理不尽な世界に反逆を   作:スズきょろ

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これが書きたかったんや…!!
とんでもねぇ長さになってしまった……


第6話 蒼き狙撃手と異形の復讐者

 寮の自室。

 

 俺は机の上に広げた資料とノートパソコンを交互に見ながら、セシリア・オルコットの専用ISについて調べていた。

 

「《ブルー・ティアーズ》……遠距離射撃に、ビットによる多角的な攻撃か」

 

 画面には、公開されている機体情報と、代表候補生としての戦績が表示されている。

 

 特に気になるのは、複数のビットその機体と同じ名を持つ『ブルー・ティアーズ』を操作しながら、本体の機動までどこまで自在に行えるのかという点だった。

 

 射撃の精度を維持しながら回避運動まで行うのは、簡単なことではない。実際の戦闘で、そのあたりを確かめる必要がありそうだ。

 

「……さて、どう攻めるかな」

 

 ノートに考えを書き込もうとした、そのときだった。

 

 ――むにゅっ。

 

「ん?」

 

 背中に柔らかい感触が押しつけられた。

 

 続いて、俺の腰に両腕が回される。

 

「ユウユウ、なにしてるの~?」

 

「うおっ!?」

 

 思わず肩を跳ねさせて振り返ろうとすると、頭の横から、ひょこっと狐の顔が現れた。

 

 丸い耳に、ふさふさの尻尾。

 

 どうやら、狐の着ぐるみパジャマらしい。

 

 そして、その中に入っている人物には、もちろん見覚えがあった。

 

「の、のほほんさん!? いつからそこに!?」

 

「ん~? ユウユウがお勉強してるところから~」

 

「最初からじゃねえか!」

 

「えへへ~。真剣なお顔だったから、邪魔しちゃ悪いかな~って」

 

「だったら、今のタイミングで抱きついてくるなよ!」

 

「でもでも~、ユウユウがぜんぜん構ってくれないんだも~ん」

 

 そう言いながら、本音は俺の背中に頬をすり寄せてきた。

 

 狐の着ぐるみパジャマは、見た目こそ可愛らしい。だが、問題はそこじゃない。

 

 後ろから抱きつかれているせいで、どうにも意識がそちらへ引っ張られる。

 

「……のほほんさん。悪いけど、今は調べ物の途中なんだ。ちょっと離れてくれないか?」

 

「え~? ユウユウ、照れてるの~?」

 

「照れてない!」

 

「ほんとかな~?」

 

 本音が俺の顔を覗き込もうと、ひょいっと身を乗り出す。

 

 その表情は、いつもののんびりした笑顔――なのだが、目元には明らかに面白がっている色があった。

 

「ユウユウってば、耳まで赤いよ~?」

 

「これは、その……急に来たから驚いただけだ!」

 

「ふ~ん。そっかそっか~」

 

 納得したような声を出しながら、本音はまったく離れようとしない。

 

 むしろ、俺の反応を楽しむように、ぎゅっと腕に力を込めてきた。

 

「ねえねえ、ユウユウ~」

 

「……今度は何だよ」

 

「お菓子、ちょうだい?」

 

「お菓子?」

 

「うん~。ユウユウのお手製のやつ~。この前のアップルパイ、おいしかったもん」

 

「あれは、この前のお近づきの印だろ。今は何も作ってないぞ」

 

「え~、じゃあ今度作って~」

 

「調べ物が終わってからな」

 

「む~。じゃあ、今すぐ作ってくれたら嬉しいな~?」

 

「今すぐは無理だって」

 

「むむむ~……」

 

 本音は不満そうに頬を膨らませた。

 

 ……いや、そんな顔をされても困る。

 

 そもそも、今から作り始めたら夕食の時間まで調理することになりかねない。セシリアの機体について調べる時間もなくなってしまう。

 

「今日は駄目だ。明日以降なら、時間があるときに考えておくから」

 

「ほんと~?」

 

「約束はできないけどな」

 

「むぅ~、ユウユウはつれないなぁ~」

 

 そう言いつつも、本音はどこか楽しそうだった。

 

 そして、ふと思いついたように、狐の耳をぴこぴこと揺らす。

 

「でもでも~、お菓子を作ってもらうには、ユウユウにお願いを聞いてもらわないといけないよね~?」

 

「……嫌な予感しかしないんだけど」

 

「えへへ~。じゃあ、もうちょっとだけ、このままでいようかな~」

 

「なんでそうなる!?」

 

「だって~、ユウユウ、こうするとすっごく分かりやすいんだもん~」

 

「何がだよ!」

 

「照れてるのが~」

 

「だから照れてないって!」

 

 俺が慌てて否定すると、本音はくすくすと笑った。

 

 彼女は自分のスタイルの良さを、きちんと自覚している。

 

 そのうえで、こうして密着すれば俺が困ることまで分かっていて、わざとやっているのだ。

 

 普段ののんびりした雰囲気に騙されがちだが、案外こういうところは抜け目がない。

 

「……のほほんさん。そういうの、誰にでもやるなよ?」

 

 思わず口にすると、本音はきょとんとした。

 

「ん~? ユウユウだからやってるんだよ~?」

 

「っ……!」

 

 予想していなかった返事に、言葉が詰まる。

 

 本音はそんな俺の反応を見て、また楽しそうに笑った。

 

「わぁ~、また赤くなった~」

 

「……もう、知らん!」

 

「えへへ~。ユウユウ、かわいいね~」

 

「男にかわいいって言うな!」

 

「じゃあ、かっこいい~?」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 結局、俺はしばらく本音のからかいを受け続けることになった。

 

 数分後、ようやく解放された俺は、大きく息を吐いてから机へ向き直る。

 

「……まったく。調べ物が進まない」

 

「お菓子を作ってくれたら、応援してあげるよ~?」

 

「だから今日は作らないって!」

 

「は~い。じゃあ、明日のお楽しみだね~」

 

 本音は俺から離れると、狐の尻尾をふりふりと揺らしながら、自分のベッドへと戻っていった。

 

 同室なのだから、わざわざ部屋を出ていく必要もない。彼女はベッドの上にぽすんと腰を下ろすと、枕を抱きかかえ、こちらへにこにこと笑いかけてきた。

 

「ユウユウ、あんまり根を詰めすぎちゃ駄目だよ~?」

 

「……それ、さっきまで邪魔してた人が言う台詞か?」

 

「えへへ~。息抜きも大事ってことだよ~」

 

「息抜きの方向性を考えてくれ」

 

「は~い」

 

 返事だけは素直だった。

 

 俺はその様子を横目で確認してから、熱の残る頬を片手で押さえる。

 

「……あの人、絶対わざとだろ」

 

「聞こえてるよ~、ユウユウ~」

 

「聞こえるように言ったんだよ!」

 

「あはは~」

 

 狐の着ぐるみパジャマに身を包んだ本音は、ベッドの上で楽しそうに笑っていた。

 

 ……まったく、調子が狂う。

 

 俺は一度深呼吸し、改めてノートパソコンへ視線を戻した。

 

 画面には、セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》の情報が表示されている。

 

「……よし。切り替えよう」

 

 明日の代表候補生戦。

 

 相手は、遠距離戦を得意とする英国代表候補生。

 

 そして、こちらにはこちらの切り札がある。

 

 どんな戦いになるにせよ、準備だけは怠れない。

 

「お菓子は明日以降だ。今日は絶対に作らない……」

 

「明日、楽しみにしてるね~!」

 

「まだ作るって決めたわけじゃないからな!」

 

 ベッドから飛んできた声に、俺は思わず突っ込んだ。

 

 その背後で、本音の笑い声がまた響く。

 

 俺は小さくため息をつきながら、今度こそ調べ物に没頭することにした。

 

     * * *

 

 翌日。

 

 IS学園のアリーナには、代表候補生戦を観戦しようと多くの生徒が集まっていた。

 

 一夏のISがギリギリに来たりと原作通りの流れがあったが、一夏は幾分か落ち着いていた。それでも少し違うのは、事前に相手のことを少しだけではあるが調べてから望んでいる点だろうか。

 

 セシリアのいる反対側の発進デッキでは、一夏と箒が試合場を見下ろしている。

 

「いよいよだな、一夏」

 

「ああ。まずは俺とセシリアの試合か」

 

 箒の言葉に、一夏は少し緊張した様子で頷いた。

 

 対戦相手は、英国代表候補生セシリア・オルコット。

 

 そして、続く試合では士道優紀が彼女と戦うことになっている。

 

「セシリアは遠距離戦が得意なんだよな」

 

「そうだ。射撃の精度だけでなく、複数のビットを使った攻撃にも注意しろ。正面だけ見ていては対応できないぞ」

 

「分かってる。まずは自分の動きに集中するさ」

 

 やがて、試合開始のアナウンスが響いた。

 

『第一試合、織斑一夏選手対セシリア・オルコット選手! 両者、発進してください!』

 

 白式を纏った一夏が発進デッキから飛び出す。

 

 対するセシリアも、《ブルー・ティアーズ》を展開して試合場へと降り立った。

 

「それでは、始めましょうか。織斑一夏さん」

 

「おう! よろしく頼む!」

 

 開始の合図と同時に、セシリアが後退する。

 

 同時に複数のビットが展開され、一夏の周囲へ散開した。

 

「いきなり来たか!」

 

 一夏は回避運動を取りながら距離を詰めようとするが、セシリア本人の狙撃とビットの射撃が進路を塞ぐ。

 

 正面を避ければ側面から、上昇すれば下方から。

 

 攻撃の方向が次々と変わり、一夏は接近するだけでも苦労を強いられた。

 

「くっ……! このままじゃ近づけない!」

 

「無理に突っ込むだけでは、わたくしには届きませんわ!」

 

 セシリアは距離を保ちながら射撃を続ける。

 

 一夏の白式は、初期化(フォーマット)と最適化(フィッティング)を完了し姿を原作通りの姿に変わった。

 

 一夏はその攻撃をかいくぐり、ようやく接近に成功した。

 

「だったら、これでどうだ!」

 

 白式の単一仕様能力(ワンオフアビリディ)の――零落白夜が起動する。

 

 近接ブレード『雪片弐型(ゆきひらにがた)』が変形し光を纏った刃がセシリアへ迫った。

 

「なっ……!」

 

 セシリアは咄嗟に回避したものの、零落白夜の力を警戒して距離を取る。

 

 一夏は追撃を試みたが、白式のエネルギーが急激に減少していく。

 

「えっ、ちょっと待て! エネルギーが……!」

 

 零落白夜は強力な反面、使用中のエネルギー消費が激しい。

 

 一夏はその特性を把握しきれていなかった。

 

 白式のシールドエネルギーがなくなり、試合終了のアナウンスが響き渡る。

 

『勝負あり! 勝者、セシリア・オルコット!』

 

「……あちゃあ」

 

 一夏は悔しそうに頭を掻いた。

 

 セシリアは一度距離を取り、機体の状態を確認する。

 

「単一仕様能力(ワンオフアビリディ)の力は認めますわ。ですが、力を使いこなせなければ勝利には届きません」

 

「……ああ。次はちゃんと使いこなしてみせる」

 

 一夏は悔しさを滲ませながらも、素直に頷いた。

 

 試合が終わると、セシリアは補給と機体点検のために発進デッキへ戻った。

 

 その間、アリーナには次の試合を待つ空気が流れていた。

 

     * * *

 

「零落白夜か……」

 

 観客席で、箒が呟いた。

 

「あれだけの威力があるなら、使いどころを間違えなければ強力な武器になるだろう。だが、エネルギー消費が激しすぎる」

 

「分かってる。俺も驚いたよ……」

 

 一夏は肩を落とした。

 

「一発で決めるつもりだったんだけどな」

 

「一撃で決めることだけを考えるな。相手が回避した場合も想定しておくべきだ」

 

「耳が痛いなあ……」

 

 一夏が苦笑する。

 

 その視線は、セシリアが戻っていった発進デッキへ向けられていた。

 

「でも、あのビットの動きは本当にすごかった。俺がどこへ逃げるか、先回りされてるみたいだった」

 

「だからこそ、次の試合も見ておくべきだな」

 

 箒は隣の発進デッキへ目を向けた。

 

「士道が、あの攻撃にどう対応するのか」

 

     * * *

 

 セシリアの機体点検とエネルギー補給が終わり、次の試合の準備が整った。

 

 セシリアはシールドエネルギーを十分に補給し、機体の状態を確認している。

 

 互いに万全の状態から始まる勝負だ。

 

 俺は発進デッキへ向かいながら、専用ISの最終チェックを行っていた。

 

 機体各部の駆動系、武装の接続状態、背部バインダーの展開機構。どこにも異常はない。

 

 相手は代表候補生。

 

 遠距離射撃に優れ、複数のビットを操るセシリア・オルコット。

 

 真正面から撃ち合えば、こちらが不利になる可能性は高い。

 

 だが、だからといって逃げ回るつもりもない。

 

 俺には俺の戦い方がある。

 

『次の試合は、士道優紀選手対セシリア・オルコット選手! 両者、発進してください!』

 

 発進装置が作動する。

 

 俺は機体を加速させ、アリーナへ飛び出した。

 

 着地の衝撃を脚部で受け止め、ゆっくりと顔を上げる。

 

 正面には、青と白を基調とした《ブルー・ティアーズ》が待ち構えていた。

 

 その周囲には、すでに複数のビットが展開されている。

 

「お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 セシリアが優雅に微笑んだ。

 

「こちらこそ。準備は万全みたいだな」

 

「当然ですわ。先ほどの試合で得た勝利に甘んじるつもりはありませんもの」

 

「それなら、こっちも全力でいかせてもらう」

 

 俺はハイパーデストランスを構えた。

 

 濃紺と黒の装甲。背部のバインダー。そして、赤橙色の異形の右腕。

 

 この機体は、俺自身の発想と技術を注ぎ込み、戦うために再構築した専用ISだ。

 

「ガンダムゼルトザーム・A(アベンジャー)」

 

 機体名を告げると、観客席からどよめきが起こった。

 

 セシリアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「興味深い機体ですわね。フルスキン、ですか…ですが、どのような武装を備えていようと、わたくしの射撃を突破できなければ意味はありませんわ」

 

「それは、やってみてからのお楽しみだ」

 

 俺はランスの穂先を彼女へ向けた。

 

 次の瞬間、試合開始の合図が鳴り響いた。

 

     * * *

 

 ――先に動いたのは、セシリアだった。

 

「参りますわ!」

 

 《ブルー・ティアーズ》が後退すると同時に、ビットが散開する。

 

 正面、左右、そして上方。

 

 互いに距離を取りながら、ビットが俺を取り囲むように位置を変えていく。

 

 嫌な配置だ。

 

 正面のセシリアだけを見ていれば、横や背後から狙撃される。ビットを意識しすぎれば、本人の射撃を見失う。

 

 そのうえ、ビットの射線が交差するように組まれている。回避した先に別の攻撃が待ち構えているというわけだ。

 

「まずは、様子見だな……!」

 

 俺は機体を斜め前方へ滑らせた。

 

 直後、セシリアの狙撃が飛来する。

 

 頭部を狙った一撃を身を捻ってかわすが、そこへ右側のビットが射撃を放った。

 

「っ!」

 

 急制動。

 

 光線が肩部装甲のすぐ脇を通過する。

 

 さらに上方から別の光線が降り注いだ。

 

 俺は高度を落とし、地面すれすれを滑るように移動する。

 

 だが、セシリアはそれすら予測していた。

 

 着地点を狙うように、正面から二発目の狙撃が飛んでくる。

 

 俺はランスを横へ振り、その機動を利用して姿勢を変えた。

 

 光線が装甲の端を掠める。

 

 シールドエネルギーがわずかに減少した。

 

「初手から、ずいぶんと丁寧な歓迎だな!」

 

「この程度で驚いていただいては困りますわ!」

 

 セシリアの声が響く。

 

 ビットがさらに展開し、俺の周囲に射撃網を作り上げた。

 

 こちらが一歩進むたびに、射線が変わる。

 

 まるで、見えない檻の中に閉じ込められているようだった。

 

 遠距離戦を得意とするセシリアらしい戦い方だ。

 

 相手を撃ち抜くことだけが目的ではない。攻撃を避けるための行動まで制限し、最後には逃げ場をなくす。

 

 ならば、俺がやるべきことは一つ。

 

 この射撃網を、正面から破壊することではない。

 

 崩すことだ。

 

「だったら――こっちからも行くぞ!」

 

 ハイパーデストランスの内蔵ビームマシンガンを起動。

 

 短い連射音とともに、光弾がセシリアへ向かって走った。

 

 彼女は機体を傾け、最小限の動きで回避する。

 

 その間も、ビットの攻撃は止まらない。

 

 俺はランスを構えたまま、機体を左右に振りながら連射を続けた。

 

 一発一発の直撃を狙う必要はない。

 

 重要なのは、セシリアに動き続けてもらうことだ。

 

     * * *

 

「……あいつ、何を狙ってるんだ?」

 

 観客席で、一夏が眉をひそめた。

 

 隣では箒が腕を組み、試合場を注意深く見つめている。

 

「セシリアのビットを撃ち落とすつもりなら、もっと狙いを絞るはずだ。あの射撃は、わざと散らしているように見える」

 

「わざと?」

 

「ああ。セシリア本人に回避を強いているんだろう」

 

 一夏は試合場へ視線を戻した。

 

 確かに、優紀のビームマシンガンはセシリアの機体を正確に狙い続けているわけではない。進路を塞ぐように撃ったかと思えば、次の瞬間には別の方向へ弾幕を張っている。

 

 セシリアは狙撃位置を維持しようとしているが、そのたびに機体の位置を微調整させられていた。

 

「でも、セシリアはビットを動かしながら戦ってるぞ。多少機体を動かしたところで、すぐに対応するんじゃないか?」

 

「そこを見極めているのだろう。士道は、まだ本格的な接近を仕掛けていない」

 

 箒は目を細めた。

 

「攻める前に、相手の反応を確かめているんだ」

 

     * * *

 

 セシリアが左へ移動した。

 

 俺はすかさず射撃を重ねる。

 

 彼女は上昇して回避。ビットが俺の側面へ回り込んでくる。

 

 その動きに合わせて機体を旋回させると、今度は正面から狙撃が飛んできた。

 

 俺はランスを引き、機体を横へ滑らせた。

 

 ――今だ。

 

 セシリアが機体の姿勢を戻した直後、ビットの一基がわずかに遅れて位置を修正した。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、その遅れは確かに存在した。

 

 俺は射撃を止めず、さらに弾幕を重ねた。

 

「くっ……!」

 

 セシリアは再び回避を強いられる。

 

 今度はビット二基の位置がずれた。

 

 やはりそうだ。

 

 セシリアはビットの精密な制御を維持するため、機体の動きをある程度抑えている。

 

 逆に、機体を動かして回避を優先すれば、ビットの動きにわずかな乱れが生じる。

 

 その差は小さい。

 

 普通なら、そこまで気にする必要はない程度のものだ。

 

 だが、俺が狙うのは、そのわずかな差だ。

 

「なるほど……見えてきた」

 

「何かお分かりになりまして?」

 

 セシリアが問いかける。

 

「いや。まだ確かめてるところだよ」

 

「随分と余裕ですのね!」

 

 セシリアが狙撃を放つ。

 

 俺は回避しながら、再びビームマシンガンを連射した。

 

 相手を動かす。

 

 動かせば、隙ができる。

 

 隙ができれば、こちらが踏み込める。

 

 だが、焦りは禁物だ。

 

 セシリアがこちらの狙いに気づけば、今度は別の戦い方をしてくるはずだからだ。

 

     * * *

 

「……なあ、箒。俺、あの感覚が分かる気がする」

 

 一夏がぽつりと呟いた。

 

「感覚?」

 

「セシリアと戦ったとき、俺もあのビットに散々苦しめられた。だけど、今のセシリアは、さっき俺と戦ったときよりも機体を動かしてる」

 

 一夏は拳を握りしめた。

 

「ビットの攻撃を維持しながら、自分も動かなきゃいけない。あれって、思った以上に難しいんじゃないか?」

 

「そうだな。複数の武装を同時に扱うということは、それだけ意識を割く必要があるということだ」

 

 箒は頷いた。

 

「士道は、その負担をさらに大きくしている。セシリアに回避を強制し、ビットの制御と機体の操縦を同時に行わせているんだ」

 

「つまり、あいつはセシリアのビットを相手にしてるんじゃなくて……」

 

「セシリア自身の操作の限界を狙っている」

 

 一夏は思わず息を呑んだ。

 

 自分は、セシリアの攻撃をどう突破するかばかり考えていた。

 

 しかし優紀は、相手の攻撃を成立させている仕組みそのものを見ていたのだ。

 

 あの戦い方は、単純な火力や速度だけでは真似できない。

 

 相手を観察し、判断し、次の行動を予測する。

 

 それを戦闘の最中に繰り返している。

 

「……すげえな、あいつ」

 

 その呟きには、驚きだけでなく、対抗心も混じっていた。

 

     * * *

 

 セシリアは一度、大きく距離を取った。

 

 ビットを自分の周囲へ戻し、陣形を組み直す。

 

「どうやら、わたくしの動きを観察しているようですわね」

 

「そりゃ、戦ってるんだからな」

 

「ですが、観察できたからといって、攻略できるとは限りませんわ!」

 

 セシリアの機体が上昇した。

 

 今度は自分の移動を抑え、ビットを広く展開する。

 

 それぞれのビットが異なる角度を取り、俺の逃げ道を塞ぐ。

 

 正面から狙撃。

 

 左側から追撃。

 

 背後へ回り込むビットが、回避先を狙って射撃を放つ。

 

 俺は機体を急旋回させた。

 

 しかし、回避した先にも光線が走る。

 

「ちっ……!」

 

 高度を上げる。

 

 そこへ、上方のビットが射撃を放った。

 

 急降下。

 

 今度はセシリア本人の狙撃が待っている。

 

 俺はランスを構え、機体を捻りながら射線を外した。

 

 それでも、すべてを避けきることはできなかった。

 

 光線が左肩を掠め、シールドエネルギーが大きく減少する。

 

 警告表示が視界の端に浮かんだ。

 

 ……なるほど。

 

 これが、セシリアの本来の強みか。

 

 ただビットを操作するだけではない。

 

 相手がどの方向へ逃げるかを予測し、その逃げ道をあらかじめ塞いでおく。

 

 こちらが動けば動くほど、攻撃の選択肢が狭められていく。

 

「逃がしませんわ!」

 

 セシリアの狙撃が続く。

 

 俺はランスを構え直し、ビームマシンガンを撃った。

 

 だが、今度はセシリアが動かない。

 

 ビットの射撃網を維持したまま、こちらの弾幕を避けるようにビットの位置だけを調整している。

 

 俺が狙っていた弱点を、彼女も理解し始めたのだ。

 

 無理に機体を動かさなければ、ビットの制御精度は落ちにくい。

 

 その代わり、狙撃位置を維持し続ける必要がある。

 

 ならば、こちらはその位置を崩す。

 

「だったら、そこから動かしてやる!」

 

 俺は脚部ビームランチャーを起動した。

 

 地面すれすれから放たれた光線が、セシリアの真下を横切る。

 

 彼女は上昇して回避。

 

 同時に俺は、ハイパーデストランスのビームマシンガンを連射した。

 

 上下からの攻撃。

 

 セシリアはついに機体を横へ動かした。

 

 その瞬間、ビットの陣形が崩れた。

 

 ――今だ!

 

 俺は機体を加速させる。

 

 ランスを構え、一直線に距離を詰めた。

 

「させませんわ!」

 

 セシリアはビットをこちらへ向ける。

 

 複数の光線が一斉に放たれた。

 

 俺は機体を左右へ振りながら、弾幕を潜り抜ける。

 

 装甲に衝撃が走った。

 

 シールドエネルギーがさらに減少する。

 

 だが、接近には成功した。

 

 ハイパーデストランスの穂先が、セシリアの目前へ迫る。

 

 彼女は咄嗟に後退し、ビットを防御に回した。

 

 その防御の隙間へ、ゼルトザームアルムが伸びる。

 

 異形の右腕が、通常の近接武装では届かない距離から襲いかかった。

 

 セシリアは機体を捻って直撃を避けたものの、装甲の一部を掠められた。

 

 シールドエネルギーが削られる。

 

 俺は追撃を仕掛けようとしたが、セシリアはビットを再配置し、すぐさま距離を取った。

 

 無理に追えば、こちらが射撃網に飛び込むことになる。

 

 俺は追撃を中断し、ランスを構え直した。

 

 ここまでの攻防で、互いにエネルギーを消耗している。

 

 それでも、決定打には至っていない。

 

 勝負は、まだこれからだ。

 

     * * *

 

「今のは危なかったな……」

 

 一夏が思わず声を漏らした。

 

「士道の右腕か。あの間合いは厄介だな」

 

 箒も険しい表情を浮かべていた。

 

「セシリアが距離を取っていたから、あそこまで届くとは思ってなかったんだろうな」

 

「だが、セシリアもすぐに対応した。ビットを防御に回して距離を取り直したのは、的確な判断だ」

 

 一夏は頷いた。

 

 優紀の攻撃は確かに届いた。

 

 しかし、セシリアもまた、相手の武装を見極めながら対応を変えている。

 

 どちらかが一方的に押しているわけではない。

 

 優紀が隙を作れば、セシリアはその隙を埋める。

 

 セシリアが射撃網を組めば、優紀はその網を崩そうとする。

 

 二人は互いの戦術を読み合いながら、少しずつ戦い方を変えていた。

 

「……次に戦うとき、俺もああいうことを考えなきゃいけないんだよな」

 

「そうだ。一夏、お前は零落白夜に頼りすぎるなよ」

 

「分かってるって」

 

 そう答えた一夏だったが、視線は試合場から離れなかった。

 

     * * *

 

 セシリアは機体を旋回させ、再び狙撃位置を確保した。

 

 その表情から、先ほどまでの余裕は消えていた。

 

 優紀の攻撃は単なる牽制ではない。

 

 射撃によってこちらの動きを誘導し、ビットの配置を乱し、接近するための隙を作る。

 

 しかも、接近を許した場合には、あの異形の右腕と大型ランスが待ち構えている。

 

 距離を取れば安全、というわけではない。

 

 だからといって、近づかせるわけにもいかない。

 

「……本当に、厄介な機体ですわね」

 

「そっちもな。遠くにいるからって、安心できる相手じゃない」

 

 俺は息を整えた。

 

 ハイパーデストランスを握る腕に、わずかな疲労が蓄積している。

 

 重武装を使い続ければ、エネルギー消費も増える。

 

 このまま同じ戦い方を続ければ、いずれこちらが先に限界を迎えるだろう。

 

 決着をつけるなら、相手の射撃網が崩れる瞬間を見極める必要がある。

 

 セシリアも、それを理解しているはずだ。

 

「次で決めますわ!」

 

 彼女がビットを展開する。

 

 今度は、これまで以上に広い範囲へ散開させた。

 

 俺の左右だけでなく、後方にもビットが回り込む。

 

 正面からの狙撃と合わせ、アリーナ全体を使った射撃網が形成されていく。

 

 逃げ道を塞ぐのではない。

 

 俺がどこへ動いても、必ず射線が通るように配置しているのだ。

 

「……そう来るか」

 

 俺は機体を低く構えた。

 

 正面から突破するのは危険だ。

 

 しかし、ここで後退すれば、セシリアの射撃網がさらに完成してしまう。

 

 ならば、完成する前に崩すしかない。

 

「だったら、こっちも全部使う!」

 

 背部バインダーが展開した。

 

 フォールディングデストランチャーが起動し、砲身が展開される。

 

 高出力の砲撃が、セシリアの射撃網へ向けて放たれた。

 

 セシリアはビットを散開させ、砲撃の直撃を避ける。

 

 その瞬間、俺は砲撃の余波を利用して機体を加速させた。

 

 ハイパーデストランスのビームマシンガンを連射。

 

 光弾がセシリアの移動先を塞ぐ。

 

 彼女は右へ回避した。

 

 そこへ脚部ビームランチャーの射撃が走る。

 

 セシリアは急上昇。

 

 ビットが俺を狙うが、機体を捻って射線を外す。

 

 装甲が掠められ、シールドエネルギーが減少した。

 

 それでも止まらない。

 

 俺はランスを構え、セシリアのいる高度へ向けて上昇した。

 

「まだですわ!」

 

 セシリアがビットを集め、集中射撃を放つ。

 

 光線が交差し、俺の進路を塞いだ。

 

 俺は機体を横へ滑らせ、ランスを盾のように構えながら突破を試みる。

 

 シールドエネルギーがさらに削られた。

 

 警告表示が明滅する。

 

 だが、セシリアもまた、回避とビットの再配置を繰り返している。

 

 わずかな乱れが生まれていた。

 

 俺はビームマシンガンを短く連射した。

 

 セシリアが回避する。

 

 ビットの一基が遅れた。

 

 もう一度、連射。

 

 セシリアが機体を旋回させる。

 

 別のビットの照準がわずかにずれた。

 

 ――今だ。

 

 俺はランチャーを収納し、ハイパーデストランスを構え直した。

 

 機体を一気に加速させる。

 

 セシリアはすぐに反応した。

 

 ビットをこちらへ向け、最後の防御射撃を放つ。

 

 光線が装甲を掠めた。

 

 それでも俺は止まらない。

 

 距離が縮まる。

 

 ランスの穂先がセシリアへ迫る。

 

 彼女はビットを防御へ回そうとするが、そこへゼルトザームアルムが伸びた。

 

 異形の右腕が、ビットの配置を乱すように軌道を変える。

 

 セシリアは機体を捻り、直撃を避けた。

 

 だが、その動きによって、彼女の正面が開いた。

 

 俺は最後の加速をかけた。

 

 ハイパーデストランスを突き出す。

 

 穂先が《ブルー・ティアーズ》の目前で停止した。

 

 同時に、セシリアの機体の絶対防御が発動しシールドエネルギーが、ゼロになった。

 

『勝負あり! 勝者、士道優紀!』

 

 試合終了のアナウンスが響き渡った。

 

     * * *

 

 俺はランスを下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

 

 シールドエネルギーはかなり削られている。こちらも決して余裕のある勝利ではなかった。

 

 セシリアも機体を解除し、悔しそうに唇を結んでいた。

 

「……わたくしの敗北ですわね」

 

「ああ。でも、最後まで気が抜けなかった。あの射撃網を維持されたままだったら、こっちが先にやられていたかもしれない」

 

 俺がそう告げると、セシリアは少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

「あなたは、わたくしの戦い方をよく観察していたのですね」

 

「一夏との試合を見て、いくつか気づいたことがあったんだ。実際に戦って、確信に変わった」

 

「……なるほど。わたくしにも、まだ改善すべき点があるということですわね」

 

 セシリアは顔を上げた。

 

「ですが、次はこうはいきませんわ。必ず、もっと強くなってみせます」

 

「望むところだ。また戦う機会があったら、そのときはよろしく頼む」

 

 俺たちは互いに手を差し出し、握手を交わした。

 

 勝ったからといって、すべてが終わったわけではない。

 

 今回の戦いで得たものを、次へつなげる。

 

 それは俺も同じだった。

 

     * * *

 

 観客席では、一夏が試合場を見つめていた。

 

「……すごかったな」

 

 ぽつりと漏らした言葉に、箒が頷く。

 

「ああ。だが、士道も無傷ではない。あの重武装を扱いながら、相手の動きを見極め、戦い方を変えていた。簡単に真似できるものではないな」

 

「分かってる。でも……次は俺が、あいつと戦うんだよな」

 

 一夏は拳を握った。

 

 優紀は力任せに攻めるだけの相手ではない。

 

 自分が何をしようとしているのかを見抜き、その一歩先を狙ってくる。

 

 ならば、自分はどう戦うべきなのか。

 

「一夏。次の試合、気を抜くなよ」

 

 箒が声をかけた。

 

「士道は、こちらが思っている以上に戦況を見ている」

 

「ああ。分かってる」

 

 一夏は試合場へと視線を戻した。

 

 次の対戦カード。

 

 士道優紀VS織斑一夏。

 

 今度は、観客席から眺める側ではない。

 

 自分があの異形の機体と向き合う番だ。

 

     * * *

 

 発進デッキ。

 

 俺は再び専用ISを展開し、発進位置へと向かっていた。

 

 次の相手は一夏。

 

 白式の単一仕様能力、零落白夜。そして、先ほどの試合で見せた接近戦への執念。

 

 セシリアとは違う意味で、油断のできない相手だ。

 

 発進ゲートの向こうには、広大な試合場が広がっている。

 

 俺は大型ランスを握り直した。

 

「……さて。次はどんな戦いになるかな」

 

 反対側の発進デッキでも、白式が起動した。

 

 織斑一夏が、こちらを見ている。

 

 俺は視線を返し、静かに機体を前進させた。

 

 次の戦いが、始まろうとしていた。

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