SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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クロカゲで起きた、とある乱闘騒ぎの話。
前々から嫌がらせに訪れていたグループが、その正体を名乗りつつも、いくつもの不可解な能力を使い始めて……?


1-10 乱闘

第10節 乱闘

 

 ミラーボールの明かりが鉄色のフロアに反射する、夜のクロカゲ。

 アイドルグループ・ハルツィナヴァイスのプロデューサーでもありながら、ここの総支配人を務めるオージ――柚木(ゆのき)歐児(おうじ)は、忙しい一日の中でも何とか時間を捻出し、久しぶりに店舗の見回りにやって来ていた。

 一応、代理でフロア長を数人立て、その者達に運営は普段任せているが、出来る限り自分の目で現場を見ることも欠かさない。

 

 ニレの支配していた当時から、気のいい兄貴分として何だかんだ周囲に慕われていたオージは、ニレの打倒後にその後を継いで胴元となっても、クロカゲの運営方針が公営体質のSOATと協力体制を結んで変わっても、多くの人間から支持を集めていた。

 多少気障ったらしい全身白のタキシードで歩いても、フロアのあちこちから、構成員・客問わず手を振る人間たちの声が上がる。

 文句を言い、クレームをつけにきたのかと思える客でさえ、オージの奔走ぶりに感心し、最後には肩を組んで歌い出す輩がいるくらいだ。

 規則の整備などで、以前の際限なく放蕩な熱気は減ったけれども、それでもエンターテイメントを求め、付いて来てくれる客たちに、オージは感謝していた。

 

 しかし、いつの世にも、変革を好まない輩はいる。

 オージのいる日に限ってやって来たその客たちは、タチが悪かった。

 早くしろと呼ばわり、飲み物を運んできたウエイターの前でわざとカップを割り、弁償しろと怒鳴り付ける。

 不用意な接触を禁止されているキャストに手を触れ、抱き寄せる。演奏中だろうが、ダンスの披露中だろうが、おかまいなし。

 

(おいおい、ここは公営ギャンブルの店だぞ……そういう(・・・・)店と勘違いしてるんじゃねえだろうな)

 

 さすがにオージは眉を顰める。しかも、迷惑客たちの顔には、見覚えがあった。

 ここ最近、揃って嫌がらせに現れると店から報告を受けていたグループに共通の、同じ青いバンダナを巻いている。

 強張った顔の女性スタッフに、複数で群がる男たちを、槍をちらつかせて追い払いながら、中央のテーブルにどっかと座り脅しでテーブルの掛け金を巻き上げる男の肩へ、オージはぐっと手を掛けた。

 

「……さっきから黙って見ていれば。いい加減にしてもらえませんかね」

「ああ? 以前はここは俺たちの無法地帯だったんだぞ。〝ルール〟がねえのがクロカゲの存在意義だろ。今更俺らが言うことを聞かなきゃいけねえ筋合いあるのかよ」

 

 くすくす、と周囲から巻き起こる、青いバンダナの男たちの嘲笑。

 いつの間にかフロアはしんとしていて、客たちは遠巻きに壁沿いへ離れながら、その様子を見守っていた。

 

「いつまでも、昔のままだと思ってここで暴れてもらったら、困るんですよ。ニレはもういない。あいつのいた時代を望む奴らの、好き勝手にさせるわけには……」

「はっ、ニレだぁ? あいつのことなんざ、どーでもいいんだよ。要は、俺たちが好き勝手にできるか、できねぇか、それだけだ。……できねぇっつーんなら、無理やり出来るように変えてやってもいいぜぇ?」

 

 その瞬間、周囲で一斉に男たちが武器を構える気配がする。

 ネイルズで爪を伸ばす者達、ブラッズで血の棘を手に取る者達。カウンターから叩き割られたボトルがバリンと音を立てるのを合図に、宣戦布告と判断したオージは、既に布陣を張っていたクロカゲの構成員達にも、戦闘許可の合図を出した。

 

「マーロウッ! 敵を穿貫ッ!」

 

 槍型の骨髄(マーロウ)で、己も敵の殲滅にかかるオージ。

 立ち上がったリーダー格の男は、傍の丸テーブルを盾代わりに応戦する。

 周囲の景色さえ歪めるほどの迫力で突き出された槍を――しかし、男は止めた。衝撃の伝わって来ない、豆腐かゼリーの中にでも槍を突っ込んだような感触に、オージが唖然となる。

 オージの槍に砕かれ、粉々に粉砕したテーブルの先――槍に突き刺されたはずの男の掌は、ぷるんとした青く透明な物体に包まれていた。

 とっさに槍を引き抜いた瞬間、青い物体は水風船のようにぱちりと弾けて、男の足元へばしゃばしゃと落ちる。コンクリートへ染みを作っていく水が流れる先には、割れた「WATER」の瓶が転がっていた。

 

「な……今のは……?」

「知ってるか。俺とその仲間たちは、既に神にも等しい力を手に入れた。SOATとつるんでるお前らを御すにゃあ、片手で戦ってもお釣りが出るくらいだ」

「ッ、まさか、最近巷で起こってる、妙な超常現象絡みか? 勘弁してくれよ」

 

 それでも攻撃の手を緩めないオージだが、傍で武器をかち合わせる構成員に混じり、まだ大勢の客が混乱の最中で残っている状況では、あまり派手な大立ち回りを行うわけにもいかない。下手に振るうと、建物やそこにいる人間まで損壊させてしまう。

 あくまで周囲を気遣って槍を振るわないオージに、相手は苛立ちを募らせたようだ。

 

「おいおい、もっと本気でかかってこいよぉ。槍を持って暴れ者相手に有無を言わさず穿貫してきたお前が、今はもう手も足も出ねぇか?」

「……ここで植能を乱発するのは、周りの奴らに被害が及ぶ恐れがある。オレはもう、無益な争いはしたくない。頼むから、」

「ハッ! そんな生温ぃことだから、いざって時に客すらろくに守ることもできねぇ、金をふんだくるだけふんだくられる甘っちょろい組織になり下がるんだよォ、ここはよォ!」

 

 はっとオージが目を見開いて振り返れば、フロアの一角から女性達の悲鳴が上がった。

 舞台に出ていた女優達やホールスタッフ、客たちが一斉に、植能で作り上げられた檻の中へと閉じ込められていた。

 

「おいっ、どういうことだ!? ブラッズは……量産型植能は、鉄分を模した物理的攻撃に使われるだけのはず……」

「オレらを、これまで賭場にいた頭のぬるい連中と同じにすんなよ。既にそっちから引き抜いた人間だって大勢こっちに鞍替えしてんだ、奴らの知恵も借りて前以上の技術を作り上げんのは当たり前だ。もう、低級植能とは言わせねぇ」

 

 連中はいつの間にか、女性達だけを選んで誘導し、捕まえやすい位置に固めていたらしい。

 頑丈な鉄格子は、びくともしない。

 有刺鉄線のように電流を張り巡らせてあるらしく、助けに入ったクロカゲの構成員が、痺れに呻きながらその場に崩れていた。

 男たちは、がっはっはと豪快に馬鹿にした笑い声を上げた。

 

「凌辱も強姦も気に留めなかったおめぇらが人命救助とは、いいザマだなぁ! 今のお前たちはなんだ? ギャンブルのメインと言えば政府から配られるくじに馬券にカジノ台のいくつかのゲームだけ、ダーツもルーレットもスロットルも全部禁止じゃねぇか!  ただの犬に成り下がったお前らに、何ができる!?」

 

 人質を取られた以上、うかつには動けない。

 おそらくは鬱憤晴らしと金が目当てだろうと踏んでいたオージは、己の見込みの甘さを食いながらも、間一髪で男の拳を避けた。

 

「うんざりなんだよ。床の掃かれた、煙草も痰の香りもしねぇカジノ台なんて、こっちから願い下げだ」

 

 振り回された短刀が、オージの頬に切り傷を作る。唇から滴る血を舐めた男が、不意に頬を緩め、オージの鳩尾をナイフの柄で突いた。

 ドスの聞いた低い声が、一瞬暗くなった視界で囁く。

 

「お前らはお上の言うこと聞いて綺麗に生きてますってフリをして、いくらでも俺らのことを忘れりゃあいい。だが、俺らみたいな存在が、てめぇらの掌返しによってこの街から掃討出来ると思うなよ。

――これは、警告と報復だ。このセブンスコードに真に義賊として立ち上がる闇組織、アオカゲからのな」

 

 その組織を、オージは聞いたことがある。痛みをこらえ、ぐっと唇を歪めて、男の顔を睨み付けた。

 

(クロカゲになり代わる存在として台頭してきた組織、青色曲馬団(アオカゲ)……噂は本当だったのか?)

 

 その時だ。

 

「ねえ。女性を捕まえるんだったら、こんな無骨な檻の中じゃなくて、もうちょっと気遣いっていうか、せめて居心地よくしないと女に嫌われるよって、あなたの部下に言ってくれない?」

 

 腰のあたりから響いた言葉に、男は飛び上がって振り返った。

 紫袴に桃色の着物という、見慣れない装いをした女が、ちょこんと立っている。

 構わずに女――ムラサキは、あ、と声を上げながら顎に手をあてて首を捻った。

 

「それとも、こういうのは上司に頼むべきなのかな。上が方針を変えてくれないと、組織の常識なんて変わりようもないもんね」

「お、お前……! いつの間にあそこから!」

「大方風俗営業向けの商品にでもするつもりだったのかもしれないけど、そういう目的で女を捕まえる人が、耐性あるとも思えないんだなぁ。可愛くお願いしたら、みーんな出してくれちゃった」

 

 口から泡を吹きかねない男の前で、にこりと微笑んで首を傾げるムラサキ。

 植能で懐柔された仲間の男に、自ら牢を開けさせたムラサキの背後から、ぞろぞろと出て来た女たちが、裏方のスタッフに保護されていた。

 騒ぎを聞いて応援に飛んできたウルカやソウルも、誘導に加わっている。

 

「そっ! そんなバカな! おいお前! 何やってる! せっかくの上玉をフイにする気か!? もういい、そのへんの女とこいつだけでも捕まえろ! 早くしろ!」

 

 ぽやん、としていた仲間の男の植能が解けたらしい。

 はっと我に返ると、頭にバンダナを巻いた男は、逃げていく女性たちの群れからはぐれた数名と、その傍にいたウルカを狙おうとした。

 離れた場所で、他の男と応戦に入っていたソウルが、苛立たし気な声を上げる。

 

「ッ! くっそ、てめぇ!」

「おっと、動くなよ小坊主! そこからガス弾を撃てば、あの女どももろとも、煙に巻かれておさらばしてやるからな」

 

 じゃっ、と相対していた男がソウルにトンファーを向ける。

 奪えるものは意地でも奪ってやるという往生際の悪さに、ひとつ溜め息をついたムラサキは、すぐ後ろに破壊されず残っていたテーブルの面へ行儀悪く座ると、バンダナ姿の男へ手を振った。

 

「おにーさーん! ねえ、もうちょっと遊ぼうよ。私と」

「この女狐が! 何の術で惑わせやがったか知らねえが、今度はそうはいかねえからな!」

「ふぅん……? でもさすがのあなたも、リーダーの命には逆らえないよね?」

「あぁ!? さっきから何わけのわからんことを言ってやがる!」

「おい、この女の相手は俺がする! お前はさっさと商品を連れて、ずらか……れ……!?!?!?」

 

 リーダー格の男の声は、最後まで続かなかった。

 ムラサキが薄汚れたシャツの胸倉を引っ掴み、近づいた男の顔に、猛烈な口づけを施したからだ。

 

「~~~~っ!?!?!?」

 

 驚いたウルカも、ソウルも――その場にいた男の仲間たちまでもが、あまりの光景に唖然とし、固まっていた。

 が、しかしその意図を理解したウルカは、小声で客たちに、今のうち、と合図すると裏口から避難させる。

 他の者達は、スポットライトを跳ね返すねっとりとした舌の光沢に、ごくりと唾を飲むばかりだ。

 (まぐ)わらせた唇から、糸を引いて離れたムラサキは、ふっ、と不敵な笑みを浮かべて男を見上げる。瞬いた黒い瞳が、きらりと煌いた。

 

「出てって。ここにいる仲間引き連れて。今すぐ」

 

 どこか上気した頬で、定まらない視線を宙に向けていたリーダー各の男は、ふらふらと出口に向かって合図する。

 

「……おい、おめえら。帰るぞ」

「ええっ!? けど! なんでっすか!?」

「しっかりしてくだせぇ、ボス!」

 

 仕事を道半ばで投げ出してしまうよりも、ボスの体が心配になったのだろう。男たちは名残惜しい視線でクロカゲの面々を睨みながらも、おとなしく踵を返すボスを小走りで追って消えていく。

 ふー、と溜め息をついて目を閉じるムラサキの元へ、すぐにオージとソウルがすっ飛んできた。

 

「おいッ、大丈夫か!?」

「へーき、乱暴はされてないから……うえぇぇぇえっ、男の唾液ってやっぱ気持ち悪い」

 

 吐きそうになりながら顔を顰めるムラサキに、ほっとしつつ水を渡すソウル。

 傍のバケツに黙々とうがいした水を吐き出すムラサキを見て、オージは安心した様子を見せながらも呆れ顔だ。

 

「ったく! いくらあんたの肝っ玉が太いからって、まさかあんな真似するとは! 上手く気ぃ逸らせたからいいものの、一歩間違ってたらどうなってたかわかんなかったぞ!」

「でも、こういう青臭い無鉄砲な作戦って、嫌いじゃないでしょ。オージさん」

「あのなあ。上に立つもんにもなると、守るべきものもしがらみも増えて……って、オレあんたと会った事あったか?」

「会った事なくても、支配人の顔と名前ぐらい知ってますよ」

 

 少し疲れた笑みで顔を上げたムラサキは、ソウルに目配せをすると、すたすた出口へ向かう。

 

「それじゃあ……私はこのへんで」

「あっ! おい、名前ぐらい……! ここまでしてもらったんだ、謝礼は出さねえと」

「いいのいいの。私が勝手に首突っ込んだせいでああせざるを得なくなったんだから、自己責任だし……それより、女の子たちのケアをよろしくお願いします」

 

 そう言って、半壊した両開きのドアを潜り抜けたムラサキの背を、ぽかんとした表情で見送るオージの呟く声が、隣に立つソウルには聞こえた。

 

「いや、お前も女だろ……?」

 

 は~っ、と溜め息をついて頭を抱えるソウルに、オージが不思議そうに問い掛ける。

 

「アオカゲの奴らが使う得体の知れない力も気になったが……なんだったんだろうなぁ、彼女。お前、知り合いか?」

「いや、その……前、昼営業をバイトの子に手伝ってもらってるって言ったじゃないすか。その子っすよ」

「へぇ? あれが……えっ、あの差し入れ用の弁当に入ってた、超上手いおかずを作ってた奴か!?」

 

 もっと挨拶しとくんだった、と残念そうな顔を見せるオージの傍で、ソウルは店の中を片付けようと、横転した机を持ち上げた。

 オージは気付いていなかったようだが、あの一瞬、ソウルは目に留めていた。ムラサキが男へ口付けるその前に、腰に伸ばした手から、ポーチの中の何かを掴んで――

 

(あれは……チョコレート、か?)

 

 胸倉を掴む直前の動作で、仲間との会話に気を取られていた男にも知られぬまま、ムラサキは口に含んだチョコレートを、キスと同時に男の口へとねじ込んだ。男の様子がおかしくなったのは、果たしてキスで錯乱しただけなのだろうか、とソウルは考える。

 

(あのチョコレートに、なんか秘密が……?)

 

 しかし、その場で考えてもそれ以上分かるはずもなく、せめて明日の昼営業で一部エリアだけでも使えるようにと、ソウルはその後黙々と片付けに集中したのだった。

 

 

「はあ、やれやれ、びっくりした……」

 

 やむを得ない事態だったとはいえ、また植能を発動させてしまった。

 まさか、久しぶりに夜のクロカゲで遊んでみるかと行った先であんな目に遭うとは、思っていなかった。 

 帰り道、げんなりとしながら暗い道を歩くムラサキは、少し火照った頬を冷まそうと、人気の多い道を少し逸れた場所で風を浴びつつ、瞬間移動用の端末を起動させる。と、その時。

 

「ぽっ」

 

 何かが耳元で破裂したような音を聞くと同時に、白っぽいものとすれ違ったような気がして、ムラサキは振り返った。

 

「……???」

 

 もちろん、そこには何もいない。表通りの賑やかな喧噪が見えるだけだ。自然と戯れられるエリアの整備にSOATが力を入れているおかげで、このあたりは川辺の涼しい風が吹いてくる。

 

(……ぽ? ってなんだ? 鳩?)

 

 とっさに浮かんだのは平和の象徴だが、鶏がコケコッコーと鳴いているように聞こえないのと同じで、鳩も実際の鳴き声はあんまり半濁音には聞こえない。どちらかといえば、もっと人工的に人間が唇を窄めて出しているような、そんな……

 

「……まあ、いいか。これ以上面倒そうな奴らに見つからないうちに、さっさとログアウトしよ」

 

 なんとなく薄気味の悪さを覚えたムラサキは、この世界の自宅兼アパートへとワープする。

 その姿を、川辺の橋のたもとから、じっと見つめる銀髪の少年の姿があった。

 

「ふうん……? あの子、か……」

「……」

「しくじった男は、始末しちゃっていいよ。自己顕示欲ばっか強くて、ボクらのことまでバラしそうだから、あの紋を剥奪したらそのうち足切りしようと思ってたんだよね。キミの出番は、あの子を避けて狙おうか」

 

 川面から吹く風が、だぼついたオレンジのジャケットと、それを着た小柄な少年のさらついた襟足を撫でる。

 その銀髪と同じくらい、白くまっさらな燐光を放つ裾が、彼の傍で翻った。

 

「ぽぽぽっ」

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