宿の寝室の窓から朝日が降り注ぐ。
……森以外の場所で迎える朝。
しっかりとしたベッドの上で眠ることは少なかったから、少しだけ新鮮な気持ちだ。
上体を起こして、軽く伸びる。
……問題なく今日も動けそうだ。
「おはよう、ミストルティン。調子はどうだい?」
目覚めたばかりの私に朗らかな声が届く。
クラウ・ソラスの声だ。彼女はもう私服に着替えている。
「お、おはようございます。……調子は、問題ないです。気持ちが必要以上に不安に襲われているということもありません」
「それならよかった」
まだ少し眠気はあるけれども、のんびりするのもよくないだろう。
隊に加わったばかりの新入りの立場なのだから、足を引っ張らないようにしないといけない。
「あの、ご迷惑にはなってませんよね……?」
「迷惑?」
「いえ、行動時間を狭めてしまっていたなら申し訳ないと思って……」
「問題ないよ。私が朝早くから鍛錬してるだけだからね。だから、ミストルティンは気にしなくていい」
「わかりました」
含みを込めた言い方、というわけではないだろう。まっすぐな声で私に話しかけてきているのは様子を伺っていてもわかる。
行動できるように、荷物を整えていく。
寝間着から着替えるのはいますぐではなくてもできる。
「ソクラさんは……?」
「マスターかい? 彼女なら、いま教会に赴いて色々手続きをしているよ」
「ラグナロク協会ですね」
「今回出会った暴走したミストルティンの報告、それから事後処理と君を仲間に加えたことの伝達、次の任務の請負といった事務をしてるんだ」
「……私、仕事を増やしていないでしょうか?」
「いつもの任務後の仕事さ。ミストルティンが特別気負いする必要はない」
「すみません、気にしてばかりで……」
「構わないさ。むしろ、マスターとしっかり話をする時間を設けられなくて、こちらこそ申し訳ない」
「き、気にしないでください。新入りですし、お話できる時にしっかり話そうとは思っています」
まだ聞きたいことはある。
迷惑にならないペースで可能な限り会話をしたい。
私のマスターなのだから。
「クラウ・ソラスさんは……」
「クラウでいいよ。呼びずらいだろう?」
「えっと……」
流石に愛称で呼び捨てにしてしまうのは、気にされてしまうかもしれない。
「……クラウさんは、こうした時間は、どう過ごしているんですか?」
硬くなりすぎないように、言葉を選んで会話する。
私の問いかけに対してクラウ・ソラスは苦笑しながら答えてくれた。
「ちょっとした休暇として、自由時間を貰っているんだ」
「そうなんですか……?」
「自由行動してていいとは言われているね」
「それは、つまり……」
「私もミストルティンも、街で自由にしていていいということさ」
街で好きに行動していい。
それは、私からしてみると難しい要求をされているようにも感じた。
「どうした、そんな深刻そうな顔をして」
「い、いえ。あまり、街で自由にするということに慣れていないだけです……」
「……だったら、一緒に街を歩いてみるなんてのはどうかな」
「クラウさんと、ですか?」
「ミストルティンが嫌じゃなければの話だけどね」
爽やかな態度が私には眩しく感じる。
だけど、厚意を無碍にしたいとは思ってもいない。
「……わかりました、迷惑にならないように一緒に行きます」
「よし、わかった。少し宿でのんびりしてるから、準備が出来たら言ってくれ」
「はい」
そう言葉を残し、クラウ・ソラスは寝室から抜け出した。
……待たせるわけにはいかないだろう。
それとなく素早いペースで服を着替えるなどの身支度を整えることにした。
「す、すみませんっ、待たせてないですよね」
普段着に着替えたのち、私はクラウ・ソラスと合流した。
彼女は落ち着いた様子で椅子に座っている。
「あぁ、問題ない。むしろ、ミストルティンの方こそ平気かい?」
「何がですか?」
「少し息が上がっているように見えたんだ」
……彼女の指摘の通り、私は息が上がっていた。
「その、焦ってしまって……」
「あんまり人と関わってないから、待たせると悪いと思った、と」
「……そうですね」
「なに、私はいくらでも待てるさ。それに、ミストルティンは真面目だから、不誠実なことはしないって思ってるよ」
彼女の眼差しはやはり眩しい。
私が一緒にいるとくすんでしまうのではないかと思うくらい、輝いている。
「さて、一緒にいこう。ミストルティンはどこか行きたい場所はあるかい?」
「特には思い浮かびません……」
「なら、街を歩くついでにこちらの用事を済ませてもいいかな」
「はい、大丈夫です」
「よし、出発だ」
勢いよく、クラウ・ソラスが椅子から立ち上がる。
……なにかトラブルが起こったりしませんように。
心の中でひっそりと願った。
堂々と歩くクラウ・ソラスから離れすぎないように丁寧に私も歩いていく。
街には人がいっぱいいる。
油断すると、すぐに人の波に襲われてしまいそうだ。
ぼんやり遠くを見つめていると、奏官とキル姫が寄り添うように歩いていたりもしている。
「珍しい光景かい?」
隣からクラウ・ソラスに話しかけられて、ぼんやりしていたことに気がつく。
「はい、森ではいつもひとりでしたので……」
「誰かやってきたりした、なんてことも」
「そうですね、基本的にはなかったです。……強いて印象的だったことを挙げるとしたら、周辺の村から抜け出して迷子になってしまった子がいたくらい、でしょうか」
「その子は大丈夫だったのか?」
「はい、森の抜け方は熟知してましたので、方向がわかればしっかりと送り届けることができました」
「それなら良かった」
ふと、話をしている最中、表情が変化していくクラウ・ソラスに目がいった。
「私は、できることをしただけです」
「そうだとしても、手助けしたのはミストルティンの優しさがあるからと思う。だから、誇っていいはずさ」
心配する時は、辛そうな表情になり、鼓舞する時は凛とした顔になる。嬉しいときにはしっかり笑っていたりもする。
……嘘とは無縁な、まっすぐさを感じた。
「……ありがとうございます」
だから、私も応えるべきだろう。
彼女と隣にしっかりと戦えるように。
「到着したよ」
会話をしながら進み、たどり着いたのは街の工房だった。
少し大通りから外れた場所にあるからか、人影は少ない。
工房にいる鍛冶師が出入りしているくらいだ。
「おやっさん、今日はいるかー!」
大声でクラウ・ソラスはそう問いかけると、おやっさんと呼ばれた人はすぐにやってきた。
「おう、クラウの嬢ちゃん! その様子だとピンピン生きてるなァ!」
かなり大柄な男性だ。
筋肉で身が引き締まっていて、頭髪は白い。
年を老いているようには思えない体格で、少し身を引いてしまう。
「あぁ、今回もうまく生き延びることができたよ。おやっさんがしっかり武器を鍛えてくれたお陰さ」
「はっはっは! そうだろう! 今後もごひいきに使ってくれよ!」
「工房長も無理はしないでくれよ」
「オレは生涯現役を願ってるからいいのよ!」
いい人なのはなんとなく様子から見てもわかる。
けれども、声が大きいのもあって、ついビクッと反応してしまう。
「んで、そっちにいるのは誰だ?」
「新しい仲間さ」
「ミストルティンです。……よろしくお願いします」
なるべく刺激しないように丁寧に受け答えする。
「おう、クラウの嬢ちゃんに比べるとやけに気が小さそうじゃあないか!」
「す、すみません。あまり、人と関わるのは得意ではないので……」
「そういう奴だって結構すげえってぇのは知ってるよ。ここの工房の奴らにゃ、どうもおしゃべりが苦手な奴もいてなァ」
「おやっさんは話すのが好きじゃないか」
「オレ? まぁ、オレはかわいい子と話すのは趣味だからな!」
そういうと、はっはっはと豪快に笑った。
……私が凄い存在かどうかはわからない。けれども、慕われている男性なことは、工房から響き渡る音からもなんとなく想像できた。
「で、ここに来たってことは武器のメンテだろ?」
「あぁ、ついでに義手の調整とミストルティンの武器の調整もお願いしたい」
「あいよっ!」
「私の武器も……ですか?」
「ミストルティンが嫌ならしないでもいいが……」
「いえ、調整してもらえるのは嬉しいのですが、その、お金なんかは大丈夫かなと……」
長く使っているのもあって杖の状態は完全とはいえないかもしれない。これから戦いに自分から赴くことが多くなるのなら、調整するのは必要だろう。
……ただ、私個人の為にお金を使うという行為に対して、内心不安を感じていた。
「気になさんなっていいってミストのお嬢! ここのマスターはたんまりお金を持ってるからな!」
「……そうなんですか?」
ミストのお嬢、という不思議な呼ばれ方に困惑しながら、私はクラウ・ソラスの方を向いた。
「マスターが請け負っている任務は通常の奏官では対処しないような特殊なものが多いからね。それなりの資金の手持ちはあるよ」
「オレが趣味で作った高額な値を付けた宝刀なんかを余裕で一本持って帰れちまうくらいたんまりってわけだ!」
「だから、お金のことは気にしなくていい。それなりに自由にやりとりできるだけの余裕はある」
「そう言われても……」
だからといって、たっぷり使おうという気持ちになれるほど大胆なお金の使い方をする、というのにはちょっとした抵抗がある。もしも、急に貧乏なんかになってしまったらもっと不幸になってしまいそうで。
……ただ、ここで下向きな気持ちで受け答えしても、厚意を裏切るようなことになってしまうだろう。お願いしてみてもいいのかもしれない。
「……その、まずは武器の手入れをお願いしてもいいですか?」
「あいよっ」
そっと差し出すように私が普段から使っている杖を工房長に手渡す。
「こいつは……ガイアコアか!」
「ガイアコア……?」
丁寧に形状を確認した工房長が、杖の名前を口にした。
名前もわからず使っていたので、珍しいものを見たような表情を向けられても、どう反応すればいいのか考えてしまう。
「ミストの嬢ちゃんは知らないで使ってたのか?」
「えっ、はい。……偶然手にしたこの武器が使っていて扱いやすいと感じたので、使っているだけでした……」
「そうか、拾い物なのか」
私が考えるよりも、もっと難しそうな表情で工房長が考え込んでしまった。
「なにか、いわくつきの武器なのか?」
クラウ・ソラスが心配そうな表情で訪ねる。
「神地杖ガイアコア。こいつぁ大地の力を操れる杖だ。扱い方によっては小規模な戦術兵器として使うことだってができるから、地域によっては使用を禁止されていることも多い武器さ」
「……そんな危ないものだったんですか」
真剣な声で語る工房長の声を聞いて、不安の感情が募っていく。
……やっぱりトラブルを引き起こしてしまった。
そう思って、気持ちが落ち込む。禁止されているようなものを持ち込んでしまうなんて。
「ただしだ」
「は、はいっ」
急に顔を覗きこまれてしまったので驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。
「熟練したキル姫が運用するんなら話は別だ」
「そ、そうなんですか?」
「ミストの嬢ちゃんはこの杖に魔力を注いで地震を引き起こしたことはあるかい?」
「……大規模な地震はないです。普段は植物に力を与えることに使っているので、そうした地形変動はあまりしていません」
「なるほど、気を付けて使ってるんだな?」
「は、はい、なるべく迷惑にならないように意識しています」
「意味もなく力を使う、なんてこともないんだな?」
「危険ですし、これからもしたいとは思っていません……」
「……なら、大丈夫そうだな」
工房長が覚悟を決めたような表情に変わる。
「よし! 嬢ちゃんの武器の調整、オレが引き受けた!」
「……いいんですか?」
「オレはミストの嬢ちゃんなら、この武器を正しく扱ってくれるって信じてるからな!」
そんなに話もしてないのに、工房長は私を信頼してくれた。
……それならば、私も頑張ってみたい。
「わかりました。うまく使いこなしてみせます……!」
「おう、その気持ちがあればどんな戦場だって乗り越えられるぞ!」
なんだか背中を押してもらった気分だ。
他人と話していて、前向きになったのは久しぶりかもしれない。
「おやっさん、霊装は武器に取り入れる予定かい?」
「あぁ、そのつもりだ」
話がひと段落したことを確認して、クラウ・ソラスが武器の調整についての質問を飛ばしていた。
「私が愛用しているカルマと同じように、補強した際に性能が向上するなんてことは?」
「ガイアコアなら水晶刀カルマのように霊装が特殊な反応をするってぇのは聞いたことはあるな」
「……なら、調整し終わったら実戦前に鍛錬しておいた方がいいな」
鍛錬するのには抵抗はない。
ただ、色々問いかけているクラウ・ソラスの様子が少し気になった。
「勝手が変わったりするんですか?」
「あぁ。武器に秘められた力が引き出される都合、基本の性能が同じものだったとしても、やれることが変わっていくからね」
「霊装という技術で、ですか……?」
「うん。ちゃんと自分の武器で実感してるから、それは断言できるよ」
「それなら、わかりました」
真面目な彼女がそういうのなら、本当のことなのだろう。
武器の感覚を掴むのは必須そうだし、連携をうまく取れるようにもするべきだ。やることが多くても、頑張らないと。
「さぁって、一仕事していっか! 先に義手だけ見せてくれよ! クラウの嬢ちゃん」
「あぁ、構わない」
クラウ・ソラスが工房長に近づき、義手を見せる。
真剣な表情で点検を行っている。
「動かしていて気になったなんてことは?」
「ないな」
「軋んだりもしてないな?」
「支障はなかったよ」
「特殊な冷え込んだ地域に赴くなんてことはあったりするか?」
「それはまだわからないな。マスターの任務次第だ」
「まぁ、今の時期ならそんな急激な気候が存在するような場所にはいかなそうだから気にしなくていいか……っと!」
満足げな表情で工房長が笑う。
「今回は問題なし! 派手にぶち壊れてないし、損傷もなし。前回のメンテと状態は変わってないぞ!」
「新しいものに取り換える必要もないのか?」
「できねえわけじゃねえが、まだ新品同様に動かせるだろ?」
「……そうだな。すぐに取り換えるのはもったいない」
「なら、大事に使ってくれ。もしぶっ壊しちまってもオレが作ってやるからな!」
「頼もしいな、おやっさんは」
クラウ・ソラスも信頼した相手に向ける、明るい表情になっていた。
……こういう関係性は他人と積極的に関わっているから発生するものだ。私もしっかり見習っていきたい。
「んじゃあ、次は武器のメンテだ。二人分、工房の奴ら使ってきっちり強化してやつから楽しみに待ってろよ!」
「どれくらい時間はかかるんでしょうか……?」
「休憩も挟むが、お昼のしばらくあと……そうだな、今から三時間後には完成するようにはしておく予定だ。だから、嬢ちゃんたちは休暇でも楽しめばいい!」
「わ、わかりました」
ぺこりと頭を下げる。
「お昼に向かってもいいのかい?」
「あぁ、勿論だ! その間にがっつり作業してやるからな!」
「わかった、ならお昼に行こう。ミストルティンもそれでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「よし、お昼に行こう」
急かしたりする必要もないし、心配なことはほとんどない。
工房長に武器を預け、私とクラウ・ソラスは、一緒に街でお昼を食べに行くことになった。