王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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皆さまは覚えておいででしょうか。
前回までのキングヘイローは錆びた刀で木を切るかのような特訓の日々をすごしていました。
そんな彼女が目標として掲げていたのが菊花賞。
そう、クラシックの王者を決めようというのです。
ジャックと二人三脚の日々を続け、闘ってきたのも今日という日のため。

ライバルとして立ちはだかるのは見違えるほどに力を付けたセイウンスカイとスペシャルウィークではありませんか。
彼女たちもまた修行を終え、この地にやってきたのです……!

それでは! URAファイト、レディィィィゴーゥ!!

(デレレーン、デデデーデーデーン)『ジャック散る! キング涙の必殺拳』
 
 


クラシック級/10月後半:菊花賞

 

 菊花賞。

 京都競バ場で行われる芝3000のコースはその距離の長さもさることながら高低差4.3メートルの坂を二度登るタフネスさが求められるレースだ。

 スピードとタフネス、その二つを兼ね備えていなければ勝利はできない過酷なレースであり、勝者は“最も強いウマ娘”の栄誉を賜る。

 クラシックの頂点にして終結。

 僅か三分少々の時間に人々は、ウマ娘たちは夢を見る。

 

 特に今年のクラシック級は才あるウマ娘がそろった黄金世代。

 残念ながらグラスワンダーとエルコンドルパサーは出走を辞退してしまったが二人のジャパンカップ出場という吉報に人々は沸いた。

 だからこそ残る三人のウマ娘へと注目が集まる。

 始まってみれば三番人気まで彼女らが独占するのだからその期待の高さが伺えた。

 

 中でも一番人気はセイウンスカイ。

 皐月賞を奪い去った最も速いウマ娘であり、生粋のステイヤーだ。

 実力、適正、魅力、すべてにおいて文句なしの大本命。

 二冠の栄誉を掴むのは彼女か。

 

 三番人気はキングヘイロー。

 長距離もできる秀才だが過去の成績を見る限り本質はマイラーであり、三番人気に落ち着いた。

 むしろ他のステイヤーを差し置いて三番人気に居座る辺り、根強いファンがいるのが伺える。

 果たして、無冠の王者は今度こそ戴冠を許されるのだろうか。

 

 そして二番人気はスペシャルウィーク。

 日本ダービーを圧倒的な実力で以て勝ち取った最も運のあるウマ娘。

 確かな実力があって、その上で運がなければ得られない栄冠を胸にターフへと降り立つ。

 適正は中・長距離であり、ダービーウマ娘の実力は存分に発揮できるはず。

 対抗バの下バ評通り、その二番人気という事実が期待の高さを伺わせた。

 

 その彼女らがレース会場に現れ、観客は大いに沸いた。

 クラシックの決着を迎える今日という日を待ちわびていたのだろう。

 歓声や声援が飛び交い、誰に向けた言葉なのかもわからない。

 そんな中を悠然と行くウマ娘が一人。

 ダービーウマ娘、スペシャルウィークだ。

 

 幾人かのウマ娘たちがビクリと身を震わせる。

 彼女がゲートを前にした光景が日本ダービーを連想させたからだろう。

 あのレースは彼女たちにとってトラウマになりかかっていた。

 

 あの子たちもうこのレースじゃダメだな……。

 

 セイウンスカイが内心で冷酷な判断を下す。

 あの時スペシャルウィークに付けられた格付けを取っ払うには時間と実績が足りていない。

 少なくともこのレース中に覆すのは無理だろう。

 

「キングちゃん」

 

 振り返った彼女は日本ダービーの時とは打って変わって冷静だった。

 冷静に燃えていた。

 瞳に宿した強い意志がキングヘイローを貫く。

 

「私ね、走るよ。最後まで、全力全開で!」

 

 宣言された方は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていた。

 まさかスペシャルウィークにそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。

 私?とでも言うように自分へと指を向けていた。

 

 周りで見ていた他のウマ娘たちも似たような気持ちだった。

 そこはセイウンスカイじゃないの?と。

 だが当のセイウンスカイはスペシャルウィークに賛成だった。

 今ここの中で一番警戒しなくてはいけない相手は誰?と聞かれれば迷わずキングヘイローの名をあげるくらいには彼女のことを意識している。

 

 周りはセイウンスカイが本命だと無責任に言ってくれるが冗談ではない。

 キングヘイローの仕上がりを見てまだそんなことが言えるのか?

 そう叫び出したい気持ちでいっぱいだった。

 

「キングちゃんと戦いたい……うん、勝ちたいの」

「貴方……」

 

 スペシャルウィークとは誰かに勝ちたいという思いで走るウマ娘ではなかった。

 走るのが楽しい。

 その気持ちを全面に押し出す……そう、サイレンススズカのような走り方をするタイプだ。

 あそこまで求道に生きておらず、みんなと走るから楽しいという亜種であるが。

 その彼女が明確に敵を見定めた。

 初めてのことにキングヘイローは戸惑い、セイウンスカイはそれを興味深げに眺めた。

 

「だから全身全霊で勝ちに行くね」

「……そう、なら相手になるわ」

 

 短く答え、ゲートの前で並び立つ。

 宣言をするのならばスタートラインは同じがよかったから。

 

「私に目を付けたのは褒めてあげる、貴方の敵はこのキングよ!」

「うん!」

「ちょいちょい、一番人気の私を差し置いて何やってんのさ」

 

 いつもならスルーしてしれっと勝ちに行くところだけど、気が付いた時には声をかけていた。

 セイウンスカイはそんな自分に内心呆れつつも涼しげな顔でゲートイン。

 手をひらひらと振ってこっちにおいでと呼びかける。

 

「おいでよ、誰が一番強いか教えてあげるから」

「セイちゃんにだって負けません!」

「もー! 勝つのはこの私、キングヘイローよ!」

 

 立て続けに二人がゲートイン。

 日本ダービーのような圧力をまき散らすことがなく、ひとまず一安心といった風に何人かのウマ娘がため息を零した。

 彼女らにとって本当の地獄が始まるのはこの後のことだった。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

 私のターン―――ドローッ!

 

 がたんとゲートが口を開き、一斉にウマ娘たちが駆けだす。

 出遅れは二人。

 スペシャルウィークに呑まれていた娘二人だった。

 それらの状況を見渡し、キングヘイローは静かに場を眺めた。

 

 ステイヤーは三人、菊花賞に狙いを定めてきた者たちは全てが好スタートを切っている。

 まずは頭を叩く。

 そう判断してキングヘイローは一度己の胸を叩いた。

 

 ドクンッ。

 

 セイウンスカイは悠々とハナを走る。

 そんな彼女の背を押したのは言うまでもない、キングヘイローの熱気を伴うプレッシャーだった。

 首がチリチリと焼けるように熱い。

 背をぐいぐいと押されるような感覚は掛かっていると自覚させるほどのものだ。

 努めてゆっくり走っているつもりでも足は前へ前へと焦っている。

 

 何さこれ、やばっ。

 

 プレッシャーは一つじゃない。

 それは背後から幾つも来た。

 ドミノ倒しのような焦りの伝播が周囲を走らせ、セイウンスカイたち先頭集団は突き上げを食らって速度を上げざるを得なかった。

 もし速度を上げなければこのまま呑まれて終わる。

 特に一番人気のセイウンスカイは厳しいマークを付けられるだろう。

 まともに考えて下がるなんて選択肢はない。

 

 救いがあるとすればこの速い展開は長続きしないことだろうか。

 キングヘイローがずっと威圧し続けるなんてことをすればその彼女が一番最初にバテるのは当然。

 どこかで息を入れる。

 そこでしっかりと集団を御せばいい。

 

 冷静に展開を読みながらセイウンスカイが集団を引っ剥っていくと不意に威圧感がなくなった。

 時間にして一分ほど経った頃だろうか。

 ほっとしたような雰囲気が浸透する

 みんな一息入れたいところだろう、ペースダウンをするのはそう難しいことじゃない。

 ―――はずだった。

 

「行きますよ?」

 

 そう遠くない位置から聞こえた小さな声。

 ぽつりと漏らしただけの言葉が嫌に響き渡った。

 発言をしたのはスペシャルウィークだ。

 声で分かったし、次の瞬間から放たれ始めた威圧感は忘れようもない。

 日本ダービーで見せたあのプレッシャーが集団を飲み込むのに一秒も必要なかった。

 

 声なき悲鳴が聞こえるような再加速。

 徹底的な逃げ潰しの展開にセイウンスカイはそこまでやるかと叫びたくなる。

 このままではまずい、早急に手を打つ必要がある。

 セイウンスカイはちらりと背後を見てそろばんを弾く。

 

 そっちがタッグを組むならこっちだってやりようはあるさ!

 

 作戦を決め込むと今まで先頭を行っていたセイウンスカイは二位の後ろに付けた。

 風よけとしては壁が小さいがないより余程マシだ。

 

「背中を失礼」

「ちょっと! ……もー!」

 

 そのウマ娘はキングヘイローばりの文句を言いながらセイウンスカイの作戦に乗ることに決めた。

 というかそうするしかない。

 

 差しウマほど抜け出しが得意ではない逃げ・先行型を専門とするこの先行集団は先ほども説明したように後方集団に呑まれればおしまいだ。

 だから先行集団は手を組み、代わる代わる先頭を行って体力の消耗を押さえようという作戦に出た。

 あちらが体力を削ってくるなら手を組んで温存策に出ようという訳だ。

 進路妨害にならないようにだけ注意が必要だったが今のところ上手くいっている。

 

 普通はこんな動きはあり得ない。

 レースである以上、みんな協力し合って最後まで、とはいかないのでどこかで裏切られることになるからだ。

 誰だって出し抜かれたくはない。

 だからこそ鍛えぬいた己の体だけで勝負をするのが本来の姿である。

 

 ひょっとしたら観客席はざわめいているかもしれないが知ったこっちゃないのだ。

 そんな呑気なことが言える空気ではない。

 もし文句があるなら代わりにこのプレッシャーの中で逃げてみて欲しい。

 セイウンスカイたち先頭集団の意見はそれで全会一致を見た。

 

 このプレッシャーの中でまだ勝負を捨ててない彼女たちは根性がある方だ。

 ハイペースで進むレースに付いてこれなくなったウマ娘は脱落気味に最後方の集団へ固まる。

 いつそこに押し込まれてもおかしくない中、ひたすらターフを蹴りつける。

 

 彼女たち先頭集団の心の支えはセイウンスカイの存在だ。

 あの子なら最終コーナーまで私たちを連れて行ってくれる。

 そんな淡い希望を抱いてセイウンスカイが先頭の番だと顔を横へ向ければ、そこには誰も居なかった。

 

「は?」

 

 戸惑いは一瞬で伝わった。

 どういうことだと混乱しつつもローテーションを続ける。

 今更これを止めることもできなかった。

 これが空中分解した時、自分たちは残らず食われると理解していたからだ

 

 ホント、助かったー。

 

 そう息をつくのはセイウンスカイその人。

 後方集団の丁度真ん中に彼女はいた。

 ほど近いところにキングヘイローがいて、呆れたような顔をしている。

 

 焚きつけておいてしれっと抜けるの、セイウンスカイさんらしいと言えばそうでしょうけど。

 

 どうあれこれで先頭集団がぐずぐずになるのも時間の問題となった。

 レースももう2/3を切っていて、スペシャルウィークからの圧力も消えている。

 スタート地点の辺りをついさっき通り過ぎたのでまた坂を登るところだ。

 ここでセイウンスカイを捕らえられたのは大きい。

 

 差し勝負でなら負けない自信があるキングヘイローはこの結果をひとまず良しとする。

 それを分かっているはずのセイウンスカイが自分から下がってきた疑問は脇に置いた。

 

 問題はここから……。

 

 坂を登りながらスタミナとの相談を始める。

 この坂を下りて大きなコーナーを抜ければ最後の直線だ。

 抜け出すための位置取りは坂を下ってからすぐにでも始まる。

 

 先頭集団は最終コーナーの間で垂れておしまいだろう。

 後は抜け出すタイミングと、彼女たちが壁にならないように見極めて動く必要がある。

 

 そうして坂を登り切り、頂上から見渡せる一瞬の視界で判断を下した。

 脳裏に描いた軌跡に自らが戸惑う。

 彗星のような力強い線がキングヘイローのすぐ側を駆け抜けているからだ。

 その流れに乗る、と決めたがそれはいったい誰の描く線なのか。

 今更説明など必要ないだろう。

 

『ああっとここでセイウンスカイが仕掛けた!』

 

 下り坂を利用して加速というのは彼女の脚質に合っていない。

 下手を打てば転ぶ危険な、いっそ無鉄砲と言ってもいい仕掛け方だった。

 ゴールまでの距離もまだ長い。

 あまりのロングスパートに本当について行っていいのか一瞬迷ってしまった。

 

 その一瞬が出遅れに繋がり、セイウンスカイは外を回り込むようにして先へ。

 彼女の背後にはぴったりとスペシャルウィークが張り付いていた。

 

 これ、速い……!?

 

 殆ど直感に従って追随したスペシャルウィークは振り落とされそうな加速の中を走っていた。

 どう考えてもこれでは最後まで持たない。

 だが降りてしまえば勝てない気がする。

 セイウンスカイからは“勝ちを狙う走り”をひしひしと感じ取れる。

 

 セイちゃんは走り切るつもりだ……なら私だって!

 

 最後まで全身全霊で食らいつくまで。

 そう腹を据えて追随した。

 

 釣れたのはスペちゃんだけか、さすがにキングは冷静だよ。

 

 対して高速の中でセイウンスカイは静かに展開を読んでいた。

 序盤からのハイペースは想定外であったがこの降り坂からのロングスパートは夏の間からトレーナーと相談して決めた戦法である。

 そのために体を仕上げてきた。

 このために坂の前で息を入れた。

 例えスペシャルウィークとキングヘイローが付いてこようと差し型の二人ではこのロングスパートは付いてこれず、自滅するだけ。

 エルコンドルパサーだけが厄介な相手だったが、生憎と彼女はここにはいない。

 そして勝つために必要な言葉はもう仕込んである。

 

 加速した二人は崩れかけの先頭集団へあっという間に追いつく。

 背後から来た存在感を彼女たちは本能で察知する。

 つまり大本命様のお通りだと。

 

 させぬとばかりに三人は内と外をそれぞれ閉めた。

 これで開いているのは大外のみ。

 だがコーナーからの加速で大外を通るともなればとてもスタミナは持たないだろう。

 一度ここで捕まり、最終コーナーからまた加速し始めるしかない。

 背を追うスペシャルウィークが思わずそう判断してしまうほど息の合った完璧な対応だった。

 だがこの展開を読んでいたセイウンスカイは当然ながら応手を用意している。

 

「左から失礼」

 

 肉薄しつつ内側を行く娘へと言葉をそっと差し込んだ。

 まさに半歩ほど隙間が空いた瞬間の言葉、この間を抜けるつもりかと左側を閉める。

 少し前に同じようなセリフから今の苦境に立たされたのも相まって素早い反応だった。

 それが(あだ)となる。

 

 直後、セイウンスカイは()()の内を突いた。

 単純ながらも効果は絶大。

 一瞬の判断が命取りになる勝負で平然とブラフを投げ込むのがセイウンスカイというウマ娘だった。

 降り坂の大外から内へ。

 コーナーの横Gを打ち消すアウトインアウトの道程を高速で駆け抜けていった。

 

「!?」

 

 驚きに目を見開いた彼女が見たのは息苦しさに顔を歪めながらも笑うセイウンスカイの横顔と、その後ろを追うスペシャルウィークの靡く髪だった。

 それでぷつりと緊張の糸が切れた。

 敗北を知った彼女たち先頭集団が失速する。

 いわゆるもうダメー状態だ。

 

 垂れる彼女らを置いて先頭を奪った二人は最終コーナーを抜ける。

 本来はここからがラストスパート。

 だがとっくにスパートはかかっている。

 残り400メートルが遠い。

 

 息が切れる。

 肺と心臓が痛い。

 手足が酸欠に痺れている。

 どれだけ息を吸っても酸素が頭まで回らずに意識が朦朧とし始める。

 だが手足を動かすのだけは止めない。

 スペシャルウィークは霞がかった頭で考える。

 

 くっついてるだけじゃダメ、追い抜かないと!

 

 わずかに内へ。

 抜け出しの準備はそれでおしまい、邪魔してくるモノは鬱陶しい風以外一つもない。

 後は力勝負。

 それこそスペシャルウィークの望むところだった。

 

 悪いけど、勝つのは私だ!

 

 全身全霊を込めたスペシャルウィークの加速が、しかし足りない。

 天下一品の末脚はこのロングスパートで見る影もなくなっていた。

 対してセイウンスカイの脚は衰えを見せないままじりじりと距離を離していく。

 

 夏合宿から仕上げてきた体は彼女の狙い通りの力を発揮している。

 決して楽勝という訳ではない。

 だがしかしこのまま行けば勝てるという手応えがあった。

 

 残り300メートル。

 いつもなら一息で走り切れる距離だというのに、それがあまりに長い。

 観客席からの声援さえも圧として感じてしまい、邪魔だと跳ね除けたくなる。

 それほど二人は懸命にターフを蹴りつける、その一瞬。

 ぞくりと背筋に怖気が奔った。

 

「「―――ッ!?」」

 

 世界が暗転する。

 冴え冴えとした秋の青空は赤く染まり、ターフは黒に。

 横たわるレーンがやたら白く、目に痛いほどだ。

 

 酸欠がとうとう目にまで及んだかとセイウンスカイは思いたかった。

 だが本当は理解している。

 ろくに頭が回らない今の状態でも察することができる。

 

 熱風の渦巻く世界にしとしとと燃える雨が降る。

 その中を切り裂くようにして進むのはキングヘイロー。

 集団を発射台にした代償として勝負服を泥と汗で汚した姿で赤の世界を往く。

 

 このお嬢様は、ホントに毎度毎度! ラクさせてくれないなー!

 

 何故だかセイウンスカイから笑顔が零れた。

 負けたくないという想いを一層強く願い、燃える雨の中を直走る。

 

 キングちゃん……私ね、最後まで戦うよ!

 

 スペシャルウィークも出し切ったはずの末脚に冴えが戻る。

 赤い世界を拒絶するような彗星の衝撃が彼女を中心に広がった。

 

 そしてセイウンスカイとスペシャルウィークが加速する。

 あっという間に残り100メートル。

 キングヘイローが追い付いてきたというだけで二人の疲れに対する意識は吹っ飛んでいた。

 

 どきなさい、キングなのよ! 私はッ!!

 

 例のやたら疲れるがやたら速いフォーム―――スプリントスタイルで背を追うキングヘイローは未だに追いつけない事実に唾を吐きたい気分だった。

 具体的には私のへっぽこ!とか貴方たち体力お化けなのかしら!とかだ。

 だがそんな余裕はどこにもなく、必死になって距離を詰める。

 

 僅か数秒で霧散した赤い世界から抜け出し、ちぎれてしまいそうなほど手足を動かす。

 太腿から先の感覚はとっくに消えている。

 痛いとか疲れたとかそういうシグナルを感じ取る機能はスプリントスタイルを初めて十秒くらいで留守になったし、倒れる寸前はだいたいいつもこうなる。

 だから経験として彼女は察している。

 そろそろぶっ倒れるぞ、と。

 

 だが100メートルも切っていて、残り数秒の勝負。

 倒れようが慣性でゴールできそうだとおバカな考えが脳裏を過り、サイレンススズカ先輩ならこの冗談で笑ってくれそうだなと残っていた理性が応答してきた。

 あの人が笑ってくれるならそれもいいかと、どこか気の抜けた自分が頷いた瞬間、耳に飛び込んできた言葉があった。

 

「キングちゃん、がんばれー!!」

 

 ハルウララの声だった。

 この数万人の歓声と風圧の中で誰か一人の言葉が分かるはずもない。

 だからこれは幻聴だ。

 あるいは似た音を拾い上げて作り出した偽りの声援。

 

 そもそも彼女の性質からしてキングヘイローだけを応援するのはおかしいのだ。

 みんながんばれー!が正しいセリフになるだろう。

 だからこれは幻聴で間違いない。

 

 でもそれがキングヘイローの体に劇的な変化をもたらした。

 ファンが見ていてくれると心が理解した瞬間、留守にしていた感覚が戻ってきた。

 痛みと疲れと、何よりターフを蹴る感触が帰ってきて、踏み抜く親指へと力が伝わるのが分かった。

 

 ぐんと体が押し上げられる感覚。

 それでスペシャルウィークに並んだ。

 

 もう一度蹴り付け、体を前へ。

 それでスペシャルウィークを抜いてセイウンスカイと並ぶ。

 

 ゴール板は目と鼻の先。

 少女たちは三つ巴のままそこを駆け抜けた―――

 

 

 




キングヘイローがバーニングソウル使って詰めてきたら二人がスタミナ回復して加速するのバグだと思う。
ところでガチャにウンス追加だそうですね。
この作品書くようになってからウンス好きになってしまったので引きに行きますよ。
想像するのは常に最強の自分……!

次回、『デビュー戦とホープルSの時と、皐月賞と日本ダービーの時も私はずっと! 待ってた!』にアクセラレーション!
 
 
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