王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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いつもよりちょっと長くなってしまいましたが気にせず投稿です。
 


クラシック級/10月前半:スコーンにジャムを添えて、約束を

 

「どうしましょう、暇だわ……」

 

 先日シンボリルドルフとレースで敗北してからというもの、トレーニングの密度は明らかに減った。

 今まではトレーニング明けから数時間はずっしりとした疲れが取れず、そのまま死んだように眠る日々を過ごしていたが、最近では夕食前にはトレーニングが終わって午後九時からは時間を持て余す始末である。

 疲労を抜くストレッチや遅れ気味だった来年の分の予習を熟してしまえばもうやることがないのだ。

 そういう時は同室のハルウララと遊んであげたり、遊んでもらったり、一緒に勉強したりすれば問題なかった。

 

 だが休日となるとそうはいかない。

 ハルウララは商店街に出かけ、どこかのお店でお手伝いをしている頃だ。

 取り巻きたちもデビューに向けて自主練習をすると言っていたし、同期のみんなもそれは同じ。

 むしろ重賞レースを前にゆっくりしているキングヘイローの方が少数派と言える。

 

 さすがにベッドでゴロゴロしているわけではないが、机に座ってファッション誌を広げたかと思えば立ち上がって寮の中を訳もなく行ったり来たり。

 でも外に出るのは練習をする人たちがどうしても目に入ってしまう。

 トレーニングを禁止されている今のキングヘイローにとってそれは目に毒だった。

 今頃行われているであろうレース中継を見るなど以ての外だ。

 

「疲労を抜くためとは言うけれど、すっかり元気満タンなのよね……」

 

 むしろじっとしていられないくらいにエネルギーを持て余している。

 それこそ走って発散させたい気分だ。

 

「十一時か……」

 

 朝から随分と時間も経ったことだが、体感では朝から晩までこうしている。

 それがまだ半分も経っていないというのだから堪らない。

 七時半までたっぷり寝たせいか眠気は全くなく、二度寝などできそうもない。

 こういう時はショッピングか、と思いはしたが気分じゃない。

 というか気分で言えば走りたいのだ。

 

「トレーナーはどうしてるのかしら」

 

 何気なく思って連絡を取ってみる。

 

『暇』

 

 しばらくして帰ってきた返事がこれだ。

 

『寝てろ』

 

 なんて雑な扱いだろう。

 心のケアもトレーナーの業務でしょう!と憤慨するも、彼にとっても今日は休日なのだ。

 仕方ないかと諦めもつく。

 でも暇なのは変わりないので携帯を握った。

 

『このキングとお昼を共にする権利をあげるわ!』

『カップラーメンを食べるので遠慮する』

 

「かーっ!」

 

 卑しかインスタント食品ばい!

 というかあれほど止めろと言っているのにまだカップラーメンに拘るか。

 止めさせたいところだが生憎とトレーナーの住んでいる場所を知らない。

 

 というか用もないのに二人で出かけるとかもはやそれはデートだろう。

 ファンに疑われるようなことはすまいとため息をついた。

 

「……暇だわ」

 

 そして何となく目についた尻尾の手入れを始めるのだった。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「あら、ニシノフラワーさん?」

「キングさん? 珍しいですね」

 

 たっぷり時間をかけて尻尾の手入れをして早めの昼食をいただいた後、紅茶を飲むためにお湯を沸かそうと寮のキッチンへ顔を出せば、そこにいたのはニシノフラワーだった。

 小さな体に大きなエプロンをして、手には包丁。

 向かう先には一口サイズに切り分けつつある鶏肉があった。

 

「貴方、お料理とかできるのね」

 

 周囲は随分と片付いていて、動きを見なくても分かるほど手慣れている。

 コテンと首を傾げれば照れ笑いが返ってきた。

 

「そんな、得意ってわけでもないですよぅ」

「そうは見えないけれど……今日のお昼は自分で用意するのかしら?

 折角の休みだものね、料理をするのも素敵なことだわ」

「いえ、これは明日のお弁当の仕込みです」

「お弁当?」

 

 トレセン学園は栄養管理の行き届いた学食があり、余程の理由がない限りはそこを利用するのが普通だ。

 何せ食事も立派なトレーニングの一部。

 素人が作る料理とここの学食を比べてはいけない。

 

 ではなぜ寮にキッチンが備え付けられているかというと、趣味人向けのレジャー扱いだ。

 このトレセン学園に通うのは年ごろの娘ということもあって料理やお菓子作りをするのが好きというウマ娘も少なくない。

 生憎とキングヘイローにとっては給湯室くらいの感覚でしかないのだが。

 

 話を戻すとして、休日に息抜き込みで手料理というのと平日に食べる弁当では意味合いが大きく違う。

 ニシノフラワーは自分で食事を管理できるほどの趣味人だったかと言えばそうではないとキングヘイローは記憶している。

 そして普通に学食で食事をしているのを見かけた記憶もある。

 

「貴方、学食派だったわよね」

「えっと……そのぅ……スカイさんが、食べたいと仰っていたので……」

 

 テレテレとした様子で言われてしまえば察するものもある。

 

「貴方たち、そういう仲だったの?」

「いえいえそんな! 特別な仲だとかそんなことは! 決して!」

 

 遅かれ早かれと言ったところだろうか。

 ここは恋に恋するような子も多い学園という世界で、ついでに言えば女子校で、異性と言えば年の離れた先生かトレーナーか用務員さんくらいなもの。

 恋という夢を見たいのならば自然と矢印は同性へと向かう。

 

 それを理屈として理解しているキングヘイローはそのことを変だとは思わないがジェンダーフリー的な、ガチの恋愛感情ではないとも分かっている。

 当然数いる中にガチ勢もいるだろうがこの場合は例外とさせていただきたい。

 同級生の中でもグラスワンダー、スペシャルウィークなどがこの気配を見せているが惚れた張れたの話である以上、深く踏み込むつもりもなかった。

 

「まぁ、セイウンスカイさんはモテるでしょうしね」

 

 そしてアレはどう見ても同性からモテるタイプだ。

 寮長であるフジキセキといい勝負である。

 今では皐月ウマ娘としての称号も持っており、同年代以下からは憧れの存在と言ってもいい。

 小さなこの少女も例外ではなかったということだろう。

 

 全くの余談であるが、そういった一部の嗜好家(百合好き)からキングヘイローへ熱視線が送られているのをご存じだろうか。

 サイレンススズカとは夏合宿で手取り足取り色々と教わっていた。

 それだけでも同室のスペシャルウィークとの三角関係でご飯が止まらないというのに、数日前に行われたシンボリルドルフとの一騎打ち。

 あれが百合フィルターを通すとキミは私のモノだマウントを取られている(壁ドン&キスの)図が浮かび上がるのだからさあ大変。

 すわ年上キラーかと思えば後輩たちからも愛される受け身系主人公体質を発揮。

 同級生とはセイウンスカイと夜のデートをしていたとかエルコンドルパサーと抱き合いながら暖を取っていたなど噂話に事欠かない、もはやなんでもありである。

 今日もメシが美味い。

 

 ウララ? あれはもはや親子の領域だから……。

 閑話休題。

 

「もしよければなんだけど、お茶請けを作るの手伝ってくれないかしら?」

「お茶請けですか?」

「ええ、暇で暇でしょうがないから紅茶を飲もうと思っていたのだけど、貴方の料理を見ていたら暇つぶしには丁度いいかと思って」

「なるほどー」

 

 手早く鶏肉を切りながらニシノフラワーは残りの仕込み手順を考える。

 手癖のような素早さで鶏肉をポリ袋へ入れ、ひょいひょいと調味料を追加してもみ込んでいく。

 ついでに湯がき終わったアスパラガスをざるへ上げておくのも忘れない。

 

「うん、いいですよ。あと少しで終わるのでお手伝いならできます」

「ありがとう、終わったらお礼に美味しい紅茶をごちそうしてあげるわ」

 

 家から持ってきたとっておきの茶葉がまだ残っていたはず、と考えながら腕まくりをする。

 それはガチンコお嬢様がとっておきというだけあってとてもお高い紅茶なのだが、そんなことは欠片も気付けないニシノフラワーはニコニコ笑顔でお礼はそれで充分ですよと頷いた。良い子!

 渡された薄ピンク色のエプロンを身に着けて手をしっかり洗えば準備は完了だ。

 

「ところで何を作る予定なんです?

 お菓子の材料なら皆さん買ってくるので余裕はありますけど」

「そうね、スコーンとか簡単って聞いたことあるわ!」

「定番ですね」

 

 スコーンの手順を思い浮かべながらニシノフラワーはテキパキとアスパラ巻きを作っていく。

 焼き立てはとても美味しいが冷めてもしっかり美味しいお弁当の定番。

 しかも後は甘辛く焼くだけという状態で冷凍保存できる主婦の心強い味方だ。

 

「それじゃあまずは材料があるか確認してください。作り始めてから材料足りないことに気付くととても悲しいので」

「分かったわ!」

 

 ニシノフラワーが次々と上げる材料を探すこと五分。

 慣れないキッチンをあれこれと探し回る羽目になったが、大した数でもないのですぐに集まった。

 

「大丈夫そうですね」

「これ、補充とかは誰がやってるのかしら?」

「気が付いた人が必要だと思ったら、ですかね」

 

 使用するメンバーがほぼ固定されているのでそこは小さなコミュニティらしく軽いフットワークで対応する雰囲気が通例となっている。

 先ほどニシノフラワーが言っていたようにお菓子の材料は余りやすく、使ってくれる分にはまったく困らないのでドシドシ使おうということだった。

 

「あえて言えば卵とニンジンと牛乳は使う機会が多いのでなくなったら補充するようにしてます」

「今回も卵と牛乳は使うわね。でも大丈夫、まだまだ残ってたから」

「残ってるのもそれはそれで問題なんですけど……」

 

 いかんせん腐りやすい生ものなので残るのは良くない。

 が、食料関係は使おうと思えば一瞬で消える類のものでもあるので気にしすぎないのが吉だ。

 

「では次にオーブンを温めましょう」

「え、焼くんだからフライパンを使うんじゃないの?」

 

 このキングヘイローの言葉にニシノフラワーの手が止まった。

 今まで淀みなく動いていた手がピクリとも動かない。

 油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと少女が振り返る。

 

「……つかぬ事を伺いますがキングさんは、その……お料理の経験は?」

「任せなさい、すでに調理実習は修めてるわ!」

「お家で手伝ったりとか」

「あら、勝手に厨房に入るとシェフに叱られてしまうわ」

 

 しぇ、シェフ……。

 

 ぽつりと漏れた言葉がすべてを物語っていた。

 そう、あまりにトレーニング姿が泥臭くて庶民っぽい説教の仕方と気安い喋り方で忘れそうになるが彼女はガチンコお嬢様である。

 メジロ家のご令嬢方が分かりやすくお嬢様してるのも手伝ってついつい抜けてしまうがマジにお嬢様なのである。ホントに!

 今着ている服だって見る人が見ればその仕立ての良さにため息がこぼれても仕方のない逸品である。

 それを躊躇なく腕まくりなどするからお嬢様っぽく見えないのだが、キッチンに立つなど叱られて当然の立場なのだ。

 

 実際包丁を握ったのもトレセン学園の家庭科の授業が初めてだったし、包丁を使った相手は卵焼きというより黄色と黒の混合物でしかなかったが。

 つまりキングヘイローにとって焼く=フライパンの出番なのだ。

 ニシノフラワーはそっと頭を抱えた。

 

 ば、バクシン案件ですぅ……。

 

「あ、全自動卵割り機とかないのかしら?」

 

 残念ながらここにはない。

 卵を割る際に力が過剰になりがちなウマ娘用に全自動卵割り機は存在しているのだが、寮のキッチンには不在である。

 何故ならば卵を割るくらい平然とできるような趣味人しかここを使わないから。

 

「ま、いいわ。キングなら卵の一つや二つ華麗に割るくらいワケないわね!」

 

 その自信はどこから湧いてくるのか。

 これだけでもう卵をグシャアする未来しか見えない。

 

「キングさん! まずはオーブンの準備から始めましょう! 卵は私が割りますので!」

「そう?」

 

 それからニシノフラワーの奮闘が始まるのだが長くなるので割愛とさせていただきたい。

 彼女の苦労が理解できるようにキングヘイローの音声をダイジェストでお伝えしよう。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「バターを刻む……刻むなら彫刻刀がいるのではなくって?*1

 

「ああ、大丈夫よ。ニシノフラワーさんのお手を煩わせるまでもないわ、卵は私がにゃあああああ!?」

 

「殻が! ボウルに卵の殻が!」

 

「この生地を切るようにして混ぜる……こんな感じかしら?

 え、包丁で混ぜちゃいけなかったの? ご、ごめんなさい……」

 

「で、生地をボウルから出して畳む!(ベチッ

 ……それで打ち粉って何かしら? え、やだくっついちゃったじゃない!?」

 

「もうべたべたぁ……」

 

「よしできたわ! あとはこれを焼くだけね! 表面に卵黄を塗る? 全部使っちゃったわよ?」

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「すんすん……まだ指からバターの香ばしい匂いがするわ」

「つ、疲れました……」

 

 バターを刻んで材料を混ぜて生地を畳んで切り分けて焼くだけ。

 たったそれだけの工程でニシノフラワーは突っ伏していた。

 キングヘイローの地頭がいいだけに分量を間違えるなどの致命的なミスはなかったが細かいところでミスを取っていくスタイルが中々に大変であった。

 ミスを取り返している内に次のミスを発動させるといういいから一旦止まって!と言いたくなる惨状であったがバクシン具合で言えば例の学級委員長が頭三つほど抜けていたのでどうにかなった感じがある。

 

 キングヘイローはオーブンの前に陣取り、スコーンが焼けていく姿を楽しそうに見つめていた。

 尻尾がフリフリ、ご機嫌な様子がよく伝わってくる。

 それをぼうっと眺めていたら元気が出てきたのか、ニシノフラワーも体を起こした。

 

「そう言えばまだニンジンありましたよね」

 

 誰に言うのでもなく呟いて野菜室の中を見る。

 ニンジンは調理はしないけど生で齧るという人が一定数いるので適当に引っこ抜くわけにはいかない。

 きちんと調理用カゴの中から取らないと無益な諍いが起きてしまうので注意が必要だ。

 実際私のプリン食べたな問題が勃発してしまうのを目撃したことがある。

 それ以来、充分気を付けようと心に誓ったものだ。

 

 ひょいと一本抜いて軽く洗い、五ミリ幅で刻んでいく。

 まな板を叩く音が聞こえたのかキングヘイローが興味深げに近寄ってきた。

 

「何を作るのかしら?」

「スコーンに乗せる用のニンジンジャムを作ろうかなと思いまして」

「ニンジンジャム! 素敵だわ!」

「はい、美味しいですよね」

 

 というわけで刻んだニンジンを鍋に入れて水を投下、煮ると焼くの半々といった具合で煮詰めていく。

 数分で飛ばした水分の匂いに尻尾を揺らしながらミキサーへ。

 あっという間に液状になったニンジンを先ほどの鍋に戻して大量のお砂糖とレモン汁を加える。

 これで数分煮詰めれば完成だ。

 

 だが、それでは粗熱が取れないままスコーンが焼き上がってしまう。

 それはよろしくない。

 どちらかと言えばジャムは冷えた方が美味しいとニシノフラワーは思っている。

 暖かいのもあれはあれで美味しいのだが出来立てのスコーンに乗せるなら冷たい方が大正義だ。

 

「キングさん、ボウルに氷水を作ってください」

「任せなさい!」

 

 しばらくして完成したジャムを背の低い広口のガラスコップへと注ぐ。

 今日使い切る分しか用意していないのでジャム容器を準備していなかったせいだがこれはこれで面白い。

 そしてそのコップを氷の浮かぶ水へ納める。

 キングヘイローも心得たもので、ボウルの中にコップを逆さに立てていい感じの土台にしていた。

 これで氷水の中に沈んでジャムが台無しになることもない。

 

「……なんだか映えそうね」

 

 氷水に沈むガラスコップの中には色鮮やかなニンジンジャム。

 その色がボウルの中に反射していて、見ているだけでも楽しくなる絵面だった。

 思わずスマホでパチリと一枚。

 

「ウマスタに乗せちゃいます?」

「どうせならスコーンと一緒に乗せたいわね」

「いいですね!」

 

 二人して盛り上がって、ジャムをかき混ぜたりしている内にスコーンが焼き上がる音がする。

 さぁ、お茶会の時間だ。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「キングさんはその……短距離には興味ないんでしょうか?」

 

 それはスコーンと共に美味しい紅茶に舌鼓を打って、勢いそのままに紅茶をおかわりして持ってきた食パンに残ったジャムを載せてちまちま食べ進めていた時のことだ。

 とても言い辛そうにニシノフラワーが問いかけてきた。

 

「今のところ走る予定はないわね」

「ですよね……」

 

 何せクラシックの王道を直走っている最中だ。

 シニアを迎えても目指す先は春秋の天皇賞である。

 足を延ばしたとしてもせいぜいがマイルの重賞くらいで、短距離にまで手を出す余裕はない。

 

「どうしてそのようなことを?」

「……スカイさんの目が追いかけてるのはいつもキングさんのことなんです」

 

 そう来たかーと頭を抱えそうになるキングヘイローに先んじてニシノフラワーが手振りを交えて否定する。

 例えスタートはそこだとしても決してこれは嫉妬の類ではない。

 

「違くて! そういうのではなくて!

 それで、先日の会長とのレース、私も気になって見ていたんですが、遠目でもはっきりわかりました。

 私たちスプリンターの目は誤魔化せません。

 あのラストスパートの走り方、キングさんの脚質は―――」

「そこまで」

 

 小さくても鋭い言葉がニシノフラワーの口に蓋をした。

 有無を言わせない鋭さは彼女の差し足もかくやというほどで、ただ静かに紅茶の香りを楽しんでいる姿からは想像もできないくらい硬いものだった。

 

「キングヘイローの名にかけて、私の行く道は王道と定めているの」

「それは……」

 

 茨の道だと苦悶の表情が物語っている。

 だがそれはとっくの昔からずっと知っていることだ。

 心配してくれてありがとうと苦笑を返す。

 

「でも、貴方には随分とお世話になったわ。

 このお礼も兼ねて勝負したいというのでしたら似合いのレースを見繕うけれど?」

「ありがとうございます。

 私もスプリント一本に絞っているわけではないですから、どこかのマイル戦でぶつかるかもしれません」

 

 でも、と言葉は続いて、しかし止まってしまう。

 下げられた目線が明確に物語っている。

 どうせならばスプリントで、と。

 

「ふふっ、そうよね。心優しい貴方だって立派なトレセン学園の生徒だもの。

 どうせ勝負をつけるのなら全力でやりあいたいだなんて、当たり前ね」

「や、そんな! その……すみません」

「いいのよ。このキング、逃げも隠れもしないわ。貴方の挑戦を受けてあげる」

 

 そう言って微笑むキングヘイローは王道を語る時の硬さなど微塵も残っていない。

 強いて言えば、秋の昼明かりに照らされた鹿毛の頭髪に光の王冠を頂いているくらいか。

 

「シニア一年目は何かと忙しいもの、冬の間にやりましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

 

 穏やかに交わされた約束。

 それは後日、大々的に世間へ広まることになるのだが、今はまだその時ではない。

 菊花賞はもう目前にまで迫っていた。

 

 

 

*1
OK、刻んだ!




グッバイ母ちゃんもケーキ焼いた時はそれはもう大変だったんでしょうね。
主に周りの人たちが。


次回、『それは広義の自分磨き』にアクセラレーション!
 
 
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