王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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前回の予告サブタイトル。
「増える、デジたん」にしようか悩んだんですが意味☆不明すぎたので「ジャック、モテる」にしました。
書いてても☆意味不明☆だったので投稿です。
 


シニア級/2月後半:2月14日

「ぐっ、何と言うことです。早朝の時点でデジたんは何度瀕死になればよいのでしょう……!

 このままではさすがに身が持ちません、これがバレンタインデー……ふふふ、死ぬにはいい日です……」

「立てぇい! デジたん! お前のウマ娘に対する想いはこんなものじゃあないはずだ!」

「……トレーナーさん……ッ!」

 

 あまりに酷い会話がカフェテラス脇で行われていた。

 早めの朝食を食べに来たウマ娘たちはアグネスデジタルとそのトレーナーの奇行を何となしに見守っている。

 というか朝っぱらからこのテンションでやられるとどうしても気になってしまう。

 思い思いの朝食をいただきながらその会話に耳を傾けていた。

 

「行こうぜデジたん、俺たちの夢をこの一日で掴むんだッ」

「ぐぐぐ……はいッ!」

「数々のウマ娘の想いを見守るというのならば……分身殺法しかあるまい!!

 

 ちょっと待てぇ!

 某食堂ばりのツッコミが聴衆の喉元まで出かかった。

 生憎と食事中だったため言えなかったが咳き込んでしまう者もいてちょっとした騒ぎとなる。

 だがそんなのはお構いなしにアグネスデジタルは気持ちのいい返事をした。

 

「はい! 分身殺法、デジたんシャドー!!」

 

 何ィ!?

 十体のアグネスデジタルがカフェテラスの一角を占領する。

 いや、増えたのはアグネスデジタルだけではなくトレーナーもだ。

 それを見ていた者は噴き出してしまうが無理もない。

 普通に大参事である。

 

「ウマ娘ちゃんたちが一度に十か所でてぇてぇをするのなら!!」

「俺たちは十体の人バとなって受け止める!!」

「バレンタインの熱気がアタシたちに火を点けた!」

「ウマ娘たちが尊ければ尊いほど俺たちは熱くなる!」

 

 ヤバい、これは手を付けられなくなる!

 誰か早くエアグルーヴ副会長に連絡を!

 

「アタシのこの手が真っ赤に萌えるッ!」

「尊い見守れと轟きィ、叫ぶゥ!」

「スズカさぁん、スズカさんのチョコ食べたいですよぅ」

 

 一斉に駆け出そうとするアグネスデジタルズ(複数形)の耳にウマ娘の声が飛び込んできた。

 甘えた声で隣を歩くウマ娘に寄り添っているのも見える。

 

「ダメよスペちゃん、放課後にスピカの部屋でって言ったじゃない」

「うう……」

「しゃっきりしないとダメよ。

 ほら、そうやってくっついてるからリボンがずれちゃってる」

 

 手慣れた動作で胸元のリボンを解き、また結んでいく。

 最後にそっとリボンの端を撫でてから満足げに笑顔を浮かべた。

 

「ん、可愛い」

 

 ぐはっ!!×20

 

「ひょえぇ……おまかわ、です……!」

「……スズスペはやはり鉄板……!」

 

 あ、副会長、やっぱり大丈夫です。揃って死んだので。

 どんだけ増えても端から死ぬなら意味ないんじゃない?

 終わったら一つに合体してくタイプの分身か、影分身タイプじゃないんだね。

 

 とまぁ、そんなことがあって今日という一日が始まった。

 本日はバレンタイン。

 甘い香りと味と雰囲気で彩られた乙女の決戦日である。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「アトラス様、これどうぞ!」

「ありがたくいただこう」

「あの、あの! 応援してます、から!」

 

 ぴゃーっと飛ぶようにしていなくなるウマ娘。

 ジャックの手の中にはチョコレートの箱があった。

 

 この男、ジャック・アトラスは非常にモテる。

 去年もいくつかのチョコレートを手渡されていたが今年はその数も増えていた。

 放課後に歩いているだけですでに三つ。

 本命も義理も併せての数だがモテているというには充分すぎる。

 これに合わせて昼休みなどにも貰っているのだから、いくらマンモス校とはいえ一介の専属トレーナーには多すぎる数であった。

 そして四つ目の気配もすぐそこにある。

 

「モテモテですね」

「フラワーか」

「お荷物になってしまいますがどうか受け取ってください」

 

 特に照れた様子もなくチョコを手渡すニシノフラワー。

 彼女は去年に続けてのプレゼントである。

 この二人、実は知らぬ中ではないのだ。

 主に花壇の世話をするニシノフラワーをジャックが手伝っているというだけのことだが。

 

「キングヘイローさんにも無茶を言ってしまったのでそのお礼も兼ねてます」

「そうか……ならばこれはキングヘイローと食べよう」

「はい」

 

 その件について深堀するか悩み、触れないことに決めたジャックはチョコをキングヘイローにも分け与えることを宣言する。

 だが高松宮記念について触れずにはいられなかった。

 

「貴様とキングヘイローが何を言ったかは知らん。

 しかしやるからには勝つ、強敵を引き入れたことに後悔はないか?」

「いいえ」

 

 微笑みながら否定するニシノフラワー。

 その小さな立ち姿から仄かに熱量が立ち上がった。

 

「勝ちたいと思える相手がいるんです。

 それはとても幸せなことだとトレーナーさんが言っていました」

「……そうだな」

 

 不動遊星という生涯のライバルを持つジャックにその言葉は深く頷けることができた。

 その存在の大きさ故に道を間違えたこともあったが後悔はない。

 何故ならば彼がいなければジャックの人生はもっと退屈に満ちていただろうことを理解していたからだ。

 

「最近はヤマニンゼファーさんという方が私なんかを追い越したいと言ってくださって。

 胸を張れるウマ娘でいられたらと思ってます」

「だからキングヘイローから逃げるわけにはいかないと」

「はい、キングさんに勝ちたいと思った自分から逃げてはいけないんだと、今ならばそう言えます」

「そうか、立派なことだ」

 

 見上げている瞳が見ているのはジャックであってジャックではない。

 彼の育てるウマ娘こそ彼女が見ている相手だ。

 ならばその熱量は正しく届けよう。

 

「ならば高松宮記念、楽しみにしていることだ」

「はい」

 

 決意を秘めた瞳に見送られ、ジャックは立ち去る。

 その背後にニシノフラワーは声をかけた。

 

「今度プリムラを植えようと思ってるんです。買い物、手伝ってくれますか?」

 

 返事はない。

 ジャックは振り返ることもなく手を振った。

 

 そして時折呼び止められつつもキングヘイローの待つトレーナー室へ。

 そこにはキングヘイローの取り巻きと共に暖を取る彼女の姿があった。

 

「遅かったわね」

「ああ」

 

 謝りもせずに机の上にチョコの箱を広げる。

 ちなみに書類届け受けにはいくつかのチョコが盛られている。

 あれは女性トレーナーからの物だろう。

 どんだけもらうのだこの男は。

 

「モテモテなトレーナーさんに私からもプレゼントです」

「どうぞ!」

「あの……どうぞっ」

 

 三者三様の勢いでまたチョコが積み上がった。

 ちなみにキングヘイローからのチョコは早朝トレーニングの時に受け取っている。

 

「感謝する」

「いえいえ、お世話になってるので」

「なんだかんだトレーニング見てもらってますし」

「その、いつもありがとうございます」

 

 キングヘイローの相手をする片手間で彼女たちのコーチをすることもある。

 専属トレーナーではないためトレーニングメニューを組むといったことはしていないが相談に乗ったりする程度ならば頻繁にしていた。

 お世話になっているというのはそういうことだ。

 

「それでトレーナー、今日の内容は?」

「ああ、予定通りウェイトトレーニングを中心に行う。

 夕食前には終える、ミーティング後は好きにしろ」

「ええ、分かったわ」

 

 まだまだ肉体改造の途中ということである。

 高松宮記念に出ると決めてからコースを走る時間は半分以下となったキングヘイロー。

 しかしストレスなどは特にないようだった。

 肉体的にも精神的にもきついトレーニングが続いているが彼女の精神力は異常と言ってもよいレベルにある。*1

 これくらいならばどうということもないのだろう。

 

 そして訓練の後はミーティング、と言うことになっているが実際は異なる。

 デュエルによる秘密の特訓だがこれについて語るのはまたの機会としよう。

 

「どうせ今夜も騒ぐのだろう、チョコの暴食だけはするなよ」

「分かってるわよ!」

「ああ、それと……これはニシノフラワーからだ」

 

 がさがさと包みを破いて蓋を開ける。

 まるで宝石のようなチョコレートが並んでいた。

 市販品だが義理チョコだと伝わって、なおかつ力は入っていると思わせる絶妙なラインの品物である。

 

「キングヘイロー、貴様に勝ちたいらしい」

「ふぅん」

 

 興味深げに覗き込み、一つ気に入ったチョコを手に取った。

 ジャックもまた一つをつまみあげる。

 

「決闘を告げる手袋よりも情熱的で素敵だわ」

「一流のウマ娘が相手ならば不足はあるまい」

「ええ、この決闘、避ける手はないわね」

 

 二人、攻撃的な笑みを交わし合ってチョコを口の中へ。

 まるでニシノフラワーの熱量に当てられたかのようにキングヘイローの瞳に火が灯る。

 その様子を見守っていた取り巻きメンバーは”かっくいー”とぼやく他なかった。

 

 まぁ、元々ニシノフラワーからのお誘いを受けたためにこんな事態になっているのだから避けるも何もないのだが……。

 この後みんなで仲良く分け合って食べたのである。

 

 

 

 

 

     _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「あ、タキオンさん、お手紙来てますよ」

 

 カフェの窓際の席にいたアグネスタキオンに気付き、入店してきたのはアグネスデジタルだ。

 どうやら部屋に届けられた手紙をここまで持ってきてくれたらしい。

 研究所の方に行く途中だったのだろう。

 すれ違わなくて良かったと思う反面、この娘ならばすれ違うなんてことは起きないのだろうという嫌な信頼感がある。

 

「おやおや、すまないねデジタル君。……待ってくれたまえ、キミは先ほど向こう側にいかなかったか?」

 

 指の指し示す方(長い袖が垂れ下がって見えない)とは逆側からやって来たアグネスデジタルに首を傾げるアグネスタキオン。

 寮の方から来たのは分かるのだがどうにも時間的におかしい。

 それを指摘するとなんでもないように彼女はこう答えた。

 

「ああ、分身を覚えたので」

「分身?」

「ウマ娘ちゃんに関してのみ観賞*2できる技なんです!

 便利なんですよ、なんといっても―――ヒョエ! フラウンスの気配!

 おっとスピカから濃厚なパクパクの気配も!? 失礼しますねタキオンさん!

 今行きますよウマ娘ちゃんたち! デジたんシャドー!!」

 

 だんだんと人間離れしていく同室を見送り、アグネスタキオンは紅茶を一口。

 舌を湿らすように飲みながら手紙とやらの封筒を見た。

 差出人はトレセン学園となっている。

 

「通告ですか」

「キミのところにも来たのかい?」

「ええ」

 

 一緒にお茶を楽しむのはマンハッタンカフェ。

 彼女は冷めつつあるコーヒーをちびちびと飲みながらカバンへと視線をやる。

 どうもそこに同じ書類が入っているらしい。

 

「来年度中にトレーナーを見つけなれば退学らしいです」

「そろそろそんな時期か、時が経つのは早いものだね」

 

 入学してすぐデビューを目指すウマ娘は多いが、デビューのタイミングを見計らうウマ娘もまた少なくない。

 だが彼女たちの場合は自分に見合うトレーナーに恵まれていないのが原因だった。

 

 自由人で縛られることを嫌い、研究に没頭するアグネスタキオン。

 レースさえ研究の一環であると断言する彼女にとってトレーナーという存在はそれだけで相性が悪い。

 しかしトレーナーがいなければデビューできない。

 その秘めたる才覚を見抜き、名乗りを上げるものがいないわけではないのだが未だお眼鏡に適うトレーナーは現れていない。

 研究結果が世界的な功績を上げているのでお目こぼしを受けているのが現状である。

 

 そして霊障を患い、他人には見えぬ“お友達”を追いかけ続けるマンハッタンカフェ。

 彼女の見る世界を理解できない者。しようとしない者を避けて生きてきた彼女にとってトレーナーを見繕うのは大変な苦労を伴う。

 それでも理解しようとしてくれた人もいた。

 しかしそういう人はマンハッタンカフェの持つ霊を引き寄せる体質によりストレスが溜まり、やがて解約となった。

 ラップ音に悩まされ、通い慣れた道で迷い込み、あるはずのない何かにおびえる日々を過ごしていたとなれば責めるのも難しい。

 有能なトレーナーをこんなところで潰すわけにもいかなかった。

 

 学園側もそういった事情を理解しており、深くは追及してこなかった。

 それでも期限というものは存在するということだろう。

 

「ここほど恵まれた環境もない、できれば離れたくはないのだがね」

「私も、レースには出たい……でもタキオンさんならトレーナーに転向すればよいのでは?」

「トレーナーかい? それはいけないよカフェ」

「いけない?」

 

 できない、と言わない辺りはさすがだがダメというのはどういうことだろうか。

 コテリと首を傾げるマンハッタンカフェの愛らしさにアグネスタキオンも答えてやろうという気分になる。

 書類をテーブルの端に置いて肘をつき、淀んだ瞳を彼女へ向けた。

 

「私は壊すよ、必ずね」

「壊す、ですか」

「ああ、私は担当となったウマ娘を研究と称して鍛え上げる、確かにそれはできるとも」

 

 下手なトレーナーよりも知識を持つアグネスタキオンならばやってやれないことはないのだろう。

 ウマ娘の体からレース場の攻略、走りのメカニズムまで彼女の持つ知識はトレーナーという職業に適っている。

 彼女が本気を出せば優秀揃いの中央のトレーナーにさえ遅れを取るまい。

 

「だが鍛えれば鍛えるほど私の中の研究欲が高まり、やがて限界を超えたトレーニングを課すだろう」

「それは壊れると分かっていて、ですか?」

「いいや」

 

 首を振った彼女の瞳には狂気が宿っていた。

 

「壊すためにやるのさ!」

 

 これが偽ることのないアグネスタキオンの本性。

 知るために壊すのを躊躇わないイキモノである。

 それは例え己であっても―――。

 

「限界を迎えないために、しかして限界を超えるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか!」

「……なるほど、だから」

「そう、だから私はトレーナーになってはいけないのだよ」

 

 そう言って宿っていた狂気を紅茶の一口で流し去る。

 ともあれ、話を戻そうとばかりに端へ追いやった書類を指先で叩く。

 

「まだまだやりたいことは多いのだがね」

「これも縁、ですから」

「ままならないものだ」

 

 こればかりはどうにもならない。

 そんな結論が出て、二人そろってカップに口を付けた。

 

 話題が途切れ、沈黙が僅かに続いたところで入店してきた男がドカリと座り込む。

 ジャックの登場であった。

 早めにトレーニングを終えたキングヘイローを見送り、ここへとやって来たのである。

 

「おやおや、これはまた大荷物でどうしたのかな?」

「その紙袋は……?」

「チョコだ」

 

 大きな紙袋の中には幾つものチョコが転がっていた。

 その中から一つを取り出し、包装紙を破る。

 どうやらここにはいただいたチョコを消費しに来たらしい。

 

「ならば頼むのはコーヒーではなく紅茶だろう?

 やはりここはアールグレイが……ああ、この時期ならばディンブラをオススメしておくよ」

「いいえ、コーヒーだってチョコに合います。中煎りの豆ならば外れはありません」

 

 すかさず双方が好みの飲み物を勧めれば、ジャックは少しだけ悩んで店員を呼びつけた。

 

「アールグレイのホットを」

「ミルクはいかがしましょう」

「ストレートで頼む」

 

 その選択にマンハッタンカフェは驚愕した。

 何故ならばジャックはマンハッタンカフェと同様コーヒー党だったはずだから。

 いつの間に紅茶党に染まってしまったのだろうと尻尾を揺らした。

 

「そう睨むな、量が量だけにな。コーヒーだけという訳にもいくまい」

「気分を変えたい時にコーヒーか、なるほどねぇ」

「つまり、紅茶は所詮前座という訳ですね」

「コーヒーに飽きてしまっただけかもしれないよ?」

「いいえ、そんなことはありません」

 

 何故か張り合う二人を眺めながらチョコを味わうジャック。

 渡してくれた相手のことを思い出しながらじっくりと咀嚼する。

 ファンの想いが詰まった品だ。

 粗雑に食べるわけにはいかない、というのがジャックの意見であった。

 

 この男、普段の言動に反して感情を大切に扱う面がある。

 粗雑にして繊細。

 ジャック・アトラスの人間的魅力はそんなところにも隠されているのかもしれない。

 

「ところでカ↑フェ↓、私に渡すものがあったりしないかい?」

 

 甘い物とか。

 そうぼやくアグネスタキオンを無視してマンハッタンカフェは姿勢を正した。

 今がチョコを渡す好機だと思い、だがそれで動きを止めてしまった。

 チョコを食べるジャックの姿に見とれてしまっているとかそういうのではない。

 

 何と言って渡せばいいのでしょう……?

 

 義理チョコなのだから構える必要もない、と軽く考えて今に至ったのだが、いざその場面になるとどうしていいか分からなかった。

 ここぞとばかりに内なるユキノビジンが囁く。

 

 他の女からチョコをもらってるトレーナーを見て自分の本命チョコを渡すタイミングと勇気を逃しちゃうシチーさんも美しいべ。

 

 それは闇のユキノなんとかさんだ。

 綺麗で美しく心優しいユキノビジンとは関係ありません。

 

 でも、そうですね。タイミングは逃したくありません。

 

 そう決心してマンハッタンカフェはすすっとチョコを差し出した。

 渡す相手はもちろんぶーたれるアグネスタキオンではなくジャックだ。

 お友達がはしゃいでいる気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「不要かとは思いますが……」

 

 何故か言葉尻が上がってしまう。

 白い肌が朱に染まり、白いアホ毛もゆんゆん揺れている。

 何を緊張しているのかと自分に呆れつつ、探るように彼を見上げた。

 ジャックは驚いたような顔をしながら、しかし差し出されたそれをしっかりと受け止める。

 

「ありがたくいただこう、カフェ」

「いえ、そんな……無理して食べなくても大丈夫ですから」

「いいや、必ずいただこう」

「そ、そうですか」

 

 意味もなく熱が上がるのを感じ、とうとう俯いてしまう。

 だがこれでユキノビジンにあれこれ言われることもなくなるだろう。

 そう思えば肩の荷が下りたような気もするのだから不思議だ。

 

 紅茶を持ってきた店員にコーヒーのおかわりを頼み、カップに残ったコーヒーを飲み切れば気恥ずかしさもどこかへ行ってしまった。

 

「……かーふぇー、私にもくーれーよー」

「仕方ありませんね、これで静かにしていてください」

「おや、まさか本当に出てくるとは。ねだってみるものだ。ふふーふ♪」

 

 喜んで包装紙に手を掛けるアグネスタキオン*3を尻目にジャックの様子を伺う。

 チョコを開ける前に名前を呟いているのを見るに、いちいち誰に貰ったか覚えているということなのだろう。

 

 プレゼントを贈ってくれた相手を想いながらいただく。

 もし自分のチョコもそのようにして食べられるのであれば。

 そこまで考えて、消え去ったはずの恥ずかしさが再びマンハッタンカフェを襲った。

 

 なんでっ、これ……!?

 

 わたわたと意味もなく慌て、溢れた羞恥を誤魔化すようにチョコを隠した。

 渡したばかりのチョコにぺたんと両手を乗せている。

 自分でも意味が分からない行動だった。

 どうしてそうしたのか分からず、何を言えばいいのかも分からない。

 だから勢いのまま口を開けた。

 

「その、これを食べるのは私のいない時にしてくださいっ」

 

 本当にどうしてそう思ったのか分からないのだが、目の前でこれを食べられたらどうにかなってしまいそうだったのだ。

 もしもこれを食べた彼が微笑んだりなんかしたら爆発してしまいそうで。

 

「カフェー、これを開けておくれよー」

「自分でやってください!」

「ぶーぶー」

「今それどころじゃないんです!」

 

 甘えるアグネスタキオンを視界の隅に追い払い、また男を見上げた。

 美丈夫と言っていい整った顔が自分を見つめている。

 そう思うとまた顔が赤く染まるマンハッタンカフェであった。

 アホ毛もゆんゆんゆん!と絶好調で揺れている。

 

「……貴様がそうしろと言うのならば従おう」

「す、すみません……」

 

 どうしてこうなったのか。

 降って沸いたかのような感情に戸惑いながらも時は過ぎていく。

 そこには世間を突き放し、己とは関係ないとばかりに孤独を過ごしていた少女の姿はない。

 乙女の決戦日に相応しい頬を染めた少女の姿があり、それを祝福するように影が独りでに揺れた。

 

*1
気絶するまで走るなんてことは普通できないが彼女はそれをほぼ毎日行っていた。充分異常である。

*2
誤字にあらず

*3
白衣の袖から手を出してないので開けられずにふてくされるまであと10秒




「チョコをたくさん貰うのはありがたいのだが、大量のチョコを一度に全て食べるわけには行かない。
 これらはいただいた好意を日々感謝してちょこっとずつ消費して行こう」
「はい!」
「毎度毎度懲りん会長様だな」
「……ん? あっ」

エや下。


次回、『対バクシン的デュエル』にアクセラレーション!!
 
 
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