白兎は理想を抱え、幻想へと走る   作:幻桜ユウ

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第十八話

 

 

 「やあ、初めまして、君がベル・クラネルで合ってるかい?」

 

 仕事が終わって、路地裏に入ると、そこで神エレンと会った。

 

 神エレンは神エレボスの偽名なのだが、本人が纏う雰囲気がヘルメス様みたいな軽薄なため、今は神エレンとしているのだろうと思う。

 

 「その通りですよ。神エレン。何か御用ですか?」

 「おや? 俺の事を知っているのかい? それは嬉しいなぁ。用ってほどのものは無いよ。ただ、君に興味があってね」

 「なるほど。奇遇ですね。丁度、僕も会えたら良いなと思っていたんですよ」

 「へぇ〜。そうなのかい? それは良かった」

 

 僕と神エレンは互いに微笑を浮かべる。

 

 第三者から見たら、二人とも真っ黒だというに違いないだろう。

 

 「では、先にそちらの方の用件を聞きましょう」

 「ありがとう。では、ベル・クラネル。君に問いたい事がある」

 「それは?」

 「『正義』とは何か」

 「なるほど。リューさんが聞かれたら、答えにくそうな質問ですね」

 「そうだね。さっき、リューちゃんに聞いて来たよ」

 「手が早いですね。・・・そして、僕がどう思うか・・・ですか」

 「最初はそうしようと思ったんだけど、やっぱりやめた。今の君に聞いてもはぐらかされそうだ。だから、せめてこれだけは聞こう。君は『正義』について明確な答えは出ているかい?」

 

 その問いに僕はこう答えた。

 

 「出ていません」

 「やっぱりそうか」

 

 僕の答えに神エレンはクックックと笑う。

 

 「君から『嘘』が見えない。参ったな。ちょっと、警戒心高すぎない?」

 「普通では?」

 「いやいや、神相手に嘘をつけるのは中々に凄い事だよ。おそらく、君にしかできないんじゃないかなぁ」

 「ふふっ。それはどうでしょうか? 少なくとも、僕は一人知っていますよ」

 「いや〜。これだから、下界は面白い。とびっきりの『未知』が詰まっている」

 「質問は終わりですか?」

 「ああ、すまない。これで終わりだよ。さて、次は君の用件を聞いてみようじゃないか」

 「では、神エレンではなく、神エレボスに聞きます」

 

 僕がそう言うと、神エレンーーいや、神エレボスは僅かに目を開く。

 

 「ほう? 俺に聞きたいことか? もしや、『二人』のことか?」

 「ええ。最近どうなのかな? と思いまして」

 

 アルフィアお義母さんとザルド叔父さんの事だ。本人からレベル8になった事は聞いたが、やっぱりここは保護者()からも聞いておくべきだろう。

 

 「二人とも元気すぎるぐらい元気だ。それはお前もよく分かっていることだろう?」

 「まぁ、そうなんですけどね。アルフィアお義母さんなんて、ある時から、凄い楽しそうでしたから」

 

 すると、神エレボスはニヤニヤしながら、聞いてくる。

 

 「ほほ〜う? アルフィアのことを『お義母さん』ね〜。『叔母さん』とは呼ばないのか?」

 「そこら辺は女性にとっては非常にデリケートな部分ですよ? ザルドさんなんて結構怒りを買っちゃっているんじゃないですか?」

 

 僕のその言葉に神エレボスは遠い目をしながら、

 

 「ああ〜。そうだな。俺達がお前とアルフィアが密会していることを知った時、ザルドが『お前・・・。自分の甥に『叔母さん』じゃなくて『お義母さん』と呼ばせているのか?』って言った時、アルフィアが『【福音(ゴスペル)】!』って魔法でぶっ飛ばしていたからな。何故か、俺も巻き込まれたが」

 

 と言っていた。それはご愁傷様です。でも、大丈夫です! どっかの物語では僕のお爺ちゃんが吹っ飛んでいるので!

 

 と、何のフォローにもならないことを心の中で言い、僕はそのことに笑って満足した。

 

 「ありがとうございます。おかげで、楽しみが増えました」

 「それは良かった。しかし、良いのか? 俺の正体を誰かに伝えなくて」

 

 この神は分かってて言っている。

 

 もはや、これは完全なる『喜劇』。

 

 舞台の脚本は神の手から離れた。

 

 これはただの『茶番』になり下がった。

 

 でも、それで良い。

 

 皆が苦しむ物語は必要ない。

 

 皆が笑う。そんな物語がきっと良い筈だから。

 

 だから、僕は笑いながら言うのさ。

 

 「必要ないですから」

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、神エレボスと別れ、僕は『星屑の庭』に向かった。

 

 リューさんと話をするためである。

 

 本来のお話ならば、ここでリューさんは自らの『正義』を疑い始める。

 

 そのまま、度重なる絶望で一時的に『正義』は失墜する。

 

 しかし、最後、明確ではなくても、答えを出し、『正義』をもって、『悪』を討った。

 

 そんな物語も良いかもしれない。しかし、僕はそれを許すつもりはない。

 

 そこから、生まれるのは『普通の英雄(前世の自分)』だ。

 

 普通の英雄ではマイナスがゼロになっただけ、それでは意味がない。

 

 求めるのは『新たな英雄(前前世の自分)』。

 

 立ち上がれ、決して現実に妥協するな。

 

 選択肢が無いなら、増やしてみろ。

 

 不可能ならば、可能にしてみろ。

 

 偽善を善にしてみろ。

 

 それを成し遂げた者が『◾️◾️◾️◾️◾️』の素質がある。

 

 ん? 何だか今、変なノイズが混じったような?

 

 いや、気にする必要はないか。

 

 僕は世界を守る事はできない。

 

 だから、他人に任せる。

 

 僕はアイズの英雄だ。

 

 だから、他人の英雄にはなれないし、なるつもりはない。

 

 だが、何故だろうか? それでも、魂の奥底で違う輝きを放つものがある。

 

 これは何なのだろうか?

 

 

 

 


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