SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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ちょっと時間は遡り、閑話休題的な小話です。
ムラサキの持つ謎チョコレートの原料について、書いてあります。
ムラサキ以外の、名前を持つオリキャラが初登場する回です!


1-14 媚薬

第14節 媚薬

 

 これは、ムラサキがママの風俗店を退店する、少し前の話である。

 

「うげぇ……最悪……。うー……やっぱり男って相性が悪いのかな……」

 

 アパートの一室。火照る体で、ベッドの上に蹲ったムラサキは、布団を抱き枕代わりにしながら呻り声を上げた。

 体が熱い。どうしようもなく。

 少し体と身に纏った布が擦れただけで、じんじんと疼きを感じる。

 口移しでの媚薬投与は、極力最終手段なのだが、どうせなら相手に絡まれて面倒になった時に、それで適度に手なずけて犯させてしまった方が早い、という考えが、ムラサキの頭の中にあった。どうせこっちの世界で妊娠はしないし。

 怯えたクロカゲの子達が無理矢理男に襲われるのを黙って見ているよりは、自分が代わりになった方がずっといい。

 そう思って、その日ムラサキは、街で柄の悪い男らに絡まれていたベビードールの子達から、纏めてそいつらを引き剥がし、個室で相手をしたのだけれど、複数人の相手はやっぱりキツかったらしい。

 

 男性との性行為について、変に慣れている割に性的興奮以外の要素を感じにくい自分は、見知らぬ男に道具代わりにされたところで心に大した傷を負うとは思っていないのだが、あいつらから精気を取った後の、この紋の暴走具合は何とかならないものだろうか。

 ムラサキの意志に関係なく、この淫紋は相手から精気を吸い取ってしまう。

 どんな性別の誰と行為に及んだところで、ある程度植能が荒ぶってしまうことには変わりないものの、なんというか、女性を相手にした時の穏やかで波のような、深く水底に沈んでいくような、苦しいけれどどこか心落ち着く感覚と違って、男性相手の時はひりひりダラダラと、冷房のない真夏のような鬱陶しさを感じる。

 同じ副作用でも、不快感は男性客の時の方が圧倒的に上だ。だから、ムラサキは女性だけを相手にする商売をしているのだ。

 

(折角こっちに来たのに、今日は仕事もできず寝たきりか……リアルで熱出した時とたいして変わんねえじゃん……)

 

 一旦ログアウトしたとしても、その不調は継続して続くこともある。

 せめて予約が入っていなかったことを幸運に思おう――としたところで、ムラサキの携帯が着信音を鳴り響かせた。

 この世界で、自分の私用の携帯に掛けて来る人間は、ごく僅かしか心当たりがない。

 肉体的理由と精神的理由、その両方から腕を持ち上げるのを億劫に思いながら、なんとかサイドテーブルに手を伸ばしたムラサキは、蛙の潰れたような声を出して応答した。

 画面がぴかぴかと、薄暗い部屋で光る。

 

「はい……」

『うっわー、ひどい声。え、大丈夫? 二日酔い?』

「やっぱり……。予約の時はママの店を通してって、前から言ってるじゃん……」

『まあまあ。あたしとサキの仲でしょ~? そっちの店だって、常連客とのやり取りに関してはそんなに口煩い規則ないし皆ゆるゆるなんだからぁ、目くじら立てる事ないじゃんっ? 別に減るもんじゃないんだしぃ~』

 

 いや、減るんだが。

 と、真顔で思いつつも、そう言い返す気力もないムラサキの耳元で、電話の主が何かに勘付いたように声のトーンを上げた。

 

『待ったっ! ね、今もしかしてすっごい調子悪い? ひょっとして植能使った後!?』

「……」

 

 黙り込んでしまったことを、ムラサキは後悔した。

 どう答えるか考えるような間こそ、こいつにヒントを与えてしまうようなもんだというのに。

 電話の主は、目の前にそのたまらない嬉々とした表情がくっきりと浮かぶほど歓喜の声を上げると、思いっきりこう叫んだ。

 

『決まりねっ! あたし今からそっち行くから! だいじょぶだいじょぶ、報酬はいつもと同じ倍払うしっ! ムラサキはそこから一歩も動かないでいいからね! 大人しく、服でも脱いでマグロになっておいてくれたまへ! そいじゃ!』

 

 当然、返事を聞くこともなく、叩きつけるように電話が切れる。

 はあ、と盛大に溜め息をついて、携帯を手から転がり落しながら、ムラサキはベッドの上へ脱力した。

 どうせ、逃げようと思ってもこの体じゃ逃げられないし、逃げ切れる気もしない。

 どこへ隠れようと鍵を閉めようと、人間の体調不良を喜ぶあの頭のおかしいマッドサイエンティストは、ピッキングでもハッキングでも何でもして、ムラサキを見つけ出してしまうのだ。

 

 

「さてさて! じゃーサキ! 今日こそ愛液の現物をっ」

「まてまてまてまて」

 

 鍵を掛けておいたはずの玄関を難なく開け放ち、挨拶もなしに一足飛びでベッドの傍へ飛んできた赤縁メガネの女が、試験管片手に足の間を開こうとするのを、ムラサキは辛うじて押さえつけて止める。

 

「愛液ならもうコピーで渡したやつがあるでしょ!? っていうか、あんたが私の植能を研究したいって言うから協力してやってんでしょうが! いつから体液コレクターになったの! もうそれストーカーより重傷だよ!?」

「んええ……研究だよう。だって、サキの体から出た分泌物を分析しないと、それが植能とどう関係してどういう機能を持ってるかもわからないじゃん。それに暴走直後の方が、やっぱいいデータが取れるっていうか、フェロモンも濃厚だしいい匂いがして……んふっ……ぐふぇふぇ、最高。襲いたくなってきちゃった」

「わかった。わかったから落ち着いてくれ」

 

 涎を垂らしかねない変態コレクターを、とりあえずこれ以上植能の力に当てないようにと、ムラサキはなんとか宥めて遠ざける。

 先ほどまでの怠さが、心臓の鼓動と共にいささか遠ざかったのを感じたムラサキは、本当に危機感を覚えた時って人間案外動けるものなんだな……と遠い目で思いつつ、とりあえず手持無沙汰に淹れたインスタントコーヒーを、目の前の女性へ――ミソラへと渡した。

 すんすん、と香りを嗅ぎながら、ミソラはうっとりとした顔を上げる。

 

「あ~~、徹夜明けのコーヒー、やっぱり最高」

「それノンカフェだけどね。今回は何徹してるの?」

「ん~、覚えてないけど、もう三日ぐらいログアウトしてないんじゃないかなぁ」

「やっぱこいつ狂ってるわ……」

 

 気安い口を叩きながら、ムラサキはローテーブルの向かいに座り、彼女に渡すべきものを渡すべく鞄を探る。

 手のひらサイズの試験管のような、細長いガラスの瓶に、ハートの蓋がついたもの。

 どこからともなく、ぽたん、ぽたんと瓶の中には雫が落ちて来る。とろみのついた透明な液体が溜まっていて、満タンに近くなったそれを、ムラサキはミソラに手渡した。

 薄手のタンクトップとショートパンツからはみ出そうなほどグラマラスなボディをしたミソラは、このこぢんまりしたムラサキのアパートに居るだけで、とんでもない存在感と圧迫感がある。このちゃらけた見た目からは考えられないが、彼女の職業は研究者だった。邪魔そうな胸にも構わず机に肘を突き、瓶を振りながら、下から覗くようにミソラは観察した。

 

「ん、確かに。なんだぁ、こんなに溜まってるなら早く言ってくれればよかったのに。替えの瓶ないでしょ?」

「最近色々あって結構ペースが速いから、あんまりソラに作らせるのも悪いかと思って……」

「そんなこと、気にしないでいいよ。サキはあたしの知的好奇心を満たしてくれる、きちょーな試験品(サンプル)なんだからねっ? それに、サキが作らせてくれる劇薬チョコレートのおかげで、徹夜で研究の時でも目が冴えてギンギンなんだからっ」

「まあ、こっちだって、ソラが護身用にってそれをチョコの形に加工してくれるおかげで助かってるんだけどさ……でも、常人でそれ食って無事な人間、今のところソラだけだよ……?」

「もう、常備食だよ~。二、三個でやめとこっと思うんだけどさ、ついつい手が伸びちゃって。気が付いたら一晩で全部なくなってたりするんだよね」

「それはおかしい」

 

 おかしいが、ミソラを常人の基準で計ることが間違いだったかもしれない、という今更すぎる気付きに、ムラサキは溜め息をついた。

 

 ミソラとムラサキの出逢いは、ムラサキがセブンスコードに渡航し、女性間風俗の仕事を始めてほどない頃に遡る。

 未だ植能の力に半信半疑だったムラサキだが、多くの客が入れ墨としてムラサキの紋を受け流す中で、当時客としてやって来たミソラだけが、その発動と効能に並々ならぬ興味を示し、研究させて欲しいと申し出てきたのだ。

 ミソラ、というHNを知っているだけで、それが本名なのかも、フルネームが何なのかも知らない。

 にも関わらず、マッドサイエンティストを名乗るミソラは、ムラサキがこの世界で唯一過去からやって来たことを明かした相手であり、共にこの紋の究明を手伝ってくれている、顧客兼悪友だった。

 

「サキと寝て、植能の発動時だけじゃなくて、体から発する成分にも何かしら効果があるんじゃないかなって思ったけど、やっぱり正解だったね。ラブジュースが催淫剤なんて、架空の話だと思ってたのにさー。そりゃ、これ舐めれば舐めるほど相手が興奮するわけだよ」

「それを集めて固めて薬にしようなんて考えるの、さすがミソラだよね……」

「だってぇ、サキの植能は武器に変わるわけじゃないんだし、何かしら使えるものは多い方がいいっしょ? これの変化見てたら、サキの体調の変化とかも分かるし。生理痛とか痛みは相変わらず?」

 

 手で瓶を転がすミソラの問いに、ムラサキは憂鬱げに頷いた。

 

「うん。やっぱり、私にはあるみたい。こっちの世界は、植能で攻撃されたとしても痛覚はないとかいう話だったのにさ~。

指切ったりした時も勿論痛いし、食べ過ぎれば胃もたれするし、頭痛も筋肉痛も生理痛もあるんだよ!? っていうか、生理なんかこっちにログインしてる人には起こらないでしょ、普通! ミソラに教えてもらわなきゃ、いい薬局もこっちで見つけられなかったしさ、もう散々」

「ふぬぅ……やっぱり、それは過去からこっちにログインしてる影響なのかもねぇ。こっちの人間に適用されるパッチが、多分時間渡航者には効かないってことなんでしょ。生理はもしかしたら、植能の代償なんかもしれないけど……。

時空を超える、なんてブッ飛んだこと起こってる時点で、変なことのひとつやふたつあったって、別に不思議じゃないけどさ~。気の毒だよね」

 

 セブンスコードの人達は、この世界で痛覚を知らない分、痛みや苦痛には敏感だ。

 ミソラも同じ類だったようで、素直に同情の目を向けるものの、すぐに爛々とその瞳を輝かせる。

 

「ねっ、じゃあさ、やっぱり原液から作った方がもっとやっばい薬作れると思わない!? どんな暴力男も、これでイチコロだって」

「いや別に私は媚薬欲しさに愛液提供してるわけじゃないから! これ以上強力なの作ってどーすんの!?」

「確かにこの瓶は、あんたの愛液を分泌に応じて自動コピーできる仕組みになってるけど、それでもコピーは所詮劣化コピーだもん~。体から直接出た奴の方が、色もドロドロも絶対すごいし、変質前の成分で分析できるよぉ。ほらぁ、自然界の力を残した消毒も何もしてない水の方が、安全性には欠けるけど霊力が強いみたいな話、オカルトでも言うでしょー? だからぁ」

「私をオカルトと一緒にすんな! てか一応人の口に入るもんだからせめて衛生面だけ確保してくれっていう、私の最低限の譲歩でコピーの採取になったと思うんですけどぉ!?」

「固い事言わずぅ。サキが過去から持って来たいって言った、食材とか調味料とかだって、ぜーんぶあたしが研究の対価として作ってあげたでしょー? 『麻婆茄子の素』とか、あれ地味にデータ化大変だったんだから」

「その節は大変お世話になりましたけど、それとこれとは別!」

 

 元の世界ではプログラミングなどさっぱりなムラサキのために、セブンスコードで必要な物資をデータ変換して提供するのを手伝ってくれたのも、ミソラだった。

 故に、それを持ち出されると断りにくいものはあるが、いやなものはいやだ。こいつにこれ以上何か提供すると、本気でヤバいものを生み出しかねない。

 じりじりと迫るミソラに、もみくちゃにされながらカーペットの上で抵抗するムラサキ。

 宇宙飛行士が尿を濾過して飲用水にするのと同じく、ミソラが作った特殊なガラス瓶にたまるムラサキの愛液からは、本体からの複製の過程で、細菌や有害物質(に相当するデータ)が取り除かれている。飲みたがる人間はいないだろうが、飲んだところで欲情する以外の害はない。

 作ったチョコレートが悪党に食わせること前提で、万が一にもウルカや少女たちに口にしないよう念を押していたのは、これが原因だった。

 

「い、いくら綺麗とはいえ、私の体から出たもん飲ませるとか、気持ち悪過ぎるわよ! それでさえ抵抗あんのに、原液とか!」

「ムラサキはやさしいなぁ。ど~せ飲ませることになるのは人の心がない奴ばっかなんだから、気にしなきゃいいのに」

「気にしますけど!? 髪の毛とか血液とか混入するヤンデレ娘のチョコレートか!? 何プレイだそんなん殺されるわ!」

「だいじょーぶだいじょーぶ、屍になっちゃったら、向こうはムラサキを殺せないからさ☆」

「やめてよ私バーチャルの世界だとしても前科とか作りたくない!」

 

 そういう訳で、絶対に嫌だとぎゃあぎゃあ暴れていたムラサキにのしかかったまま、呆れたように髪を振ったミソラは、タンクトップの上に羽織っていたシャツを脱ぎ落とした。

 

「もう~。わかったわかった。残念だけど、あたしの舌で味わうだけで満足しといてあげるから。抱かせて? キツいんでしょ」

 

 大柄で豊満な肉体を持つミソラに、汗だくの体を抱えあげられてぽいっとベッドの上に投げられる。

 白い体を躍らせてその上にのしかかってきたミソラは、ぺろりと舌で唇を舐め上げ、妖艶な笑みを浮かべた。

 

 そうだった。ミソラは客なんだった。

 客だけれど、ムラサキにとっても役に立つ相手。どうせこの溜まりに溜まった欲情は、発散することでしか鎮めることが出来ないのだから。

 ミソラが相手の時は、ムラサキは常に抱かれる側で、がっつかれるあまり消耗も激しいのだけど、今日に限っては助かるかもしれない。

 喉元を登ってくる唇を受け止めながら、ムラサキが呟く。

 

「ん……ていうかさあ、こんなヤバい研究、資金無尽蔵で出来るって、ミソラって実は相当偉い機関の人でしょ? どこ所属なの?」

「ん? ふふー。ちょっと言えないとこ」

「あんたが言うとシャレに聞こえない……」

「はいはい、もうこっから先は難しい話はナシだよ。今はあんたの『お仕事』に集中しなさい」

「はぁ…………。もう」

 

 掌が、服の隙間を潜り、這ってくる。

 ムラサキは、暴れ回る熱を消してくれることを祈りながら、諦めてベッドに四肢を投げ出した。

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