週一のペースで更新を再開していこうと思います。
それと再開に合わせて一部表現方法を変えてみました。
不評なようなら戻します。
「ご迷惑をおかけしてしまってすみません……」
「いいんだ」
人の少ない木陰に座り込むサイレンススズカ。
それを見守るように側に立つのが遊星だ。
周囲には暇を持て余したのか、走り回っている子供たちの姿しかない。
遊具も何もない場所でただ走り回る。
それだけできゃいきゃいとはしゃいでいるのは年若いウマ娘にとってさえ憧憬に近い。
遠き日の思い出だ。
「楽しそうですね」
「ああ」
林と呼ぶのもためらうような広い間隔で木が立ち並ぶ木陰の空間。
風通りは穏やかで、一月の太陽がほんのりと周囲を温めているような静かな場所だからこそ行列の喧騒が遠くに聞こえる。
まるでここだけ俗世から切り離されたようでさえある。
「遊星さん、隣に座ってください。このままだと喋りづらいので」
「……分かった」
人の目があるところで不用意に近づくのは良くないという遊星の不慣れな気遣いだったのだが、肝心のサイレンススズカは気にしていないようだ。
袖を引かれるままに隣へ座り込んだ。
ぬくもりが隣にある。
それだけで心も温まる。
遊星はやはり人は独りでは生きていけないと思った。
美少女の隣にいて出てくる感想がそんな壮大なモノの辺り、彼はちょっと普通ではない。
サイレンススズカは自分の隣にいてまったくドキマギしてくれないことにほんの少しだけ唇を尖らせた。
ドキドキしてるのは私だけですか?
そんな想いを胸に秘めつつ、サイレンススズカは一呼吸挟んで気持ちを落ち着けた。
これから話したいことは浮ついた気持ちですることではないからだ。
元を辿ればこうやって二人きりになったのもこの話をするためである。
人混みに酔って気分が悪くなったのは本当だが、どこかで話し合う時間を作るつもりでいた。
そうしてたっぷり時間を取ってからサイレンススズカは語り出す。
「遊星さんは」
言葉を切って顔を上げる。
隣にいる遊星はいつもの表情で待ってくれていた。
「来年、トレセン学園から出て行っちゃうって本当ですか?」
「ああ」
サイレンススズカにとって、できれば否定して欲しかった言葉なのに彼はいつものように頷いた。
頷いてしまっていた。
その事実に、ズキリと心臓の辺りが痛む。
頭のどこかで訳もなく、彼とずっと一緒にいられると思っていた。
そんなはずはないのに無邪気にそう信じ込んでいた。
彼と一緒に先頭の景色を探し続けられると。
それが幻想だったと突きつけられて、胸が痛んだ。
「理事長が推進しているURAの新レースが予定通りに進行できれば、その決勝戦を見届けて俺は学園を去ることになる」
来年の二月、遅くとも三月には立ち去ることになるだろう。
そう語られればあまりの近さに目眩さえ感じてしまう。
遊星がサイレンススズカの専属トレーナーになってからまだ一年ほどだ。
その一年はとっても楽しくて、あっという間に過ぎてしまった。
だというのにもう一年とちょっとでお別れ?
走っていればあっという間に過ぎ去ってしまう。
そう思うと座っているのにくらくらしてきた。
混乱するサイレンススズカに気付けず、遊星は未来に思いを馳せる。
語られるのはURAの新レースについてだ。
「どの距離で走るウマ娘にもスポットライトを、という信念を念頭に置いたレースだ。
おそらくチーム戦ではないだろう。
個人戦となればスピカから声がかけられる可能性があるのは長距離にゴールドシップ、中距離・マイルでスズカ、長・中距離でスペの三名だ」
もちろんこの一年の成果次第ではこの想定もひっくり返るだろうが客観的に見て有力候補に挙げてもおかしくないのがこの三人だ。
後輩メンバーも才覚は一流だが、生憎とシニア以上であることが参加資格の一つだと明言されている。
来年の今頃はシニアに上がったばかりで実力・実績が疑問視されることだろう。
エルコンドルパサーのようにクラシック級ながらジャパンカップを優勝するといった快挙を成し遂げれば声がかかるかもしれない。
しかし新レースに期待をかけているウマ娘は実績作りのため我武者羅になって挑んでくるはず。
今年のシニアレースは死に物狂いの闘いが予想される。
「今年もきっと忙しくなる」
「そう、ですね……」
これは暗に遊星からのマイルに絞って挑戦しないか?という提案だったのだが返事は気のない物だった。
「スズカ?」
「……遊星さんは契約更新とか、考えないんですか?」
予想外の返事に遊星は少しだけ戸惑って、それからゆっくりと頷いた。
「俺はあの街に帰る」
「私たちを置いて?」
「……ああ」
ズルイ言葉だと思いながら放ったそれさえも肯定で返されてしまう。
もう覆しようがないことなのだと悟ってしまった。
だから抱えた両ひざの上に額を乗せて閉じこもった。
サイレンススズカにはもうそれしか選択肢がなかったから。
それを見てようやくサイレンススズカが落ち込んでいるのだと気付いた遊星は空を見上げた。
見上げた空の先には彼の故郷が、ネオドミノシティがあるはずだ。
あの日あの場所で5D'sの仲間とは道を違え、離れ離れとなったのは今でも鮮明に覚えている。
新たな未来への旅立ちとして晴れ晴れとしたものであったが、本来別れとは辛く悲しいものだ。
人生経験の幼い少女には耐えがたいほどなのだろう、無理もない。
「俺も本当はみんなと一緒にいたい」
本音を零せばサイレンススズカは顔を上げた。
さらりと長い髪が肩から零れ落ちる。
「だがそれはできない」
「どうしてですか?」
「俺が選んだ道だからだ」
言われてしまえばサイレンススズカには分からなかった。
彼がどうして今ここにいるのか、どんな道を選んでいるのか、彼が進む先がどんな未来なのか。
ただ、彼の見る先に自分の姿はないのだと知って悲しかった。
トレーナーとウマ娘、その先に彼はいない。
「学園で、スピカで得た絆は尊いものだ。それでも俺の未来は絆だけでどうにかできるものじゃない」
その言葉はサイレンススズカに深く納得させるものだった。
何故ならば皮肉にもたった今、彼は絆に縋った己を振りほどいたのだから。
「俺はあの街から離れられない、それを離れてから実感した……だからスズカ」
声をかけられ、その瞳を見る。
真っすぐな彼の瞳がサイレンススズカを射抜いている。
「いつかスピカのみんなで遊びに来てほしい。歓迎する」
「でも離れてしまっては絆は―――」
「絆は絆だ」
断言した遊星は静かにサイレンススズカの手を取り上げる。
冬の寒さの中にさらされたからか、その手は随分と冷えていた。
指先と心を暖めるようにそっと両手で包み込む。
「離れていても感じられる絆もある。
今は信じられないかもしれないが、この一年で俺たちの絆をそういったものにしよう」
つまりそれは彼の往く道に自分が立ち寄っても良いということで。
未来の彼の隣に己の姿が映り込むのをサイレンススズカは幻視した。
「……いいんですか?」
「ああ」
受け入れる言葉がサイレンススズカの胸に火を点けた。
迷子の子供のように泣き出しそうだった彼女の姿はもうない。
「おーい! スズカさーん! 遊星さーん!」
遠くで手を振るスペシャルウィークが見える。
どうやら参拝は終わったようだ。
サイレンススズカが体調を崩してから列が大きく動いたのだろう。さほど待つことはなかった。
「……行こうか、スズカ」
「はい」
遊星と手を繋いだまま立ち上がり、サイレンススズカは当たり前のように彼の腕の中に身を置く。
まだ体調が万全ではないのだろうと遊星もそれを受け入れた。
だがそれを受け入れられなかったのがスペシャルウィークだ。
「わー! わー! 遊星さんそこ代わってください!」
「スペチャンハシャギスギー」
「ふふ、恋のダービーも大変そうですわね」
「ダービーか、やっぱダービーかなぁ……」
「何よウオッカ、アンタ変な色気出してるんじゃないでしょうね?」
「ったくよー、どうしてここの出店に焼きそばがねーんだ? ひょっとしてゴルシちゃんの凸待ちか?」
「行くなよゴルシ、振りじゃないからな」
幼い子供のはしゃぐ声以外にスピカメンバーの騒がしさが混ざる。
そわそわするゴールドシップを押さえるのに苦労しているトレーナーは新年早々にだらけ切った顔をしている。
いつもの光景、二人にはどこかそれが心地よかった。
その空気の中でサイレンススズカは独り思う。
遊星さんがトレーナーじゃなくなれば……大手を振って恋仲にだって……!
ジワリと欲望を滲ませ、遊星を見上げた。
だってこの景色だけは誰にも譲るつもりがないのだ。
_____ヘイロー―――――
「くちゅん!」
「寒いか」
「ちょっとね」
それは初詣の帰り。
日も暮れ始めた商店街。
風は気にならないほどだが気温そのものが落ちてきている。
テンションも落ち着いてきた頃合いでは体温が下がってきても無理はない。
ジャックは仕方ないとばかりに来ていたファーコートをキングヘイローの肩にかける。
ピンと耳が立ち、驚いているのが良く見えた。
「……なんだ」
「いえ、ありがと。でもこれ大きすぎるわね」
ジャックが大柄なこともあり、肩幅もぶかぶかだし、裾に至っては地についてしまっていた。
それでもファーコートは暖かい。
先ほどまでジャックが着ていた温もりと匂いが何とも気恥ずかしいのだが。
「……そうね、貴方たちこっちにいらっしゃいな」
「きゃー!」
ならばとキングヘイローが出した答えがこれだ。
近くにいた一人を白いファーコートがバクリと食べてしまう。
「あ、ぬくぬくです……」
即落ちした様子を見て他の二人も近寄れば同じ結末を迎えるのであった。
そして出来上がったのが女子四人によるお団子状態。
まともに歩けるはずもなくキャアキャアとはしゃいでいる。
「ふん」
すぐに飽きるだろうとジャックは鼻を鳴らし、何気なく商店街を見渡した。
正月特有の華やかな雰囲気はここにも満ちている。
休みを返上して働く人々の姿もあり、中々の賑わいだった。
その中でも一際騒がしいのは商店街のちょうど中心辺りにある小さな出店である。
新春・大福引祭りと称した会場のようである。
会場と言っても商店街で開かれたローカルな祭りだ。
小さな出店と表現したように規模は高が知れている。
それでも特賞の商品には力が入っていた。
「特賞はなんとペア温泉旅行券!
一等は特上ニンジンバーグ、二等はニンジン山盛り、三等はニンジン一本!」
やはりトレセン学園が近くにあるということで大分とウマ娘よりの内容であったがニンジンはウマ娘問わず人気な野菜だ
たくさんあって消費に困るということはないだろう。
それに府中で扱われるニンジンはどれも一流の品で知られている。
それがタダで貰えるとなれば世の主婦は黙っていない。
立ち寄ったウマ娘たちも楽し気に参加していた。
「ああ、あの旅行券の行き先、確か一流の療養施設のはずよ」
「詳しいな」
「私を誰だと思ってるの?
一流ウマ娘のキングヘイローよ」
鼻高々でふふんと自慢気のキングヘイローをすかさずヨイショする取り巻きメンバー。
だがくっついているので何とも格好がつかない。
それからせっかくだし参加してみようかという話になった。
どちらにせよ新年を祝うためにパーティーを開くつもりだったらしく、ここで買い物が始まった。
集まった抽選権は全部で四回分。
「貴様らで回せばよかろう」
「では私が!」
取り巻きの一人がいざと抽選機に手を掛ける。
ぐるぐる。ころん。
「おめでとう、ニンジン一本だよ!」
「ニンジンでした!」
差し出されたニンジンを受け取り、笑顔でキングヘイローへと向けて見せびらかしている。
なんというか子供が母親に自慢するかのような光景であった。
「次は私が失礼して」
ぐるぐる。ころん。からんからーん。
「おめでとー! 二等賞はニンジン山盛りだー!」
「わ、わ、すごい量が来た!?」
ダンボールいっぱいのニンジンが押しつけられる。
何ならもういっちょとばかりに追加がやって来る始末。
一人で来ていたら持ち帰れるのか?と不安になる量だった。
先ほどたくさんあって消費に困ることはないと言ったが嘘だったかもしれない。
「ハードル上がってきてるけど……次、行きます……!」
ぐるぐる。ころん。からんからーん!
「すごいねお嬢ちゃん、おめでとう! 一等のニンジンバークだよ!」
「す、すごい……です!」
三等、二等、一等と一つずつ商品の内容が良くなっていく。
残るは一枚。
引手はキングヘイローとなれば嫌でも期待は上がっていった。
そんな空気の中、キングヘイローは一切怖気付くこともなく、スタイリッシュに引換券を差し出した。
「キングの引きを見てなさい!」
ぐるぐるぐるぐる! ころん。
「あ、残念賞。ティッシュです」
「どうしてよ!?」
_____ヘイロー―――――
「疾風怒涛と現れる! トレードマークは真紅の衣装っ!
勝負のターフに降り立つは誰か呼んだか神速の怪鳥!
”世界最強”エルコンドルパサー! 今ここに参上デェェェスッ!!」
「……エル」
正月早々からトレーニングをと練習場にいたグラスワンダーを出迎えたのは勝負服を身に纏ったエルコンドルパサーだった。
その身に宿した熱量は瞳を爛々と輝かせている。
対してグラスワンダーは熱を持てていない。
そんな彼女にエルコンドルパサーはターフへと誘う。
「静かな微笑に隠した闘志。凪ぐ瞳の焔はターフで燃える!
世界を揺るがす未知なる群青!
グラスワンダー……さぁ、リングへ!」
「勝負をしたいということですか?」
静かな微笑でエルコンドルパサーを見つめる。
彼女が突拍子もないことを始めるのは珍しいことではない。
だがどうにも乗り切れなかった。
「エル、すみませんがこの後の予定はすでに埋まっていますので」
「恐れているのですか?」
だから躱そうとしたグラスワンダー。
それを許さないのはエルコンドルパサーの小さな言葉だった。
「―――有マ記念のような無様を晒すことを」
「……ッ」
泰然としていたグラスワンダーの表情が歪む。
年末に行われた有マ記念。
そこに二人は出場しており、グラスワンダーは惨敗であった。
エルコンドルパサーもギリギリ入賞という結果に終わってしまったがレジェンドと言ってもいいメンバーを相手にむしろ健闘した方である。
翻って、勝負にさえなっていなかったグラスワンダーは無様としか言いようがなかった。
「実に、実に退屈でした! 心踊らず! 魂震えず!
あまりの熱のなさに、エルの視界にすら入りませんでしたよ!」
その原因は明白であった
以前から公言しているグラスワンダーの目標であった“怪物”打倒。
“怪物二世”と言われたあの日からそれだけを目標として走り続けてきた。
それを目前として、目の前から消え去ってしまったのだから。
「貴方に何が分かるというの、エル。
……挑むことすら叶わなくなった私の、何が!!」
目標を定め直すことさえできず、出場した有マ記念ではあの失態。
グラスワンダーは己を立て直す切っ掛けさえ掴めずにいた。
これを生き恥と言わずになんと言おう。
だからこそライバルとして競い合ってきた黄金世代はそれを見過ごせない。
エルコンドルパサーが火の灯らないグラスワンダーのジャージを掴みあげた。
「アタシを見ろ!!」
怒声と言ってもいい声量が夕焼けに染まる空に響き渡る。
「アタシは電光石火の怪鳥! “世界最強”エルコンドルパサー!
即ち! 頂点への道を阻む大いなる壁だ!」
その瞳に火よ宿れと、言葉を紡ぐ。
まるで己の火を分け与えるように。
「道の果て、頂点へと歩むアナタが挑むべき! 必ず超えるべき壁!
グラァス! アナタが欲しているのは“怪物”の二つ名デスか!?」
「……」
はくはくと口が動くも言葉にならない。
だからエルコンドルパサーが畳みかける。
「アナタが目指していたのは、その瞳に映していたのは!
―――“怪物”程度だったのデスか?」
「……わ、たし……」
未だ火は点かない。
エルコンドルパサーは気持ちが萎えかけるのを自覚する。
このままではダメだ。
そう思ったから、グラスワンダーのおでこ辺りにある白い頭髪に頭突きをかました。
ゴチンと、思っていたよりも鈍く強い音がした。
「世界最強! 頂点! それを目指さずにいられるお利口さんはエルのライバル足り得ません!」
グラスワンダーさん、貴方は随分とつまらない優等生になってしまったのね
脳裏を過るのは失望の声。
好敵手だと思っていた人から向けられる冷たい視線。
ぽつぽつと降り注いだ白い雪が視界と重なる。
置いてけぼりにされたあの日から一歩も動けていないのだと気付いてしまった。
「グラス! いつまで余所見してるつもりデスか!?
エルは! エルを! アタシを見ろグラスワンダー!!」
「……住不退転」
ガクガクと揺らすエルコンドルパサーの手を止めたのは小さな言葉だった。
あの日から動けていないのならばもう一秒だって立ち止まっている暇はない。
何故ならばグラスワンダーがトレセン学園に来る前に誓ったのは世界の頂点に立つことだったのだから。
「今この時より、私は不退転となります」
そしてその瞳に火が―――焔が宿った。
止まってしまったままだというのなら、やり直そう。
まずはそう、世間に醜態を晒したあの日から。
「エル……今から貴方と私、二人でジャパンカップと洒落込みましょうか」
襟をつかむエルコンドルパサーの腕を取り、静かに見上げる。
たったそれだけでエルコンドルパサーの体が芯から燃え上がった。
「上等デス、それでこそグラス! アタシのライバルです!!」
この日、黄金世代の三年目シニア級の始まりの日に。
グラスワンダーは“怪物”となったのである。
ぐるぐるぐる……ころん。からんからーん!
「おめでとうございまーす! 特賞! ペア温泉旅行券でーす!!」
「ウソでしょ……!?」
次回、『正月太りは乙女の天敵です』にアクセラレーション!