振り袖のキングヘイローが見たい。見たくない?
ウマ娘の中でもトップクラスに和装が似合う子だと思います……というお話です。
「あけましておめでとう」
「「「あけましておめでとうございます!」」」
元旦の朝七時。
ぬくぬくのベッドから抜け出して清涼な朝の冷たい風を感じながらキングヘイローとその取り巻きメンバーは一年の挨拶をしていた。
夜中にメッセージで言葉を交わしていたが、やはり顔を合わせて言うのが良い。
ちなみにキングヘイローは昨晩、年越しの瞬間を起きて過ごすかご来光を眺めるかの二択に悩み、両取りを選んで1時に寝た。
そして起きたのは6時で、“寝過ごしたー!”とベッドの中で後悔から始まる。
そんなことをほぼ毎年やっているのが彼女である。
今年も例にもれずにそうなった。
こりないしへこたれないキングヘイローである。
「今年から私もシニア級、大事な三年間の締め括りの年になるわ。
大きな目標も掲げていることだし、一日一日を大事にすごs―――くちゅん!」
ちなみにここは寮の外である。
それはもう寒い。
「……中に入りましょうか」
くしゃみをなかったことにしてキングヘイローはトレーナー室に向かった。
年始早々の作戦会議である。
わいわいと会話をしながら向かえばあっという間に到着だ。
無遠慮に扉を開ければ中にはジャックがいた。
床にはたくさんのカードが広がっている。
「なにこれ」
「むっ、どうした? 今日はトレーニングなしだと伝えたはずだが」
いつも以上にジャックの目がぎらついて見える。
取り巻きメンバーの中でも気弱な一人がキングヘイローの背中に隠れたのも無理はないだろう。
「貴方、ひょっとして寝てない?」
「ああ、昨晩の年越しデュエル大会が中々に面白くてな。
ついデッキを弄っていた……ああ、もう朝か」
ダメ人間のテンプレだわ。
そうキングヘイローが嘆くが、部屋が暖かいのはありがたい。
部屋に入って暖を取らせてもらう。
「それで、貴様らは?」
「初詣に向けた作戦会議よ!」
何故当日になって作戦会議をしているのか。
これがジャックには理解できない。
と言うのも、昨晩の話し合いでそう決まったから、というだけの学生のノリと言う奴だから当然である。
勢いって大事よね。
「私は今日からシニア級。
ファンでない人にも興味を持って応援してもらうためにファン作りも本腰を入れていきたいのよ」
「いろいろと今更だが、おかしなことは言っていないな」
レースのための活動となれば他人事ではいられない。
ジャックも作戦会議に参加と相成った。
そして三十分ほど話し合った結果、二つの案が残ることとなった。
一つはキングヘイローの案。
あえて薄着で初詣に行くことで注目度を上げよう作戦。
一つはジャックの案。
王道に晴れ着で観衆を魅了する作戦。
季節感は大事にしろと言うジャックに対して、だからこそあえて薄着で勝負!というキングヘイロー。
どちらも主張は譲らず。
最後は民主主義に則り、取り巻きメンバーによる多数決を行うことに。
「じゃあトレーナーの案がいいと思う人、挙手!」
「はい」
「はーい」
「……です」
多数決とは時に非常である。
圧倒的な差を見せてジャックの案が支持され、キングヘイローは膝から崩れ落ちた。
「なんでよ! 一人も賛同してくれないじゃない!」
床を両手でポカポカ叩いている姿は年相応……というより少し幼い気もするが似合っているのでヨシ。
「体を冷やして風邪でも引いちゃったら大変だし」
「キングの晴れ着姿見たいし」
「えーっと……以下同文です」
全員の言い訳を聞いてとうとう床ペロ状態に。
一流の取る姿ではないが、数秒後には勢い良く起き上がって吠えた。
「もー!」
「貴様のファン代表と言っても過言ではない三人の意見がこれだ。現実を見ろ」
キングヘイローは早朝から元気いっぱいである。
ジャックの辛口も新年早々切れ味抜群だった。
「あの、それで晴れ着の用意はあるんですか?」
「持ってるわよ晴れ着くらい!」
「いえ、トレセン学園に持ってきてるんですか?」
「……」
沈黙が降りた。
もちろん持ってきているわけがない。
今からレンタルなどできるはずもないだろうし、この案は廃止かなと数名が思った。
だが、いざやるとなった時にできないとなればキングヘイローの不屈に火が付いた。
手早く電話を掛ける。
応答は非常に素早かった。
『連絡の方をお待ちしておりました。お嬢様』
「そう、お願いできる?」
『畏まりました。三十分ほどお時間をいただければと思います』
「分かったわ」
それで通話は終わった。
あまりに手短な応答に聞いているメンバーの殆どが困惑している。
ただジャックだけが鷹揚に頷いていた。
「善き家臣を持ったな」
「私、縁には恵まれてるのよ? さ、朝ごはんにしましょうか」
_____ヘイロー―――――
「へりこぷたーすごかったね……」
「いつか乗ってみたいな……」
「キングちゃんがお金持ちっぽいことしてるの初めて見ました……」
三者三様の呟きは府中市にある大きな神社の手前で交わされた。
取り巻きメンバー三人も豪華な振り袖に身を包んでおり、ご令嬢といった風合いを醸している。
一本の電話から始まった騒動を端的に説明するとこうだ。
ヘリコプターで執事とメイドがやってきて、あっという間にお着換えタイム。
キングヘイローの美しい姿に拍手を送っていると“彼女らも着飾ってあげて”とキングヘイローからのお達しがあり、このようになってしまった。
着付けを終えてトレーナー室から出れば、これまた華やかな着物を着たジャックが出迎えたのだから驚かされた。
どうやら彼も執事に着付けてもらったらしい。
着付けを終えたら執事とメイドは早々に帰ってしまった。
お礼を言う暇もない素早さであった。
そしてみんなで初詣に乗り込むことに。
慣れない着物と履物に苦労しつつ、人混みに揉まれつつ、どうにかこうにか参拝を終えて、ここで一息ついているところだ。
「キングたちは?」
「ほら、あそこ」
人ごみにいようとジャックは大柄で目立つし、どこか人を引き付ける魅力を持った男性だ。
女性の目線を追っていけば彼を見つけるのに苦労はしない。
その隣に美しい振り袖姿のキングヘイローがいるとなれば注目度はものすごいことになっていた。
ファンやそうでない野次ウマに囲まれてワイワイしているのがよく分かる。
ちなみにキングヘイローは緑を基調にして白い花が咲き誇る見事な柄の衣装をこれまた見事に着こなしていた。
アップでまとめられた髪の毛といつもより濃いお化粧のせいか普段よりも大人っぽく見える。
肩にかけられている黒いレースのストールがまた風情を醸し出しており、とても艶やかな立ち姿であった。
左手に下げられたミニバッグも良いアクセントとなっている。
隣に立つジャックも負けず劣らずの美丈夫だ。
黒い袴をこれまた見事に着こなし、その上から白い洋風のファーコートを羽織っている。
年若い男性では衣装に顔負けすることが多い袴を違和感なく着ている時点で凄いのだが、ファーコートが違和感なく溶け込んでいた。
遠目から見ても分かる美男子ぶりに取り巻きメンバーも一瞬くらりと来たほどである。
「初詣で高松宮記念って単語が飛び交うのってすごいね」
「綺麗で強くて格好良くて優しい、そりゃあ人気も出るよ」
「むしろキングちゃんが今までおまけ扱いだったのがおかしな話だったんです」
言葉を投げ合っているが、どこか力がない。
二時間も並んで参拝をしたのだから無理もないだろう。
普通に並んでも疲れるところを慣れぬお振り袖でやったのだから精神的な負担も大きかった。
三人が寄り添い合うようにして大きな木を背にしてぽけーっとしている。
倒れてしまわないように手を繋ぎ合う仲良しぶりも見せつけている。
元々この取り巻きメンバーはインドア派だ。
キングヘイローとの出会いも部屋でダラダラしていたのがきっかけである。
こうしてアウトドア系のイベントに参加するようになったのもキングヘイローと遊ぶようになってからだが、根っこの部分では室内でゴロゴロしていたいウマ娘であり、体力回復にはもう少し時間が必要らしい。
ちなみにだが、彼女たち三人はウマ娘であるため例に盛れずに美少女だ。
当人たちの認識では“地味な女”ではあるが、それはトレセン学園という顔面偏差値がバグっている環境に身を置いているせいである。
一歩外に出れば美少女で通用する容姿を備えている。
それにキングヘイローから何かと美容品をもらっていたりするので肌艶や髪艶はトレセン学園の上位層に位置していたりする。
そんな美少女三人が振り袖姿で着飾り、寄り添い合ってぐったりしている。
こんなのもはや“どしたん、話きこーか”案件である。
ナンパされるのも時間の問題かと思ったそこの貴方、安心してください。
あちらにアグネスデジタルが控えていますので。
「ねえキング! そちらの素敵な男性は彼氏ですか!」
元気のいい質問は高校性の女の子からのものだ。
通行の邪魔にならない場所でキングヘイローとジャックを中心にして輪が出来上がっており、そこで質問タイムや写真タイムを受け付けていたのだ。
ゲリラファンサービスと言ったところである。
「この質問も何度目かしら? そんなに私の相手に見える?」
「そのような事実はない。俺は彼女の専属トレーナーだ」
なおこの後イケメントレーナーとしてバズって、バズったせいでジャック・アトラスだと身バレしてさらにバズるのだが今の二人には関係ない。
ともあれ、二人して着物を着て参拝に来る仲、と言うのは一般的に彼氏彼女、あるいは夫婦の扱いで間違いではない。
そのためこの質問は人垣のメンバーが変わるたびに行われるのだが、それは責められないだろう。
「あ、じゃあトレーナーに聞きたいんだけどさ」
挙手をしたのは男性だ。
隣にいる女性と手を繋いでいる辺り、正真正銘のカップルだろう。
「なんだ」
「王道路線を止めて高松宮記念に乗り出そうって普通じゃないよね。
トレーナー的にはどう思ってるの? 止めさせたい? それとも示唆したのはあんた?」
どうやら彼はウマ娘ガチ勢らしい。
周囲は何それ?という人も少なくないが、半分以上は興味津々に頷いていた。
「どうでもいい」
「え?」
「分からんか、どうでもいいが答えだ」
「ちょっと」
あまりの暴投に質問した彼は受け取れず、ぽかんとしてしまっている。
思わず袖を引いて止めたのがキングヘイローだ。
「ごめんなさいね、この人口下手なのよ」
「俺はキングヘイローがどの路線を行こうと口出しはしない。
俺がトレーナーである限り、キングヘイローは己で決めた道を往く……それが真の王道だ。
誰もが通る道を王道と呼ぶのではないと知れ」
「ごめんなさいねホントにごめんなさいね、ちょっと口が悪いだけで悪い人じゃないのよ」
「本気で決めたのならばどの道だろうと関係ない。
そして選手が本気で決めた道を補佐する、トレーナーとは本来そういうものだ。
トレーナーが道を選ぶなど言語道断、求められれば情報の掲示はしよう。だが(ベチンッ」
物理的に上から物を言うジャックの顔に振り袖が叩きつけられた。
もちろんキングヘイローのそれである。
「少しは容赦なさい!」
「フン! 物を知らぬ若造に教えてやっただけのこと!」
「貴方は全てに一流を求めすぎなのよ!」
「日ごろから一流を望む姿勢が大事であろうが!」
「そうだけども! そういう志を持って生きてる人は少ないから―――」
そしていつも通りぎゃあぎゃあと言い合いになってしまう。
トレセン学園では見慣れた光景だが、ファンの前で見せるキングヘイローの姿とはあまりにかけ離れた姿に周囲は呆然とするばかり。
参拝に来ていたウマ娘たちは“またやってるよ”とか“お正月から元気だねー”とか言って通り過ぎてしまう。
その中にサイレンススズカの姿もあった。
「ふふっ、元気そうね」
「ああ」
隣には遊星がおり、彼の腕に寄りかかっているサイレンススズカは少々青い顔をしていた。
実はスピカのメンバーがそろって初詣に乗り出していたのだ。
正月早々にトレセン学園へと戻ってきたスペシャルウィークのおかげで必要以上にテンションの上がったスピカメンバーが若さと言う勢いに任せて初詣に出発したのである。
そうしてみんなでやってきたは良いが、人混みが苦手なサイレンススズカはこの視界を埋め尽くすような人の群れにノックダウンしてしまったのだ。
というのが顛末である。
「よかった」
「え?」
囁くような遊星のイケボがサイレンススズカの耳に届く。
くっついているので耳が奮えるほど脳の隅々まで浸透する。
これ、死んじゃうかもしれない……。
幸せすぎて死にそう、という言葉をよく理解できていなかったが、今ならちょっと分かる気がする。
そんなサイレンススズカさんだ。
「ジャックたちを見て、顔色が良くなった。彼らのおかげだな」
「……はい」
そんなに顔色を見られていたのかという羞恥と、心配してくれていた嬉しさに顔を俯かせる。
真っ赤になった顔を見られないように遊星の胸に顔を押し付けるようにもたれかかれば静かに腕を腰に回された。
離してくださいゴールドシップさん! 今行かないといけない気がするんです!
止めろスペ! 行くんじゃあないッ! 脳が破壊されるぞ!
上の方からそんな声が聞こえてきた気がしたがそんなことは100%気のせいだ。
人が山ほどいて、それぞれが好き勝手に話をしているこの雑踏で、境内からの声が届くはずもない。
そして遊星がサイレンススズカを抱きしめたのも、通行人とぶつかりそうだったからだ。
他意はない。
「もう少し端に寄ろう」
「はい」
まだぎゃーすか騒ぐキングヘイローとジャックを置いて二人は比較的人の少ない駐車場の方へと向かうのだった。
無駄に華はあるが色気のないジャックとキングヘイローでした。
それと執事さんとジャックの会話で分かるキングヘイローさん家の正月事情とか書こうとしたけど無意味に長くなってしまったのでばっさりカット。
ちなみにスピカメンバーはみんな私服です。
ちゃんと計画していればマックイーン辺りが全員分の衣装を用意してたかもしれませんね。
次回、『スズカの告白』にアクセラレーション!