この世界は、一つの事件を境に狂い始めた。
――『白騎士事件』。
発端は、日本を攻撃可能な軍事基地のコンピューターが一斉にハッキングされたことだった。
何者かによって掌握されたシステムは、日本へ向けて二千発以上ものミサイルを発射。
迎撃が間に合わなければ、日本という国そのものが壊滅しかねない。
誰もがそう考えた。
テレビも、新聞も、インターネットも、絶望的な予測と情報で埋め尽くされていた。
そんな中、そいつは唐突に現れた。
白い装甲を纏った、正体不明の機体。
その機体は、迫り来るミサイルの半数以上を迎撃し、日本を未曾有の危機から救った。
だが、事件はそれで終わらなかった。
事態の収束後、各国の軍は謎の機体を鹵獲しようと兵器を出撃させた。
しかし、白い機体は一人の死者も出すことなく、襲いかかる兵器を次々と無力化した。
その姿を目撃した兵士たちは、後にこう語ったという。
『白い鎧を纏った騎士のようだった』と。
こうして、謎の機体は『白騎士』と呼ばれるようになった。
そして、一連の事件は『白騎士事件』と名付けられた。
だが、本当に恐ろしいのは、ここからだった。
白騎士の存在が明らかになった後、その機体の技術を基に開発された新世代の兵器が世に現れる。
その名は――インフィニット・ストラトス。
通称、IS。
現代のあらゆる兵器を凌駕する性能を持ち、戦争の在り方すら変えてしまう、まさしく規格外の兵器だった。
しかし、ISには一つだけ、あまりにも特殊な性質があった。
それは、女性にしか反応しないということ。
たったそれだけの特徴が、世界の常識を根底から覆した。
ISを操縦できる女性の社会的地位は急上昇し、男性の立場は相対的に弱体化していく。
そして、いつしか世界には女尊男卑という言葉が当たり前のように浸透していった。
もちろん、単に女性の立場が強くなったというだけではない。
男性への冤罪、不当な拘束、さらには奴隷化といった非人道的な行為までが横行するようになったのだ。
……まったく、とんでもない世界である。
そんな世界に、再び大きな波紋が広がった。
ある日、一人の男性がISを起動させたのだ。
女性にしか動かせないはずのISを、男性が動かした。
たったそれだけの事実が、世界中を騒がせるには十分だった。
もしも、ほかにもISを動かせる男性がいるとしたら?
その可能性を確かめるため、各国で男性を対象としたIS適性検査が一斉に実施されることとなった。
そして、俺もまた、その検査を受けることになった一人である。
◇ ◇ ◇
「おーい! 次はお前らの番だぞー!」
体育館に響き渡る、聞き覚えのある声。
卒業したはずの学校。
そして、数日前に別れたばかりの体育教師。
……いや、別に懐かしくもないけど。
俺たちは教師に呼ばれ、ぞろぞろと検査の列へ移動した。
「なぁ、もしISを動かせたらどうするよ?」
「そんなの決まってるだろ。ハーレムを作る一択だ!」
「お前、欲望に忠実すぎるだろ……」
「いやいや、夢を見るくらい自由だろ?」
「でもよぉ、IS学園って、女尊男卑の考えに染まりきった奴らばっかりだと思うんだけど。その辺、どう思ってんだ?」
「「「…………」」」
数秒間の沈黙。
そして。
「「「そんな地獄、行きたくねぇぇぇっ!!!」」」
見事なまでに意見が一致した。
……うん。こいつら、最高だな。
ちなみに、俺たちの住んでいる街は、この世界では珍しい場所だった。
女尊男卑の風潮が、比較的広まっていないのである。
だからこそ、俺たちはこうして遠慮なく馬鹿話ができている。
もしも別の地域だったら、こんな会話をするだけでも面倒なことになっていたかもしれない。
「なぁ、士道はどうなんだよ?」
「何が?」
「IS学園だよ。もし適性があったら行くのか?」
「行きたくないに決まってるだろ……」
「だよなー!」
即答すると、友人たちは揃って笑った。
まったく、平和なものである。
……まあ、ISを動かせるかどうかなんて、俺にとっては最初から分かりきっていることなのだが。
「次の人、前にお願いします」
検査官の声が響く。
「士道、呼ばれてるぜ」
「ああ」
俺は友人たちに軽く手を振り、検査場へと進んだ。
そこにあったのは、一機のIS。
純日本製の第二世代IS――
無機質な装甲が照明を反射し、鈍い光を放っている。
(これがISか……。何度見ても、やっぱり凄いな)
……いや、実際に見るのは初めてではない。
それでも、こうして目の前に立つと、改めてその存在感に圧倒される。
さて。
ここで少し、俺自身の話をしておこう。
実は俺、前世の記憶を持っている。
もっとも、ほとんどの記憶は失われているのだが。
今でも覚えているのは、ガンダムビルドダイバーズRe:RISEのガンダムゼルトザームのプラモデルを買って帰る途中、トラックに轢かれたこと。
そして、死ぬ直前の記憶だけだ。
……うん。人生最後の記憶がそれって、どうなんだろうな。
せめて、プラモデルを組み立ててから死にたかった。
いや、そもそも死にたくなかったけど。
転生する前に何を願ったのかも覚えていない。
だから、今の俺がこの世界に生まれた理由も、特別な能力を持っている理由も、正確には分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
俺の実家は、ISの武装を考案する会社を経営している。
そして俺自身、ISの武装を考案するだけの頭脳を持って生まれた。
現在は特別主任という立場で、開発チームの先頭に立ち、指揮を執っている。
もちろん、俺が前世の記憶を持っていることは秘密だ。
そんなことを話したところで、信じてもらえるとは思えないし、余計な面倒を招くだけだろう。
それに、俺の考案する武装には、ある特徴があった。
……なぜか、ガンダム系に偏っているのである。
いや、仕方ないだろ。
前世で覚えていることがほとんどないんだから、武装のアイデアがそこに偏るのも、ある意味では自然な話だ。
たぶん。
きっと。
……転生特典ということにしておこう。
深く考えたら負けだ。
「ISに触れてください」
「分かりました」
検査官の声に頷き、俺は打鉄の装甲へと手を伸ばした。
指先が、冷たい装甲に触れる。
そして。
(まぁ、結果は分かっているんだけどね)
――瞬間。
光が、体育館を満たした。
視界が一変する。
ハイパーセンサーが起動し、周囲の人間を捉え、情報を表示していく。
次の瞬間には、俺の身体をISの装甲が包み込んでいた。
……はい、起動成功。
予想通りである。
いや、別に格好つけているわけじゃない。
こうなることは、最初から分かっていたのだから。
カランッ。
乾いた音が響いた。
目の前の机で適性検査の結果を記録していた検査官が、手にしていたペンを落としていた。
「うそ、でしょ……。二人目の適性者……?」
その声を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。
ざわめきが広がり、何人もの視線が俺に集中する。
誰かが息を呑む音がした。
けれど、俺はそんな周囲の反応を気にすることなく、自分の腕を動かしてみた。
右手を握る。
開く。
腕を上げる。
装甲は、俺の動きに合わせて滑らかに追従した。
問題なし。
どうやら、本当に動いているらしい。
「士道、お前……」
「お前が動かしてんのか、それ……?」
友人たちの声が聞こえた。
振り返ると、全員が揃って信じられないものを見るような顔をしている。
「ああ、俺が動かしてるよ。この通りさ」
そう答えながら、俺は軽く手を振った。
そして、未だに固まっている検査官へと向き直る。
「さて、検査官さん。俺はこの後、どうすればいいですか?」
「えっ!? は、はい!? ええっと、まずはそのままでお願いします! 今すぐ上の者に確認を取りますので、少々お待ちください! それと、学園の方へ至急連絡をお願いします!」
「は、はい!」
検査官の指示を受け、職員が慌ただしく動き始めた。
誰かが電話を取り、誰かが別の職員に指示を飛ばす。
さっきまで穏やかだった検査会場は、あっという間に混乱の渦へと飲み込まれていった。
まあ、当然だろう。
ISを動かすためのコアは、全部で四百六十七個。
つまり、ISも基本的には四百六十七機しか存在しない。
そして、ISは女性にしか動かせない。
それが、この世界の常識だった。
――ついさっきまでは。
その常識を覆す男性操縦者が、今ここにいる。
しかも、そいつは自分たちの友人だ。
そりゃあ、こんな反応にもなる。
「なぁ、士道……」
「なんだ?」
友人の一人が、妙に真剣な顔で俺を見つめてきた。
……なんだ、その顔。
まさか、こんな状況でも冷静に考えられるような、素晴らしい頭脳の持ち主だったのか?
少しばかり期待して返事をすると。
「実は女だったとか、そんなことないのか?」
「おい、あんまりふざけたこと言ってると、ぶん殴るぞ」
「いや、だってお前、顔が結構中性的だし……」
「顔は関係ないだろうが!」
思わず声を荒らげた。
確かに、俺の顔立ちは少し中性的かもしれない。
そこは認めよう。
だが、ちゃんと男だ!
断じて女ではない!
そもそも、ISを動かせたからって性別を疑われるのは納得がいかないんだが!?
……まったく。
世界の常識を覆した瞬間に、友人から性別を疑われるとは。
俺の人生、これからどうなってしまうのだろうか。
いや、そんなことは考えるまでもない。
俺は知っている。
これから何が起こるのか。
どんな人物が現れ、どんな事件が起こり、どんな物語が始まるのか。
なぜなら、ここは俺が知っている世界だからだ。
ただし、俺が知っているのは、あくまで原作の物語。
この世界で実際に何が起こるのか、そのすべてを知っているわけではない。
ましてや、俺自身が物語に加わったことで、未来がどう変わるのかなんて分からない。
それでも。
この世界に生まれ、この世界で生きてきた以上、ただ物語の流れに身を任せるつもりはない。
俺には俺にしかできないことがある。
ISの武装を考案する頭脳もある。
そして、原作の知識もある。
ならば、やることは一つだ。
――この世界の物語に、俺自身の意思で介入する。
この日、