王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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キングのA+が取れないので投稿します。
 
 


クラシック級/6月前半:菊花賞へ向けて

 

 

 

「あら、おはようトレーナー」

「……どうした、随分早いようだが」

 

 日本ダービーから一夜明けた早朝五時。辺りはすっかり明るい。

 春も過ぎたのだと改めて感じる空模様である。

 そんな時分、キングヘイローはトレーナー室へとやってきていた。

 

 出迎えたトレーナー、ジャック・アトラスは心底面倒臭そうな顔を隠そうともしない。

 ちなみに彼がこの時間ここにいるのは割といつものことだ。

 朝のトレーニングを終えて、キングヘイローが学業中に眠っている。

 それがこの男の生活サイクルとなりかけていた。

 

 しかし昼夜逆転の生活は良くないとさんざんキングヘイローのお叱りを受けており、最近は減ってきていたはずだったのだが。

 

「どうした、じゃないわよ!」

 

 思わず両耳をふさぐジャック。

 徹夜明けでキングヘイローの金切り声は頭に響いたようだ。

 

「貴方ねぇ、徹夜は止めなさいとあれほど!」

「スペシャルウィークの研究をしていた」

 

 お説教の言葉を一撃で断ち切る。

 彼は二十代後半の大男で、体格がよく、鋭い目つきは荒事を連想させる。

 遠くから見る分には顔だちも整っており、ウマ娘たちからもビジュアルは好しと高評価だ。

 

 しかし致命的に雰囲気が良くない。

 俺様気質の上に態度もデカい。

 そんな相手の突き落とすような返答を受ければ、年頃の女性なら逃げだしても仕方ないと言える。

 

 だがキングヘイローは違った。

 それを真正面から受け止めて、考えるように腕を組んだ。

 さすがに一年以上の期間を二人三脚で生き抜いてきただけあり、今更驚いたりはしない。

 端的に話を進めようとするのは彼の癖だと知っている。

 あれは機嫌が悪いのではなくただ眠いだけなのだろう。

 

「……何かわかって?」

「心当たりはある、が言ったところで貴様に納得はできまい」

「もったいぶらないで、貴方らしくもない」

 

 言うつもりはないのだろう。

 催促したところでむっつりと閉じられた口が開くことはなかった。

 

「ならいいわ、肝要なのはそこじゃないもの」

「いかにして勝つか、だな」

「えぇ」

「現状では難しいと言わざるをえん」

 

 自分でもわかっていたのだろう。

 ジャックの言葉に唇を噛むキングヘイロー。

 ましてや次に狙いを定めた重賞は菊花賞。

 その距離3000メートル。

 キングヘイローが最も戦績良しとするマイルのおよそ二倍もあるのだ。

 

「今のままでもいい勝負はできよう」

「でもそれじゃ」

「意味がない」

 

 ジャックの言葉にこくりと頷く。

 勝つと宣言したのだ。

 どれだけいい勝負をしたって勝てなければ意味がない。

 キングヘイローは常々言っていたではないか。

 一位を取らなければ満足できないのだ。

 レースは勝ってこそキングなのだから。

 

「……キングヘイロー」

「なによ」

「貴様の覚悟はあの頃から変わっていないな?」

 

 その言葉は軽く流すには重たすぎた。

 交わした誓いを忘れてなどいない。

 

 何度泥を被ろうとも、嘲笑われようとも一流を名乗り続ける。

 後退しない、決して首を下げない。

 そして勝利という名の証明を掴んでみせる。

 キングヘイローというウマ娘こそ一流だと叫び続ける。

 

 それはあの日、二人がトレーナー契約を交わすと決めた時の言葉だ。誓いだ。

 だからこそキングヘイローは勢いで返さぬよう呼吸を一つ置く。

 

「当たり前でしょう」

 

 正直なところ心揺らした日もある。

 悔しさに涙を飲んだ日はこの一年でもはや数えきれないほどだ。

 それでも今朝の目覚めと共に理解したのだ。

 

「私はキングヘイローよ、全てのウマ娘関係者にこの名を刻みつけるまで止まるつもりはないわ!」

「ならば」

 

 キングヘイロー以上に覚悟を決めた顔でジャックが答える。

 

「菊花賞以外のレースは出ない。これ一本に集中するぞ」

「分かったわ」

 

 即答である。

 普通ではあり得ないことだ。

 菊花賞は十月後半に行われるレース。

 今はまだ六月を目前に控えたところ、半年近く間をあけることになる。

 そこまで表に出ないとなると怪我でも疑われるだろう。

 ファンにだって徒に心配をかける。

 ネット上でも逃げだしたなどと、無責任な言葉に叩かれるだろう。

 

 また、実戦でしか積めぬ経験というものがある。

 クラシック級の夏、まだまだこれからたくさんの試合を経験する段階だ。

 特に安田記念はキングヘイローの得意とするマイルの重賞。

 ここでの活躍を期待するファンも多いだろう。

 早いうちからシニア級との戦いを経験しておくことは決して無駄にはならないはずだ。

 堅実に行くならばユニコーンSだってある、そこでならば一番人気だって夢じゃない。

 

 本来得るはずだったそれらを放り投げると同時に、長い空白期間のせいで試合勘が失われてしまうことだろう。

 他はすべて出ないということは調整を確認する試合もしないということだ。

 

 ぶっつけ本番。

 まともなトレーナーの出す指示ではない。

 だが構わないとキングヘイローは即答した。

 覚悟を問われたのだ。

 ならば覚悟を以て飲み干すほかない。

 こういうウマ娘なのだとジャックは改めて思う。

 

「キングの誇りを今一度、俺に見せてくれ」

「ふん、当然よ! オーホッホッホッホッ!」

 

 お嬢様笑いが早朝の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「……」

 

 早朝のトレーニングを終え、キングヘイローは寮に戻っていった。

 この後はシャワーを浴びて汗と泥を流し、制服に着替えて学業へ向かうのだろう。

 

 結構なことだ。

 そう独りごちてカップラーメンにお湯を注ぐ。

 夜食兼朝飯の定番である。

 というかジャックの主食である。

 もちろんキングヘイローから口うるさく言われているがこちらは一向に治る気配がない。

 

 出来上がるまでのわずかな時間、ジャックは己の魂ともいえるデッキを手に取った。

 無造作に一枚を引き抜く。

 ゆっくりと目の前に持ってきてみればそれはジャックの持つエースモンスターだった。

 デッキに一枚、いや世界に一枚しかないカードである。

 それを当たり前のように引き当てるのはひとえにジャック・アトラスの実力によるものだ。

 彼の決闘者(デュエリスト)としての腕前はプロに匹敵する。

 これくらいはできて当然といったところだ。

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴン、俺は一人の少女を地獄に突き落とすやもしれん。

 決して許されることではなかろうな。()()にも恨まれるだろう。

 だが、他ならぬキングが、キングであろうとする者がそれを望むのだ。

 かつてキングだった者として、せめて最後まで連れ添っててやろうと思う」

 

 誰に向けたわけでもない、胸の内からこぼれただけの言葉。弱さだった。

 この大男の弱さは彼のデッキだけが知っている。

 

「カーリーに救われたように俺がキングヘイローを救えるとは思わん。

 俺にできることは徹底的に鍛え上げること、そして背中を見せてやるくらいだ。

 だからどうか、見届けてくれ……我が魂よ」

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「どったのキング、可愛いお顔に私納得いきませんわ!って書いてあるよ?」

「え、ど、どしたんだべー!」

「ええい、うっとうしいですわよお二方!」

 

 チャイムとチャイムの間。

 つまり小休憩の時間。

 自席で考え事をしていたキングヘイローの前を陣取り、見上げるようにして絡んでくるのはセイウンスカイ。

 彼女の冗談を真に受けてハンカチを取り出しながら近づいてくるのがスペシャルウィークだ。

 そんな彼女たちをウェーブヘアで追い払うキングヘイロー。

 もちろん顔には文字なんて一つもない。

 

「物思いにふけることもできませんの、ここは!」

「花の女学生がぼんやり考えることとは……恋かね?」

「こ、恋!?」

 

 スペシャルウィークの良い反応に教室が一瞬静まり返った。

 ギラリンと数多くの目が光ったような気がする。

 ここはトレセンにして女子校。

 恋バナに飢えた少女が掃いて捨てるほどいることを忘れてはいけない。

 

 あらあら、と頬に手を当てながらそっと近づいてきたグラスワンダーもその一人だ。

 その後ろをこっそりついてくるエルコンドルパサーもまた例外ではない。

 

「まさかあの専属トレーナーさんと?」

「あの人ね。顔はいいよね、顔は」

「ちょっと怖いけど優しい人だよね!」

「ケ!? トレーナーと恋愛だなんて都市伝説の類では!?」

「新人の方でも私達とは年齢が一回り違っているのが普通ですからね」

「あのねぇ、こんな大事な時期に恋だのに現を抜かしてる暇があるわけないでしょう?」

 

 ざわつき始めた女子どもを一刀両断。

 伝家の宝刀、ヘイロー族の差し脚はここでも鋭い切れ味を誇った。

 思わずそりゃそうだよねーといった空気が流れる。

 

「だいたい、恋をしていたとしたら悩んだりしてませんわ。

 キングたるもの、堂々たる態度でお付き合いを申し込みますもの!」

「いや無理っしょ絶対」

「私、キングちゃんは奥手だと思うなー」

「エルは告白できないにルチャマスターの魂を賭けるデース!」

「その賭け、きっと成立しませんよ?」

 

 総ツッコミである。

 近くで聞いていた他のクラスメイトからも辛辣なコメントが続いた。

 

 普通に考えて無理でしょ。

 ジュリエッタが街中で騒ぐギャルを微笑ましい顔で見送るくらいない。

 おーおー、顔を真っ赤にしてきょどる姿が目に浮かぶよ。

 このキングと手をつなぐ権利をあげるわって言えたら努力賞あげてもいい。

 口より尻尾の方がよっぽど雄弁。

 キングはデレが過多なんだよね、ツンデレっていう概念に謝って。

 キングって彼女を超えてもはや母親の貫禄……そうだ結婚しよ?

 結局コクられる側じゃんそれ。

 そんなキングちゃんも可愛いよ!

 と、散々な評価である。

 

 終いには妄言は醤油差しにしろと机に醤油差しを置かれる始末だ。

 ある意味愛されていると言えるかもしれない。

 それと密かにこのクラスでエアマスターが流行っているのが窺い知れる。

 

「なんっですの! もうなんなんですの!」

 

 思わず醤油差しを掴んで叫ぶキングヘイロー。

 もう一度髪の毛を振り回して範囲攻撃、それで幾人かの女子は離れていった。

 艦首被弾! 退避ー! ワー!

 ノリの良いクラスメイトである。

 

「んで、どったの?」

「何事もなかったかのように!?」

「いつものことじゃん」

 

 落ち着きなよ。そうぼやきながら机に突っ伏すセイウンスカイ。

 もはや誰の机か分かったものではない。

 手櫛で髪の毛を整えること数秒。

 

「もう、仕方ありませんわね」

「もーもー言ってると牛さんになっちゃうよー?」

「牛さん可愛いべ」

「エルは断然豚派ですね! 豚キムなら何枚でもペロリです!」

「あのー、まぜっかえし続けると休憩時間が終わってしまいますよ?」

 

 ツッコミ切れぬとキングヘイローが拳を握り。

 すかさずグラスワンダーが軌道修正。

 仲良し五人組はクラシック級のライバルとなっても相変わらずのようだった。

 

「ったくもう、貴方たちときたら……」

「もーもー」

「セイちゃん、ステイ」

「よろしい、そのまま無礼なお口をチャックしてなさい」

 

 で?と言いたげな視線がキングヘイローに集まる。

 重賞レースで争ったのが昨日の今日だ。

 彼女のメンタルを心配して集まったという側面がないわけでもない。

 話を聞く体制は自然と整っていた。

 

「……今朝のトレーニングなんですけど」

 

 ぽつぽつと語り始めたのはトレーニングの内容についてだった。

 今までの流れでは、朝はフォームのチェックに終始していた。

 軽く走ってその日の調子の確認が主な狙いだとキングヘイローは理解している。

 

 今朝もフォームのチェックを行いはした。

 したが今までよりも指示の出し方が変わっていたのだ。

 

「なんというか、曖昧というか」

「あいまい?」

 

 って何?とエルコンドルパサーが視線で問いかける。

 向けた先はグラスワンダーだ。

 

「この場合はファジーですね」

「Oh,fuzzy」

「ふぁじー」

「スペちゃん、Fuzzy、ですよ」

 

 ベリベリニホンゴーな発音のスペシャルウィークに即興発音勉強会が開かれた。

 なお数回のやり取りでグラスワンダーの白旗と相成る。

 それをきっちり見届けてからキングヘイローへと主導権が返ってくる。

 

「いつもは特定の状況を想定して行うんです」

「普通はそうでしょ」

 

 残り二百メートル。前は空いており、駆け抜けるだけ。

 序盤左回り。前は詰まっており、できるだけ減速せずに抜け出したい。

 その二つでは走り方はまるで変ってくる。

 前者ではダイナミックに体を動かし前へ前へと体を押し上げる動きに。

 後者では接触を避けるため、自然と動きは小さくなる。

 ベテラントレーナーともなれば腕の振り方一つでどの状況を想定しているのか読み取れる、なんて話もあるくらいだ。

 

「今朝はなんというか、その……非常に精神論的で」

「気合いだべー!とか?」

「気持ちで走り切れ、と言われても困るじゃない?」

 

 その問いに意見は真っ二つに分かれた。

 

「え、そういうものじゃないかな?」

「エルも同意見です。レースは気合ですよ!」

「確かに気持ちも大事ですが、フォームチェック時に言われてしまうと、その……」

「私は気持ちで走れとか言われたらベッドに向かって一直線だ、わははー」

 

 机に突っ伏したままのセイウンスカイが力なく笑う。

 キングヘイローも笑いたい気分だった。

 もし笑えたとしても空笑いにしかならないだろうが。

 

 今までは違ったのだ。

 一年かけて理想のフォームを突き詰め、これだと決めたフォームを崩さずにきた。

 もちろん成長期であるキングヘイローに合わせ、数か月おきに更新している。

 しているのだが、日本ダービーに向けてついこの前整えたばかり。

 合っているなら合っている、ずれているならずれていると言ってほしい。

 

 それが蓋を開けてみればどうだ。

 気合いだ。

 根性が足りてない。

 手札が甘い。

 強い気持ちを持て。

 カードを信じろ。

 歯を食いしばれ。

 尻尾の先までやる気を迸らせろ。

 

 結局納得できた指示は左足の親指を意識しろ、腿はしっかり上げろ、の二つだけだった。

 そこは自分が思うと同時に指示が飛んで来たのでよく覚えている。

 

「急にどうしちゃったのかしら」

「それはおそらく……」

 

 困ったような笑みでグラスワンダーが言う。

 

「キングさんが次のステージに進んだ、ということではないでしょうか」

「次のステージ?」

「はい、それは心技体の内、心の鍛錬だとお見受けしました」

「なるほど?」

 

 なるほどとは言ったものの、まったく納得できていない顔だ。

 心を鍛えるのならフォームチェック以外の時にぜひやってもらいたい。

 そう顔に書いてある。

 

「……ここで悩んでもしょうがないから放課後、直接聞いてみるわ」

「お力になれずすみません」

「ふぁじーん……」

「スペちゃんそれ気に入ったの?」

「スペちゃんをここまで魅了するふぁじーんとはいったい……。

 その謎を解明するため、我々調査隊はアマゾンの奥地へと向かったのデース!」

 

 そんなやり取りもチャイムに遮られてしまう。

 休憩時間も終わり。

 三々五々、それぞれの席へ散っていく。

 

「それと聞き忘れたんだけど、でゅえるって何かしら……?」

 

 遅きに失した疑問へ返事はない。

 静かに地獄の六月が始まろうとしていた。

 

 

 




 
なお醤油差しは昼休憩前に食堂へ戻しに行きました。
キングが。
 
次回、『ミラフォは役に立たない』にアクセラレーション!
 
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