ゴジラVSガメラ   作:マイケル社長

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ーChapter 8ー

・旧 茨城県牛久市ひたち野下根町 民間軍事企業「NEVER」訓練宿泊施設

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃねーよ!」

 

怒声と共に、腹部を蹴られた真琴は浴場から脱衣所へ倒れ込んだ。

 

「ニヤニヤしてんじゃねーよ!」

 

「ちっ、ちがっ・・・ぐうっ!」

 

倒れたまま必死に否定する真琴の腹に、追い打ちの一撃が加わる。

 

「テメー2度とこの風呂に来んじゃねーよ!」

 

「キモいんだよ!」

 

次々と蹴りが真琴の腹部に突き刺さる。腹の奥底から嗚咽となり、激しく咳き込む。呼吸もままならない痛みと苦しさで、真琴は否定する手を振ることすらできなくなった。

 

涙でにじむ目をうっすら開けると、3人の女子がなおも罵倒する様子、そしてオドオドと浴場からこちらを窺っている女子の姿が見える。

 

苦しくとも呼吸しながらどうにか腰を上げた真琴だったが、身を起こしたところに強烈な蹴りの一撃が顎に食い込んだ。強制的に歯が食いしばられ、歯茎から血が噴き出した。

 

「出てけよクソやろー!」

 

3人のうち、一番後ろにいた女子がオケをなげつけた。真琴の額に当たり、そこからも血が滲むのがわかった。

 

痛む額と顎、そして腹部を押さえながら、真琴は辛うじて立ち上がった。碌に洗えていない身体にはボディソープが泡となってまとわりついていたが、かまわずバスタオルで拭うと、真琴は肌着、そして支給された寝衣を身にまとい、みじめな気分で浴室を後にした。

 

 

 

 

 

 

昨年秋、富士山麓から霞ヶ浦に程近い現在の訓練施設へ移動してきてから、それまでの軍事基礎訓練に加え、主にシュミレーターとVRを駆使した戦闘訓練が行われていた。

 

特筆すべきは、この施設に入る際に告げられた『メーサー戦車』なるものの操縦・運用訓練だった。まだ正式に配備されているワケではないものの、訓練教導課程としてこの訓練所が選ばれたらしい。そして真琴たちは施設長であり、「NEVER」日本支社長も務めるテッド・村岡いわく「選ばれし者たち」らしく、場合によっては終日、VRによる戦車操縦訓練を受ける日もあった。

 

「まるでゲームじゃね?」

 

「こんな楽な訓練で1日費やせんのマジ草」

 

などとのたまっていた連中は、教導官の主任であるジョニー・石倉を始めとする教官たちによって容赦なく顔面か脳天を警棒でブン殴られた。あるいは、訓練で一定のスコアに達しなかった者たちも、また然り。

 

そしてそれは男女の区別がなかった。まだ20歳にもなっていない女子の訓練隊員も、日に日に顔や身体にアザを増やしていった。

 

体罰教育、あるいはブラック企業などという単語を気軽に使える環境が如何に幸せだったか、真琴たちは思い知った。ここには体罰、肉弾教育といった苛烈な教導訓練を咎める保護者、あるいは大人はいない。ちょっと教育を受けた連中が「人権」とやらを盾に抗議抗弁を行ったこともあった。それらは皆、一様にブン殴られるだけでは済まない懲罰を受けることになった。

 

訓練隊員の間で恐れられているのが、施設の地下にある「懲罰房」だった。刑務所でもあるまいし、とタカを括って連行されていった元ラグビー部員の屈強で生意気な男子は、1ヶ月の懲罰期間を経て連れ出されるとすっかり大人しくなった。それは、態度だけではなかった。

 

筋肉でふくれ上がった肉体はすっかりナリを潜め、ガリガリにやつれた姿で真琴たちの前に姿を現したのだ。血色の悪い皮膚からは何とも言えない異臭が放たれて、はち切れんばかりだった訓練服はブカブカにゆるくなっていた。

 

そして何より、生気がすっかり失われた瞳。白目のない濁った瞳は、真琴たち訓練生を震え上がらせるのに充分な効果があった。

 

彼はその後しばらくして、訓練所を追われた。聞いた話では「NEVER」の別な部署へ配属になったということだったが、ボロ切れ同然にトラックの荷台へ放り込まれる姿は、皆を畏怖させるのに充分だった。

 

そうして訓練所へ連れてこられてから2ヶ月もすると、過酷という単語では到底及ばない環境に音を上げ、脱走する者、精神を病む者が全体の2割を回った。ただし脱走したところで、この国にまともな仕事はない。

 

大抵、北関東周辺都市でホームレスになるか、地元の愚連隊、あるいは半グレ集団に仲間入りするか。ないしは本来彼ら彼女らを守り、保護する日本の警察に訓練所へ連れ戻される末路をたどることになる。精神を病んだものは、逆に訓練所から放逐される始末だった。

 

そのような環境で何が起きるか。

 

訓練生同士のいじめである。

 

過酷な環境、あるいは強権的な圧力に曝される集団に身を置いた場合、人は自分、あるいは周囲より弱い対象を攻撃するようになる。

 

年が明ける前、通常ならクリスマスに世間が浮かれる頃には、いじめを原因とする訓練所からの脱走、あるいは失踪、自死が相次いだ。

 

さすがにいじめは取り締まりの対象となり、発覚次第いじめを行った隊員は「いじめ」という単語すら生ぬるいほどの肉体的制裁を受ける。それで、いじめはなくなったか。

 

むしろ巧妙化し、一度いじめの標的となった隊員は男女問わず身も心も壊していった。

 

誰もが、自分を守ろう・・・集団生活を送る部屋の奥底、かろうじて隊員のプライバシーが少しは守られる浴場の片隅で弄られる対象を尻目に、ビクつく毎日を送っていた。

 

とりわけ真琴は、自身が抱える障害が発覚しないよう本能的に悟っていた。このような環境でいじめの対象となるのは、気の弱い者、他者に相容れない者、ひどく自信のない者、そして、何らかの問題、障害を抱えている者・・・。

 

性的マイノリティ。

 

トランスジェンダー。

 

LGBTQ。

 

近年ではそういった単語を駆使し、多様性を謳った社会が形成されつつあった。そんなものは世が平和で、明日食べるものも住む家も保証され、何を発言しようと許容(あるいは、許容と言う名の無関心)された社会でしか通用しないということを、強く思い知らされた。

 

 

 

 

2月になった。

 

異様に暖かい2月だった。

 

いままでなら、世間は「異常気象」などと煽り、自身にさして影響がないにも関わらず大騒ぎしていたことだろう。

 

このような世になれば、そんなことすら騒ぐこともしない。

 

そんな中だった、真琴より少し年下の、男性隊員2名が寮のわきに打ち捨てられていたのは。

 

元看護学生ということもあり、真琴は介抱に呼ばれた。

 

2人とも、これまでのいじめによる殴打がかすむほどひどく殴られていた。意識こそあったものの、1人は左足首がありえない方向に曲がり、もう1人は血反吐と吐しゃ物が混じり合った液体を口から絶え間なく垂れ流していた。

 

真琴の応急手当を受けた後、彼らは民間の病院へ搬送された。それは二度とここへ戻ってこないことを意味していた。

 

石倉たち教官による調査が行われたが、正直に実行した連中が名乗り出るはずはなく、新たな訓練プログラムが導入されたこともあり、それ以上満足な調査が続けられることはなかった。

 

だが、隊員たちの間ではなぜ彼らがそんな運命をたどったのか、ウワサがすぐに広まった。

 

2人とも、同性同士で行為をしていたというのだ。

 

彼らがもともとそのような性癖だったのか、苛烈な訓練環境故に目覚めた結果なのか、それはわからない。だが、隠れて行っていた行動が誰かの目に止まり、白日の下に晒された結果、周囲の興味、そして暴力の対象と相成ってしまったというのが真相らしかった。

 

真琴は、気が気でなかった。

 

いつ、自分の障害が明らかになるか。

 

周囲に知られた場合、どのような制裁を受けることになるのか。

 

元々生物学のみで寮を振り分けていたため、真琴は女子が生活する寮に入っていた。2段ベッドが3つ、窮屈に置かれた部屋で、同年代の女子に囲まれて暮らしていたのだ。当然入浴も女子の浴場を利用していたのだが、入浴のたびに火照ってしまう顔面を隠すのに必死だった。

 

件のボコボコにされた男子2名のこともあり、誰とも顔を合わせることもなく、必死に歯をくいしばってシャワーだけ浴びる日々だった。周囲は、そんな真琴に奇異の視線を向けつつあったとき、決定的な出来事が起こった。

 

3日前、ある女子が寮にやってきた。さまざまな理由で欠員も出てしまうため、常にリクルート活動を行っている結果なのだが、その女子は真琴が通っていたフリースクールの同級生だった。そして彼女は、真琴が性同一性障害だということを、知っていた。

 

おそらく、彼女に悪気はなかったことだろう。何かの話題の中で、真琴のことをしゃべってしまったようだ。浴場で殴られ、蹴られる真琴を見遣る瞳には、強い後悔と哀れみ、そして不安が浮かんでいた。それからは、とても女子寮の部屋に居続けることはできなかった。

 

訓練が終わると、真琴は風呂にも入らず、訓練施設の隅に雨よけのシートで身を包み、夜を明かす毎日を過ごした。

 

だが冬とはいえ、徐々に全身をまとう空気になんとも言えぬ臭いがまとわりつくようになる。頭はベタベタし始めた。

 

しかたなしに、浴場から底をつきつつあったボディソープをくすね、外の水洗い場で身体を洗うことにした。異常ともいえる暖冬とはいえ、北関東の夜風は冷たく、ただでさえ氷のような水を浴びた真琴の身体を容赦なく冷え切らせた。こんなこと、毎日できるはずがない。

 

ある日、そんな真琴を見かねたように声をかけてくる者がいた。

 

足立 優吾。訓練隊員たちの中ではリーダー的存在で、爽やかそうな見た目は女性隊員の心をつかみ、訓練の成績も良いことから頭脳も冴えていた。そして一部では、彼こそ一連のいじめに関わっている黒幕、ともウワサされていた。

 

「三崎さんだよね?事情は知ってるよ」

 

凍てついた水で必死に頭を流していた真琴に、そう声をかけてきたのだ。

 

「男子の部屋に、空きがあるんだ。教官には話をつけておくから、そこに入りなよ。風呂も、男子の浴場に来れば良い。悪いようにはしないよ」

 

文面のみなら、理性的で優しさあふれるものだろう。だが真琴は、感覚は女性だった。

 

かつて、自分を甘い言葉で誘い、ボロボロの廃墟に連れ込んで輪姦させた、あのタバコ臭い息の男と、まったく同じ目をしていたのだ。

 

真琴は無言で顔を背けた。無意識で、生理的な拒否だった。いきなり髪をつかまれ、強い力でひっぱられた。

 

「せっかく親切で言ってやってんのに、その態度ひどくない?」

 

引っ張られるまま立ち上がらせた真琴の腹部に、思い切り拳を叩き込んだ。みな、同じように軍事訓練を受けているとはいえ、女子から受けたそれとは強さがまるで異なっていた。

 

身動きが取れない真琴をひきずるように、男子の浴場まで連れ込むと、足立の取り巻き、というより子分的な男たちが数人、裸で待ち構えていた。

 

「かわいそうに」

 

「ようく、洗ってやろう」

 

口々に、連中はシャンプーやボディソープを手のひらにすり合わせて、真琴の身体をまさぐり始めた。

 

身を起こそうと必死にもがいたが、数カ月とはいえ軍事訓練を受けた男数人にかなうはずもなく、為すがまま、真琴は泡まみれになって身体を汚された。

 

事情を知らず、浴場に入ってきた気の弱そうな男子たちにも、足立は同じことを要求した。とまどいながらも身体を反応させて真琴を弄び始めたこいつら、頬を食いちぎってやろうか・・・一瞬見せた真琴の怒りに満ちた表情は、足立のボディブローで打ちのめされた。

 

 

 

 

浴場の床がすっかり冷たくなっても、真琴は横たわったまま起き上がることをしなかった。できなかったのではない、しなかったのだ。

 

それは見廻りにきた教官に発見されるまで続いた。乱暴に真琴の身を起こす教官は、執拗に何が起こったのかと怒鳴ってきた。

 

「しゅ・・・主任教官に話をさせてください」

 

生気のない声は、そのまま生気のない表情を映したものだ。教官は顔をひきつらせ、連れて行くからさっさと着ろ、と真琴の訓練服を放り投げてよこした。

 

そのまま主任教官であるジョニー・石倉の部屋に連れていかれた。冷徹な表情を常に崩さない石倉は、異様な雰囲気をまとう真琴を一瞥しただけで吸いかけのタバコを灰皿に押し込んだ。

 

「何があったのか」

 

無機質な声で、そう訊いてきた。

 

「あの・・・個室を・・・」

 

それだけつぶやいた真琴に、石倉は詰め寄った。

 

「聴こえない」

 

「あっ・・・個室を・・・個室を、用意してくれませんか・・・」

 

話すだけで、数時間前までの出来事が頭を支配してしまう。怒り、悲しみ、それらを通り越すと、人間は途端に態度も、声も弱弱しくなってしまう。一度や二度経験したことではなかった。

 

それだけ耳にすると、石倉は窓を仰ぎ、タバコに火をつけた。

 

「そういうことは、私の仕事の範疇ではない。村岡支社長に話をしろ」

 

それだけ言うと、左手で真琴を外へ出せ、と部下に指示する石倉。部下に外へ出された真琴は、しかたなく最上階にあるテッド・村岡日本支社長の部屋へ向かった。

 

部屋のドアには2名、屈強な教官が休めの姿勢で立っていた。何をしに来たのかと強い口調で訊くが、何やらインカムから音がした。石倉が話を通したのだろう、不機嫌そうにドアを叩き、真琴は部屋に通された。

 

「ん?どうしたの?」

 

爪やすりで右手の中指を丹念に磨いていた村岡は、開かれたドアの先に立つ真琴に声をかけた。

 

「あ、あの・・・」

 

動揺はまだ収まらない。顔が紅潮しうつむく真琴を見て、村岡は立ち上がった。

 

「なに、なに?どうしたの?ん?ん?」

 

下から覗き込むように、真琴の表情をうかがってくる。

 

「なに?お話長くなるの?よし、それなら座って。座りなさい。落ち着いて話を聴こう」

 

そう言いながら、部屋の右手にあるソファーに真琴を勧める。真琴は手を差し伸べられるがまま、ソファに座った。

 

真琴は唇を噛み、必死に頼みごとをどのように話すか、思考をめぐらせた。

 

「君ね、隊員がここへひとりで来るっていうのはね、よほどのことなの。でね、ジョニーから話があるっていうことだからね、支社長決裁が必要なことなんでしょ?どれ、聴いてみるから話してごらんなさい、うん」

 

村岡は飄々としているが、どこか油断ならない強い視線を向けてくる。

 

「形式は軍隊だけどね、一応ホラ、外資系企業だから。風通しのよさもね、ウリだからね」

 

真琴に向かい合う形で、村岡は腰をかけた。

 

真琴は、歯を食いしばりながら話し始めた。もちろん、すべてを話すことは告げ口になる。真琴はそれでも、辛い現状が打破されると祈りながら、洗いざらい話した。

 

「フン、フン」と相槌を打っていた村岡は、話し終えた真琴を見遣り、天井を仰いだ。

 

「えーっとね、よーするにね、要点をまとめると・・・ひとりでお風呂入れて、ひとりで休める部屋が欲しいってことだよね?」

 

「・・・はい」

 

ややあって、真琴は意を決したように頭を縦に振った。

 

「ん-、っそう。隊員個人を特別扱いすることになるよねぇ」

 

村岡は顎をやすりで整えた指でせわしなく撫でた。

 

「普通はできないことだよねえ・・・」

 

村岡は立ち上がり、真琴に背を向けた。

 

「君、まだ若いよねえ?」

 

村岡は真琴に向き直った。話し終えて呼吸と意識を整えていた真琴は、顔を上げた。

 

「世の中はね、契約社会なの。うちの会社入る時だって、雇用契約書、書いたよね。弊社は、君たちを雇用し、仕事をしてもらう。君たちは、その対価として、報酬を得る。まあ、満足な報酬かと問われれば議論の余地があるかもしれない。衣食住、すべて会社が面倒みているとはいえ、ね。まあそれでも、この国の紙屑みたいな貨幣じゃなくて、キチンと米ドル建てでお支払いしているのは評価してもらいたいんだけど」

 

そこでググっと、村岡は真琴に顔を寄せた。

 

「契約以上のことを要求するんなら、君はそれなりの対価を提供してくれるんだろうねえ?」

 

村岡の見開いた目を見て、真琴は戦慄した。一気に、あのヤニ臭い息が蘇ってきた。さんざん甚振られた肌と下半身の火照りが、急激に冷めていくのがわかった。

 

「うぐっ・・・!」

 

村岡が両手をいっぱいに伸ばし、真琴の首を絞める。

 

「普通なら問題だろうって?こういうね、命のやり取りをする戦場では、身体も立派な取引材料になるの。つまんないこと考えないで、取引に身を委ねて、ここのお部屋で一緒に過ごせば大丈夫だよねぇ?」

 

意識が朦朧とする中、真琴は首筋に村岡が唇を当ててきた感触で覚醒した。意識だけは。

 

「大丈夫、お風呂と寝場所はきちんとプライベート確保するから、ね、ね?」

 

やがて整えた指先で、真琴の身体を弄り出す村岡。首絞めのために身体に力が入らず、一切の抵抗がままならない。

 

それでも、必死に声を押し殺すことだけが、真琴の最後の抵抗だった。

 

 

 

 

 

朝になった。

 

極度の脱力と倦怠感、虚無感で頭がぼうっとするが、真琴は身を起こした。

 

大いびきをかいて眠り込んでいる村岡を放置し、しわくちゃになった訓練服を身にまとって部屋を出た。

 

外の護衛2人は、一切真琴に目線を向けなかった。そんな2人に、血走った怒りの目でにらみつける真琴。

 

何の反応もない護衛に背を向けると、階下の部屋へ向かった。もうこれで拒否されれば、こんなところ飛び出してやる。追手を差し向けるのなら、顔が粉々になるまで殴りつけてやる・・・。

 

そんな怒り、憎悪の表情を浮かべた真琴に、石倉の部屋を護衛していた日系人の教官は気圧されたように一歩下がった。

 

「何の用だ?」

 

部屋に入るなり、石倉は訊いてきた。こいつはいつ寝ているのだろう。それほど薄白く堅い表情は、昨晩のそれとまるで変わらなかったのだ。

 

真琴は、昨晩のことをすべて話した。村岡は石倉にとって、上官にあたる。まさか上官に弓を引くようなことはそうそうできないとは思うが、言わずにはいられなかった。石倉は頷きもせず、まったく表情を変えないまま真琴の話を聴き終えた。

 

「話はわかった。結論から言おう。お前の要望を受け容れる余地はない」

 

それだけ言うと、石倉は話は以上だ、とばかりに椅子を回転させ、タバコに火をつけた。

 

「でも・・・でも・・・・」

 

ここまで話したのに、この男には赤い血が通っていないのか・・・真琴は全身を駆け巡る絶望感、そして激しい怒りを抑え、口にした。

 

「絶え間なく隊員は補充されてくる。お前ひとりのためにこの施設があるわけではない」

 

それはわかっている・・・でもせめて、自分に同情の言葉ひとつでもかけて・・・真琴はそう強く念じ、唇を強く噛んだ。

 

「どうしてもと言うのなら、テッド支社長の取引にこれからも応じたらどうだ」

 

石倉は立ち上がると、真琴に向き直った。呆気に取られる真琴に、なお続ける。

 

「いまのままでは男子寮でも、女子寮でもお前の身の安全は保証されない。一番は支社長の案に乗ることだ。少なくとも集団暴行からは、身の安全は保たれる」

 

真琴は大きく目を見開いた。目の前で冷酷な表情と顔色で話すこの男は、正気なのだろうか・・・。

 

「あるいは」

 

タバコを消し、咳ばらいをした石倉は、全身をワナワナ震わせる真琴に詰め寄った。

 

「お前だって、なんだかんだ快感なのではないか。男に抱かれるということが」

 

その瞬間、真琴は全身の血液が頭に急上昇したのがわかった。反射的に、全力を右手に込めて、したたかに石倉の右ほおをブン殴った。

 

「ふっざけんじゃねえーー!!!」

 

倒れた石倉に馬乗りになり、石倉を殴りまくる。鼻から口から溢れ出てきた血液で、病人のように青白い石倉の顔は鮮血に染まっていった。

 

「やめろ!」

 

騒ぎをききつけた外の護衛が飛び込んでくると、警棒を出して何やらスイッチを入れ、真琴の背中を打ち付けた。

 

「ぐああああっ!!」

 

殴られた痛みではなかった。その警棒はスタンガンになっており、3万ボルトのすさまじい電流が真琴の全身をほとばしった。

 

「・・・上官への暴行。貴様は重大な違反行為を犯した。規則により、2カ月の懲罰房入りだ」

 

血をぬぐいながら、石倉は立ち上がると冷酷に真琴を見下ろした。全身の筋肉が激痛とともに弛緩した真琴は、歯すら食いしばれず護衛に引きずられ始めた。

 

「ちょっとちょっと、朝から何のさわぎ?」

 

入れ替わるように、だらしなくシャツをはだけさせた村岡が入ってきた。

 

「あらら、ひどく殴られたねえ。ダイジョウブ?」

 

そう訊いてくる村岡に、石倉は短く頷いた。

 

「まったく、最近の若いヤツは気が短くていかんよねぇ。ああ、若くなくても気が短いヤツもいたか」

 

やや乱れた髪の毛を掻くと、村岡は「早いとこ治療しな」とだけ告げて部屋を出ていこうとした。

 

「お待ちください」

 

口の中に溢れる血に難儀しながら、石倉は上官を呼び止めた。

 

「いま懲罰となった三崎真琴ですが、期間は規則通り2カ月でしょうか?」

 

「当たり前でしょうが。社則だけど、それでも短いくらいだ。上官ブン殴った上に乱闘起こしたヤツもいたし、ソイツと同じく4か月でもブチ込んでやりたいところだよ」

 

「ですが、これを・・・」

 

石倉はタブレットに、とある画面を表示させた。

 

「ほほーう、これはこれは・・・」

 

村岡は目を丸くして、画面に見入った。

 

「でもこれは困ったなあ。成績上位2名が、そろって懲罰房入りじゃないの。訓練にならないよなあ」

 

「はい。本国からもこの新型機の操縦データを要求されていることですし、三崎真琴は特例として、先に入房しているあの男が出てくるタイミング・・・すなわち1ヶ月後の解放でよろしいかと思うのですが」

 

「うーむむむむ・・・」

 

しばらく思案して、昨日さんざん駆使した指先で顎を撫でる村岡。

 

「わかった、そうしよう。早いところデータ提供して、機体量産化させにゃならんよねぇ」

 

書類書いといて、とだけ言い残し、村岡は石倉の部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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