王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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夏バテのせいか体調不良で会社を早退し、ぶっ倒れていました。
そのせいでコーヒーが切れても買いに行けず、カフェイン不足で頭痛がやばいと言うダブルパンチ。
皆さんもカフェイン切れには充分気を付けてください。
 
 


クラシック級/12月前半:グラスワンダーと曇り空

 

 カリカリとシャーペンの滑る音が響く。

 ここはジャックのトレーナー室だが彼の姿はない。

 今いるのはキングヘイローと、その友人グラスワンダーの二人だけだった。

 

 彼女たちが行っているのは年末テストに向けた勉強である。

 学年でもトップクラスの学力を持つ二人は人柄の良さも相まって人前で勉強していると何かと頼られてしまうことが多い。

 応じなければいいだけの話だが、頼られてしまうとつい応じてしまう二人だった。

 かと言って自分の部屋で勉強となるとここでも同室の相手の面倒をついつい見てしまう。

 結局、自身の勉強に集中できないことが多かった。

 

 地味に困っていた二人に提案をしたのがジャックである。

 そんなに勉強したいのならばトレーナー室を使えと偉そうに進言してきた。

 赤点など取られても困るし、学力が下がったと気に病まれても面倒だと言っていた。

 ツンデレ乙である。

 

 それ以降、二人はここで勉強することが増えた。

 もちろん世話を焼くために友達やクラスメイトと一緒に勉強会を開くことも怠ってはいない。

 そのおかげで勉強にレースにとそれぞれ注力して行うことができ、充実した学生生活を送れていた。

 

「さっきから気になってるんですけど、そちらのスプレー缶はいったい……」

「ふふん、最近できた趣味よ! 見なさい、この鏡面仕上げ!」

 

 などと言った息抜きのシーンもあり、和やかに、かつ静かに勉強会は進んでいった。

 他のクラスメイトがいたらこうはいかない。

 少しお喋りを挟んだらそのお喋りが止まらなかったり、ふらりと立ち去ったセイウンスカイを捜索することになったりと騒がしさには事欠かないのだ。

 

 それは騒がしいこの学園では貴重な時間と言える。

 だがそんな時間こそあっという間に過ぎてしまうもので。

 

今のエルなら仮面ライダーの関節だってぶっ壊せマース!

 

 物騒なアラーム音に二人は手を止めた。

 

「……っと、ここまでね」

「あら、まぁ」

 

 そんな二人きりの勉強会もお開きの時間だ。

 勉強も大事だが、それ以上にトレーニングという大事な用も控えている。

 特にグラスワンダーは年末に有マ記念という重賞レース出場が決まっており、トレーニングにも一層身が入っている時期、のはずだった。

 だがどうにもこの数日、キングヘイローにはそのように見えないでいる。

 

 くるりと耳を回して考える。

 どうしてか集中力が足りていないように見えた。

 勉強自体には問題なさそうなのだが、それさえなんだか逃避に思えたのだ。

 

 心当たりがないわけでもない。

 グラスワンダーが時折見せていた闘争心、それをぶつける相手との直接対決が叶わなくなってしまったのだ。

 この有マ記念で戦うはずだった相手が怪我を理由に辞退を発表したのがつい先日。

 しかも相手はそのままトゥインクル・シリーズからドリームトロフィーリーグに栄転が決まっている。

 それからだ、彼女から覇気が失われてしまったのは。

 

 そんな彼女を黄金世代の皆は気にかけていた。

 特に路線が一番被っていたエルコンドルパサーなどはこの有マ記念で目を覚まさせてやると奮起している。

 だが欲を言えば有マ記念という特別な舞台で、二人には思いっきりぶつかり合ってもらいたい。

 そう考えるキングヘイローは口を出すことに決めた。

 

「グラスワンダーさん、少し時間をくれるかしら?」

「構いませんが、どうかしましたか?」

 

 こてリと首を傾げるグラスワンダーは可愛らしかったが見たいのはそんな彼女ではない。

 闘争心を胸に宿したあの怪物が見たいのだ。

 

「貴方にはこのキングと模擬レースをする権利をあげる」

 

 キングヘイローの宣戦布告が高らかにトレーナー室に響き渡った。

 

 

 

 

 

    _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

 それから話はとんとん拍子に進んでいった。

 お互いのトレーナーも唐突な模擬レースを二つ返事で了承した。

 グラスワンダーのトレーナーは彼女がトレーニングに集中できていないことを知っていたし、断る理由がないためである。

 ジャックの方はと言うと“それが貴様の王道(やりたいこと)ならば好きにするがいい、迷うな”と逆に背中を押される始末だ。

 

 さすがにレース場は確保できなかったので練習場の一角を使うことにした。

 テスト前の時期は勉強に集中するウマ娘も多く、人が少ない場所を見繕うのに苦労はしなかった。

 話し合って距離を決める。

 

 2000メートル。

 それが二人の出した距離だ。

 有マ記念に向けて長距離仕様に仕立て上げ中のグラスワンダー。

 短距離に向けて調整中だが、つい先日中距離の重賞を制覇したキングヘイロー。

 その二人が競うならば適切な距離のように思えた。

 

「まぁ、私達なら1600でも2400でも同じよ」

「そうかもしれませんね」

 

 お互い長袖のジャージを着て準備運動をしながらの言葉である。

 仲良く二人手伝いながら柔軟をこなし、苦笑を零す。

 

 どんな距離だろうと二人の脚質は似通っているため、レース展開は変わらない。

 ただどちらが適切なポジションを取り、適切なタイミングに仕掛けられるか。

 そういった勝負になるだろう。

 

 本当はもっと色々なことを喋りたい。

 目標を見失ってしまったグラスワンダーにかけてあげたい言葉はいくらでもある。

 それでもキングヘイローは黙って準備を整えた。

 

 グラスワンダーもまた、多くは語らず。

 ただレースに備えた。

 これがどのような思惑で始まったレースかは知らない。

 ただ模擬であろうともそれが勝負事である以上は勝つつもりでやる。

 グラスワンダーという少女はそんな闘争本能の塊みたいな少女であった。

 

 ゲートも何もない、ただのレーンの途中。

 そこに二人は並び立った。

 立て札の数値を見る限り、ここからスタートして一周とちょっとを走れば2000メートルという距離になる。

 だから構える。

 

 スタートの合図はグラスワンダーのトレーナーの笛だ。

 出遅れ、フライングも充分あり得るラフな形だがしょうがない。

 そもそもそれほど厳格な勝負ではないのだ。

 お互い、どうせ途中はそれなりのスピードで流す。

 多少の出遅れなど誤差だろう。

 

 そんな考えを言葉もなく二人は共有し、集中力を上げていく。

 準備が整ったのを見てトレーナーが腕を振り上げた。

 

「よーい、……ピッ!」

 

 振り下ろすと同時に笛が鳴り、二人がスタートした。

 ハナを取ったのはキングヘイロー。

 美しいフォームで風を切るようにして走る。

 その後ろをぴたりと張り付いたのがグラスワンダー。

 

 二人の速度は通常のそれ。

 しかしその集中力はひり付いた緊張感となり、観る者にただ事ではない何かを感じさせるには充分だった。

 

 事実、先を走っていたウマ娘が背後から来る二人を見てそっと道を開けた。

 あの様子はただの併走ではない。

 そう感じ取ったのか、走り抜ける二人に声をかけることもなく見送った。

 

「凄まじい迫力でしたわね」

 

 そんな後輩の言葉は二人の耳には届かず、冬の闇に飲まれて消えた。

 そしてコーナーへと向かっていく。

 二人の距離は変わっていない。

 だが駆け引きは随時行われていた。

 

 コーナーに入ったところで内を突こうとしたグラスワンダーをしっかりブロック。

 速度を上げてスタミナを削ろうとする彼女をがっちりと抑え込んだキングヘイローの安定感は遠くから見ていても分かるほどだった。

 そしてコーナー終わり。

 キングヘイローが息を入れるためか外に膨らむようにしてコーナーを出た。

 当然グラスワンダーが前へ、その後ろにキングヘイローが張り付いた。

 先ほどとは立場が逆転して後半戦へと入る。

 

 その辺りまで来ると二人の模擬レースに注目するウマ娘たちの姿も増えてきた。

 先ほど道を譲ったウマ娘、メジロマックイーンもその一人だ。

 レース場から出て、体を冷やさないように汗を拭きながら二人のレースを見ている。

 

 細かな駆け引きの応酬。

 非常にレベルの高いやり取りにはため息さえ零れ落ちた。

 普段のレースでもやっているのだろうが、二人きりのレースだからこそそのレベルの高さが浮き彫りになる。

 

 あれが一つ年上の先輩だというのだから堪らない。

 メジロ家の秘蔵っ子として世間で知られるメジロマックイーンだが、来年の自分があそこまでハイレベルなやり取りを行えているのかと問われれば頷ける自信はなかった。

 

 このレベルのやり取りを理解できている時点で素質は充分にあるのだが、当人には気付きにくいものだ。

 ただただ、静かに芸術品のような二人のレースに見入った。

 

 フォーム、呼吸、風向きと強さ、芝の状態、相手の位置。

 それらを的確に選択し、的確に行使し、的確に読み取り、的確に対処する。

 メジロマックイーンは気付けなかったが二人はその上にレース場を照らすライトの位置を把握し、その光から影となっている芝を履まないように歩幅の調整までも行っていた。

 ただ走るという競技だからこそ奥深さが光る。

 キングヘイローとグラスワンダーの試合は玄人こそ唸らせる、レースIQの高い戦いとなった。

 

 その技量に目を奪われていればあっという間にレースも終盤に。

 スタート地点を通り過ぎ、ゴール板へ向かうストレートに乗り込む。

 グラスワンダーが内、その若干外をキングヘイローが行く。

 膨らんだ分だけキングヘイローの若干の遅れ。

 だがほぼ互角の展開。

 

 行け。

 誰かの声が冬のレース場に響いた。

 メジロマックイーンも手を握り、心の内で応援する。

 どちらかを応援するのではなく、そのどちらもだ。

 そしてどちらが勝つのか、一人のレースファンとしてそれが楽しみで仕方なかった。

 

 これまでのレースが嘘のように二人のスピードが跳ね上がる。

 どちらも優秀な差しウマ。

 そのトップスピードはウマ娘全体でも上位に位置する。

 目の回るような足の回転率。

 面白いようにグングンとスピードが上がり、ゴール板の前へ。

 

 400メートルもない空間でキングヘイローが差し、グラスワンダーが差し返した。

 もつれ込むように二人はゴールへと向かうが、そこでキングヘイローのフォームが切り替わる。

 見ていたメジロマックイーンはその威圧感にぞくりと背筋が震えた。

 

 まさか、今まで本気ではなかったと!?

 

 メジロマックイーンの想いが事実かどうかは分からない。

 ただ結果として1/4バ身差でキングヘイローの勝利となった。

 

 最後の最後で差し返したキングヘイロー手腕は見事と言う他ない。

 その証拠にメジロマックイーンならずとも拍手をしていたウマ娘の姿がちらほらあったほどだ。

 だが何故か勝ったはずの彼女が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 勝負の後の流しを終えて二人が足を止める。

 振り返ったキングヘイローは開口一番、口元に手を当てて高笑いを始めた。

 

「おーほっほっほっ!!」

 

 冬空にそれは遠くまで届いたことだろう。

 何とも見事な高笑いであった。

 

 

 

 

 

    _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 高笑いをする友人の肺活量に関心しつつ呼吸を整える。

 全力で走ってすぐに高笑いできるのは素直に凄いが、あれはとても辛いんじゃないだろうか。

 

 どこかぼんやりと見ていたグラスワンダーへとキングヘイローが振り返る。

 その瞳には驚くほど熱がなかった。

 

「グラスワンダーさん、貴方は随分とつまらない優等生になってしまったのね」

「つまらない、ですか?」

 

 問い返したが、実際は分かっていた。

 走りの中で交わした対話は同じ時間の会話よりもずっと濃密で、嘘偽りのない本音だった。

 だからこそ分かる。

 最終直線の闘い。

 あそこでキングヘイローはグラスワンダーに呆れてしまったのだ。

 

 最後の最後、キングヘイローが本気で差しに来た時にグラスワンダーはその背を追うことができなかった。

 ゴールまでの僅かな距離。

 そこで差し返そうと思ったが、足が出なかった。

 そのことを言っているのだ。

 

「言いたいことはレースで言ったもの、多くは語らないわ」

 

 ばさりと髪の毛を払い、優雅な手つきで汗をぬぐう。

 そこには王者の貫禄があった。

 

 レースの内容は途中まで百点だったが最後で失態を晒したグラスワンダー。

 あれは実力の差を見せつけられるような競り合いだった。

 抜かれた分だけ抜き返す。

 そういうような意地と意地の戦いになる、はずだったのに。

 

 足が出なかったなんて、言い訳ですね。

 

 そう、体よりも先に心が付いて来なかった。

 だから足が出ないで負けを晒した。

 なんて無様だろうと冬の夜空を見上げる。

 

「グラスワンダーさん、今の貴方は全然怖くなかったわ。

 ……また明日会いましょう」

 

 それだけ言ってキングヘイローはトレーナーの下へ歩き出す。

 グラスワンダーは後を追うことも、声をかけることも、視線を向けることさえできなかった。

 

 どうして?

 

 ただただ、溢れそうになる涙をこらえるために空を見上げる。

 滴が零れるより先に空から白が零れ落ちた。

 

 どうして、負けたのに悔しくないのでしょう?

 

 見上げた空はぽっかりと空いた穴のようで、グラスワンダーはそれを見続けることしかできなかった。

 やがて近寄ってきたトレーナーにタオルを被せられるまで身動き一つ取れずにいた。

 

「雪が降ってきた、体を冷やすなよ」

「……はい」

 

 言葉もないまま空間を共有する二人とは打って変わり、キングヘイローとジャックはレースの反省会を始めている。

 タオルで汗を拭きとりながらジャックの意見を聞いていたキングヘイローはご機嫌ナナメなのを隠そうともしない。

 

「……そんなに不満か」

「ええ。本当のグラスワンダーさんはあんなものじゃないわ」

 

 勝った気がしないとぼやき、尻尾を揺らしている。

 先月に行われたジャパンカップではクラシック級ながら三位と大健闘し、共に出場したエルコンドルパサー*1と共に世間を大いに騒がせたのだ。

 こんなにあっさり勝てるはずもない。

 だというのに全力を出さずとも勝てたのは拍子抜けと言う他ない。

 気持ち一つでここまで弱くなるものかと驚いてもいる。

 

「バーニングソウルを出すまでもない、と言うのは相手に伝わったはずだ」

「そうね」

「それだけではない、貴様は走りでしっかりと己を語れていた。

 あれで伝わらなければグラスワンダーがその程度の女だったというだけのこと」

 

 厳しい物言いに鋭い視線を投げるが、少しの間を置いて目じりが下がっていく。

 ここで何を言ったところで意味がないと分かっているからだ。

 彼女が立ち直れるのかどうかは、彼女のこれからを見守るしかない。

 

「しかし、貴様も多少は一流らしくなってきたな」

「何よ! 私はずっと前から一流よ!」

 

 いつものようにぎゃあぎゃあ騒ぎながら練習場を後にする二人。

 この後は体を冷やさないために室内での筋トレを予定しているためだ。

 一度だけ背後を、グラスワンダーを振り返るキングヘイロー。

 その場から一歩も動けず、空を見上げている彼女の姿があった。

 

 

*1
エルコンドルパサーは一位。黄金世代はやべー奴らと世間に印象付けた。




菊花賞を機に一皮向けたキングヘイローと絶賛迷子中のグラスワンダーのお二人でした。
ちなみにマックイーンを出す予定はありませんでしたが何故かひょっこり現れました。
この子をどう料理しようか悩みますね……。


次回『メぇぇぇ~~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!』にアクセラレーション!!
 
 
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