ゴジラVSガメラ   作:マイケル社長

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ーChapter 1ー

・2021年 10月24日 17:34 東京都小笠原村大戸島 大戸神社

 

 

年配の神主が御神体である銅鏡、続けて列席者にこうべを垂れ、手にしている大幣で2、3度祓った後、神楽殿に揃った神楽を手にしている少年少女たちを同じように祓った。

 

最初に中央の少女が笙を吹く。和音独特の響きが木霊した後、3人の少年によって和太鼓が鳴らされる。奥の神殿から天狗の面をつけた少女が現れ、きびきびと、そして雅に舞う。

 

この神楽を見るのは久しぶりだった。尾形はいつもに増して感慨深げに神楽を見遣る。

 

南の島とはいえ10月末にもなると陽が落ちるのも早い。夕闇が迫る中神殿を前に2本の篝火が焚かれ、薪が爆ぜてオレンジ色の火の粉が舞う中、天狗の舞はその動きを激しくしつつある。

 

やがて舞が止まり、2つの笙の音が重なり合う。途端に天狗の舞は緩慢になり、ゆったりと神殿の奥へ戻っていった。

 

薪が燃える匂いが立ち込める中、和太鼓がゆっくり、そして強く何度も打ち鳴らされる。最後の一打の余韻が残る中、再び笙が音を発した。神主が一礼し、神楽に集った少年少女たちを祓い、続いて列席者、最後に御神体を祓うことで神楽は終了するのだ。

 

この神楽は古来から島に伝わっており、島の伝承に従い『呉爾羅神楽』と呼ばれていた。

 

列席者たちは静かに立ち上がると、順に神殿へ向けて二礼二拍手一礼をしていく。スーツや袴を召した他の列席者と異なり、尾形はジャケットを羽織っただけの比較的ラフな格好だったが、前に参拝した村議が恭しく一礼して神殿へ案内してくれた。

 

神主が口上を述べた後、列席者に御酒が振る舞われた。尾形もそれを口に含む。芳醇なその香りは薪が燃える香りとも混じり合い、なんともいえない豊かな風味となって全身を駆け巡る。その感触は、身体の中の邪気をすべて打ち払ってくれるようにも思えた。

 

それまで神妙に神楽を奏でていた少年少女たちは正装のまま、年頃らしく賑やかに談笑しながら神殿から降りてきた。彼らの学校の教師らしき男性がそのまま控え室となっている社務所内へ引率していく。

 

「えーそれでは、ささやかですが宴席を設けております。お集まりのみなさまにおかれましては、社務所わきの広間へお越しください」

 

村議会の議長が、合わない入れ歯をフガフガさせつつたどたどしく宣言する。三々五々、広間へ向かう中、尾形は列席の地元重役に混じり、見慣れない男性が後をついていくのを見た。

 

髪は黒いが、おそらく染めているのだろう。生え際が白いところを見ると、尾形よりも年齢は上に思えるが、歳を隠そうともしない島の重役たちとは異なり、垢抜けた印象を受ける。学校の教師、それも文系を教える穏やかな年配の教師を彷彿とさせた。

 

大戸島は平成の大合併で小笠原諸島がひとつとなった小笠原村に編入され、自治体としての『大戸島村』は消滅したが、離島という性質上、また行政区分が変わったのみで他は旧来どおりの仕組みが続いていることもあって、現在でも独自の村議会を持ち、選挙で島の代表となる『村長』が選出されることは何ら変わっていなかった。

 

現在の村長を務める、齢76歳になる田中伊佐次の発声により乾杯が行われ、人々は盃を重ねあった。

 

尾形の元には村議から村の漁船団の頭から、続々と酌をしに訪れる。その最中でも、尾形はさきほどの見かけない男性が気になった。村の商工会会頭と何やら話しているが、やはり島外の人間にしか見えない。

 

「尾形先生」

 

村長の田中が酌をしにやってきた。

 

「村長、大変ご無沙汰しております」

 

尾形は90度のお辞儀をした。

 

「いやいや、もう年末の選挙には出馬せんでしてな。いままで通り、いさじぃと呼んでくださいませんか」

 

尾形は破顔した。自分が幼い頃のことを、村長は覚えているのだ。

 

「島にいらしたのは、新吉あんちゃんの3回忌以来でしたか」

 

「ええ。新吉叔父さんが亡くなって、そういえばもう3年になりますね」

 

「そうですなあ。この3年で、だいぶ世の中も変わり果ててしまいましたなぁ・・・」

 

そういうと田中は目を伏せた。尾形もまだ世の中が平常通りだった、3年前を思い起こしていた。

 

山田新吉。いまは亡きこの人物と尾形が出会ったのは10歳のとき、祖父である山根恭平博士に連れられて初めて大戸島へ来たときのことだった。

 

昭和29年、後に帝都東京を焼き尽くした最初のゴジラが太平洋上で活動を活発化させた頃だった。何隻かの船舶を海に葬ったゴジラは、暴風雨の中ここ大戸島へ上陸し、当時1500名にのぼっていた住民の半数近くが家屋倒壊の犠牲となってしまった。

 

その際に当時高校生だった新吉少年の母と兄が少年の目の前で押し潰された。当時大戸島の調査団長として島へ渡った山根恭平博士は新吉少年から話を聴くうち、一度養子に迎えて東京の山根家へ連れてきたのだ。

 

だが新吉少年が大学を卒業する頃、ゴジラ襲来の後遺症に苦しむ故郷の大戸島がどうしても忘れられないと、山根家との養子縁組を解消した後島へ戻り、廃れかけていた漁業に従事しつつ島民たちと島の復興に務めた。

 

尾形が初めて新吉に出会ったときには、30を過ぎた脂の乗った頃だった。島の青年団と民宿を開業させ、忙しそうに額に汗して動き回っていた。

 

「恵美子姉さんの息子なら、僕の甥っこだね」

 

年齢を重ねても祖父の自宅に飾られている写真と変わらぬ素朴な笑顔で、尾形のことをたいそうかわいがってくれた。

 

それからは年に2回、盆と正月にゴジラによって亡くなった島民の慰霊に訪ねる祖父にくっついて、尾形は大戸島に渡った。そのたびに新吉叔父は笑顔で迎えてくれた。

 

やがて祖父が亡くなってからも、大学生活やその後の研究職の合間を縫って、また住まいを東京から京都へ移した後も、尾形は大戸島を訪れ続けた。ゴジラ研究の要職に就いてからは学術的調査を目的とした訪問もあるが、敬愛する祖父と叔父にとって特別な場所であるこの大戸島へ渡ることは、尾形にとってライフワークとなっていた。

 

晩年には島民に推されて島の村長を務め上げ、高齢を理由に引退して間もなく、79歳で新吉叔父は逝去した。

 

その頃には尾形も教授職に忙殺され、新吉叔父が亡くなった後は、叔父の法事くらいにしか訪れることができずにいた。

 

3回忌をあげた後、64年ぶりのゴジラ出現にカマキラス、ガイガン騒動。そして昨年の忌まわしき怪獣乱立戦からの首都崩壊により、物理的に大戸島へ渡ることが難しくなってしまっていた。いまは国連管理下に置かれている伊豆半島・下田港から小笠原諸島への定期航路が述べ2年ぶりにむすばれたのは、今年の8月になってからだった。

 

「あんちゃんがいま生きていたら、ゴジラや怪獣のせいでこんなふうになった日本をどう思うでしょうかなあ・・・」

 

田中がしんみりとつぶやき、酒を飲み干した。

 

朗らかで温厚な叔父だったが、殊ゴジラの話題になると、決まって顔が険しくなった。あるいは寝床に布団を並べたときには、「あんちゃん、おっかさん・・・」や「ちくしょう、ちくしょう・・・」と寝言をつぶやくこともあった。

 

それでも、この島にゴジラという伝説上の異形の怪物が実際に現れ、島の人々の尊い命を奪ったという出来事を後世にも伝えようと、廃れていた呉爾羅神楽を再興させ、島の小・中学生に神楽を奏でてもらうようにしたのは新吉叔父である。そして祖父と同じく、ゴジラという存在に対し並々ならぬ興味と敬愛に近い感情を持つ尾形にも、内心複雑な心境は持ちつつも理解を示していてくれた。

 

そんな叔父が、再度ゴジラが現れた上日本を破綻寸前まで導き、昭和29年の初出現時とは比べものにならない犠牲が出たこの現状を知ったら、どう思うだろうか。

 

叔父の朗らかな顔がゴジラを意識したときに見せる、あの憎悪に満ちた目を思い起こし、尾形は深くため息をついた。

 

「いや、いけませんなこりゃあ。今日はせっかく尾形先生が来てくださったんだ。ささ、先生。どうぞどうぞ」

 

沈痛な雰囲気を打ち消すように、田中は酒を浸いできた。婦人会長や小中学校の校長、小笠原地方振興局の次長といった村の重役が、いつのまにか尾形に酌をすべく行列をなしていた。尾形は恐縮しきって苦笑し、しばらくは酒のつきあいをした。

 

「失礼します、尾形先生」

 

後ろから声がした。新吉叔父が立ち上げた民宿の女将であり、また新吉叔父の娘である藤子がぷっくりした頰を揺らしながら呼び掛けたのだ。

 

「お夕飯の用意ができましたので、どうぞお宿へ」

 

社務所まで歩いてすぐの距離とはいえ、わざわざ呼びにきてくれたのだ。

 

「ああ、ありがとう」

 

尾形は礼を言うと、婦人会長と学校長に話を中座させてしまうことを詫び、頭を下げて社務所を出た。南の島とはいえ11月近い夜風はさすがに冷たく、日本酒の余韻もすぐに醒めた。

 

「ごめんなさいね先生、おしゃべりしてたとこ」

 

「いや、空きっ腹に日本酒は効くからね。ちょうど良かったよ」

 

歩きながら、尾形と藤子はしゃべった。民宿に戻ると、自宅にある新吉叔父の仏壇に線香を上げ、広間に用意されたお膳を前に腰を下ろした。

 

新吉叔父がよく振舞ってくれた、自慢の新鮮な海鮮料理はいまも健在だった。尾形は手を合わせると、タコの刺身に箸をつけた。

 

「お召し上がりのところ、もうしわけない。失礼ですが、京都大学の尾形教授でいらっしゃいますね」

 

箸を止めて顔を上げると、神楽のときから見かけていた見慣れない男性が頭を下げてきた。同じようにお膳が用意されているところを考えると、宿泊客だろうか。

 

「ええ、そうですが・・・あなたは?」

 

尾形は警戒半分、食事を削がれた嫌悪感少々に訊いた。

 

「やはり。これは突然失礼しました。私は三上と申しまして」

 

そう名乗ると名刺を差し出してきた。北陸大学生活教養学部客員教授、難波大学民俗伝承学会顧問、日本民話の会理事、怪獣とお伽話を結ぶ会代表と数多く並べられた肩書きのわきに、『三上 紀明』と記されていた。

 

「三上さん・・・ああ、そうか。よく雑誌に怪獣に関する記事を寄稿なさってますね。読んだことがあります」

 

「ご存知とは、誠に恐れ入ります。光栄です」

 

恭しく頭を下げてくる三上に、尾形は恐縮した。

 

「私も、怪獣に関する学問を修めている者のはしくれですから」

 

言いながら、尾形は藤子に頼んでふたつの膳をくっつけてもらった。

 

「いやいやこれは。私なぞ、古の伝承から怪獣の謎を紐解くという、まあおよそ非科学的なことばかりしておりますもので。尾形教授のように、しっかりと生物学・進化学に基づいて怪獣を研究なさっていらっしゃる方が人類のためになっていることでしょう」

 

三上は謙遜こそするが、自ら声をかけてきたところを見ると尾形に興味があることは間違いないだろう。尾形は笑みを浮かべ、自身のとっくりを三上に傾けた。

 

「やや、恐れ入ります」

 

2人は盃を軽く当て、グイと日本酒をあおった。

 

「こちらへは、取材ですか?」

 

三上の呑み方からして、相当な酒好きのようだ。尾形自身も無類の酒好きであるため、三上への警戒心はとうに失せていた。さらにお近づきになるべく、尾形は訊いた。

 

「ええ。かねてからこの島に伝わるゴジラ(呉爾羅)の伝承を調べるべく、3日前からこちらに御厄介に」

 

「ほう。でしたら、さきほどの呉爾羅神楽などはいかがでしたか?」

 

「ええ。神道の儀式である神楽には違いないが、果たしていつごろから在り伝わってきたものか、大変興味がございますな。いわゆる、祈祷としての神楽が現在の様式に収まったのは室町時代末期といわれてます。幕府や朝廷からかなり距離があるこの島へいかにして伝わったのか。はたまた、神楽としての様式が伝わる前は呉爾羅を鎮めるこの島独自の儀式が存在したのか、郷土史的にとても興味深いのですが・・・」

 

三上は文系理系問わず学者にはよくある、自身の得意とする分野を語り出すと熱を帯び勢い良く口角を飛ばす口調となるらしい。こういうとき講義を受ける学生はその怒涛のような口調と圧倒的な熱量に引いてしまう者が多い。だが研究分野も系統も違えど、同じ教職であり研究職としてはしっかり話に耳を傾けるのが礼儀だ。第一、分野がまったく異なるからこそ、まっさらな状態で面白く話を聴くことができる。

 

「あ、いやはや失礼。どうも余計なことをしゃべってしまう悪癖が出てしまいましたな」

 

尾形の表情に気づき、そう恐縮し苦笑する三上だった。

 

「島の文献や郷土資料にも目を通しましたが、伝承によれば呉爾羅は近海の魚を食い尽くすと、ここへと上がってくるのでしたか。そのため、生贄として若い娘を舟に乗せ海へ放つことで災いを防ぐことができるそうでして。そして贄となった若い娘の鎮魂と漁場の隆盛、何より海の神とされる呉爾羅への祈祷として、神楽が演じられてきたとありますな。興味深いのは昭和29年のゴジラ襲来後、一時神楽が行われないこともあったが、昭和40年頃から復活して現在も続くことだ。ゴジラの犠牲となった人々の鎮魂という目的が加わったと、郷土資料館で説明を受けました」

 

三上はまるでその様子を心の中に映し出すように、遠い目をして盃をあおった。

 

「神楽を再興させたのは山田新吉。ゴジラによって家族を奪われた後この島の村長を長く務め、私も叔父と甥として、とても懇意にさせていただいた方でした」

 

叔父のことを語る尾形は、誇らしさに溢れていた。

 

「そうか。あの山根恭平博士の養子になられていた・・・」

 

得心したように、三上は頷いた。

 

「不思議なものですな。肉親や友人の命を奪った相手を神として祀り、祈りを捧げるというのは」

 

尾形はしみじみとつぶやき、盃をのみほした。すかさず三上が自身のとっくりを尾形の盃に注いだ。

 

「そこが、神道のおもしろいところなんです。山岳信仰を例にとっても、時に火山噴火や山体崩壊、はたまた土石流を巻き起こし里を荒らしてしまう。それでも山を神として奉るのは、山からの清冽な伏流水が里へ流れることで田畑が潤い、人々の生活が豊かになるからだ。ゴジラを神として崇めるというのも、虞れという概念がそのまま自然への信仰となる神道の考え方そのものですからな。いえ、私自身も実はそうなんです。近しい人を怪獣によって奪われたことを、さきほどの神楽を観て強く思い起こしました」

 

それまでにこやかに笑みを浮かべて話していた三上に、ふとさみしげな陰が差した。

 

「村議会議員の方と話したんですが、昨年2度に渡ってギドラが島の近海まで近づいたことがありましたな。特にオーストラリアから北上してきた2度目のギドラによって、八丈島から三宅島、伊豆大島が壊滅といって良いほどの被害を受けたにも関わらず、大戸島を含めた小笠原諸島は高潮も暴風雨も被害が軽微だった。これも呉爾羅を祀っていたおかげ。そう考える人もこの島には少なくないそうで。ですが・・・私はなんとも、なんとも言えない、言いようのない感情が込み上げて参りまして」

 

するとスマホを取り出し、2名の女性が写っている写真を表示させた。

 

「こちらは、私の妻です。2年前のカマキラス騒動の際、新宿でカマキラスに襲われ亡くなりました。そしてこちらは、血のつながった娘ではありませんが、子どものいなかった私ら夫婦にとっては娘も同然だった雑誌記者です。この娘も、昨年ゴジラとギドラの争いに巻き込まれてしまい・・・」

 

そこで三上は声を詰まらせた。

 

「本当にわかりませんな。ゴジラに、そして怪獣に対し、憎しみの感情があることは違いないのです。ですが、神楽を見せてもらうと、本当に何と申し上げて良いか・・・表現が正しいのかわかりませんが、畏敬の念も同じくらい抱いているのが否めないんです。そしてその念こそが、いまの私の力の源なのかもしれないと、強く感じたんです」

 

グイと盃を飲み干す三上。

 

「三上さん、実は叔父もそうでした。明らかに、ゴジラを憎んでいたと思います。母親と兄を殺されていますから。ですが、そんな叔父にもどこか、ゴジラへの畏れというか、敬う気持ちもあったのだと思うんです。一言では語れない、複雑な心境だったのだろうと察します」

 

尾形は酒を注ぎ、静かに三上へ傾けた。三上も尾形に返盃すると、同じ仕草をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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