〜鳴神の太刀〜 ゴブリンスレイヤー フロムイミテイシヨン   作:Jack O'Clock

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2-2:零落/Exile on Main St.

 

「慈悲深き地母神よ、どうかその御手にて、地を離れし御魂をお導きください……」

 

 跪き、祈る。地上と地下と、両方へ向けて。死は平等なれば、悪辣極まるゴブリンであっても、死者となりては冥福あれかし。余人がどう思おうと、彼女の信条が、胸に刻んだ教義が揺るぐことはないのだ。

 

「終わったか」

 

 それでも、いやそれゆえに。きっと誰よりもゴブリンを憎んでいるであろうこの男が、弔いの意思を尊重してくれることに、彼女は深く感謝していた。

 

「はい。お待たせしました」

「いや。ちょうどいい小休止になった」

 

 松明を再点火し、ゴブリンスレイヤーはほかの面々を見回した。

 

 鏃の細工を終えて黒曜石の短剣を仕舞う妖精弓手。鞄を漁り触媒を整理した鉱人道士。羊皮紙と鉛の尖筆を手に本格的な地図製作(マッピング)の用意をする蜥蜴僧侶。そして手早く刀の目釘を改め、今は悠然と立っている侍。

 

 準備は整った。

 

「いくぞ」

 

 足早に階段を降り、玄室の扉へ近づいた。誰かが近くにいないと、独りでに閉まるものらしい。指先で軽く突つき、先ほどよりも落ち着いて開くのを待つ。念のため警戒はしていたが、彼らを出迎えたのは動かない死骸だけだった。汚れた床、散らばる骨。そのただなかに、いやに目立つものがある。

 

「やはり、共喰いだったとしか思えぬな。これは当然に起こりうることか?」

 

 肉を噛み千切られた主なき腕が、凶行を物語っていた。ゴブリンのやることなどことごとく凶行ではないかと、言ってしまえばそれまでだが、さて専門家の意見はどうか。

 

「いや、滅多にない。飢えたのなら、どこかへ食い物を奪いにいく」

「小鬼とて小鬼なりにものを考えておりますからなぁ。小鬼殺し殿に曰く、"やつらは莫迦だが間抜けじゃない"と」

「そうだ。数を武器とするやつらが、積極的に同族を食糧にすることはない。普通はな」

 

 これは、異常だった。しかも悪いことに、異常の一部でしかなかった。

 

「外に出たくとも出られんかったか、じゃなきゃイカれたか、てとこかの。で、その心は」

「骨だけになる前からアンデッドだった、ですか」

 

 遺跡を離れれば灰になるとわかっていたか、何もわからなくなっていたか。筋は通る。だが通った先はまだ見えぬままだ。

 

「ゴブリン……屍者(ゾンビ)? でも、動きはいつもと変わってない感じだったけど。最後のやつは逃げようとしてたし。っていうか、ゾンビって骨になっても動いたりするものだっけ」

 

 腐液に浸っていないほうの矢を回収しつつ、妖精弓手は知識を辿った。

 

亜種(アレンジ)やもしれませぬ。生ける屍(リビングデッド)は本能のまま動く愚鈍な腐乱死体であると、誰かが定めたわけでもなし」

 

 怪物図鑑(モンスターマニュアル)に記載されていることがすべてではないのだ。仔細が知れぬからこその怪物。白紙を埋められるのは、己の知見と想像力だ。

 

「ちなみに世には、喰らった相手をゾンビに変えるゾンビもおるとか、おらぬとか」

 

 貪られていたはずのゴブリンがどうなったか。状況を鑑みれば、ご冗談をと笑い飛ばすのはためらわれる。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)の例があっかんの、ありえん話じゃないわい。こらぁ、噛まれたら娘っ子に清めてもらわんといかんな」

「ゾンビだって鉱人なんか食べないわよ、寄生虫だらけなんでしょ?」

「んなわけあるかい! 喰われんっつうならお前さんのほうだろが、こん金床が」

「何おう!」

 

 冗談ではないが、冗談の一つも欲しい雰囲気だった。陰鬱とした地下に陰鬱な面持ちで潜っても、何もいいことはないのだから。

 

「そろそろ進むぞ。探知を頼む」

「はーい」

 

 気を抜かず、気負わず、彼らは前進する。扉があり、細い通路があり、また扉。二つ目の部屋には、敵影はなかった。正方形の狭い空間で、正面に鎮座する石碑を挟んだ反対側に別の扉がある。

 

「特に罠などなければ、このまま通り抜けるぞ」

「この石碑は調べなくていいんですか?」

「興味がない」

「ですよね……」

 

 よくわからない碑文(テキスト)無視(スキップ)、そんなことよりゴブリンだ。設計者は泣いていい。

 

「えぇー、最深部への道筋(ルート)を開放するための、謎解きの手がかり(T I P S)かもしれないのに」

「……読めるのか?」

「ごめん無理」

 

 事実、よくわからない碑文なのだ。求められる技能の持ち主がいない以上、捨て置くしかない。そのはずだった。

 

「いや、待て」

 

 文字を注視していた侍の脳の奥底で、蒙が啓ける感覚があった。判読はできないまま、語句の意味だけを直接理解させられたのだ。

 

"死を捧げよ。生の息吹は無用なり。死を見据えよ。生の軛は無用なり"

 

「……侍殿。よもや」

「ああ。皆はどうか」

 

 困惑した様子で顔を見合わせる。それが答えだった。

 

「生贄を求めているんでしょうか」

「やっぱ死人占い師(ネクロマンサー)が待ち受けとるんかのう」

「死人占い師」

 

 また侍の知らない単語だ。聞き返したのはゴブリンスレイヤーだが。

 

「とは、なんだったか」

「アンデッドを操る親玉よ。善の死人占い師はまた違うけんども、ま、ここで儂が詳しく説明せんでもよかろ。こんなとこに引っ籠もっとる輩が、真っ当な生きもんなわきゃあねぇもの。十中八九、本人もアンデッドになっとらぁな」

 

 死せる者に助力を請い、その対価として心残りを晴らす術法、すなわち死霊術の遣い手たち。その中でも供養の心を忘れ、己のために死を利用する冒涜者に堕した存在が、悪の死人占い師だ。

 

「ちなみにオルクボルグ、アンデッドはちゃんと知ってたわよね?」

「聞いたことはあった」

 

 質問役が侍に回ってくるせいで忘れがちだが、彼の怪物知識はとてつもなく狭く深い。何について深いかは言うまでもなく。

 

「なんであれあの……ゾンビ、の首魁なら、生きたゴブリンを率いているわけではあるまい。無理に相手をする必要はないな」

 

 さもあらん。推定不死の死人占い師など眼中になし。涙が残っているなら泣いていい。

 

「先を急ぐぞ」

 

 画一的な構造の扉と通路を抜け、さらに奥へ。足音の響き方が変わった。

 

「開けたところに出たわね」

 

 今度は、広大な吹き抜けだった。中心にそびえる柱を足場が取り囲み、そこから外周の扉に伸びる手摺のない石橋が、四辻を成している。暗視持ちでも眼下を見通せぬのは深すぎるのか、それとも別の要因があるのか、妖精弓手には判断がつかなかった。

 

「やつらの痕跡はあるか」

「いんや。ゴブリンの爪なんぞじゃあ、傷一つつかんだろ」

 

 床の減り具合や引っ掻き跡から敵の移動経路を割り出すのは鉱人道士の常套手段だが、今回はそう簡単にはいかないらしい。周囲を探りながら柱に近づいていった彼らがゴブリンの存在を示す手がかりを得ることはなく、見つけたのはそれ以外の形跡だった。

 

 柱の側面が切り取られたかのように開放され、入口を形作っていたのだ。その真横、彫刻に紛れた台座に、蜘蛛を象ったと思しき遺物(アーティファクト)が嵌め込まれている。切れ込みの線からして、三つに分割されていたもののようだ。

 

「鍵ん類か、こらぁ。先に潜った連中が集めて、仕掛けを動かした、と」

 

 内部を覗いてみると小部屋になっていて、中央の床石が不自然に盛り上がっている。経験を積んだ冒険者ならば、これだけで察しはつく。

 

昇降機(エレベーター)か」

「えれ……?」

 

 今回の問いかけは侍の手番だ。

 

「昇降機。人や物を乗せて上下に運ぶ装置だ。見たところ、これは下りだな」

 

 人力のものなら都の闘技場(アリーナ)などで目にする機会もあるが、それとは違う。現代の技術ないし魔術では再現できない仕組みで動作する、古代の遺構だ。かの悪名高き死の迷宮(ダンジョン・オブ・ザ・デッド)においても、冒険者たちはこういった昇降機を発見し活用したという。

 

「ゴブリンがこれを用いることは?」

「可能性はある。連中、簡単に扱える道具や仕掛けなら、すぐに使い方を覚えるからな。そして調子に乗る。道具の力が自分の力だと勘違いしているらしい。……どうだ」

 

 先んじて検分していた二人が、高い位置と低い位置から顔を出した。

 

「罠はなさそう」

「こいつも動力は魔法だろうが、動かすんは見たまんま、単純な感圧板(プレッシャープレート)式だの」

「よし、降りるぞ」

 

 どうやら、簡単に扱える仕掛けだ。ゴブリンスレイヤーは迷わず昇降機に乗り込んだ。決断に余計な時間をかけることの愚かさを、彼は理解している。

 

「最後に乗った者が作動させるのが定法ですぞ、神官殿」

「はい、では……えいっ」

 

 足場が重低音を奏で、壁面が上方へ流れていく。胃の腑が浮く感覚に、侍は小さく呻いた。

 

「わ、思ったより速いです」

「壁に触らんようにせい。痛ぇじゃあ済まんぞ。古い様式だと、こういうとこ不親切でいかんわ」

「壁があるだけマシだ」

 

 迷宮に設置されている昇降機の多くは、指で押す操作盤を備えた籠型だ。感圧板のついた足場だけが独立した形のものは、より古い遺跡で見られ、しばし手酷い事故を起こした冒険者たちから罠呼ばわりされる。

 

「う、んぅ?」

 

 また、これは装置の形式には関係ないが、何かと敏感な森人にも不評だ。長耳を押さえて顔をしかめる彼女は、急激な高度変化の弊害に、早くも辟易しつつあった。

 

「耳が妙ならば、唾を飲んでみよ」

「んく……あ。ありがと」

 

 不快感は解消されたようで、耳をぱたぱた羽ばたかせている。そんな射手二人のやり取りを眺めていた蜥蜴僧侶は、長顎に手を添えた。

 

「侍殿の郷里は、山が多いのですかや」

「明察だ。年中雪の溶けぬ山々に、囲まれた土地だった。足腰の鍛えのため、幾たびも登ったものよ」

 

 つい最近までそこに暮らしていたはずが、もはや遠く感ぜられる郷愁にかすかに頬を緩める侍。白く冷え切った景色さえ、彼には温かい思い出なのだ。話を聞く側はといえば、半年ほど前に雪山で大変な目に遭っていたものだから、どうにも共感できそうになかったが。

 

「拙僧も雪国に生まれておれば適応が、いやさ、まず卵から孵れるかどうか」

「鱗のは寒さにゃ弱いかんの。かみきり丸みたく雪ん中で修行してみっか?」

「そんなご無体な」

 

 巨体を縮こまらせて大袈裟に震えてみせる。種族柄、というやつだ。こればかりは、修行してどうにかするにも限界があろう。修行。話題に上ったこの男は、なんの修行をしていたのか。

 

「……一つ、お主に尋ねたいことが」

 

 侍の言葉は、ひと際強い振動とその停止によって遮られた。

 

「なんだ」

「よい。またとしよう」

 

 歓談は終わりだ。上層の乗り口とは対向して設けられた開口部から、一歩踏み出す。これまでとは様相の異なる光景が、彼らを待っていた。

 

「地下墓地、で間違いなかったみたいですね」

 

 頭蓋骨だ。

 

 松明に照らされた広場の壁一面、石棚にならぶ数え切れない量の頭蓋骨。暗い眼窩が、闖入者たちを冷ややかに睨めつけていた。眠りを妨げたことへのせめてもの詫びにと、女神官は静かに祈りを捧げる。

 

「あれ全部、動きだしたりして」

「さぁな。少なくともこれは、もう動かないようだ」

 

 ゴブリンスレイヤーが拾い上げたのは、これもまた頭蓋骨だ。この大きさ、歯の形。ゴブリンだ。

 

「やはりここまで入り込んでいたか」

「骸骨が三つ。血痕は乾き切っておりまする。あまり新しい戦の跡ではありませぬな」

「……気に入らん」

 

 どうにも、事態が面倒なほうへと流れていく。若干の苛立ちを滲ませ、獲物だったものを適当に放り捨てた。ぶつかる音がしなかった。

 

「よう、あんたたち。どうやら同業者みたいだな」

 

 代わりに返ってきたのは、男の声だった。同業と呼ばわったものの、気配を殺して近づいてきた男の言を、鵜呑みにしてよいものか。

 

「何者だ」

 

 宙に浮かぶ頭蓋骨、ではない。丸めた頭に、眉のない相貌。闇に溶け込む黒革の装束には、べったりと血がこびりついている。そして何より目を引くのは背負う得物。長柄の両端に身幅の広い刀身を備えた、世にも珍しい双刃(ツインブレード)大刀(グレイブ)だ。

 

「そう警戒するなよ、同じ冒険者じゃあないか」

 

 ゴブリンの頭を掌の上で跳ねさせながら、男は歩み寄ってくる。着衣のせいで少々わかりにくいが、その足は関節の位置が只人のものとは違い、加えて剥き出しの足先には蹄が生えている。彼は馬人、正確には四脚(セントール)の近縁である二脚(シレノス)なのだ。

 

「おい、本当だぜ? ほら」

 

 首元を飾る鎖を手繰り、認識票を摘み示す。銀だ。

 

 ギルドの査定はそう甘くない。戦果と貢献度、それに人格。すべて揃って初めて昇級が叶うのだ。審査には必ず《看破(センスライ)》の奇跡を会得した監査官が立ち会うため、へたなごまかしなどたやすく見抜かれる。

 

「南の港街じゃあ、ちったぁ名が知れているんだがな。まあとにかく、こんなところで会ったのも何かの縁だ。よろしくな」

 

 玩具を投げ上げ、親しげに右手を差し出した。胡散臭い印象ではあるが、認識票を看板にして世を渡ってきた者が、認識票を疑うのも筋が通らない。

 

「……ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーが応じたのを合図に、張り詰めた空気は霧散した。何かが転がる音がした。

 

「しかし、お前だけか。六、いや七人では」

 

 地上に蹄の跡はなかった。この男、足跡を残していない。隠密(ステルス)の達人であることは明らかだ。

 

「ん……おう、それなんだけどよ」

 

 男の目が一行の顔触れを順繰りに確認していく。なぜだろう、女神官は薄ら寒い心地がしてならなかった。

 

「そっちの蜥蜴人の兄さんと、お嬢ちゃんは、聖職者か何かか?」

「いかにも」

「はい、私は地母神様にお仕えしています。あの、ひょっとして、お仲間がお怪我を?」

 

 冒険者の一党において、神の奇跡を降ろせる者にまず期待される役目といえば回復役(ヒーラー)だ。術を温存し道具から優先して使っていく頭目の意向ゆえ、彼女がその方面で活躍する機会は実は珍しいのだが、己の領分を忘れることはない。

 

「察しがよくて助かるぜ。そう、派手にやられちまったんだ」

「ゴブリンか」

「は? いやいや、ゴブリンごときはこのとおり返り討ちにしてやったよ。ただまあ、なんていうか、やたらとしぶとかったからな。十匹かそこら、昇降機で逃げていったぜ。あんたたちも見たんじゃあないか?」

「奥にいったものは、いたか」

「いなかったと思うが。そんなに気になるか? 変なやつ……おっと、悪ぃ」

 

 一つ二つすでに灰になっていたなら、数は合う。では、あれで終わりか。などと。

 

「かみきり丸やい、話が逸れとるぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーはそんなことを考え、それから我に返った。

 

「ああ、すまん。続けてくれ」

 

 気を取り直して。

 

「さんざん逃げ回った挙句、生きているのは俺ともう一人だけで、そいつも足の骨が砕けてまともに動けんのさ。聖職者なら完治とはいかなくても、せめてここから撤退できるくらいには、と思ってね」

 

 くたびれた笑みを浮かべる男の顔色は、よくよく見れば青白い。どこかおどけた態度は、空元気だったのか。

 

「私じゃ、酷い骨折を治すのは難しいですけれど。でも」

「うむ。容態を診てみぬことには断言できかねるが、おそらく拙僧の祝祷であればある程度の回復は叶うかと」

 

 地母神の神官と竜司祭(ドラゴンプリースト)では得意分野が違うため、優劣をつけることにあまり意味はないが、こと治療については蜥蜴僧侶のほうが上だと言える。女神官も、一度それに命を救われているのだ。

 

「だったら、お願いだ。仲間には、この先の隠し部屋で待ってもらっている。途中、仕掛けてある罠は俺に任せてくれ。解除できるようなもんじゃあなかったが、避けて進む方法はわかっているからよ。俺はこう見えて、盗賊だからな」

「わかった。案内してくれ」

「……ヘヘッ、ありがとうよ」

 

 どう見ても、ではないかと指摘すべき、自信作(鉄板)の冗句だったのかもしれない。反応の悪さにいたたまれなくなったと見え、馬脚の盗賊はすぐに背を向けると、広間の大階段の先を指差した。

 

「こっちだ。こんな場所だ、足もとには気をつけてな?」

 

 

 

§

 

 

 

「わっ、あ、ありがとうございます」

「少し歩を緩めるべきか」

「いえ、平気です。急ぎましょう」

 

 そこかしこに散乱する人骨に足を取られた女神官を、侍が支えた。確かに、気をつけなくては。転倒にも、死者を踏みつけにしてしまうことにも、それらが立ち上がる可能性にも。

 

「これ、全部貴方の一党がやったの?」

 

 森人の身体能力の前には多少の障害物など問題にもならないとはいえ、気分はよくない。彼女ももちろん、ここで現れるアンデッドがゴブリンの成れの果てばかりではないことくらい、予想はできていた。

 

「ああ。あいつらも腕っ節はそれなりだからな。こう狭くなけりゃあ、追い込まれることもなかったろうよ。七人はやめとけって言ったんだけどな、俺も」

 

 迷宮探索における一党の員数は、六名が限度だとされる。頭目が状況を把握し、また各員が邪魔にならず行動できるのはその辺りまでなのだ。七人以上の例がないわけでもないが、うまくいった、という但し書きがつくものはごくわずか。今回は、駄目だった。

 

「しゃあねぇっちゃあ、しゃあねぇがなぁ。盗賊のおらん六人と盗賊のおる七人じゃ、まだ後者のほうが迷宮にゃ向いとるもの。つうかお前さん、七人で動いとるときに言うない」

 

 馬脚盗賊は、臨時で件の一党に加入していたとのこと。腕利きの盗賊は貴重だ。屈強な戦士も、頭脳明晰な魔術師も、宝箱に仕込まれた爆発罠(イクスプローシブ)一つでこの世から退場(ロスト)する。専門でなくともそれに準ずる技能の持ち主がいればよいが、否とあってはどこからか連れてくるほかあるまい。

 

「それもそうだな、と。そこ、端に寄ってくれ。罠矢の転換機(スイッチ)があるぜ」

 

 教えられればなるほど、床の形に違和感が。これといい通路の端にある小さな矢狭間といい、門外漢ではよく見てもわからないものだ。

 

「あな恐ろしや。おちおち墓参りもできませぬな」

 

 地図に尖筆を踊らせ、印をつける。広間から続く通路、その次の玄室、加えてここにも。すべて死角から矢が飛来するようになっている辺りも含めて、造り手の殺意(コンセプト)が伝わってくるかのようだった。

 

「ここだ」

 

 そうやって中ほどまで進んだところで、一行は立ち止まった。盗賊の手が装飾に偽装されていた仕掛けを押すと、壁の一部が引き込まれていく。その向こうには、別の通路が左右へと伸びていた。

 

「随分と、暗いな」

「暗視も役に立たねぇが、ここを通るのが一番早いんでな。我慢してくれや」

「ああ」

 

 松明だけを頼りに、暗闇へ分け入る。全容は不明ながら、どうも通路というより隧道(トンネル)に近い形状のようだった。

 

「ちょいと待っててくれ。一応、閉めちまうからよ」

 

 扉を開けられる怪物は稀だ。隠し扉(シークレットドア)ならなおのこと。ただ閉めるだけで背後からの奇襲を防げるとなれば、手間を惜しむ理由はない。

 

「よし、それじゃあ……達者でな」

 

 迂闊であった。閉じかけた扉の隙間に体を滑り込ませ、馬脚盗賊は元の通路に戻ってしまったのだ。最後尾にいた蜥蜴僧侶が爪を立ててみても、もはやそこにあるのはただの壁にすぎなかった。

 

「おのれ、よもや謀りおったか!」

「こらぁ向こうからしか開けられん! おうてめぇ、ふざけんのも大概にせい! 早う開けんか!」

 

 胴間声も虚しく響くばかり。返答は、せせら嗤いだった。

 

「ヘヘヘッ、悪く思うなよ。こっちも命が懸かっているんでね。もしあんたたちが——いや。やっぱり、せいぜい恨んで死んでくれや! ウヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

 遠ざかっていく。完全に、してやられたのだ。

 

「締め出したからには、これで終いではあるまいな」

「だろうな。やはりゴブリンか?」

「違う。何か這って、ううん、転がってくる!」

 

 暗闇にいくつもの光点が瞬き、巨大な石臼を回すような異音が迫る。その正体がなんであれ、自分たちの身を脅かすものだということだけは、皆が理解できた。

 

「走れ!」

 

 号令一下、逃げの一手。この場にとどまれば、どう考えても無事では済まぬ。

 

「速ぇ、すぐに追いつかれっぞ!」

「何あれ、骨っぽい音が混ざってるし、アンデッドだとは思うけど」

「確かめてっ、みましょう!」

 

 森人の聴力は信頼できる。彼女の言葉は信用できる。だから女神官は走りながらも、信仰に身を委ねた。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》!」

 

 応え、錫杖からあふれる《聖光(ホーリーライト)》が、漆黒のヴェールを払い暴く。

 

「KLLTLLLO!」

 

 絶叫、ではないだろう。どこに、声を発する器官があるというのか。骨だ。骨塊(スカルブロック)だ。眼を爛々とたぎらせた幾多の骨人(スケルトン)が絡まり一つの大玉となり、乾いた異音を轟かせながら、各々の手足をのたくらせて転がってくるのだ。

 

「効き目あり、どうやら野伏殿の見立てどおりのようで」

「速度は落ちたか。だが止まらんな」

 

 神威を浴びた群体は偽りの生を剥奪され、表層から脱落していくも、全体が瓦解するには足りない。あまりにも多すぎる。

 

「横穴、は無理か、となら……ええい、もそっと時間が、距離がありゃあ」

「間合いか、任せよ」

 

 鞄を抱える鉱人道士、その背後に遷移した侍は。

 

「御免!」

「のわーっ!?」

 

 力いっぱいふんわりと、重たい尻を蹴り飛ばした。

 

「うおうっ、とっと。あんにゃろめ、帰ったらぜってぇ酒奢らせてやっかんな」

 

 放物線を描いて着地し、抗議もそこそこに息を整え集中に入る。触媒として取り出だしたるは、なんの変哲もない土だ。

 

「《土精(ノーム)や土精、風よけ水よけしっかり固めて守っておくれ》!」

 

 撒かれた土は砂塵へと転じ、その下に模型めいた小さな石壁を投げ入れる。仲間たちとすれ違った直後、壁はみるみる膨れ上がり、隧道に封をする土塊の《霊壁(スピリットウォール)》が建立された。

 

「そう簡単にゃ崩されんが、ずっとは持たんぞ」

「ああ、今のうちに距離を稼ぐ。できればまだ光は消すな」

「はい、頑張ります!」

 

 軋む土壁を振り返ることなく、一行は走り続けた。緩やかに湾曲した隧道はやがて直線となり、その先は一本の石橋に繋がっている。

 

「……しもうた、この構造、こいつぁ回廊(ループ)か! 耳長娘、前、どうだい!」

「っ! きてる、さっきのやつ!」

 

 相手は転がる岩(ローリングストーン)などではなく、ある程度の判断能力と執拗(スティッキー)さを有した怪物だ。当然、回り込んでくる。

 

「下の様子がわからんが、仕方あるまい。跳び降りる。術の準備を」

「ほいきた」

「間に合わんかもしれん。《聖壁(プロテクション)》だ、遠くに張れ」

「わかりました!」

「あいや待たれい。ここは拙僧、一手試したく。うまくゆけば、降りずとも済みましょうや」

 

 術の使用回数を確認しよう。女神官は残り二、鉱人道士は三、蜥蜴僧侶は四。ゴブリンスレイヤーの策だと、消耗した二人がもう一つずつ札を切る計算だ。そのうえ、着地地点の安全確保もままならぬ状況での降下。フライパンから飛び出して火の中へ、というのは避けたいところだった。

 

「では任せる」

「承知」

 

 先頭へ躍り出し、蜥蜴僧侶は獰猛に笑った。敵は大きく、同胞(はらから)が背を見守っている。なんと、奮い立つことか。

 

「《おお、気高き惑わしの雷竜(ブロントス)よ。我に万人力を与えたもう》!」

 

 満身にみなぎる恐るべき竜の膂力が一端、すなわち《擬竜(パーシャルドラゴン)》。それを発条(ばね)に爆発的加速でもって猛進し、対手に組みついた。

 

「ぬうぅぅぅん!」

 

 いかに血肉なき骨組みとて、これだけ集まると相応に重い。祖竜の援けがあってなお、まともに衝突すれば轢き殺されかねないが、神憑りの光明に炙られ勢いを削がれているならば。

 

「イィィィッ、ヤァァァァァァァ!」

 

 止まる。止める。押し返す。内部に取り込むつもりなのか掴み返してくる貧相な腕など、まるで意に介さない。

 

「さあ亡者どもよ、地の底のさらに底へ——ぐぶぅおっ!?」

 

 そのとき、何が起きたのか。後ろからははっきりと見えていた。自分たちを守るたくましい背中から、血と、二本の爪らしきものが飛び出す瞬間が。

 

「なんつうこった、鱗の!」

「え、あっ……!?」

 

 何が、起きたのか。理解した途端、女神官の頭からはすべてが抜け去った。奇跡の灯火はあえなく消える。覆い被さる黒暗に抵抗するものは、松明のか細い明かり。それと。

 

「ぐ、うゥゥ、ヌアァァァァッ!」

 

 いまだ潰えぬ、命の炎。その身を貫かれながらも、蜥蜴僧侶は骨塊を橋下に引きずり落としてのけたのだ。

 

「今、治療を!」

 

 栓の外れた傷口から大量出血を起こしてくずおれる彼に、仲間たちは駆け寄った。自力で癒しの祝祷を行う余力など、残ってはいまい。まずは生死の鍔際から連れ戻す。それで治し切れぬとしても、生存の見込みは残せるのだ。だと、いうのに。

 

「絡繰か……!」

 

 橋が、傾いた。一党全員を上に乗せたまま、九十度軸回転したのだ。宙空に弾き出される。侍だけは咄嗟にへりに手をかけたが、すぐに皆のあとを追った。

 

 深淵が、彼らを飲み込んだ。




◆落陽の双刃大刀◆

 異国から流れ着いた、奇妙な大刀。全体が鋼で造られ、凄まじく重い。

 元は別々の武器だったところを、溶かし接いで双刃に仕立てたらしく、扱いには通常の大刀とは異なる術理が必要となる。

 刀身に彫り込まれた半円の意匠は、太陽を意味するという。回転を伴う連撃は返り血で刃を緋に染め、もって日の巡りを体現するのだと。
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