであった。

 

「……いや、聞こえている。リゾット、か。好物が増えた」

「んふふー、それは何より。今後ともご贔屓に」

「そうさせてもらおう。もう一皿頼む」

「見てたら私も食べたくなってきたわ。こっちにもお願い」

「はぁい、承りました!」

 

 一粒残らず平らげると、侍はほかの食べ物にも興味を向けた。たとえば、隣にいる蜥蜴僧侶が両手掴みでかじりついている薄黄色の塊などに。

 

 

「んんん、甘露!」

「それはなんだ」

「んも? これはチーズと申しましてな、牛の乳を発酵……うむ、まあ固めたものよ。試されますかや」

 

 牛の乳。それを聞いて侍の顔が曇る。

 

「いかがなされた」

「牛の乳など飲んでは牛になると、童子(わらし)の時分に脅されていたのだ」

 

 その発言を長耳で捉えた妖精弓手は、思わず吹き出してしまった。ともすればはしたなく映るはずのこのような様すら優雅なのは、さすが森人といったところ。一方、優雅にとはいかない鉱人道士は、ゲラゲラと高笑いを上げていた。

 

「はっはっはっは! おいどうするよ、鱗の。お前さん明日にゃモーモー言いだすぞ!」

「これはしたり! 雄々しき角ならば願ったりなれど、毛だの蹄だの生えてきた日には、父祖に顔向けができませぬ」

「あの、ほら、子供の頃の迷信とか、けっこう頭に残っちゃいますし。笑うのはそのくらいに、ですね」

 

 そう、迷信だ。ゴブリンやデーモンとの戦闘は元より、故郷においても本物の怪異に直面した経験がある侍には、それらと迷信の区別くらいつく。

 

「一口貰えるか。まことに牛となるか、確かめてみるも一興よ」

「挑まれるか、よきかな。食とは生、生とは戦、戦に挑んでこその戦士なり」

 

 切り分けてフォークに刺されたチーズを受け取ると、ためらいは一瞬、口蓋に放り込んだ。広がるのはほどよい甘味と酸味、あるいは醍醐味とでも呼ぶべきか。

 

「ほれほれ雷光の、そこで麦酒をぐいとやるのよ」

 

 言われるまま杯を傾け、残っていた中身を干せば、甘酸っぱさと苦味が手を取り踊る。

 

「……ほう。これは確かに甘露、だ」

「さよう、これぞ只人至高の大発明!」

「只人としては否定しておいたほうがいいでしょうか……?」

 

 そもそもチーズは圃人が考案したという説もある。こと食文化において、彼らに勝る種族はない。この店の料理長も圃人だ。では酒のことならどうか。それならもちろん、鉱人が一番だ。

 

「いける口と見た。とならぁ次は鉱人秘蔵の、火酒じゃあ!」

 

 腰に提げていた大徳利を卓上に持ち上げ、侍の杯を満たしていく。以前これで酷い目に遭ったことを思い出し、妖精弓手は渋い顔をした。

 

「ちょっと、多すぎじゃない? それきっついんだから、少しは加減しなさいよ」

「莫っ迦おめぇ、これが鉱人流の歓迎よ。さぁさ、遠慮なくやっとくれい」

「いただこう」

 

 酒とは振る舞うものであり、振る舞われたなら応えるものである。水と間違えれば大惨事は免れない無色透明の液体を、チーズよりも躊躇なく口に含んだ。頭が爆発すると評される強烈な辛さに打ちのめされながらも、腹の底に落とし込む。

 

「か、あぁ……火を吹く、どころではないな。猿酒よりなお辛い。だが……ん、ふ。これも味わいよ」

 

 そのまま杯を空にしてみせた侍は、しかし顔色一つ変えていないではないか。これには鉱人道士も瞠目した。

 

「おお、おお、こいつはたまげた! お前さん、実は鉱人の血が入っとりゃあせんか」

「さてな。少なくともお祖父様は俺より大酒飲みで、俺より身の丈が高かった」

「はぁい、リゾット二皿お待ちぃ!」

 

 酒宴は続く。このような中途半端な時間でも、酒場は賑やかだ。いつ帰れるか、いつ帰れなくなるかわからぬゆえに。冒険者の酒場は、いつだって賑やかなのだ。

 

 

 

§

 

 

 

 腹ごしらえもしたことだし、さあ冒険へ? 冗談を言ってはいけない。棒切れと布の服で怪物と戦おうとするのは、金に困った勇者くらいだろう。侍の装備はそのような貧弱なものではないが、金に困ってもいないので、ギルド併設の工房兼武具屋へと足を向けていた。

 

「きたか。話は聞いとるぞ、侍」

 

 剣、槍、斧に戦棍(メイス)大刀(グレイブ)。重いものに軽いもの、際どいものまで各種揃った物の具。立ち並ぶ商品の林の向こうで、鉱人じみたずんぐりとした体つきの老店主が、帳場に頬杖を突いたまま片目を開けて来客を見定めた。弓と靫と外套は冒頭者登録の際に取った部屋に置いてきたため、今の侍は狩装束に刀だけの姿だ。

 

「鎧だな?」

「そうだ。それと矢も買いたい」

「右の壁際に矢箱がある。鎧はちと待っとれ、持ってきてやっから」

「俺は剣を」

「お前さんの用はわかっとるよ」

 

 食事を済ませるなり街に取って返したゴブリンスレイヤーもまた、案内がてら店を訪れていた。陳列されている武器の中から彼が選び重心を確かめているのは、数打ちの小剣だ。迫力不足の代物ではあるが、使う相手を考えればこれが最適解となる。ゴブリンが好む狭い空間で取り回しやすく、また敵に奪われるようなことがあっても特に脅威にならない。己の戦に合った道具こそが真の名剣なのだ。

 

 そしてそれは矢についても同じこと。長さ、鏃や矢柄の材質、矢羽根の種類。どんな弓で何を狙うかによって、必要なものは変わってくる。

 

「ふむ」

 

 侍は箱に立てられた矢を一本つまみ取り、矯めつ眇めつ造りを改める。よくも悪くも特筆すべき点のない、普通の矢だ。安定品質の量産品。それがどれほど重要なことか、理解のない彼ではない。

 

「いい矢だ」

「おう侍、こっちこい」

 

 商品を戻し、侍は店主に歩み寄った。傍らにはやや年季の入った防具が積まれている。

 

「侍向けのを見繕った。とりあえず着けてみろ、調整はあとでやってやっから。それと刀ァ見せな。刃の状態によっちゃ、研ぎ直してやる。鎧を買うならこっちはタダでいい」

「ありがたい」

 

 商売人としてのサービスでもあるが、それ以前に武器鍛冶屋(ブラックスミス)なら、その極地の一つとも言うべき東の刀剣に興味を示さないはずがない。重々しい音を立てて置かれた大太刀をゆっくりと鞘から抜き、店主は目を細める。

 

「ほう……質がいいとはいえ、ただの鋼でここまでやるか。こりゃ並の砥石じゃ負けるな。まあやるっつったからにゃ仕方ねぇ、あれ使うか。おい坊主、遺灰持ってこい!」

「はーい、親方!」

 

 店の奥から少年の声が応じた。それを余所に、侍は外套を脱いで具足を装着していく。まずは脛当て、左足からだ。

 

「わ、刀だ。実物は初めてです」

「うん? そういやそうか。んならそのままちと見てな」

 

 店主は丁稚から革袋を受け取ると、油を張った小桶に中身を少しずつ混ぜ入れていった。白くほのかに光る細かな粉末だ。

 

「何をしている」

 

 脛当ての次は籠手、これも左右の順に。

 

「結晶蜥蜴っつう珍しい蜥蜴を、じっくり火にかけて得られんのがこの灰よ。こいつで剣を磨いてやると、刃は研がれるんじゃなく()()。どういう原理かは知らんがね」

「蘇る……?」

 

 よく混ざったところで、小さな絹の薄布をくぐらせた。濾し取られた結晶の灰でキラキラと輝くそれで刀身を挟み、ゆっくりと滑らせる。油に濡れたというだけでは説明のつかない美しい光沢を放つ刃に、吸い寄せられていく丁稚の顔が映り込んだ。

 

「へたに触ると指がなくなるかもしれんぞ? ウワッハッハッハ……そら、あっちの相手してやれ」

「あっ、は、はい! こちら、お買い上げですか?」

「ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーは検分を終えたようだ。すでに金貨二枚が用意されている帳場に、丁稚は慌てて跳びついた。

 

「やはり研ぎ代も払おう。その灰、安くはあるまい」

「タダっつったろ、二言はねぇよ。俺に恥をかかせてくれるな」

「そうか。では遠慮なく」

 

 前後に分割された胴鎧の緒を締めて固定し、最後に鉄の陣笠を被る。こうして身支度を終えた侍は。

 

「んぬぅ……」

 

 どこからどう見ても足軽であった。

 

「気になるとこがありゃ教えろ。だがモノが古いのだけは我慢しろよ、侍の客なんて久しぶりなんだ。新造するなら、金も時間もかかる」

 

 実用に差し障りはないのだが。ないの、だが。とはいえ今の己にはちょうどよいかと、彼は自嘲ぎみに受け入れた。体格の都合上、調節の効きやすい簡素なもののほうが助かるという事情も考慮すべきだ。

 

「そう、だな」

 

 腰をひねり肘を曲げ、軽く確認してみる。動きやすさを重視してやや大きく空けられている腋に手を当てながら、ゴブリンスレイヤーの鎧姿を視界に収めて一言。

 

「鎖帷子がいるな」

 

 含蓄深くこっくりと頷く常連客と新規顧客とを交互に見やり、店主はなんとも趣のある表情を浮かべるのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 今度こそ、冒険の始まりだ。




◆白磁の認識票◆

 冒険者の証である認識票。白磁のそれは最下級、第十等級を表している。

 冒険者とは一歩間違えればただの無頼漢であり、認識票の色だけが彼らの信用を保証する。ゆえに、昇級には武勲だけでなく社会への貢献や、よき人間性が求められるのだ。

 始まりは皆同じ。記された名が早々に墓に刻まれるか、歴史に刻まれるか。それは神々にすらわからない。確かなことは一つだけ。

 君は、冒険者だ。

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