もしクローン武蔵がマジ恋の世界で誕生したなら   作:チョコレート・マウンテン

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一話 無双、誕生

 

 

 

 

 

 九鬼本社ビル 地下366メートル。

 

 

 九鬼財閥に従属する者の中でも特別な許可を得たものしか入れない巨大な実験施設がそこにはあった。

 

 世界中にあるどの機関と比べても規模(スケール)水準(レベル)全てにおいて桁外れ。

 科学に生きる者にとっては一生そこにいたくなるような居心地の良さを感じさせるほどの施設のさらにその奥地。幾重もの厳重な扉を抜けた先にあったのは横たわった一人の男。

 

 男を監視するモニター室には二人の男女がいた。

 

 

「おいマープル。あれから奴さんはどうなんだ?」

 

「おや帝様。わざわざご足労いただくとは、恐縮ですがねぇ。なんの変化もありゃしませんよ」

 

 

 片や九鬼財閥当主、九鬼帝。片や九鬼従者部隊序列第二位"星の図書館"ことマープル。

 

 言わずと知れた九鬼財閥の当主とその頭脳という組み合わせだった。

 

 

 

 遡ることおよそ一年ほど前のこと。

 

 日本に新たな人材確保と九鬼財閥が考えたのは武士道プランと呼ばれる歴史上の偉人をクローン技術で現代に蘇らせるというぶっ飛んだ計画だった。

 

 蘇らせるのは源義経、武蔵坊弁慶、那須与一……etc。言わずもがな、全員が歴史に名を残す偉人ばかりである。その偉人の遺伝子を持つ子を現代社会に放り込むというのだ。

 

 

 計画は順調だった。

 

 健康な卵子にクローンの胚を注入させた受精卵を特殊な培養槽で育成。栄養素が豊富に含まれた培養液で水槽内を満たし、絶えず栄養を送り込むことで本来ならば十月十日で赤子になるのに対し、今回のクローン体は十七~十八歳の少年少女まで急成長させることに成功した。

 

 そのクローン達はすでに出産され(・・・・)、次工程のために別の施設に移動された。

 

 

 ──一体のクローン体を除いて。

 

 

「一番会いたかった人物なんだけどなあ……」

 

 

 横たわる男の名は宮本武蔵。

 

 日本の歴史上最も有名(メジャー)なサムライ。二天一流(二刀流)の開祖。

 この世において最強という言葉はこの男のためにあるだろう。

 

 しかしその肝心の武蔵は眠っていた。暖かい毛布に包まれて眠る子供のように威厳も風格も感じられないまま眠りについていた。

 出産から八十一時間。脈拍、体温、血圧、いずれの項目も正常だったが、脳波だけは一切の反応を示さなかったのだ。

 これにはマープルの他、全職員にとって予想外の出来事だった。他のクローン全員が二十四時間以内に目を覚ましたというのに、武蔵だけは一向に目を覚ます気配がなかった。

 

 

 

 場所は変わって会議室。ここでは武蔵が起きないという現状を打破するための会議が行われていた。

 

 

「これはあくまで持論ですが──」

 

「ここは一つ提案が──」

 

 

 会するは科学に名を連ねた面々。どこぞの国際的なフォーラムにでも来たのかと錯覚させるような関係者(メンツ)による議論は喧々囂々(けんけんごうごう)の一言に尽きた。

 

 白熱を極めた議論は一時間近くにも及び、そろそろ意見も尽きてきたところで──。

 

 

「──ちょっといいか?」

 

 

 今まで黙りを決めていた帝が口を開いた。

 

 

「俺はお前らと違って科学なんてものは全然わかんねぇからさ。口を挟むのはお門違いかもしんねぇけど、素人の意見にも耳を傾けてもらいてぇ」

 

「構いません。どうぞお好きなように仰ってください」

 

 

 帝は『あんがと』と返すと軽く咳払いした。

 

 

「仏作って魂入れず……。

 

 武蔵が何故目覚めないのか。他のクローンと何が違うのか、何が足りないのかはさておいて。武蔵を目覚めさせるにはどうするかと議論するお前達の熱意は充分に伝わった。

 

 そんなお前達の熱意を逆撫でするようで悪いが……俺の知り合いにこの状況をなんとか出来そうな人がいる。職業は霊媒師だ」

 

「「「──?」」」

 

 

 霊媒という単語に一同は頭を傾げた。

 この場にいるのは科学に身を置く者。オカルトとかそういう(・・・・)ものとはかけ離れた場所で生きてる。そんな人間達に霊媒とはジョークだと一笑されかねない。

 

 

 だが。

 

 

 九鬼帝に常識は通用しない。科学だとかオカルトだとかは関係ない。信じるのは自分の直感と部下のみ。そうやって彼は九鬼財閥を作り上げてきたのだ。

 故に信じよう。九鬼帝のやり方を。

 

 

「性別は女性。年齢は不詳。霊媒師を名乗ってる以上、胡散臭い上このことないが……この人はとことん胡散臭い。けどな……」

 

 

 そこから魅せたのは清々しいまでの笑顔。その眩しさに一同は固唾を飲んだ。

 

 

「『本物(マジモン)』なのは保証するぜ?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「たわけッ!」

 

 

 再び場所は変わって東京都内××××。

 

 辺りに高層ビルが立ち並ぶオフィス街に張りのある怒声が響いた。

 

 

「貴様……平民の出で我を呼ぶとは叩っ斬られたいかッッ!!」

 

 

 通行人が何ぞやと目を向ければまず目に飛び込んだのは長い長い列だった。老若男女構わず続く長蛇の列の先にいた派手なファッションをした老婆が座っていた椅子を投げ出さんとする勢いで怒鳴り付けていた。

 

 並んでいる人たちから聞こえたのは現実的ではない単語だった。

 

 

「あれ、なに?」

 

「織田信長だってよ」

 

「マジ?」

 

 

(織田信長だって?)

 

 

 事の顛末を見ていた青年は呆気にとられた。どう見ても織田信長ではない。いかにも関西のおばちゃんといった風貌である。

 しかし青年はすぐに思い出した。巷で話題になっている霊媒師がここら辺にいると。その人は霊を降ろす(・・・)ことが出来るという噂を。

 

 まさしく彼女がそうなのであろう。嘘か本当かの真相は置いといて、青年は確かめたくもなった。

 

 

(お、俺もやってもらおうかな?)

 

 

 期待を胸に青年はどこまで続くか分からない列に並ぶ。こうして列は続いていくのであった。

 

 

 

「はい次」

 

 

 信長を降ろし終えた老婆はしれっと態度を改めると次の客に着席を促した。

 座ったのは三十代後半といったぐらいの男。座るや否や、モジモジと躊躇がましく質問をぶつけた。

 

 

「……あの、誰でも降ろせるって聞いたんですけど……」

 

「そうよ」

 

「じゃ、じゃあ……、例えば、J(ジョン)F(エフ)・ケネディとかでもいいんですか……?」

 

「いいよ。呼ぶかい?」

 

「あ、はい」

 

 

 『いいんだ……』と男は唸った。

 老婆は勢いよく両手をパン!と拍手するとぶつぶつと呪文のような言葉を唱え始めた。一分くらいすると今まで仏頂面を崩して砕けた笑みを見せた。

 

 

「ハァイ、ヨロシク♡」

 

「え…? ハ、ハァイ……?」

 

 

 思いっきり日本語だった。そのことに後ろのギャラリーまでも笑った。

 しかしケネディ?は気にも留めない。

 

 

「珍シイナ。日本ノ若者二呼バレルナンテ……。何ノ用ダイ?」

 

「あ、えっと……」

 

 

 冗談半分で呼んだので話すことなんて一つもない。申し訳なさそうに狼狽えているとケネディはフムと手を顎に沿える。

 

 

「日本ハ、トップノ入レ替ワリガ目マグルシイヨウダ。国民ガ政治ニ無関心ダト政治家ガノボセル。政治ヘノ無関心ハ社会悪ダヨ」

 

「は、はあ……」

 

「君ガトップニ立ッテモイインダヨ。君ナラ出来ル」

 

「セ、センキュー……」

 

「シーユーアゲイン♡」

 

 

 最後に握手。さっきまでの親しみやすさは何だったのか、他人行儀な態度で『はい次』と客を交代させる。

 

 

「じゃあママ。次はおれ──」

 

「ちょいと待ちな」

 

 

 座ろうとしたら静止させられた。直後、路肩に車が止まった。

 

 表面が鏡の如く光り輝く黒塗りの高級車。ボンネット先端に立つ女神像(スピリット・オブ・エクスタシー)を見た誰かがボソッと呟いた。『あれロールスロイスじゃね?』と。

 

 車から降り立ったのはいかにも紳士といった男性だった。

 男は老婆を見るや一礼。

 

 

「徳川寒子様で相違ございませんね? 私は九鬼家従者部隊のクラウディオ・ネエロと申します。我が主の命に従い、貴女様をお迎えに上がりました」

 

 

 九鬼の名前を聞いてギャラリーは驚いた。

 九鬼というビックブランドは伊達ではない。日用品や有名な建築物など普段我々が使用している物の大半は九鬼関わってたりするのだ。

 

 そんな九鬼の従者が会いに来た? 一体何事かと思うのは無理もない話だ。

 

 

「九鬼となると呼んだのは帝の坊やかい。そろそろ来るかと思ってたよ」

 

「おや、ご存知でしたか?」

 

「長いことこの道やってるとこういったことには敏感になってくるんだよ。さっ、早く案内しな」

 

 

 クラウディオの手を借りて車に乗り込む寒子は呆気にとられているギャラリーに向かってサングラスを外して言いはなった。

 

 

「悪いね、ちょっと出掛けてくるよ」

 

 

 車が発進する。ロールスロイスはあっという間に風になり、すぐに見えなくなっていった。

 あまりの急展開にその場にいた全員が乾いた笑いを溢すしかなかったのだった。

 

 

 

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