ムリ叔父妄想アフター 作:ゆずぽん
ベッドの上。一人の老人が横たわっている。
彼は騎士だった。己の領地を守り抜き、崇高たる理念と、決然とした吟持をもって騎士たらんとした、『本物の騎士』。
その輝きは、褪せることはないはずだ。過去の偉業は余人がどう言いつくろうと、その価値は変わらない。
けれど、色褪せぬ偉業に相反するように、押し寄せる年波は老人を確実に蝕んでいく。仕方ないことだ。どれだけ腕が立っても、月日の流れには逆らえない。
己の力のみでリターニア貴族の野望を打ち砕いたもの。ウルサスの侵攻を己が才覚によって守り抜いたもの。そして、最年少チャンピオン『耀騎士』―――。
そのすべてが、押し寄せる波の流れに、砂上の楼閣となって消えていった。ただ、目もくらむような輝きだけを残して。海の底に、なにも見いだせやしないというのに。
しわがれた老人の声が言う。最期まで騎士たらんとした男の声が。
『いいか、ムリナール。―――騎士とは、あまねく大地を照らす、光そのものなのだ』
私には、それがどうしても、わからない―――。
目が覚める。覚めてから、自分が寝ていたことを自覚する。最近はそういうことばかりだ。どうにも疲れが抜けきらない。ソファで寝たりせずに、自室のベッドで寝ればいいとわかっているのに、どうしてもあの堅いソファでしか寝れない。……原因はわかっている。いつ上司からの電話が来るかわからないから、熟睡してしまうベッドには横にはなれない。それがまた新たなミスを誘発すると分かっていても。
「寝るのが怖いなどと―――!!」
自らを嘲る言葉は形にならなかった。
おかしい。何故私はベッドに寝ている?常ならば軋む体に鞭打って起きるというのに、いつもより体が軽い。それに、知らない天井だ。
消毒液の匂いと、清潔なシーツの手触り。
思い出す間もなく、記憶がよみがえってくる。
『剣を抜け、マーガレット』
『もしお前が頑として考えを変えないのであれば、「諦める」ということを改めて教えてやるしかない。私の剣に倒れる方が、無甲盟の影の刃で死ぬよりはましだろう』
『……叔父さんが、そう望むのであれば』
そうか。
「……私は、負けたのか」
呟く。敗北の事実は、意外なほど簡単に受け止められた。当然だ。手合わせしてすぐにわかる、隔絶した強さ。少し見ない間に、姪は末恐ろしくなるほど成長していた。
……けれど、それは今のカジミーシュには関係ない。人民は変わらない。合理性を突き詰めた社会の波は、あの輝きもきっと飲み込んでしまう。
……せいぜい、祈ることしかできない。
それよりも。
それよりも、だ。
「いったい私はどれくらい寝込んでいた?会社に連絡を入れなければ。無断欠勤になってしまう。今からでは遅いかもしれないが、早く謝罪と説明をしなければ―――!!」
どこだ。簡素な病院服にはポケットは見当たらない。ならばサイドテーブルか。
ベッドサイドから滑るように降りる。裸足にスリッパ、病院服で腕に点滴の管を下げたままあちこちをうろつきまわる。
「……ない。どこにもないぞ」
見つからない。ベッド脇のテーブル、備え付けのクローゼット、テレビ棚の中。そこそこ広い個室を歩き回って手に入れたのは、探し物がどこにもないという結果のみ。
この部屋にはない、と結論づける。
ならば、外を探しに行くしかあるまい。
点滴スタンドを押しながら病室から出る。幸いにも、病室を出てすぐ看護婦を見つけられた。からころ、となる点滴スタンドの音に気付いたのか、相手方もこちらを振り返る。
肌の白い、若いクランタの娘だった。
「すまない、携帯電話を探しているんだが……」
「……あぁ!!ダメですよ安静にしてなきゃ」
病室の中に押し戻される。柔らかく押してくる腕に逆らえず、ベッドの上へと逆戻り。
「今お医者様をお呼びしますから、しばらくお待ちください」
「携帯電話は……」
「お医者様と一緒にお持ちいたします」
ですので、絶対に安静にしてお待ちください、と念を押される。
「ああ、わかった」
「はい、では私は……」
「ちょっと待ってくれ」
自分を優しくベッドに寝かせた腕を、追いすがるようにして掴む。華奢な腕。けれど、押されたときの感触で分かっている。
手のひらを上に。小指の内側、硬く実った『人斬り
それは、間違いなく剣を、武術を修めたものであることを雄弁に語っていた。
「貴様、何者だ……?」
誰何は病室に静かに響く。
息も憚れるような静寂の中、鮮血のような瞳がこちらを見下ろしていた。