無事に致命傷負いながらセイウンスカイをお迎えしてストーリーの良さに叩きのめされてしまったので投稿です。
「はぁ! はぁ! はぁ……あー、つっかれたぁ」
たった今ゴールを駆け抜けて、徐々に速度を落として体を落ち着かせるセイウンスカイ。
その隣では猛烈な勢いでキングヘイローが転がっている。
あれは体力を使い果たしてぶっ倒れたのだろう。
しっかり受け身を取っていたのを見ているので慌てることなくクールダウンに努めた。
キングヘイローとは逆側を歩くスペシャルウィークも似たような対応を取っている。
それを横目に見ながら勝負服の胸元をパタパタと仰いだセイウンスカイはため息をついた。
どーして私の勝負服はこんなにひらひらしてるんでしょーか。可愛いんだけどさ。
併走で何度か経験したことのあるセイウンスカイとスペシャルウィークは当然のように受け入れたが、もちろん周囲は騒然とした。
当たり前だがレース中に人が倒れるなど普通のことではなく、異常事態発生だ。
接触したか、はたまた体のどこかでも痛めたのか、どこからも心配している様子が見える。
一足遅れて次々ゴールインしてくるウマ娘たちも呼吸を整えながらこちらを伺っていた。
「……そろそろ起き上がったら?」
「キングちゃん、倒れたままじゃみんなに心配かけるよ?」
手を差し伸べる二人を見上げ、キングヘイローは激しく胸を上下させながら瞳で訴えている。
勝ったのは誰だと。
それに呆れたのはセイウンスカイだ。
差し伸べた手を一度振ってとにかく腕を取れと催促する。
自分で掲示板を見ろということだろう。
そう理解したキングヘイローは二人の手を掴んで起こしてもらう。
震える足で立てば喝采が来た。
どういうことだろうと掲示板を見れば次々に表示されていく数値が見える。
今の今まで確定していなかったということだろう。
そしてその天辺に居座るのはキングヘイローの番号。
「勝利者が倒れてるなんて格好付かないでしょ?」
言われ、湧き上がったこの感情をなんと表現すればいいのだろう。
生憎とキングヘイローには適切な言葉が思い浮かばなかった。
ただやらなきゃいけないことができた、それだけは間違いない。
「ちょっと失礼するわ!」
「え、は、キング!?」
「ど、どこ行くんだべー!?」
ウィナーズサークルへと向かうべき場面で控室への通路へ走っていく。
その様子に怪我の心配はなさそうだと幾人かが胸を撫で下ろしたが、大多数は讃頌したい相手の不在に湧き上がる感情のぶつけどころを見失って困惑していた。
_____ヘイロー―――――
クラシック三冠路線の頂上、最後の舞台でこれ以上ない結果! なら今度こそ―――ッ!
入口近くに控えていたジャックから自分の携帯を奪い取って手早くかける。
こちらから親へ電話をかけるなんていつ以来だろう。
少なくともトレセン学園へ通うと決めてバッチバチに親子喧嘩をして以来、かけた覚えがなかった。
「……っ、早く出なさいよ。どうせ今回も見てたんでしょ」
僅かなコール音にもイライラする様子を見てため息をつくジャック。
これでは出るのが遅いと言っていた母親に文句は言えないだろう。
タオルを押し付けて少々強引に汗を拭きとるようにして手渡した。
通話が繋がったのはそんな時だ。
「もしもし! お母様!?」
『……何よ、こんな忙しい時期に電話をかけてくるなんて』
「わ、わわ……私!」
すぐにでも返答が来ると思っていたから、まさかこちらに手番が回ってくるとは思ってもいなくて言葉が詰まってしまう。
ただ空白を空けてしまうとそのまま電話が切られてしまいそうで何か言わなきゃと自分を急かす。
何を、何を伝えればいい?
「私、菊花賞を取ったの!」
まるで小学生の自慢だった。
テストで百点取ったの!と同レベルの報告だったがじわじわとGⅠの一つを制覇したのだと実感が沸いて言葉が溢れるように口を突いて出た。
「ふふっ、凄いでしょう! あり得ないでしょう!?
貴方だって想像できなかったでしょう!?」
『はいはい、分かったわ。分かったからちょっと落ち着きなさい』
飛び上がらんばかりに尻尾を上下させ、胸を張って自慢をする。
そんな年相応の彼女の姿を久しぶりに見た気がするジャックだった。
『それで―――菊花賞取れたの? よかったわね』
一瞬だけ電話を持ち直すような間があってから祝福の言葉があった。
これに気を良くしたキングヘイローはテンションも尻尾も有頂天である。
「そうよ! 私があの長距離のクラシックレースで一着になったの!
やっぱり私にはウマ娘としての才能が―――」
『ええ、そうね。認めるわ』
尻尾がピンと伸びる。
それが示しているのは驚きだ。
今まで才能を否定してきたあの母親が認めると言ってきたのだ。
祝福の言葉、才能の認知。
あの口煩かった母親が自分を認めてくれている。
それらは全てキングヘイローが求め続けたものだった―――はずなのに。
『さ、これでもういいんじゃない。思い出作りだって充分でしょ?』
その言葉で冷や水を浴びせかけられたような気持ちになった。
全身の汗が引く感覚。
あるいはそう、谷底へ突き落されたような、そんな気分。
次に来る言葉が容易に想像できて。
『だから無理せずに帰って来なさい』
想像通りの言葉に反応できなくて。
やっぱり言葉が切れると同時に電話は切られてしまう。
「……え?」
理解が追い付かなかった。
いや追いついているどころか先回りまでできていた。
ただ知りたくなかったのだ。
理解したことを理解したくなかった。
「どうして?」
彼女の言葉と態度は一貫している。
結論はいつだってそうだ。
「どうして“帰ってこい”なの?」
今までと違って貶すようなことは言われなかった。
最後にはむしろ気遣うような優しさが言葉の中にあった。
でもそれはこれ以上は期待していないということ。
いや、そもそも今まで一度でも走ることを期待されたことなどあっただろうか。
「どうして、“次のレースを楽しみにしてる”って、言ってくれないの?」
そんなのは決まってる。
ずっと前から母は言っていたじゃないか。
私に走って欲しくないからだ。
「―――ッ!」
携帯を叩きつけようとしてジャックに止められた。
物に当たるなと瞳が訴えている。
納得はできたけど、止まれなくて口が動いた。
「何が“認めるわ”なの!? どの口でそう言ってるのよ!!」
彼に当たったところで何が変わるわけでもない。
キングヘイローの中の冷静な部分がそう言っているが、かと言って吐き出さずにもいられない。
もしこのまま口を閉じていれば何かが壊れてしまいそうでとにかくぶちまけた。
「ちゃんと相応しい結果を出したのに! 私こんなに、頑張ったのに……!」
ボロボロと涙が零れる。
今までの努力は何だったのか。
この半年の間はどのウマ娘たちよりも努力してきた自信がある。
果たしてトレセン学園の生徒の中で気絶するまで走った娘が他にどれほどいるだろうか。
オーバーワークの連続で壊れなかったのが奇跡に近いような前時代的な努力だったが、それがキングヘイローに合っていた。
だから無茶に無茶を重ねてきたし、結果が付いてきた。
だというのに……。
「……なんで、私を
ギシギシと心の軋む音がする。
走ることはウマ娘にとって本能だ。
ウマ娘がゲートに入るのを嫌がるのは一時的にでも“走れない状態”になるのを避けたいという彼女たちの生理的嫌悪感によるものである。
いまいちピンと来ないと思う人がいれば、高いところから下を見下ろして怖いと感じるようなものと理解してもらえればいい。
それほどまでに走ることへ拘るウマ娘にとって親から走ることを期待されない、認められていないという状態は筆舌に尽くしがたいほどの苦痛だった。
帰ってきなさい。
その一点張りはとうとうひっくり返せなくて、今までの努力も、菊花賞の冠も無価値だったのではないかと思いそうになる。
そんなはずはない。
親一人の意見を覆せないなら無価値だなんてはずはない。
掴み取ったこれは輝かしいモノのはずなんだ。
己にそう言い聞かせて心が崩れないように縛り付ける。
宝物をしまい込むようにガチガチに。
「ああ、ここにいらっしゃいましたか! 皆さんお待ちですよ……っ!?」
呼びに来たスタッフがぎょっとする。
キングヘイローの泣き顔を見て腰が引けたらしい。
無理もないだろう。
嬉しさのあまり泣いているのかと思っていたら、その顔色は悲愴に染まっていたのだから。
後に取材を受けた彼はこう語っている。
まるで迷子の子供のようでした、だから元気付けたくて必死でしたよ、と。
だから彼は励ますように言った。
「こ、ここからでも聞こえてきます。一番になった貴方への期待が!」
さすがGⅠウマ娘のお嬢様!
ご令嬢の力、しっかり見せたって感じね! お母様もきっと喜ぶわ!
本当にすごいです! やっぱりお母さんの名に違わず―――
ほど近いところにいるファンたちの声はここまで響いている。
興奮しているのがよく分かる、素直な讃頌だった。
だからこそ、キングヘイローには耐えられなかった。
漏れるはずのない言葉が、言うまいと決意していた言葉がぽつりと漏れたのはそのせいだ。
「みんなが待っているのはグッバイヘイローの娘? それとも、私?」
「え?」
言われたスタッフには何が何だか分からないだろう。
だってその質問の答えはどちらも同じで、表現が異なるだけだ。
彼女の気持ちに気付けるはずなどない。
「すまんがインタビューは後にずらしてもらおう。
ご覧の通りまともに受け答えできる状態ではない」
「は、はい」
気を使われたと俯いていた彼女は気付かない。
ジャックの視線の先に芦毛の尻尾が揺れていたことに。
_____ヘイロー―――――
「……」
ジャックはキングヘイローを控室に押し込んでから部屋を出た。
一人にさせたかったのもあるが、それ以上に連絡を取る必要のある相手がいたから。
そこへ電話を繋げればとても不機嫌な様子で応答が来た。
『どうかしたのかしら?』
不機嫌さを隠そうともしないのはキングヘイローの母、グッバイヘイローである。
彼女を相手にジャックはいつもの不遜な態度を崩さない。
「貴様との“契約”、未だライブを終えていないが終了したものと思って構わんな」
『……そうね、菊花賞までというお話だったもの、いいわ。
トレーナーを止めるなり、続けるなり好きにしてちょうだい』
了承を取ったので電話を切ろうとして妙な空白に疑問を抱いた。
いつものグッバイヘイローならばすぐにでも通話を切ってしまっている場面だというのに、まだ切られる様子がない。
どうやら何かを言おうとして言えずに苦悩しているらしい。
それを言えるようになるまで待ってやれるほどジャックも暇をしていない。
「言いたいことがあれば言え」
『あ、その……あの子、泣いてたかしら?』
「ああ」
くぅんと悩ましい声がスピーカーから漏れてくる。
彼女だって好き好んで一人娘を泣かせたい訳ではない。
誰に言われるまでもなく買って出た憎まれ役なのだから聞かなければいいだろうに。
それでも聞かずにいられなかったのは親心故にだろうか。
親を知らないジャックには何とも言えなかった。
「……どうやら、子を育てるのは余程難しいらしい」
『フフッ、そうね。ケンタッキーオークスに勝つ方がよっぽど楽だったわ』
「かもしれん。俺もデュエルキングに返り咲く方が余程楽に思える」
『貴方ならきっと大丈夫よ』
「予定もない」
『あら、なんならウチの子もらってく?』
「予定はないと言った」
ある程度場を和ませたところで空気を一変させる。
携帯を握る手に僅かに力がこもった。
「だが今日のところは任せろ、あの娘が学園で得たのは力を証明する機会だけではない」
『……そうね、貴方に任せるわ。あの子をよろしく』
それだけ伝えて電話は切られた。
調子を取り戻した途端にこれだからなんというか。
一度嘆息してからジャックは控室に戻ると、頭を抱えたキングヘイローがいた。
テーブルに突っ伏してブツブツ何かを呟いている。
どうやら泣き止んで色々と冷静になったらしい。
ウィナーズサークルでのファンとの触れ合いも、その後の取材もすっ飛ばした自分に呆れているのだろう。
放っておけばずっとそうしていそうなのでジャックは構わずお茶を淹れていたコップを手に取って一息に飲み干し、少し強めにテーブルへコップを置いた。
「……戻っていたの」
「それで、どうする?」
「何が」
「インタビューだ」
問えば沈黙が返ってきた。
答えが決まっていないのだろう、インタビューを受けるとなればこの後の進展も考えておかなければならない。
母親を認めさせることができなかった以上、諦めて帰るのか。
それともまだ意地になって食らいつくのか。
食らいつくにしても王道路線か、はたまた積極的にシニア級へと勝負していくのか。
考えるべきことは多い。
「たぶん、今頃私に代わってスペシャルウィークさんたちがインタビューを受けてるのでしょうね。
本当の主役。応援されるべきウマ娘として……」
望まれていない自分の走りに何の価値があるのか。
捻くれた考えに自信が揺らいでいるのを実感する。
ガチガチに縛り付けた菊花賞の冠がまるでガラクタのように見える。
こんなにしてまで拘泥する自分がおバカにしか思えなかった。
「お母様が言うこと、分からない訳じゃないのよ?」
「そうだろうな」
キングヘイローは頭の悪いウマ娘ではない。
むしろ相当に頭が回る方だ。
ただ少し不器用なだけ。
だから同じように不器用な母親の愛もしっかり分かっている。
今まで散々止めろと言われたのも、娘が憎いからではなく、心配しての言葉だということも。
己の積み上げた功績が高すぎて、そのプレッシャーに押しつぶされてしまうのが見えているということも。
だけど、そんな貴方の娘だからこそ、応援して欲しかったのに。
「選手生命だってそう長くはない。
一番いい成績を取れたならそれで止めて、みんなから惜しまれながら引退する。
それが最高の引き際だってことも分かるわ。
さっさと次のステージに行って、新しい人生に専念した方が幸せだってことも分かる……」
そしてそのための道程がすでに用意されていることも知っている。
母親としてはそちらに期待しているのもずっと前から知っている。
それを素直に受け止められないのはキングヘイローの幼さと言っていいのだろうか。
これが反抗期って奴かもしれないわね。
「分かった。進展が定まらぬ以上、インタビューはなしだ。
だがなキングヘイロー、ライブだけは欠かすのを禁じるぞ」
「……そりゃ、やりたいけど?」
どうしてわざわざ言い含めるのだろうか。
そう首を傾げるキングヘイローにジャックは真剣な眼差しで答えた。
「王の名を名乗り、その道を往ったのならば……その道を後からついてくるファンの期待に応える努力を怠るな」
「そのファンの期待がどこかのご令嬢だとしても?」
「バカモノ、そのようなニワカファンの声に揺れるな」
「ニワカファンて……」
ちょっと呆れてしまうが、間違った見方でもない。
クラシックの中でも注目を浴びているキングヘイローだがその要因の一つとして母親の影響がないとは口が裂けても言えない。
そしてその血筋を証明するように入賞を続けてきたからファンもついた。
今回の勝利でファンを名乗る人物は爆発的に増えるだろう。
つまりそういった浅い部分しか知らないファンにとってキングヘイローとは“ご令嬢”でしかない。
彼女のことを深く知っていくのはこれからだ。
「それともなんだ、貴様はあの取り巻きメンバーやハルウララがどこかのご令嬢としての貴様を見たいとでも言うつもりか?」
「それはないけど……」
「ならばきちんとキングヘイローを見てくれるファンに応えてこい。
応援してくれてありがとうと、感謝の言葉を伝えてこい。
進むにしても、止めるにしても、まずはそこからだ」
その言葉はすとんとキングヘイローの胸の内に収まった。
確かにその通りだ。
優勝できたのはファンの声援があったからこそ。
まずはそれに感謝したい。
「分かったわ」
力強く頷いたキングヘイローを見てジャックは頷き返す。
多少はマシな顔になったと目が語っている。
「それに以前言ったことだが覚えているか、ウイニングライブに求められるものは?」
「……圧倒的な個性」
「そうだ!」
虚空を力強く掴み、ジャックは吠える。
「ライブとは勝利者が己を叩きつける場所だ!
ご令嬢などと抜かすニワカどもの心を真に撃ち抜け! 掴んで離すな!
圧倒的パフォーマンス! パワー! 情熱! 力で!!」
「力とパワーが被ってるのだけど?」
「全力を以て捻じ伏せろ!!」
ともあれ彼の言いたいことは何となく理解できてきた。
揺らぐなと、そう言っているのだろう。
仮にもファンを捻じ伏せろというのはどうかと思ったが。
「いいかキングヘイロー、主役は貴様だ! スペシャルウィークやセイウンスカイではない!
今日の勝者は貴様で王者も貴様だ!
そして勝利の価値を決めるのもまた貴様だ!
キングはただ一人、キングヘイローがここにいるとライブで証明してみせろ!
それができなければレースなど止めてしまえ!!」
そしてジャックがテーブルに叩きつけたのは一つのデッキだ。
スライドするように広げればそれはキングヘイローがよく使っている帝デッキだった。
「これ……私の……」
「立て、キングヘイロー。ライブ会場へ行くぞ!」
唐突に立ち上がり、部屋を出ていくジャック。
もちろん止める間なんてない。
慌ててカードを集め、立ち上がった。
泥を落とす暇も、髪の毛を整えている暇もない。
手荷物だけを取って置いて行かれないように後を追った。
まるで覇王とその後を追う家臣のようだ。
んもぅ、これじゃどっちがキングなんだか!
「ちょっと、待ちなさいよ! トレーナー!」
今は文句も言えず、ただ必死に彼の後を追うのだった。
実はここで心の折れ切ったキングヘイローにジャックが「キングを名乗るのならば立て!立ってみせろ!」とキング節をさく裂させるシーンを書きたくて始めた作品です。
が、実際に書いてみればキングヘイローの心は折れかかっていても未だ折れず……。
不屈の王を舐めてました。
次回は書きたかったもう一つのシーン、キングヘイローのライブシーンです。
お楽しみに。
次回、『勝利者の魂ィィィィ!!』にジャスティスファーイ!!