チームランクがAになったので投稿です。
「あ、スぺちゃん」
「スズカさん!」
それは夕食の時間。
スペシャルウィークとサイレンススズカがそれぞれトレーに今夜の料理を載せて再会した。
実に三週間ぶりである。
ルームメイトの二人にとって長いと感じるには充分の空白期間だった。
七月の午前中はクラス合同練習*1が執り行われ、午後は個人・チーム練習が一日の流れ。
そして本来同じチーム同士である二人は午後に顔を合わせてもおかしくないはずだったのだが唐突にチーム練習から抜けることが決まったのだという。
八月からは丸一日を好きな練習につぎ込めるようになる。
そうなれば午前中はチーム練習に合流するとは聞いていた。
それを前にまさかの再会だ。
テンションの上がったスペシャルウィークは友人たちに一声かけてサイレンススズカとご一緒することに。
ルンルン気分で食事を始めたスペシャルウィークをサイレンススズカも嬉しそうに眺めている。
「スペちゃんも元気そうでよかったわ」
「はい!」
そこで食事の手を止め、スペシャルウィークは匙の先をカチリと噛んだ。
行儀が悪いと叱りつけるキングヘイローの姿はない。
「スズカさんはキングちゃんと練習してるんですよね」
「ええ、すごい子よ。スペちゃんのお友達は」
「はい! それで、ご飯は一緒じゃないんですか?」
「今日は先約があるみたい、お友達とディナーですって。
それでエアグルーヴもタイキも見当たらないし、独りでいいかなって」
その言葉にテーブルの陰でガッツポーズのスペシャルウィーク。
オーシャンビューの夕焼けの中、スズカ先輩が不動サブトレーナーと二人っきりで食事。
なんて恐ろしい字面だろうと夜も眠れない日々が続いていたスペシャルウィーク*2にとって先ほどの言葉は最悪の事態が訪れていない証拠だった。
彼と食事を取るのが当たり前ですが?みたいな言動をされたらさすがのスペシャルウィークも戦争を辞さない構えである。
ちょっとイケメンで声がよくて人格も優れてるくらいで……ついでにトレーナーとしても優れてて格好良くて優しくて強くてニンジンケーキもくれるからって私の大切な先輩は譲りませんとも!
「ちなみに不動サブトレーナーは?」
「キングちゃんのトレーナーとご一緒よ」
「むぅ」
どこか寂しそうに笑われてしまえば唸るほかない。
スズカさんを悲しませるなんて!という感情と、もうずっとそのトレーナーさんと一緒にいて!という感情が
この感情をどう伝えるのがいいのかと唸るスペシャルウィークを見てクスクスと笑った。
「おかげでスペちゃんとご飯を食べられたわね」
「―――はい!」
元気よく返事をしてホクホクの表情でご飯へと取り掛かる。
山のように積まれたご飯を切り崩していく妹とそれを微笑ましく見つめる姉。
そんな素敵な食事時間はあっという間にすぎてしまうが、別れがたいと思った二人は次の憩いの場を求めた。
「そうだ、八月になったらスペちゃんと行きたいと思ってた場所があるの」
サイレンススズカに名案が浮かぶ。
去年友人たちと過ごしたカフェがこの時間はまだ開いているというのだ。
もちろんスペシャルウィークはその提案に飛びついた。
田舎なので日が落ちてしまうとどうしても娯楽の少ない合宿所近辺。
その中で夜遅くまで営業するこのカフェは連日盛況な様子で、今日もウマ娘の姿が多い。
と言ってもきゃいきゃいと騒げる彼女らはタフな部類だ。
夏合宿の厳しさにこの時間から倒れ込んでいるウマ娘も少なくはない。
厳しい鍛錬の後に待つたっぷりの食事を終えて「じゃあお茶でも」と言えるようになるのに普通はひと月以上かかるものなのだ。
よく見れば慣れのあるシニア級ばかりなのが分かるだろう。
その中で平然と参加しているクラシック級ウマ娘のスペシャルウィークは少々注目の的である。
「ハイソ*3だべー!」
そんなことは露知らず、落ち着きのあるお洒落なカフェに興奮気味なスペシャルウィークだ。
まるでここにいるだけで大人になった気分である。
おそろいで注文したダージリンの香りと味と、何より雰囲気に酔いしれつつ、互いのお喋りは止まらない。
自然と二人はお互いの合宿生活について語り合っていた。
「私ね、キングちゃんと訓練するようになってまず思ったのがスペちゃんはすごいなってこと」
「私がですか?」
「……ええ、そうよ」
この子、自覚ないんだ。
そんな乾いた笑いがあったものの、それすら気付けずにお茶請けのニンジンクッキーを片手に首をかしげるスペシャルウィーク。
「キングちゃんってすごく強いの、たぶん私が貴方たちと同じ年の頃よりもずっと強い」
「はい、キングちゃんはすごいんですよ!」
「でもそんなキングちゃんに勝ったスペちゃんはもっとすごいわ」
「え、あ、はひ……」
とろけるような笑みにスペシャルウィークはクッキーをもそもそ齧るしかない。
そう、サイレンススズカはキングヘイローを通してスペシャルウィークの実力を見ていた。
チーム合同練習からでは察することのできなかった彼女の底力は己に通ずるほどであると今では正しく理解できている。
だからこそ、近い将来のライバルとしてではなく、ルームメイトとして警告をするのだ。
「気を付けてね。彼女、私と訓練を始めてから数段力をつけてるわ」
「はい、午前中の練習でクラスのみんなが感じてます。キングちゃんが何か変わり始めてるって」
「私、キングちゃんとの訓練は手を抜けないけれど、心の中ではスペちゃんを応援するって決めてるから」
「はい! ご期待に沿えるよう頑張ります!」
意気軒高。
えいえいむん!とでも言いたげな表情のスペシャルウィークは何とも可愛らしい。
愛しい妹のような存在を前にサイレンススズカはニコリと笑みを浮かべる。
幸せを絵に描いたような時間は閉店間際まで続いた。
_____ヘイロー―――――
「ではダンスレッスンを始める」
壁の一面すべてが大鏡で作られたレッスン場にいるのはわずか五名。
スピカのトレーナーと
レッスンを受ける側のウマ娘はサイレンススズカとキングヘイローの二名だ。
合同訓練の報酬という面もあり、まずはサイレンススズカが個人レッスンを受けることとなった。
自然と一人鏡の前に立つサイレンススズカを皆が見守る形になる。
「本当にどうにかなんのかね」
「あいつは一流を知る男です、任せてみましょう」
ぼやくスピカのトレーナーは未だ半信半疑といった様子。
今回のダンスレッスンに参加しているのもそのせいだろう。
対して話を持ち込んだ遊星はいつもの真顔。
心配している様子はない。
「菊花賞の課題曲は『winning the soul』、どうせだからこれで見てやろう。
まさか忘れたなどとは言うまいな」
「大丈夫です」
まずはやってみろ。
そんなジャックの指導にもすっかり慣れたサイレンススズカは文句も言わずに体勢を取る。
だらりと両腕を下げ、閉じた瞳は自信満々の表情。
すでに“入って”いる。
それを見てジャックが頷けば、遊星が曲をかける。
もちろんBGMは『winning the soul』。
電子音が激しく響く。
サイレンススズカの足がリズムを取り、左拳を突き上げた瞬間、ジャックがカードを投げて曲を止めた。
「カードってキーボードに突き刺さるものだったかしら?」
キングヘイローの疑問は無視された。
サイレンススズカはセンターの振り付けじゃまずかっただろうかと見渡すばかり。
スピカトレーナーはカードナンデ!? カード怖い! 恐慌状態だ。
平然としているのは遊星だけ。
投擲されたカードを投げ返す余裕さえある。
曲を止めたジャックはというと怒り心頭といった様子でカードを受け取った。
「歌声を聴くまでもない。貴様、俺を甘く見ているな」
「そ、そんなことは」
「もうよい、下がれ」
有無を言わさず、ジャックが鏡の前へ。
静かにポーズを取った彼を見て遊星が頭から曲を流す。
何がいけなかったのか、未だ整理のつかないサイレンススズカは突き上げられた拳を見て驚いた。
まるで衝撃波でも走ったかのように全身が震え、頬が火照る。
全然違う!
ダンスは止まることなく続き、彼は架空のスタンドを掴んだ。
瞬間、叩きつけられる美声。
体が大きい男性の歌声はウマ娘のそれとは全くの別物。
あまりの衝撃にAメロが終わるまで意識が飛んでいたような気さえした。
なんという熱量、なんというエネルギーか。
幾度となくライブ会場で歌ってきたサイレンススズカは観客の姿さえ幻視した。
アトラス様ぁー! 素敵ですー!
きゃー! ジャックー!
もー! ジャックは私とうまぴょいするんだからーっ!
なぜか秘書風の美女、ウェイトレス姿の美女、瓶底メガネの女性の姿とかやけに具体的な幻視というか幻聴もしたがこれは見なかったことにしてもいいだろう。
結局気持ちの整理もつかぬままサビが終わり、そこでジャックのダンスも止まる。
圧倒的な力量の違いがそこにあった。
「分かったか、これが俺と貴様の違いだ!」
「……あなたが凄いのは分かったけれど、違いまでは」
「だから貴様はダメなのだ!」
無茶苦茶である。
違いが分からなければダメだと言われても、分からないから教えてほしいの。
そう言いたげなサイレンススズカにジャックはもう一度ダメ出しをする。
「優等生の皮を被った堕落の使途め!」
「滅茶苦茶言いやがる」
思わずスピカトレーナーがぼやくも、付き合いの長い遊星とキングヘイローにはジャックの言いたいことが何となく理解できていた。
「スズカ、ジャックのダンスはどうだった」
「どうって、凄かったとしか」
「他に何か気付かなかったか?」
「気付く……」
しつこく言われて、先ほどのダンスの中に何かしらヒントがあったのだろうと思い返してみる。
あまりの衝撃にもはやうろ覚えだがいくつか違和感があった。
「……そう、ダンスにアレンジが加えてあったわ」
よくよく考えてみると細かいところは大分違ったようにも思える。
『winning the soul』は随所に女性っぽい動きが取り入れられ、激しい曲調に埋もれない女性らしい強さが表現されていた。
しかし先ほどのダンスにそのような印象は微塵もなく、終始格好良いが渋滞していた。
まるで男性のために用意された男性のためのダンスのようだった。
「そう、本来複数人で行われるダンスとは一体感が求められるもの。
だがウイニングライブに求められるのは圧倒的個性だ!
ファンにとってレースとライブは紐づいている。
ライブを見ればそのレースを思い出し、レースを見ればライブを思い出す。
そういうものでなければならない!」
先ほどのアレンジは彼の個性ということなのだろう。
センターサイドであれをやられればやりすぎと言えるかもしれないが、彼の振り付けはセンターのもの。
つまりあれは彼のためのウイニングライブだったと思えば、あれこそが彼の表現したい世界なのだと誰もが受け入れざるを得ない。
サイレンススズカにはそういった芯がなかったのだ。
「貴様はレッスン通り、教科書通り踊ることしか考えておらん。
レースが求道ならばダンスも求道、それも構わんが見てくれているファンのことまで忘れては話にならんぞ。
貴様のダンスではせいぜいバックダンサーが似合いだ」
ここまで言われればさすがに分かる。
今日踊ろうと思った時にサイレンススズカは
答えは否だ。
正しいダンスの手順しか頭になかった。
俺のことを甘く見ていると彼は曲を止めたが、その通りだった。
今まで、正しいダンスは綺麗だから、綺麗なダンスをファンは見たいと思っていた。
だがそうではない。
ファンは綺麗なダンスを踊るサイレンススズカが見たいのだ。
「応援してくれるファンにどんな自分を見せたい?
貴様が考えるべきことはそれだけだ。
センターで踊るということはそういうことだと魂に刻んでおけ!」
「はい!」
究極な話、ダンスをベーシックのまま踊ることが答えならばそれでもいい。
これが一番好きだ、これが一番私に合っている。だからどう、これを踊る私は綺麗でしょ?
心からそう言えるものであれば何も問題などないのだ。
強い想いはウマ娘を輝かせる。
自信を以て繰り出されるダンスは彼女から一等の輝きを引き出すことだろう。
「己と向き合うのは得意分野だろう、貴様はしばらく隅で頭でも冷やすんだな。
キングヘイロー、来い」
「ふふん、見てなさい!」
入れ替わるように前に出たのはキングヘイローだ。
すでに二度ライブ会場で踊っている彼女だが今度こそはセンターで踊ってみせると意気軒高の様子。
「……どうやら杞憂みたいだったな、俺はチーム指導の方に戻るわ」
「はい」
基本通りに踊るキングヘイローをしり目にスピカトレーナーは部屋を出ていく。
それから数日後、サイレンススズカのダンスは目を見張るほどの変化を遂げ、チームスピカに激震を走らせることになる。
主に「お前、うまぴょいしたのか? ゴルシちゃん以外のサブトレと……」と聞いたゴールドシップのせいだが、その話はまたいつかの機会にしよう。
スペ「あげません!」
スズカ先輩を奪われたくないのか、スズカ先輩に奪われたくないのか。
乙女心は複雑です。
一言で表すと思春期です。
ちなみにジャックはバーニングソウルを漲らせながら踊りました。
万能調味料バーニングソウル。最強の地縛神も美味しくいただける。
ただし右手は燃える。
次回、『月のワルツ』にアクセラレーション!