ゴジラVSガメラ   作:マイケル社長

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ープロローグー

・2020年 7月29日 17:49 東京都墨田区錦糸町4丁目 錦糸公園

 

 

折からの高気圧による熱波に加え、公園にぎっしり集まった人の熱気で錦糸公園は夕刻にも関わらず茹だるような暑さとなっていた。

 

押し寄せる人の波は引きも切らず、30分ほど前に東京都東部に発令された避難指示に則り、区の指定避難場所となっているここ錦糸公園を目指して北は押上方面から、南は江東区方面からさらなる人の列が伸びていた。

 

『柊木さんたちが一緒なら大丈夫だね、とにかく一緒に行動しな』

 

電話の向こうで母の由加がいつもと変わらぬ朗らかな口調で話してきたため、三崎真琴はむずがゆくなるような、なんとも言えない気分になった。

 

「お母さんごめん、オレ・・・」

 

早くそっちに戻れば良かったね、と言おうとしたとき、由加がそれを遮った。

 

『あんた、民生委員の仕事はあたしの仕事なんだから、大丈夫よ。それに自治会のみんなで手分けして独居老人や母子家庭に声かけて、もう少しで避難も始められるところ。第一にゴジラもギドラも、流山から先まで進んだらしいじゃない。いまのうちに避難できちゃえば、なんとかなるわさ』

 

明るい母の声に、真琴は込み上げてくるものがあった。

 

『とにかく、電車乗れて無事だったら連絡しよね!大丈夫、ここは日本なんだから。落ち着いたらなんとかして落ち合おうね!』

 

柊木さんたちによろしくね、と由加は電話を切った。自治町内会のかばん屋の奥さんだろうか、背後で由加を呼ぶ声がしていた。あちらはあちらで、やるべきことが多いのだろう。

 

年末年始以上の通信電波利用による不通が続き、ようやくつながった電話だったが、さみしさと心配はあまり晴れなかった。真琴のアルバイト先である『おそうざいの柊木』の女将、柊木里子が声をかけてきた。

 

「由加ちゃん、やっぱり忙しいみたいだね」

 

「はい。民生委員だから、独り暮らしのおじいちゃんなんかを面倒みなきゃ、って」

 

真琴は自宅がある押上の方向を仰いだ。どんよりした空からはいまにも雨が降り出しそうで、濃密な熱い空気は真琴がまなざす方向にひときわ大きくそびえる東京スカイツリーの上半分を完全に包み込んでしまっていた。

 

「でも、由加ちゃんだけじゃなくて、かばん屋の北本さんや肉屋の肇ちゃんも一緒なんでしょ。大丈夫だよまこっちゃん。由加ちゃんにはみんなついてるし、あんたにはあたしらがついてるじゃないのさ」

 

元気出しな、と真琴の肩をポンと叩いてくる里子。「おい里子、まこっちゃん!」と声をかけられたのはそのときだった。

 

「あんたぁ、どうだった?」

 

人の波をかきわけるようにやってきたのは、里子の主人で惣菜店を経営する柊木潤三だった。小学2年になった息子の拓磨と一緒に、この先の交差点で警備誘導に当たっている警官に避難の状況を訊きに行っていたのだ。

 

「まぁだだいぶ時間はかかるが、それでも総武線も東西線も小岩まで伸ばすってよ。そこからピストンで避難輸送してくれるって話だぜ」

 

「ホントか、潤三?」

 

「ようし、そう来たら我慢比べよ!」

 

「よぉし、もうちょっと辛抱だ!」

 

周りの人々も皆顔見知り(潤三の競馬仲間)であり、わずかではあるが避難の目処がついたことで活気づいた。

 

「ゴジラとギドラのヤロウ、常総まで行きやがったって話だ。このまんま北上してくれりゃ、避難もしねぇで済むかもしんねえぜ!」

 

普段からラジオで競馬実況を聴いている印刷屋の旦那が、イヤホンを外して言った。

 

「そいつはありがてえ。このまんま海へ出てくれりゃ、今度こそ自衛隊も弾ァ撃ち放題だ。やっつけちまえるぞ!」

 

「早いとこそうなってもらいてぇな。暑くてかなわねぇ!」

 

「おい、ビール買ってこいビール!」

 

脅威が遠ざかりつつあることで、潤三と近所のオヤジ連中はガハハと笑いながら話している。蒸し風呂のような熱気で殺伐としていた空気が、弾けるように軽くなった。

 

「真琴ねえちゃん」

 

柊木夫妻の息子である拓磨が、真琴のTシャツをひっぱった。手のひらにキャンディを乗せている。

 

「いいよ。拓磨が食べな」

 

真琴ははにかんでそう言ったが、ニッコリ笑う拓磨の左頬はぷっくり膨らんでいた。

 

「もう舐めてんのかよ」

 

笑って少し小突くと、真琴は拓磨の手からキャンディを受け取り、口に放った。

 

「ねえ真琴ねえちゃん、ゴジラとギドラ、こわい?」

 

拓磨はいつもしてくるように真琴の腕にしがみつくと、ふいに訊いてきた。

 

「うん・・・こわいかな。やっぱり」

 

どう答えれば良いかわからなかったが、素直に真琴は答えた。

 

「えー、ねえちゃん怖いんだぁ。オレ、ゴジラもギドラもカッコいいって思うのに」

 

そうはにかむ拓磨。たしなめの言葉を投げ掛けようともしたが、やめた。ゴジラもギドラも、おそるべき存在ではあるが、実際に遭遇したこともなく、ネットやテレビ越しに見た場合、小学生は常識と異なる印象を持つのだろう。

 

印象が恐怖に変わることなく、このまま平穏に時が過ぎてほしい・・・そう思った時、後ろから人の列が押してきた。押されるがままの人が波を作るように、自分より前の人を押していく。その流れから守るべく真琴は拓磨を抱き寄せ、おしくらまんじゅうの震源地に目をやった。

 

「おい、お前ら周りに迷惑かけるんじゃねーぞ!腹ひっこませろ!」

 

聴いたことのあるダミ声が、分厚い皮膚を持つ人々の中から聞こえた。

 

「親方!」

 

近所の相撲部屋、立海部屋の龍野海親方だった。岩のようのごつい顔が真琴の声に目を向けると、険しい顔が明るくなった。

 

「おうまこっちゃん!おいお前ら、まこっちゃんだぞ!」

 

龍野海親方が声を張り上げると、おしくらまんじゅうの原因であった立海部屋の力士たちがこちらを向いた。

 

「まこっちゃん!」「おお拓磨」

 

あまり言いたくはないが、こういった状況ではいささか迷惑、もとい立派な体格をした力士たちが、汗だくの顔に笑みを浮かべた。

 

「なあんだ、やたらめったら押してきやがると思ったら、オメエら!」

 

言動とは裏腹の笑顔で、潤三が力士の腕を叩いた。

 

「肉密度高くてかなわねぇや!」

 

そういう潤三に、龍野海親方が食ってかかった。

 

「何をテメェ、いざってなりゃオレたちが壁になって守ってやんだから、感謝しろィ!」

 

「コノヤロー、減らず口叩きやがって」

 

罵り合う龍野海親方と潤三を、力士たちと真琴は苦笑しつつ見遣る。

 

「やめなあんたら!ただでさえ暑いのに」

 

大抵こういったときは、里子がそれ以上の怒鳴り声を上げると鉾が収まる。

 

「暑いっていえば、アレだ。先に避難できた稲妻部屋の奴等、エアコン効いてる永田町駅で涼んでやがるとよぉ!早いとこオレたちも涼みてぇな」

 

龍野海親方が潤三を小突きながら言った。

 

「オメェらと避難してたら、エアコンも効かねえくれぇあったまっちまうわ!」

 

またじゃれ合い始めた2人をさておき、力士の1人、喜乃里が真琴の肩を叩いた。

 

「まこっちゃん、大丈夫だったかい?」

 

喜乃里は立海部屋の新人力士で真琴とも年齢が近く、立海部屋の力士たちの例に漏れず『おそうざいの柊木』が作る爆盛りメニューのお得意様でもある。

 

「うん。お昼過ぎにバイト来た時に屋内待避の警報出て、潤三さんちでそのまま。友達らも課外ある子たちは学校にとどまってたって」

 

看護師を志している真琴は江東区にある看護学院に通っており、学校は2週間前のゴジラやギドラ、モスラといった怪獣たちの激戦が新潟県から千葉県にかけて繰り広げられた前後から臨時休校となっていた。怪獣による災害が直接的にも間接的にも落ち着いてきたことと、避難先から戻って来る生徒も増えてきたことから、3日前から通学できる生徒たちへの授業が午前・午後の2部制で再開していた。

 

「良かった。お母さんは?」

 

「家にいるよ。民生委員の仕事で近所の人たちを世話してる」

 

それを聞いて、喜乃里は安心したように微笑んだ。真琴の事情は知っているのだろうが、時折真琴に対し、行きつけにしている惣菜店の看板娘以上の感情が読み取れることがある。悪い気はしないのだが・・・真琴はどうしても、彼に対し作り笑顔で接することが多くなってしまう。

 

拓磨が喜乃里に飴を振舞っているところに、彼の兄弟子たちが声をかけてくる。

 

「いやあ〜、暑い暑い」

 

「なんでかなぁ〜、汗が止まらねぇよ。なあ喜乃里?」

 

「オ、オッス」

 

恐縮しきる喜乃里に苦笑する真琴。

 

「おい、電車の往来多くなってるぞ」

 

「避難だいぶ進むな」

 

「でもオレたち、車両ひとつ貸し切んねぇと入らねぇんじゃね?」

 

「そうなる前に避難指示解除されんべ。そんときは、まこっちゃんとこに爆弾からあげ買いにいかねーとな」

 

「アレ食ってスタミナつけねぇと」

 

「まこっちゃん、アレちゃんこに入れるとうまいんだぜ」

 

力士たちの景気良い話のかたわら、拓磨の顔が曇りつつあった。

 

「おい、どうしたんだ拓磨?」

 

真琴が訊いた。

 

「姉ちゃん、あれ、何?」

 

拓磨は人ごみの向こう、灰色の空の先を指差した。

 

「おっきな豆みたいなの落ちてくる」

 

拓磨の言う通りだった。一面に敷かれたような灰色の雲は、ギドラが関東地方に接近した1時間前からそのままだった。ゴジラと邂逅した千葉県東部は暴風雨らしいが、やや外れた東京は小雨と旗がなびく程度の風に収まっていた。

 

その灰色の空を、何かが割った。黒い塊が落下してきている。地表に接近するに従って、口笛のような音が空を揺らしてきた。

 

そのころには真琴と拓磨以外の人々も、空から降ってきた何かに気づいていた。建物群の向こうに見えなくなった刹那、大轟音と激しい揺れが真琴たちを襲った。

 

「姉ちゃん!」

 

しがみついてきた拓磨を守るように抱き寄せ、真琴は目を瞑った。揺れと轟音がおさまっていき、恐る恐る瞼を開ける。ここから東側、小岩か柴又辺りにものすごい砂煙が天を衝くようにそびえ立っている。

 

何かをひきずるような地響きがした後、そこはかとなく低く重い音がしてきた。

 

・・・・ズン・・・・ズン・・・・ズン・・・・。

 

何かが割れるような、砕けるような音の後、何が起きているのかわからず身体が硬直している真琴たち錦糸公園の人々の鼓膜に、おぞましい咆哮が飛び込んできた。

 

一度、二度、まるで天を震わせるように大きく吼える。全身が痺れたように強張り、真琴は固唾を呑んだ。しがみつく拓磨の手がより強く、真琴のシャツを握った。

 

建物のすき間に強風が吹き荒ぶ音がした。灰色の雲が渦を巻き、一気に雨脚が強くなる。

 

雲の渦が晴れ、黄金の光が差し込んだ。だがそれは、万物の源である太陽光とはまるで異なっていた。鳥肌が立つほど明るく、不気味な黄金の光だった。

 

甲高い咆哮が、まるで多重ステレオ音声のように周囲を震わせた。咆哮は合わせて3つ、重なり合うように響き渡る。強烈な一陣の風が吹き、公園の砂が巻き上がり、電線が大きく揺れた。視界いっぱいに拡がったものは、金色に輝く両翼だった。

 

ちょうど真琴たちの頭上で旋回すると、巨大な両翼に3つ首の怪獣は葛飾方面を向いた。3つの首が一斉に吼え、翼をはためかせてさらに降下しようとしたそのとき、地上から極太の青い光が発せられた。避難している人々の網膜を青く照らすその光は、本能的に直視を避けたくなる禍々しいものだった。

 

青い光の渦は黄金の大怪獣を押し出すように空中で後退させている。白煙を上げながら吹き飛ばされていく黄金の大怪獣は、そのまま東京スカイツリーに激突した。634メートルの威容を誇る日本一の建造物はちょうど真ん中付近から亀裂が入り、黄金の大怪獣ごと地表に倒れ込んでしまった。

 

とてつもない揺れと轟音に、錦糸公園に避難していた人々はようやく【恐怖】という感情を呼び起こした。頭上で繰り広げられる信じられないような光景に、すべての神経が集中してしまっていたのだ。

 

折れてしまったスカイツリーは押上から本所・両国付近に倒れ、周囲の建造物を木片や鉄塊に変えてしまった上でそれらを宙に舞い上げた。

 

その瞬間、息が止まったのを真琴は感じた。本所吾妻橋、あの辺りは自宅がある。唯一の肉親である母が、地域の職務をこなしつつまだ居るはずだ・・・・・。

 

「真琴!」「まこっちゃん!」「拓磨!」

 

潤三や里子、あるいは力士たちか近隣の旦那衆らの声が入り混じった。気がつくと後ろからものすごい人の波が押し寄せ、身体が硬直していた真琴の足がもつれた。

 

「姉ちゃん!痛い、痛い!」

 

手をつないでいる拓磨が絶叫し、真琴は我に返った。人の波にちぎれそうな手を引き寄せ、拓磨の肩を寄せる。いつのまにか拓磨の額が赤く染まっていた。

 

「ほら、拓磨!」

 

拓磨を抱き寄せながら、真琴は走り出した。潤三も里子も、旦那衆も立海部屋の力士たちも、いつのまにか周囲にいなくなっている。絶叫と喧騒の中で自分と拓磨を呼ぶ声が聞こえた気もしたが、人の流れに逆らえず錦糸公園からJR錦糸町駅のガード下をくぐり、錦糸町駅南口へ躍り出た。

 

「落ち着いて、落ち着いて!」

 

ガード下で必死に避難誘導に当たる警官の怒声も虚しく、完全に恐怖に支配され秩序を失った人々は思い思いの方角へ走り込み、勢い転倒した者を容赦なく踏みつけていく。真琴の目の前で倒れたまま助けを求めていた中年の男性は、無数の足に腹を踏まれて血液混じりの吐瀉物を噴き出したところで動かなくなった。

 

避難しようとする人々の流れから逃れ、真琴は錦糸町駅舎に背をつけて拓磨を見た。避難しようと人々が一斉に動き出した際に負ったらしい、額の傷から絶え間なく出血している。

 

真琴は自分のTシャツを破り、拓磨の額に当てた。

 

「拓磨、痛かったな」

 

周囲の喧騒と混乱に呑まれぬよう、真琴は顔を近づけた。看護学院んで習ったように、小さな子の手当てをするときはまず一番に優しく宥めてやる必要がある。

 

目頭と頰まで流れた血をぬぐってやったとき、再び強風がなびいた。だがその風はこれまでとは比べものにならなかった。

 

錦糸町駅ホームの屋根が吹き飛ばされ、衝撃と音に気づいた真琴は顔を上げた。ガラスや破片と一緒に、停車していた総武線の車両が地表めがけて落下してきたのだ。

 

電線がひきちぎれ、オレンジ色の火花が降る中、真琴は必死で拓磨を抱き寄せた。鼓膜が激しく打たれるような音がして、真琴は息を止めた。

 

 

 

 

 

 

・同日 18:06 東京都立川市緑町 陸上自衛隊立川駐屯地 東部方面航空隊本部

 

 

『ゴジラとギドラ、茨城県笠間市付近から南へ反転。ギドラ、ゴジラを咥えたまま首都圏上空に到達!』

 

防衛出動が発令されたことに伴い、立川駐屯地に所属する東部方面航空隊は命令あればいつでも飛び立てるよう、準備を進めているところだった。

 

ニュージーランド沖から現出し、オーストラリア東海岸からニューカレドニア、ビスマルク諸島を壊滅させて北上するギドラの日本到達が確実となり、また倒されたはずのギドラ出現に呼応するかのように目覚めたゴジラ掃討と合わせ、瀬戸内閣総理大臣より防衛出動が下されたのは15時過ぎだった。

 

元々浦安で活動を停止していたゴジラ復活に備え、特科隊の対ゴジラ兵器が葛西臨海公園に展開こそしていたのだが、ゴジラ復活時に核爆発のごとき膨大な衝撃波が引き起こされ、浦安の旧東京ディズニーリゾートを爆心とした周囲2キロが完全破壊されたことにより、部隊は攻撃する遑もなく壊滅。

 

その後は爆発的衝撃波により多大な被害を受けた江戸川区へ災害派遣要請が成されたこともあり、攻撃より避難・救出活動が行われていた。

 

復活したゴジラは幸いにも2週間前怪獣たちが激突したことで既に廃墟と化していた市川から船橋・習志野方面へ侵攻。千葉県内の道路網が寸断され復旧もままならぬことで陸上部隊の展開は不可能であり、チタノザウルスの横須賀侵攻でイージス艦による遠隔攻撃も望めぬ状況で、入間の航空自衛隊第一高射群によるギドラ攻撃が唯一即応可能な作戦ということもあり、活動による被害はギドラの方が脅威という判断でまずギドラ掃討を最優先とされた。

 

17時過ぎ、第一高射群のぺドリオットによる多重攻撃をものとせずギドラは千葉県九十九里に到達。既に千葉東海岸に達していたゴジラと会敵後は、昨年の浜松・浜名湖の悪夢をたどるかのように争いながら東金、三郷と千葉県を北上。当初の予想ではそのまま茨城県を北西に移動するものと思われたため、残存兵力を考慮し、茨城・栃木県境を要撃拠点として青森県三沢のF2による空爆と、宇都宮駐屯地の第12特科隊の統合部隊による攻撃を敢行すべく準備が進められていたのだ。

 

2週間前、ギドラが千葉県に襲来したことで木更津駐屯地が半壊、木更津に駐機していた第一ヘリコプター団が立川に緊急配備された。これにより、東部方面隊所属の主立った対戦車ヘリコプターはすべてここ立川に集結したことになる。こうした事情もあって、立川の部隊は首都防衛のために温存されることとなり、必要あればいつでも出動できるよう爆装を完了させた上で待機していた。

 

『ゴジラ、葛飾区柴又付近に落下!ゴジラの攻撃により、東京スカイツリー倒壊。葛飾区から墨田区、台東区にかけて被害甚大!』

 

駐屯地内の放送で、待機中の隊員たちは一斉に顔を強張らせた。

 

『第一、第64対戦ヘリコプター隊に出動命令』

 

そう告げられれば、いつでもローダーを回して街を荒らし回るゴジラとギドラに対戦車誘導弾を叩き込む準備はできていた。だが肝心の命令が、なかなか下される気配がない。

 

『ゴジラとギドラ、台東区浅草付近に到達。ギドラ光波により、墨田区から江東区にかけて大規模火災発生!』

 

『東京消防庁要請、消火剤搭載のヘリを東京都東部に派遣』

 

『警視庁航空隊、被害状況確認のため出動』

 

立川飛行場は陸自だけではなく、東京消防庁・警視庁・海上と航空自衛隊がそれぞれ共用している。他の航空隊が続々と飛び立っていく中、対戦ヘリ部隊のパイロットたちは歯噛みして霧雨を弾き都心へ向かっていくヘリを注視していた。

 

「なぜ、我々に出動命令が出されないんですか!」

 

立川駐屯地のAH64アパッチパイロット、仁河1曹は傍らの三瓶3尉に食ってかかった。元より口数の少ない三瓶は口を真一文字に締めたまま、迅る後輩と違い沈黙を守っていた。

 

ポン、と肩を叩かれた仁河は弾かれたように振り返った。

 

「若いの、早まるな」

 

同じ駐屯地のUH1イロコイのパイロット、鳴海真人2尉だった。再来年に定年を迎えるというのに、ヘリパイロットを現役で務め上げる駐屯地ヘリパイロットたちの中心人物だった。

 

「いつ都民避難完了の報告を受けた?いつ総理大臣が人口密集地での攻撃を命じた?おい?」

 

本来禁じられている滑走路上での喫煙を平然と行いつつ、鳴海は仁河に問いかける。

 

「し、しかし、このままでは被害が広がるばかりです!我慢なりません」

 

今年春にパイロットとして任官したばかりの仁河はなおも食い下がる。鳴海は紫煙を大きく吐き出すと、仁河と肩を組んだ。

 

「お前が行けば、確実にゴジラとギドラを止められるってのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

「お前な、戦争するなら確実な勝算がないとならん。いまだ火力効果の程が不明な点も多い怪獣相手とはいえ、せめて戦力・戦略的優位な状態になって実力行使をするってのが頭の冴える作戦であり、軍隊だ。そこを考え無しに、遮二無二特攻するのが軍隊か?気持ちはわかるが、いまは刻を待て」

 

それでも仁河は不満げだった。だが、総理大臣を含めた政府首脳が都心を離れ、立川の政府予備施設を目指してまだ30分と経っていない。新たな作戦、命令を立案することは容易ではなく、少なくとも政府首脳が立川に到着するまでは、新たな攻撃命令を下せる状況にないのだ。

 

「血気盛んなのは大いに結構。だが、もう少し冷静になって考える訓練もしろ」

 

以上のことを説き、鳴海は煙草を握り消した。

 

「で、では、鳴海2尉はどのような作戦が有効だと考えますか?」

 

仁河に訊かれ、鳴海は新たな煙草に火をつけた。近くに航空隊副司令がいるのだが、煙草を燻らす鳴海には何の注意もする様子はない。

 

「そうさなあ。とりあえずコブラやアパッチの対戦誘導弾だけじゃ奴らにとっては豆鉄砲同然だ。こんだけの騒ぎっになりゃあな、横田と厚木の米空軍が準備を進めてんだろな。んで、ヤツラと連携保ちつつ我らには富士裾野と霞ヶ浦の対地・対艦中距離誘導弾がある。宇都宮の対怪獣削岩誘導弾も射程距離だ。以上これらを一気に集中させりゃ、少なくともコイツ(アパッチ)で突撃するよりはるかに有効だろう」

 

煙草をふかしながら、鳴海はアパッチと仁河を交互に叩いた。

 

『待機中の各隊、待機中の各隊。都内侵攻中のゴジラとギドラに対し、特科大隊及び米軍と連携した攻撃作戦の実行が決定。作戦開始時刻、18:20』

 

「ほれ見ろ」

 

鳴海は仁河にニヤリと笑って見せた。だが次の指令には顔を曇らせた。

 

『特殊作戦群、都内被害状況確認のため出動命令。立川航空支援隊運輸の任に就け』

 

「ンだとぉ?」

 

煙草を指で握りつぶすと、たまたま近くにいた航空隊副司令の宮本に歩み寄った。

 

「宮本2佐、聞き慣れねぇ任務ですな。特殊作戦群を乗せて都内まで運べ、なんて」

 

鳴海より年下の副司令は若干困惑気味の顔をした。

 

「30分前だ。入間からここに到着、待機していたらしい」

 

「しかしいったい何のために?まさかゴジラとギドラ相手に近接戦闘しろって言うんじゃないでしょうね?」

 

特殊作戦群。陸上自衛隊が創設以来初めて特殊部隊として公開した部隊であり、かねてから事実上の特殊部隊として機能していた第一空挺団と双璧を成す精鋭部隊だ。最大の特徴は有事の際に米軍特殊部隊であるデルタフォースと連携できるよう、銃火器や装備を統一していること、場合によっては他国での作戦展開も考慮し、潜入・撹乱に特化した訓練もなされていることだ。

 

「怪獣たちの抗争による被害状況把握を骨子とする都内潜入が任務とのことだ。降下・引き上げ地点はいま市ヶ谷から連絡がくる」

 

言いながら、宮本は鳴海の顔に不敵な笑みを浮かべていることに気づいた。

 

「まあ、連中の作戦内容は我々にすら明かされんでしょうから」

 

そう言いつつも、「仕事です、ローダー回しておきます」と背中を向ける鳴海に、宮本は短く頷いた。

 

それから10分後、鳴海が隊長を務めるUH1イロコイ3機のチームは、それぞれ特殊作戦群の隊員5名を乗せて立川飛行場を離陸した。

 

「特殊作戦群・権田1尉であります。鳴海2尉、お目にかかれて光栄に思っております」

 

離陸前、今回の作戦に投じられた特殊作戦群の指揮官だという権田が敬礼の後、握手を求めてきた。この辺り、陸自だけでなく米軍を始めとする外国軍との共同演習をよく行っていることがうかがえた。

 

「鳴海だ。オレのこと知ってるのか?」

 

「は!我が部隊の先輩諸氏はもちろん、宇都宮の中央即応連隊からも、お話はかねがね」

 

「よせよ。下働きが長かっただけだ」

 

ぶっきらぼうに握手を返し、鳴海はさっさとコクピットに収まった。

 

「権田1尉、もっかい確認だが、降下地点は明治神宮、引き揚げ地点は新宿御苑で良いんだな?」

 

ヘリを離陸させた鳴海は、本作戦の責任者である特殊作戦群の若きトップに訊いた。

 

「はい。お願いします」

 

顔を隠す権田は言葉少なめだ。

 

「言っとくが、ゴジラもギドラもどこ行くかわかんねーんだ。想定外の状況も充分考えられる。まあお前さんらには釈迦に説法だろうが、状況だけはしっかり知らせてくれよな。どんな状況と場所だろうが、あんたら連れて帰るのがオレらの仕事だからな」

 

「お世話になります」

 

緊張も感じられない、大したものだ。そんな権田を見てニヤリと笑うと、鳴海は前方に目を向けた。

 

曇り空のため普段より薄暗い。霧なのか雨なのか判別できない水滴が降りしきる。だが目指す先である東京都心は、地上にうっすらとオレンジ色の灯が複数見られる上、そこからドス黒い煙が幾筋も立ち昇っていた。

 

「この先荒れるぞ」

 

誰にともなく言うと、鳴海は操縦桿に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

・同日 18:20 東京都江東区森下 都営新宿線森下駅構内

 

 

すし詰めになっている階段で立ち往生したまま、真琴は荒い息を整えていた。手をつないでいる拓磨は外から流れ込んでくる煙に、そして周囲の殺気立った大人に、何より数分前に目撃した光景に、怯えきってしまっている。

 

JR錦糸町駅では飛んできた総武線車両が真琴と拓磨の眼前に落ちてきた。直後から激しい強風と爆音が轟き、細かいガラスやコンクリート片が降る中、ひたすら目をつむるしかなかった。

 

周囲が落ち着き、目を開けた真琴の前にスーツ姿の若い女性が倒れていた。まるで驚愕したかのように目をカッと見開いている。

 

「大丈夫ですか・・・ッヒ!」

 

思わず悲鳴をあげた。女性の大腿部から下が総武線車両に押しつぶされており、車両の下からは赤い血がじわじわ広がっていた。

 

「い・・・いたい・・・」

 

老人のようなしわがれた声で助けを求める女性だが、真琴は目を開けた拓磨がその様子を見ないようにするのが精一杯だった。

 

その少し先では、男性の足だけが車両の下から伸びていた。

 

「拓磨、目開けるなよ。いこう」

 

すがるような女性の視線に真琴はギュッと目をつむった。立ち上がると、東の方に猛烈な炎が筋状に昇っているのが見えた。再び強風がなびき、駅北の方から打ち上げ花火を一斉に破裂させたような轟音が続く。何かが焦げるような臭いがしてきた。

 

東の方からは炎がこちらへ広がりつつある。真琴は周囲の人々と共に森下方向へ駆け出し、地下鉄構内へ逃れようとした。途中何人もの人が事切れたように倒れているのを見たが、あまり考えないように走るしかなかった。

 

炎から逃れんとする人で森下駅はパンクしており、ホームへ降りる階段で身動きが取れなくなった。

 

「先に行けよ!早く!」

 

「どうなってるの!?」

 

血相を変えて怒鳴る人々に、拓磨は泣きそうな顔をしている。とにかく真琴は拓磨を壁に寄らせ、うしろから押してくる人に煽られぬよう階段に置く足を踏ん張った。

 

一瞬、階段と天井すべてが揺れた。どよめき声も大振動と轟音にかき消された。

 

「うわあー!!」

 

地下から人々が上がってきた。下へ下がらんとする人たちと衝突し、混乱の極みになっているところへ地下から鉄砲水が押し寄せた。

 

息を呑んだ真琴は拓磨の手を引き、階段を掛け上がらんとした。

 

「ジャマだ!」

 

「どけよ!」

 

押しのけられた真琴は足がもつれ、壁に肩を叩きつけられた。それでもゆっくりと階段を上がり、押し寄せる洪水から逃れようとしたとき、激しい地響と突風がなだれこんだ。

 

出口から何かが降ってきて、真琴は顔を覆った。強風と共に悲鳴があちこちから木霊する。

 

真琴を押しのけて先に出た男の右肩に、タブレット大のガラス片が突き刺さっていた。肩から絶え間なく血を流し、人の波をのたうち回っている。

 

「かなこ、かなこ!」

 

右隣では若い男性が傍の女性に声を張り上げていた。女性の右額に拳大のガラスが刺さっており、顔半分を真っ赤に染め上げていた。

 

驚愕の表情を浮かべる拓磨の目をふさぎ、ガラス片の被害を受けなかった人々とどうにか外に逃れた。

 

いったいどれだけ強い風が吹けばこうなるのだろうか。通学路である都道50号線は車両がひっくり返り、ビル屋上の看板やベランダがちぎれて散乱していた。また地響きがして、真琴はよろめいた。

 

そこから西側、隅田川の方を見た。黄金の巨体が隅田川に横倒しになっていて、3つの首を揺らして吼えている。あの巨体が倒れたことで地下鉄ホームが圧壊し、隅田川の水が流れ込んだのが鉄砲水の原因だったのだろうか。

 

ものすごい咆哮が周囲に響いた。黒い巨体が首都高速両国ジャンクションを倒壊させ、ビル群のすきまから姿を現した。

 

歯ぎしりさせて唸るその巨体は、隅田川堤防を崩しながらもがく黄金の巨体に強い憎悪の目を向けている。

 

その威容を目の当たりにしたとき、真琴も拓磨も周囲の人々も我を忘れ、黒い巨体を凝視していた。

 

空気と地面を震わせる咆哮を上げ、黒い巨体・・・ゴジラは天を仰いだ。そして下を向きざまに口から青い熱線を放射した。

 

一瞬強烈な青い光の後、水混じりの黒い土砂が噴き上がり、それを追うように火炎が広がった。爆炎の波は隅田川から新大橋を吹き飛ばし、真琴たちの眼前に迫った。

 

慌ててビルの陰に隠れた刹那、爆風が道路を舐めた。逃げ遅れた人々や車両が吹き飛ばされ、肌を焦がす熱気が周囲を揺らす。

 

オレンジ色の揺らめきが隅田川から先、人形町方面に昇っている。そしてその揺らめきは、じわじわと広がりつつあった。そしてその揺らめきの中心で、猛り狂ったようにゴジラは吼えていた。

 

真琴は瞬時に行動計画を立てた。隅田川が寸断され東からも西からも火の手が迫っている以上、南を目指すしかない。

 

「拓磨、いくよ!」

 

そのとき気がついたのだが、細かいガラス片が拓磨の顔に食い込んでいる。自分の左腕も、何かがぶつかったのか赤黒い肉刺ができていた。

 

つんざくような咆哮と共に、強風が炎を仰いだ。黄金の巨体・・・ギドラが舞い上がったのだ。

 

瞬間的に恐怖を覚え、真琴は顔を上げたまま足を止めた。大きく啼くと、ギドラは3つの首から金色の光線を放射した。

 

それらすべてがゴジラに当たり、弾かれたようにゴジラは倒れる。そこを舐めるように光線を吐き散らしていくギドラ。

 

人形町から小伝馬町、秋葉原方面から火の手が上がった。激しい地響きに立っていられず、路肩の植え込みに拓磨を覆って伏せるしかなかった。

 

黄色い光に青い光が混じった。ゴジラが怒り狂ったように熱線を放射し、ギドラの胴体に当てていた。光の渦に押されながらギドラも光線を吐くのを止めない。やがて光線と熱線がぶつかり合い、激しく爆発した。

 

爆風と熱波に悲鳴を上げながらも、真琴は拓磨を抱きしめた。爆風に吹き飛ばされた人々がガードレールやマンションに叩きつけられ、電柱が横倒しのまま滑り込んでくる。

 

咳き込みながら立ち上がった真琴は、拓磨に声をかけた。

 

「拓磨、いこぅ・・・・」

 

拓磨の右足にコンクリート片がのし掛かり、足首が在らぬ方向に曲がっていた。

 

「ねぇ・・・ちゃん・・・いた・・いたい」

 

涙と鼻水を噴き出しながら、かすれるような声で訴えかける拓磨。

 

「拓磨!拓磨ァ!」

 

絶叫し拓磨を抱きかかえるしかなかった。熱気が広がり、炎と煙が周囲を圧巻する。

 

ゴジラとギドラの咆哮、そして轟音は遠ざかっていた。だが、コンクリートすら溶解させるゴジラとギドラの熱線は容赦なく真琴たちにせまっていた。

 

とにかく真琴は死力を尽くし、拓磨を抱えたまま走り出した。周囲の人々も炎から逃れんとあてもなく逃げ回る。

 

真琴は南、江東区清澄を目指したが、東側の住吉・両国方面へ逃れんとした人々は燃え崩れたマンションに行く手を塞がれ、身体を焼かれ絶叫しながらやがて全身を炎に包まれていった。

 

南へ走る一団も衣服に火がつき、燃えながら走る人も多かった。体力のない人や老人、あきらめたように走るのを止めた人々を炎が包み、火の粉が舞う中、真琴は必死に南を目指した。

 

だが小名木川を渡る手前で、真琴は足を止めた。清澄から深川の先、芝浦から月島、有明付近が炎に包まれていた。真琴は知る由もなかったが、日本橋・八重洲に侵攻したゴジラとギドラの熱線が南方向を直撃、江東区辰巳にあるナフサタンク群に命中したのだ。

 

大爆発を起こしたナフサコンビナートは江東区東雲から豊洲・有明を一瞬で火に包み、極大の爆炎と黒煙はじわじわと江東区北側、港区お台場方面へ伸びていたのだ。火災に巻き込まれるのはもちろん、激しい火災の熱波で気道を焼かれる者や酸欠になる者、ナフサ炎上に伴う煙や炎上すると猛毒を発する建材のガスによって命を奪われる者が続出していた。

 

「ねぇちゃん・・・」

 

激しい熱気の中立ちすくむ真琴に、粗い息をしながら拓磨が声をかけた。右足はちぎれかかっており、応急処置の止血ではどうにもならなかった。

 

「みず・・・・・」

 

それだけ口にすると、拓磨は息をしなくなった。

 

 

 

 

 

 

・同日 20:52 東京都新宿区西新宿上空

 

 

「作戦中止?」

 

鳴海はインカムの先に訊いた。

 

『申し上げた通りだ。特殊作戦群の回収任務は中止し、ただちに都内複数で発生している火災の消火任務に当たれ』

 

副パイロットの半澤と顔を見合わせた。

 

「宮本2佐、たしかに新宿はひでぇ有様だ。御苑への着陸も絶望的だ。だが回収場所の変更ならできるんではないですか?」

 

『陸上総隊司令の命令だ。特殊作戦群は別ルートでの都内脱出を図る。さきほど内閣より、防衛出動から災害派遣への命令切り替えがあった。以後我々の部隊も警察や消防と連携し、災害救援活動を実施する』

 

鳴海は唇を噛んだ。助手席の半澤は命令は命令ですが、と言いたげに鳴海を見遣る。

 

『鳴海2尉、命令だ。ただちに入間の空自基地へ飛び、燃料補給と消火剤搭載を行うように』

 

「・・・了解。ただちに入間へ飛び、燃料補給と消火剤搭載を行います」

 

インカムを切ると、「くそったれが」とつぶやいた。

 

1時間ほど前、特殊作戦群を明治神宮へ下ろし立川へ帰投した直後だった。ゴジラとギドラ掃討のために向かったコブラ・アパッチ部隊全機墜落の報が入った。不可解なことに横田と厚木の米軍空爆隊は出動せず、宇都宮と御殿場からの中距離誘導弾も都民の避難未達を理由に実施されなかった。結果的に、即応可能かつ暴れ回る怪獣攻撃に最適との理由で対戦ヘリによる攻撃しか行われなかった。

 

だがゴジラとギドラは対戦車誘導弾の攻撃をものとせず、まるで存在に気づかぬかのように争いながら赤坂から四谷・市ヶ谷を荒らし回り、新宿から渋谷にかけてさらに被害を拡大させた。その最中、争いに巻き込まれた対戦ヘリ部隊がギドラの起こす暴風と吐き散らされたゴジラの熱線になす術なく墜とされてしまったのだ。

 

「なんにも変わっていねぇじゃねえか・・・自衛隊も、この国も」

 

鳴海が発したそのつぶやきに底知れぬ怨嗟が窺い知れ、半澤は戦慄した。

 

眼下では西新宿の高層ビル群が例外なくなぎ倒され、新宿駅から東側の3丁目から歌舞伎町にかけては、赤々と盛る炎が立ち昇っていた。

 

都庁危機管理センターで指揮をとっていた大沼東京都知事始め都の中枢は全員が都庁倒壊に巻き込まれ、その生存は絶望視されている。そこから南、代々木から渋谷、五反田から大崎もオレンジ色の光が煌々と盛っている。

 

そこからさらに南は、ひときわ大きい炎が立ち上がっていた。川崎の石油化学コンビナートが全滅、想像を絶する火災が川崎から東の大田区・世田谷区を焼いていた。

 

『ゴジラとギドラ、茅ヶ崎市へ侵攻』

 

『神奈川県知事より要請、都内消防・自衛隊に災害応援派遣』

 

『バカ野郎、都内の火災で手一杯だ!』

 

『横浜市長より要請、火災猛烈を極める横浜市関内・桜木町・みなとみらい地区に対し、横須賀の海自ヘリによる消火剤散布を実施せよ』

 

『海自ヘリ部隊、先に大田区長より要請のあった大田区内の火災鎮圧作戦に投入中。こちらの作戦を中止してよろしいんですか?』

 

東京都庁、警視庁そして防衛省が倒壊したこと、及び火の手が中野区から三鷹・国分寺方面に広がり始めたため、内閣は立川予備施設からの退避を始めていたことで、自衛隊はもちろん警察・消防と本来災害救助の要となる機関の指揮系統の混乱は極まっていた。インカムから伝わってくる無線内容に鳴海はいきり立ち、半澤は暗澹たる面持ちで目をつむった。

 

 

 

 

 

 

・7月30日 9:58 東京都江東区深川1丁目 聖都大学付属病院

 

 

「大阪から赤十字の派遣チームが到着しました!」

 

「トリアージ、急いで」

 

「おいそっちの患者はあきらめろ、救える命を救え!」

 

猛火に見舞われた江東区だったが、ここ聖都大学付属病院がある一帯は奇跡的に延焼を免れ、甚大な被害を受けた江東区・墨田区・葛飾区の負傷者や避難者が殺到していた。

 

だが在勤の医師及び看護師に対し対象となる患者の数は圧倒的に多い上、非番の病院職員の安否も不明で行政機能も破綻してしまったため、対処療法的な措置を取ることすら困難だった。

 

煤だらけのまま、真琴は病院入り口に座り込んでいた。

 

拓磨が事切れた後、迫る炎に逃げ場を失ったが、目の前を流れる小名木川に入ることで少なくとも焼死の危険性は少なくなった。

 

だが浅瀬のない小名木川では何かに捕まりながら浮かび続けるしかなかった。行き場を失った人々が続々と真琴と同じように川へ飛び込み、ボートや堤防柵にしがみつく。

 

それでも両岸まで炎が迫ると、川面から頭だけ出していても髪の毛が焦げるほどの高熱が空気を伝播してきた。

 

水に潜っても息苦しさに水面から顔を出し、気道を焼かれ咳込みながら溺死、あるいは体力が持たず沈んでしまう者が増え、やがて川は浮かぶ死者であふれていった。

 

最初から橋の下で息を潜めていた真琴は幸運だった。ちょうど目の前に地下から延びている側溝があり、大火災による周囲の酸素不足に伴いそこから風が流れ続けたことで伝播する熱気から逃れることができたのだ。

 

だが拓磨の亡骸を抱えたまま、ボートにしがみつき首から下を水に浸けることには限界があった。すでに真琴の他7名がしがみつくボートは操縦席に水が流れ込み、真琴たちごと沈んでしまうことも考えられた。

 

深夜、雨雲が晴れ浮かぶ満月が、大火災による煙が蔓延したことで不気味に紅く薄く見える頃、真琴は拓磨を抱える手を離した。いつ沈むかもわからぬ中、どうしても仕方のないことだ・・・何度自分に言い聞かせても、軽くなった左手の感触が真琴を責め続けた。

 

とうとうボートが浮力を失い、ゆっくり沈む頃には堤防柵や他のボートへ移ることができた。だがそれは、いままでそうしてきた人たちがいなくなったことを意味していた。

 

死体でいっぱいの中を泳ぎ、あるいはかきわけて真琴は堤防柵にしがみついた。川の温度は風呂くらいに熱くなり、今度は脱水症状で事切れる人も出てきた。

 

たまらず真琴は川の水を含み続けるしかなかった。死を覚悟はしているが、喉の渇きがそうせざるを得なかったのだ。

 

このまま川の水が茹で上がり、死んでしまうことを想像していたとき、都内に雨が降り出した。

 

東京大空襲、また昭和29年のゴジラ東京襲撃時もそうだったが、猛烈な火災に巻き上げられた煙と煤は上空の水蒸気成分と凝結する。そうすることで大雨となるのだ。

 

翌日未明まで続いた大雨は火災の鎮火に役立った。真琴のように川に逃れ、運良く生き永らえた人たちの恵みにもなった。だが浅草・両国と隅田川堤防が倒壊したために今度は大水害が発生した。海抜ゼロメートル地帯といわれる墨田区から台東区、江戸川区、足立区は業火が収まらぬうちに洪水が襲い、火災から辛くも逃れた建物や人々を呑み込んでしまった。

 

陽が昇った。都内を包む煙で太陽の輝きが失われ、黒煙の先にまあるい太陽がぼんやり見える中、真琴は近くにある聖都大学病院を目指した。

 

バイト先だった錦糸町は炎と瓦礫に埋まり、自宅がある本所へは橋梁が倒壊した上、洪水で浸水したため近づくことができない。

 

せめて、この病院に誰か逃れていれば・・・。

 

柊木夫妻がもし逃れていたら、あやまろう。

 

もしかしたら、立海部屋の親方や力士がいるかもしれない。

 

印刷屋やハンコ屋の旦那衆が、いつもみたいに競馬の話で盛り上がっているだろうか。

 

そんな期待は、病院に入ろうとしたときに打ち砕かれた。

 

中から黒いトリアージタッグをつけた遺体が運び出されてきた。その中に、印刷屋の旦那が変わり果てた姿になって横たわっていたのだ。

 

あまりの衝撃と姿に、真琴はたまらず嘔吐した。もはや何度目だろうか。

 

物が焼け焦げる臭い、そして言いようのない、しかし人あるいは人だったものから発せられる臭いに、真琴は何度も吐いていた。

 

嘔吐には慣れてしまったが、これまでにない気分の悪さだった。

 

学生で資格はまだないが、看護学校に通う真琴は病院業務にボランティアとして参加することもできた。

 

事実学校の授業でも、地震や怪獣といった災害が起きたら、身分を告げて病院や避難所でできることをしなさいと言われていた。

 

そんな気もおきなかった。

 

長時間水に浸かったことで、真琴のスマホは機能を失っていた。そもそも都内は通信機能に著しい損傷を受けていた。似たようなことは去年のカマキラス、ガイガン出現時にもあったが、今回は物理的に基地局や通信施設を破壊されていた。

 

「安否確認用のパソコンを用意しました!」

 

病院前に設置された仮設テントで、青いベストを着た女性が声を上げた。災害ボランティアのNPO法人がすでに動き出していたのだ。

 

あてもなく逃れてきた人々は並んだパソコンに殺到した。真琴も例外ではなかった。

 

「ネットは見れないのか!?」

 

「もうしわけないです、安否確認用の災害アプリのみ閲覧可能です」

 

「家に帰りたいんだけど!」

 

「ゴジラとギドラはどうなったの?」

 

テント前が喧騒に包まれた。怒声や悲鳴、慟哭が飛び交う中、それでも人々は順番を守り、パソコンの順番を待った。

 

隣のテントでは電池式のラジオを持ってきた男性に人々が群がっていた。ネットもスマホもつながらないが、ラジオだけは機能を果たしていた。

 

『この時間は、NHK大阪放送局からお送りしています。各地の被害状況に続いて、ゴジラとギドラに関しての続報です。海上自衛隊佐世保基地からの情報によると、ゴジラとギドラは海中で争いながら未明に沖縄本島から南東に100キロ地点まで達し、なおも南下を続けている模様です。また昨夜からの闘争により、遠州から東南海沿岸に高さ10メートルを超える大津波が襲来。長野県飯田市に逃れた内閣により、対象となる地域に大津波警報が発令されております。また猛火に見舞われた東京都と神奈川県では、両都県の行政機能損傷により被害の全容すらいまだ把握しきれておらず・・・』

 

ラジオの音量が最大になり、内容を感心げに、あるいは不安げに聴く人々。家族か友人かわからないが、名前を検索した後沈痛な面持ちで席を立った男性に代わり、真琴はパソコンに向かった。

 

柊木夫妻の名前を打ち込んだときは指が震えた。検索に該当しないということは、安否が不明だということを意味していた。

 

母である由加は、このアプリに登録していただろうか。

 

あるいは、生きていて無事を報告してくれていないだろうか。

 

「早くして〜!」

 

後ろに並ぶ中年女性にせっつかれ、真琴は【三崎 由加】の名前を打ち込んだ。

 

【しばらくお待ちください】

 

ほんの数秒だったが、何十時間にも感じられた。

 

【死亡 7月29日23:51 本所消防分署確認】

 

椅子から崩れ落ち、真琴は喉を押さえた。呼吸ができなくなり、口笛のような音が喉から出て来た。

 

慌ててやってきたNPO法人職員の姿がかすみ、必死に開いた口に土が混じり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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