どうしてこうなった・・・。
「「「兎野郎に目にもの見せてやれー!」」」
「「「フレイヤ様の興味をぶんどって行く兎に慈悲は無い!」」」
「「「「「兎死すべし!!」」」」」
どうしてこうなった・・・。(二回目)
確か、フレイヤ様の用が終わって、帰ろうとしたら、〈フレイヤ・ファミリア〉の団員達がめっちゃ怖い形相で僕を見ていた。
すると、レベル5の冒険者『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』のアレン・フローメルが『模擬戦』の提案をして来た。
正直、意外だった。この『戦いの野(フォールクファング)』では日夜団員達の殺し合いが繰り広げられていて、幹部のアレンさんが殺し合いではなく、『模擬戦』を提案して来た。いや、まぁ、殺し合いを提案されても困るのだけど。
それを聞いた他の団員達が乗ってきて、このような状況になっている。
本当にどうしてこうなった・・・。(三回目)
大丈夫かなぁ。これ、派閥抗争にならないかなぁ。
その辺を考慮をして、『模擬戦』になっているのだけど。
「始めるぞ。兎野郎」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
アレンさんは槍を構え、僕は短剣状態にした『雷霆の剣』と『炎の魔剣』を構えた。
この『戦いの野(フォールクファング)』に始まりの合図は無い。
よって、僕が先に動いた。
姿勢を低くし、右足で地面を蹴り、一気に近づく。その速さのまま、『雷霆の剣』を振るい、雷を放つ。
攻撃は止めない。レベル3如きの魔力を乗せた力なんてレベル5に敵うわけがない。
続いて、『炎の魔剣』を振るう。炎が放たれるが、アレンさんは槍で切り裂き、僕に近づく。
僕は短剣でアレンさんは槍。得物のリーチが違く、その上、アレンさんは僕よりも速い。だから、槍を掻い潜りアレンさんの体の近くで戦わなければならない。
「シッ!」
「ッ!」
アレンさんが槍で激しい突きを繰り出す。
速い。僕の動体視力はもはや、アレンさんの槍を捉えていない。
『だが』、体は勝手に動く。『雷霆の剣』を逆手持ちにし、槍の刃の横腹に当て、受け流す。そのまま、『炎の魔剣』を振るうも槍で防御された。
そして、僕は距離を取り、魔法を撃とうとすると、アレンさんが話しかけて来た。
「おい。兎野郎。今のは何だ?」
「今の、とは?」
「惚けるな。さっきの俺の槍を受け流した時のやつだ。レベル3の動体視力じゃ、間に合わないはずだ。何故反応できた?」
「と言われましても、『僕の頭』は反応できてないんですよ。『身体』が勝手に反応しただけで」
「ちっ! 化け物が」
貴方に言われたくない。貴方今、16歳の筈ですよねぇ! 何でそんなに強いんですか!?
と、悪態をつくアレンさんにもの申したい僕。
だが、現実は非情。そんな事を言う暇を与えてくれない。
アレンさんは引き続き、攻撃を繰り出す。
よく分からない会話のせいで魔法を放てなかった僕は思考を別に移行させ、防御と回避は反射で行う事にした。
さて、どうするか。僕の攻撃の殆どはアレンさんに効かない。さっき放とうとした魔法も決定打にはなり得ない。『オールフォース』か? いや、『オールフォース』でも多分届かない。『英雄願望(アルゴノゥト)』か? いや、できなくはないが、どの程度溜めるべきか。
うーん。やっぱり、別のが良いかな。
『オールフォース』を一点に集中させ、『英雄願望(アルゴノゥト)』の1秒蓄力(チャージ)で充分かな?
とりあえず、やってみよう。ダメだったら、別の作戦を考える。
そして、思考を戻すと、アレンさんが全然当たらないことに痺れを切らしたのか、今まで最速の攻撃を繰り出した。
待って待って! 短気すぎでしょこの人!
だが、丁度いい。その攻撃を真っ向から防御し、わざと飛ばされる。
「『オールフォース』」
魔法を唱え、『雷霆の剣』に全属性付与をする。
『英雄願望(アルゴノゥト)』の引鉄(トリガー)、思い浮かべる憧憬の存在はーー『前世の英雄王(ベル・クラネル)』
前世において、ただ一人の少女の為に「隻眼の黒竜」を討った少年。勝利の大鐘楼を鳴らし、『英雄の一撃』をもって、世界に平和を齎した『最後の英雄』。
僕は今も、『存在しない幻想』を走り続けている。決して、届くことは無いと知りながら。かつて持っていた『理想』を捨てた僕には何も見えていない事をこの時の僕は何も理解していない。
リン。
音が一度鳴る。
『英雄願望(アルゴノゥト)』の1秒蓄力(チャージ)。
相手を傷付けない一撃。しかし、確かな『勝利の一撃』。
僕はその一撃を持って、アレンさんに向かった。
フレイヤ・ファミリアの団員達はいつの間にか、息をする事を忘れていた。あの『猛者』も含めて。
兎ーーベル・クラネルの圧倒的な戦闘技術。
ついこの間にレベル3に上がったと聞いたベル・クラネルがレベル5と互角の戦いを繰り広げている。
それを可能にしているのは『技』と『駆け引き』ーーそして、『覚悟』。
レベルが二つ上の相手にすら物怖じしない胆力。それが『技』と『駆け引き』を最大限に活かしている。
悔しい。
幹部以外の団員達は思った。
あんなに小さい子供が自身より強大な敵と戦っている。
対して、自分達はどうだ?
同レベルの相手と戦って満足しているのか?
己より上との戦いを避けて?
それが自分達の『覚悟』だというのか?
否! 断じて否! フレイヤ様に捧げた忠誠はそんな弱いものではない!
彼らは更なる強い『覚悟』を抱き、強くなる事を決意した。
一方、幹部は
苛立ち、悔しさ、そして納得という心だった。
最初は「何故、あの少年が」という心情だった。
しかし、この光景を見せられて、思う。
とても眩しいと。
もしかしたら、フレイヤ様はこれを見たのかもしれないと。
新たなる『可能性』。
自分達はどこか慢心していたのではないか?
第一級冒険者となり、幹部にもなり、甘えていたのではないか?
そんな事で、フレイヤ様の愛を頂けるわけないだろう!
同時にアレンがそれを分かっていて、ベル・クラネルに模擬戦を申し込んでいたのではないかと思う。
思えば、アレンは最初からベル・クラネルを怨敵としてはいなかった。どちらかと言えば、好敵手に近い感じだった。
レベルが下でも、その実力を評価し、その上でベル・クラネルに追いつかれないように自身を鍛え上げていた。
だからこそ、アレンは現状、オッタルの次に強く、副団長になっているのだろうと改めて思った。
リン。
たった一度の鐘の音。それでも確かにその音が聞こえた。
その瞬間、全ての者がベル・クラネルの方へ向き、驚愕した。
5歳の小さな少年が今、この時、確かに肉体的な『成長』をしていたように見えた。
見た目は16歳辺りだろうか? いや、錯覚だ。自分達の目の前には5歳の少年がいるようにしか見えない。
その筈なのに、ベル・クラネルの纏う雰囲気が自分達の目を錯覚させる。
そして、ベル・クラネルは走り出した。
確かな『一撃』を持って。
「ハアアアアァァァァ!!」
「チッ! この一撃はヤベェ!」
だが、避けるわけにはいかない。
それは目の前の『男』の『覚悟』に泥を塗る事だからだ。
だから、俺は槍を深く構え、史上最速の動きをもって、激突した。
「ハアアアアァァァァ!!」
白く輝く剣と銀色の軌跡を描く槍が衝突した。