お屋敷の裏にある墓地。
イロニさんの祖父のお墓の前に立って、静かに手を合わせる。
……ヴォータンの亡骸も、ここに埋まっている。
日記には、言葉以上に彼女の想いが込められていた気がする。
私が手に取って、読んでいるだけでも彼女の感情が伝わってきて、後半の方は、私自身泣いてしまっていた。
「イロニさんに、しっかり伝わったのでしょうか……」
「伝わったさ、きっとな」
「クラウさんっ」
ぼんやりと呟いていたら、クラウ・ソラスに声をかけられた。
「その……義手は大丈夫なんですか?」
恐る恐る聞く。
そう、彼女の義手はあの戦闘で壊されてしまっていたのだ。
「あぁ。義手は取り替えることになりそうだ。次の任務までは色々手続きがあるみたいだし、それまでに直してもらうよ」
「しばらくは直らなそうですか……?」
「いや、そんなことはないさ。ここにはそれなりに大きい工房もあるし、おやっさんも向かってくる。だから、そんなに片手だけの状態は続かないと思うよ。日常で使えるような予備ならあるって話らしいからね」
「それはよかったです……」
流石に元通り、とまではいかなくても生活に困ることはないみたいだ。
帰ってきたあともずっと心配だったから、クラウ・ソラスの言葉を聞いて安心した。
「これもイロニの祖父から続いている村の恩恵さ」
「……そうですね」
受け継がれて、続いている。
ここに村があるから生きていける人がいる。
みんながやってきたことは無駄ではなかったのだ。
「ヴォータンさんと、カラドボルグさんが一緒にいたなんて思いもしませんでした」
「そうだな。日記を読むまでは知るよしもなかっただろう」
「……カラドボルグさんの感情も、淘汰がなかったらどうだったかわかりませんでしたよね」
「あぁ。マスターが彼女に詳しく聞いているが、色んな感情があったらしい」
「……暴走していましたからね」
「ひとつひとつの感情を探し当てるのはなかなか難しいよ」
「それでも、見つけ出すことが大切なんですよね」
「そういうことさ」
この隊の在り方、そして私の動き方がようやくわかった気がする。
まだまだ未熟でも、できることを増やしていけば、ソクラの理想の手伝いならできるはずだ。
「あっ、ここにいた」
「マスター!」
話をしていると、ソクラが私たちがいる場所にやってきた。
疲れてはいるけれど、余力がありそうな表情だ。
「しばらくここに滞在することになったから、よろしくね」
「義手のこともあるからな」
「あと、やっぱりイロニさんの祖父のこととか調べたいって思ったからね」
「資料集めなら、協力します」
「ありがとね、助かるよ」
対暴走執行官だからではなく、他人と向き合いたいから多くのことを調べる。
それがきっと彼女の生き方なのだろう。
「……ミストルティン、とりあえず任務の流れはこんな感じだったけど、これからも一緒にいてくれる?」
彼女が不安そうに問いかけてくる。
ソクラひとりではできないこともある。当然、私だけでもできないことは多い。
気持ちが沈んで動けなくなりそうな時があった。
一瞬、死を覚悟した時もあった。
それでも、私の答えは決まっていた。
「はい……! 未熟かもしれませんが、これからもよろしくお願いします……!」
対暴走執行官のキル姫として生きる道を選んでみたい。
ソクラの力になりたいと、私は私の意思で強く思ったのだ。
「……よかったぁ」
私の声を聞いて、安心していたのはソクラだった。
「不安だったんだな」
「色々あったからね、今回の任務」
「……いいも悪いもあったと考えよう。生きていたから、それでいい」
「無事に、生きられただけでも幸せです」
危険な時は命の危機を本気で感じていた。
だからこそ、こうやって話せる時間が幸せなものに思える。
「……ならさ、一緒にどこか食べに行こうよ」
「村の美味しい食べ物屋さん……ですか?」
「うん、いい感じのお店に入って、また生きてる実感を沸かせていく流れで」
「それもいいな」
「よし、出発っ」
元気な声でソクラが号令して、クラウ・ソラスもその後ろに続く。
私は、ついていく前に、もう一つだけお墓に向かって、声を掛けておきたかった。
「行ってきます……!」
村を作り上げた王とその同胞に頭を下げる。
そして、振り向いて、私はふたりの後を追った。
暴走がキル姫に与える影響は大きいものかもしれない。
それでも、暴走の理由を探していけば、ただ無意味に暴れているだけではないということを知ることはできる。
彼女たちの生きた痕跡を探る為に。
遺された人に想いを伝える為に、私たちは進み続けたい。
見上げた空はどこまでも青く、世界の広さを感じさせた。