ちょっと短め。
グラスワンダー覚醒イベの次はセイウンスカイの覚醒イベ伏線回です。
「あー、眠いー」
「ダメよ、貴方一回寝たら起きないじゃない」
正月休みも明けて授業が始まった。
日常の再開にセイウンスカイの寝たがりも再開してしまう。
だが休み明けで調子が出ないのは彼女だけではない。
お昼休憩の時間で気の抜けたクラスメイトの幾人かは大きな口を開けてあくびをしてしまう始末だ。
それをだらしないと憤慨するキングヘイローは少数派と言える。
多数派の中には連休中にトレーニングのしすぎで体力回復できていないという事情の者も含まれている。
実はセイウンスカイもその中の一人であった。
彼女は皐月賞ウマ娘として知られているが、実はそれ以来重賞レースで勝利できていない。
どうにもパッとしない成績続きである。
年末の有マ記念も良いところなしで沈んでしまった。
七位。
メンバーを思えば決して悪い成績ではないのだが、やはりため息の一つでも付きたくなるというもの。
だからこそこの休みはおさぼりウマ娘の二つ名を放り投げて努力を重ねてきた。
どれほど力を付けられたのか。
それが分かるのはまだ先のことだ。
怖いような、楽しみなような。
複雑な気持ちを抱えたままセイウンスカイはキングヘイローを見た。
なんか一回り大きくなってない?
「ねぇ、キング……太った?」
「は?」
何気ないセイウンスカイの言葉が教室に響き渡り、キングヘイローの地獄の蓋を開けたような言葉が周囲の音を殺した。
言わずとも知れた乙女への禁句をまさかのストレートである。
でも、とクラスメイトのみんなは思った。
私もそれ聞きたかった、と。
だってどう見ても存在感が増しているのだ。
太ったというよりも―――
「Massiveになりましたね、いいことデース!」
「まっしぶ?」
「重厚という意味ですよスペちゃん」
「まっしぶ」
「Non,massive」
「まっしぶぅ」
「……あとで発音頑張りましょうね」
ともあれ話を戻すとキングヘイローは筋量が増えて一回り太くなっていた。
細身であったはずのキングヘイローは冬服の上からでも分かるほど筋肉が搭載され始めている。
特にトモの張りは見違えたと断言できるほどに。
「紛らわしい言い方をしたセイウンスカイさんは後でお説教ね」
「ぶーぶー、おーぼーだー」
横暴かどうかは置いとくとして、暴パートが一般用語じゃないってマジ?
「でもこんなものじゃないかしら」
「早い方だと思いますよ」
「エルなんかはマイル行くときどれだけ筋肉積めるかが勝負みたいなところありますから」
「……筋肉って積んだり降ろしたりするものなんですか?」
スペシャルウィークの素朴な疑問に周囲は固まった。
え、そんなことも知らないの?と。
若干名固まった空気に驚いた娘もいたが、みんな考えるより体を動かすタイプである。
つまり、いくらトップアスリートが集うトレセン学園と言えどもトレーナーに全部お任せ!というウマ娘もいるということだ。
「あのねスペちゃん、筋肉って重いんだよね」
「うん」
「だから長い距離を走る人は必要な筋肉だけを鍛えて、後は削るの」
「そーなんだー!」
「……大丈夫かねこの子」
思わず心配になってしまうセイウンスカイ。
改めてスペシャルウィークを見てみれば筋肉は十二分についている。
見ていて細いと感じることはない。
むしろちょっと太ましいくらいだ。こっちはガチで。
今はとにかく鍛えて、天皇賞(春)に向けてこれから絞るといったところだろうか。
まぁ、それはトレーナーが考えることかと思考を放り投げる。
「走る距離が短くなるほど筋肉をつけるのが一般的デスね!」
「スペちゃん、これがスプリンターの二の腕」
「おー! なまらすごいべ!」
携帯で表示されたのはサクラバクシンオーのムキっと盛り上がった腕だ。
力こぶを作っている一枚だが、確かに腕全体が筋肉質である。
ヒトに比べてウマ娘の筋量は密度が高いため、これをヒトに変換すると丸太のように太い腕となるだろう。
もちろんここまで鍛える苦労はヒトもウマ娘も似たようなものだ。
どれだけ鍛えても筋肉がつかないと嘆くウマ娘も少なくはない。
「そしてこっちがステイヤーの二の腕です、こちらメロンパン入れになっております~」
「グラスワンダーさん、貴方本当に海外育ち?」
比較対象はセイウンスカイの二の腕だった。
制服をまくって晒された腕は白くしなやかで、とても細かった。
それでも駄肉がないため筋肉を纏っているのがよく分かる。
「や、恥ずかしいんですけど」
「……スカイさん、すごく締まってますね」
「正月は殆ど休んでないんじゃないデスか?」
「やめやめ! この話お終い! こちとらおさぼりウマ娘ですよ? 寝正月に決まってんじゃん!」
生暖かい目に見守られてつっぷすセイウンスカイ。
耳が所在なさげに萎れていたのが何とも可愛らしい。
「あ、でもゴールドシップ先輩は筋肉すごかったよ!」
スペシャルウィークにとってステイヤーはセイウンスカイとゴールドシップのイメージが強い。
そしてゴールドシップは大きな体にがっしりとした体格のウマ娘だ。
聞いていた話と違う。
「確かに骨格だけで見たらむしろスプリンター向けよね、あの人」
体が大きいということはそれだけ筋肉を積めるということである。
そして体が大きければ必然、体重も増える。
長距離を走るために骨身を削るよりは短距離を走り切る走力を付けた方が活躍できそうなものだ。
「ああいうタイプの人はいろんな意味で規格外なんですよ~」
「生まれついてのスタミナお化けデース!」
「これだけ筋肉つけても3000m走り切れるってことだからね、やばいわそれは」
「まぁ、それに脚質や気性もあるし、骨格だけで適正距離が決まるわけでもないわね」
「難しいんだね!」
ちなみにゴールドシップ当人は短距離のことをあっという間に終わっちまってつまんねーんだよなーと言っている。
走っていてつまらないという評価は想いの強さが走りに出るウマ娘にとって致命的だ。
後にミホノブルボンがこの気性と骨格の問題について鋼のような精神力で克服することになるのだが、今の彼女たちには関係のないことだった。
「じゃあ筋肉が付きやすいキングちゃんはスプリント向きってこと?」
「スプリントも出来るのよ、一流だから!」
「背が高くないから難しいんじゃない?」
「やはりキングさんはマイラーではないかと」
「菊花賞ウマ娘がマイラーだったとか、後の世でこの世代は弱かったとか言われる奴では?」
エルコンドルパサーの言葉にちょっと黙ってしまう一同。
一瞬そうかもしれない、と思ってしまったのだが割って入ったのは皐月賞ウマ娘とダービーウマ娘であった。
「いやいやいや、私は皐月賞でのレコード持ちですよ?」
「私だって、えーっと……日本一のウマ娘になるんですから!」
二人目はともかくとして一人目の主張は説得力があった。
それなら問題ないかと頷きを以て納得すると再び疑問が沸き上がってくる。
「結局キングちゃんの適正距離ってどこなのかな?」
「……さぁ?」
「マイラー、主な勝鞍:菊花賞」
「エル、まぜっかえさないの」
結論はやはりマイラーなのか、とスペシャルウィークが考えているとキングヘイローは高笑いのポーズ。
さっとみんなが耳を覆った。
「おーっほっほっほ! キングの適正距離を教えてあげる!」
お肌ツヤツヤのドヤ顔でこう続けた。
「キングの適正距離は“一流”よ!」
「はい、かいさーん」
「何でよ!?」
セイウンスカイの雑な扱いに憤慨していると(しかも本当に解散し始めている)グラスワンダーがこそっと話しかけてきた。
曰く“勝負服、大丈夫ですか”と。
「ヒュ」
顔面が蒼白になったところでチャイムが鳴り響いた。
_____ヘイロー―――――
「ってことがあってさー」
「皆さん仲良しですね」
それは放課後、セイウンスカイがニシノフラワーと一緒に仲良く歩いている時のことだ。
ジャージを着た二人はトレーニングに向けてのんびり移動中である。
「フラワーはスプリンターだけど筋肉そんなついてないよね?」
「はい、私は独自路線ですから」
ゴールドシップと同じように規格外ということなのだろう。
まず年齢からして普通ではないのだから無理もない話だが。
「同じ土俵に上がってたら勝てないから、私はこの軽さを武器にしようとトレーナーさんが言ってくれたんです」
「あのトレーナーがねぇ」
当時は新人トレーナーであったが、トレーナーとしての実力は本物だったとニシノフラワーが証明している。
しかしあの若さと軽い態度からはどうにも凄腕という印象が似合わない。
その担当トレーナーは入所事情からして特殊だった。
実力で飛び級入学を認めさせたニシノフラワーに誰も担当になりたがらなかったのが事の始まり。
模擬レースで活躍し、実力を見せてもトレーナーになりたいと言う人物は現れなかった。
当たり前だ、担当が付くということは数か月後にはデビューするということである。
それは余りにリスクが高すぎた。
トレーナーにとっても、ニシノフラワーにとっても、である。
そんなことをするよりも高等部になるまで、つまり中等部に等しい年齢になるまで待てばいい。
周囲はそう思ったし、それが当然だと思い、青田買いするようなトレーナーはついぞ現れなかった。
これには世代が悪かったことも影響している。
何せ同期はあの“黄金世代”たちだったのだから。
ただし納得できなかったのがニシノフラワー当人であり、それを不憫に思った秋川理事長である。
畢竟ッ! この才能を腐らせるわけには行かぬ!
秋川理事長の直感は正しい。
再三に渡って語ったがウマ娘にとって想いとは非常に重要なモノである。
高きに登るにせよ、低きに堕ちるにせよ、だ。
飛び級での入学を果たし、周囲に認められたと思っていたニシノフラワーに突き付けられた現実がトレーナーの不在である。
それが幼い少女の心を委縮させ、腐らせたのならばそれは教育現場であるトレセン学園の失態に他ならない。
そこで白羽の矢が立ったのがニシノフラワーの現トレーナーである。
理事長秘書の駿川たづなが紹介しての登用であった。
彼に白羽の矢が向けられたのは偏に小学生のウマ娘をトレーニングし、結果を出した経験と成果があったからだ。
代々トレーナー一族であった彼はちょっとした縁から同い年のウマ娘のコーチを務め、少女に基礎を叩き込んだ。
その結果、彼女はその才覚を認められ、トレセン学園へと入学を果たしたのである。
ニシノフラワーもその経緯を聞いており、彼の指示には素直に従った。
そうして掴んだのがサクラバクシンオーの打倒という栄冠である。
未だ一度しか達成できていないがニシノフラワーの才覚とそのトレーナーの手腕を疑う者はいないと言える。
つまりサクラバクシンオーに勝つというのはそれほどの偉業であったのだ。
「どうしてもすごいトレーナーには見えないんだよなぁ」
「自分のことはだらしない人ですから」
「あー、やっぱり?」
ニシノフラワーに世話を焼かれてるイメージがあったのだが実際そうなのかもしれない。
まぁ、ウマ娘とトレーナーの関係は人それぞれだ。
他人がとやかく言うものでもあるまい。
「ところで、スカイさんはパーフェクトと言う二つ名を知ってますか?」
「パーフェクト? うんにゃ?」
記憶をさらってみたがセイウンスカイだが、そんな二つ名は存在しなかった。
少なくとも現役にはいないと断言できる。
そんな二つ名はさすがの生徒会長様でさえ付けられていないのだから。
「トレーナーさんが前に担当してた子のことらしいんですけど」
「え? 前に担当ってあの人ニシノフラワーが初めての担当でしょ?」
「ちょっとその辺り複雑でして」
トレーナーからは詳しくは聞けていない。
圧倒的強さからパーフェクトと呼ばれ、怪我にて引退したということだけ。
だから詳しく聞くのも憚れて、気が向いた時にこうして他の誰かとの話題に出しているのだ。
それでも未だに知っていると言ってくれる人に出会ったことがない。
まるで何かに阻まれているかのように。
「気になるなら図書館で調べてみたら?」
「はい、そうします」
と言い続けてすでに三年目である。
何故か話題が終わればその単語のことをすっかり忘れてしまうのだ。
「それでフラワーの軽さを武器にって?」
「それはですね―――」
そうして今日もまたパーフェクトと呼ばれたウマ娘のことを調べる機会を失うのである。
歓談する二人を三女神の像がアルカイックスマイルで見守っていた。
_____ヘイロー―――――
「ちょっとトレーナー! まずいわこんなの一流じゃないわ!?」
むっちりー。
「ハイソックスが入らないなんて笑えないわよ!」
もっちりー。
「くっ、ガーターまであと少し……!」
ぎちぎちー。
「大人しく短距離用に衣装を用意すればよかろう」
「ちょっとそこの衝立から入ってこないでちょうだい!」
「見てはおらん、確かここに連絡先が」
「こんなことで勝負服を新調するなんてー!!」
「騒ぐな、どうせ成長期なのだから作り直すのは丁度良い―――あった、この用紙だな」
むっちりー。
「やーよー! もー!!」
この後、長距離用、短距離用、中距離・マイル用の三種類を用意することになりました。
3Dモデルのキングは足細すぎて心配になるレベル。
これでスプリント戦えるの?というのが素直な疑問でした。
もっちりふくふくなキングヘイローも見てみたいですね。
次回、『バレンタインの準備』にアクセラレーション!