カレンチャンが出ないので悲しみの投稿
キング好き、あつまれー
誰が言い始めたか。
彼女たち五人のウマ娘を指してこう呼ぶ者たちがいる。
“黄金世代”と。
一つ、セイウンスカイ。
黄金世代の中で皐月賞を戴いたウマ娘。
やる気を感じさせないその言動とは裏腹にレースとなればその大逃げで誰より先にレースを終わらせんとする曲者だ。
世代最速、その冠に偽りなし。
一つ、キングヘイロー。
未だ重賞こそ得ていないもののレースに出れば入賞確実、無冠の帝王。
彼女の母親はかつて重賞に幾度も輝いたスターウマ娘。
マイル・中距離・長距離と活躍の場は多く、その才能に疑いはない。
一つ、グラスワンダー。
渡来のウマ娘がこの日本にてデビューを果たす。
大和撫子然とするその姿からは想像もできない走りを見せつけ、デビュー前から“怪物二世”の二つ名をつけられたウマ娘。
その名が飾りでないことをウマ娘ファンの全員が知っている。
一つ、エルコンドルパサー。
世界最強を目標に掲げ、世界の片鱗を見せつける“怪鳥”。
天性のパフォーマーとして人気が高く、特徴的なマスクと相まってその知名度は黄金世代トップ。
未だ幼き怪鳥の羽ばたきはいずれ世界を揺るがすであろう。
そして最後、スペシャルウィーク。
亡き母との誓い、そして憧れ。
それらを胸にターフを直走る。
レース毎に速くなる成長性、愛らしいルックス、その話題性、時折零れる田舎言葉の親しみやすさからか今注目を集めているウマ娘だ。
そうやって少女はここに来た。
東京優駿、日本ダービー。
誓いを果たすため、誰よりも早く入着して日本一のウマ娘になるために。
「私は、勝つんだ……!」
「意気軒高ですね、スぺちゃん」
「そうでなくては困りマース! エルはこの熱く燃え滾るようなレース、勝つためここにいるのですから!」
「熱すぎだよ、私はちょっと涼みに行きたいくらいなのに」
「ターフはすぐそこよ? 皐月ウマ娘が勝負から逃げるなんてこと、このキングが許さないんだから」
彼女らの登場に会場が沸いた。
コンクリートの床を経由してビリビリとした振動を伝える。
常人ならば二の足を踏んでしまうような音の中、全員が胸を張って進んでいく。
主役は私達だと言わんばかりの態度。
間違いではあるまい、しかしここはレース場。
あなたたちが主役だというのならば喰らって魅せる、センターは私のモノだ。
言葉に発しない思いに突き動かされ、続々と入場を果たすウマ娘たち。
だがそんな気持ちさえも吹き飛ばすような圧が全選手を襲った。
「……スぺちゃん?」
ゲートを前にしたスペシャルウィークが尋常ならざる威圧感を放ち始めたのだ。
思えば彼女はグラスワンダーのかけた言葉に返事をしていない。
それが異常だった。
普段の彼女をよく知るからこそ黄金世代の困惑は強い。
グラスワンダーはすぐに始まる激戦に対する認識を改め、丹田に力を籠める。
ここまで己を追い込んでいるのは初めて見たとエルコンドルパサーが言葉を失い、拳を握る。
「……」
「あちゃちゃ、ロックオンってわけ?」
少しだけ、ほんの少しだけスペシャルウィークが振り返った。
視線の先には先月皐月賞を奪い去り、今最も手強いライバルであるセイウンスカイ。
瞳からは特に感情を感じられない、それが怖かった。
獲物をただ見た。
その動作に、視線に、セイウンスカイの足が止まる。
いや、止まったのは彼女だけではない。
数多くのウマ娘が縫い止められたように足を止めたのだ。
ゲートをくぐれば殺される。
意味もなくそう直感した。
むろん死ぬなどそうあり得ることではない、だが生物の本能が察したのだ。
あれと戦ってはいけないと。
少なくともクラシック級のウマ娘が放つ威圧感ではなく、同じクラシック級のウマ娘が受けるには経験が浅すぎた。
未だ湧き上がる観客とは裏腹に選手たちは冷や水を浴びせられた気分になっていたのだ。
その沈黙を破るのならばセイウンスカイを置いて他にない。
誰もがそう考えた中、歓声を押しのけるような笑い声が響き渡った。
「オ~ホッホッホッホッ!!!」
勝負服を身に纏い、上品に口元を手の甲で隠しながら大笑するのはキングヘイロー。
笑い終えた後に体を半身にして決めポーズまでばっちり。
自信たっぷりのどや顔までセットでどうぞと言わんばかりに耳を震わせる。
視線を独り占めした彼女は優雅に歩きを再開した。
「スペシャルウィークさん、貴方にこのキングと王座を競い合う権利をあげるわ!」
「キングちゃん」
「だから、敵意を向ける相手を間違えないでちょうだい。貴方の最大の敵は私、キングヘイローよ!」
キングヘイローのゲートインを皮切りにグラスワンダーが、次いでセイウンスカイが動き始める。
いいところ取られたデース!とはしゃぎながらエルコンドルパサーがゲートイン。
黄金世代よ、かくあれかし。
そう思わせる光景に他のウマ娘たちも腹を据えてゲートイン。
気が付けば先頭を行っていたはずのスペシャルウィークがぽつんと取り残されていた。
「……くすっ」
なぜだから分からないがスペシャルウィークは小さく笑みをこぼしていた。
鼻から大きく息を吸って。
口から吐き出す。
脱力の後に顔をあげれば視界が広がる。
友人の、ライバル達の背を見て一つ頷いた。
「私だって、負けませんから!」
日本一のウマ娘を決めるレースが今、始まる。
_____ヘイロー―――――
『一斉にスタートを切りました日本ダービー出遅れはありません』
『位置取りは熾烈になりそうですね!』
『ああっとここで皐月賞ウマ娘セイウンスカイが抜け出した勢いが止まらないグングン伸びる』
『彼女の脚質には合ってますよ、あれが皐月賞を奪った世代最速の逃げ足です!』
実況と解説が素早く言葉を交わし合う。
綺麗に出揃ったウマ娘たちが各々の走りに合わせた位置取りをしていく。
さて、火ぶたを切って落とされたこのレース、主導権を握っているのは誰か。
先ほどスペシャルウィークの圧に誰より早く対抗してみせたキングヘイロー?
皐月ウマ娘であり、先頭を走るセイウンスカイ?
凄まじい末脚を持つグラスワンダー?
才能はワールドクラスのエルコンドルパサー?
いいや違う、試合前から周囲を威圧していたスペシャルウィークだ。
今も威圧感をまき散らしているわけではない。
むしろその逆、彼女は静かに中央を陣取っていた。
先頭グループを追いかける集団の中。
『一番人気スペシャルウィークここにいました』
『かかっていないか心配していたんですが冷静な試合運びをしているようです』
風から身を隠すように他のウマ娘に隠れ、レースを進めていた。
先頭から離されすぎるようだと圧を強めて集団を押し上げる。
後方のウマ娘への牽制も忘れない。
前を走るウマ娘が跳ね上げた土に勝負服を汚しながらも冷静に場を支配していた。
まるでベテランのような試合運びだがこれにはワケがある。
格付けが済んでしまっていたからだ。
黄金世代の四人以外がスペシャルウィークに逆らえなくなっていた。
中には反骨心をむき出しにして逆らうものもいたが、それならそれで制御してやればいい。
そして黄金世代にとっても都合の悪い話ではないと協力的だ。
すべてが掌の上だった。
思うままに集団が動く。
そんな錯覚にさえ陥りそうな感覚の中、スペシャルウィークが前を見据えた。
あっという間にレースは中盤。
ここまでスペシャルウィークが支配したまま大きな動きはない。
多少の例外はあれど、前にいたものは前に。後ろにいたものは後ろに。
この形のまま終盤にもつれ込むのかと観客が見守る中、エルコンドルパサーが動いた。
セイウンスカイへと並びかけ、頭を抑えんとしたのだ。
距離を詰める速度が速すぎて他のウマ娘は反応できていない。
まるで急に現れたように感じたのか、驚きに目を見張る者もいた。
だがセイウンスカイもさすがのもの。
きっちりと反応し、逆にエルコンドルパサーの加速を抑え込む。
並び立つ形で二人が先頭を往く。
「……ッ!!」
「ハァッ……!」
コーナーの出口、二人が同時に加速した。
他の先頭集団はこれに反応できない。
加速しようと思った瞬間には後方の集団に飲み込まれた。
そう、スペシャルウィークもまた加速していたのだ。
正確には追い上げてきたスペシャルウィークに飲み込まれまいと二人は逃げ出していた。
飲み込まれたウマ娘はもう上がることはできないだろう。
事実そうなった。
ステージ終盤に差し掛かるコーナー入口。
そこで事態は大きく動く。
『おーっとここで抜け出してきたのはスペシャルウィーク!』
今まで静かだったのが嘘のようにプレッシャーを放ち、駆け抜けていく。
風を切り裂き、前へ。
反応できたのは彼女のすぐ後ろで警戒していたキングヘイローのみ。
切れ味抜群の末脚がぴたりとスペシャルウィークの後ろに張り付けていた。
「はぁ、はぁ……!」
言葉にする余裕なんて一ミリもない。
だがキングヘイローの瞳は雄弁に語っている。
逃がすものか、勝ってみせると。
だからスペシャルウィークもまた必死の形相で手足を動かす。
ゴールへ誰より先に辿り着くのは私だと。
「ハァ!」
「セッ!」
前を往くセイウンスカイとエルコンドルパサーが最終コーナーを抜けて最後の直線へ。
さらに加速する。
その加速して見せた二人に追いつくのが今のスペシャルウィークとキングヘイローであった。
「負け、ない……!」
「くぅ……!」
あっという間に並びかけ、四つ巴のまま観客の待つ最終ステージへ。
観客の放つ音圧と熱風に押される独特の感覚。
ウマ娘の本能が覚る、ゴールはすぐそこだと。
空気の幕を突き破るようにして前へと進む四人。
先着争いはこの四人が行うのかとスペシャルウィークが考えたその瞬間。
「ァア!!」
コースの内側から切り裂くような末脚が来る。
空気は突き破るのではなく切り開くのだと言わんばかりの加速はグラスワンダーだ。
その加速にウマ娘四人がゾッとした。
来るだろうとは思っていたがこれほど鮮やかに抜かれるとは露ほどにも思っていなかった。
リードはそれほどない。誤差のような差。
だがその差が勝敗を分けると彼女たちは知っている。
そこからは短くとも濃密な時間だった。
グラスワンダーに最も近いセイウンスカイが半歩ほど体を寄せる。
彼女の長い髪の毛が顔にかかるような距離。
腕が当たるのを嫌ってフォームがほんの少し崩れた瞬間にセイウンスカイが差し返す。
もうゴールはすぐそこ。
このまま勝ちかとファンが手を握り見守る中を打ち砕いたのはエルコンドルパサー。
差し返したところを強引に抜き返したのだ。
才気煥発。
“怪鳥”の底力がここに開花する。
天才的な勝負勘がこの一瞬に備えさせていたからできた所業であり、もう一度やれと言われても彼女は否定するだろう。
それほどの出来栄えだった。
セイウンスカイがグラスワンダーを削ると信じたからインパクトの瞬間を一拍置いての加速は完璧にハマった。
だからそれ以上を出されたエルコンドルパサーに次の手は残されていない。
残されたゴールまであと十歩もない距離。
歯を食いしばって走るエルコンドルパサーの前に彼女はいた。
まるで命を削るような魂の燃焼、その熱に視界が歪む。
スペシャルウィーク。
彼女の短い髪の毛がどうしてだか長く舞って見えた。
その姿はどうしてかスペシャルウィークの“憧れ”を幻視させる。
先頭の景色は譲らない。
そう言って困ったように笑う先輩の姿が見えた気がした。
必死に追い縋るのはキングヘイロー。
抜け出したスペシャルウィークへ一歩一歩と距離を縮めている。
だが足りない。
分かってしまう、決定的に足りないと。
前を見る瞳が潤み、形の良い眉毛が歪む。
せめてあと十メートル。いやさ五メートルもあれば―――――
『き、決まったーーーー!!』
『お見事! 日本一ウマ娘に輝いたのはスペシャルウィーク! スペシャルウィークです!』
『二着はエルコンドルパサー! 続いて三着キングヘイロー!』
電子盤に結果が打ち出され、それが結果となった。
_____ヘイロー―――――
「……あら、出迎えご苦労様」
レースを終え、高ぶっていた感情と呼吸を整えながら控え室までの通路を往くキングヘイロー。
彼女を出迎えたのはキングヘイロー専属のトレーナーだった。
口数が少なく、しかし出てくる言葉も尊大で、態度もデカく、仕事は完璧。
そんな背の高い俺様系のトレーナーはタオルと共に彼女の携帯電話を手渡した。
「なに? 疲れているのだけど」
確かに携帯電話は女学生の必需品と言ってもいいが、今は携帯よりもドリンクの方が欲しかった。
と愚痴りかけた瞬間、マナーモードにしてあった携帯電話が震える。
着信相手を見て思わずキングの顔がしかめられる。
「取らないのか?」
「いいえ、あえて取らないだけで―――」
言葉の最中、するりと手から零れ落ちそうになったのは偶然か。
レースの直後で手に力が入りづらいというのも少なからずあっただろう。
ただやはり根本には電話相手への確執が離れたく思わせたようにも見えた。
ともあれ落ちないように握りなおせば通話の繋がる音がする。
『もしもし?』
「……」
何とも言えない沈黙が下りた。
相手のいらだったような催促の声が再度響く。
電話相手は相当短気のようだ。
何故ならば続く言葉が挑発のそれだから。
『ねぇ、いるなら反応したら? キング』
「……ごきげんよう、お母様」
何事もなかったように答えるのだから実に似た者親子だとトレーナーは一人考え、腕を組む。
とても尊大な態度である。
彼を睨んでも意味のないことだがキングヘイローは彼に当たらずにはいられなかった。
トレーナーは母から電話が来ると察していたからこれを持ってわざわざ出待ちしていたのだと気付いたからに他ならない。
『はぁ、やっと返事が返ってきたわ。本当に子供なんだから』
「……簡単に子ども扱いしないで。状況的に返事が難しい時だってあるでしょう?」
『ああ、ダービーに出走していたものね』
実に、実に心温まる親子の会話である。
側で聞いていたトレーナーも思わずため息が出た。
『そういえばすごかったわね、スペシャルウィークさん』
当てこすりのような言葉、いや“ような”ではないのだろう。
キングヘイローの眉毛が大きくゆがんだのがよく見えた。
『あんなに人を惹き付ける走りを見たのは久々よ』
貴方にはできないでしょう?
そんな言葉が聞こえてくるかのようだった。
『あの子が相手だなんて本当に残念』
「……っ」
『諦めという感情も沸いたんじゃない?』
心の底から残念がっていない声。むしろどこか嬉しそうですらあった。
それがキングヘイローの柔らかいところを逆なでする。
話に聞いただけだが、スペシャルウィークが生みの親と育ての親、二人の母に愛されてきたのを知っているだけに余計腹立たしかった。
どうして。
そう叫びたい気持ちを堪え、続く言葉を待つ。
もはやお決まりとなったあの言葉を。
『これ以上無様な姿をさらす前に帰ってくることをお勧めするわ』
通話は一方的に断ち切られた。
返事など聞きたくないというように。
「……何よ、偉そうに」
ぽつりとぼやいて、もう止まれない。
ため込んできたすぐに言葉が溢れる。
「勝手に電話してきて。無様だ、諦めろだなんて……言いたいだけ言って!
何が無様なの? 何が諦めろよ!
そんなもの、この一流のキングには全っ然ふさわしくない言葉だわ!」
瞳には乾いていたはずの涙が浮かんでいた。
通路の明かりに照らされ、潤んだ瞳が輝いている。
形の良い眉が釣り上がる。
美人は怒ると怖いというがキングヘイローからは怖さよりも庇護欲をかき立たせる幼さのそれに見えた。
「トレーナー、聞きなさい! 私は次の菊花賞で必ず勝利する! 誰にも一着を譲らないわ!」
「……」
「スペシャルウィークさんだって! セイウンスカイさんにだって!
グラスワンダーさんにもエルコンドルパサーさん、いいえ誰が相手でも!
何故なら私はキングヘイロー! 一流のウマ娘なんだから!
私は……私は、認められるべきウマ娘なんだから……っ!」
「……よかろう。次は菊花賞だな、承知した」
元よりクラシック三冠と言われる皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞を目標としてやってきたのだ。
今更否はない。
出るからには勝つ、当然の姿勢だ。
だからトレーナーも頷いた。
それが茨の道と知りながら。
トレーナーの名はジャック。
ジャック・アトラス。
それはかつてキングと呼ばれた男の名前である―――――
泣いてる時のキングは美人すぎると思いませんか?
え、見たことない?
しよう、育成!