理不尽な世界に反逆を   作:スズきょろ

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第7話 夕暮れの決闘と、狐のいたずら

 

 

 夕暮れの光が、IS学園のアリーナを赤く染めていた。

 

 模擬戦用フィールドの中央では、二機のISが対峙している。

 

 一機は、白を基調とした第三世代型IS――白式。

 

 そして、もう一機は、濃紺と黒を基調とした異形の重武装IS――ガンダムゼルトザーム・A(アヴェンジャー)。

 

 操縦者は、織斑一夏と士道優紀。

 

 セシリア・オルコットとの代表候補戦を終えた優紀は、続けて一夏との模擬戦に臨んでいた。

 

 両者ともにシールドエネルギーを補給し、万全の状態での開始となる。

 

『代表候補戦、開始!』

 

 合図と同時に、一夏が動いた。

 

 白式が地面を蹴り、一直線に距離を詰めてくる。

 

 速い。

 

 白い機体が夕暮れの光を反射しながら、瞬く間に間合いを縮めていく。手に握られているのは、近接戦闘用の刀剣――雪片弐型。

 

 俺は機体を後退させながら、フォールディングデストランチャーを展開した。

 

「まずは、これでどうだ!」

 

 重火器から放たれた射撃が、一夏の進路を塞ぐように飛んでいく。

 

 だが、一夏は正面から受けようとはしなかった。

 

 機体を左右へ振り、射線の隙間を縫うように回避してくる。

 

 先ほどのセシリアとの戦いを見ていたからか、俺が射撃で接近を阻むことは予想していたらしい。

 

「やっぱり、簡単には近づかせてくれないか!」

 

「当然だろ、一夏!」

 

 俺は脚部ビームランチャーも交えて牽制を続ける。

 

 大型兵装を構えながらでも射撃手段を確保できるのは、ゼルトザーム・A(アベンジャー)の強みだ。相手が距離を詰めようとするなら、その進路に攻撃を置いておけばいい。

 

 ただし、弾幕だけで相手を止められるとは思っていない。

 

 一夏は射線を読み、回避のタイミングを少しずつ変えている。

 

 このまま撃ち続ければ、いずれ接近される。

 

 ならば――。

 

「来い、一夏!」

 

 俺はあえて射撃の間隔を広げた。

 

 一夏はその変化を見逃さなかった。

 

「そこだ!」

 

 白式が一気に加速する。

 

 雪片弐型が振り下ろされた。

 

 俺はゼルトザームアルムを前へ突き出し、その一撃を受け止める。

 

 鈍い衝撃が機体を揺らした。

 

「っ……!」

 

 巨大な右腕が雪片弐型の刃を押し返そうとする。だが、一夏は力比べには付き合わず、刀身を滑らせるようにして体勢を崩そうとしてきた。

 

 単純に重さで押さえ込むだけでは、捌かれる。

 

 俺は機体を半歩ずらし、ハイパーデストランスを振るった。

 

 一夏は即座に後退する。

 

 槍の先端が白式の装甲をかすめ、空を切った。

 

「うわっ、危なっ!」

 

「まだ終わりじゃないぞ!」

 

 ハイパーデストランスの内蔵ビームバルカンが火を噴く。

 

 近距離からの連射。

 

 一夏は身をひねって射線を外しながら、再び俺の懐へ飛び込もうとする。

 

 だが、俺はゼルトザームアルムを使って進路を塞いだ。

 

 巨大な右腕が、白式の進む先を覆い隠す。

 

 ただ攻撃するだけではない。

 

 腕の長さと槍の間合いを組み合わせ、相手が動ける空間そのものを制限する。

 

 一夏は一度、後退を余儀なくされた。

 

「なるほど……。その大きな腕、攻撃だけじゃなくて、俺の動きを制限するためにも使ってるのか!」

 

「気づいたか」

 

「でも、それなら!」

 

 一夏が再び踏み込んだ。

 

 今度はゼルトザームアルムの正面を避け、巨大な右腕が動く直前に懐へ潜り込んでくる。

 

 俺はすぐにハイパーデストランスを引き戻そうとしたが、一瞬だけ遅れた。

 

 雪片弐型が振るわれる。

 

 俺は機体をひねって直撃を避けたものの、刃が装甲をかすめ、シールドエネルギーが減少した。

 

「今のは危なかったな……!」

 

「よしっ!」

 

 一夏の顔に笑みが浮かぶ。

 

 最初の突撃とは違う。

 

 こちらの武装のリーチと、攻撃の後に生じる隙を見極め始めている。

 

 俺もまた、一夏の踏み込み方を観察していた。

 

 攻撃に移る瞬間、ほんのわずかに重心が前へ傾く。

 

 そこを狙えば、迎撃できる。

 

 だが、一夏も同じ動きを繰り返すほど単純ではなかった。

 

 今度は、踏み込むと見せかけて急停止する。

 

 俺が迎撃のために武装を動かした瞬間、白式は軌道を変え、別の角度から接近してきた。

 

「なっ……!」

 

 雪片弐型が再び迫る。

 

 俺はゼルトザームアルムを引き戻し、間一髪で刃を受け止めた。

 

 火花が散る。

 

「ははっ! さっきの動き、覚えたぞ!」

 

「……いいね、一夏。そう来なくちゃな!」

 

 俺は思わず笑った。

 

 相手がこちらの手を覚えるなら、こちらもその先を考える。

 

 俺はハイパーデストランスを大きく振りかぶった。

 

 一夏が即座に後退する。

 

 その判断は正しい。

 

 大型の槍による攻撃は、正面から受けるには危険すぎる。

 

 だが――。

 

「そっちは囮だ!」

 

 俺は槍を振り切る直前に軌道を変え、脚部ビームランチャーで牽制射撃を放った。

 

 一夏は回避する。

 

 しかし、避けた先には、あらかじめ向きを調整していたゼルトザームアルムが待ち構えていた。

 

 巨大な腕が白式の進路を塞ぐ。

 

 続けて、ハイパーデストランスが突き出された。

 

「しまっ――!」

 

 一夏は雪片弐型で槍を受け流した。

 

 完全には避けきれず、白式のシールドエネルギーが削られる。

 

 それでも、一夏は倒れない。

 

 むしろ、その目に宿る闘志が強くなったように見えた。

 

「だったら、こっちも切り札を使う!」

 

 白式の雪片弐型が変形する。

 

 刀身に、通常の刃とは異なるエネルギーの輝きが生まれた。

 

 その瞬間、俺の表情から笑みが消える。

 

「……零落白夜か!」

 

「そうだ!」

 

 白式の単一仕様能力。

 

 対象のエネルギーを消滅させる、対IS戦における強力な切り札。

 

 エネルギー兵器による攻撃を無効化し、シールドバリアーを斬り裂いて、機体のシールドエネルギーそのものに干渉する。

 

 ただし、発動する一夏自身もシールドエネルギーを消費する。

 

 強力だからこそ、使い続ければ自らの首を絞めることにもなる能力だ。

 

 俺は射撃を続けようとしていた手を止めた。

 

 この状態の白式に、エネルギー攻撃を正面から浴びせ続けるのは得策ではない。

 

「なら、無理に押し切る必要はないな……!」

 

 俺は機体を横へ滑らせ、零落白夜の間合いから外れる。

 

 一夏が追いかけてくる。

 

 雪片弐型の刃が振るわれた。

 

 俺はハイパーデストランスを盾のように構え、刃を受けるのではなく、攻撃の軌道を逸らす。

 

 零落白夜の刃が槍の表面をかすめた。

 

 直撃は避けた。

 

 だが、ほんのわずかな接触でも油断はできない。

 

 俺はすぐに距離を取り、ゼルトザームアルムを使って一夏の進路を遮る。

 

「逃がさないぞ、士道!」

 

「捕まるわけにはいかないんでね!」

 

 白式が踏み込む。

 

 俺は後退しながら射撃を織り交ぜ、接近のタイミングをずらす。

 

 一夏は攻撃を避けるたびに、少しずつこちらの動きを学んでいく。

 

 こちらが射撃を止める瞬間。

 

 大型兵装を振るった後の隙。

 

 異形の右腕が次の動作に移るまでの、わずかな時間。

 

 そのすべてを見て、次の一撃を狙っている。

 

 ――やっぱり、ただの突撃型じゃない。

 

 最初は勢いに任せて距離を詰めていた一夏が、今は俺の攻撃を誘うように動いている。

 

 俺が攻撃を仕掛ければ、そこを避けて反撃する。

 

 こちらが待ち構えれば、無理に踏み込まずにタイミングをうかがう。

 

 試合の中で、戦い方そのものを変えてきているのだ。

 

 だからこそ、こちらも同じ手を使い続けるわけにはいかない。

 

「……なら、次はこれだ!」

 

 俺は大型兵装を収納し、近接用のビームサーベルをシールドバインダーから抜いた。

 

 一夏が一瞬、目を見開く。

 

「武装を変えた……!?」

 

「大型兵装だけが俺の武器じゃないぞ!」

 

 俺は機体を加速させた。

 

 先ほどまでとは違う間合い。

 

 ハイパーデストランスの長いリーチを警戒していた一夏に対し、今度は小回りの利く近接攻撃を仕掛ける。

 

 ビームサーベルが雪片弐型と交差した。

 

 火花が散る。

 

 一撃、二撃。

 

 互いに攻撃を受け流し、隙を狙う。

 

 零落白夜を発動している一夏は、こちらの攻撃を受けることを避けなければならない。

 

 だが、こちらも一夏の刃に触れれば危険だ。

 

 攻撃を仕掛けるたび、互いに一瞬の判断を迫られる。

 

 俺はサーベルを振るうと見せかけて手を止め、反対側のサーベルで攻撃を仕掛けた。

 

 一夏は身をひねって回避する。

 

 それでも刃先が白式の装甲をかすめ、シールドエネルギーが減少した。

 

「くっ……!」

 

「今のも避けるのか!」

 

「なんとなくだ! こっちに来る気がした!」

 

「また勘かよ!」

 

「悪いか!」

 

「いや、厄介だな!」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 

 理屈だけで動く相手なら、ある程度は行動を予測できる。

 

 だが、一夏は時折、本人の説明すら追いつかない直感で動く。

 

 それが今は、戦術を組み立てるうえでの不確定要素になっていた。

 

     * * *

 

 観客席から、箒の声が聞こえる。

 

「一夏は、優紀の動きに慣れ始めている……!」

 

 セシリアも真剣な表情で頷いた。

 

「ええ。優紀さんは武装を切り替えて対応していますが、一夏さんもその都度、攻撃の仕方を変えていますわ」

 

 その隣で、本音は両手を握りしめていた。

 

「ユウユウ、頑張れ~! おりむーも頑張れ~!」

 

 どちらか一方だけを応援するのではなく、二人とも全力で戦っていることが嬉しいらしい。

 

 そして、俺たちの戦いは終盤へと差しかかっていた。

 

     * * *

 

 シールドエネルギーは、双方ともに減少している。

 

 零落白夜を使い続けている一夏も、決して余裕があるわけではないはずだ。

 

 俺の機体も、大型兵装の展開と武装の切り替えによってエネルギーを消費している。

 

 このまま戦い続ければ、どちらかが決定的な一撃を受ける可能性が高い。

 

「一夏!」

 

「分かってる!」

 

 互いに距離を取り、最後の攻防に備える。

 

 一夏が雪片弐型を構え直した。

 

 零落白夜の輝きが、夕暮れのアリーナに白い光を放つ。

 

 俺はハイパーデストランスを握り直し、ゼルトザームアルムを前へ構えた。

 

 大型の槍による突破力と、異形の右腕のリーチ。

 

 それらを組み合わせ、最後の一撃を狙う。

 

 一夏は正面から迫ってくる。

 

 俺は迎撃のために槍を突き出した。

 

 だが、一夏は直前で軌道を変え、零落白夜の刃を振るう。

 

 俺はゼルトザームアルムで進路を塞ぎながら、機体をひねった。

 

 槍と刃が交差する。

 

 次の瞬間、互いの攻撃が届く寸前で――。

 

『試合終了! 制限時間により、模擬戦は引き分けです!』

 

 アナウンスが響いた。

 

 俺たちは、動きを止めた。

 

「……はぁっ。間に合わなかったか」

 

 一夏が息を吐く。

 

「危なかったな。あと少し続いていたら、どうなっていたか分からない」

 

「俺もだよ。最後、完全に読まれたと思ったのに……」

 

「最後は一夏の直感に助けられたな。あの軌道変更は予想より早かった」

 

「直感って……そんな大層なもんじゃないぞ」

 

「戦闘中に働く勘も、立派な武器だよ」

 

 俺がそう言うと、一夏は少し照れくさそうに笑った。

 

「……そう言われると、悪い気はしないな」

 

 試合が終わり、俺たちはデッキへと戻った。

 

 箒が近づいてくるなり、一夏に向かって口を開く。

 

「一夏。最後の攻めは悪くなかった。だが、あそこで踏み込みを急ぎすぎだ。優紀に進路を読まれていたら、反撃を受けていたぞ」

 

「うっ……やっぱりか」

 

「ただ、途中からの対応は見事だった。最初と同じ攻め方を続けなかったのは正解だ」

 

 箒の言葉に、一夏は真剣な顔で頷く。

 

「分かった。次はそこも意識する」

 

 その横から、本音がひょこっと顔を出した。

 

「ユウユウ~」

 

「ん? どうした、のほほんさん」

 

「今日の試合、すっごく格好よかったよぉ~!」

 

「……見てたのか?」

 

「うんっ。最初から最後まで、ずーっと見てたよぉ」

 

 本音はにこにこしながら、俺の顔を見上げた。

 

「ユウユウがひゅんひゅん避けたり、急に武器を変えたり、おりむーの動きを読んだりねぇ。見てて楽しかったぁ」

 

「ひゅんひゅんって……」

 

「あとねぇ、最後のところ! 二人とも、あとちょっとで当たりそうだったでしょ~?」

 

「そうだな。時間切れにならなかったら、どうなっていたか分からない」

 

「むぅ~。決着が見たかったなぁ」

 

 本音は頬を膨らませた。

 

「でも、二人ともすごかったから、のほほんさんは満足なのです」

 

「それならよかったよ」

 

「うんっ。だからねぇ、帰ったらユウユウに、いっぱい感想を言ってあげるねぇ」

 

「今じゃ駄目なのか?」

 

「今だと、みんながいるからぁ」

 

 そう言って、本音はいたずらっぽく笑った。

 

「二人きりになってからのお楽しみ~」

 

「……なんだそれ」

 

 俺が苦笑すると、本音は満足そうに笑い先に戻っていった。

 

 少し離れた場所では、セシリアがこちらへ歩み寄ってきた。

 

「士道さん。一夏さん。お二人とも、素晴らしい試合でしたわ」

 

「ありがとう、セシリア」

 

「次は、わたくしも負けませんわよ」

 

「もちろん。次も全力で相手をするよ」

 

 優紀が答えると、セシリアは満足そうに微笑んだ。

 

 こうして、長い一日は夕暮れとともに幕を下ろした。

 

     ◇

 

 学生寮へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。

 

「ユウユウ、おかえり~」

 

 部屋の扉を開けるなり、のんびりとした声が出迎えてくれた。

 

「ただいま、のほほんさん」

 

「おかえり~ユウユウ~今日はお疲れ様ぁ~」

 

 本音はにこにこと笑いながら、優紀の顔を覗き込んだ。

 

「セシリアさんとの試合も、おりむーとの試合も、すっごかったねぇ。ユウユウってば、あんなにいっぱい武器を使えるんだね~」

 

「まあ、武器の使い分けも含めて、俺の戦い方だからね」

 

「でもでも、途中で武器を変えたり、相手の動きに合わせて距離を変えたり……見ていて飽きなかったよ~」

 

 本音は普段のふんわりした表情のまま、意外なほど具体的に試合を振り返った。

 

「特に、おりむーとの最後のところ! 二人とも、もう一歩で当たりそうだったのに、そこで時間切れになっちゃったでしょ?」

 

「ああ。俺も一夏も、最後の一撃に賭けていたからな」

 

「む~。あれ、どっちが勝つのか見たかったなぁ」

 

「俺だって、決着はつけたかったよ」

 

「じゃあ、次は勝ってね~。ユウユウの応援、してあげるから」

 

「それはありがたいけど……どっちを応援していたの?」

 

「もちろん、ユウユウだよ~?」

 

 即答だった。

 

「……本当かなぁ」

 

「本当だよ~。でも、おりむーも頑張ってたから、えらいえらいってしてあげたいねぇ」

 

「結局、両方応援してたんじゃないか」

 

「えへへ~」

 

 本音は悪びれもせずに笑った。

 

 優紀が荷物を置き、制服から着替えようとした、そのときだった。

 

「ところで、ユウユウ~」

 

「ん?」

 

「試合、頑張ったご褒美に、お菓子ちょうだい?」

 

「……なんで俺が?」

 

「だって、ユウユウが頑張ったんだもん。ご褒美が必要でしょ~?」

 

「ご褒美をもらうのは俺の方じゃないのか?」

 

「じゃあ、ユウユウにも半分あげるよ~」

 

「最初から半分こするつもりだっただろ、それ」

 

「ばれちゃった~」

 

 本音はくすくすと笑いながら、部屋の奥へと引っ込んだ。

 

 優紀はその後ろ姿を見送り、小さく息をつく。

 

 この調子なら、今日の疲れも少しは忘れられそうだった。

 

 ――そう思ったのも、束の間。

 

「ユウユウ~♪」

 

 背後から、ふわりと何かが抱きついてきた。

 

「うおっ!?」

 

 振り返ろうとした優紀の視界の端に、狐の耳が揺れる。

 

 そこにいたのは、狐の着ぐるみパジャマを着た本音だった。

 

「の、のほほんさん!?」

 

「えへへ~。捕まえた~」

 

 本音は優紀の背中に頬を寄せ、両腕を回したまま離れようとしない。

 

「ちょ、ちょっと! 何してるんだよ!」

 

「ん~? ユウユウが疲れてそうだったから、癒やしてあげようと思って~」

 

「その体勢で!?」

 

「うん~」

 

「絶対、面白がってるだけだろ!」

 

「ばれちゃった~」

 

 またしても即答だった。

 

 本音は狐の耳をぴこぴこと揺らしながら、優紀の顔を横から覗き込む。

 

「ねえねえ、ユウユウ。今日の試合、かっこよかったよ~」

 

「……それは、どうも」

 

「でも、帰ってきてからずっと難しい顔してるねぇ。反省会?」

 

「まあ、そんなところ。今日の戦闘を振り返っておきたいんだ」

 

「そっかぁ。真面目だねぇ」

 

 本音は少しだけ声を柔らかくした。

 

「でも、頑張りすぎないでね~。ユウユウが倒れちゃったら、私が困るから」

 

「……心配してくれてるの?」

 

「うん。だって、ルームメイトだもん」

 

 あまりにも自然な言葉だった。

 

 優紀は一瞬、返す言葉に迷った。

 

 そして、本音はその隙を逃さなかった。

 

「だから、お菓子~」

 

「結局そこに戻るのかよ!」

 

「えへへ~♪」

 

 優紀が肩を落とすと、本音は満足そうに笑い、ようやく腕を解いた。

 

「じゃあ、私はベッドに戻るね~。ユウユウ、夜更かししすぎちゃだめだよ~?」

 

「はいはい。のほほんさんも、ちゃんと寝るんだぞ」

 

「は~い」

 

 狐の着ぐるみを揺らしながら、本音は自分のベッドへ戻っていった。

 

 その後ろ姿を見送り、優紀は苦笑する。

 

 騒がしいけれど、悪くない。

 

 この何気ない時間があるからこそ、明日もまた頑張ろうと思えるのかもしれない。

 

     ◇

 

 消灯時間が近づいた頃。

 

 部屋の明かりを落としたあとも、優紀の机の上だけは小さなデスクライトに照らされていた。

 

 ノートパソコンの画面には、今日の試合で記録した戦闘データが並んでいる。

 

 セシリアとの戦闘。一夏との戦闘。

 

 武器の展開時間、射撃の命中率、回避行動にかかった時間、シールドエネルギーの推移。

 

 それらを順番に確認しながら、優紀はメモを取っていた。

 

「……やっぱり、エネルギー管理が課題だな」

 

 ゼルトザーム・A(アベンジャー)は重武装型のISだ。

 

 高い火力と豊富な武装を活かせる一方、状況に応じた武器の切り替えや、各装備の運用には相応の負担がかかる。

 

 ハイパーデストランスによる突破力は強力だが、間合いを詰めるまでの過程で無駄なエネルギーを使えば、決定打を放つ前に選択肢が狭まる。

 

 フォールディングデストランチャーによる中距離制圧も、撃ち続ければいいというものではない。

 

 相手の回避方向を制限し、次の攻撃につなげる。

 

 ゼルトザームアルムの長いリーチと握力を活かし、相手の動きを封じる。

 

 必要ならビームサーベルへ切り替え、機動性を重視した近接戦闘に移行する。

 

 武装の多さを、単なる火力の高さで終わらせないこと。

 

 それが、優紀の目指す戦い方だった。

 

「一夏の適応力も、想像以上だったな……」

 

 戦闘データを再生する。

 

 最初は射撃を警戒し、距離を詰めることを優先していた一夏。

 

 しかし、途中からは優紀の武器の切り替えを観察し、射線の外へ逃れるだけでなく、攻撃のタイミングそのものをずらしてきた。

 

 最後には、白式の《零落白夜》を活かした一撃で、優紀の防御を突破しようとしていた。

 

 あの能力を正面から受け止めるのは危険だ。

 

 エネルギーを消去し、シールドエネルギーに直接干渉する一撃。単純な防御や火力勝負で対処できるものではない。

 

 だからこそ、間合いとタイミングを管理し、直撃を避けながら反撃の機会を作る必要がある。

 

「次に戦うときは、もっと対策を練らないとな」

 

 優紀はメモに新たな項目を書き加えた。

 

 ――《零落白夜》への対処。

 

 ――接近戦におけるエネルギー消費の抑制。

 

 ――武器の切り替えを読まれた場合の対応。

 

 次々と課題が浮かんでくる。

 

 だが、それを嫌だとは思わなかった。

 

「追加の武装も必要、だな…」

 

 自分の機体を、自分の戦い方を、もっと強くできる。

 

 それは、優紀にとって何よりも大切なことだった。

 

 画面を見つめながら、ふと手が止まる。

 

「……それにしても」

 

 この世界は、原作の展開から少しずつ外れ始めている。

 

 自分がIS学園に入学したこと。

 

 自分というイレギュラーが専用機を持ち、一夏やセシリアと戦ったこと。

 

 そして何よりも、一夏の対応力。

 

 そして、彼らとの関係が、知っている物語とは違う形で築かれ始めていること。

 

 原作の知識は、あくまでも知識でしかない。

 

 目の前の人間は、物語の登場人物ではなく、それぞれの意思で動く人間なのだ。

 

「……これから先、どうなるんだろうな」

 

 小さく呟いた、そのときだった。

 

 枕元に置いていたスマートフォンが震えた。

 

「ん?」

 

 画面を確認する。

 

 着信。

 

 しかし、表示されているはずの発信者名がない。

 

 非通知だった。

 

「……こんな時間に?」

 

 優紀は少し警戒しながら、通話ボタンを押した。

 

「もしもし。士道です」

 

『こんばんはー! 士道優紀君!』

 

 やけに明るい声が、耳元から飛び込んできた。

 

「……どちら様ですか?」

 

『えー? いきなりそれ聞いちゃう? もっとこう、こんばんはー! とか、元気だったー? とかあるでしょー?』

 

「いや、非通知で電話をかけてきた相手に、まず名乗ってほしいんですけど……」

 

『あははっ! それもそうだねー!』

 

 妙に楽しそうな声だった。

 

 優紀は警戒を解かず、相手の言葉を待つ。

 

『じゃあ、改めまして! 私、篠ノ之束! 天才科学者の束さんだよー!』

 

「…………は?」

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 篠ノ之束。

 

 ISを生み出した天才科学者。

 

 世界の常識をひっくり返し、国家や組織すら振り回す、規格外の人物。

 

 原作知識の中で、何度も名前を見てきた存在だ。

 

 だが、そんな人物と自分には、本来何の接点もないはずだった。

 

「……篠ノ之、束さん?」

 

『そうそう! よくできましたー!』

 

「いや、えっと……どうして俺に?」

 

『ん~? ゆうくんに興味があったから!』

 

「……ゆうくん?」

 

『そ! 優紀君だから、ゆうくん! いいあだ名でしょー?』

 

「初対面であだ名が決まるんですか……?」

 

『もちろん! 束さんは気に入った人には、素敵なあだ名をつけるのです!』

 

 どうやら、そこに異論を挟む余地はないらしい。

 

 優紀はこめかみを押さえた。

 

 まさか、あの篠ノ之束から電話がかかってくるとは。

 

 しかも、初手から距離感がおかしい。

 

『それでねー、今日の試合を見たんだよ!』

 

「……試合?」

 

『セシリアちゃんとの試合と、いっくんとの試合! どっちも面白かったねー!』

 

 いっくん。

 

 その呼び方から、束が一夏のことも見ていたのだと分かった。

 

『いっくんも頑張ってるねぇ。うんうん、成長してる成長してる!』

 

「……それで、俺に何の用ですか?」

 

『おっと、そうだった!』

 

 電話の向こうで、束が何かを思いついたような声を上げる。

 

『ゆうくんのIS、面白いねー! 武装の使い分けもそうだけど、距離の取り方や攻撃のつなぎ方が独特でさ! 普通なら、あそこまで重い武装を使いながら、あんなふうに戦い方を変えるのは大変だと思うんだよねー!』

 

「……見て、いたんですね」

 

『うん! すっごく興味深かったよ!』

 

 無邪気な声だった。

 

 少なくとも、今の言葉から敵意は感じられない。

 

 しかし、相手はあの篠ノ之束だ。

 

 何を考えているのか、どこまで理解しているのか、簡単には判断できない。

 

「機体については、俺が自分で調整している部分もあります。詳しい構造については、お話しできませんが」

 

『あははっ! もちろん、今すぐ全部教えてなんて言わないよー!』

 

 束はあっさりと言った。

 

『ただ、どんな考えであの戦い方をしているのかなーって。そこが気になっただけ!』

 

「……戦い方、ですか」

 

『そうそう! 武器がいっぱいあるから全部使う、じゃなくて、相手の動きに合わせて必要なものを選んでるでしょ? ああいうの、束さん好きなんだよねー!』

 

 優紀は少しだけ目を細めた。

 

 映像から分かる範囲で興味を持ったのだろう。

 

 機体の秘密まで見抜かれたわけではない。

 

 だが、戦い方そのものに目をつけられたのは、少々厄介だった。

 

「……褒め言葉として受け取っておきます」

 

『うんうん、褒めてる褒めてる!』

 

「それで、用件はそれだけですか?」

 

『今のところはねー!』

 

 あまりにもあっさりした返事だった。

 

『今日は、ゆうくんがどんな子なのか気になって電話しただけ! いきなり機体を分解したり、研究所に連れていったりはしないから安心してねー!』

 

「……それ、安心していいんでしょうか」

 

『えー? ひどーい!』

 

 束は楽しそうに笑った。

 

 優紀は、深く息を吐く。

 

 この人は、本当に原作のままなのだろう。

 

 天才的な頭脳と、常人には理解しがたい行動力。そして、相手の警戒心をあっさり飛び越えてくるような距離感。

 

 知識として知っているのと、実際に会話するのとでは大違いだった。

 

『じゃあ、今日はこのへんで! またお話ししようね、ゆうくん!』

 

「……はい。また機会があれば」

 

『約束だよー! それじゃ、おやすみなさーい!』

 

 ぷつり、と通話が切れた。

 

「…………」

 

 優紀はしばらく、スマートフォンを見つめたまま動かなかった。

 

 着信履歴を確認する。

 

 発信者は、やはり非通知。

 

 こちらから連絡を取る手段はない。

 

「……なんだったんだ、今の」

 

 篠ノ之束。

 

 原作では重要人物であり、物語の根幹に関わる存在。

 

 そんな人物が、自分に興味を持った。

 

 それは、今後の展開に何らかの影響を与える可能性があるということだ。

 

「……本当に、原作通りにはいかないな」

 

 優紀はスマートフォンを机に置き、画面へ視線を戻した。

 

 だが、さっきまで集中していた戦闘データは、もう頭に入ってこなかった。

 

「取り敢えず、先生に報告はしておこう…」

 

     ◇

 

 時間は少し戻り。

 

 人里離れた研究施設の一室では、複数のモニターに今日の試合映像が映し出されていた。

 

 画面の前に座っているのは、白衣を羽織った一人の女性。

 

 篠ノ之束。

 

 ISを生み出した天才科学者その人である。

 

「ん~、いっくんも頑張ってるねぇ!」

 

 束は画面の中で白式を操る一夏を見て、満足そうに頷いた。

 

「最初は勢いで突っ込んでたけど、途中からちゃんと相手の動きを見てる。うんうん、成長してる成長してる!」

 

 映像を少し巻き戻す。

 

 白式が射撃を避け、ゼルトザーム・Aの巨大な右腕をすり抜けていく場面。

 

 束はその動きを確認してから、別の映像へ切り替えた。

 

 今度は、優紀がハイパーデストランスを操り、脚部ビームランチャーを交えて一夏の進路を制限している場面だった。

 

「でもでも、今日の主役はこっちかな?」

 

 束の目が、興味深そうに細められる。

 

「ふぅん……。武装が多いだけじゃないんだねぇ。相手の進路を塞いで、動ける場所を減らして、そこから次の攻撃につなげてる……」

 

 束は映像を止め、別角度の記録を表示した。

 

「それに、相手が対応してきたら、ちゃんと武装を変えてる。決められた戦術を繰り返すんじゃなくて、相手の動きに合わせて組み替えてるんだねぇ」

 

 彼女は楽しそうに頬杖をついた。

 

「面白いなぁ。あの機体、外から見ただけじゃ分からないことがいっぱいありそう。えっと、名前は…士道優紀、ね…じゃあゆうくんだね♪」

 

 もちろん、映像だけですべてが分かるわけではない。

 

 機体の内部構造も、各武装の詳しい性能も、実際のデータがなければ判断できない。

 

 それでも、操縦者の判断と機体の運用には、興味を惹かれるものがあった。

 

 束は少し考え込んだ。

 

 しかし、すぐに首を横に振る。

 

「んー、でも、まずは本人とお話ししてみたいな! いきなりちーちゃんに話したら、また怒られちゃうかもしれないし!」

 

 束は端末を操作し、得意のハッキングで入手した連絡先を呼び出した。

 

「よーし! ゆうくんに電話してみよーっと!」

 

 その声に、悪意はない。

 

『もしもし。士道です』

 

「こんばんはー! 士道優紀君!」

 

 ただ、自分の知らないものを見つけた天才科学者の、純粋な好奇心があるだけだった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 職員室で書類を確認していた織斑千冬は、目の前に立つ優紀を見て眉をひそめた。

 

「……士道。朝から何の用だ」

 

「少し報告しておきたいことがありまして」

 

「報告?」

 

「昨夜、非通知の電話がかかってきたんです」

 

 千冬の手が止まった。

 

「非通知だと?」

 

「はい。相手は、篠ノ之束さんでした」

 

「…………何?」

 

 室内の空気が、わずかに変わった。

 

 千冬は書類を机に置き、優紀を真っ直ぐに見据える。

 

「詳しく話せ」

 

「昨日の試合を見て、俺のISと戦い方に興味を持ったそうです。機体の詳しい情報は話していませんし、向こうからも具体的な情報を求められたわけではありません」

 

「……機体の情報は、本当に何も話していないな?」

 

「はい。自分で調整している部分がある、とだけ答えました。構造や武装の詳細については話していません」

 

「よし」

 

 千冬は短く頷いた。

 

「今後も、機体に関する情報は不用意に話すな。相手が束でも同じだ。何かあれば、必ず私に報告しろ」

 

「分かりました」

 

「それで、束はほかに何か言っていたか?」

 

「ええと……」

 

 優紀は少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。

 

「俺のことを『ゆうくん』と呼んでいました」

 

「…………」

 

 千冬の表情が、目に見えて険しくなった。

 

「……あいつは…!」

 

「え?」

 

 千冬は額に手を当てた。

 

「いや、すまない。なんでもない。それにしても昔から何も変わっていないな、あの馬鹿は……」

 

「えっと……あの、織斑先生?」

 

「気にするな。お前に非はない」

 

 千冬は深く息を吐き、改めて優紀を見る。

 

「束が興味を持った以上、今後も連絡が来る可能性はある。相手のペースに巻き込まれるな。必要以上に情報を与えず、対応に困ったら私に相談しろ」

 

「はい。気をつけます」

 

「よし。報告は以上だな?」

 

「はい。以上です」

 

「なら、教室へ行け。遅刻するなよ」

 

「分かりました。失礼します」

 

 優紀が職員室を出ていく。

 

 その背中を見送りながら、千冬は再び額に手を当てた。

 

「……まったく。今度は士道にまでちょっかいを出し始めたか」

 

 窓の外には、いつもと変わらない学園の景色が広がっている。

 

 だが、その裏側では、確実に何かが動き始めていた。

 

 優紀はまだ知らない。

 

 昨日の試合が、篠ノ之束の興味を引いただけではないことを。

 

 そして、彼自身が思っている以上に、この世界の未来は変わり始めているのだった。

 

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