夕暮れの光が、IS学園のアリーナを赤く染めていた。
模擬戦用フィールドの中央では、二機のISが対峙している。
一機は、白を基調とした第三世代型IS――白式。
そして、もう一機は、濃紺と黒を基調とした異形の重武装IS――ガンダムゼルトザーム・
操縦者は、織斑一夏と士道優紀。
セシリア・オルコットとの代表候補戦を終えた優紀は、続けて一夏との模擬戦に臨んでいた。
両者ともにシールドエネルギーを補給し、万全の状態での開始となる。
『代表候補戦、開始!』
合図と同時に、一夏が動いた。
白式が地面を蹴り、一直線に距離を詰めてくる。
速い。
白い機体が夕暮れの光を反射しながら、瞬く間に間合いを縮めていく。手に握られているのは、近接戦闘用の刀剣――雪片弐型。
俺は機体を後退させながら、フォールディングデストランチャーを展開した。
「まずは、これでどうだ!」
重火器から放たれた射撃が、一夏の進路を塞ぐように飛んでいく。
だが、一夏は正面から受けようとはしなかった。
機体を左右へ振り、射線の隙間を縫うように回避してくる。
先ほどのセシリアとの戦いを見ていたからか、俺が射撃で接近を阻むことは予想していたらしい。
「やっぱり、簡単には近づかせてくれないか!」
「当然だろ、一夏!」
俺は脚部ビームランチャーも交えて牽制を続ける。
大型兵装を構えながらでも射撃手段を確保できるのは、ゼルトザーム・
ただし、弾幕だけで相手を止められるとは思っていない。
一夏は射線を読み、回避のタイミングを少しずつ変えている。
このまま撃ち続ければ、いずれ接近される。
ならば――。
「来い、一夏!」
俺はあえて射撃の間隔を広げた。
一夏はその変化を見逃さなかった。
「そこだ!」
白式が一気に加速する。
雪片弐型が振り下ろされた。
俺はゼルトザームアルムを前へ突き出し、その一撃を受け止める。
鈍い衝撃が機体を揺らした。
「っ……!」
巨大な右腕が雪片弐型の刃を押し返そうとする。だが、一夏は力比べには付き合わず、刀身を滑らせるようにして体勢を崩そうとしてきた。
単純に重さで押さえ込むだけでは、捌かれる。
俺は機体を半歩ずらし、ハイパーデストランスを振るった。
一夏は即座に後退する。
槍の先端が白式の装甲をかすめ、空を切った。
「うわっ、危なっ!」
「まだ終わりじゃないぞ!」
ハイパーデストランスの内蔵ビームバルカンが火を噴く。
近距離からの連射。
一夏は身をひねって射線を外しながら、再び俺の懐へ飛び込もうとする。
だが、俺はゼルトザームアルムを使って進路を塞いだ。
巨大な右腕が、白式の進む先を覆い隠す。
ただ攻撃するだけではない。
腕の長さと槍の間合いを組み合わせ、相手が動ける空間そのものを制限する。
一夏は一度、後退を余儀なくされた。
「なるほど……。その大きな腕、攻撃だけじゃなくて、俺の動きを制限するためにも使ってるのか!」
「気づいたか」
「でも、それなら!」
一夏が再び踏み込んだ。
今度はゼルトザームアルムの正面を避け、巨大な右腕が動く直前に懐へ潜り込んでくる。
俺はすぐにハイパーデストランスを引き戻そうとしたが、一瞬だけ遅れた。
雪片弐型が振るわれる。
俺は機体をひねって直撃を避けたものの、刃が装甲をかすめ、シールドエネルギーが減少した。
「今のは危なかったな……!」
「よしっ!」
一夏の顔に笑みが浮かぶ。
最初の突撃とは違う。
こちらの武装のリーチと、攻撃の後に生じる隙を見極め始めている。
俺もまた、一夏の踏み込み方を観察していた。
攻撃に移る瞬間、ほんのわずかに重心が前へ傾く。
そこを狙えば、迎撃できる。
だが、一夏も同じ動きを繰り返すほど単純ではなかった。
今度は、踏み込むと見せかけて急停止する。
俺が迎撃のために武装を動かした瞬間、白式は軌道を変え、別の角度から接近してきた。
「なっ……!」
雪片弐型が再び迫る。
俺はゼルトザームアルムを引き戻し、間一髪で刃を受け止めた。
火花が散る。
「ははっ! さっきの動き、覚えたぞ!」
「……いいね、一夏。そう来なくちゃな!」
俺は思わず笑った。
相手がこちらの手を覚えるなら、こちらもその先を考える。
俺はハイパーデストランスを大きく振りかぶった。
一夏が即座に後退する。
その判断は正しい。
大型の槍による攻撃は、正面から受けるには危険すぎる。
だが――。
「そっちは囮だ!」
俺は槍を振り切る直前に軌道を変え、脚部ビームランチャーで牽制射撃を放った。
一夏は回避する。
しかし、避けた先には、あらかじめ向きを調整していたゼルトザームアルムが待ち構えていた。
巨大な腕が白式の進路を塞ぐ。
続けて、ハイパーデストランスが突き出された。
「しまっ――!」
一夏は雪片弐型で槍を受け流した。
完全には避けきれず、白式のシールドエネルギーが削られる。
それでも、一夏は倒れない。
むしろ、その目に宿る闘志が強くなったように見えた。
「だったら、こっちも切り札を使う!」
白式の雪片弐型が変形する。
刀身に、通常の刃とは異なるエネルギーの輝きが生まれた。
その瞬間、俺の表情から笑みが消える。
「……零落白夜か!」
「そうだ!」
白式の単一仕様能力。
対象のエネルギーを消滅させる、対IS戦における強力な切り札。
エネルギー兵器による攻撃を無効化し、シールドバリアーを斬り裂いて、機体のシールドエネルギーそのものに干渉する。
ただし、発動する一夏自身もシールドエネルギーを消費する。
強力だからこそ、使い続ければ自らの首を絞めることにもなる能力だ。
俺は射撃を続けようとしていた手を止めた。
この状態の白式に、エネルギー攻撃を正面から浴びせ続けるのは得策ではない。
「なら、無理に押し切る必要はないな……!」
俺は機体を横へ滑らせ、零落白夜の間合いから外れる。
一夏が追いかけてくる。
雪片弐型の刃が振るわれた。
俺はハイパーデストランスを盾のように構え、刃を受けるのではなく、攻撃の軌道を逸らす。
零落白夜の刃が槍の表面をかすめた。
直撃は避けた。
だが、ほんのわずかな接触でも油断はできない。
俺はすぐに距離を取り、ゼルトザームアルムを使って一夏の進路を遮る。
「逃がさないぞ、士道!」
「捕まるわけにはいかないんでね!」
白式が踏み込む。
俺は後退しながら射撃を織り交ぜ、接近のタイミングをずらす。
一夏は攻撃を避けるたびに、少しずつこちらの動きを学んでいく。
こちらが射撃を止める瞬間。
大型兵装を振るった後の隙。
異形の右腕が次の動作に移るまでの、わずかな時間。
そのすべてを見て、次の一撃を狙っている。
――やっぱり、ただの突撃型じゃない。
最初は勢いに任せて距離を詰めていた一夏が、今は俺の攻撃を誘うように動いている。
俺が攻撃を仕掛ければ、そこを避けて反撃する。
こちらが待ち構えれば、無理に踏み込まずにタイミングをうかがう。
試合の中で、戦い方そのものを変えてきているのだ。
だからこそ、こちらも同じ手を使い続けるわけにはいかない。
「……なら、次はこれだ!」
俺は大型兵装を収納し、近接用のビームサーベルをシールドバインダーから抜いた。
一夏が一瞬、目を見開く。
「武装を変えた……!?」
「大型兵装だけが俺の武器じゃないぞ!」
俺は機体を加速させた。
先ほどまでとは違う間合い。
ハイパーデストランスの長いリーチを警戒していた一夏に対し、今度は小回りの利く近接攻撃を仕掛ける。
ビームサーベルが雪片弐型と交差した。
火花が散る。
一撃、二撃。
互いに攻撃を受け流し、隙を狙う。
零落白夜を発動している一夏は、こちらの攻撃を受けることを避けなければならない。
だが、こちらも一夏の刃に触れれば危険だ。
攻撃を仕掛けるたび、互いに一瞬の判断を迫られる。
俺はサーベルを振るうと見せかけて手を止め、反対側のサーベルで攻撃を仕掛けた。
一夏は身をひねって回避する。
それでも刃先が白式の装甲をかすめ、シールドエネルギーが減少した。
「くっ……!」
「今のも避けるのか!」
「なんとなくだ! こっちに来る気がした!」
「また勘かよ!」
「悪いか!」
「いや、厄介だな!」
俺は思わず笑ってしまった。
理屈だけで動く相手なら、ある程度は行動を予測できる。
だが、一夏は時折、本人の説明すら追いつかない直感で動く。
それが今は、戦術を組み立てるうえでの不確定要素になっていた。
* * *
観客席から、箒の声が聞こえる。
「一夏は、優紀の動きに慣れ始めている……!」
セシリアも真剣な表情で頷いた。
「ええ。優紀さんは武装を切り替えて対応していますが、一夏さんもその都度、攻撃の仕方を変えていますわ」
その隣で、本音は両手を握りしめていた。
「ユウユウ、頑張れ~! おりむーも頑張れ~!」
どちらか一方だけを応援するのではなく、二人とも全力で戦っていることが嬉しいらしい。
そして、俺たちの戦いは終盤へと差しかかっていた。
* * *
シールドエネルギーは、双方ともに減少している。
零落白夜を使い続けている一夏も、決して余裕があるわけではないはずだ。
俺の機体も、大型兵装の展開と武装の切り替えによってエネルギーを消費している。
このまま戦い続ければ、どちらかが決定的な一撃を受ける可能性が高い。
「一夏!」
「分かってる!」
互いに距離を取り、最後の攻防に備える。
一夏が雪片弐型を構え直した。
零落白夜の輝きが、夕暮れのアリーナに白い光を放つ。
俺はハイパーデストランスを握り直し、ゼルトザームアルムを前へ構えた。
大型の槍による突破力と、異形の右腕のリーチ。
それらを組み合わせ、最後の一撃を狙う。
一夏は正面から迫ってくる。
俺は迎撃のために槍を突き出した。
だが、一夏は直前で軌道を変え、零落白夜の刃を振るう。
俺はゼルトザームアルムで進路を塞ぎながら、機体をひねった。
槍と刃が交差する。
次の瞬間、互いの攻撃が届く寸前で――。
『試合終了! 制限時間により、模擬戦は引き分けです!』
アナウンスが響いた。
俺たちは、動きを止めた。
「……はぁっ。間に合わなかったか」
一夏が息を吐く。
「危なかったな。あと少し続いていたら、どうなっていたか分からない」
「俺もだよ。最後、完全に読まれたと思ったのに……」
「最後は一夏の直感に助けられたな。あの軌道変更は予想より早かった」
「直感って……そんな大層なもんじゃないぞ」
「戦闘中に働く勘も、立派な武器だよ」
俺がそう言うと、一夏は少し照れくさそうに笑った。
「……そう言われると、悪い気はしないな」
試合が終わり、俺たちはデッキへと戻った。
箒が近づいてくるなり、一夏に向かって口を開く。
「一夏。最後の攻めは悪くなかった。だが、あそこで踏み込みを急ぎすぎだ。優紀に進路を読まれていたら、反撃を受けていたぞ」
「うっ……やっぱりか」
「ただ、途中からの対応は見事だった。最初と同じ攻め方を続けなかったのは正解だ」
箒の言葉に、一夏は真剣な顔で頷く。
「分かった。次はそこも意識する」
その横から、本音がひょこっと顔を出した。
「ユウユウ~」
「ん? どうした、のほほんさん」
「今日の試合、すっごく格好よかったよぉ~!」
「……見てたのか?」
「うんっ。最初から最後まで、ずーっと見てたよぉ」
本音はにこにこしながら、俺の顔を見上げた。
「ユウユウがひゅんひゅん避けたり、急に武器を変えたり、おりむーの動きを読んだりねぇ。見てて楽しかったぁ」
「ひゅんひゅんって……」
「あとねぇ、最後のところ! 二人とも、あとちょっとで当たりそうだったでしょ~?」
「そうだな。時間切れにならなかったら、どうなっていたか分からない」
「むぅ~。決着が見たかったなぁ」
本音は頬を膨らませた。
「でも、二人ともすごかったから、のほほんさんは満足なのです」
「それならよかったよ」
「うんっ。だからねぇ、帰ったらユウユウに、いっぱい感想を言ってあげるねぇ」
「今じゃ駄目なのか?」
「今だと、みんながいるからぁ」
そう言って、本音はいたずらっぽく笑った。
「二人きりになってからのお楽しみ~」
「……なんだそれ」
俺が苦笑すると、本音は満足そうに笑い先に戻っていった。
少し離れた場所では、セシリアがこちらへ歩み寄ってきた。
「士道さん。一夏さん。お二人とも、素晴らしい試合でしたわ」
「ありがとう、セシリア」
「次は、わたくしも負けませんわよ」
「もちろん。次も全力で相手をするよ」
優紀が答えると、セシリアは満足そうに微笑んだ。
こうして、長い一日は夕暮れとともに幕を下ろした。
◇
学生寮へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
「ユウユウ、おかえり~」
部屋の扉を開けるなり、のんびりとした声が出迎えてくれた。
「ただいま、のほほんさん」
「おかえり~ユウユウ~今日はお疲れ様ぁ~」
本音はにこにこと笑いながら、優紀の顔を覗き込んだ。
「セシリアさんとの試合も、おりむーとの試合も、すっごかったねぇ。ユウユウってば、あんなにいっぱい武器を使えるんだね~」
「まあ、武器の使い分けも含めて、俺の戦い方だからね」
「でもでも、途中で武器を変えたり、相手の動きに合わせて距離を変えたり……見ていて飽きなかったよ~」
本音は普段のふんわりした表情のまま、意外なほど具体的に試合を振り返った。
「特に、おりむーとの最後のところ! 二人とも、もう一歩で当たりそうだったのに、そこで時間切れになっちゃったでしょ?」
「ああ。俺も一夏も、最後の一撃に賭けていたからな」
「む~。あれ、どっちが勝つのか見たかったなぁ」
「俺だって、決着はつけたかったよ」
「じゃあ、次は勝ってね~。ユウユウの応援、してあげるから」
「それはありがたいけど……どっちを応援していたの?」
「もちろん、ユウユウだよ~?」
即答だった。
「……本当かなぁ」
「本当だよ~。でも、おりむーも頑張ってたから、えらいえらいってしてあげたいねぇ」
「結局、両方応援してたんじゃないか」
「えへへ~」
本音は悪びれもせずに笑った。
優紀が荷物を置き、制服から着替えようとした、そのときだった。
「ところで、ユウユウ~」
「ん?」
「試合、頑張ったご褒美に、お菓子ちょうだい?」
「……なんで俺が?」
「だって、ユウユウが頑張ったんだもん。ご褒美が必要でしょ~?」
「ご褒美をもらうのは俺の方じゃないのか?」
「じゃあ、ユウユウにも半分あげるよ~」
「最初から半分こするつもりだっただろ、それ」
「ばれちゃった~」
本音はくすくすと笑いながら、部屋の奥へと引っ込んだ。
優紀はその後ろ姿を見送り、小さく息をつく。
この調子なら、今日の疲れも少しは忘れられそうだった。
――そう思ったのも、束の間。
「ユウユウ~♪」
背後から、ふわりと何かが抱きついてきた。
「うおっ!?」
振り返ろうとした優紀の視界の端に、狐の耳が揺れる。
そこにいたのは、狐の着ぐるみパジャマを着た本音だった。
「の、のほほんさん!?」
「えへへ~。捕まえた~」
本音は優紀の背中に頬を寄せ、両腕を回したまま離れようとしない。
「ちょ、ちょっと! 何してるんだよ!」
「ん~? ユウユウが疲れてそうだったから、癒やしてあげようと思って~」
「その体勢で!?」
「うん~」
「絶対、面白がってるだけだろ!」
「ばれちゃった~」
またしても即答だった。
本音は狐の耳をぴこぴこと揺らしながら、優紀の顔を横から覗き込む。
「ねえねえ、ユウユウ。今日の試合、かっこよかったよ~」
「……それは、どうも」
「でも、帰ってきてからずっと難しい顔してるねぇ。反省会?」
「まあ、そんなところ。今日の戦闘を振り返っておきたいんだ」
「そっかぁ。真面目だねぇ」
本音は少しだけ声を柔らかくした。
「でも、頑張りすぎないでね~。ユウユウが倒れちゃったら、私が困るから」
「……心配してくれてるの?」
「うん。だって、ルームメイトだもん」
あまりにも自然な言葉だった。
優紀は一瞬、返す言葉に迷った。
そして、本音はその隙を逃さなかった。
「だから、お菓子~」
「結局そこに戻るのかよ!」
「えへへ~♪」
優紀が肩を落とすと、本音は満足そうに笑い、ようやく腕を解いた。
「じゃあ、私はベッドに戻るね~。ユウユウ、夜更かししすぎちゃだめだよ~?」
「はいはい。のほほんさんも、ちゃんと寝るんだぞ」
「は~い」
狐の着ぐるみを揺らしながら、本音は自分のベッドへ戻っていった。
その後ろ姿を見送り、優紀は苦笑する。
騒がしいけれど、悪くない。
この何気ない時間があるからこそ、明日もまた頑張ろうと思えるのかもしれない。
◇
消灯時間が近づいた頃。
部屋の明かりを落としたあとも、優紀の机の上だけは小さなデスクライトに照らされていた。
ノートパソコンの画面には、今日の試合で記録した戦闘データが並んでいる。
セシリアとの戦闘。一夏との戦闘。
武器の展開時間、射撃の命中率、回避行動にかかった時間、シールドエネルギーの推移。
それらを順番に確認しながら、優紀はメモを取っていた。
「……やっぱり、エネルギー管理が課題だな」
ゼルトザーム・
高い火力と豊富な武装を活かせる一方、状況に応じた武器の切り替えや、各装備の運用には相応の負担がかかる。
ハイパーデストランスによる突破力は強力だが、間合いを詰めるまでの過程で無駄なエネルギーを使えば、決定打を放つ前に選択肢が狭まる。
フォールディングデストランチャーによる中距離制圧も、撃ち続ければいいというものではない。
相手の回避方向を制限し、次の攻撃につなげる。
ゼルトザームアルムの長いリーチと握力を活かし、相手の動きを封じる。
必要ならビームサーベルへ切り替え、機動性を重視した近接戦闘に移行する。
武装の多さを、単なる火力の高さで終わらせないこと。
それが、優紀の目指す戦い方だった。
「一夏の適応力も、想像以上だったな……」
戦闘データを再生する。
最初は射撃を警戒し、距離を詰めることを優先していた一夏。
しかし、途中からは優紀の武器の切り替えを観察し、射線の外へ逃れるだけでなく、攻撃のタイミングそのものをずらしてきた。
最後には、白式の《零落白夜》を活かした一撃で、優紀の防御を突破しようとしていた。
あの能力を正面から受け止めるのは危険だ。
エネルギーを消去し、シールドエネルギーに直接干渉する一撃。単純な防御や火力勝負で対処できるものではない。
だからこそ、間合いとタイミングを管理し、直撃を避けながら反撃の機会を作る必要がある。
「次に戦うときは、もっと対策を練らないとな」
優紀はメモに新たな項目を書き加えた。
――《零落白夜》への対処。
――接近戦におけるエネルギー消費の抑制。
――武器の切り替えを読まれた場合の対応。
次々と課題が浮かんでくる。
だが、それを嫌だとは思わなかった。
「追加の武装も必要、だな…」
自分の機体を、自分の戦い方を、もっと強くできる。
それは、優紀にとって何よりも大切なことだった。
画面を見つめながら、ふと手が止まる。
「……それにしても」
この世界は、原作の展開から少しずつ外れ始めている。
自分がIS学園に入学したこと。
自分というイレギュラーが専用機を持ち、一夏やセシリアと戦ったこと。
そして何よりも、一夏の対応力。
そして、彼らとの関係が、知っている物語とは違う形で築かれ始めていること。
原作の知識は、あくまでも知識でしかない。
目の前の人間は、物語の登場人物ではなく、それぞれの意思で動く人間なのだ。
「……これから先、どうなるんだろうな」
小さく呟いた、そのときだった。
枕元に置いていたスマートフォンが震えた。
「ん?」
画面を確認する。
着信。
しかし、表示されているはずの発信者名がない。
非通知だった。
「……こんな時間に?」
優紀は少し警戒しながら、通話ボタンを押した。
「もしもし。士道です」
『こんばんはー! 士道優紀君!』
やけに明るい声が、耳元から飛び込んできた。
「……どちら様ですか?」
『えー? いきなりそれ聞いちゃう? もっとこう、こんばんはー! とか、元気だったー? とかあるでしょー?』
「いや、非通知で電話をかけてきた相手に、まず名乗ってほしいんですけど……」
『あははっ! それもそうだねー!』
妙に楽しそうな声だった。
優紀は警戒を解かず、相手の言葉を待つ。
『じゃあ、改めまして! 私、篠ノ之束! 天才科学者の束さんだよー!』
「…………は?」
一瞬、思考が止まった。
篠ノ之束。
ISを生み出した天才科学者。
世界の常識をひっくり返し、国家や組織すら振り回す、規格外の人物。
原作知識の中で、何度も名前を見てきた存在だ。
だが、そんな人物と自分には、本来何の接点もないはずだった。
「……篠ノ之、束さん?」
『そうそう! よくできましたー!』
「いや、えっと……どうして俺に?」
『ん~? ゆうくんに興味があったから!』
「……ゆうくん?」
『そ! 優紀君だから、ゆうくん! いいあだ名でしょー?』
「初対面であだ名が決まるんですか……?」
『もちろん! 束さんは気に入った人には、素敵なあだ名をつけるのです!』
どうやら、そこに異論を挟む余地はないらしい。
優紀はこめかみを押さえた。
まさか、あの篠ノ之束から電話がかかってくるとは。
しかも、初手から距離感がおかしい。
『それでねー、今日の試合を見たんだよ!』
「……試合?」
『セシリアちゃんとの試合と、いっくんとの試合! どっちも面白かったねー!』
いっくん。
その呼び方から、束が一夏のことも見ていたのだと分かった。
『いっくんも頑張ってるねぇ。うんうん、成長してる成長してる!』
「……それで、俺に何の用ですか?」
『おっと、そうだった!』
電話の向こうで、束が何かを思いついたような声を上げる。
『ゆうくんのIS、面白いねー! 武装の使い分けもそうだけど、距離の取り方や攻撃のつなぎ方が独特でさ! 普通なら、あそこまで重い武装を使いながら、あんなふうに戦い方を変えるのは大変だと思うんだよねー!』
「……見て、いたんですね」
『うん! すっごく興味深かったよ!』
無邪気な声だった。
少なくとも、今の言葉から敵意は感じられない。
しかし、相手はあの篠ノ之束だ。
何を考えているのか、どこまで理解しているのか、簡単には判断できない。
「機体については、俺が自分で調整している部分もあります。詳しい構造については、お話しできませんが」
『あははっ! もちろん、今すぐ全部教えてなんて言わないよー!』
束はあっさりと言った。
『ただ、どんな考えであの戦い方をしているのかなーって。そこが気になっただけ!』
「……戦い方、ですか」
『そうそう! 武器がいっぱいあるから全部使う、じゃなくて、相手の動きに合わせて必要なものを選んでるでしょ? ああいうの、束さん好きなんだよねー!』
優紀は少しだけ目を細めた。
映像から分かる範囲で興味を持ったのだろう。
機体の秘密まで見抜かれたわけではない。
だが、戦い方そのものに目をつけられたのは、少々厄介だった。
「……褒め言葉として受け取っておきます」
『うんうん、褒めてる褒めてる!』
「それで、用件はそれだけですか?」
『今のところはねー!』
あまりにもあっさりした返事だった。
『今日は、ゆうくんがどんな子なのか気になって電話しただけ! いきなり機体を分解したり、研究所に連れていったりはしないから安心してねー!』
「……それ、安心していいんでしょうか」
『えー? ひどーい!』
束は楽しそうに笑った。
優紀は、深く息を吐く。
この人は、本当に原作のままなのだろう。
天才的な頭脳と、常人には理解しがたい行動力。そして、相手の警戒心をあっさり飛び越えてくるような距離感。
知識として知っているのと、実際に会話するのとでは大違いだった。
『じゃあ、今日はこのへんで! またお話ししようね、ゆうくん!』
「……はい。また機会があれば」
『約束だよー! それじゃ、おやすみなさーい!』
ぷつり、と通話が切れた。
「…………」
優紀はしばらく、スマートフォンを見つめたまま動かなかった。
着信履歴を確認する。
発信者は、やはり非通知。
こちらから連絡を取る手段はない。
「……なんだったんだ、今の」
篠ノ之束。
原作では重要人物であり、物語の根幹に関わる存在。
そんな人物が、自分に興味を持った。
それは、今後の展開に何らかの影響を与える可能性があるということだ。
「……本当に、原作通りにはいかないな」
優紀はスマートフォンを机に置き、画面へ視線を戻した。
だが、さっきまで集中していた戦闘データは、もう頭に入ってこなかった。
「取り敢えず、先生に報告はしておこう…」
◇
時間は少し戻り。
人里離れた研究施設の一室では、複数のモニターに今日の試合映像が映し出されていた。
画面の前に座っているのは、白衣を羽織った一人の女性。
篠ノ之束。
ISを生み出した天才科学者その人である。
「ん~、いっくんも頑張ってるねぇ!」
束は画面の中で白式を操る一夏を見て、満足そうに頷いた。
「最初は勢いで突っ込んでたけど、途中からちゃんと相手の動きを見てる。うんうん、成長してる成長してる!」
映像を少し巻き戻す。
白式が射撃を避け、ゼルトザーム・Aの巨大な右腕をすり抜けていく場面。
束はその動きを確認してから、別の映像へ切り替えた。
今度は、優紀がハイパーデストランスを操り、脚部ビームランチャーを交えて一夏の進路を制限している場面だった。
「でもでも、今日の主役はこっちかな?」
束の目が、興味深そうに細められる。
「ふぅん……。武装が多いだけじゃないんだねぇ。相手の進路を塞いで、動ける場所を減らして、そこから次の攻撃につなげてる……」
束は映像を止め、別角度の記録を表示した。
「それに、相手が対応してきたら、ちゃんと武装を変えてる。決められた戦術を繰り返すんじゃなくて、相手の動きに合わせて組み替えてるんだねぇ」
彼女は楽しそうに頬杖をついた。
「面白いなぁ。あの機体、外から見ただけじゃ分からないことがいっぱいありそう。えっと、名前は…士道優紀、ね…じゃあゆうくんだね♪」
もちろん、映像だけですべてが分かるわけではない。
機体の内部構造も、各武装の詳しい性能も、実際のデータがなければ判断できない。
それでも、操縦者の判断と機体の運用には、興味を惹かれるものがあった。
束は少し考え込んだ。
しかし、すぐに首を横に振る。
「んー、でも、まずは本人とお話ししてみたいな! いきなりちーちゃんに話したら、また怒られちゃうかもしれないし!」
束は端末を操作し、得意のハッキングで入手した連絡先を呼び出した。
「よーし! ゆうくんに電話してみよーっと!」
その声に、悪意はない。
『もしもし。士道です』
「こんばんはー! 士道優紀君!」
ただ、自分の知らないものを見つけた天才科学者の、純粋な好奇心があるだけだった。
◇
翌朝。
職員室で書類を確認していた織斑千冬は、目の前に立つ優紀を見て眉をひそめた。
「……士道。朝から何の用だ」
「少し報告しておきたいことがありまして」
「報告?」
「昨夜、非通知の電話がかかってきたんです」
千冬の手が止まった。
「非通知だと?」
「はい。相手は、篠ノ之束さんでした」
「…………何?」
室内の空気が、わずかに変わった。
千冬は書類を机に置き、優紀を真っ直ぐに見据える。
「詳しく話せ」
「昨日の試合を見て、俺のISと戦い方に興味を持ったそうです。機体の詳しい情報は話していませんし、向こうからも具体的な情報を求められたわけではありません」
「……機体の情報は、本当に何も話していないな?」
「はい。自分で調整している部分がある、とだけ答えました。構造や武装の詳細については話していません」
「よし」
千冬は短く頷いた。
「今後も、機体に関する情報は不用意に話すな。相手が束でも同じだ。何かあれば、必ず私に報告しろ」
「分かりました」
「それで、束はほかに何か言っていたか?」
「ええと……」
優紀は少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。
「俺のことを『ゆうくん』と呼んでいました」
「…………」
千冬の表情が、目に見えて険しくなった。
「……あいつは…!」
「え?」
千冬は額に手を当てた。
「いや、すまない。なんでもない。それにしても昔から何も変わっていないな、あの馬鹿は……」
「えっと……あの、織斑先生?」
「気にするな。お前に非はない」
千冬は深く息を吐き、改めて優紀を見る。
「束が興味を持った以上、今後も連絡が来る可能性はある。相手のペースに巻き込まれるな。必要以上に情報を与えず、対応に困ったら私に相談しろ」
「はい。気をつけます」
「よし。報告は以上だな?」
「はい。以上です」
「なら、教室へ行け。遅刻するなよ」
「分かりました。失礼します」
優紀が職員室を出ていく。
その背中を見送りながら、千冬は再び額に手を当てた。
「……まったく。今度は士道にまでちょっかいを出し始めたか」
窓の外には、いつもと変わらない学園の景色が広がっている。
だが、その裏側では、確実に何かが動き始めていた。
優紀はまだ知らない。
昨日の試合が、篠ノ之束の興味を引いただけではないことを。
そして、彼自身が思っている以上に、この世界の未来は変わり始めているのだった。