駆ける。
一人、後方へと去った。
『やってきた!シンボリルドルフ!シンボリルドルフだ!』
駆ける
また一人。私の視界から消えた。
『やはりこの娘か!ジュニア王者はこの娘なのか!?』
駆ける
退け。その道は私のものだ。
『先頭だ!シンボリルドルフ先頭だ!』
400の標識が見えたころには、私の前には何者もなかった。
だが、足りない。
さあ走れ、シンボリルドルフ。
示せ。
『シンボリルドルフ止まらない!これは決まったか!』
彼にだ。
『今ゴールイン!強い!あまりにも強い!文句なし!この世代の頂点はシンボリルドルフだ!!』
すぐに電光掲示板を確認する。表示されている数字は…6。申し分ない。
関係者席にいるトレーナー君へと目を向ける。 彼は小さく笑った後、少しだけうなずいて奥へ入っていった。
「…ふふ。」
(あの男…会長のトレーナーは薄情がすぎる。会長が勝利したのだからもう少し喜べば良いものを。)
声援に答えながら、エアグルーヴがそんな苦言を呈していた事を思い出す。
…だが、私はこのやり取りが好きだった。
トレーナー君の信頼が感じ取れるようで。
「シンボリルドルフさん!そろそろ戻ってライブの準備お願いしますー!」
「分かった。」
順風満帆。ジュニア級までの我々はまさしくそう表すにふさわしい。
このまま、この道が続くのだと私は思っていた。
『やはり強い!シンボリルドルフ!まずは一つ目の冠を手にしました!』
指を1本掲げたときは4バ身。
今回も完璧だった。
トレーナー君は今回も少し笑ってうなずいてくれた。
万事順調。
皐月賞でも私達の道に陰りはなかった。
『差し切った!皇帝シンボリルドルフ、日本ダービーを制した!これで2つ!三冠へ王手をかけました!』
二つ目の冠も問題なく私は手にした。
しかし…
(…2バ身か)
もっと上手く躱せたはずだ。
仕掛けるタイミングも少々遅い。
スタートも…悪くは無いが良くもない。
確かに私は日本ダービーで勝利した。
だが、納得の行く結果では決してなかった。
その証拠に初めて、彼は笑っていなかった。
『やはり皇帝は強かった!シンボリルドルフ!シニア級の強者を破り、宝塚記念を制しました!』
差は、アタマだけ。
不調という訳では決してない。彼は絶好調で私を送り出してくれた。
ただ、皆が強かった。それだけだ 。
宝塚記念では…”私は負けなかった”だけだ。
トレーナー君は…喜んでいた。手を強く握りしめて、今まで私がみたことのない顔をして。
私はそれが何よりも―――
悔しかった。
宝塚記念から数日が経った。
7月、夏だ。
春から続いたGⅠも一段落する季節。
だが我々ウマ娘にとっては当然休みという訳では無い。
GIがなくともレースは開催されている。
それにトレセン学園では恒例の夏の合宿がある。
皆、秋へ向けて一念発起し己を磨く時期こそが今だ。
…だが、
「トレーナー君。」
「あぁルドルフ、どうだ?」
「…厳しそうだ。やはり私は夏の合宿には参加出来ない。」
そう、私は夏の合宿に参加出来ない。
どうしても私が居なければまわらない仕事がある。
合間をぬって僅かな時間だけでも参加することはできなくはないが…中途半端になるであろうことは想像に難くない。
「そうか。」
「…すまないな。」
「お前が謝ることじゃないだろう」
目の前でパタリとトレーナー君が書き込んでいたノートが閉じられ、すぐにしまわれた。
「君は学園には…」
「あぁ、残れない。たとえお前が参加しなくても行くことになる。確かに俺はルドルフの専属だが…それ以上に立場もある。理事長には世話になっているからな。無茶は言えん。」
新しく開かれたノートに流れるように文字を書きながら問題なさそうにトレーナー君は答える。
そう、問題なさそうに。
…不安ではないのだろうか。
私は負けるところだったんだ。
正直に言って、私は君に行って欲しくない。君に隣で見ていて欲しい…
「うん。その通りだ。」
…そんな事言えるわけがないだろう。
私は生徒会長だ。個人の意見でものを決める訳にはいかない。
「ルドルフ。」
「なんだい?」
「…次は、勝たせてみせる。」
「…」
トレーナー君の言葉を反芻する。
「勝たせてみせる」か。
言葉の通りだ。私は…君に勝たせて貰っているんだ。
胸が、苦しい。
聞きたかった。
私は君の理想であり続けていられているだろうか
私は君の期待通りの走りができているだろうか
…私で、君につり合っているのだろうか
本当ならば、聞きたかった。
「…ああ。次こそ私も皇帝に相応しい走りを見せよう。」
だが、飲み込んだ。
これ以上無様な姿を見せてなるものか。
不要だ。
100の言葉など、1の行動よりも劣る。
「任せてくれ、トレーナー君。私は大丈夫さ。君本人が居なくともメニューは残してくれるのだろう?それだけで十分さ。」
「…そうか、分かった。」
故に、結果で示すだけで良い。
2ヶ月。
私はこれまでにないほどトレーニングに打ち込んだ。
トレーナー君から貰ったメニューは完璧にこなした。
生徒会活動の合間を縫ってトレーナー彼が専属となってからは1度もした事がなかった自主トレーニングも己に課した。
結果は直ぐに出た。とてもわかりやすい形で。
『シンボリルドルフ!大楽勝だ!前走の不安など一蹴だ!無敗での三冠達成!』
「ふ…はは」
無意識に笑みがあふれてしまう。
ああ、久しぶりだ。この感覚は。
三本。指を天へと掲げる。
無敗の三冠。
確かに私とトレーナー君にとっては、あくまで道の途中に過ぎない。
だが、それでも大きな一歩だろう。
内容も良かった。
否、良かった程度では無い。我ながら非の打ち所のないレースだった―――
―のに。
分からない。
どうして君は、笑ってくれないんだ。
その答えは、再び直ぐに結果として現れた。
『2着!2着だ!ジャパンカップにて皇帝シンボリルドルフ、遂に敗れた!』
負けたのだ、私は。
茫然自失としてしまってなにも考えられなかった。
レース直後に自分が何をしたのかもあまり覚えていない。
何となく、皇帝らしく1着の娘を讃えたり、見に来てくれた後輩達に答えたりした事は朧気に記憶にある。
ただ、確かに覚えていることは、
いつもの様に関係者席の彼の顔をみて
「…ぁ」
絶望的な確信を持ったことだ。
あぁ、終わった…と。
その後、生徒会室にて私はただ座っていた。
エアグルーヴや他の生徒会の生徒には今日は早く帰った方が良いと言われたが、無理を言って残して貰った。
居なければ、いけない気がした。
ウイニングライブの後の記者会見等には出なかった。トレーナー君が、全て俺に任せておけ、お前は帰って休むといいと私を帰してくれた。
いつの間にか、外は暗闇に覆われていて時計は午後の8時をまわっていた。
手が、震える。
このまま、何事もなく今日が終わって欲しい。
だが…現実は何時だって正直だ。
「…たづなです。シンボリルドルフさんはいらっしゃいますか…?」
「…はい。」
静かなノックと共にゆっくりとたづなさんが入ってきた。
もう、分かるんだ。彼女の様子で。
…分かってしまうんだ。
「…失礼します。…遅くにすみません。ですが、一刻も早く伝えるべきだと思いまして」
「いえ。」
「実は…ルドルフさんのトレーナーさんから…その…」
「…私との契約を、破棄すると伝えられましたか?」
「…」
「…」
「…はい」
「そう、ですか。」
「…少し休みが欲しいと。…学園の仕事についても休職とするそうです。…殆ど休み無しで働いていてくれましたから…理事長も、許可を出しました。」
「…そうですか。」
「申し訳ない。少し1人にして、くれませんか。」
「…ルドルフさん」
「お願いします。」
「…後日で大丈夫ですので、落ち着きましたら連絡下さい。色々と…やることがありますので」
ドアが閉じる。
彼女が居なくなって。
少しして、足音もしなくなった。
「…あぁ」
力が抜ける。
へたりと、椅子からくずれおちた。
「ああ、ああ」
視界が歪んで、涙が、感情が堰を切ったように溢れ出る。
「わた、わたしは」
君の理想になれなかった。
君の夢を叶えられなかった。
君を、裏切ってしまった。
「…ごめんなさい…ごめんなさい」
ひたすら、虚空に向かって謝り続けた。
意味など、ないのに。
もう、取り返しなどつかないのに。
どれ程、時間が経っただろうか。
いつの間にか涙は枯れていたが、それでも落ち着くことは出来なくて。
それからしばらく経ってから漸く自分を取り戻すことが出来た。
何故私は負けたのだろうか。
実力が足りなかった?違う。
作戦が悪かったか?それも違う。
菊花賞だ。
…あの時、私は確実にする必要のない無茶をした。
中一週間では抜けきらないほどの疲労を蓄積させてしまったのだ。
なんという愚行だろうか。
目先の不安を取り除く為だけに、1人でも出来ていた勝ち続けるための行動が取れなくなっていた。
酷い裏切りだ。
あれだけ尽くしてくれたというのに、私の下らない独断で得た結果がこれか。トレーナー君から愛想を尽かされて当然だろう。
いや、違うか。…もう君は、私のトレーナー君じゃない。誰の担当でもない。学園のプロフェッショナルトレーナーなのか。
「…嫌だ。」
耐えられない。不快だ。気持ちが悪い。
嫌だ、嫌なんだ。
考えられない。君以外が私のトレーナーになるなんて。
自覚している。これは傲慢だ。ただの私のエゴでしかない。
でも、それでも私は、君が欲しいんだ。
どうすれば良いだろうか?
今から会いに行く?
もう一度私のトレーナーになってくれと懇願しに行こうか?
君は優しいから、きっと私の望む言葉を言ってくれるんだろう。
でも…違う。それは違う。
私は君の足枷になりたい訳では無いんだ。
私は君と対等に歩きたい。
再び、共に夢をみて欲しい。
だからもう、
「私は、二度と負けない。」
私は諦めが悪いんだ。
もう一度、君に言わせてみせる。
俺の夢を叶えてくれるかと。
「絶対に。」
最近ルドルフさんが自信満々にダジャレ言ってるとなりでうなずいていてあげる職に就きたいと思うようになりました。