後日、暴走したキル姫を討伐する作戦が決行された。
村から抜け出した私たちは、木材伐採用に使われているという村付近の森林の奥地に赴くことにしていた。
「なにかしら戦闘の痕跡はある?」
「一部の樹木に傷が付いているな」
武器を構えたまま、クラウ・ソラスが付近にあった木に手を伸ばした。
私も気になって、その木に近づいて確認する。
「……強引に抉られているような印象です。武器で傷つけられたものと見ていいと思います」
その木に付けられた傷は、自然の動物が傷つけたような印象ではなかった。
強引な力によって抉られたような、人工的な傷のように感じる。
「そうなると結構近いかな……」
「油断はしない方がよさそうだ」
「そうですね……」
森の中の音を探るのは、経験上慣れている。
ここは、私が動けるタイミングでもある。
静かに、音に耳を傾ける。
木々が揺らめく音、風の音に、穏やかな鳥の声。
……平穏な時の森の音だ。
「……やっぱり不思議です」
「なにか、気になったの?」
「異族が動くような音が一切しないんです。ここまで静かなことは、外だと珍しいので、少し妙に思えます……」
森で生活している時も、異族の音が聞こえなくなる日の方が珍しかった印象がある。だからこそ、変な感覚だ。
「相変わらずか。異変を感じたのは移動中もそうだったが、急に増えることはないからな……」
「異族が増加しない理由は……」
「暴走したキル姫の可能性が高いが、そのキル姫が姿を見せないことには証拠にはならないな」
警戒を解かないように、杖を構えながら歩いていく。
緊張が続く。
なにもないという時間が、逆に不安だ。
「背後を取られないように気をつけないとね」
「あぁ、不意に攻撃を喰らったら全滅もありえる」
「……もっと探りを入れるべきですね」
様々な手段を使って暴走したキル姫を突き止めるべきだろう。
ガイアコアを構えて、地面に突き刺す。
そして、その杖を起点に、植物に魔力を注ぐ。
「ミストルティン、それは……」
「植物を通じて森の状況を把握してみます。……探れる範囲は、残念ながらそこまで広くはないですし、細かく状況は判断できませんが、目視よりは見えるかと……」
「わかった、頼りにしてるね」
目を瞑って、杖に手を伸ばし、植物付近の気配を探る。
木霊ドリュアスのような力がないから、そこまで明確に調べることはできない。それでも、今持っている杖の魔力があれば、それに似たことはできる。
意識を集中して、状況を確認する。
前方、小鳥がさえずっている。
右方向。リスが戯れている。
左方向。穏やかな川で狸が水浴びをしていた。
……ここまでは問題ない。
「私から見て、前方、そして右と左は異変はありませんでした」
「後方は?」
「……確認してみます」
息を吸って、深呼吸しながら確認する。
異変があったら伝えなければならない。
奇襲されることになるなら、すぐに声をあげる。
確認していなかった、後方周辺の気配を探る。
……小さなリスが、逃げている。
私がいる位置よりも遠い場所で、騒々しい木々の音が聞こえた。
鳥が慌ただしく羽ばたいていく。
……不穏だ。
足音が聞こえる。
これは、人が歩く音。
獣が動く音ではない。
重く、そして着実に、私たちの場所にその音は近づいてきている。
「……後方、足音が聞こえます」
「なにっ」
「熊とかじゃないよね!」
もっと集中して、気配を辿る。
……熊ではない。
人間によく似た気配だ。
「熊では、ありません……!」
一定の距離に近づいたのを確認したのか。
その気配は、急に駆けだした。
……私たちの方向に目掛けて。
「……来ますっ!」
風が揺れる。
勢いよく襲い掛かってきた。
感知に集中していた私は対応しきれない。
「……そこかっ!」
即座に対応したのはクラウ・ソラスだった。
剣同士がぶつかり合った音が響き渡り、相手を弾き返す。
急ぎ、私は態勢を整え、向かってきたキル姫を確認する。
……クラウ・ソラスも驚愕の表情を浮かべていた。
「……カラドボルグ、さん……?」
「そんな、まさか彼女が」
暴走したキル姫はカラドボルグだった。
狂気に帯びた目をしている彼女の剣は、血で固まった赤い色をしている。
混乱した状況を理解する暇もなく、次の攻撃が遅いかかる
「……くっ!」
クラウ・ソラスが強烈な一撃を受け流すように、剣で対応する。
暴走したキル姫の身体能力は通常のキル姫のそれを上回る。その為、直接一対一の戦闘になった場合、不利な状況に追い詰められてしまう。
「クラウさん! 地形を変動させます!」
「鍛錬で試していたやつだな! 了解した!」
だから、動かないといけない。
鍛錬で練習した動き。
「マスター、気をつけてくださいっ!」
「うんっ、やっちゃっていいよ!」
「……お願い、ガイアコア……!」
ガイアコアの魔力で、小規模な地形変動を発生させる。
地響きが鳴り響き、森の地形が歪にズレていく。
魔力がなくなれば元通りになる、一時的な変化ではあるものの、知らない相手からすれば動きずらくなるはずだ。
「今回はほんの少しの時間だけの変動です……! すぐに元通りになりますっ」
「今はそれで大丈夫。みんな集まって。こっちも手札を切るから」
私の眼前で発生している地形変動は相手の動きを停滞させるのには十分な働きをしている。
急ぎ、後退して、陣形を整える。
「どうする、マスター」
三人が同じ場所に集まったことを確認して、クラウ・ソラスが問いかける。
「煙玉を使って立て直すよ」
言葉を発するのと同時に、煙玉が投げられた。
人間が扱うように調整されている都合、忍者の技能を持っているキル姫が扱うものより性能は落ちているものの、時間を稼ぐのには適した道具だ。
「なるべくもう少し離れよう。次はこっちから仕掛けられるようにね」
「わかった」
退きながら、状況を確認する。
敵に背は向けない。
背後を取られないように警戒を強めながら、状態を整える。
「……マスター、あのカラドボルグは、イロニ奏官のカラドボルグなのだろうか」
「断言はできない。ただ、雰囲気は違う気がする」
「暴走したキル姫はヴォータンさんではなかったのでしょうか……」
「それも未確定。目の前にいるカラドボルグは完全にイレギュラーだし、予想もしていなかったからね。……ただ、この状況はどうにかしないといけないよね」
「……ということは」
「うん。信号弾、使うよ」
暴走したキル姫を発見したら、信号弾を飛ばす。
その言葉の通り、上空に青い信号弾が打ち上げられた。
激しい光が発せられ、私たちがいる位置で何かがあったことをイロニに伝える。
「もし、イロニがやってこなかったら、あのカラドボルグが暴走している可能性が高くなる。……すぐに助けにきてくれるかは未知数だけど、それでも救援はあった方がいいからね。ここからはうまく立ち回らないと」
緊張の色を感じさせる声で、ソクラが言葉にする。
相手から強襲された状況なのもあって、こちらの準備は万全とはいえない。不安があるのも
「彼女の無事を願うばかりだ……」
クラウ・ソラスの剣を握る力が強くなる。
「煙玉、そろそろ効力を無くします……!」
「……しばらく粘り強く戦うしかないかな」
「なるべく善処します……!」
少しでも、相手を追い詰める為に、行動しないといけない。
不安な気持ちを抑えて、杖を構える。
薄れた煙の先には、暴走したカラドボルグがいる。
「やぁ……!」
牽制のホーリービラ―。
それぞれの光の柱が直撃することはないにしても、予め魔弾を置いておくことで、相手の動きを少しでも束縛することはできる。
「アアアアアア!」
大きく左右に移動しながら、相手が避ける。
速度が尋常ではない。
少しでも目を離すと、見失ってしまいそうだ。
繰り返し、ホーリービラ―を展開していく。
当たらなくてもいい。相手を怯ませることができれば上出来だ。
「そこかっ!」
大きく飛んだ瞬間を狙って、クラウ・ソラスが一撃を加える。
「アアアアッ」
しかし、一瞬の間に剣を構えられ、直撃を避けられてしまった。
「……ならっ!」
クラウ・ソラスが作ってくれたタイミング。
ソクラが懐に潜り込み、白銀の剣で切りかかる。
ソクラの一撃は、暴走したカラドボルグの右腕に掠るように当たった。
その一撃が生傷となり、赤く血が噴き出す。
完全に入ったわけではない。それでも、攻撃が通った。
「アアアアアアア!」
叫び声のような咆哮が響き渡る。
力尽くにクラウ・ソラスもソクラも、武器の持っていない手の腕力で弾き飛ばされてしまった。
全力の振り回し。ただ、それだけではあるけれども、暴走して加減がなくなった力ではそれだけでも強烈な武器になってしまう。
「ぐっ」
クラウ・ソラスはなんとか受け身を取れていた。
「……つぅ」
しかし、キル姫の握力に対応しきれないソクラは、全身を地面に叩き付けられてしまった。衝撃を殺しきれていない。打ち所が悪かったら、即死すらあり得ていた。
「ソクラさんっ!」
回復に急ぐ。
人体の急所への痛手が発生しないようにしていただけ幸いだったけれど、このままにしていたら危ない。
「マスター、無理はしないでほしい!」
クラウ・ソラスが暴走したカラドボルグの攻撃を引き受けながらも、声をあげる。
「あの場面は、攻撃できたから……」
「死んでしまったら元も子もないです!」
杖に魔力を込めながら、状態を確認する。
額から血が流れている。
手と足にも擦ったような傷ができている。
致命傷ではない。それでも、かなりの傷だ。
「……そうだね、反省する」
回復魔弾で身体の治癒力に働きかける。
問題ない、これくらいなら私でも回復できる。
「ミストルティン、色々すまないが、支援を頼みたい!」
「……わかりました、そちらも対応します!」
一部の攻撃を義手で受けながら、対応しているクラウ・ソラスも徐々に押されていた。
状況が目まぐるしく変わっている。それでも、動き続けないといけない。
「……ガイアコアっ!」
クラウ・ソラスとカラドボルグがいる場所を中心に地盤変化を発生させる。
ソクラのの治療も片手間に行っている都合、回せる魔力はそんなに多くはないものの、杖の膨大な魔力で強引に大地を揺るがす。
戦いやすいように地形を調整して、回復も行って、ソクラ周辺の守りも固める。
全ての動作を丁寧に行う。
「……つっ!」
一瞬、身体全体に激痛が走った。
無理な魔力消費に私の肉体が悲鳴をあげているのだ。
いくらキル姫だといっても、そこまで頑丈なわけではない。強力な魔法を連続して使えば、体力消耗は逸れそうに激しいものになってしまう。
「ミストルティンっ」
「……流石に、魔力消費が重いです。でも、クラウさんを援護してみせます……!」
意識が飛びそうになってしまった。
それでも、続ける。
今、クラウ・ソラスが戦っているこの瞬間を逃したら、私たちは死んでしまうだろう。
凹凸が発生した地形を使いこなし、クラウ・ソラスが確実に暴走したカラドボルグに攻撃を加える。
「これでっ!」
不慣れな地形で発生した敵の隙を付くように、クラウ・ソラスが、暴走したカラドボルグの胴に一太刀を入れた。
私の位置からでは、すべての状況が把握しきれない。
それでも、大量の血が噴き出しているのは見えた。
「アアアア……!」
叫ぶこともなく、カラドボルグが倒れる。
その瞬間、私が発生させていた地盤変動も解除され、地面の形が元通りになった。
地形変動時間の限界だ。これ以上は連続して続けられない。
「……ひと段落、か?」
剣を構えたまま、油断なくクラウ・ソラスが見つめる。
「山場は超えたのかな……」
治癒魔法が効いてきたソクラも立ち上がる。
「それならよかった、です……」
私も立ち上がろうとしたら、ふらっとして動けなかった。
「ミストルティン、無理はしない方がいい」
「すみません」
クラウ・ソラスの手を借りながら、立ち上がろうとする。
「……クラウ、さん……?」
……しかし、クラウ・ソラスの義手が、なくなっていた。
さっきまで、あったのに。
一瞬でなくなった。
カラン、という重い音がなった。
「ぐ……っ、不覚……!」
クラウ・ソラスが倒れる。
重さを伴った音が、クラウ・ソラスの義手が落ちた音だということに気が付いたおは、一瞬遅かった。
「ア、ァァ……!」
その後ろには、さっき攻撃を加えていたはずの暴走したカラドボルグが立っていた。すべての攻撃は通っている。それでも、まだ彼女は戦えていたのだ。クラウ・ソラスの胴に向けた一撃も痛々しく傷として残っている。それでも、動いていた。
クラウ・ソラスは傷を負っている。血か噴き出している。
片方の手がなくなってしまっている。
義手が強引に捩じ切られてしまった。
「クラウさん!」
私のせいだ。
私が気を緩めさせてしまったから、こんなことになってしまった。
義手の傷は私には治せない。
治療魔法では回復できない。
治癒ができたところで、義手を繋げるなんてことはできないのだ。
「……はぁああ!」
ソクラが迫ってくる暴走したカラドボルグに攻撃を加えていく。
今までより、相手は動きは遅くなっている。それでも、生き続ける執念の力か、暴走して赤くなった目は、まだ色を失っていなかった。
……戦うべきだ。
自分の身を削ってでも。
「これで……!」
回復魔弾を発動しながら、いくつものホーリービラ―を展開する。
魔力消費は気にしない。
相手が倒れるまで、攻撃を放つつもりだった。
しかし、ソクラの斬撃が繰り返し入っても、ホーリービラ―が刺さっても、暴走したカラドボルグが止まることはなかった。
「……あっ」
魔力と体力が尽き、地面に座り込む。
……立つことも、ままならない。
ソクラも暴走したキル姫の攻撃を受け続けた結果、動けない状態になっていた。
赤く染まった衣装を纏って、暴走したカラドボルグが歩いてくる。
もう、使える手段がない。
意識が朦朧としていて、悪足掻きのように放つドレインの魔弾すら命中しそうにない。
「……ごめんなさい」
私がいたからこんなことになってしまったのなら、死んでしまうのは私がいいだろう。それ以外の人はせめて、生きていてほしい。
ソクラも、クラウ・ソラスも、まだ生きているべきだ。
目を瞑って、覚悟する。
もう、生きていられないことを。
剣が空を切る音がする。
……痛さを感じることはなかった。
「ア、アア、アアアア……!」
誰かが、私の攻撃を肩代わりしてくれていたから。
そっと、目を開く。
「……ヴォータン、さん……?」
そこにはヴォータンの姿があった。
暴走しているのは狂気を帯びている目からしてみてもはっきりしていた。
それでも、彼女は私を庇ったのだ。
理由は、わからない。
「ウアアアア!」
槍を振るい、カラドボルグを追い払う。
……その後、彼女は私の顔を振り向いて、微笑んだ。
暴走しているはずなのに。
もう、意識もないはずなのに。
『同胞の為によく戦ったな』
と語り掛けてきたような気がした。
笑ったと思ったら、傷をそのまま、咆哮をあげて彼女は去っていった。
「……あれは、叔父のヴォータン……?」
……信号弾の合図で駆けつけてきたイロニの声が聞こえてきた。
「マスター、みんなの早く治療を! 私はあのイミテーションを淘汰するわ!」
「わかった!」
イロニと一緒にいるカラドボルグも無事だったみたいだ。
「ここまで追い詰めてくれたことも、お礼して!」
「無論だ! 負けるなよ、カラドボルグ!」
「お膳立てしてもらっちゃったもの。負けるわけにはいかないわ!」
的確な指示を加えながら、イロニのカラドボルグがイミテーションである暴走したカラドボルグを追いかけた。
イロニは、私に駆け寄ってきて、薬を手渡してきた。
「万能薬だ。使ってくれ」
「すみません……」
「構わない。今まで戦ってくれたのは感謝しかない」
回復魔弾では自分の体力を回復することはできない。
ドレインなら回復はできるものの、急変した事態に対応しきることはできていなかった。
受け取った万能薬を使って回復を図る。
……強引な回復なのもあって、意識が追いつききれていないものの、マナを補充できたこともあり、魔力不足や体力の低下は解消された。
呼吸を整えていく間に、なんとか気持ちも落ち着きを取り戻すことができた。
「……申し訳ありません、クラウさんもお願いします、私はマスターの治療に向かいます」
「あぁ、キル姫用の薬は人間には効きすぎるからな」
身体の感覚を整えながら、ソクラの元まで歩いていく。
致命傷は追っていないものの、彼女も酷い傷だ。
打撲のように腫れた箇所も剣で負った切り傷もある。
「……イロニさんの救援で万能薬をいただき、動けるようになりました」
「それは、よかった……」
息は荒いけれど、命には別条はなさそうだ。
その事実にほっとする。
「あとは……ヴォータンさんが助けにきました」
「暴走したヴォータンも、いたの?」
「はい。暴走してたはずなのですが……攻撃を庇ってくれて、そのお陰で致命傷を避けられました。……ヴォータンさんは、かなりの深傷を負いましたが……」
「そっか。……不思議、だね」
「暴走したキル姫は意識を持ちませんよね……」
「本能で、守りたいって思ったのかもしれないね……」
傷を庇いながら、ソクラが立ち上がる。
「だが、見逃すわけにはいかない。……人を襲ってしまう前に、討伐しないといけないからな」
「クラウさん……!」
「もう、不覚は取らないさ。義手の腕を使うことは叶わないが、片手が動くなら牽制くらいはできる」
クラウ・ソラスが合流してくる。
イロニも立っている。
「その傷で戦って大丈夫なのか。後は俺とカラドボルグに任せてもいいんだぞ。追い詰めるまで戦ってくれたから、休んでも……」
「難しい質問だけど、終わらせないといけないから。すぐに向かわないと、村が危ないかもしれないし」
「討伐時間が掛かり、刺激された暴走したキル姫が人里を襲ったなんて話は少なくない。……戦うさ。ミストルティンも行けるな」
「はい。この任務、完遂させてみせます」
「もし駄目でも、足止めはしてみせるよ」
「……そこまで言うなら、俺は止めない。だが、死ぬなよ」
「死なないよ。絶対」
各々が立ち上がり、ヴォータンが走っていった場所に赴く。
「……ヴォータンを、頼んだ……!」
そう言葉を残し、イロニはカラドボルグの元へと向かっていった。
暴走したカラドボルグの淘汰はイロニたちが後はやってくれるだろう。
あとは、あの暴走したヴォータンと向き合うだけだ。
彼女も私たちも、みんな傷付いている。
どちらが終わるとしても、決着は日が沈み切る前に付くだろうということは感じていた。
「……あのヴォータン、だよね」
血を辿って、たどり着いたのは小さな洞窟の入り口の前。
そこには、暴走したヴォータンが立っていた。
「……間違いないです」
さっき受けた攻撃は抉られるような形となって残り続けている。
利き腕で槍を持つことが叶わないのか、大振りな槍を片手で持っている。
「……随分傷ついている」
「ずっと戦っていたからかな」
衣類のあちこちが切り裂かれていた。返り血が衣装を黒く染め上げている。
素肌が見える箇所には傷がない場所は存在しない。
動きも、機敏に動いていた暴走したカラドボルグと比べると遅くなっているように見えた。
「……終わらせてあげないと」
「あぁ。行こう」
「……ヴォータンさん」
助けられたから、討てないなんてことはない。
私も覚悟を決めてここまで動いている。
ただ、彼女の意思が知りたいとは思った。
もし、暴走して本人の思わぬ意思で被害を出してしまうことがあったら、報われない。
相手が私たちに気が付く。
「アアアアァ……!」
暴走したキル姫が言葉を発することはない。
だから、遺された私たちが、その意思を知ることは難しい。
それでも、知りたいと思うマスターがいる。
なら、私は応えたいと思った。
生きて、ソクラと一緒に知りたいと願った。
「……ホーリービラーっ!」
光の柱。
今回は確実に当てに行く。
光と闇の属性はお互いに背反しあう。だから、高い火力で追い詰めることができる。
何回か当たったあと、傷を庇いながら、ヴォータンが迫ってくる。
確かに効いている。それでも、決定打にはなっていない。
「マスター、合わせてくれ!」
「行くよっ」
ヴォータンの槍の薙ぎ払いに合わせて、クラウ・ソラスとソクラがそれぞれ剣で対応する。
間合いの相性は不利。
それでも、相手の攻撃のタイミングを逸らせれば、一太刀加える隙ができる。
クラウ・ソラスが衝撃を逸らすように、片手で持つ剣の力で槍に対応する。
ソクラは両手の力を使い、槍を弾き返した。
「あとはお願いっ……!」
相手が弱っていたからか、ヴォータン自身もソクラの手で洞窟付近の岩盤まで追い込まれた。
「いこう、ミストルティン!」
「はいっ……!」
クラウ・ソラスの声に対応して、杖に魔力を貯める。
彼女も渾身の一撃を加えるつもりだ。
「決定打にはならないかもしれないが……!」
水晶刀カルマに秘められた力を活かした一撃。
最大限の加速を込めた一刀がヴォータンに入った。
叫び声にも似た咆哮が響く。
「とどめを!」
「終わりにします……!」
自分自身の魔力と、ガイアコアの魔力を載せて、魔力の蔦を発生させる。
そして、全ての蔦をヴォータンの身体に貫かせた。
「ア……ァ……」
血が噴き出し、狂気を秘めた瞳が元の色に戻っていく。
今度こそ討伐に成功したのだろう。
少しずつ、近づいてヴォータンを見つめる。
「……ヴォータンさん」
……力尽き、倒れたヴォータンの表情は、私を救ってくれた時と同じように微笑んでいた。
「……依頼そのものはこれで達成かな」
みんなが地面に座り込む。
気を抜けない状態が続いていたのもあって、精神的な疲労は相当なものだったのだろう。
「カラドボルグの方が無事ならな……」
「私なら大丈夫よ。クラウ・ソラス」
「カラドボルグ! よかった、無事で」
「私は平気よ。まぁ、淘汰の影響で少し気持ちが落ちてるかもしれないけど」
「……しばらく無理はしない方がいい。淘汰の後は、感情が不安定になりやすいからな」
「そうね……わかったわ。素直にクラウ・ソラスの言う通りにするわ」
元気そうなカラドボルグと一緒にイロニが歩いてくる。
「こちらの淘汰は終わった。……ヴォータンも無事に討伐されたみたいだな」
「はい。……でも、まだ気になることはありますが」
「暴走したキル姫がまだいると」
「そうではないです。……ヴォータンがここにやって来たのが気になったんです」
「どういうことだ」
「……死に場所を決めていたように思えて」
「まさか」
イロニが言葉に詰まった様子で考え出す。
……ソクラの言いたいことはなんとなくわかっていた。
「この洞窟に、何かがあるということですか?」
「……うん。確認しておいた方がいいなって思ったの」
立ち上がって、ソクラがそう言葉にする。
「お手伝いします」
「これも大事なことだからな」
私もクラウ・ソラスも知りたい気持ちは強かった。
洞窟に向かって歩きだす。
そこに何があるかはわからないけれど、大切なものがあるとは感じていたのだ。
「……俺も付いていって、構わないか」
「問題ないよ。むしろ、ヴォータンとの縁があるイロニさんやカラドボルグには来てほしい」
「わかった。……行こう」
それぞれの感情を胸に、洞窟に入る。
小さな明かりがこうこうとついているその洞窟は奥がそんなに遠くにはなかった。
「……行き止まりみたいです」
「あれは……」
小さな明かりがついた洞窟の最奥部には、古さを感じさせる厳かな日記帳が置かれていた。
「日記帳、か……」
「先に、読みますか?」
「あぁ……」
イロニが日記帳に近づく。
そして、そのまま硬直した。
「……マスター?」
「……正直に言うと、自分で読むのは怖いんだ。過去の俺自身に向き合ってるみたいで、恐ろしくてたまらない。……村長にもなったのも子供のようだよな」
イロニが静かに笑う。
自分を憐れんでいるような、そんな笑い方をしていた。
「……読んでもらうのは、平気ですか」
「我儘かもしれないが、それなら問題ない。」
「……なら、ミストルティン。お願いしてもいい?」
「私ですか……?」
「そうね、ミストルティンならいいかもしれない」
「カラドボルグさんまで」
自分には荷が重すぎるのではないかと思っていても、どんどん背中を押されていく。
「ヴォータンに直接助けられたんでしょ。なら、きっとマスターも後悔しないわ」
「赤の他人、ではないからな」
「……そうですね、命の恩人です」
あの時、どんなことを考えて私を庇ったかなんてわからない。
けれども、私がこうして生きている以上、なにかしら意味があるのかもしれない。
「……わかりました、読んでみます……!」
後悔しないように。
私は古くなった日記帳に手を伸ばし、その内容を読んだ。
……私の言葉を通じて、語られる日記帳の内容に、イロニは静かに涙を流していた。