王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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アーマーゾーンッ!姉さんが来るそうですね。
ほ、欲しいけどウンスとよしのんに全力出したので今回は見送り……姉さん欲しいけど。
というわけで悔し涙の投稿です。
 
 


クラシック級/11月前半:デビューするよ!!!

 

「ふぅ……」

 

 キングヘイローはため息を湯船に溶かした。

 京都レース場からほど近い場所にあるビジネスホテルの一室、そこが今日の寝床である。

 人によってはライブ後にそのままトレセンまで帰るという者もいるが、死闘になると予想できていたキングヘイローたちは無難にホテルを予約していたのだ。

 

 こうして泊まるのは初めてのことではないが、これもまたトレセン学園に来ていなければ経験できなかったことだろう。

 ビジネスホテルの一室など彼女の感覚ではちょっと狭いクローゼットのような空間である。

 それでも慣れてしまえば気にならないのだから人間の適応力とは偉大だ。

 足も伸ばせないほど窮屈な風呂など初めて見た時はギャグか何かかと思ったほどだったが、たまに使う程度ならば別にいいかと言えるようになってしまった。

 

 これがお嬢様に必要な経験かと言われれば答えはノーだ。

 レースの結果で以てその地位を示し続けてきたメジロ家などとは違う。

 元から貴族だった家にウマ娘の血が入っただけにすぎず、レースなど言ってしまえば手習いに近い。*1

 

 ウマ娘は力が強く美女揃いなので自身が成り上がって力を持ったり、あるいは時の権力者の血に入ることは珍しくない、当然の成り行きだ。

 ならば両者の違いはと言うとウマ娘であることを基軸に置くかどうかだ。

 先の例では前者がメジロ家、後者がキングヘイローの家である。

 男系女系の違いと言ってもいい。

 

 とにかく、もっと学ぶべきことは他にいくらでもある。

 それらを押しのけてまでレースに拘る理由とは何か。

 

 温かいお湯に包まれて頭がぼーっとする。

 疲れも強く出ているのだろう。

 風呂から上がってしまえばすぐにでも寝てしまいそうな予感がした。

 

 纏まらない思考で風呂上がりにするべきことを思い浮かべる。

 お風呂上りヘアケアは欠かせない。

 それと他のレース結果のチェックと、大量にたまっているであろう祝福のメッセージへの返答。

 そらから、それから……―――。

 

「……ぶくぶくぶくびゃ!?」

 

 うとうとしすぎて水面に顔が浸かっていた。

 耳に水が入ってきたことで意識が覚醒したが、危うく溺れかけた。

 これではまるで仕事に疲れたサラリーマンのようだ。

 一流のやることではないと手早く風呂から上がり、シルクのパジャマに着替えて髪の毛の手入れを始めた。

 

「よしっ」

 

 目が覚めたのをチャンスと捉えて携帯をチェック。

 やはりとんでもない数のメッセージが溜まっており、その一つ一つを丁寧に返していく。

 髪の毛の手入れが済んでもその作業は終わらなかった。

 

 当たり前だがスペシャルウィークとセイウンスカイからのメッセージはない。

 今頃は枕に顔を押し付けて泣いているかもしれない。

 自分がそうだったように。

 

 雑念を払うように首を振って、最後に取り巻きメンバー、そしてハルウララへと感謝の言葉を送った。

 予想通り、その直後に連絡が来る。

 来た相手は取り巻きの一人だった。

 

 ハルウララから来ると思って身構えていただけにちょっと肩透かしを食らいながらも電話に出る。

 部屋の壁は薄く、大声では話せない。

 部屋の鍵とカーディガンを手に部屋を出た。

 

「もしもし?」

『改めておめでとうございます、キングちゃん!』

「どうもありがと」

 

 カーディガンを肩にひっかけて、エレベーターのあるちょっとした広い空間へと来た。

 記憶にあった通り、そこには椅子があってちょっとした雑談ができる場所だった。

 壁に禁煙のマークが張られてるのを眺めながら腰を落ち着ける。

 

「それで、騒がしいようだけどパーティーでもしてるのかしら?」

『それなんですけどウララ先輩が落ち着いてくれなくて』

「うふふ……そう、大変そうね」

『笑いごとじゃないですよ! それで、お疲れのところ申し訳ないんですけれどキングちゃんの力をお借りしてもよろしいでしょうか?』

「しょうがない子ね、代わりなさいな」

『ありがとうございます!』

 

 ことの顛末を聞けばなんてことはない。

 暴走気味なハルウララを押さえてこちらに一呼吸挟めるように、という後輩からの気遣いだった。

 言わずともハルウララの面倒を見てくれる後輩たちに心の中で感謝しつつ携帯をそっと顔から遠ざける。

 

『キングちゃんおめでとー!!!』

 

 遠ざけたにも関わらず煩いくらいの音が来た。

 これは改めて後輩たちに感謝が必要だろう。

 開幕一番にこれを聞かされていたら耳が壊れていたかもしれない。

 隣の部屋にも迷惑だった。

 

「あ、ありがとうウララさん。でも夜も遅いから静かにね?」

『うん、わかったー!』

 

 本当に分かったのか怪しいところだが先ほどよりは落ち着いた言葉だったのでとりあえずよしとした。

 周囲から聞こえてきたのも“ほっ”という吐息だったので動きにも落ち着きが出たのだろう。

 

「ウララさんには本当に感謝しなくてはいけないわ。

 貴方の声援がなければ勝てなかったもの」

『そうなの?』

「ええ、最後の直線、あそこで貴方の声が聞こえたから最後まで走り切ることができたわ」

 

 それは嘘偽りのない本音だった。

 例えあれが幻聴だろうと彼女が応援していてくれたことは間違いないのだから。

 

「ありがとう、ウララさん」

『こっちこそありがと! キングちゃんの走りを見てたら胸の中がわーってなって!

 じっとしてられなくて! すごいって! すごいなーって!

 わたしね、わたしね! デビューするよ!!』

 

 止める暇もなくしゃべり始め、相槌を打っていたら衝撃の言葉が飛び出してきた。

 あのハルウララがデビューすると断言したのだ。

 一体どういうつもりだろうと首を傾げる。

 

「デビューするって、それはいいけれど、貴方トレーナーがいないじゃない」

『うん!』

「うん、て……」

『でもデビューしたいなって思ったの!

 キングちゃんみたいにたくさん練習して、たーっくさん頑張って一着になりたいって! 思ったの!』

 

 力強い宣言に思わず呆気に取られる。

 彼女はそんなことを言う子だっただろうか。

 走るのが楽しい。

 そんなウマ娘の根源を体現したような子だった。

 一着には恵まれなかったが、それでも毎日が楽しくて仕方ないとはしゃいでいるような眩しい子だった。

 

 トレセン学園はいわば周囲全員がライバルだ。

 誰もが胸にギラギラとした闘志を燃やしており、レース中はその思いを迸らせて走る。

 だがハルウララだけは違った。

 2000メートルも超えれば最後まで走り切ることさえ難しい劣等生だが、誰よりも楽しそうに走る子だった。

 勝ちたいという思いが先行しすぎる子ほど彼女の走りとその生き方に感銘を受けるトレセン学園の清涼剤。

 

 そんな彼女が明確に勝ちたいと叫んだ。

 その事実に胸が震える。

 

 以前から負ければ悔しいし、勝てれば嬉しいと言ってるのは知っている。

 だから勝負を投げ捨てているわけではないと分かっていたし、頑張れと応援もしていた。

 それでも彼女では勝てないことを心のどこかでは悟っていた。

 

 それはハルウララが勝ちに拘れなかったからだ。

 競技者としてそれは悪いことではない。

 レースに対するスタンスは人それぞれだ。

 

 キングヘイロー自身もレースは母親を認めさせる手段でしかなく、勝負へのモチベーションはそこの部分が大きい。

 対してハルウララは本気で走るのが楽しいというのがまず最初に来る。

 だから勝敗は二の次だ、というとやはり悪いところのように思えるが走るのが楽しいのだから辛く苦しいトレーニングも彼女にとっては遊びの延長ということであり、美点だ。

 それが本気で走って勝ちたいに変わればどうなるのか。

 少なくとも次の選抜レースでは彼女の本気の走りが見られるだろう。

 

「勝ちたいと思うのは悪いことではないけれど、簡単でもないわよ?」

『うん!』

「それでも頑張るのね?」

『うん!』

 

 覚悟は決まっているようだ。

 何を言ったところで元気のいい返事しか返ってこない。

 ならばため息交じりでも認める他ないだろう。

 そもそもトレセン学園に通っているのだから、その覚悟は遅いくらいだった。

 

『いっぱいいーっぱい頑張ってキングちゃんみたいにわーってみんなを驚かせるの!

 それでセンターで踊るの! だから頑張る!』

「そう……」

 

 自分のようにと言われるとくすぐったいものがあったが、ハルウララの気持ちが分かるだけに強く言えなかった。

 何故ならばキングヘイロー自身が母親の走りに魅せられてここにいるのだ。

 否定などできようはずもない。

 

「分かったわ、なら早く寝てしまいなさい。

 今からそんなにはしゃいでたら明日から頑張れなくなるわよ?」

『そうだね! じゃあおやすみキングちゃん!』

「ええ、おやすみなさい」

 

 返事をしたらぷっつり通話が途絶えてしまう。

 無事に寝付けるか多少心配ではあったが、布団に潜れば眠ってしまうだろうとも思う。

 しばらく窓の外を眺めながら待ってみたが通話が来ることはなかった。

 キングヘイローもその間に気持ちを落ち着かせることができたし、後輩と会話したいのならば明日でいいだろうと結論を出して立ち上がる。

 

「ふふっ、ウララさんに負けてばかりもいられないわね」

 

 笑みを闇に溶かしてカーディガンを翻す。

 部屋に戻るための足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「それで、答えは出たか」

 

 それはホテルで朝食をいただいている時だった。

 ジャックはとっくに食べ終えており、食後のコーヒーを楽しんでいる。

 キングヘイローは秋鮭の切り身を箸で切り分けている最中だった。

 ムニエルではない、ただの焼き鮭だがこれがまた美味しいのなんの。

 箸が止まらないとはこのことである。

 

 すぐに返答はせず、切り身をご飯の上に乗せて一緒にいただく。

 上品な食べ方ではないがこれが焼き魚を食べる時の礼儀だと教えられた。

 もしくはワイルドに両手で持って背中からかぶりつけ!という教えだったがこれを教えてきたのがセイウンスカイという辺り結構怪しい。

 でもこの食べ方が美味しく感じられるので続けている。

 機会があればかぶりつくのもやってみたいと思っているキングヘイローである。

 

 閑話休題。

 ゆっくりと咀嚼してお茶を一口。

 飲み込んでからジャックを見た。

 

「それが決めかねているのよ」

「そうは見えんが」

 

 ジャックがそう問うのも無理はない。

 キングヘイローは泰然としすぎていて、悩んでいる様子は微塵もなかったからだ。

 その態度はどう見ても結論を出している。

 

「とりあえず京都杯は近すぎる気がするし、かといって阪神カップも私の直感が違うと言ってるの」

 

 なんの話だとジャックが首を傾げる。

 とりあえずレースを続ける意思があるのは伝わったが、彼女が上げたどちらのレースも短距離だ。

 未経験のレースで重賞を上げる辺り、いつものキングヘイローに見える。

 

「もういっそG1ってことで高松宮記念がいいかしら」

「……何故短距離に拘る?」

「あら、言ってなかったかしら? 私、ニシノフラワーさんと短距離で戦う約束をしてるのよ」

「初耳だが?」

「そ」

 

 そっけない態度で食事を再開するキングヘイロー。

 これは何かあったに違いない。

 そう感じたが突っ込んだところで答えは来ないだろう。

 

 ジャックもコーヒーを一口。

 舌を湿らすようにして味わい、思考をめぐらす。

 

「短距離に転向……器用な貴様のことだ、やってやれんことはないがグッバイヘイローはなんというか」

「知らないわよ、あの人がなんて言おうが私には関係ないわ」

 

 それだけ言ってあぐあぐとご飯をかき込む。

 気が付けば鮭は消えていて、お新香をおかずに〆に入っていた。

 味噌汁で流し込んでからお茶をおかわり。

 そこまでしてようやく一服付いた。

 

「思い出したのよ、初心って奴を」

 

 ぽつりと漏らすように呟き、ヤカンからお茶を注ぎ入れる。

 とてもお嬢様のやることではないがヤカンがやたら似合うお嬢様である。

 

「始まりはお母様の走りに憧れたこと、私のあの人のように走りたいと思ったことなの。

 だからあの人がどう思うだなんて関係ないわ、私は私のやりたいようにやる。

 私が走りたいから走る……私の道が私だけの王道よ」

「王道路線を外れて短距離に行くことが貴様の王道か?」

 

 それは単に逃げではないのか。

 そう問いかけるジャックに“分かってないわねぇ”とぼやくのがキングヘイローだ。

 お茶をすすりながら指を一本立てて見せつける。

 

「長距離は取ったわ」

 

 初めての重賞制覇がG1の菊花賞、距離は長距離。

 二本目、中指も指を立てる。

 

「安田記念、次の私の本命よね?」

 

 今年見送りとしたマイルのG1レース。

 もちろんキングヘイローが次の目標とするレースのド本命と言える。

 三本目、立て続けに指を立ててコップを置いた。

 

「短距離の約束があるから天皇賞・春は諦めるとして、秋の方は外せないわ」

 

 天皇賞(秋)も言わずと知れたG1の中距離レース。

 ここまで上げたレースはどれも距離が異なるG1レースだ。

 キングヘイローらしい我儘な路線である。

 そして四本目。

 小指がピンと天井を指し示し、他の指が握り込まれた。

 可愛らしく小指が揺れている。

 

「となればやはり高松宮記念が私には相応しいわよね?」

 

 高松宮記念とは春のスプリントチャンプ決定戦であり、今まで短距離に出ていなかったウマ娘が急に出て取れるようなレースではない。

 正気を疑うような戯言だ。

 だがジャックは腕を組んで考え始める。

 

「全距離のG1制覇か、大きく出たな」

「言ったでしょう? これが()()()()よ」

 

 さわやかに言い放ち、お茶を一息に飲み干す。

 優雅に手を合わせてご馳走様でしたと食事を終えた。

 

 彼女の言った言葉は確かにジャックに届いた。

 その覚悟の重さに二言はないと頷き、胸の内で反芻する。

 これが己の王道だと、他者は関係ないのだと言い切ったその強さに彼もまた背を押される思いだった。

 

「……分かった、ならば俺も覚悟を決めよう」

「あら、どんな覚悟かしら?」

「貴様が高松宮記念を取れたら話してやる」

「何よそれ、もー!」

 

 早々に席を立ったジャックを追いかけ、キングヘイローは問い詰める。

 

「それって私が取れないと思ってるってことかしら!」

「レースに絶対はない」

「そうよ! だから私が勝てるんじゃない!」

 

 毎度のことのようにギャアギャア言い合いをしながら二人はホテルを立つ。

 トレセン学園まで帰る道中、彼らは今後の路線について詳しく話し合うのだった。

 

 前人未踏の全距離四冠制覇。

 王道と言うよりは覇業、覇道と呼ぶに相応しいそれをこれから一年の間にやろうというのだ。

 やるべきことは山より高くそびえ立っており、現実という壁は想像を絶する厚みで彼らの前に立ちはだかっていた。

 

 

*1
おそらくシンボリルドルフの一家も同様のケースだと思われるが、ならばそこでも覇道を築け!というストロングスタイル一家。好き。




キングヘイローが覚悟を決めたようにジャックもまた覚悟を改めました。
ところで全距離G1制覇は前人未踏でいいんですよね?
過去にいたら申し訳ありません、この世界線ではいない、あるいはまだということでお願いします。
 
 
次回、『キング道第七条、全レースがリングだ!』にアクセラレーション!!

ただし、ダートだけは勘弁な! 
 
 
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