「やあ、初めまして、君がベル・クラネルで合ってるかい?」
仕事が終わって、路地裏に入ると、そこで神エレンと会った。
神エレンは神エレボスの偽名なのだが、本人が纏う雰囲気がヘルメス様みたいな軽薄なため、今は神エレンとしているのだろうと思う。
「その通りですよ。神エレン。何か御用ですか?」
「おや? 俺の事を知っているのかい? それは嬉しいなぁ。用ってほどのものは無いよ。ただ、君に興味があってね」
「なるほど。奇遇ですね。丁度、僕も会えたら良いなと思っていたんですよ」
「へぇ〜。そうなのかい? それは良かった」
僕と神エレンは互いに微笑を浮かべる。
第三者から見たら、二人とも真っ黒だというに違いないだろう。
「では、先にそちらの方の用件を聞きましょう」
「ありがとう。では、ベル・クラネル。君に問いたい事がある」
「それは?」
「『正義』とは何か」
「なるほど。リューさんが聞かれたら、答えにくそうな質問ですね」
「そうだね。さっき、リューちゃんに聞いて来たよ」
「手が早いですね。・・・そして、僕がどう思うか・・・ですか」
「最初はそうしようと思ったんだけど、やっぱりやめた。今の君に聞いてもはぐらかされそうだ。だから、せめてこれだけは聞こう。君は『正義』について明確な答えは出ているかい?」
その問いに僕はこう答えた。
「出ていません」
「やっぱりそうか」
僕の答えに神エレンはクックックと笑う。
「君から『嘘』が見えない。参ったな。ちょっと、警戒心高すぎない?」
「普通では?」
「いやいや、神相手に嘘をつけるのは中々に凄い事だよ。おそらく、君にしかできないんじゃないかなぁ」
「ふふっ。それはどうでしょうか? 少なくとも、僕は一人知っていますよ」
「いや〜。これだから、下界は面白い。とびっきりの『未知』が詰まっている」
「質問は終わりですか?」
「ああ、すまない。これで終わりだよ。さて、次は君の用件を聞いてみようじゃないか」
「では、神エレンではなく、神エレボスに聞きます」
僕がそう言うと、神エレンーーいや、神エレボスは僅かに目を開く。
「ほう? 俺に聞きたいことか? もしや、『二人』のことか?」
「ええ。最近どうなのかな? と思いまして」
アルフィアお義母さんとザルド叔父さんの事だ。本人からレベル8になった事は聞いたが、やっぱりここは
「二人とも元気すぎるぐらい元気だ。それはお前もよく分かっていることだろう?」
「まぁ、そうなんですけどね。アルフィアお義母さんなんて、ある時から、凄い楽しそうでしたから」
すると、神エレボスはニヤニヤしながら、聞いてくる。
「ほほ〜う? アルフィアのことを『お義母さん』ね〜。『叔母さん』とは呼ばないのか?」
「そこら辺は女性にとっては非常にデリケートな部分ですよ? ザルドさんなんて結構怒りを買っちゃっているんじゃないですか?」
僕のその言葉に神エレボスは遠い目をしながら、
「ああ〜。そうだな。俺達がお前とアルフィアが密会していることを知った時、ザルドが『お前・・・。自分の甥に『叔母さん』じゃなくて『お義母さん』と呼ばせているのか?』って言った時、アルフィアが『【
と言っていた。それはご愁傷様です。でも、大丈夫です! どっかの物語では僕のお爺ちゃんが吹っ飛んでいるので!
と、何のフォローにもならないことを心の中で言い、僕はそのことに笑って満足した。
「ありがとうございます。おかげで、楽しみが増えました」
「それは良かった。しかし、良いのか? 俺の正体を誰かに伝えなくて」
この神は分かってて言っている。
もはや、これは完全なる『喜劇』。
舞台の脚本は神の手から離れた。
これはただの『茶番』になり下がった。
でも、それで良い。
皆が苦しむ物語は必要ない。
皆が笑う。そんな物語がきっと良い筈だから。
だから、僕は笑いながら言うのさ。
「必要ないですから」
と。
そのまま、神エレボスと別れ、僕は『星屑の庭』に向かった。
リューさんと話をするためである。
本来のお話ならば、ここでリューさんは自らの『正義』を疑い始める。
そのまま、度重なる絶望で一時的に『正義』は失墜する。
しかし、最後、明確ではなくても、答えを出し、『正義』をもって、『悪』を討った。
そんな物語も良いかもしれない。しかし、僕はそれを許すつもりはない。
そこから、生まれるのは『
普通の英雄ではマイナスがゼロになっただけ、それでは意味がない。
求めるのは『
立ち上がれ、決して現実に妥協するな。
選択肢が無いなら、増やしてみろ。
不可能ならば、可能にしてみろ。
偽善を善にしてみろ。
それを成し遂げた者が『◾️◾️◾️◾️◾️』の素質がある。
ん? 何だか今、変なノイズが混じったような?
いや、気にする必要はないか。
僕は世界を守る事はできない。
だから、他人に任せる。
僕はアイズの英雄だ。
だから、他人の英雄にはなれないし、なるつもりはない。
だが、何故だろうか? それでも、魂の奥底で違う輝きを放つものがある。
これは何なのだろうか?