ゴジラVSガメラ   作:マイケル社長

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ーChapter 10ー

・3月14日  6:07   旧 茨城県牛久市ひたち野下根町 民間軍事企業「NEVER」訓練宿泊施設

 

 

 

 

 

異常なほどの暖冬でも、施設地下に設けられた懲罰施設は日光が届かないこともあって寒く、冷たかった。

 

通路を中央にして、黒い金属に覆われた個室がそれぞれ5部屋ずつ並ぶ。訓練生からドロップアウトした配膳係が、死んだ魚のような目で朝食の配膳を始める。中身も死んだ魚の如く、ほとんど米のないお粥と具のないスープに、生卵ひとつだけだ。

 

過酷な訓練が科される『NEVER』訓練生の、数少ない娯楽が食事だった。育ち盛りを集めた上、極限まで体力を酷使する訓練についていくには、豊富な栄養を湛えた食事が欠かせないのだ。

 

だが懲罰房に入れられた者は別だった。3食こそキチンと供されるものの、腹を満たすには到底足りないボリュームだった。無論、懲罰故だが。

 

そもそも、懲罰房に投獄されている隊員は食事すら満足に取ろうとしない。始めこそ空腹故に手を出すが、徐々に精神を蝕まれていくにつれ、食事すら億劫になって、骨と皮だけになっていく。ただでさえ訓練生から脱落した配膳係だが、そんな様子を目にして余計に自身も生気を失っていく(訓練生の間では、それも脱落者の受ける罰だと囁かれていた)。

 

そんな中、最奥の部屋に投じられた者は違った。そして、給食係からその部屋に入った人物に対して、生卵をふたつ、渡されていた。

 

最近脱落したばかりの配膳係は、意味をよく知らずに言われるがままお椀状の皿へふたつの生卵を放ると、最奥の部屋わきにある配膳口へ食事が載せられたトレイを置いた。その部屋の主だけは、どんなときでも必ず即座にトレイを受け取るのだ。

 

こんな環境でも、心を蝕むことなく過ごす奴もいるのか・・・そんな感心も、すぐさま打ち消し、配膳係は頭を俯きがちにして地下を後にした。

 

そしてトレイを手にしたその男は、手早く食事を済ませた。飢えにあえぐ故のがっつきではなかった。まるで健康に腹を空かせた高校生男子のそれだった。だがお粥に投入した生卵は、ひとつだった。

 

男はもうひとつの生卵を皿に叩きつけ、中身を投入した。だが黄身は殻の中に残して、器用に白身だけを皿へ注いだのだ。そうして黄身をグイっと口の中へ勢いよく放り込み、一気に嚥下すると、白身を両手になすりつけた。そのまま、ボサボサの髪の毛をなでつけ始めたのだ。

 

白髪、というか銀色の髪の毛を白身に塗れた指で整え、手のひらで撫でつける。鏡はないが、銀色のトレイを鏡代わりにして整髪の様子を確認する。整ってない箇所を手櫛でなでつけると、耳たぶまであった髪の毛がすべて後頭部へ流れる、立派なオールバックが仕上がった。

 

大きく息を吐くと、下膳のチャイムが鳴る。男は黙ってトレイを片すと、大きくあぐらをかき、どっかりと腰を下ろした。

 

ややあって、配膳係とは異なる影が懲罰房に現れた。2名の屈強な護衛を従えた、村岡と石倉だった。

 

「鳴海真人、出ろ」

 

房の鉄格子にカード式の鍵が差し込まれると、格子が音を立ててスライドした。鳴海、と呼ばれた房の中の男は目を開けると、開いた格子の向こうに立つ男たちをギロリと睨みつけた。

 

「4ヶ月の懲罰期間終了。以後、このようなことのないように」

 

感情が読み取れない、機械のような抑揚で石倉が述べた。鳴海は立ち上がると、村岡一行を一瞥して、黙って房の廊下へと踏み出た。

 

「あの、ね。わかってるよね。ここは軍と一緒。上官への反逆行為は懲罰の対象なの。君みたいなズバ抜けた成績の持ち主でもね、例外ないの。逆らっちゃダメでしょ、良い年して。私たちはね、ここでは神なの。神様なの。わかる?understand?」

 

そのまま歩き出そうとした鳴海を呼び止めるように、村岡が言った。「フンっ」と軽く鼻を鳴らす鳴海。

 

「いいか、エセ日本人。オレは神奈川県の川崎市ってとこの産まれでな。いまじゃすっかりゴジラとギドラにやられて廃墟になっちまったが、そこにあった川崎大師って寺さんが小さい頃から参ってた神様なんだ。いまでも存在してたら参拝してぇくらいだ。だがな、あんたらは悪魔だ。鬼だよ」

 

それだけ言うと、村岡に背を向けて廊下を進み、階段を昇り始めた。勝手に歩みを進める様に護衛2人は咎めようとしたが、村岡が制した。

 

「困るよねぇ、ああいうの。ま、また何かあったら懲罰房にブチ込めば良いんだろうけど。でも、すごいよねぇ。4ヶ月まったく音を上げないで、ちゃーんと食事も摂って出てきてるんだから」

 

傍らの石倉に言うと、同調の素振りを見せなかった。

 

「しかし、奴は航空機・・・とりわけ、新型のメーサー攻撃機の操縦シミュレータにおいて、群を抜いた成績です。あまり懲罰生活が長いと、新型機のテストに支障をきたしてしまいます」

 

「だからといって、ねえ?上官に暴行加えるなんざ、あってはならない一大事だよ?隊内の規律を守らにゃあ、ねえ?しかし、いま思い出してもアレは痛かったあ」

 

まるでそのときの幻痛を感じたように、村岡は殴られたみぞおちをさすった。

 

「あ、上官への暴行、といえば、1ヶ月前君を殴りつけた女の子いたでしょ。ええーっと・・・」

 

「三崎真琴、ですか」

 

「ああ、そうそう」

 

村岡は笑みを浮かべた。一隊員の名前など覚えていないが、自身がしたことを思い起こした、下卑た笑みであった。

 

「まったく、似たもの同士がいたモンだよねえ。でも彼女、新型機の成績良いんでしょ?もう出してあげよっか」

 

元より、石倉の希望で真琴の懲罰期間短縮を上申していたのだ。石倉は頷くと、こことは別の房が開くカードキーを用意した。村岡は頭をボリボリ掻き、「うー、あっちも痒い」などと独り言をぼやきながら、あとは任せるとばかりに上階へ向かっていってしまった。

 

 

 

 

 

 

同じ懲罰房にて、冷たく固い床にうつ伏せで寝そべったまま、呼吸以外微動だにしない隊員の姿があった。

 

時刻を知らせる時計などはなく、朝も夜もない、薄暗い照明のみに照らされる空間では、時間の感覚も失われる。唯一、時間きっちりに提供される3度の食事があるが、日替わりではあるものの朝昼晩変わらぬメニューのため、懲罰を受けた隊員たちは3日ほどで数えるのをやめた。

 

風呂もシャワーもない。3日に一度配布されるボディシートで身体を拭く程度で、髪を洗う設備も水もない。ひどく痒む上に髪を切ることもない。伸び放題に伸びる髪はまとまりがなく、ボサボサのままフケだらけの頭皮を掻きむしる他ない。だが、この房に横たわる三崎真琴はそれすらもせず、感情を完全に失ったかのような瞳で灰色の床へ視線を落とすのみであった。

 

入房前は耳を覆うほどの長さだった髪は両肩をとうに過ぎ、肘に達するほどに伸びている。いくら仕草も精神も意識づけたところで、彼、もとい彼女は、生物学上は女性なのだ。

 

排便以外、真琴は床から起き上がることはしなかった。

 

他の懲罰対象者はせいぜい1週間で精神を病み、頭皮が剥がれるほどに頭を掻きむしるか、あるいはボディシートでは到底拭えきれぬ垢を爪いっぱいに溜めて絶望に苛まれるか・・・食事を摂ることもしなくなり、挙句に使い物にならないとばかりに懲罰房を追い出される。放逐された後は、国連管理下とは名ばかりの無法地帯となった旧南関東圏をふらつき、飢えか浮浪者のに暴行を受け、誰にも知られることなく屍となって瓦礫のかたわらで腐り果てるのみだ。

 

真琴は、それ以前から精神を壊していた。

 

意識が肉体と異なるだけで、まるで存在を許されないような仕打ちを受けていた頃から、この世に存在する意義を見出せなかった。母や仲間の理解を得られ、下町の弁当屋で働きながら看護師を目指していた頃は、自分でも驚くほど希望に満ち溢れていた。もう2度と、自分の存在を忌避しない・・・本気でそう考えていた。

 

だが、母や仲間を喪い、心の拠り所も・・・そして、自身のどこか奥底に存在していた、女性としての尊厳も、惨めに踏み滲みられてから、真琴はもう心が死んだも同然だった。

 

唯一、腹は減るので食事は欠かさなかったが・・・その気力も湧かぬいま、緩慢なる死を甘んじて受け入れよう・・・そんな心境にすらなっていた。

 

否、せめて、せめて自分を汚したヤツら・・・踏み躙ったヤツらへの怒り、怨嗟は、真琴の中で照善と暗い炎のように燃えたぎっていた。

 

あのヤニに塗れたような舌が自分の口内を弄る感覚が、思うまいとしても蘇ってしまうのだ。その度に、何度も舌を乱暴に喰いちぎる妄想をしただろうか。

 

そして・・・なにより、これほどの地獄へと自身を導いた相手は、何だろうか。

 

ゴジラ・・・・・?

 

同じ訓練生の中には、家族や大切な存在を奪った対象として、ゴジラへ激しい怒りをたぎらす者もいる。では自分は・・・ゴジラが、憎いか。

 

そんな怒りも、不思議と湧き上がらない。

 

ただただ、学校へ行かず引きこもっていたあの頃のように、無気力に横たわるのみだ・・・。

 

突然、自身の房を閉ざしていた電子錠が開く音がした。青白く正気の無い、サングラスの奥の薄ら気味悪い瞳を向けながら、訓練教官の石倉が入ってきたのだ。

 

「三崎真琴、出房だ」

 

それだけ言うと、傍らの屈強な警備員が2人がかりで真琴を立ち上がらせた。されるがまま立ちあがろうとして、真琴はふらついた。当然ながら、脚の筋力が弱りきっているのだ。

 

「1日だけ与える。普段通りの訓練に戻れる身体にしろ」

 

それだけ告げ、石倉は背を向けた。いくら弱っているとはいえ、教官へ暴行をはたらいた訓練生である。がっしりと抑え込まれた両腕を引きずられるように、真琴は房を出た。

 

出房・・・嬉しくもなんともなかった。また訓練生と同じ生活をして、ヤツらに殴られ、果ては身体の尊厳を損なわれる日々を送るのだろうか・・・。

 

 

 

 

 

出房した後、用意されたまともな食事にこそ手をつけたが、大浴場の利用は拒否した。シャワーを浴びたい気分でもない上に、ここは自身を穢されたところである。ボディシートでサッと身体を拭くのみで済ませた。その後訓練が終わるまで待機、と言われ、ひとまず真琴は椅子に背をもたれ掛け、目を瞑った。だが睡眠などと優雅な行為は取らなかった。

 

訓練所内での散髪などは、美容師あるいは美容学校などに通っていた腕に覚えある訓練生が都度呼ばれ、ハサミを入れることになっている。説明によると、これまで散髪を担当していた訓練生が使いものにならなくなったことで、これまでとは別の人間が担当するそうだ。

 

だが入ってきた男性を見て、真琴は身体が強張った。1カ月前、足立に半ば強要される形で真琴の身体を穢した、あの気が弱そうなヤツだったのだ。

 

罪悪感でもあるのか気まずそうに顔を背ける。真琴はそんな彼に、射るように睨みつける。だがそこへ続いて、足立たち一行が入ってきた。

 

「三崎さん・・・てか、三崎。出房できてよかったね?」

 

うすら笑いを浮かべながら真琴に近寄る。さらに強く睨む真琴だが、怯えの色も浮かんだのを見逃さなかった足立は、無造作に長く伸びた真琴の髪を強引にひっつかんだ。

 

「そんな怖い顔すんなって。てかだいぶ伸びたなあ。オイ真矢」

 

真矢、と呼ばれた気の弱そうな男は、足立の声にビクついたように肩を震わせた。そのハサミよこせ、という足立の顔色を察知した真矢は、まるで献上するような形で足立にハサミを渡してよこした。

 

「綺麗にしてやるからさ、おとなしくしとけよ?」

 

足立は乱暴に真琴の髪の毛をしばりあげると、一気にジョキジョキとハサミを入れた。長かった真琴の髪の毛は切断され、無造作に耳の辺りまで髪の毛が垂れるばかりとなった。

 

息を吸い込んだまま、真琴は堪えようのない悲しさと怒りが自身を込み上げ包むのを感じた。髪の毛をいともあっさりと切られるショックもあるが、何より、そう感じてしまう自身の中にある女性としての感傷に腹を立てた。

 

「おい、こいつもっと短くしてやろうよ?」

 

「ハサミで坊主作ってやるか!」

 

足立たちの嘲るような口調に歯ぎしりしながらも、腕力でかなうことがない。後頭部の髪の毛からさらにハサミを入れられ、ジョキジョキという音と感触が何度かしたが、「何をしている?」という声がした。石倉だった。

 

「散髪に関係のない者の入室を許可していない」

 

抑揚のない声でそう告げる。少し慌てたふうの足立が「いえいえ」と手を振った。

 

「すみません、僕ら三崎さんが出てきてくれたことが嬉しくて、つい」

 

すると石倉はしばし足立の目を見るも、「夕食の時刻まで各部屋待機だ、早く戻れ。貴様は早く散髪してやれ」とそれぞれに向けて言った。石倉に対してヘコヘコする足立たちは、気づかれぬように舌打ちして真琴にガンを飛ばしながら出て行った。

 

「散髪が終われば、お前は再び懲罰房だ」

 

冷たい目をしながら、真琴に告げる石倉。

 

「はあ?」

 

「生憎、療養室も医務室も満床だ。寝具などは用意する。いましばらく房で生活し体力を戻せ」

 

冷徹に言い放つと、石倉は部屋を出て行った。あっけに取られたような真琴だったが、俯き加減の真矢に鋭い視線を向けた。いいから、早く切れよ、と。

 

 

 

 

 

 

 

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