それでは第一話です。どうぞ
第1話 学園入学へのカウントダウン
体育館でのIS起動騒動から、しばらくして。
俺はIS学園への入学手続きについて説明を受けるため、校内の会議室へと案内されていた。
そして数分後。
仕事中だった父さんと母さんも呼び出され、会議室には俺たち家族と、今回の検査を担当している検査官が揃っていた。
テーブルの上には、IS学園への入学に必要な書類が並べられている。
その向こう側に座る検査官は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、俺たちに説明を続けていた。
「……と、このような事情になります。ISを操縦できる男性というのは、現在の世界情勢において極めて重要な存在です」
「でしょうね」
「ですが、IS学園への入学が認められなかった場合、貴重な研究対象と称して、研究機関などに身柄を拘束される可能性も否定できません」
研究対象、ねぇ。
言い方こそ丁寧だが、要するに俺の自由がなくなる可能性があるということだ。
「申し訳ありません。私たちにも、あなたをIS学園への入学という形で保護すること以外、確実な方法がないのです」
検査官は深々と頭を下げた。
その姿を見て、父さんが静かに口を開く。
「いえ、構いません。こうならないことを願ってはいましたが……こうなってしまった以上、仕方ありませんから」
「そうねぇ。優紀も、あのときからこうなる覚悟はしていたのでしょう?」
「ああ。していたさ」
母さんの問いに、俺はあっさりと答えた。
……まあ、実際には覚悟というより、いつかこうなる可能性があると考えていただけなのだが。
しかし、俺たちの会話を聞いていた検査官は、困惑した様子で首を傾げた。
「あの……覚悟していた、というのは?」
「ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね」
父さんはそこでようやく思い出したかのように姿勢を正し、懐から名刺を取り出した。
そういえば、ここに来てからずっと説明ばかりで、誰も名乗っていなかったな。
父さん、そういうところだぞ。
「改めまして、私はIS関連企業『Re:RISE』の代表取締役社長、士道マサキと申します」
「はい、ありがとうございます。ええと……士道、マサキ……?」
検査官は受け取った名刺に目を落とし、数秒ほど固まった。
「……え?」
そして、顔を上げる。
「ええええっ!? あ、あなたが、あのRe:RISEの社長!?」
「はい。私がその士道です」
父さんは実に落ち着いた様子で答えた。
うん、知ってた。
というか、父さん。相手が驚くのを分かっていて、わざと今まで名乗らなかったんじゃないだろうな?
まあ、父さんならやりかねない。
ここで少し、Re:RISEについて説明しておこう。
IS企業『Re:RISE』。
ここ数年で急速に存在感を増している、新進気鋭のIS関連企業だ。
主な事業はIS用の武装や追加装備の開発・販売。新興企業でありながら、その製品は大手企業にも引けを取らない評価を得ており、業界内外から注目を集めている。
そして、Re:RISEが注目される理由はもう一つある。
技術開発部に所属する、特別主任の存在だ。
公表されている情報は、ただ一つ。
その人物の名前が『BUILD』であるということ。
性別も、素顔も、詳しい経歴も一切不明。
しかし、BUILDが開発に関わった武装は癖が少なく、扱いやすさと実用性に優れている。そのため、既に多くの操縦者から支持されているのだ。
そんな謎多き技術者を抱える企業の社長が、今、目の前にいる。
そりゃあ、驚くよな。
「あの……大丈夫ですか?」
「はっ! し、失礼しました! まさか、あのRe:RISEの社長がいらっしゃるとは……!」
「いえいえ。それで、先ほどの話ですが」
父さんは、まるで何事もなかったかのように話を戻した。
「私たちは、優紀がISを動かせること自体は、ずいぶん前から知っていたのですよ」
「…………え?」
検査官の動きが止まった。
あ、これはダメだ。
今、頭の中で情報の整理が追いついていないぞ。
「実は、開発途中のISに興味本位で触れたところ、なぜか起動してしまいましてね。それ以来、会社の人間には事情を説明しています」
「ま、待ってください。つまり……士道さんは、息子さんがISを操縦できると知りながら、これまで公表していなかったということですか?」
「ええ。会社の人間は全員知っていますが、社外には一切漏らしていません」
父さんは、そこで少しだけ表情を引き締めた。
「この世界で男性がISを動かせるという事実が、どれほど大きな騒動を引き起こすのか。それは私たちも理解していましたから」
「…………」
「幸い、社内でこの事実を外部に漏らそうとする者はいませんでした。おかげで、今日まで秘密にしておくことができたのです」
もっとも、秘密にしておくのも限界がある。
今回の騒動で、その限界が来ただけの話だ。
検査官はしばらく黙り込んでいたが、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「……まさか、織斑一夏くんのIS起動によって、二人目の男性適性者が現れるかも知れない検査で、息子さんがこうなることを覚悟していたと?」
「そういうことです」
俺は頷いた。
「だから、俺も両親も、こうなる可能性は考えていました。IS学園への入学についても、ある程度は覚悟していたんです」
もちろん、積極的に入学したかったかと聞かれれば、答えはノーだ。
あの学園で待ち受けているものを考えると、頭が痛くなる。
しかし、入学しなければもっと面倒なことになる。
俺がISを操縦できるという情報が公になれば、国や企業だけでなく、あの手の女性権利団体も黙ってはいないだろう。
男性がISを動かせるというだけで、社会の均衡が崩れかねない。
連中にとって、俺は都合のいい宣伝材料にも、邪魔な存在にもなり得る。
最悪の場合、存在そのものを消される可能性だってある。
……まったく、冗談じゃない。
検査官は、俺たち家族の顔を順番に見つめていた。
(この子の年齢で、ここまで先のことを考え、覚悟を決めることができるだろうか……)
そんな心の声が聞こえてきそうな表情だった。
いや、検査官さん。
俺だって好きで覚悟を決めたわけじゃないんだよ。
ただ、何も考えずに行動した結果、取り返しのつかない事態になるのが嫌なだけだ。
「……分かりました」
検査官は、静かに息を吐いた。
「それでは、IS学園への入学手続きを進めましょう。こちらの書類に必要事項の記入と署名をお願いします」
「分かりました」
「ご両親も、よろしいですね?」
「ええ、問題ありません」
「はい。息子のこと、どうかよろしくお願いいたします」
母さんも、父さんも、迷いなく頷いた。
俺も書類を受け取り、必要事項を確認する。
これで、いよいよ後戻りはできなくなる。
……いや、後戻りするつもりもないけどさ。
(ならば、私もこの人たちの覚悟を無駄にしないよう、精一杯やらなければ)
検査官は、改めて姿勢を正した。
その表情には、先ほどまでの戸惑いではなく、一人の人間を守る責任を背負った者としての決意が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
時と場所は変わり、IS企業『Re:RISE』本社ビル、第一会議室。
現在、この部屋には士道家の人間が全員集合していた。
父、士道マサキ。
母、士道
妹、士道
そして俺、士道優紀。
議題はもちろん、俺の今後についてである。
これから始まるであろう学園生活を考えると、今すぐ帰って布団に潜り込みたい。
だが、現実は非情だった。
「では、我らが愛息子、士道優紀についての家族会議を始める!」
『『はい!』』
「はい! じゃねえよ!!」
開会宣言をしたのは、我が父にしてRe:RISE代表取締役社長、士道マサキ。
そして、即座に元気よく返事をしたのは母さんと妃だった。
……おい、母さん。会社の会議でもこんなノリでやってないだろうな?
「では、まずは本日の会議で録音した、優紀ちゃんの格好いいセリフを――」
「何を録音してんだよ!? そして、そんなものを流そうとするんじゃねぇ!」
母さん、いつの間に録音したんだ!?
さっきの会議室か? それとも、もっと前からか?
いや、考えたくない。
「兄ぃ、その音声、スマホに保存してもいい?」
「妹よ。この流れで、それを許すと思っているのか?」
「えー、いいじゃん。記念になるよ?」
「どんな記念だよ!」
しかも、妃は既にスマホを取り出している。
お前、最初からそのつもりだったな!?
「ふふっ。優紀ちゃんの貴重な名言集、第一弾ね」
「シリーズ化するな!」
この家族、俺の扱いがひどすぎないか?
……いや、いつものことだった。
「さて、ふざけるのはここまでにして、真面目に始めようか」
「いの一番にふざける空気を作った人が言うことかよ……」
「まあまあ、場を和ませようとしただけだから。ね?」
「分かってるよ」
俺はため息をつきながら、席に座り直した。
ふざけているように見えても、父さんたちが俺のことを真剣に考えてくれているのは分かっている。
だからこそ、ここからの話はきちんと聞いておかなければならない。
「さて。今回のIS学園への入学だが、当初想定していた可能性の中でも、あまり望ましくない方向に転がってしまったな」
「まあ、こうなった以上は仕方ないよね」
「うむ。そこで、以前から話していた計画を実行する」
父さんは、テーブルに置かれた資料を俺のほうへ滑らせた。
「優紀。お前には、Re:RISE所属のISパイロットとして活動してもらう」
「やっぱり、その話になるよな」
これは、俺が初めてISを起動させてしまったときから、社内で検討されていたことだ。
Re:RISEの社員たちは、俺がISを操縦できるという事実を知っている。
そして、今回の件を受けて、俺をどう守るべきかという議論も既に行われていた。
「お前は男性のIS適性者である以前に、私たちの息子だ。国や他企業の都合で振り回されるくらいなら、こちらで守れる立場を用意したほうがいい」
「それに、あの女性権利団体からの干渉対策でもあるんだよね?」
俺が確認すると、父さんは頷いた。
「その通りだ。幸い、Re:RISEは国からも認められている企業だ。企業所属のパイロットという立場があれば、少なくとも連中が好き勝手に干渉するのは難しくなる」
「国や他企業からの無理な勧誘を防ぐ意味もあるわね」
母さんが補足する。
「もちろん、絶対に何も起きないとは言い切れないけれど、何の後ろ盾もない状態よりはずっといいわ」
「なるほどな」
要するに、俺を守るための防波堤というわけだ。
IS学園への入学は避けられない。
ならば、外部からの干渉をできる限り抑え、俺自身が動ける余地を確保する。
合理的な判断だと思う。
「それで、肝心のISについてだが……お前には専用機を用意する」
「機体は
「もちろんだ」
父さんは即答した。
アイツ。
それは、俺が初めてISを起動させた、あの試験機のことだ。
もともとは企業に納入されていた、通常のISコアを搭載した打鉄の試験機。
俺が興味本位で触れたことで起動し、それ以来、なぜか俺以外の人間には反応しなくなってしまった機体だ。
「そうねぇ。あの機体は、もう完全に優紀ちゃん専用の調整になっているものね」
「国からも、別のISコアを一つ支給されたしね」
母さんと妃が続けて説明する。
つまり、今後の試験や開発に必要な余裕も確保できているというわけだ。
「それにしても、あの機体、本当に兄ぃにしか反応しないよね」
「そうなんだよな……」
俺は腕を組み、少しだけ考え込んだ。
篠ノ之束博士が開発したISコアには、それぞれ個性のようなものがある。
そんな話を聞いたことがある。
だが、まさか特定の人間以外を完全に拒絶するような反応を示すとは思わなかった。
俺を選んだ、とでもいうのだろうか。
それとも、単に相性が異常なほど偏っているだけなのか。
今のところ、答えは出ていない。
「ISに関する基礎知識は問題ないし、操縦訓練も引き続き試験場でやっていいんだよね?」
「ああ。学園への入学までは、これまで通り訓練を続けて構わない」
「了解」
必要な話は一通り終わった。
あとは入学までの準備と、訓練を進めるだけだ。
「じゃあ、会議はこれで終わりね。お父さんと私は、まだ仕事が残っているから。二人は先に帰っていてちょうだい」
「分かった。行こう、妃」
「うん。お仕事頑張ってね、お父さん、お母さん!」
「ありがとう。気をつけて帰るんだぞ」
「優紀ちゃんも、帰ったらゆっくり休むのよ?」
「分かってるよ」
俺と妃は両親に手を振り、会議室を後にした。
扉が閉まったあと、父さんと母さんは残された資料に目を落とす。
「さて、私たちも頑張りますかね」
「そうね」
母さんは小さく息を吐き、先ほどまでの明るい表情を消した。
「あの子に降りかかる火の粉は、全部払う。それが私たちにできることだもの」
「ああ。何があろうと守ってみせるさ」
父さんは、静かに拳を握った。
「この命に代えてもな」
◇ ◇ ◇
会社を出る頃には、すっかり日が落ちていた。
俺と妃は、家までの道を並んで歩いていた。
街灯が一つ、また一つと足元を照らしていく。
いつも通りの帰り道。
けれど、今日ばかりは、いつもと同じというわけにはいかなかった。
「……ねぇ、兄ぃ」
「ん? どうした?」
隣を歩いていた妃が、こちらを見上げた。
いつもなら、もっと気軽に話しかけてくるはずなのに、今日はどこか遠慮がちな様子だった。
「……手、つないでもいい?」
「別にいいけど……どうしたんだ、急に?」
俺が手を差し出すと、妃は少しだけ迷ってから、その手を握った。
そして、小さな声で呟いた。
「……兄ぃ、遠くに行っちゃうから。少しだけ、こうしていたいなって……」
「…………」
ああ、そういうことか。
IS学園は、アラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者を育成するための特殊な国立高等学校だ。
学生は基本的に学園内の寮で生活することになる。
外部の人間が自由に出入りできるわけでもない。
そして俺は、男性のIS適性者。
普通の生徒以上に、行動や周囲との接触を制限される可能性が高い。
今までのように、毎日家に帰って家族と過ごす生活は、もうできなくなる。
「……そうだな。俺も、少し寂しいよ」
「……ほんと?」
「ああ」
俺は妃の手を握り返した。
「基本的に会えるのは長期休暇のときくらいだろうしな。お前は大事な家族で、大切な妹だ。家族と離れて寂しくないなんて、そんなつまらない嘘、俺はつかないよ」
「……そっか」
妃の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
それを見て、俺も少しだけ安心する。
俺がIS学園に行くことで、妃にも寂しい思いをさせてしまう。
それは、どうしたって避けられないことだ。
だからこそ、せめて今は、こうして一緒にいる時間を大切にしたい。
そんなことを考えていると、妃が顔を上げた。
「それじゃあ、兄ぃ」
「ん?」
「今日の夜、一緒に作ろ?」
「……夕飯か?」
「うん!」
さっきまでの寂しそうな表情はどこへやら。
妃は、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、スーパーに寄ってから帰るか。何を作る?」
「えへへ、兄ぃと相談して決めたい!」
「はいはい。分かったよ」
俺たちは、そのままスーパーへ向かうことにした。
妃は嬉しそうに、俺の手をぎゅっと握る。
俺も、その手を離さなかった。
IS学園への入学。
その先に待ち受けているのは、きっと面倒なことばかりだろう。
原作の知識があるからこそ、避けたい出来事も、変えたい未来も山ほどある。
それでも。
俺には、帰る場所がある。
守りたい家族がいる。
だからこそ、何があっても簡単に折れるわけにはいかない。
「……兄ぃ?」
「ん?」
「どうしたの? なんか難しい顔してるよ?」
「いや、なんでもない。夕飯、楽しみにしてるぞ」
「うん!」
妃は満面の笑みを浮かべた。
夕焼けの名残が、街の向こう側を淡く染めている。
その景色は、いつもより少しだけ綺麗に見えた。
――IS学園への入学まで、残された時間はあとわずか。
俺、士道優紀の新しい日々は、もうすぐ始まろうとしていた。