王者の鼓動、今ここに列を成す   作:小金さん

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ツンデレツインテール系幼馴染が公衆の面前で髪の毛を下すのは国際条約違反じゃねーか!ってウオッカが言ってました!
すみません嘘です私が言いました!
 


シニア級/3月後半:高松宮記念

 

「スズカか、キミがここに来るのは珍しいな」

「会長……そうかもしれませんね。

 いつもはチーム部屋で済ませてしまいますから」

 

 トレセン学園にいくつかあるサロンルームの一角。

 ここは生徒向けに開放されており、土日には寮の異なる友人同士でレースを見ようと人が集まる、そんな場所である。

 

 テレビ画面が見えるテーブルで紅茶と報告書を並べているのは生徒会長ことシンボリルドルフだ。

 来訪者に顔を上げてみればサイレンススズカが所在なさげに立っていた。

 どうやら座る場所が他にないらしい。

 笑顔で相席を勧め、広げられていた書類をまとめる。

 

「そうか、スピカはGⅠを控えたメンバーが殆どだから気を使ったというところかな」

 

 正確な指摘にサイレンススズカは曖昧に笑った。

 クラシック級に上がったトウカイテイオーが皐月賞、ダイワスカーレットとウオッカが桜花賞を目前に控えているだけではない。

 天皇賞・春に向けてスペシャルウィークとゴールドシップが鍛錬を重ねている。

 近くにレースを控えていないサイレンススズカはせめて邪魔をしないようにとサブトレーナーを彼女らに預けてここに来ていた。

 

「生憎とエアグルーヴとタイキシャトルはいないぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、現地に飛んだらしい」

 

 どうもタイキシャトルがエアグルーヴを引きずって向かったようだ。

 そのおかげで仕事が回ってきたが、これくらいの迷惑ならばいくらでもかけて欲しい。

 それで彼女が友人と楽しめるのならば本懐である、とシンボリルドルフは考えている。

 

「でもどうして二人が?」

「キングヘイローは吐いた大言に相応しい実力があるのかどうか気になるのが大衆の意見ということらしい」

 

 全距離GⅠ制覇を宣言してから重賞を二連勝。

 その実力は確かだと大多数が認め、高松宮記念の勝利に期待をかけている。

 まだ実力は未知数だと疑わしく思う者もこの高松宮記念でそれが分かると注目する。

 結果、今年の高松宮記念は例年にない盛り上がりを見せていた。

 

「そしてもしこの一戦を勝利したとあれば、次は安田記念」

「そっか、マイルの……」

 

 高松宮記念、安田記念、そして天皇賞・秋を目標に掲げているキングヘイロー。

 もしも高松宮記念に勝てばキングヘイローの次のライバルはエアグルーヴとタイキシャトルということになるだろう。

 ライバルとなる側もキングヘイローを気にかけているということだ。

 

「最もエアグルーヴは私とキミの言葉を気にかけてのことだろうが」

「会長と私の?」

「ああ、キミはキングヘイローを凄いと何度も言っていたそうじゃないか」

 

 確かに言っていたと頷く。

 実際彼女はすごい。

 GⅠに限らずに言えばすでに重賞で短距離・中距離・長距離を制覇しているのだ。

 マイラーと言われていただけあってマイルを―――全距離を制覇するのも時間の問題だ。

 その実力を疑う方がどうかしてると思う、とサイレンススズカは言った覚えがあった。

 

 あのサイレンススズカにすごいと言わせる相手である。

 気をかけるなと言われて頷けるエアグルーヴではない。

 同じ理由でタイキシャトルもキングヘイローの走りを見たいとはしゃいでいた。

 

「そして何より、私より彼女に期待を寄せている人物は―――数えるほどしかいないだろう」

 

 いないと断言しそうになるほどキングヘイローにかける期待を垣間見せるシンボリルドルフ。

 元々彼女が全距離制覇を公言した時に一番最初に反応を示したのはシンボリルドルフであった。

 曰く、“その挑戦、受けて立つ”である。

 

 サイレンススズカにその心中を察することはできない。

 だが瞳の奥に灯っている期待という炎は確かに燃え上がっていた。

 

「さて、そろそろ始まるようだが何を見せてくれるかな?」

「きっとキングちゃんらしい走りを見せてくれます」

「そうか」

「はい」

 

 ニコニコと笑うサイレンススズカと、どっしりと構えて画面へと視線を向けるシンボリルドルフ。

 それはまるで夫婦のような光景でした……。

 とアグネスデジタルは閻魔様に語った。

 

 

 

 

 

    _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「改めて、今日はありがとうございます」

「いいのよ、勝ちたいと思わせた貴方の魅力を誇りなさい」

「それはその……」

 

 恥ずかしいですから。

 言葉にならない態度で答えられれば何ともむずがゆい思いがした。

 

 それは控室とレース場の間、観客の足元にある地下通路での会話だった。

 ここを出れば身を削るような勝負をする。

 そんな境界線の世界。

 

 黄金世代は普段こそ仲良くやっているがここで話をしようとする者はおらず、キングヘイローは新鮮な気持ちで喋り歩いていた。

 喋る余裕もないスペシャルウィーク、溢れる闘志を漏れ出させまいとするグラスワンダー。

 勝負を前に集中力を上げるエルコンドルパサーとセイウンスカイ。

 そして喋る相手のいないキングヘイロー。

 

 振り返ってみれば何とも寂しいこと、と考えたところでふと冷静になる。

 あれ?と。

 そう、一番勝負にのめり込んでいて話しかけられるような雰囲気を発していなかったのはキングヘイローだったのだ。

 むしろ彼女の勝負にかける熱量が黄金世代の気持ちを引き締めていた。

 

 勝負を前に周りを見渡せる余裕ができたのはいつからだっただろうか。

 そんなのは考えるまでもない。

 菊花賞の勝利とその後に得た経験、それがキングヘイローを変えたのだ。

 

「そうね、感謝をしたいと言うのなら言葉ではなく、走りで見たいわ」

「はい!」

 

 気が付けば出口はすぐそこまで来ていた。

 観客の声と外の光。

 それを阻んでいたのは一人のウマ娘。

 逆光を背に仁王立ちしているのはスプリントの王者。

 

「待っていましたよフラワーさん! キングヘイローさん!」

 

 サクラバクシンオーがそこにいた。

 すれ違う選手一人一人に挨拶を交わし、最後に入場する。

 それが彼女のルーティンであるのをスプリンターたちは知っていた。

 だが今日ばかりはいつもと目的が違うのだろう。

 明確に二人のことを待っていたのだ。

 

「今日も良いレースにしましょうね、フラワーさん!」

「はい、今日こそ完璧に勝ってみせます」

「楽しみにしています」

 

 そして、とばかりにキングヘイローに視線を向けた。

 紫色の瞳が深緑色を捉える。

 

「王の花冠はここにありますが簒奪はバクシンの一撃で阻みます!」

「いいえ、ターフの王冠は今日をもって私がいただきます。

 スプリントの覇者、その称号を平らげて次はマイル王、秋の盾。それが私の“王道”ですので」

 

 互いに一歩も譲らない。

 ビリビリとした空気のぶつかり合いは、しかしサクラバクシンオーの笑顔にて崩れ去る。

 

「それでこそです! 良いレースにしましょう!」

 

 宣誓のような言葉と共にサクラバクシンオーが両手を上げる。

 何がしたいのかを察したキングヘイローはニヤリと笑って歩き出した。

 つられて動いたニシノフラワーはすれ違う前に気付いて掲げられた手に届けと、ぴょいっと跳ねた。

 

 パチンとハイタッチの音が通路に響く。

 

 しかしそれも外からの歓声と雨音で消えていく。

 二人は揃ってその音の中に身を浸した。

 

「何格好いいことしてんのよ、出にくいじゃん」

「はっはっはー! これでもわたくし、学級委員長ですから!」

「いや、どんな返事よそれは」

 

 キングヘイロー達の後ろにいたウマ娘とサクラバクシンオーの会話を背に芝へと踏み入れた。

 返しウマの時にも感じたがやはり稍重と言った具合だ。

 雨はパラパラ降る程度だが三月の空気は冷えている。

 長くじっとしていたら風邪でも引いてしまいそうだった。

 

「これはバ場も荒れてそうね」

「それくらいの方がいいですよ、タフな試合って嫌いじゃないですから」

 

 涼しい顔でえらいことを言う子だな。

 たまに彼女の専属トレーナーがぼやく言葉と全く同じ言葉を漏らしながらゲートへと身を収める。

 続いてニシノフラワーも小さな体をゲートへと沈めた。

 調子を確かめるようにぴょこぴょこ跳ねて、深呼吸を一つ。

 

 大丈夫、頭に入ってますよトレーナーさん。

 

 焦らない、冷静に。

 そう何度か心の中で唱えている内に全ての枠が収まりつつあるのを察する。

 高まる集中力が圧となって感じられるほどだった、

 

 ニシノフラワーはルーティンとして両の腕で花を象る。

 彼女を象徴するポーズであり、寄っているであろうカメラへ笑顔という花を咲かせた。

 

 総員が構える。

 じゃっと音を立てて滴が跳ねる。

 ゲートが口を開いたのはそんな瞬間だった。

 

 私の―――ターンッ!!

 

 不思議とキングヘイローの言葉が響いた気がした。

 一斉に飛び出していくウマ娘たち。

 出遅れはなし。

 

 ハナを取ったのはサクラバクシンオー。

 その余りあるスピードが彼女から先行という概念を蹴飛ばしてしまった、とさえ言われる加速が雨を切り裂く。

 サクラバクシンオーは逃げているのではない。

 ただ早すぎるから逃げているように見えるだけ。

 そんな怪物(マルゼンスキー)を彷彿とさせるバクシンが今回もうなりを上げた。

 

 ニシノフラワーは集団の先頭付近、四位の位置につけている。

 ならば残りのキングヘイローはどこに?

 答えは集団の中、十位の位置にいた。

 その事実に戸惑うウマ娘もいた。

 数にして十一名。全体の半数以上がそんな戸惑いを見せる。

 

 先行策だったはずではないのか!?

 そんな動揺の声が聞こえそうな中、ニシノフラワーは静かに周囲を観察していた。

 

 トレーナーさんの言っていた通りの展開、これなら……!

 

 意気軒高と闘志を胸に秘め、彼女は前を見る。

 雨も稍重も何のそのと言わんばかりにバクシンしている王者の背中がある。

 サクラバクシンオーも先行ではなく逃げ、これも読み通りだ。

 だがその読みを()()()()のがジャック・アトラスだと言うのだから驚きである。

 

 トレーナーが言うにはオーシャンSで先行したのにはもっと深い意味があるとのことだった。

 もしもサクラバクシンオーがキングヘイローを警戒して彼女を抑えるために先行策をぶつけてくる。

 そんな作戦を立てていた場合、差しで後方にいるキングヘイローはサクラバクシンオーとの削り合いを避け、安全に勝負できる。

 そしてキングヘイローの先行対策を積んできた他のウマ娘たちは先行枠に入って来たサクラバクシンオーにその対策をぶつけるはずだ。

 だって本来ぶつけたい相手はそこにおらず、しかし大本命様が転がり込んでいるのだ。

 こうなったらもうやらないわけがない。

 

 それ故にサクラバクシンオーは逃げを打つ他ない。

 つまりこの状況を作ったのはジャック・アトラスである。

 トレーナーはそう解釈した。

 

 ちなみに先行策で進めるニシノフラワーはどうなのかと言うと。

 彼女にとってその程度の対策はいつものことである。

 対策の対策など積めるだけ積んでいるのだ、いつでも相手になるとばかりに笑みをこぼした。

 

 あっという間に勝負は中盤に差し掛かる。

 コーナーの半ば。

 これを抜ければ最終直線。

 しかしここの直線は長い、仕掛けどころはまだ先。

 今は位置取りが大事。

 

 そう考えたニシノフラワーの耳が迫る音を捉えた。

 力強くも繊細な足音。

 そして呼吸の音。

 すぐそこまでキングヘイローが上がってきている!

 

 瞬間、脳裏に閃く勝利の可能性。

 一つの作戦に拘らず、考えて走るニシノフラワーのアドリブ力が輝く。

 いや、あるいはそれすらもジャック・アトラスの読み通りか。

 

「行くわよ!」

「行きます!」

 

 二人が並び、集団から飛び出す。

 あまりに早い仕掛けに会場と選手たちがどよめいた。

 

 集団で突き上げ、サクラバクシンオーを消耗させるのか。

 頭の回転が速い観客はそう考えた。

 だが真実は違う。

 キングヘイローとニシノフラワーの二人でサクラバクシンオーとぶつかろうと勝負に出たのだ。

 

 雨の降る中で二つのプレッシャーが膨れ上がる。

 紅い炎のようなキングヘイローの圧。

 黄色い風のようなニシノフラワーの圧。

 その二つがたった一人に向けられている。

 

 巻き込まれた逃げウマ娘が秒でもうダメー状態に移行する。

 そんな凶悪なプレッシャーの中、サクラバクシンオーのリアクションはたった一つ。

 ちらりと背後を見た。

 それだけである。

 

 減速も加速もない。

 プレッシャーに押しつぶされるでもなく、焦らず、己のペースでバクシンする。

 覇道と呼ばれる威圧コントロールの対。

 求道と呼ばれる自己コントロールの姿がそこにあった。

 

 二人でも足りないのか、そう萎えかけるニシノフラワーの隣。

 むしろプレッシャーを増しつつキングヘイローが前へ、サクラバクシンオーへと近づいてく。

 

 そうかと気付き、それに続くニシノフラワー。

 覇道が体力を使うように求道もまた体力と、何より精神力を消耗する。

 無駄ではないのだ。

 バクシンを阻むことはできていないが、確実に削ることができている。

 そう思えば追いかける足にも力が入るというものだった。

 

 まずいですね、この展開は!

 

 最終直線に入り、坂を目の前にしたところでサクラバクシンオーの内心に動揺が走る。

 二人からの渾身の突き上げを食らい、想像していたよりも体力を持っていかれた。

 時間にして十五秒ほどのことだったが威圧でここまで削られたのは初めて経験だった。

 

 だが疲れているのはサクラバクシンオーだけではない。

 それほどの覇道を使った対価はしっかりと払っている。

 その証拠に二人の加速はサクラバクシンオーの背後についたところで止まっている。

 追い脚が残っていない―――いやまだ溜めているのだろうか。

 どちらにしたところで、最大の問題が残っている。

 

 つまり置いてけぼりを食った集団の追い上げだ。

 ほぼ万全な状態で彼女たちがやって来る。

 キングヘイローとニシノフラワーの狙いはこれだ。

 

 私達を疲弊させて、勝負の舞台に他の選手を引き入れた……ッ!

 

 ゴール前を待たずに加速し始める集団は間違いなく先頭集団であるサクラバクシンオーたちを狙いに定めている。

 あれに呑まれれば勝負はどうなるか分からない。

 いや、サクラバクシンオーの勝つ確率は確実に下がるだろう。

 この勝負には打倒サクラバクシンオーを掲げるスプリンターしかいないのだ。

 

 絶対に呑まれるわけには行かない。

 そう腹を決めて坂を駆け上がる。

 だがイメージよりも加速が緩やかであったのは芝が濡れているからか。

 力が上手く伝わっていないもどかしさに臍を噛む。

 二つの覇道にさらされ、彼女の求道は見る影もなくなっていた。

 

「いつもの冴えがないねぇ、バクちゃん!」

「もらったああああ!」

「今日こそ、勝ぁつ!!」

 

 そして目の前にサクラバクシンオーへの勝利というニンジンをぶら下げられたウマ娘たちが我武者羅に加速した。

 ゴール前の直進。

 ここで勝負は混沌とする。

 

 抜け出すのは誰か。

 誰が勝ってもおかしくないレース模様となり、皆が固唾を飲んで見守るレース場に花々という彩りが現れる。

 それを幻視しているのは選手たちであった。

 

 しまった。

 そんな言葉が選手たちの脳裏に響き渡る。

 サクラバクシンオーという強烈な光ばかり追いかけていたから、つい足元にある可憐な花を見落としてしまっていた。

 それが棘を持つ危険な一輪咲きだと知っていたはずなのに。

 

 ここが勝機!!

 

 踊らされた彼女たちと違い、ここまでの展開を読んでいたニシノフラワーはこれ以上ないタイミングで抜け出した。

 身一つ分の僅かな差。

 だがそれが勝敗を分ける確かな差となる。

 

 そしてこの展開を作り出したもう一人が黙っているはずもない。

 ニシノフラワーが“混沌から抜け出す”最適なタイミングを選んだとするのならば、キングヘイローが選んだのは“ニシノフラワーに勝つ”最適なタイミング。

 即ち、彼女が加速したその瞬間。

 エルコンドルパサーが日本ダービーで見せた才気煥発の加速タイミングの再現。

 出鼻を叩くような熱量が花々を焼き払う。

 

 この時、キングヘイローの脳裏に浮かんでいたのはジャックと遊星のライディングデュエルだった。

 ジャックが速度を上げれば負けじと遊星が風を纏う。

 相手が強くなるだけ自分も強くなれる。

 そんな闘いを見ているだけしかできなかった自分はもういない。

 

 だから、私に力を寄越しなさい、バーニングソウル!!

 

 キングヘイローは最初からずっと勝負の分け目と見ていた相手はニシノフラワーだ。

 だからこそ彼女の胴を両断するような鋭い一閃を放つ。

 名刀のような切れ味がニシノフラワーを筆頭にまとめて撫で斬る。

 それはゴール板を割った瞬間の出来事であった。

 

「……ッ!!」

 

 泥だらけの衣装、突き上げられた拳。

 その先の空は晴れ間を覗かせ、彼女の勝利を祝福しているかのようだった。

 気が付けば雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

    _____ヘイロー―――――

 

 

 

 

 

「あれがキングヘイローか……」

「コングラッチレーション!」

 

 喝采に包まれる会場で腕を組み、難しい顔をしているウマ娘が一人。

 エアグルーヴが勝負の結果を見下ろしていた。

 隣にいるのはタイキシャトルだ。

 友人でもあるニシノフラワーの活躍に興奮し、キングヘイローの有言実行ぶりに指笛を鳴らして祝福している。

 

 はしゃぐタイキシャトルにいちいち反応していては彼女の友人は務まらない。

 ただ静かに見下ろすばかり。

 エアグルーヴの視線の先には喜びの感情を爆発させている少女の姿がある。

 菊花賞では喜ぶ姿を見せていなかったため、これが世間は初めて見る彼女の喜ぶ顔であった。

 

 泥まみれで、汗と雨粒に濡れた髪が顔に張り付いている。

 お世辞にも良い格好とは言えないが、年相応の笑顔が可愛らしくも美しかった。

 きっと次の雑誌の表紙は彼女が飾るのだろうと思わせるほど魅力にあふれていた。

 

「そんなに渋い顔してどうしたんです?」

 

 祝福すべき場面だとタイキシャトルが言えば一定の同意を見せつつもエアグルーヴは唸る他ない。

 それでも渋い顔を作る理由が彼女にはあった。

 

「……彼女が強いのは分かった、口だけの戯けでないことも」

「なら勝てない相手だとでも?」

「それは貴様も感じていよう、格上ではないと」

 

 勝てない相手ではない。

 だが格が下であろうと負けることもある。

 今目の前でサクラバクシンオーが敗北したように。

 

 つまり無警戒で勝てるほど甘い相手でもない。

 それが分かっただけでも収穫はあるし、実際の走りを肉眼で見たのもいい経験だっただろう。

 

「だがな、タイキ。とても会長が気に掛けるような相手には見えん」

「Oh、それはそうデスね!」

 

 シンボリルドルフが気にかけ、生徒会に引き込んだ実例としてナリタブライアンが存在する。

 彼女はそれだけの実力があったし、周囲も納得して受け入れた。

 だがキングヘイローにそれほどの実力があるかと言われれば首をひねる他ない。

 

 確かにサイレンススズカが言うように多距離で活躍するのはすごいことだ。

 ましてやGⅠを二つも取ったのだから一流選手と呼ぶのに戸惑いはない。

 しかし、実力と実績で言えばエルコンドルパサーの方が上だと考える者は少なくないだろう。

 同期の中でもこの評価なのだ。

 広い目で見れば格上はまだまだいる。

 

 どうしてシンボリルドルフがそこまで気にかけているのか。

 謎は深まるばかりであった。

 

 視線の先にはレースを共にしたスプリンター達から祝福され、全距離制覇を応援されているキングヘイローがいた。

 スプリンターらしい力強い応援に振り回されているが、そんな様子も観客たちからは暖かく見守られている。

 彼女たちの“こうなったら最後まで勝てよー!”と言う声がここまで聞こえている。

 どうにも世間には何かと敵を作る性格だが、近くにいる者に愛されるウマ娘のようだ。

 

 シンボリルドルフの敬愛される色とも異なるカリスマの色。

 あえて言えばそれが気になったくらいか。

 

「致し方あるまい、答えはターフの上で見つけるとしよう」

「Bang! ね・ら・い・う・ち、デスね!」

 

 そう言い残して立ち去る二人。

 新たな戦いは勝利と共にすでに始まっていた―――




キングヘイローが勝利によって覚悟を示したようにジャックもまたプロ路線復帰を表明する。
ざわつく世間を他所にトレセン学園では例年通りの空気が流れていた。
それは新学期の始まりであり、クラシック級の激闘の始まりであり、三女神が微笑む時期である。

次回、『いそのー、因子ガチャしようぜー!』にアクセラレーション!
 
 
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