最悪な可能性を伝えた後の時間。
イロニとの会話が終わった後の私はソクラと一緒に行動していた。
クラウ・ソラスは今、カラドボルグと鍛錬を行っている。
二人はショックこそ受けていたものの、それもキル姫の宿命だと割り切って、暴走した相手に負けないように動きを合わせようと動いていたのだ。
イロニも悲痛な表情にはなっていたけれども、わかっていたと言葉にして、それ以上は悲しい顔は見せなかった。村長としての願いとして、仮に相手がヴォータンだったとしたら、村の人に伝えたくはないと言っていた。
……皆が、それぞれ覚悟を決めて、前を向けている。それなのに、私は前を向こうという気持ちになりきれていなかった。戦いたくない、なんて弱音を吐きたいわけじゃない。ただ、言葉に言い表せない感情が心に渦巻いていた。
「ミストルティン。突然辛い任務になっちゃったね」
屋敷の資料室。
ソクラと私は情報を探しに赴いていた。
「……大丈夫です」
「ううん、大丈夫そうじゃない。ちょっと泣きそうな顔してるしさ」
古ぼけた本を手に取りながら、ソクラが優しく言葉をかけてくる。
お見通しだ。大丈夫なんて取り繕っていても、ちっとも大丈夫じゃないのだ。
「……うまく、言葉が出ないんです」
「ヴォータンも、その祖父も偉大な人だったから?」
「それもあります。……ただ、そんな偉大な方も暴走してしまう可能性がある、というのはキル姫の宿命なのだとしても怖く感じてしまいます」
「……そうだよね。複雑な気持ちにもなるよね」
否定することもなく、ただ私の言葉を彼女は受け止めてくる。
話を聞いてくれているように思えて、どんどん曖昧な言葉が口にされていく。
「……暴走の存在についても、よくわからなくなってきます」
「それはいつも思ってる、かな」
「ソクラさんでも、ですか……?」
そう言葉にして、外なのにマスターと言ってないことに気が付いて、謝ろうとした。
「いいよ、いまは二人きり。名前で呼んじゃっても構わない」
「暴走と向き合っていても、それでもわからないもの、なのでしょうか」
「……心の在り方だからね。劇的な感情の移り変わりで暴走は発生する、っていうのは定説として存在はしてるけど、それがどうして暴走という形になったかなんてわからない。……人間だって、どうして怒るかとか、どうして悲しい気持ちになるかとか、そういうことはわからないからね」
「……悲しいから、悲しいのではないでしょうか」
「理屈としてはそうなるかもね。でも、涙ってなんで流れるんだろうってわたしは考えちゃう。ミストルティンも、感情はどうして揺れ動くかとか、気になったことはない?」
「……私も、イミテーションのミストルティンの記憶が流れてきた時に、悲しいと思いました。理由を明確に言葉にするのは難しいですが……ただ、心が揺れ動いたことを覚えています」
「その感覚が大切なんだと思う」
「感覚……」
難しいことを言われている。
けれども、言いたいことは少しだけわかるような気がした。
悲しい気持ちを説明するのは難しい。
どうして怒っているかを解明するのだって不可能な話だ。
「喜びの理屈も、怒る理由も、哀しむ動機も、楽しい出来事も人それぞれ。同じ人間なんて、ありえない。それはきっとキル姫だって同じなんだと思う」
「キル姫も、ですか……?」
「今、私と話しているミストルティン以外にも、ミストルティンがいて、彼女は笑っているかもしれない。けど、環境が違うから、元々の性格が同じでも、趣味が異なったりしているのかもしれない」
「……ヴォータンさんも、生きている方はきっといますよね」
「わたしたちが探しているヴォータンとは違うヴォータンが、笑顔で頑張っている場所もきっとあるはずだよ。だからこそ、わたしは目の前のことをもっと知りたいと思う」
「目の前のことを……」
いつの間にか積み上げられていた本をひとつ取り出して、ソクラがページを開く。
そこには、若い青年の姿と、その青年の肩を力強く叩いているヴォータンの姿が映っていた。
「これは、ヴォータンさんの記録……」
「暴走したキル姫は戦闘で生じた影響以外の痕跡は遺しにくい。だから、こういうところでしっかり彼女がいたという証を探していきたいんだ。『貴女がいたことは無駄じゃない。きっと、助かっていた人がいたはずだよ』って言葉にする為にね」
写真に写っているふたりの表情はどれも優しいものだった。
イロニの祖父がどんどん年老いていっても、変わらず支え続けているヴォータンの姿が記録として遺り続けている。ふたりがいた痕跡として。
「文章でも、絵でも、写真でも、なんだっていいんだ。暴走したキル姫をただ討伐するだけじゃなくて、その彼女自身のことをわたしは知りたいって思ってる」
資料を見つめるソクラの表情は真剣そのもので。
仕事をしているという動作以上に、彼女自身の本心が語り掛けてきていると思った。
「……ヴォータンのこと、しっかりイロニさんに伝えたいからね」
「……そうですね」
ひとつひとつ資料を集めながら、静かな声でソクラが呟いた。
……まだ、不安はある。
けれども、彼女と話している間に、少しだけでも、気持ちの余裕ができた気がした。
「資料集め、もっと手伝いますね」
「ありがとう。ごめんね、わたし個人のやりたいことに付き合わせちゃって」
「いいんです。……それとなくでも、身体を動かしたいなって思えるようになってきましたから」
「それならよかった」
できることをする。
行動することは変わらない。
ただ、立ち向かう勇気は得たような気はする。
相手のことを知る。
暴走について、考える。
……まだ知らないことも多いけれど、今の私にやれることをしていきたいと思った。
「ミストルティン」
「はい」
まっすぐ、私の目を見て、ソクラが話しかけてくる。
「辛い戦いになるとは思うし、大怪我もしちゃう可能性だってある。もしかしたら、なんていう事態も発生しうるかもしれない、それでも……」
言葉を溜めて、彼女がはっきりと言葉にする。
「生きて、帰ろう。生きてさえれば、なんでもできるから」
「……わかりました。可能な限り、善処してみます」
きっと、その言葉を口にしているのは最悪の事態も想定しているからだろう。
生きて帰る。戦って勝つということでもある。負けたら、きっと命はない。
ソクラの言葉を、私は静かに受け止めた。
イロニとソクラを作戦会議を行い、行動に移すのは明日ということになった。
深夜に強襲するとなると、視界の都合、こちらが不利になってしまうから、あるべく日が出ている間に決着を付けたいというソクラの経験測からの判断だ。
……ボタンの村の護衛がなくなってしまうと、不安があるので、いざという時以外はイロニは村で待機してほしいということも話していた。
「暴走したキル姫を発見し次第、青い信号弾を飛ばします。その時は、早期に援護に走ってもらえると助かります」
「村の警備はどうする?」
「……早期に決着を付けることで、警備できるようにしたいです」
「背水の陣ということか」
「暴走したキル姫を相手にするときは、どうしても使える手が多いほうがありがたいですから」
「……了解した。即座に駆け付けよう」
会話の内容を思い出す。
工房で信号弾を作っていた理由は、合図と誘導の為。協力してもらえるのは、ありがたい。
「村への被害を出さない為に、それなりに離れた距離に行きます。……ミストルティンと、クラウには持久戦を頼むことになりそうだけど、問題ない?」
「やってみるさ」
「回復は任せてください」
回復魔弾は心得ている。
だから、致命傷を負わなければ、いくつか傷を抑えることはできるだろう。だからといって、無理ができるというわけではないので、油断はできないけれど。
「よし。カラドボルグはイロニさんと一緒に臨機応変に状況を見て動いてもらえたら、助かるけど……いいかな」
「大丈夫よ。クラウ・ソラスとの連携だって即席ではあるけれど、できるわよ」
「あぁ、いざという時は動きに合わせることはできる」
「頼りにするね」
各々が準備を整え、その後寝室で眠ることになった。
屋敷の布団はあったかく、明日は戦いが待ち受けているというのに、よく眠ることができた。