遅れてすみません、まだ一日余裕あるしとか思い込んで帰宅したら今日が水曜だと思い出したので投下します。
誤字とかいつもより多めにあったらすみません。
「はぁ……はぁ……!」
日の落ちる時間が早くなり始めた頃、キングヘイローは夕焼けの中で息を切らせていた。
足はガクガクと震え、オーバーワークなのは誰が見ても明らかだ。
レース本番でもないのに普通はここまで自分を追い込むことはできない。
こうなる前に足が止まるか、倒れ込むのが普通だ。
それでも動けと腿を叩き、歯を食いしばる。
「くぅ……!」
そうして足を引きずるようにして歩き出す。
もはやろくに腿が上がらないので走ることはできなかった。
弱弱しくも執念を感じさせる姿に周囲の人々は声をかけることもできない。
そしてそれを止めるはずのトレーナーはただじっと見つめていた。
キングヘイローが過負荷をかけ始めてからすでに四日。
この異様な空気でさえ、どこか慣れが生まれ始めていた。
そろそろ彼が動くタイミングだと分かっているのだ。
「キングヘイロー」
言葉をかけ、ジャックが近寄る。
閉じかけの瞳が彼を見た。
酸欠で霞掛かっているであろう視界の奥にギラギラとした光がほのめいている。
意思だけは尽きることなく胸の内にあるらしい。
「ラスト50メートル、行って来い」
「……」
頷くこともなく、ずりずりと体を動かし、50メートルを行こうとする。
あんな状態で50メートルも行けるはずがない。
それでもキングヘイローは足を動かす。
体を倒し、その勢いで足を前に出す。
それは走る歩くというよりたたらを踏むと言った方が近い進み方だった。
いつ倒れ込んでもおかしくない。
ギャラリーと化した者たちの中でも気の弱いウマ娘が顔を青くして手を出したりひっこめたりしている。
助けてあげたい、でも邪魔はしたくない。
そんなところだろう。
キングヘイローの取り巻きたちの中には泣き出しそうな子までいる。
凄絶、その言葉を体現していた。
だがそれは長い間続かず、とうとう体力の底をついたキングヘイローが倒れ込む。
予期していたとでも言いたげなタイミングで受け止めるのがジャックだった。
「……やはり菊花賞には間に合わんか」
菊花賞まではもうひと月を切っている。
時間に余裕があるとは言えない状況になってきた。
だというのにクリアマインドはおぼろげにさえ見えてこない。
魂の燃焼、バーニングソウルの方はそれなりの形になってきたが、まだまだ弱い。
あれでは日本ダービーで見せたスペシャルウィークにも及ばないだろう。
ここまで追い込んだ訓練は本番が近づけば近づくほどできなくなる。
見切りをつけて他の訓練に移行するかどうか、ジャックは判断を迫られていた。
「精励恪勤も過ぎれば毒か、明日は我が身とならぬように気を付けよう」
キングヘイローを横抱きにし、運び出していたジャックを呼び止めたのはシンボリルドルフだ。
ジャージ姿でいるところを見るとトレーニング明けのようだった。
薄く上がる湯気をくゆらせながらジャックの前に立ちはだかっている。
「何か用か?」
「いやなに、どのような意図があって過酷なトレーニングを課しているのか気になってね」
ご教授いただけると嬉しいのだが。
そう言ってジャックの顔を見上げた。
パチリと紫電が奔る。
「キミは以前も注意を受けていたはずだ。
その時は理事長が許可を下していらしたが、今回はそういった話を聞いてはいない」
「そうか」
いつも通りの短すぎる返答。
バチチッ。急かすように紫電が音を立てた。
「……この俺の歩みを止めたければデュエルを以て挑め」
「ならん。ここはトレセン学園だ、ウマ娘とレースを置いて他に優先すべきことはない」
「ならばレースで聞け」
話は終わりだと少女を抱え直し、取り巻きたちへと向かう。
そこでようやく意識を取り戻した見物者たちが動き出す。
取り巻きの三人は気絶した王の世話を焼き始め、他の人々はそそくさとその場を離れる。
独り取り残された皇帝は鼻から息を吐いて、たっぷりと間を置いてから眉間を揉んだ。
「模擬レースの時間か、工面するよう相談が必要だな」
多忙極まる生徒会長はこうしてまた仕事を積み上げるのだった。
_____ヘイロー―――――
「おやぁ、カ↑フェ↓。
どうしたんだい、彼氏がいるのなら親友たる私に紹介してくれないと困るじゃないか」
「親友じゃないので」
「えー!」
アグネスタキオンがお茶を楽しもうとマンハッタンカフェがいるであろう時間にやってくれば、そこには予想通り彼女の姿があった。
ただし、その隣には大男が優雅にコーヒーを楽しんでいるという想定外もついてきた。
どこかで見た顔だが興味のないことだったのですぐには思い出せない。
「……おや?」
アグネスタキオンが首を傾げていたが、彼が誰なのかを思い出すより先に嗅ぎ慣れぬ香りに気付く。
カフェテリアには芳醇な香りで満たされているが彼が飲んでいるコーヒーはその中でも一等際立って芳醇であった。
数回だけ嗅いだことのある香り。
親友たるカフェが特別な日に楽しんでいた豆だと記憶している。
「そう、ブルーアイズマウンテン」
「分かるか」
「飲んだことはないけどねぇ」
了解も取らずに相席したアグネスタキオンは店員に一言”いつもの”と声をかけ、テーブルに肘を付けて大男を見上げた。
精悍な面構え、装飾の多い服を自然と着こなしている。
中々目立つ人物のようだがアグネスタキオンはまだ彼が何者なのか思い出せない。
「で、馴れ初めは?」
「馴れ初めも何もないです、飲み友です」
「彼女とは仲良くさせてもらっている」
「へぇ」
あの人見知りなカフェがねぇ。
そうぼやいてますます興味がわいてくる。
きっとこの顔は二度と忘れまい。
「例の友人はなんて?」
「イイヒト」
「It's simple」
このやり取りでも動揺を見せない辺り、“友人”のことも知っているようだ。
想像以上に深い仲らしい。
アグネスタキオンはなぜだか分からないが憤懣を覚えた。
「それでキミはカフェのどこが気に入ったんだい?
こういうのは何だけど大衆好きのする性格ではないと思うんだが」
「アナタにだけは言われたくない」
「はーっはっはっはっ! それを言ったらおしまいじゃないか」
ジャックもまたこのやり取りで二人の仲を察する。
親友じゃないとマンハッタンカフェは言っていたが気心の知れた仲であるのは分かる。
ならば素直に答えてやるのに否はない。
「そうだな、物静かな性格は嫌いではない。騒がしい奴よりかは付き合いやすかろう。
コーヒーの趣味も良い、とあれば時間を共有するのに不足はないな」
「ふぅん」
性格は嫌いじゃなくて趣味が合って一緒にいて楽しいと。なるほど。
「付き合ったらどうだい?」
「男女が一緒にいるとすぐそういう発想になるの、中学生ですか?」
「これは手厳しいな! すまないねカフェ君、憩いの時間にお邪魔してしまって」
別にいいです。
そう視線で語られればアグネスタキオンとて大らかな気持ちで二人の仲を受け入れようという気分にもなる。
「じゃあ“友人”君についてはどう思う?」
「俺の友人にはカードの精霊を視る者がいる。だから驚きはしたがそれだけだ」
「ほほぅ」
なるほどなるほど。
「カ↓フェ↑、押し倒すなら早い方がいい」
「そろそろ張り倒しますよ」
「私の脳細胞が告げているよ、これほどキミを理解できるトレーナーは稀だと……トレーナー?」
「どうかしたか?」
充分に蒸らし終えた紅茶が差し出されるタイミングでアグネスタキオンの脳裏に答えがかすめる。
記憶を掘り掘り、カフェの髪を編み編み、そして紅茶を一口。
「……ふぅ、この一杯は目に染みるねぇ」
「なんなんだコイツは」
「自由ですよ、色々と」
ものの一瞬で編み込まれた髪の毛を解きつつ、マンハッタンカフェがため息を零す。
どうやら色々苦労しているらしい。
「そうだ、思い出したぞ。キングヘイローのトレーナーであるジャック・アトラス君か」
「知っていたのか」
「一応全ての組み合わせは頭に入ってるよ。引き出せるかどうかは別にして」
紅茶という潤滑油もあってつるつると記憶の引き出しに成功した。
ついでとばかりに他にもあれこれと思い出す。
ジャックがかつてキングと呼ばれていたことも資料にあった。
まぁ、だからどうしたという話だが。
「昨日皇帝に喧嘩を売ったそうじゃないか、昼間誰かが話していたよ」
「そうなの?」
「喧嘩を売られたの間違いだな」
「へぇ」「ふぅん」
どちらも興味ありげだ。
それはジャックがどうこう言うよりもシンボリルドルフという人物の影響力故だろう。
彼女が喧嘩を売るなど余程のことだ。
「生徒会長と言えども教育方針にまで口を出すのは聊か越権行為だろう」
「さて、どうかな?」
「ああ、キングヘイローってあのヘロヘロになるまで頑張ってる子?」
「その通り、キングヘロヘロさんのことだ」
ここでようやくマンハッタンカフェにも理解が及ぶ。
ウマ娘を潰されては敵わないと生徒会長が立ち上がる。実に想像に安い。
そしてそれを跳ね除けるこの男の姿もまたありありと浮かぶのだから困ったものだ。
コーヒーを飲む時間だけの仲だが、他者の意見を素直に受け入れるタイプでないのはよく分かっている。
頭が回る上にしっかりとした矜持を持っており、行動に自信をもって当たっている。
シンボリルドルフもジャックも根は似たタイプだ。
だからこそ対立が成立するのだろう。
一山いくらのウマ娘やトレーナーではこうはいかない。
「で、どうするんだい?」
「どうもこうもない、また突っかかってくるのなら排除するまでだ」
「ブファ!? 排除だって! 聞いたかいカフェ、この学園で生徒会長様を排除するなんて言ったバカはこいつが最初で最後だろうさ!」
「……」
腹を抱えてテーブルを叩いて笑うアグネスタキオン。
対して口を押さえてプルプル震えているのがマンハッタンカフェだ。
そんな二人を見たところでジャックは何の痛痒もない。
静かにコーヒーを飲む。
「そんなことよりも問題はキングヘイローのことだ」
「そんなこと!」
「ぶ……なんでもないです」
シンボリルドルフをそんなこと扱いにアグネスタキオンは指を差して笑い、マンハッタンカフェはとうとうお手々のダムが決壊した。
それほどまでにシンボリルドルフという象徴は学園生にとって大きなものなのだ。
彼女たちは決してジャックをバカにしているのではない。
これがジャックの本心だと分かっているからおかしいのだ。
どちらかと言えば問題児グループの二人にとって生徒会とは煙たい存在だ。
問題児筆頭のアグネスタキオンにしても、他者との付き合いが苦手で目をかけられているマンハッタンカフェにしても思うところは同じ。
“放っておいて欲しい”。
そんな相手を排除するだのそんなこと扱いするのだから痛快と呼ばずしてなんと呼ぼう。
できればこの結末はじっくりと眺めたいところだが、それはそれとして巻き込まれるのは嫌だ。
二人の意見は視線でのみ交わされ、合意のもとに決着する。
何か進展があれば連絡を取り合うことが約束された。
「それで、お嬢様がなんだっていうんだい?
昨日も元気に死ぬまで走ってたじゃないか」
うらやましい話だ、とまでは口にしなかったが皮肉が口に乗らなかったと言えば嘘になる。
誰にも告げてはいないがガラスの足を持つアグネスタキオンにとって連日無茶なトレーニングを続けても壊れる様子のないキングヘイローの頑強さは垂涎の的であった。
隣の芝は青いものである。
「追い込んではいるのだが結果が伴わん。どうしたものか、考えていた」
そう言ってコーヒーを見つめるジャック。
女子二人がまたしても視線で会話をする。
結論は下手に口を出さない方がいい、だった。
彼は相談をしたいのではない。
そう察せる程度に仲のいいマンハッタンカフェは“きっと愚痴りたいだけだよ”と瞳を閉じた。
でもそれで黙れるなら生徒会に目を付けられていないアグネスタキオンだ。
彼女は優雅に紅茶の香りを楽しみながら口を動かした。
「それじゃあ会長様との勝負で決めればいいさ。
何にせよ彼女の意見を通せば無茶はやれなくなる。逆ならば好きにしたらいい」
「……そうだな、これも一つの契機か」
アグネスタキオンからのありがたいお言葉に頷き、コーヒーを飲み干す。
すっかりといい時間になっている。
きっと今頃キングヘイローも準備運動を開始している頃だろう。
顔を合わせたら小言から始まるに違いない。
「では俺は行こう、またな」
「はい」
「次は私のオススメの紅茶を紹介しようじゃないか」
二人に見送られて席を立つジャック。
再会は意外なほど早いことになるのだが、この時の三人にそれを知る術はなかった。
急募:サイレンススズカに20連敗した後にシンボリルドルフと戦うことになったキングヘイローがこの先生き残るには。
次回、『何あれ走るライトニング・ボルテックスじゃん』にアクセラレーション!