暴走レゾンデートル   作:宿木ミル

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プロローグ「暴走の存在意義」

 静かな暮らしや平穏な毎日を望んでいた。

 人と付き合うことも、キル姫と一緒に戦うことも、私には興味がなかった。

 森でひとり、ただ静かに生きて、異族が襲い掛かってきた時だけ対応して、それ以外は自給自足の生活をして、誰とも関わらないで自然と一緒に生きる。

 そんな日々がいつまでも続いていくと、私は信じていた。

 今日、暴走した私自身……イミテーションに出会うまでは。

 森から抜け出すことになるなんて、昨日の私に言ってもきっと、信用されないだろう。それくらい突拍子で信じられない出来事だった。

 

「……それでも、進もうと思いましたから」

 

 夜の宿。窓から見える月はこうこうと、変わらないまま輝いている。

 変わったのは私自身、そして私の立場。

 ……まだ、不安が残っている。

 けれど、明日になったらなにか変わるだろうか。

 わからない。

 わからないけれど、今はただ、森を抜け出すきっかけとなった出来事が流れつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の騒音。

 それは、いつものトラブルとは異なっていた。

 私が居座っている森は人が寄り付かないような奥地にあるのもあり、動物たちが争いあったりすることは多い。

 森に迷い込んだ異族が動物に襲い掛かり、混戦になっている場面も見かけたことがある。

 けれども、今日の音はそれらの騒動とはなにか、違っているようにも思えた。

 

「……強大な力を持つ異族がやってきたのでしょうか」

 

 木々が倒れるような音がした。

 空を見ると、鳥たちが慌ただしく森から飛び立っている。

 木の大きな枝に座っていたとしても感じられる大地の揺れもあった。

 ……地震ではない、とはなんとなく察することができた。

 大きな力が動いている。

 

「どうにか追い払えたらいいのですが……」

 

 このまま森が失われていくと、私の居場所がなくなってしまう。

 そうなると、新しい場所を見つける為に大きな移動を余儀なくされる。その途中でもし倒れたりなんてしたら、助けてくれる人はどれほどいるのだろうか。

 今、暴れている存在を追い払うとしても、もし自分の命を奪われるなんてことがあったらどうしよう。重傷を負って、動けなくなったら治療してくれる人なんているのだろうか。

 

「できる限りのことは、やってみないと……」

 

 音が近づいてきている。

 目の前で、木がなぎ倒されていく。

 逃げる、という選択は取れないと感じた。

 逃げたら、襲われる。

 直感的にそう思えた。

 私もキル姫だ。だから、他のキル姫のようにはならずとも、少しなら戦える。

 使い慣れた杖を構え、敵の襲撃に備える。

 木々の間から、何かが襲い掛かってくる。

 ……速い。

 だけど、まだ、なんとか目で追える。

 

「……つっ!」

 

 私に対して振り下ろされた杖の一撃を、こちらも杖の腹で応戦する。

 武器の種類は同じ。

 異族でもない。

 少女の姿をしている。

 そして、私よりも強い力を持っている。

 このまま受けていたのでは、圧し潰される。

 

「……やぁっ!」

 

 杖が折られないように、力の重点を逸らして、薙ぎ払う。

 直線的な攻撃をしていたからか、相手は対応しきれず、弾き飛ばされた。

 魔弾での攻撃の方が撃退する火力は伸ばせる。けれども、まずは距離を取って相手の確認をしたかったのだ。

 敵が何者か、異族でなければ、なんなのか。

 杖を持っている。

 手負いで、傷ついていた。

 断片的に情報が頭の中で整理させても、相手が何者か、までは想像できなかった。

 

「アアアアアアアアァ!」

 

 私が考えていたその時、聞き覚えのある声が、叫び声にも近い咆哮をあげていた。

 右手で木を壊しながら、彼女は私に迫ってくる。

 

「……そんな」

 

 私には知り合いがいない。

 交友を持っていた人なんて、いままでいなかった。

 それなのに、知っている。

 聞き覚えがある声をしている。

 その理由はわかっていた。

 

「暴走した……イミテーション……」

 

 慟哭の声をあげて、私に迫ってくるキル姫。

 そう、それはまぎれもなく私のイミテーション……つまり、ミストルティンだった。

 目の色が黒く濁っている。

 髪や服は固まった血が付着して、平穏とは遠い自分を感じさせる。

 両腕も生傷が多く、出血が止まっていない。

 傷つけられながら、どうしてここに到達してきたのか。

 なぜ、私の元に向かってきたのか。

 ……わかっていた。

 

「……淘汰、ですよね」

 

 傷ついた身体で、暴れまわり、それでも私と対面した。

 目的は、淘汰。

 本能的に行うべきことを理解して、私に襲いかかってきたのだ。

 逃げることはできない。

 淘汰は、キル姫に定められた宿命なのだから。

 相手が暴走したキル姫なのだとしても、どちらかが倒れるまで続いていく。

 他の誰かの加勢がやってくることもない。

 

「わかりました……」

 

 乱暴に杖が振り下ろされる。

 もう、迷っている時間はない。

 

「戦いますっ……!」

 

 その一撃を背面に跳んで回避。

 勢いを保ったまま、杖に魔力を込め、攻撃用の魔弾を解き放つ。

 ホーリービラー。光の柱による牽制だ。

 

「アアアァ!」

 

 効いている。

 傷ついた身体を無理に動かしていた影響か、傷口が開いている。

 しかし、それでもイミテーションの動きは止まらない。

 叫び声にもよく似た咆哮をあげながら、彼女が迫ってくる。

 次は、横振り。

 一回目の回避の動作が大きかったのもあり、避けきれない。

 

「最低でもっ……」

 

 直撃を避けるように杖を構え、一撃を受ける。

 しかし、最初の一撃のように、勢いを受け流すことはかなわなかった。

 

「きゃあ……!」

 

 杖の直撃は避けられたものの、振り回された力の強さもあり、大木の元まで叩きつけられてしまった。

 

「……まだ、大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言葉にする。

 乱暴にぶつけられて、意識が飛びそうになっている。けれども、まだ生きている。

 死んではいない。

 暴走したイミテーションが持つ握力は私のものを遥かに上回る。当然、俊敏性も、技術力も私よりも高いだろう。

 私がいま、彼女より優位に立っている点。それはきっと、いま、持っている体力だ。

 イミテーションの身体は戦闘が得意ではない私が見てもわかるほどに傷ついている。息もたどたどしく、切り傷も多い。極限まで追い込まれた状態で、それでも立っているように思える。

 それに比べ、私は今受けた一撃以外は捌けている。このやりとりを続けていたら、追い込まれてしまう可能性こそあるものの、まだ動くことができる。

 ……体力に余裕がある間に強烈な一撃を加えられたら、私でも勝つことができるはずだ。

 

「アアアアアァ!」

 

 喉が裂けるような声で、彼女が叫ぶ。

 あの声は怒りなのだろうか。

 それとも、悲しみなのだろうか。

 哀しみか憤怒か。

 戦うことの喜びか、それとも楽になりたいという声なのか。

 ……私には、その声がわからなかった。

 けれど、私にできることはある。

 彼女を淘汰すること。

 キル姫として、彼女を倒すのだ。

 杖を構えて魔力を込める。

 この一撃で彼女との戦いを終わらせる為に。

 

「お願い、うまくいって……!」

 

 相手の行動が発生するより先に私が動く。

 杖の魔力を解き放ち、大地に力を注ぎこむ。

 イミテーションの肢体に周囲にあった木々から蔦が伸び、拘束する。

 

「アアアァアアアアア!」

 

 イミテーションは強引にそこから逃れようと、身体を揺さぶる。このままでは蔦が引きちぎれてしまう。だから、次の手で終わらせる。

 

「……当たって!」

 

 背面の大木に与えた魔力で、成長させた枝のイミテーションの身体に突き刺す。

 狙う箇所は心臓。

 ためらわない。

 迷わず動かした枝は彼女の中心に、確かに刺さった。

 

「アア、ア、ア、ぁ……」

 

 目の色が普通の私の色に戻り、イミテーションの私はその一刺しで静かに命を落とした。

 ……穏やかな表情を浮かべて。

 

「……淘汰、おわりました」

 

 彼女の身体が消えていって、私とひとつになっていく。

 近付いて見つめてみた彼女の姿は、私なんかよりも大人びてみえた。

 

 

 

 

「……そういう、ことだったんですね」

 

 イミテーションと同化した私は、彼女の記憶を探ることができた。

 ひとりで暮らしていた時、マスターと出会い、励ましてもらった記憶。

 彼女が『トルテ』という愛称で呼ばれていたこと。

 段々増えていく仲間と談笑して、こんな日々がいつまでも続けばいいのにと思った願望。

 ……異族の集団に襲われ、マスターと、隊のみんなと逸れ、まばらになってしまったこと。

 ……そして、戦場でマスターに再開した時にはもう、彼の手が冷たくなっていたこと。

 彼女の記憶が、まるで自分が味わったことのように私の中に流れてくる。

 力不足で、多くのキル姫に犠牲を出してしまい、それでも自分が生き残っていることが嫌で嫌で、もうこんな世界はどうにでもなってしまえばいいと思っていたことも、全てが伝わってきた。

 

「……お疲れさまでした」

 

 いまはもういない私に、そっと頭を下げる。

 私はあのイミテーションの私のように、社交性よく生きることはできないだろう。談笑しあう仲なんて、考えもつかなかった。

 私を変えてしまったものが全て失われてしまったのなら、それを壊した世界をねじ伏せてしまいたくなる気持ちも、わからないわけではなかった。

 ……それでも。

 

「私は、あなたが持っていたことを受け継いで生きていきます」

 

 ここで感情を爆発させてしまったら、彼女が生きてきた事実を蔑ろにしてしまうだろう。そう考えて、私は前を向くことにした。

 

「……どうしましょう」

 

 彼女の為に、よりよく生きる。そんな目標を作るのは簡単だ。

 しかし、やっていなかったことをすぐにやれるようになるなんてことはわからない。だからこそ、私は悩んだ。

 

「少し、いいかな」

 

 考えていると、ふたりの人物に話しかけられた。

 

「マスター、その、大丈夫なのか?」

 

 そのひとりは長い黒髪が目立っているキル姫だった。

 ……前に森で別の彼女を見かけた気がする。

 

「問題ないはずだよ、クラウ。いま、彼女は落ち着いているじゃない」

「それはそうだが……もしもという時があるだろう」

「その時はその時。それ以上にわたしは今、彼女に話が聞きたいから」

 

 クラウ。そうだ、クラウ・ソラス。

 生真面目だったのをよく覚えている。

 あの時に見かけた彼女とは違っていても、クラウ・ソラスなことには間違いない。

 

「あなたは、いったい……」

 

 けれども、もう一人のことはわからなかった。

 マスターと呼ばれていて、女性なことは容姿からもわかった。

 ……そして、私のキラーズが共鳴していることも。

 

「はじめまして、ミストルティン。わたしは対暴走執行官のソクラ」

 

 丁寧に、まっすぐお辞儀をしたのちに、彼女は私の言葉を繋げた。

 

「どうか、わたしの仲間になってほしいんだ」

 

 私の新しい道を示すような言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の宿。

 月を見つめ、消灯した家が並んでいるのを確認し、世界が変わったことを実感する。

 まだ、ソクラというマスターの性格なども理解していない。

 対暴走執行官というものがなんなのかも、彼女と一緒にいるクラウ・ソラスのこともわからない。

 あのイミテーションはソクラとクラウ・ソラスが追い詰めた時、偶然近くに私がいたから淘汰に向かったという事情があったというのはわかった。

 暴走したキル姫を討伐した野良のキル姫は、通常のキル姫と比べると暴走が発生するリスクが高く、奏官が保護した方がいい、なんて話は聞いた。

 状況に応じて不穏分子として処分させられることもあるというのも街に戻るまでの間に説明された。

 

「まだわからないことは、多いですが……」

 

 それでも、この選択は間違ってなかったと信じている。

 

「私は、私として頑張ってみます」

 

 街に戻る帰路の間に、色んなことを質問された。

 私自身のこと、いままでの生き方に、考え方。

 暴走したイミテーションの記憶も事細かに訪ねてはメモしていた。

 

『彼女が生きてきた証をしっかり遺しておきたいんだ。暴走したキル姫を暴走した存在とだけ見て処理するのは簡単。けれど、それだとなにも遺らない。だから、彼女がいたという事実を少しでも形にしたい。わたしはそう思ってるんだ』

 

 自分の行動の理由を問われた時、ソクラはそう言葉にしていた。

 こういうことをする執行官はそうそういないかもしれないと自分で苦笑していたけれど、私は少しでもその力になりたいと思った。

 

「……『トルテ』が私に淘汰されて、今、私がここにいる。それはきっと意味があること、ですから」

 

 イミテーションの私が呼ばれていた『トルテ』という名前が他の人に知ってもらえた時、私自身、救われた気持ちになった。

 彼女が生きてきたことが認められたみたいで、自分のことのように嬉しい気持ちになった。

 だから、今は私にできることを、精一杯やってみよう。

 そして、マスターの手助けをしよう。心からそう思っていた。

 空に移る月を見つめながら。

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