気がついたころに次の日が訪れていたように感じる。
それくらい、一日がすぐ過ぎ去っていた。
「……昨日が楽しかったから、なのでしょうか」
宿屋の寝室。
そっと身体を起こして今の状態を確認する。
体調面は問題ない。
新しい場所に行く関係から緊張はしてるけれど、不安でいっぱいなんてことはない。それとなくだけど、動けるだろう。
二日分お世話になったこの宿屋から、しばらく離れることになる。無理だけはしないように、体調管理や身支度はしっかり整える。
「薬草などの薬品の調達は問題なさそうです」
工房で武器を送ったあと、私たちが取った行動を確認する。
まず鍛錬の前に、念の為にと薬草などの調達がしたいとお願いして、ちょっとした買い物をした。我儘だったかもしれないけれども、もしも大怪我したなんてことがあったらと思うと、心配だったのだ。幸い植物関連の知識なら自信がある。うまく調合できるように教えてもらったこともあったから、磨り潰してちょっとした傷薬にするのは私でもできる。
「鍛錬については、しっかり移動中に応用なども考えた方がよさそうです……」
夕日が出るより前の時間には、ソクラやクラウ・ソラスと一緒に鍛錬に励んでいた。
鍛錬の成果としては、自分自身の杖の性能向上についてはそれとなく実感することができたことがよかったことだと思う。
キル姫用の鍛錬場に置かれていた、強度の高い案山子をホーリービラーの一撃で破壊することができたくらいには、魔力の上乗せが感じられた。
ただ、普段のように植物に力を与えようとしたら、成長させすぎてしまった場面があったので、それは実戦前にしっかり力加減を感覚で掴めるように意識していきたい。
「……反省するべき点は、いっぱい思い浮かびます」
大きい反省点として、ソクラやクラウ・ソラスの動きにうまく合わせることができていなかったのが私自身、気になってしまった。
二人の連携は流石というべきか、阿吽の呼吸みたいな感じに動けているものの、そこに私が加わる動きを入れると、ちょっと動きが気ごちなくなってしまっていた。
「実戦前にいっぱい鍛錬に励まないといけませんね……」
二人は、仕方がないと言葉にしてくれてはいたけれど、どうしても新入りという立場もあって、足を引っ張ってしまうのは申し訳なく思ってしまう。
幸い、今回の任務の場所は街からは遠いのもあって、まだ時間的な余裕はある。
道中の村での滞在や、野営などを取った際に、無理しないように身体を動かすのはできるはずだ。そこで、しっかり連携を取れるように意識していきたい。
「キル姫でもないのに、ソクラさんは凄く動けていたのも驚きですし……」
無駄のない動き、というべきなのだろう。
重量が同じ練習用の武器を片手に、クラウ・ソラスと模擬戦をしている時も、相手の一撃をいなすように行動していた。
武器種にもよるものの、キル姫の握力は基本的に人間よりも強い。その握力に対応する為に、攻撃を真っ向から受けない戦闘を彼女は行っていた。
……私も、力はそこまで強いわけではない。だから、急に接近された時の対応手段として、一撃をいなすやり方は私なりに習得するべきだとは思った。
「準備や鍛錬のことについてはこれくらいでしょうか」
私服に着替えて、荷物を整える。
元々所持していたものに追加で物が増えただけだから、量がかさばってしまうなんてことはない。荷車に載せて運ぶというのは説明していた。
衣類の予備を確認しながら、ふと温泉のことを思い出した。
「私よりも、ソクラさんや、クラウさんの方が女性っぽかったな……」
どちらも体格もしっかりと大人びているし、身長だって高い。
正直、そのふたりと比べてしまうと私はとても子供っぽく感じてしまう。
一緒にお風呂に入っている時も、気になってしまっていた。
「……気にしすぎるのも、よくありませんね」
身長や体型なんかは、努力でどうにかなるものではない。
気にする癖をどうにか無くしていくことも意識した方がいいだろう。
私はクラウ・ソラスのように凛とした態度は取れないし、ソクラのように行動するのは難しいだろう。私は私なりに頑張る。それを意識するべきだ。
昨日にあった出来事を振り返りながら、荷物を整えていたら眠気もなくなっていっていた。
これからもしっかり活動できそうだ。
「……頑張ります」
自分に対して鼓舞するように、呟いてみた。
宿から出た私たちは、門を抜けて、街の外まで移動した。
荷車の上にはそれとなく荷物が積まれている。
「もう少しここに滞在したい気持ちもあったけど、なるべく早期に解決してほしい依頼がきちゃったから、すぐの移動になっちゃった。……ミストルティン、申し訳ないかも」
「いえ、大丈夫ですよ。生きていられたら、また帰ってこれますし……」
「そうだよね。生きられるように、頑張っていこっか」
ソクラが微笑んでくれたので、ほっとする。
……口では生きていたら、なんて言っているけれど、もしものことを考えるとやっぱり不安だ。
だけど、キル姫がマスターに対して不安を煽るような言葉をいうのはあまり良くないと思って、心の中で不安の感情は抑えた。
「本来は宿ではなく、家に戻りたいってマスターは言ってたな」
「そうだね。もう少し長めな休暇が取れたなら、家でゆっくりしたかったかも」
まぁ、今言っても仕方がないんだけどね、と笑いながら、ソクラが返答する。
「住居があるのですか?」
「うん、あるよ。それなりに僻地の場所だけどね。鍛錬しても咎められることはないし、いい家だって思ってる」
「きっとミストルティンも気に入るはずさ。近くには森のような、森林浴にも向いてそうな場所もあるからね」
「……森があるのは嬉しいかもです」
人が賑やかな場所も、第三者の目線でいられるのであれば嫌いではない。
けれども、やっぱり都会のような場所より、森林のような静かでゆったりとした空間の方が気持ち的にも落ち着きやすい。二人に勧められて、行ってみたいという気持ちが沸いてくる。
「けど、今は依頼優先。無事に生きて帰れるように頑張ろっか」
「わかった」
「わかりました……!」
ソクラのマスターとしての一声で、身が引き締まる。
生きて、帰る。
戦場に向かうことも考えると重い言葉だ。
しっかり、無事を願う。
「よし。忘れ物はないよね」
「服の替えなど、一般的な旅支度は大丈夫です」
「野営用のテントなんかも用意してある。異族が寄らない場所なら、安心して眠れるからな」
「道中の村とかで使えるように、お金もしっかり持ってきてあるよ」
「えっと、回復魔弾以外でも応急処置ができるように、薬草なんかも用意してあります……!」
「各々の武器もしっかりある。……問題なさそうだ」
「ならばよしっ」
各々の表情を確認して、ソクラが号令をかける。
「目的地まで、出発!」
「あぁ!」
「ついてきて!」
ソクラが先頭を進み、その後ろに私とクラウ・ソラスが続いていく。
「さて、日常から鍛錬だっ!」
クラウ・ソラスはひとりで荷車を軽々動かし、マスターの後ろに続いていく。
「馬を使ったりしないんですね……」
「この方が色々楽でね」
「運ぶのに長けた動物を飼育してるわけじゃないし、申請とかすると手続きとかで時間がかかっちゃうから……」
「私が荷車を動かして運んでいる、ということさ」
「なるほど……」
しっかりとした姿勢のまま、クラウ・ソラスは荷車を動かしながら進んでいく。
その表情には苦しさなんて少しも感じさせない。
「ミストルティンも余裕があったらやってみるといいかもしれない。ちょっとした筋トレにはなるよ」
「荷物を落としたりなんかと考えると、やってみるにしても不安です……」
「なに、その時はその時さ。悪路を歩いていたりすると荷物が落ちてしまうなんてことは意外とあるからね」
「急行で結構早足になってる時も落としちゃったりするよね」
「だから、心配いらないよ。動かしたいならいつでも代わろう」
眩しさすら感じるくらい優しい。
期待を裏切ったりしないようにしたいと改めて気持ちを固めたくなるくらいには、優しさを感じる。
「……では、クラウ・ソラスさんが疲労を感じた時にしっかり動けるように体力を温存していきます」
「それはありがたい」
「うんうん。怪我した時とかに動いたりできる子が増えるっていうのはそれだけで嬉しい」
言葉だけにならないようにしたい。
言うだけなら簡単だ。
でも、やってみないことにはどうなるかはわからない。
「……よろしければ、しばらく動いた後に交代してみてもいいでしょうか」
「構わないよ。目印があったらわかりやすいが、何かあるかな……」
「地図によると分かれ道がある場所があるみたいだから、そこで交代してみればいいんじゃない?」
「よし、そうしよう」
「わかりました。……それが原因で移動速度が遅くしまったら、申し訳ありません」
「構わないさ。どんなことだって慣れることは大事だし、私が動けないような場面でもミストルティンが動いてくれるって気持ちを言ってくれるだけでも、助かるからね」
「初めて続きにはなると思うから無理しないでね、ミストルティン。頑張りすぎようとすると、張り切ってるときのクラウみたいになりそうだから」
「は、はい。気を付けます」
クラウ・ソラスも真面目だからか、しょい込みすぎる癖があるのかもしれない。そう考えると、なんだか同じように指摘されているようにも思える。
「……マスター。やっぱり私は集中しすぎてしまいがちなのかな」
「その集中力もクラウの魅力だけどね」
「うまく向き合っていきたいよ」
微笑みあいながら談笑が続き、道を進んでいく。
私はそんなに積極的には話に加われていないけれど、穏やかな空気が流れているこの時間は、心も落ち着くし好みだったから、嫌という気持ちは沸いてこなかった。
しばらく進み、お昼ごろの時間。
まだまだ道は続いていて、目的地までは遠い。
周囲の状況を考慮して、安全そうだと判断した道の途中で私たちは休息をとることにした。
現在地は、さっき言っていた分かれ道のあたり。
看板は傷ついていないし、このあたりで襲撃に会うことはなさそうだ。
「今日中にたどり着くのはちょっと難しいかもね。一日休憩を挟んで、到着は明日の夕方過ぎになりそうかも」
お昼として持ってきた燻製肉を食べながら、ソクラがぼやく。
「村に直接的な被害がなければいいが……」
不安そうな顔でクラウ・ソラスもパンを食べる。
「それは問題ないはずだよ。依頼の情報も不確定だったくらい早期に行動してるし、手遅れなんてことはまずないから」
「……マスターは、そういう依頼をよく頼むな」
「まぁね。そっちの方が動きやすいし」
返答ははっきりとしている。
いつものこと、という感じなのだろうか。
「どういった依頼なのでしょうか……?」
情報を共有しあうことは大切だ。
そう思い、サンドイッチを食べる手を止めて、尋ねてみた。
「話しておかないとね。今回の依頼は目的地であるボタンの村周辺に、暴走したキル姫の出没が確認されたことに対しての詳しい調査と討伐だね」
「暴走したキル姫の情報は届いてないのかい?」
「動きを捉えるのが至難だったみたいでね、詳しい情報は探れてないみたい。目撃情報を参考にすると、剣か槍のキラーズを持つキル姫が怪しいってわたしはにらんでるけど、まだ詳細は不明」
「相手はひとりだとは断言しきれない、ということでしょうか……」
暴走したキル姫が強力な力を持っていることは、私のイミテーションを討伐した時にも身をもって感じている。もしものことを考えると心配だ。
「そうなるかも。ただ、そうなると流石にわたしたちだけだと手に負えない可能性が高くなっちゃうから、現地にいる奏官さんに協力を仰ぐこといなるかも」
「ボタンの村には、奏官はいるんですか?」
「駐屯している奏官がいるっていうのは教会からの情報でもう把握済み。……まぁ、うまく協力し合えるかはわからないけどね」
「マスターと馬が合う人だったらありがたいところだが、どうなるかはまだ未知数だな」
「それは本当に心配なんだよね。対暴走執行官ってだけで嫌ってる人は多いから、そういう偏見なしでうまく会話できたら、それが一番いいんだけど……」
珍しくソクラがため息をついた。
彼女がそんな態度を取っていたことはこれまで見てなかったので、少しだけ意外に感じた。
「そんなに嫌われてる仕事なんですか……?」
「前にも聞いたとは思うけど、元々奏官に仕えていたキル姫を討伐することも多い仕事だからね。必要以上の恨みは買いやすいんだ」
「マスターはそうでもないが、対暴走執行官を担当している奏官はキル姫を道具のように運用することも多い。淡々と業務に励み、暴走の兆しが見えたキル姫を有無を言わずに討伐してしまうという存在すらいる。……だから、そうした事情もあって『心無い奏官』なんて言われたりする。珍しくはない話さ」
「そんな……」
私が偶然でも、ソクラと同行することができているのはありがたいことなのかもしれない。
もしかしたら、別の奏官が私の周辺に訪れていたら、暴走したイミテーションを討伐した私は、この場に立っていなかったのかもしれない。冷たい感触が背筋を襲う。
「そんな状況が多い仕事だからこそ、わたしは頑張りたいんだよね。暴走のことを知ることだって、誠実に仕事をこなすことだって」
まっすぐな瞳でソクラが言葉にする。
その表情に嘘は見えない。
「キル姫だって、わたしと同じように言葉を話す。意思を共有できる、友情だって結べる。戦う時の力が違うだけであって、感情は人間と全然変わらない。ただ、暴走したという事実で討伐対象となって、生きてきた痕跡が台無しにされるくらいだったら、生前何をしていたかが知りたいの。わたしなりの力と、立場でね」
「だから、あえて対暴走執行官という立場でいると……?」
「そういうこと。全てが救えるなんて思ってないけど、わたしにできることはやってみたい。それはずっと思ってるから」
できなくたって、頑張ろうとする。
無理なことがあったとしても、出来る限りのことをしようとする。
……素敵な眩しさだ。
「……マスターに出会えてよかったって思ってます」
「それは、どうして?」
「関わっている間に、色々と私自身、変わっていけそうな気がしてきましたから」
失敗しても、困難にぶつかっても立ち上がって声をあげる。
その感情は輝かしいものだし、私も手助けしていきたいと思った。
「そう、それならよかった」
ソクラがほっとしたように笑う。
私の言葉で、少しでも明るい気持ちにさせてあげられたなら、それは嬉しいことだ。もっと、頑張りたい。
各々がお昼を食べ終わったことを確認して立ち上がる。
「次の荷車を動かすの、私がやってみます……!」
「無理はしないようにな!」
「はいっ、精一杯ですが、頑張ります……!」
覚悟はできている。
やれることをしようという気持ちは、十分にある。
「よしっ、再度出発! ボタンの村に到達する前の野営地点の目標は、水源があるところっ!」
「どうして水源を?」
「……やっぱりお風呂には入りたいからね」
「それは同感だ」
「お風呂、作れるんですか……?」
「クラウが火を起こしてくれるからいけるよ。いつもやってる」
「……凄いです」
「本来剣技として会得した技を、水を沸かす為に使うというのも妙な話ではあるけどな」
「いいじゃない、便利だしさ」
「認めるよ」
荷車を持って村への旅路を歩いていく。
引っ張る荷車の重さは、やっぱり重かったけれども、苦しさを感じるほどではない。
こつこつ進んでいけるだけの余裕はある。
適宜、談笑を繰り返しながら、私たちは道を進んでいった。