似たもの同士はすれ違う   作:エリアルの人間

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お久し振りです。
失踪しようか迷いましたが戻ってまいりました。

タウラス杯が悪いんです。あと難産でした(言い訳)

まだ待ってくださっている方がおりましたらお待たせして申し訳ございませんでした。


それぞれの

 あの日から私は直ぐに行動を開始した。ジャパンカップの次の日には彼の残してくれたものの引き継ぎを済ませ、次のレースである有マ記念に向けて準備を始めた。

 

 そこで早速困ったことが起きた。

 トレーナーが決まらない。

 

 いや、正確には……決まらない事は無いのだ。

 実際に私がトレーナーの募集をかけてから、すぐに立候補してくれる方は現れた。

 どのようなウマ娘であってもトレーナーが居ないとレースに出ることは出来ない。故に私は手を挙げてくれたトレーナーの中から適当に選ばせてもらった……のだが。

 

 合わない。……合わないわけではないのかも知れないがどうしても彼と比べてしまう。

 ジャパンカップの後についてくれた最初のトレーナーだけかと思ったが、その次のトレーナーでも同じだった。

 3人目はまだ決まっていないが……同じような結果になるだろう。

 

 

 私の好きにトレーニングを許可してくれて、なおかつ書類等の手続きのみ行ってくれる。そんな”形だけ”のトレーナーが欲しい。……だがそれは、私の担当になりたいと手を挙げてくれたトレーナーを貶める行為だ。

 

 

 難しい。

 私が我慢すれば良いだけかもしれないが、トレーニングに影響が出ることは目に見える。

 それで彼が満足できるような結果を出し続けられるのか? 

 妥協は絶対に出来ない。

 

「……ふ」

 

 くだらないな。

 

 なにを私は最もらしい事を考えているのだろうか。

 

 単純に彼以外のトレーニングを受けたくないだけだろう。

 そっと、生徒会室の私の机の引き出しから1冊のノートを取り出す。

 彼が私に残してくれたノートの1つだ。 表紙にクラシック12月と記してあるそれを丁寧に捲る。その中から今日のメニューが書かれているページを見つけて目を通す。あぁ……やはり、しっくり(……)くる。

 

(分かったよ、トレーナー君)

 

 声には出さずにそう返してパタリとノートを閉じて……そっと撫でる。

 

 

 

 これがあれば良い。これだけで、彼が残してくれたノートがあるだけで良い。

 幸い来年の12月──即ちシニア級の1年目が終わるまでの分のノートは既に作ってくれている。

 流石に時間が経てば経つほど正確な内容は書かれていないが、目標レースやその為に必要な能力と指針は示してくれている。

 私なら、過去のノートと今までの彼との歩みから同等とまでは言えずとも近いレベルでのトレーニングは出来るだろう。

 ……そう、トレーナーではない私でさえもそれくらいの事が出来る。

 

 だから本来ならば新しいトレーナーにも見せるべきなのだろう。

 

 

 

 だが私はそうしなかった。

 

 嫌だったから。このノートに私と彼以外の他人の文字が書かれるのが。

 私以外がこの表紙に触れるのが。

 

 非効率的で、無為無能なことだとは理解している。

 

 ……でも、嫌なものは仕方がないじゃないか。

 

 

 丁度そんな考えをしていた時、部屋の扉が2回叩かれた。

 

「少々お待ち下さい」

 

 丁寧にノートを戻し、引き出しに鍵をかけた。

 ひとつ、呼吸をして。思考を個人から生徒会長へ、皇帝へとと切り替える。

 

「どうぞ」

「やぁ、こんにちは。ルドルフさん」

 

 そう挨拶をしながら、ゆっくりと入ってきたのは人の良さそうな男性だ。

 

「貴方は……」

 

 この人とは何度か会ったことがある。確か……

 

「エアグルーヴのトレーナーでしょうか」

「覚えていてくれたんだね。僕とは直接話すことはあんまり、というか殆どなかったから分からないかと思ったんだけど。

 やっぱりエアグルーヴの言う通りホントに人の顔忘れないんだね、凄いや」

「どうぞおかけください。何か飲み物でも出しましょう」

 

 

「あぁ、ゴメンね。気遣いありがとう。でも大丈夫だよ。ルドルフさんも忙しいだろうし、多分すぐ済む話だよ」

「……」

 

「うん。簡単に結論からいうとね、僕が君のトレーナーに立候補しようかと思って来たんだ」

「……申し訳ないのですが、何を言っているのか理解できません。貴方は……」

 

「その通りだよ。僕はエアグルーヴの専属トレーナーだ」

「……」

「僕はね、君が”トレーナー”を求めているように見えなくてさ」

 

 目を見開いてしまう。

 ……何故気づいた? 先程も言った通り、かかわりがあるとはいっても決して深いものではない。

 そんな彼が何故? そこまで態度に出てしまっていただろうか? 

 

「でも、トレーナーが居ないとそもそもレースに出られないじゃないか?」

「……」

 

「僕はエアグルーヴの専属トレーナーだし、来年からはクラシック。君が今年王冠を3つ取ったように、僕は来年彼女に3つのティアラを取らせてあげたい。

 ……だからルドルフさん。僕は君のトレーニングを見ることは出来ないし、彼のようなメニューを作るなんて絶対無理だ。あ、これはエアグルーヴの専属とか関係なく不可能かな?」

「……」

 

「でも……ウマ娘1人分のレースの手続くらいならできるよ」

「……」

 

「心配はしなくても良いよ。エアグルーヴとは相談済だからね」

「……何故私にそのような提案を?」

 

「君が欲しているのはトレーナーという立場をもった人間であって、指導者ではないと[[rb:僕が>・・]]

 考えたからだよ」

「……」

 

 ようやく理解した。

 そうか。エアグルーヴか。

 

 確かに学園内で彼の次に私と共に過ごす時間が長い彼女ならば気が付くのも納得がいく。

 その上で彼女からトレーナーへと依頼したのだろう。

 

 申し訳ない。後輩にこのように気を使わせてしまって。

 情けない。如何にほぼ手放しといえども多少の負担はかかるだろう。

 

「違ったら違うで良いんだけど……」

 

 だが、もう手段を選んでいる場合ではない。

 有馬記念も近いのだから、これ以上仮のトレーナーのことに時間を割くのは得策ではない。

 

「いえ、有難い申し出です。是非お願い致します」

「うん。彼が戻って来るまでの短い時間になると思うけれどよろしくね」

「……はい。よろしくお願い致します」

 

「全く、何してるのかなぁ。本来ならこんな事する人じゃな……」

「彼の話は良いでしょう。……それよりも契約書類等の準備にはどのくらい時間を要しますか?」

「そ、そうだね。まぁ2時間もあれば準備できるよ」

 

「分かりました。……では4時間後にまた生徒会室で合うのは如何でしょうか。私はその間に本日のトレーニング等を終わらせておきます」

「うん。分かったよ」

「では失礼致します」

 

 一礼して、生徒会室を出てトレーニングへと向かう。

 ……エアグルーヴと彼女のトレーナーのおかげでどうにか道はできた。

 

 

「……見ていてくれ」

 

 私は負けないよ、トレーナー君。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様に頼みがある」

「珍しいね、エアグルーヴが僕に頼みなんて」

 

 本当にエアグルーヴが僕に頼み事をする事は少ない。まぁまぁ長い付き合いだけれど殆ど思い出せないくらいだ。

 

 ……いや、何故か部屋の掃除をさせて欲しいと凄い剣幕で頼まれたことがあったかな。あれの印象が強すぎて、他の頼み事の印象が薄れてしまったのかもしれない。

 

 

「貴様、会長のトレーナーになってくれんか?」

「何を言ってるんだい?」

 

 思考よりも早く声が出た。

 それだけ、何を言っているのか理解出来なかった。

 

 

「まぁ聞け。……会長がトレーナーを募集していることは知っているな?」

「勿論さ。学園で知らない人は居ないだろうね。そして一度は決まったことも知ってるよ」

「……ならば3日もせずに契約解消に至ったことも知っているだろう」

 

「うん。……だからこそ分からないな。契約解消されてしまった彼は優秀だ。ただ単に相性が悪かっただけじゃないかな? 

 それにまた新しいトレーナーが決まったそうじゃないか。彼女も良いトレーナーだし──」

「おそらくまた3日も持たんと私は見ている」

 

 

 

「……ますます分からないよ。エアグルーヴ」

「貴様には今の会長がどう見えている?」

「……? 君の質問の意図が分からないんだけれど」

「いいから答えろ」

「いつも通り威厳があってカッコよくて、余裕があって……うん。生徒会長、皇帝かくあるべしって感じかな?」

「私にはそうは見えん」

 

 そう、エアグルーヴは言い切った。

 ……さっきから何やら確信しているように話ているように感じられた。

 

「確かに、貴様のようにあまり会長と話す機会が無い者からすれば……何ら変わりのないように見えるだろう。

 ……だが、私には会長が無理をしているようにしか見えない。……私にしか分からないのかもしれんが」

「そう見える理由というか、証拠みたいなものはあるのかい?」

 

 

 

「……日々の小さな違和感だ」

「違和感?」

「あぁ。上手くは言えん。……そうだな……例になるか分からんが会長があれ程好んで使用していらしたシャレも全く聞かん」

「なんだって? 本当かい、それ?」

 

「ああ。それもすべて、ジャパンカップで会長が敗れ、あの男との契約を解除してからだ」

「……」

 

 

「正直……私はあの男に対して強い不快感を感じているぞ。これ程までに会長を追い詰めておきながら自身は休暇だと? 会長が何をした? たった一度敗北しただけで愛想をつかせて専属を辞めるなど……」

「それは無いよ、エアグルーヴ。彼は一度負けた程度でルドルフさんを見限って辞めるような人間じゃない」

 

 今度は僕が言い切った。

 

「なぜ断言出来る?」

「君と同じさ」

 

 彼がどれだけルドルフさんのことを大切に考えているのかは、僕がこの学園で一番知ってるつもりだ。

 あまり関わりがないエアグルーヴには分からないかもしれないけれど、彼がルドルフさんをたった1回の負けで見限るなんて絶対にありえない。

 

「……では、何故だ」

「……僕だって、知りたいよ」

 

「……」

「考えても仕方がない。それよりも最初に君が僕にルドルフさんのトレーナーになって欲しいという提案の意図が分からないよ。説明がほしいな」

 

 そう、今大切なのはこれだ。

 今までの話ではエアグルーヴが僕にルドルフさんのトレーナーをやって欲しいという理由がない。

 

「……おそらく会長には”トレーナー”は必要がない」

「いや、必要だから募集をしてるんじゃ……?」

「分かりやすく言うならば……会長はあの男以外が考えたメニューやトレーニングを必要としていない」

 

 

(……あぁ、そういうこと)

 

 そう言ってくれると分かりやすい。ようやく理解出来た。

 

「……つまり必要なのは契約という形かい?」

「そうだ」

「……」

「……頼む」

 

 エアグルーヴが、初めて僕に頭を下げた。

 

 最初は少しだけ、悩んだけれど。

 担当ウマ娘の頼みなんだ。

 できる限り答えてあげるのがトレーナーというものだ。

 

「うん、分かった。エアグルーヴの頼みならやってみるよ。けれども、例え手続きだけ行うような形だけであっても仕事が増えることに変わりはない。……もしかするとトレーニングの質が落ちるかもしれない。

 それでもいいのかい?」

「理解している。……その上で頼んでいるのだ。

 

 ……それだけの恩が、私は会長にある」

「そうだね。僕も同じだよ」

 

 

「となると……チームを作ることになるのかな? それは面倒なんだけど……いや、理事長に事情を話せば2人ならどうにか大丈夫かな? ……うーん大変だなぁ」

「最初だけだ。後は大した負担にはならん。……それにこの程度の負担で私のトレーニングが疎かになるようでは」

「女帝のトレーナーには相応しくないかな?」

「……ふふ、分かってきたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時は、半分は信じていなかった。エアグルーヴがただ心配してそう思い込んでるんじゃないかって。

 本当は気の所為なんじゃないかって。

 

 

 ──でも結局はエアグルーヴの言ってた事は正しかった。

 

「……何をしてんだよ、君は」

 

 ルドルフさんがいなくなった生徒会室で一人呟いた。

 

 言ってたじゃないか。

 トレーナーは担当ウマ娘に無理をさせてはいけないって。

 そんなんじゃトレーナーとして失格だって。

 

 ……ルドルフさん、凄い無理してるじゃないか。君が止めてあげないと、いや君じゃなきゃ止められないだろ。

 君の愛バがあんなに苦しんでるんだよ? 

 休んでる場合じゃないだろう? 

 

「……はやく戻っておいでよ」

 

 

 返事は勿論、あるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―

 

 結論からいうと、私は有馬記念で汚名返上を果たしたが彼は私の専属には戻ってこなかった。

 

 ……いや、それどころか海外へ行く事になったようだ。

 その話を知った時は本当に絶望しかけたが、たづなさんが言うには半年程、長くても一年で帰ってくると聞き、胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 大阪杯に出ることは出来なかった。

 クラシック時の有馬記念の無茶がたたってしまったという所か。

 それ以外にも生徒会の仕事をこなしつつ、メニューやトレーニングをトレーナー君のノートを参考にしながらとはいえ自ら立案し、実行するのは流石に骨が折れた。

 故にシニア級にて、私が最初に獲ったのは春の盾となった。

 

 

 そんな事よりも大きな出来事がその後にあった。

 

 春の天皇賞の数日後に彼は日本に帰ってきたのだ。予定よりずっと早く。

 聞いた話では、半年から一年はかかるであろう仕事を4ヶ月程度で終わらせてきたらしい。

 

 もしかしたら、などと一瞬だけ淡い期待を抱いたがやはり私の元へ戻って来てはくれなかった。

 

 

 

 

 また、語るだけでも腹立たしいことだが……帰ってきた彼に対しての悪評が少し学園内でたった。

 

 特に新入生や新人のトレーナーから。

 

 トレーナーらはまだ20代前半でありながらトレセン学園でプロフェッショナルトレーナーという地位についている彼への嫉妬か。

 

 ウマ娘達は……やはり既に薄れた事とはいえ私の敗戦時の記者会見を覚えていることが理由だろう。

 

 

 ……頭が上がらない。

 勝利したときは私を表にたてて彼は殆どメディア露出などはせず、影に徹してくれたため彼自身の功績というものは世間にはあまり知られても称えられてもいない。

 

 つまり、分かりやすく表に出たのはあの記者会見が最初である。学園関係者や余程のウマ娘ファンでもない限り私のトレーナーが彼であることを知ったのはそこが初めてになったはずだ。

 

 それはそれは”的”にしやすかったに違いない。

 

 事実ジャパンカップ直後の彼への批判は酷いものだった。

 

『皇帝でさえ勝たせられない無能トレーナー』

 

 そもそも私を皇帝にしてくれたのが彼だ。

 

『連戦させるとか本当頭悪いよな。なんか子供のころ天才とか言われてたらしいけど全然ダメじゃねぇか』

 

 無理を言って菊花賞とジャパンカップに出ることを頼んだのは私だ。

 

『ガキの頃もて囃されただけで皇帝のトレーナーになれるとか、ラッキーだなコイツ』

 

 

 ──黙れ。貴様に私と彼の何が分かる。

 

 

 

 思い出しただけで、腸が煮えくり返る。

 だがきっと、これは彼自身が狙ったことなのだろう。私に批判が来ないようにと。

 本当に、頭が上がらないどころの話ではない。

 

 

 私が有マ記念で勝った事で話題も消え去ったが、彼自身のイメージは悪い方向で固まったまま。

 ……学園でそのような噂が流れるのも仕方がないことかもしれない。

 

 しかし生徒会長という立場がある以上、私が大々的に表立って動く事も出来なかった。

 わざわざ私に事の真相を聞きに来たウマ娘やトレーナー、彼の悪評を聞き出そうとしに来た記者達には良く話をして(・・・・・・)分かってもらったが、全員にそうする訳にもいかない。歯がゆい思いだった。

 

 ……そんな心配は要らなかったが。

 

 

 なんの事は無い。彼は全て行動と結果でその悪評を消し飛ばした。

 

 ”1度も見たことがないのに何がわかるのかしら”と言っていた新入生は彼の指導を2時間だけ受けた後、次の予約を専属のトレーナーに強く頼み込んでいた。

 

 ボロを出してやると息巻いて彼とのトレーニングメニューの話し合いに向かったトレーナーは、帰ってきた後”ありゃ無理だ、ホントに天才だわ。次も頼むことにする”と笑っていた。

 

 

 そうして帰ってきてからひと月もすれば私との関係の噂も学園からピタリとやんだ。

 彼の学園内での評判は悪いどころか以前よりと良くなった。

 多くのウマ娘が彼の元に自身の専属になる事を求めていた。

 

 だが、彼は新たに専属トレーナーとなることはなかった。

 

 

 

 ……その事に私は少なからず喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月の宝塚記念は出なかった。

 どうしても私には果たしたいことがあったからだ。

 宝塚記念に費やす分の時間を生徒会等の仕事に費やし、夏合宿にも参加できるように時間を作った。

 

 

 シニア2つ目の冠は秋の天皇賞だった。

 着差はたいしてつかなかったが、私が気にすることでは無かった。

 

 何故なら私が最も拘ったのはジャパンカップだからだ。

 菊花賞と同様の10月後半の天皇賞秋から11月後半のジャパンカップを獲る。

 

 そう、昨年と同じ予定で今度こそジャパンカップで勝つ。

 

 それで敗北が消えることはないとしても、意味の無い自己満足だとしても

 これだけは、譲れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シニア級の1年も、今日で終わった。

 

 私は負けなかった。

 

 天皇賞春秋制覇、ジャパンカップは雪辱を晴らした。そして今日有マ記念だって連覇した。

 クラシックとシニアで……戴いた冠は9つ。

 以前の私であれば十分に誇れる結果。

 

 私はまさに絶対の皇帝となった。

 

 なったはず、なのに……

 

「……まだ足りないのかな」

 

 君は帰ってきてはくれない。

 私の元へ戻ってきてくれない。

 

 だから、こんなにも満たされない。

 

 学園の生徒からの尊敬も

 メディアや世間からの賛辞も

 滅多にない両親からの労いの言葉も

 

 

 

 

 すべてが、虚しい。

 

「……どうすれば?」

 

 彼のノートを抱きしめて、呟く。

 もう、このノートで最後だ。シニア級の2年目からは彼のノートはなくなってしまう。

 

 練習だけならば問題ないと思う。

 今までの経験と彼の残してくれたデータを使えば、質は落ちるがそう易々と敗けることは無いだろう。

 

 ……でも、またひとつ彼との繋がりがなくなる。

 

 

 

 ──怖い、怖いよ。

 このまま少しづつ時間が経てば君は私の事は忘れてしまうのではないか。

 今はまだ誰の専属にもなってはいないが、いつか私を超えるウマ娘を見出してその娘と共に私を置いて先へいってしまうのではないか。

 

 ……嫌だ。

 けれども、分からないんだ。

 これ以上どのような結果を示せば良い? 

 

 

「……分からないよ」

 

 これ以上……何を果たせば良い? 

 

「……教えてくれ、トレーナー君」

 

 私はどうやったら君を取り戻せるんだ? 

 

 

 

「訪問! 理事長の秋川だ! 生徒会室はまだおられるか!?」

 

 そんな私の思考を消し飛ばすような大きな声が、扉の外から聞こえた。

 

「……少々お待ちください」

 

 ノートを隠して、1つ深呼吸をする。

 

 私は皇帝シンボリルドルフ。

 

 シンボリルドルフだ。

 他人の前で、弱みなど決して見せない。完璧なウマ娘。

 それこそが、シンボリルドルフ。

 

 

「どうぞ」

「失礼! 夜分遅くかつ、有馬記念の疲れもある中訪問してしまって申し訳ない!」

「……いえ、構いませんが」

「これを君に見て欲しい!」

「……URAファイナル?」

 

 手渡された資料の表紙にはそう記してあった。

 早速パラパラと資料を捲っていく。

 

「……」

「新しいレースを私は作ろうと思っている! ……全ての馬場、全ての距離で全てのウマ娘が輝ける舞台だ!」

 

 理事長が熱意ある声で、資料の中身を要約して説明してくれているが、あまり耳には入ってこなかった。

 内容に釘付けになってしまって。

 

「シニアもクラシックもジュニアも関係ない! それぞれが最も得意とする分野で誰が最強なのかを決める!」

 

 ……これは

 

「そんなレースを私は作りたいと考えている……のだが、その為には私1人の力では不可能!」

「……ふ」

 

 なんと、都合の良い。

 一通り読み終わると、思わず笑みが零れた。

 あぁ、渡りに船とはこの事か。

 まさに天啓を得た気分だ。

 

「皇帝シンボリルドルフ! 君は我が学園の生徒会長でありながら世間からの人気も申し分なく、もはやその発言力、影響力は1生徒の域に留まらない! 故に! この企画を成功させるには君の協力が……」

「引き受けましょう」

 

 

「即答!? ……むむ! 私としては

 非常に嬉しいのだが、かなり忙しくなるぞ? ……それこそレースに出ることも殆どできなくなる可能性が高く……」

「構いません。素晴らしい提案だと思います。……このレースを制したものこそ”最強”に相応しい。この称号は是非私も欲しいところです」

 

 

「感謝! そう言ってくれると嬉しい! 

 

 ……だが君は既にその称号を手にしているだろう?」

 

「いいえ。まだ……足りないのです」

 

 そう、足りない──まだ足りないから、彼は戻って来てくれないのだろう。

 

 

「……そうか」

 

 理事長はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

「お疲れ様です会長。……少し休憩しましょう。……紅茶を入れます」

「あぁ。そうしようか」

 

 2人きりの生徒会室。

 そう私に答えながらも会長は作業を止める事はない。

 

 ……会長は働き過ぎだ。

 最近はレースに出ることは無くなったし、生徒会の代替わりもすんだ事で”生徒会の”仕事は減った。

 

 まだ公には発表されてはいないが、開催が予定されているURAファイナル。

 会長はその新たな大会の開催の為にも色々と動いている。加えてレースにはあまり出ていないとはいえ、トレーニングをご自身で考え実行までしているのだ。

 ……本当に、会長は働きすぎだ。

 少しはお休みになって欲しい。

 

「私の心配は要らないよエアグルーヴ。それより君やブライアンの方が大切な時期だろう?」

 

 ……そんな思考が顔に出てしまっていたようだ。

 

「いえ今年も合宿には参加できそうですので私もブライアンも調整になんら問題はありません。我々は副会長ですから会長にばかり仕事を任せる訳には……」

「ブライアンはまだ良いかもしれないが、君は宝塚記念が近いだろう。分かっているとは思うが初年度のシニアは重要だ」

 

 

「……しかし」

「エアグルーヴ」

 

 少しだけ強い語尾で反論を止められる。

 

 

「……分かりました。では休憩が終わりましたら本日は失礼します。

 しかし……あまり無茶はなさらないでください」

「問題ないよ。生徒会の代替わりも済んだ事だし、今までと違って私1人でどうとでもなる」

「生徒会以外の仕事もあるでしょう」

「それも含めて問題ないと言ったんだ。特にレースも入れていないからね」

「……分かりました」

 

 ……結局、いつもと何も変わらない。

 我々では、会長の助けにはなれないのか。

 己の不甲斐なさに腹が立つ。

 

 

 

 そんな時ふと、小さく声が聞こえてきたような気がした。

 

「……カイチョー」

 

 ……やはり聞き間違いではない。

 声が段々と近くなってきた。

 

「……はぁ」

「おや? ……ふふ、また急に来たな」

 

「カイチョーカイチョーカイチョー!」

 

 ばたりと勢いよく生徒会室の扉が開かれて、1人のウマ娘が入って……いや、この勢いだと突っ込んで来たと表現した方が正しいか。

 

 トウカイテイオー。

 今年入学したばかりのウマ娘で会長に憧れているらしく生徒会に属している訳でもないのに、よくこのように生徒会室にやってくる。

 

 

「……喧しいぞ。何度も言っているがここは生徒会室だ。もう少し静かにしろ。 そして急に来るな。会長は多忙なんだ」

「いいさ、エアグルーヴ。丁度我々も休憩をとるところだった。よく来たなテイオー」

「えへへっ! やっぱりカイチョーは優しいなぁ!」

 

 三冠を目指している点や、6月も終わるこの頃になっても未だにトレーナーが決まっていない点など、過去の会長と重なる部分が多いからか、会長もトウカイテイオーのことを気に入っているらしい。

 その証拠に……会長は既に私があれ程言っても止めなかった作業の手を止めて、テイオーの相手をしている。

 

「エアグルーヴ。すまないがテイオーにも何か飲み物を出してくれるかな?」

「はい。おい、紅茶で……いいや、お前はココアだったか」

 

「あ、ううん! ボク直ぐに戻らなくちゃいけないから飲み物は大丈夫だよ!」

「……何?」

 

「ふむ、そうか。それは残念だが……では今日はどうしたんだテイオー?」

「うん! ボクね、カイチョーに報告しに来たんだ!」

 

「……報告?」

「そう! ボク今日ね、やっとトレーナーが決まったんだぁ! カイチョーには前から相談してたから早く教えないとダメだと思って!」

「そうか、良かったな、テイオー」

 

 

 

 

「……因みにどんなトレーナーなんだ? お前のような奴の専属は並のトレーナーには務まらんだろう」

「お前のようなヤツって何さ!?」

 

「……ふふ、テイオーは優秀だからな。そのテイオーが選んだトレーナーもきっと優れたトレーナーなのではないかとエアグルーヴは思ったのではないか?」

「なるほど! ふふん、仕方ないなぁ! ではこのテイオー様が教えてしんぜよう!」

「……はぁ」

 

 そう言ってトウカイテイオーはふんぞり返って胸をはる。

 ……会長に憧れるのならば、普段の態度からもう少し見習えと言いたい。

 

 

「うん。ありがとう、テイオー」

 

 まぁ、テイオーによって会長の気分が少しでも和らぐのならばこのままでも良いのかもしれない。

 

「えっとね……あれ、どうやって説明すれば良いんだろう? なんか凄い人って事は知ってるんだけど」

「……なんだ? まさかトレーナーの経歴も聞かずにに決めたというのか?」

 

「そんなわけないじゃん! ちゃんと説明は聞いたよ! 

 ……でもなんか難しい経歴と研究内容ばっかりでボクよく分かんなかったんだよぉ。

 分かんないから良いって言ったのに、”ちゃんと聞いてから本当に俺で良いか判断してくれ”って聞かなくてさー。ボクからお願いしに行ったんだから良いに決まってるのに」

 

「当然だろう。聞かなかったお前が悪い」

「ふむ……しかし、それでは分からないな。凄いトレーナーといっても、トレセン学園には多くの優秀な人材がいる。如何に私とエアグルーヴとてそれだけで絞ることは難しい」

 

「でもきっとエアグルーヴも会長も絶対分かると思うよ! マックイーンのトレーナーが言ってたんだ! 凄いトレーナーで、みんな専属になってもらいたがってるって!」

 

「では何か断片的にでも覚えている事を言え。有名な奴だというのならそれでわかるかもしれん」

「うーん……とね」

 

 ……腕を組んで考え出した。

 さっき聞いた話じゃないのか? 

 本当に話を聞いていたのかこいつは。

 

 

「えっと、ここ1年半くらいは専属のトレーナーにはなってないらしいんだよね。だからボクも頼みに行く時不安だったんだ」

「チームトレーナーか?」

 

「違うよ。ボク、チームトレーナーじゃなくて専属トレーナーじゃなきゃヤダし。……あ、そうだ! ちょっと前まで海外に行ってたんだって?」

「ほう。まぁ珍しいな。大方絞れるぞ」

「……海外に?」

 

 

 

 

「うん! それで去年の4月の終わりくらいに帰ってきたって言ってた!」

「……何だと?」

「……」

 

 待て、まさかそれは。

 

「後はね……なんだっけ。ボクもテンション上がってたからあんまり覚えてないんだけど……なんかトレセン学園の中でも特別な役職らしくて……」

「……プロフェッショナルトレーナーか?」

「……」

「それそれ! なんだ! やっぱりエアグルーヴ知ってるじゃん!」

 

 

 チラリと、会長を見る。

 

「でね! ボク、トレーナーと契約する時にね約束したんだ!」

 

 無表情だ。まるで、感情がなくなってしまったかのように。

 

「ボク、カイチョーに勝つ! 

 トウカイテイオーは皇帝シンボリルドルフを超える”帝王”になってみせる! 

 

 えへへっ! センセンフコクだよ、カイチョー! 首を洗って待っててね!」

 

 テイオーはそう言い切ると、踵を返して生徒会室から出ていこうとした。

 

「おい……待……」

「……待て、テイオー」

「ん? なにカイチョー?」

「……そのトレーナーの名は、名前はなんというんだ?」

 

 どうにか ”絞り出した”

 そんな声だった。

 

「トレーナーの名前?」

「覚えているだろう?」

 

「勿論だよ! ボクの(・・・)トレーナーの名前はね──」

 

 

 

 ──────

 

「……」

「……」

 

 テイオーが出ていった後の生徒会室はまさしく嵐が過ぎ去ったように静かだった。

 私も、会長もしばらく声どころか物音ひとつ立てなかった。

 

 まさかあの男、テイオーのトレーナーになったとは。

 

 帰ってきてから幾度も幾度もウマ娘から専属の願いは受けていながらも断り続けていたことから、もう特定のウマ娘につくことはないと思っていたのだが。

 

 ……一言くらい会長にあっても良いだろうに。

 今だけではない。契約を解消してから恐らく一言も会長とあの男は話していないだろう。

 私が口を出すべきではないことは分かってはいるのだが……

 

「……ふ」

「……会長?」

 

「……ふふ、はは、ははは!」

「……」

 

 そんな考えは消え去った。

 

 会長は、笑っていた。今まで見たことがないほど。高らかに。

 

「ふふ、そうか。私を超えるか」

「……」

 

 声などかけられるわけがなかった。

 

「……君も、テイオーにはそれが出来ると思っているのかな? 

 

 ……そうなんだろうね。そうでなくては専属にはならないだろう」

 

 

「……私では果たせなかった君の夢をテイオーとなら為せると? ……ふふ」

 

 

 

 ピタリと、笑みが止まった。

 

 

「……やれるものならやってみるが良い、トウカイテイオー。この皇帝を超えてみろ」

 

 

 この時、私は初めて会長に恐怖を覚えた。

 

 

 

 




ウマ娘の学年の辻褄ぜったい合わない。


これからもゆっくりになりますが待っていただけると嬉しいです。

ほかにもウマ娘の面白い小説たくさんあるからそっち読んで待っててくださいませ。

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