「お昼に行くお店も常連さんだったりするのでしょうか……?」
街を歩く傍らで、クラウ・ソラスに尋ねる。
「いつも使ってるお店だから、顔は覚えられてるかもしれないね」
「……私が新入りなこともわかりそうですね」
「それは間違いないかもな。ところで、ミストルティンはどういう食事を好んで食べるんだ?」
「そうですね……肉を食べるというより、山菜を食べることが多かったのもあって野菜系の食事の方が好みかもしれません」
「ステーキのようなものは」
「あまり食べたことはないです……」
「それはもったいない。食べてみるのをお勧めするよ」
「……脂っこいものを食べてしまうと、胃がびっくりしてしまいそうで……」
「なら、ささみなんてどうかな。さっぱりした肉は野菜と一緒に食べるともっといい感じになる」
「……悪くないかもしれません」
自分からレストランのような場所に立ち寄ったことはなかったものあって、きっちりした料理を味わうのは久しぶりかもしれない。
自分で作る分には、焼き加減や毒の有無に気をつければ問題なく食べることができる。けれど、公共の場の食事は、緊張して食欲が失われてしまわないかを考えると、少しだけ心配だ。
「……あの、クラウさん」
「なんだい?」
だから、念の為に言葉にする。
「その、全部食べられなかったりしたらすみません……」
「気にしなくていいよ。もし食べられなかったとしても、マスターや私が食べるからな」
安心させるようにする為か、健やかな表情でクラウ・ソラスがはにかんだ。
「……マスターも一緒にいるんですね」
でも、その中にあった言葉で、私はやっぱり不安になってしまった。
マスターも一緒に食べるという事実。
「もしかして、伝えきれてなかったかい」
「はい、今聞きました……」
「合流して、お昼を一緒にする、というのも」
「知らなかったです……」
「……朝、急に言われてたから、すっかり言いそびれてしまってたな……申し訳ないっ!」
全力で頭を下げてくる。
予定をしっかり聞いてこなかった私も悪いから、首を横に振って返答した。
「あ、謝らなくて大丈夫ですっ! 私は平気ですから……」
それでも、お昼のことを教えられたのもあって、もっと緊張してしまいそうだ。
マスター、つまりソクラも一緒にいる。気持ちが落ち着かない。
「食べにくかったら、テイクアウトもお願いできるが……」
「一緒に食べるので平気です。……色々、慣れないといけませんからね」
ここで内気になっていたらいつまでも前には進めない。
さっきのクラウ・ソラスのやりとりのように、私もしっかりと色んな相手と話せるようになるべきなのだ。マスターに対して、引っ込み思案を発揮するわけにはいかない。
「わかった。……無理はしないようにしてほしい」
「その言葉だけでもありがたいです……」
クラウ・ソラスの心配の言葉に感謝を伝えて、彼女の後ろを歩いていく。
それから少しの時間が経過して、クラウ・ソラスが案内してくれたレストランに到着した。
少しの間だけ、会話がないタイミングがあったのは、私が空気を悪くしてしまったからに違いない。だから、反省したい。
「ここだよミストルティン。マスターは……」
「わたしはここにいるよ」
お店の正面。やっほー、とわざとらしく手を振って今の私のマスター……ソクラが合流してきた。
深緑色で、少し髪伸ばしているソクラは、私なんかよりずっと大人のように見える。瞳の色も透き通っていた水のように綺麗な青い色をしていた。
「その、こんにちは。ええと……」
マスターというべきか、ソクラというべきか。
どうするか悩んでしまう。
「なるべくはマスターって呼んでもらえたら嬉しいかな」
そうしていると、軽く微笑みながらソクラが私に呼び方を提案してきた。
「……それでいいんですか?」
「これでも結構恨みを買いやすい仕事してるからね。個人を特定されない名称の方がやりやすいんだ」
「恨み……」
「元々は奏官と一緒にいたキル姫を討伐する、なんてことも多いからね。仕方がないと思ってるよ」
「そうですか……」
初対面で感じた達観した雰囲気はそのまま、彼女の表情は変わらない。
悲壮な覚悟、なんて様子もは微塵に感じない。自分のやりたいことをやっているという態度だ。
「わかりました。これからは、マスターとお呼びしますね」
「プライベートな場だったら気軽に名前で呼んじゃってもいいけどね。クラウもそうしてるし」
「マスター呼びだけにしてると、寂しそうにするからな」
「そんな表情してる?」
「してるさ」
「……わかりました。なるべく、意識していきますね」
「そうだなぁ、お風呂とか一緒にしたときとか一緒の寝室とか、そういう場所で言ってもらえたら気持ち嬉しいかも」
「……少し近い距離の空間で、ということでしょうか」
「あはは、そういう言い方もあるかもね。気を許せる場面だったらいつでもいいよ」
「……はい、そうします」
ゆったりしているようで、はっきりもしている。
そんなソクラの態度は不思議と波長に合う。苦手ではないのかもしれない。
「さてと、お昼、一緒しよっか。そっちの用事も終わってるんだよね」
「あぁ、武器はもう預けてきてある。義手のメンテも支障なかった」
「それならよし。わたしも依頼の報告と受注は済ませてきたから、色々身軽になってるし、美味しく食べられそうかな」
店前の会話はほどほどに、私たちは料理の注文に進んだ。
クラウ・ソラスはステーキや麦茶を、ソクラは人参のスープや野菜のソテーを、私は野菜のパイと紅茶を注文して店の外の席に座ることになった。
「……店内じゃなくてよかったんですか?」
料理が届くまでの時間、ソクラに尋ねてみる。
「人の気が少ない方が食べやすそうだなって感じたから、こっちにしただけだよ」
微笑しながらそう返答してきた。
……なんだか心を読まれたような気持ちになるけれど、その配慮はありがたかった。
「……ありがとうございます」
「まぁ、わたしも人がいっぱいの場所は得意じゃないからね。クラウも心おきなく肉料理食べれると思うし」
「私はそんなに気にしていないが」
「そうかなぁ。この前がっつり食べてるのを目撃された時、女っぽくないのかななんて気にしてたけど……」
「それはそれだろう。……そこまで、気にしては、ない」
「あはは、そういうことにしとく。ま、ゆったりした方が色々と楽だから外にしたってだけだよ」
私だけではなく、隊の全員のことを考えている。
穏やかそうな雰囲気をしているけれど、視野が広いのを感じ取れて、とても凄いと思う。
「こういう平和な時間は生きてるって気持ちになれて好きなんだよね」
「というと……」
「そのままの意味。お役所様に言葉を選んで話をしたりするのも、事務関連でごたごたするのが多くなると疲れちゃうし、非日常でいっぱいになっちゃうから」
「仕事量、多いのですか……?」
「うーん、そこまでではないけど、ちょっと大変。クラウもそう思うよね」
「ん? あぁ、仕事のそのものの量はそこまでない。ただ、特別な任務が与えられることが多いから、それの手続きが多いだけだ」
「教会に提出する資料を作ったりとかする時は、結構時間がかかったりするよね」
「手が足りないときはいつも手伝ってるな」
「うん、助かってる」
特別な任務。それは対暴走執行官という役職から、理解はできる。
暴走したイミテーションを討伐するのが主な仕事。私のイミテーションを追いかけていたのはソクラたちだったし、仕事途中に偶然出会ったのはその時の様子を見ていてもわかっていた。
「私も慣れてきたらお手伝いできるようにします」
「それは願ったり叶ったりだけど……仕事が波長に合うかまではまだ未知数だから、初任務が終わったらそれは考えよっか」
「向いてないのでしょうか……?」
「ひとつひとつの仕事の結果を引きずりすぎたら、心が疲れちゃうってこと。ミストルティンはちょっと繊細っぽいから気を付けてほしいなって思うの」
「……気を付けます」
暴走した存在と向き合うこと。
その行為ひとつひとつに心を蝕んでいたら、動けなくなってしまう可能性だってある。
ソクラの言葉を警告として受け止めた。
「その表情」
「……え?」
急に指を指されてしまったのできょとんとした顔になる。
「私と一緒に戦い始めたころのクラウによく似てる」
「確かに、活動を始めたころの私によく似てるな」
「そうですか……?」
いまいち容量が得ないので、首を傾げる。
「全てをしょい込もうとしてる人の顔だよ」
「責任を感じすぎていると……」
「あぁ、私から見てもそう思う」
「クラウさんまで」
表情に感情が浮かびやすいのかもしれない。
ふたりに気持ちを看破されてしまった。
「ねぇ、ミストルティン。人の手ってふたつしかないでしょ?」
「……そうですね」
「目もふたつで、耳もふたつ。口はひとつで、鼻もひとつ……」
ソクラはひとつひとつ、自分が話した言葉の箇所を触りながら話を続ける。
「そんなわたしたちがすべてを観測できるなんて、思ってないんだ」
「限界があると……?」
「ふたつの手で持てるものは限られてるし、ふたつの目で見れる世界も広くはない。音を聞き取る耳だって隣町の音は聞こえないし、遠くのお店の美味しい料理の香りを知ることだって叶わない」
雄弁に、はっきりとした態度でソクラは語る。
「だからこそ、わたしたちに今できることをしていくべきだって思うんだ。わたしの立場でやれることをして、街や村にいた人を守ったり、それとは別に暴走した存在のことも調査する。できることをするようにね」
「……それがマスターの仕事、ですか?」
「そういうこと」
背負いすぎず、できることをする。
ソクラの言葉がすっと心の中に入ってくる。もしかしたら優しい話し方をしていたからかもしれない。
「わかりました。私にできることを頑張ります……!」
「その意気だよ。わたしも極力手助けするね」
「私の力も使ってほしい」
「頼りにします」
私を支えてくれる存在が増えたこと。その事実が私の心を前向きにしてくれる。失敗することはあるかもしれない。けれども、きっと頑張れば報われるはず。
「……私も同じ話をマスターから聞いたな、懐かしい」
「前から変わらない行動理念だからね」
「あの時からは前に進めてるのかな」
「進めてるはずだよ。大丈夫」
「……クラウさんも、心配性だったんですか?」
「心配性じゃなくて、生真面目だね。クラウもミストルティンも真面目さん」
「マスター、私はそんなに真面目ではないかもしれないよ」
「私も真面目かと言われたら、正直なところ、わかりません……」
偶然同じような言葉が一緒のタイミングで発せられる。
つい、私はクラウ・ソラスの方を見つめてしまった。
彼女も私の顔を見つめて、驚いたような表情になっていた。
「ほらね、似てる。謙遜しちゃったりするところとかさ」
「そうだな。なかなかいいコンビになれそうだ」
「足を引っ張らないように気をつけます……」
その指摘も、なんだか親近感を感じさせるきっかけになったのなら悪くないのかもしれない。笑うクラウ・ソラスの表情を見つめながらそう感じた。
「あっ、話している間に料理が完成したみたいだよ」
ソクラがウェーターの方を振り向いて、確認する。
それぞれが注文してきた料理が届いてきていた。ひとつひとつ、丁寧にテーブルに置かれていく。どれも美味しそうだ。
「じゃあ、これからの無事と幸運を祈って、いただきますっ」
「いただきます」
「いただきます……!」
テーブルを囲んでみんなで食事をとるなんて、初めてだ。
緊張しているけれど、食が細くなっている感じはしない。
……安心しているからだろうか。
そっと、野菜のパイを口にする。
「……美味しいです」
日常の味、というべきなのだろうか。
柔らかくも、さくさくしているパイの味わいがすっと口に溶け込んでいく。
「生きてるって感じがするよね」
人参のスープを口にしながら、ソクラが微笑む。
「しっかり食べられることはいいことさ。心のメンテにも繋がるしな」
行儀よくステーキを味わいながら、クラウ・ソラスも笑った。
日常を大切にしていく、という隊の姿が感じられて私も嬉しくなって微笑んだ。
各々が雑談に花を咲かせながら、食事が進む。
楽しい気持ちで食事を一緒にしたのも初めてのことだったから、新鮮な日常の姿を感じ取れたような気がした。
心配していた食事についても無事にしっかり食べられたので、一安心。
ソクラとクラウ・ソラスのふたりと声をあわせて、ごちそうさまと言ったあと、私たちはレストランを後にした。
「おう、全員集合って感じだな!」
お昼を食べ終わったあと、私たちは再び工房まで立ち寄った。
預けておいた武器の様子を確認するためだ。
工房長が待ちわびた、といった様子で私たちを出迎えてくれた。
「おやっさん、武器の調整は終わったかい?」
「おうよ! ばっちり霊装も組み込んでメンテしておいたぞ!」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
クラウ・ソラスの手には水晶刀カルマが、私の手には神地杖ガイアコアが手渡される。調子を整えるついでに、細かいところまで確認してくれたみたいで、帰って来た私の杖は新品のように輝いていた。
「いい感じだ。これなら今回も頑張れそうだ」
「前より火力が伸ばせられるよう、もう少し補強しておいた! うまく使ってくれよ!」
「あぁ、期待に応えるよ」
目を輝かせながら、クラウ・ソラスが自分の武器の調子を確認している。
「……なんだか、持つだけで魔力が向上しているようにも感じます」
武器を手にした瞬間、いつも以上に魔力を引き出せるような力を感じた。
錯覚などではなく、武器が私自身の魔力を向上させてくれている。そんな不思議な力を感じ取った。
「それは霊装が武器と共鳴してるからだな。慣れねぇ間は普段の感覚とは使用感が変わっちまうしれねぇが、前より武器として強くなったってぇのは保証するぜ」
「……頑張って使いこなしてみせますっ」
「おう! ミストの嬢ちゃんならきっちりできるはずだぞ!」
私も、お礼を言って奮起する。
うまく活動するのも夢じゃない。杖が勇気を引き出してくれているようにも思えた。
「前回、クラウの嬢ちゃんが探索で手に入れていた霊装やインゴットもうまく活用したんでな。両方ともばっちりってわけよ」
「いつもありがとね、工房長」
ソクラがゆったりとした調子で工房長と話す。
私やクラウ・ソラスのようなキル姫以外の相手や、店員さんなんかと話すときも彼女はそんな調子だ。裏表がない、素直さを感じる。
「お得意様だからいいってもんよ!」
「うん、それならいいかな。ところで、わたしが個人が頼んでいたものは用意できたかな?」
「あぁ、過去に言ってたやつだな」
「私用の剣のついででお願いしてた奴だけど……終わってる?」
「そっちの方もばっちりよ! ちょっと待ってろよ! 取り出してくる!」
そういうとそそくさと工房長は工房の奥まで物を取りに行った。
「……何か、頼んでいたんですか?」
「いや、私も詳しいことは知らない。マスター、何を頼んでいたんだい?」
「信号弾を飛ばす為の信号拳銃とキル姫用の煙玉を簡略化したものに……愛刀の調整かな」
「結構頼んでいるんだね」
「危機を脱する手段は多い方がいいからね。保険感覚で色々用意しておきたかったんだ」
「なるほど、確かに一理あるな」
クラウ・ソラスは納得したように頷いた。
「……あの、マスターも剣術で戦えたりするんですか?」
「それなりに。まぁ、流石に暴走したキル姫に真っ向勝負して勝てるほどの実力はないよ。あって弱い異族程度の相手だったら撃破できるくらいの実力だと思ってる」
「鍛錬の時、私とそれなりに打ち合えるほどの能力はあるけどな」
「でも、まだまだだよ」
これは、謙遜しているのだろうか。
それとも、事実を言っているのだろうか。
どちらにせよ、鍛えているキル姫くらいの戦闘力は持ち合わせているように私は感じた。
「それに私が打ち合えるって言っても、クラウ・ソラスが鍛錬でわたしによく負けるようになったら、それこそとっても心配だけどね」
「連戦で、私から一本取れるようになってきてるのはマスターが成長してる証さ。私が特別弱くなったわけじゃない。……不敗の剣の名が折れないように、鍛錬は続けていくつもりだよ」
「頼もしいね」
私が増えたことで足を引っ張らないようにしないと。
ふたりのやり取りを見て、鍛錬に向ける感情が上がったような気がした。
「おう、取ってきたぞ! 信号拳銃と煙玉、あと、人間用に重さを調整した白銀の剣だ!」
話をしていると、工房長がそれぞれのものを荷車に乗せて、持ってきた。
「ありがとう。試しに使ったりはしたかな」
「両方ともしっかり動くことは確認したよ。ただ、もしものことがあるから、余分に作った銃弾などで実戦前に確認してくれよっ」
「そうさせてもらうね」
荷物として受け取り、ソクラが白銀の剣を手に取る。
「……うん、いい感じの軽さだ」
「危険な任務にも耐えられるようにきっちり鍛えておいた。折れるってぇことはねぇはずだぜ」
「頼りにするよ」
「今後ともごひいきにな!」
剣を納刀して、ソクラが工房長にお礼を言う。
「代金の支払いはさくっと済ませるね」
「おうよ」
そう言って懐からお金を取り出して、渡す。
……料金の量から考えると、全員分の出費を払っているのだろう。
「……相変わらず、すげぇ額持ってるよな」
「まぁ、危険と隣り合わせだからね。割に合った価格は貰ってると思うよ」
「それもそうか。無理だけはすんなよ」
「みんなと一緒に生還できるようには気をつけるよ」
軽くやりとりして、お金がぴったりあったことを確認して会計が終わった。
「それじゃまた」
「おやっさん、行ってくるよ」
「ありがとうございました……!」
「おう、頑張れよ!」
手を振って、工房から離れて、別の場所に移動することにした。
「さて、次の以来の目的地への出発は明日を予定してるから、今日はちょっと鍛錬でもして身体を動かしてよっか」
「悪くない。ミストルティンもそれでいいか」
「あ、はいっ。なるべく足手まといにならないように連携など、覚えます……!」
「気負いしすぎないようにね」
「わかりました」
「あぁ、あと夜も美味しいもの食べたりして、親交を深めたりするのもよさそうかも。色々知る為にね」
「温泉で汗を流すのもいいかもな」
今はまだ、日常を楽しめる状態。
なら、その状態を大切にしたいとは思った。
「……裸を見せるのは、少し恥ずかしいです」
「他の人と一緒したことはなかったの?」
「これまでは一度も……」
「なら、楽しいお風呂の入り方とかも教えちゃおっかな」
「お、お手柔らかにお願いします……」
命を懸けて戦闘を行う時間が訪れるなら、その前にしっかりと生きていくべきだ。後悔しないように、迷惑にならないように、一緒にいてよかったと思えるように。
マスターのソクラと、キル姫のクラウ・ソラス。ふたりと会話している時間は、森にいるときと流れ方が違うようにも感じたけれど、心地よい時間だと思った。