まだ本題にも入っていないのですが、たくさんの評価と感想ありがとうございます。また、誤字報告も本当に助かります。
感想等に反応できず申し訳ないです。時間ができましたら一括でお返しいたしますのでお待ちいただけると幸いです。
この度ハーメルンで初めて整形というものを使いました。読みやすくなっていれば幸いです。
「いやぁ助かったよ。流石だね、君は。本当に僕と同い年は思えないよ」
「問題ないさ。最初は俺も大変だったよ」
目の前でぱたんと手帳が閉じられる。
彼はルドルフの一つ下の学年、つまるところ今年の新入生であるエアグルーヴというウマ娘のトレーナーだ。このエアグルーヴというウマ娘は今年の夏から生徒会、しかも副会長になった。
「うん。やっぱり大変だね。生徒会の活動とトレーニングを両立させるというのは。メニューや予定を考えるだけでも頭がパンクしそうだよ」
「そうだな。だがもっと大変なのはそれをこなすウマ娘自身だろう。彼女達が努力しているのだからトレーナーである俺たちもこれくらいはしなくては」
ということで、彼女の専属トレーナーである彼も一年半前の自分と同じように生徒会の活動をしながらレースに勝てるような育成メニューを考える必要が生まれた。
新人である彼には流石に難しかったらしく、今年の9月ごろに似たような境遇にある自分に相談をしにきたわけだ。それから年が同じということもあり、よく話す間柄となった。
「改めて君の凄さを実感するよ。こんなことを一年半も続けているんだろう? …しかも、メイクデビューは大差で、サウジアラビアRCは4バ身。内容も完璧ってことだ」
「ルドルフが強いからだよ」
彼女のトレーナーになって一年半ほど経つが、共に過ごせば過ごすほどルドルフは天才だと、分かる。彼女は一を聞いて十を知る、海綿が水を吸うようなとか、そんなありふれた言葉で表現できるようなものではない。
それでいてその才能に驕ることなど決してなく、日々努力を欠かさない。なんて素晴らしいのだろうか。
しかもだぞ? 彼女は不平不満を言うことなく、従ってくれるのだ! 俺を信頼して!
なんだ? 最高かシンボリルドルフ? 最高だったわ。幸せだな、俺。
「……どうしたんだい?」
「……いや、なんでもない」
話がずれた。
つまり、だ。そんな素晴らしい娘を担当に持っているのだ。”生徒会で忙しいから”如きの理由でこれくらいの結果も残せないようではトレーナーとして彼女に微塵も釣り合わない。
「今度、ご飯でもおごらせてくれないかい? いつも世話になっているし」
「要らんよ。たいした事じゃない。そもそもこれも俺の仕事の一部だ」
「そういわないでさ、この忙しい時期にわざわざ付き合ってくれたんだ。……もう少しだろ、ホープフルステークス」
次に挑む……いや獲るのはホープフルステークス。
ジュニア王者を決める今年最後にしてルドルフにとっては最初のG1。
そう、G1だ。当然出てくるウマ娘たちのレベルも格段に上がるだろう。それに皆ルドルフを超えようと、この世代の顔は私だと燃えているはずだ。徹底的にマークされることも考えられる。
それでも―
「全く問題ない」
「断言するのかい?」
「断言するさ」
負けるわけがないだろう。
彼女のトレーナーになってからトレーニングはほぼ完璧だ。ルドルフのおかげで理想に近い形で行なえた。
調子も絶好調といっていい。他のウマ娘達がどれだけ調子を上げてこようが関係ない。
距離は2000。得意な距離だ。サウジアラビアと違って十分に実力を発揮できる。
そして、なにより
「彼女はシンボリルドルフだからな」
「……全く。羨ましいよ」
本当に。
その言葉を自信をもって言えることが、本当に羨ましい。
僕にも同じことが出来るだろうか? 来年、彼と同じ立場にたって、エアグルーヴなら絶対に勝てると断言できるだろうか?
…… 無理だ。少なくとも、今のままでは。
エアグルーヴのせいじゃない。
寧ろ彼女はシンボリルドルフさんにも劣らない素晴らしいウマ娘だ。彼女のトレーナーになれた時は本当に嬉しかったし、今だって誇りに思っている。
僕だ。
僕が、僕自身が自分の作るトレーニングに自信を持てていない。エアグルーヴの理想になれていない。
彼女自身から別の提案や質問を受けては頭を悩ませることも少なくない。
……彼らにはそんなことはないんだろうな。
あの2人の在り方はまさに「理想」だから。
「ふと思ったんだが、君たちの間で意見が割れたりすることとかってあるのかい? いや、あるわけ……」
「あるぞ」
「え?」
「そしてそのことについて……」
「今から語り合わねばな、トレーナー君」
「ルドルフさん!?」
いつの間に来ていたのか、生徒会長シンボリルドルフと、状況が分からないと言う顔をしたエアグルーヴが後ろに立っていた。
「お疲れさまです会長。こちらで最後になります」
「ああ、ありがとう。……なんだ。殆ど完成しているじゃないか」
「はい。少しばかり私が手を加えておきました」
「助かるよエアグルーヴ」
エアグルーヴ。彼女は今年の夏に生徒会副会長に立候補し、現在私の右腕として活躍してくれているウマ娘だ。彼女はあらゆるウマ娘の理想を体現しその指標となる女帝となることを目標に掲げており、日々力戦奮闘している。
志が近いウマ娘が同じ生徒会に入ってきてくれたことは非常に喜ばしいことだ。
「……申し訳ありません」
「ん? 何のことだい?」
「会長はもうすぐホープフルステークスが控えております。本来ならば、お手を煩わせるわけには……」
「仕方がないよエアグルーヴ。現在生徒会は入れ替わりの時期らしいからね。人手が不足するのは仕方がない」
「しかし……」
本当に真面目な娘だと思う。
私としてはまだ1年である彼女に負担をかけてしまっている事の方が心配なのだが。
「ふふ、本当に大丈夫だよ、エアグルーヴ。私のトレーナー君が良いといっていたからね。何も心配することはないよ」
「……会長のトレーナー、ですか」
「うん。私は彼を心から信頼しているからね」
本当に、時が経てば経つほど私は恵まれていると実感する。
相変わらず出されるメニューは完璧だ。
日々の練習で不足を感じることもオーバーワークを感じることもない。まさにベストと言える負荷のトレーニングを課してくれる。
それどころか生徒会長となり時間が取りにくくなってからは対面しなくても良いようにと、トレーニング内容や私の調子、出場レース等を詳しく書いたノートを作って渡してくれるようになった。……トレーナー君だって、忙しいに決まっているのに。
私としては出来れば彼とは実際に会って話したいのだが。
体の調子だって、彼がトレーナーになってからは不調と呼べる日はないと言っていい。なにか調子を崩しかけた時、例えば少々頭痛がした時などは私がそう伝えた訳でもないというのに生徒会の仕事を手助けして負担を減らしてくれる。
トレーナーとウマ娘という関係を抜きにして、彼個人としても私は彼と相性が良い……と思う。
共に映画を見て内容について批評したこと。
喫茶店でたわいもない話をしたこと。
あぁ、神社で御籤も引いたな。
その全てが、私にとっては非常に充実したものだった。
「やはり理想的、ですね。羨ましくすら感じます」
「おや? 君のトレーナー君もなかなか優秀だと私は思うが?」
「いいえ、まだまだです。1人で予定も組めないような男を優秀とは言えないでしょう。それにアドバイスも遅い。内容は良いのだからもっと自信を持って言えばいいものを。加えて……」
このようにエアグルーヴは彼女のトレーナーに対して非常に厳しい。だが、それは彼女の期待の裏返しだろう。何せ、彼女も私と同じようになかなかトレーナーが決まらなかった。いや、正確には決まってもすぐに彼女の方から解消してしまうのだ。
しかし今のエアグルーヴのトレーナーに変わってからはそんな気配は一切しない。
「だが、気に入っているのだろう?」
「………はい」
「ふふ、ならば良いのではないか?」
「……しかし、会長はトレーナーとの間にわだかまりや意見の相違など存在しないでしょう。我々もそのような関係を目指すべきだと……」
ふむ、エアグルーヴから見ると私とトレーナー君の意見が食い違うことなどないと思われているらしい。
「いいや、そんな事はないさ。私と彼とて意見の相違で衝突することがない訳では無い。勿論、稀にではあるが」
「……本当ですか?」
「ああ。そして私とトレーナー君は現在まさに、あることで対立している」
そう。如何に敬愛する私のトレーナー君といえども私とてコレは譲れない。
「そして。その事について今から話し合う予定なんだ。丁度生徒会の仕事も終わった。…エアグルーヴ、君もついてくるといい」
「…え? 宜しいので…」
「ああ。君にとってもきっと有意義な時間になる筈だ」
「……私にとっても有意義?」
立ち上がり、少し困惑している様子のエアグルーヴを連れて彼の部屋へと向かう。
さぁトレーナー君。
「あぁ、来たかルドルフ。時間ピッタリだ」
「当然だよ。コレばかりは私も譲れないからね。しっかりと議論する必要があるだろう?」
机を挟んで向かい合う2人は異様な雰囲気を出していた。
……重い。ただ隣で立っているだけの僕でさえ
強くそう感じる。エアグルーヴも同じようで、これはどういう事情だと言う様な目線を僕に向けていくるが僕の方だって知りたい。
暫くして、2人が同時に取り出したのは──―
「「は?」」
Tシャツだ。
ルドルフさんが取り出したものには”ニューヨークで入浴”
彼女のトレーナーが取り出したものには”ワンダフルなワンちゃん”
……とそれぞれ文字と対応した絵が描かれたTシャツが机の上に、置かれた。
「やはり、良いセンスだな……ルドルフ」
「それは此方のセリフだよ、トレーナー君」
「……」
「……」
「しかし、しかしだルドルフよ。俺の選んだTシャツをもう一度見てくれ。これはシャレの内容だけでは無い。見ろ! この可愛らしい犬のイラストを! お前が着ればきっと似合うぞ!」
「確かにそのワンダフルな……ふふ、ワンちゃんは非常にユーモアに富んでいるし、とても可愛らしい。
だが、トレーナー君。1度復唱してみると良い。ニューヨークで入浴……これ程美しいの語呂が他にあるだろうか? そのワンちゃんも非常に捨てがたいが、わたしはやはり此方のTシャツを勧めさせてもらおう」
「……」
「……」
「ハッ?」
危ない。驚きのあまりに思考と体の両方が固まってしまっていたようだ。
希少な体験をした。
でもこんなことでしたくなかった。
「……エアグルーヴ? だいじょ……!?」
エアグルーヴに僕は振り向き、声をかけようとして……かけられなかった。
怒り? 驚き? 悲しみ? 違うな、そもそも感情というものが、生気というものが感じられない。
──ー虚無か。
え、いや、ホントに大丈夫かなエアグルーヴ? 僕、君のトレーナーとしてもう半年以上経つけどそんな顔見たことないよ?
「いや、ルドルフやはり──―」
「トレーナー君の言い分も分かるが──―」
「……ちょっといいかい?」
「どうした? 今良いところなんだが」
「これ何の話なんだい?」
流石に訳が分からなすぎて、2人の会話を無理やり止めて質問を入れた。
このままだと確実に置いていかれる。いや、もう既に置いていかれているかもしれないけれど。
「あぁ、実はな。少し前にルドルフと2人で買い物に行ったんだが、その時に素晴らしいTシャツ専門店に寄ったんだ」
「……それで?」
「うん。その際に折角だからトレーナー君と私でこの店で1番良いTシャツを揃いで購入しようということになったのだが……」
「意見が割れちゃったのかい?」
「「その通り」」
「……」
「……」
なんてこった。
いや、知っていた。彼が、ルドルフさんのトレーナーが実はダジャレを好んでいるのは。
彼が昼食を食べながら「ウマ娘手作りのうまい弁当か……ふ」とか真面目な顔で呟いているのを初めて聞いた時はホントに自分の耳を疑ったけれど、彼の名誉の為に黙っていた。特にルドルフさんが聞いたらビックリしてしまうと思って。
でもまさか、そのルドルフさんも同類だとは想像出来ないだろう?
やめてほしい。そんなに凛々しい顔で、真剣なトーンでまるで演説でもするかのように「ニューヨークで入浴」なんて繰り返すのはやめてほしい。
トレーナー君もさ、なんでさっき僕とトレーニングの話している時より真剣な表情してるの? 本当になんで? それにそんな必死な顔でワンちゃんなんて可愛い言葉を連呼しないで?
「エアグルーヴ……大丈夫?」
「……どうした? ……いや、その前に少し肩を貸せ。うまく立てん。頭痛がしてきた」
再び一声かけると、かなり苦しそうなではあるが返事が帰ってきた。
良かった。一応戻ってこれたみたいだ。
「……知らなかったんだね?」
「知るものか! まさか会長がダジャレを好んでいらっしゃるとは夢にも……待てよ? …………もしかして、私が気が付かなかっただけか? ……くっ、私としたことが……」
「いや、僕はエアグルーヴは悪くないと思うんだけど」
「しかし副会長としては会長のことは理解していなければ……」
「別にこれは理解できなくてよくない?」
全く。こっちの気なんて知らないで2人は真剣に、何より楽しそうに話を続けている。
そんな彼らを見て──―
「……僕はトレーナーとして役にたてているのかな?」
……つい、口に出てしまった。
「……なんだ、藪から棒に」
あぁ、しまったな。聞こえてしまっていたようだ。
こんな弱気なことを言っていたらまた怒られてしまうかもしれない。
「羨ましくなっちゃってさ」
「気でも狂ったか?」
「違う違う、勿論ダジャレが羨ましい訳じゃないよ羨ましいって言うのはね、あの二人の在り方が、だよ」
彼女をチラリと見るが……特に怒ってはいないようだ。続けろというような目をしている。
「彼らを見てると、僕らもあんな風になりたいなぁって思うんだ。だけれどさ、僕は彼みたいに天才じゃない。1人で完璧なメニューは作れないし、エアグルーヴのマッサージだってよく痛いって怒られちゃうし、君のトレーナーとして相応しく──―」
「少し黙れ」
やっぱり怒らせてしまったようだ。
「軟弱者などいらん」と」、「弱音を吐く暇があるなら更に精進しろ」とか言われてしまうかな。
「確かに貴様は会長のトレーナーと比べ才は劣る。それは疑いようのない事実だ。……しかし、よくやっている……と思わんでもない。それに、貴様は私の在り方を認めた唯一の男だ。……私は己のトレーナーは貴様しかない……と…………思う」
キョトン、とまさしく目を丸くしてしまっていたと僕は思う。まさかエアグルーヴがそんな事を言ってくれるいや、思っていてくれたなんて。
「なんだその目は」
「いや嬉しいよ、本当に。ありがとうエアグルーヴ」
「……ふん。礼を言うなら更に精進するがいい」
「相変わらず硬いなぁ。もう少しユーモアを出すために僕らもやってみるかい? ダジャレ」
「本当にやめろ。頼む」
「冗談だよ」
エアグルーヴは冗談ではすまんぞと小さく笑う。
あぁ、良いな。上手く言葉にできないけれど、きっとルドルフさん達もこんな感じなんだろうな。
「こうなれば……そうだな、トレーナー君。どうだろう、明日互いが選んだTシャツを着用し学園の生徒からどちらがより優れているのかを決めてもらうのはどうかな?」
「良し。それならば場所は学園のジムでいいだろう。流石にこの時期だからな。外は寒いし、明日のトレーニングはボクシングトレーニングを主にするからな。丁度いいだろう」
なんて、感慨に浸っていたらいつの間にか恐ろしいことが起きている。これはあまりにも危険だ。下手したら学園が滅茶苦茶になる。
「止めようかエアグルーヴ。二人の名誉と学園を守るんだ」
「……正直に言って、今ほど貴様のことを頼もしく思ったことはない」
「はは。あんまり嬉しくないなぁ、それ」
勿論まだまだ僕とエアグルーヴが……主に僕の方が未熟なのは分かってるけど。
それでも、少しは理想に近づけただろうか?
エアグルーヴのトレーナーはエアグルーヴの旦那さんってどんな感じなんだろうって想像して書きました。
前書きにも書きましたが次回からやっと本題です。
お付き合いありがとうございました。
このペースだと15話くらいで終わりそうです。