ゴジラVSガメラ   作:マイケル社長

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ーChapter 14ー

 

 

 

・3月19日 17:40 大阪府大阪市中央区城見 ホテルニューオータニ大阪 大宴会場 「豊臣」

 

 

 

 

 

政府主催の新兵器お披露目会ということもあり、その日は大阪でも由緒あるこのホテルに、政財界や学界、友好国の駐日大使や外交要員が一同に会していた。

 

冒頭に望月官房長官があいさつをした後、先日旧茨城県霞ヶ浦において大金星を挙げた「メーサー戦車」の発表、そして経産省より、当該兵器のスペック紹介に続き、経済産業大臣である佐間野の講演、大トリで瀬戸内閣総理大臣より祝辞が述べられ、しばし遑の後に同会場で立食形式の祝賀会が開催されるのだ。

 

会場の準備で正面向かいにある中宴会場や、フロアにある喫煙コーナーにて宴会前のおしゃべりに興じる列席者。いずれも閣僚を始めとした政治家や高級官僚、経団連や国内主要企業で構成された各種業界団体の関係者であり、猛烈な円安と物価高騰により生活に深刻なレベルで支障が出ている一般庶民とは階層が異なる人々だ。

 

やれ、どこそこの治安・・・とりわけ、事実上首都となった大阪隣県各地、及び南関東壊滅により人口動態が大きく変化した北関東地域における治安悪化の話題、超円安により潤っている輸出企業銘柄の話題に、今回紹介されたメーサー戦車が国内外に及ぼす政治的、経済的、何より軍事的環境の変化と、いかにそのおこぼれに与らんとするか・・・。

 

そんな話題に終始してばかりで、学界重鎮として招待された尾形は辟易していた。皆、まるでハイエナではないか。なんだか、もうすっかり怪獣の脅威は消え去り、あるいは2年前の悲劇をまるで忘れてしまったかのように、金儲けに現を抜かすばかりがこの国の中枢に巣食っているとは・・・いっそのこと、完膚なきまでに怪獣たちが日本を叩き壊してくれはしまいか・・・。そんなあまりにも不謹慎なことを、尾形はひとり考え巡らせていた。

 

「これはこれは、尾形先生」

 

ふいに声をかけられ、尾形は慌てて顔をあげた。まるで尾形の不埒な思考を見透かしているかのように、顔をややニヤつかせた釼崎が立っていた。

 

「釼崎先生・・・」

 

「いやはや、参りました」

 

釼崎はそう言うと、尾形が座るソファにどっかりと腰を落ち着けた。

 

「こういう場は、我々学者がいて良いところではありませんな。あの、メーサー戦車とやら。たしかに、今後の怪獣戦闘において優位性の高い兵器なのでしょうけれど・・・ご覧なさい、総理以下閣僚のあの姿。製造元のガルファー社にあんなにヘコヘコして。で、ガルファーはガルファーで、日本支社長とやらがどれだけ偉いのかわかりませんがね、本国の役員は誰ひとりここに居ない。さしずめ、大戦後の進駐軍を相手にする吉田茂内閣みたいなものだ」

 

釼崎はクククッと鳩のように笑う。この底抜けに皮肉屋でともすれば意地の悪そうな男の物言いは慣れたものだが、ところかまわず空気を読まないでしゃべる悪癖には尾形も辟易していた。近くにいた官僚や経済界の面々は、そんな釼崎に容赦ない視線を向ける。

 

「ねえ尾形先生、なぜ私どもがここに呼ばれたのでしょうねえ。怪獣の生態に詳しいから?怪獣退治の専門家?そんな理由なのでしょうかねえ。その割には、学術的に怪獣たちへの対抗策を練るような議論が起こり得る場所でもないですがね」

 

さすがの釼崎も、うんざりするように目を瞑る尾形に口を止めた。やがて咳払いをして、話題を変えてきた。

 

「ときに尾形先生、昨日霞ヶ関に現れた怪獣群、どのようにお考えですかな?」

 

「どのように、とは・・・」

 

「いえ、ね、無論怪獣にはまだまだ未知の部分が多い。各怪獣が個体ひとつとも限りませんし、当然生殖活動による群体化もあることでしょう。私はどうも、なぜ前回の出現から数年を経たいま、霞ヶ浦にガニメが群れを成して現れたのか、ということでして」

 

「そうですね・・・以前の出現は台湾でしたか」

 

「そう。もし奴らが生殖活動を伴いながら生息域を拡げる習性があるのなら、太平洋一円がガニメ生息域となって然るべきだ。それなのに、現在に至るまでその兆候がない。そして急に、霞ヶ浦という、内海に出現したというのがね、私はどうにも、気になってしまいまして」

 

釼崎は格好こそノーネクタイのスーツ姿だが、この男には風呂に入るという習慣がない。よってなんとも言えない芳しさがスーツから漂ってくる。得てして教授職や研究者にはこういうタイプがいるものだが、釼崎のそれはいささか度を超している。慣れたものだが、それでも尾形は不快感を隠さず顔を顰めた。

 

「それに、ガニメを駆逐したメーサー砲でしたか。お披露目と販売デモンストレーション直前に実戦投入というのが、これまた脚本じみてますな」

 

釼崎の指摘には充分頷けるものがある。だがそれを口走った釼崎に、周囲は冷ややかな視線、あるいは険しさを湛えた視線を突き刺してきた。たしかに、誰もが思うことであるのだが、昨日の一件が報じられるなり、「若い兵士たちの大活躍」「国防に明るい期待」といった根明な空気が蔓延しており、釼崎がやったように疑義を口にすることはある種タブーのような空気感が醸成されていた。

 

「若い人が頑張っているんだから、あるいは、我が国に久方ぶりの光明差し込む、そんな局面に水を差すなと言わんばかりですなあ。まあ、私が申すことはいささか無粋なのは承知していますがね」

 

苦笑いこそ浮かべるが、本心ではなさそうだ。まるで自分と尾形が・・・いやもっというなら、尾形に奇異な視線を向けさせるようある種の道化として振る舞っているようにも、思える。

 

「尾形先生、そう身を強張らせないでくださいな」

 

ニヤついた笑みを浮かべて、そう言う釼崎。もう嫌がらせには満足したのか、おもむろに話題を変えた。

 

「ときに尾形先生、ゴジラは、果たしてどのようになっているとお考えですかな」

 

ゴジラ。その言葉が出てきたとき、尾形はイヤが応にも身体が反応してしまった。

 

「ゴジラも、中国が製造した新型爆弾“神雷”でしたか。あの攻撃によってギドラもろとも葬られたと言われますが、果たしてどうやら・・・」

 

「あの関東壊滅以来、二匹の姿が見えない。神雷投下の直後より今に至るまで姿を現さない。それは二匹とも致命傷を負い、東シナ海に没したからだ・・・根拠はありませんが、現に姿を見せていない以上、そうした憶測が飛び交うこともまた致し方ないでしょうね」

 

尾形は初めて、釼崎の独り言とも取れる会話にまともに応じた。

 

「神雷そのものも、放射性物質を拡散させない戦略核兵器と呼ばれる威力ですからな。通常なら生命の維持など適うことはありえないほどの高温と圧力だ」

 

「剣崎先生、我々はゴジラにも、ギドラにも、詳しい生態に関してあまりにも知識が少ない。よって現時点での情報を元にした憶測は根拠が乏しすぎる。なんとも申し上げられないというのが、私のアンサーです」

 

「ほほう・・・ゴジラ派の先生にしては珍しいですな。強靭な肉体とエネルギーを保持したまま、今でも生存している!そう断言なさるのが先生の十八番だったではありませんか」

 

たしかに、その通りだ。だがその話をいけしゃあしゃあとすることはしない。なんだか、再びゴジラが現れ、今度こそこの世を完膚なきまでに破壊してほしい・・・そんな深層心理を暴かれそうで、ブレーキをかけたのだ。だがそれが却って、釼崎の興味を引いてしまったようだ。

 

ちょうどそのとき、今日のために呼ばれた元NHKアナウンサーの司会より、宴席の用意が整った旨アナウンスがあった。それと同時に、ホテルのスタッフと、世話役になっている官僚とイベント運営の広告代理店関係者が、尾形たちロビー待機組を大宴会場へと誘導し始めた。

 

これ幸いとばかりに、尾形はソファーから立ち上がって、立食パーティー会場となっている大宴会場へと足を向けた。釼崎はしばらくその場を動かず、足を速めて去る尾形の背中を、なんとも言えない悪意ある笑みで見送った。

 

 

 

大宴会場「豊臣」はすっかり模様変えが行われ、合わせて300名程度の出席者でも充分対応できるよう立食パーティー形式となっていた。一部ホテルスタッフが慌ただしく足りない料理や飲料の配膳に追われているものの、出席者は来るべき乾杯に備えて手元のコップに飲料を酌み交わし始めている。

 

尾形は知り合いの経団連幹部に招かれ、国内主要企業トップらと同じテーブルに移動した。釼崎と同席は避けたかった意図はあるが、かといって商売人の極致である彼らとはあまり話が合わない。適当に話を合わせ、控えめに酒と料理を嗜んで早いところ京都へ戻ろうと考えていた。

 

相変わらず、経団連トップ層は金儲けの話題に夢中になっている。超がつく円安で海外収益が増進していること、輸出に関わる消費税の戻税額など、どこまでいっても企業収益のことばかりだ。

 

霞ヶ浦に出現したガニメを掃討した若い兵士のような根性ある若者が入社してほしい、これからは若い力が日本を変える、などどいう話題にいい加減うんざりしていたのだが、同じテーブルにいた老齢の企業経営者による、「なら、今からでも筑波へ行き、その若い兵士を即戦力として採用する、というのはいかがでしょう。外国企業に貴重な人材を奪われている我が国企業の現状、私は看過できませんな」というひと言で空気は変わった。

 

「いやあ、山路社長。さすがに世界的企業のガルファー社ですぞ。給与も福利も我々とは比較になりませんからねえ」

 

やや硬直した空気を和ませようと、でっぷりした腹の企業経営者が苦笑いした。

 

「いえいえ。なればこそ、我々は給与待遇面はもちろんのこと、若者がいかに自社で元気に働いてくれるか、そういう企業をどう作っていくか、もっと議論の余地があると思うのですがねえ」

 

「いやはや、山路社長には敵いませんな」

 

そういって一座は笑った。山路、と呼ばれた老齢の男性は一緒に笑いこそするものの、目は笑っていない。尾形の視線に気がついたのか、山路は向き直ってきた。

 

「ええと、失礼ですが京都大学の尾形教授ですね」

 

尾形は頷くと、山路は名刺を出してきた。KGホールディングス代表取締役、という肩書きだ。KGホールディングスといえば、在阪企業の雄であり、食品加工から金融、損害保険と幅広く事業を展開している会社だ。そういえば、ガイガンショックの際に、調査協力の見返りとして北海道から大阪まで特別機に同乗させてほしいと頼んできた、あの聡明な(そしていささか図々しさもある)女性も、KGI損保の社員だったと思い出した。

 

「ご高名はかねがね。しかし珍しいですな、学界の方がこちらのテーブルにいらっしゃるとは」

 

「ええ。難波重工の難波会長とは知り合いでして、こちらの席へ是非に、と」

 

だが、尾形を引き入れた当の難波会長は、挨拶に来た経産省の役人と何やら会談している。

 

「やれやれ、実業界に身を置くものとして、なんともお恥ずかしい。お誘いしたというのなら、お気遣いすべきというのに」

 

自分から誘った客人を場違いとも言える席にほったらかし、かまわずしゃべりたいことをしゃべる同業者の行動に、さも嘆かわしそうに頭を振る山路。

 

「まったく、我が国も危急存亡の状態だというのに、責任ある立場の者ほど恥ずかしげもなく・・・」

 

そうなおも毒づく山路に、尾形は苦笑いした。

 

「まあまあ、気にしませんので」

 

ちょうどそのとき、司会より宴の開始を告げるアナウンスがあった。それに倣い、尾形と山路も中央正面の壇上に向き直る。瀬戸総理大臣に望月官房長官を始めとした主要閣僚に、各省庁の事務次官及び長官クラス、そして経団連や日本商工会議所、経済同友会といった実業界の幹部一行に、各国在日大使といった錚々たるメンツが壇上に並んだ。

 

「いやはや、招かれたので応じましたし、国家としても実業界としても経済的恩恵が降り注ぐという事情は理解すれど、また日本がこうして戦争に片足を入れてゆかんとする光景はなんとも微妙な気分ですなあ」

 

山路は尾形のグラスに瓶の中身を注ぎながら、そうぼやく。返礼として山路のグラスに黄金色の液体を注ぐ尾形。

 

「それでは始めに、佐間野力也経済産業大臣より、ご挨拶を頂戴したく存じます。佐間野大臣、どうぞ」

 

会場に集いし数百名の拍手に迎えられ、佐間野は堂々と壇上のマイクを前にした。幾度かの安全保障会議を経て、尾形も佐間野のことをよく知っていたが、現在の地位に就いてから、さも自分が実質的な次世代の首相と言わんばかりに、鼻持ちならない態度を取ることがある。

 

先代である父親の頃より米国ガルファー社と親密な関係を持っていることもあり、ガルファー社の背後に控える米政府の支持支援を取り付けたのも同然なのだ。元よりややお坊ちゃんなところはあったが、経産相という立場に加えて、現職の防衛大臣である駒野は佐間野の後輩である人物故、事実上防衛相兼務も等しい状況だ。今回の新兵器披露には並々ならぬ自信と意欲が、宴席の場にも伝わってくる。

 

それでも元海上保安官という出自故か、聴衆の注目を集める前に身だしなみをチェックし、少しだけ曲がっていたネクタイを手早く直すと、胸を張って堂々と話すべくマイクを手にした。

 

閣僚界隈がにわかに騒がしくなったのは、ちょうどそのタイミングだった。瀬戸と望月に官邸付の秘書官が素早く近寄り、何かを告げる。時を同じくして、防衛省の官僚が駒野防衛大臣に何かをささやく。

 

異変を目にして怪訝な顔をする佐間野にも、秘書が駆け寄った。やがて閣僚、官僚がにわかに騒がしくなり、特に防衛省、外務省の官僚たちはスマホで通話しながら慌ただしく会場を飛び出して行った。瀬戸総理以下閣僚にも護衛のSPが、周囲に注意を払いながら小走りで連れ出していく。ただならぬ雰囲気に、宴席の場は次第にざわつき始めた。

 

何せ、なんの説明もなく今回の主賓である内閣と官僚組織の要員が会場を去ってしまったのだ。司会の女性も急展開にオロオロし、中にはホテルや広告代理店のスタッフに「どういうことか説明しろ!」と食ってかかる企業経営者も出てくる始末だ。

 

「これは何か、尋常ならざる事態が起こりましたかな」

 

これまで毒づきつつも笑みを湛えていた山路が、神妙な顔つきになっている。尾形は閣僚に続いて会場を出ていく間際だった、顔見知りの官邸職員に声をかけた。

 

「向山さん、何かあったのですが?」

 

「ああ、尾形先生」

 

ひと息ついて、官邸職員は話し出す。

 

「2分ほど前です、中国人民解放海軍所属の094型原子力潜水艦が、宮古島近海に現れたのです!」

 

 

 

 

 

 

 

・同日 18:17 大阪府大阪市中央区大手前 大阪府庁舎5階

 

 

 

 

 

メーサー戦車お披露目の宴席は急遽打ち切られ、主要閣僚はただちに日本の暫定中央行政府となっている大阪府庁舎へ移動。官邸と防衛省、そして外務省主導で速やかに緊急の安全保障会議が開かれた。

 

「え・・・米軍監視衛星からの情報によれば、今回、我が国の排他的経済水域に侵入したのは、中国人民解放海軍南海艦隊所属、094型原子力潜水艦『妲己』。核弾頭を搭載した弾道ミサイルを保有、発射可能な人民解放海軍の主力潜水艦です。本日・・・日本時間17:55頃、東シナ海を航行していた同潜水艦が、突如として南進。宮古島と多良間島の中間地点海域に侵入しました。え・・・同、17:57、海上自衛隊那覇航空基地より、P -1哨戒機が離陸、警戒に当たりました。そしてさきほど・・・18:12、我が国の排他的経済水域を通過し、南シナ海へ抜けた模様。現在、米軍と共同で警戒活動を継続中です」

 

主要閣僚の中でも年齢、経験共にもっとも若い駒野防衛大臣は、官僚より手渡されたメモをたどたどしく読み上げる。いつもなら経験不足も暖かく見守る一同なのだが、南西有事が想定される今の間際においては、歯軋りするほどもどかしいものであった。

 

「本事案を受け、ただちに許仲林駐日中国大使を召喚したのですが、重要な外交業務による繁忙を理由にこれを拒否されております」

 

すかさず、氷堂外務大臣が声を上げた。

 

「ただいまの防衛大臣及び外務大臣からの報告をまとめますと、少なくとも現時点では、当該原子力潜水艦は我が国の排他的経済水域から離れており、海自に対し海上警備行動等発令する法的根拠はないということ。中国政府は説明を拒否したということ。では、今事案の背景及び、今後政府が取るべき行動を策定して参りたいと考えます」

 

望月が冷静な仕切りで、会議の方向性を示してきた。

 

「外務省としましては、本事案に対し許大使及び中国外交部へ遺憾の意を表明、並びに本事案の経緯を説明することを引き続き要求して参ります」

 

氷堂がすかさず具申してきた。

 

「それにしても、中国が核兵器も搭載可能な原潜で領海侵犯をしてきた意図は、いったい何なのでしょうかねえ」

 

岡本文科大臣の素朴なぼやきは、防衛相の駒野始め幾人かの閣僚が反応した。

 

「え、アジア大洋州局及び外務総合外交政策局によれば、分析の結果、2つの仮説を打ち立てておりますが・・・」

 

氷堂はそこまで言い及び、望月に視線を向けた。望月は言葉を発することなく、肯定した。

 

「まず一つは、本日のメーサー戦車披露に対抗すべく実施した可能性。もう一つは、関東壊滅以来、幾度となく繰り返された中国及びロシアによる領海、領空侵犯の延長及び拡大の結果である可能性。特に、後者の可能性が高いと、外務省では分析しております」

 

「虎の子の原潜を用いて、どの程度我が国が軍事的に即応できるのか実証したかった、というところですかな」

 

井岡財務大臣の言葉に氷堂は頷いたが、それでも井岡は面白くなさそうに目を瞑った。

 

「しかしねえ、いくら弱体化しているとはいえ、我が国の領海に核兵器込みで侵入してくるなど、米国へ戦争を仕掛けるも同然だというのに。威力偵察にしては、ずいぶんと危ない橋を渡っているんじゃありませんかねえ」

 

「たしかに・・・これまでは哨戒艇や、漁船団による威力偵察ばかりでしたからなあ。まあ、数年前も同じように、原潜で日本近海に出没したことはあったが・・・」

 

岡本が追従した。

 

「ねえ、氷堂さん、駒野くん」

 

今度は井岡が椅子から身を起こすように姿勢を前傾させた。

 

「これは消息筋からのウワサに過ぎないのだが、ここんところ、どうも広東省で不穏な動きがあるそうじゃないの」

 

井岡の言葉に、事情を知らない閣僚は前のめりになった。

 

「不穏な動き、とは・・・香港の暴動ですか?」

 

北島が疑問を投げかけた。

 

「そう。過激化する香港の民主化デモ。これは香港に拠点のある経団連企業から聞いたんだが、暴動鎮圧のために、中国の中央〜南部軍区所属の地上部隊が続々と広東省入りしてるようでね。従って今回の領海侵犯は我が国もそうだが、国内へ向けた恣意行為といった見方もできるんじゃないのかと思ってねえ」

 

良くも悪くも昔気質な井岡は、根拠もない話題をこのような場で発言しがちだ。やれやれ、とばかりに、付き合わされる秘書官と官僚は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「それと、これも現地法人から聞いたのだけど、どうも広東省の内陸部でも、デモか何かの鎮圧を目的として、軍が武力行使したって話もある。抑えきれぬ民主化運動への対抗措置ではないかな、やはり」

 

「井岡さん、どうか我々の情報筋から逸脱した憶測でおっしゃらないでいただきたい」

 

氷堂のかなり本気な戒めに、井岡はそっぽを向いた。

 

「防衛省は、どのような見解かね?」

 

ここで瀬戸が口を開いた。だが年齢も経験も若輩な駒野は、防衛官僚の説明を噛み砕くのに必死だ。隣ではお目付け役の佐間野が、鬼のような形相で駒野を睨みつけている。ただでさえ自身が政治生命を賭して取り組んできた新兵器導入の披露会に出鼻をくじかれ、面目丸潰れとなったことで苛立ち気味であったが、情けない自派閥の若手に堪忍袋が破裂線ばかりの形相だ。隣の北島は無言で佐間野の肩に手を置き、嗜めていた。

 

「よろしいでしょうか、官房長官」

 

ここで、統合幕僚長を務める荒川が挙手した。

 

「どうぞ、統幕長」

 

望月の了承を得た荒川は、少し咳払いをして姿勢を正した。

 

「中国人民解放海軍は、北の黄海、渤海を管轄する北海艦隊、東シナ海を管轄する東海艦隊、そして、南シナ海を管轄する南海艦隊と3つの主要艦隊司令部を持っております。ですがこの3艦隊は、同じ国の海軍でありながら一枚岩とは申し上げられない状態です。とりわけ、東海艦隊と南海艦隊は、各艦隊の幹部によるサイドビジネス・・・ここでは敢えてそう申し上げますが・・・のナワバリが重複することもあり、創設以来一度も合同演習をやったことがないほど犬猿の仲となっております。2年前、やはり東シナ海から我が国の排他的経済水域に侵入した094型原潜は、東海艦隊所属でした。そしてこの東海艦隊、2年前に東シナ海へと抜けたゴジラとギドラを討伐すべく投下された新型爆弾『神雷』の支援に出動しており、一定の効果を挙げております。加えて、現在の中国政府軍令部統括長官は、広東省の出身であり、南海艦隊が出身母体です。すなわち、今回の領海侵犯ですが・・・」

 

「すなわち、中国海軍内及び、中央政府の権力闘争が一因、ということでしょうか」

 

荒川の言わんとすることを代弁するように望月が尋ねると、「おっしゃるとおりです。我々はそのように分析しております」と、力強く頷く荒川。

 

「すると、中国国内の小競り合いに我々は右往左往させられとる、ということですか。まったくもってけしからん!」

 

噴飯やるかたなし、とばかりにどっかり背もたれに身を沈める井岡。

 

「そうしますと、今回は遺憾の意を表明するにとどめた方が、両国政府にとって良さそうな結果が得られそうですな」

 

普段は朴訥としている岡本だが、長いこと政治家を務めてきたことはある。大人の対応を示してきた。

 

「そんな・・・仮にも日本は、領海を侵犯されたんですよ!」

 

我慢ならない、とばかりに北島が口を尖らせてきた。

 

「国民だって黙っちゃいないだろう。今回は強気な対応で当たるべきだと思うがね」

 

保守本流である井岡も、怒声混じりに声を上げた。

 

「私も賛成です」

 

強硬派の中ではもっとも冷静ながら、充分に怒気を含ませた佐間野が言った。

 

「しかし、ここで下手に相手を刺激するより、すべて理解しているんだぞ、と暗に匂わせるに留めるのもひとつの方策とも考えます」

 

実務家の氷堂に、瀬戸は頷いた。

 

「たしかに侵犯行為には抗議すべきだが、経済制裁など具体的な対抗策には至らない方が良いと考える。外務大臣、当初予定通り、中国に抗議声明を申し入れてほしい。防衛省並びに自衛隊には、米軍とも協調の下、引き続き本事案の情報を収集してもらいたい。次、また再び侵犯するようなことがあれば、ただちに海上警備行動の発令を行う」

 

瀬戸の言葉で、緊急の安全保障会議は閉幕の流れとなった。全員一礼の後、瀬戸と望月は秘書官を伴って会議を退室し、氷堂も抗議声明を打ち合わすべく秘書官、外務事務次官と2、3言かわして部屋を後にした。

 

残された閣僚は取り巻きの官僚と各種打ち合わせが始まったが、佐間野はイラつきを隠さず立ち上がり、子羊のように怯えている駒野を一瞥すると部屋を出ていった。ややあって、申し訳なさそうに立ち上がる駒野だったが、荒川に促され、後を追うように退室していった。

 

「ありゃ〜、だいぶお冠のようですな、佐間野さん」

 

今まで佐間野が座っていた席に移ってきた岡本が、北島にささやいた。

 

「ホント、計ったようなタイミングですよねえ。まあ、ここんとこ彼調子に乗ってるところあったから、正直あんまり同情できないかも」

 

そう舌を出す北島。それからもしばらく各々の省庁に関わることを打ち合わせていたのだが、新任の官邸職員が困惑気味に入室してきた。

 

「あ、もう出た方が良かった?」

 

北島が訊くと、「あ、いえ」と慌てて首を振った。

 

「どうかしたのかね?」

 

どっしり腰を下ろしている井岡が訊いた。

 

「それが、総理と官房長官に、防衛大臣が慌てた様子で総理執務室へ入られたんです。みなさまには、緊急の要件以外は取り次げないから、ということでした」

 

「そりゃ妙だな。まさか、また原潜でもやってきたかね?」

 

「そういうことではなさそうですが・・・」

 

井岡の問いに、職員は口を濁した。

 

「原因は不明ながら、中国南部広東省にて、人民解放陸軍の流入が活発化しているようなんです。香港で暴動規模に発展している、民主化運動の鎮圧には大袈裟すぎる布陣とのことでして・・・」

 

「ふうむ・・・まさかまた、天安門みたいな騒ぎでも起こるのかねえ・・・」

 

他人事のようにつぶやく井岡だったが、自身の情報源に寄せられたウワサを思い起こしていた。

 

「そう、さっきはあれ以上言わなかったんだが、広東省に陸軍が投入されているのは、民主化運動警戒ではなく、怪獣騒ぎがあったという噂話があるんだよ」

 

岡本と北島は目を丸くした。

 

「最近の内閣はウワサを嫌うからいかん。まあ、余計なことは言わなかったんだがねえ・・・たしかに、確証があるワケでもなし・・・」

 

閣僚の大きな反応に慌てたのか、そう弁明する井岡。だが官邸の職員は、どうかこの老害政治家がそれ以上余計なことを言ってくれるな、と固唾を呑んで睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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