SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
そこでヨハネは、過去から来たムラサキとの時空の差を表すという、不思議な懐中時計を目にする。
ようやく、ちょっとずつラブコメっぽい雰囲気になってきましたね。
第18節 時差
「危なかったぁ……! リアちゃんの植能が
息せききって自室の前へ辿り着いたヨハネが、周囲に人がいないことを確認してようやく一息つく。
頑張って声を出さないように付いて来ていたムラサキも、息継ぎをする人のようにぷはぁっと呼気を吐き出しながら言った。
「あ、あれがリアちゃんかあ……ううう、やっぱり可愛い! めーちゃくちゃ可愛い! あ~~リアちゃんこそ可愛くっていい匂いする気がする、癒しだよぉ……」
「感動してるところ悪いけど、あんたがリアちゃんに対面するってなると、それ訳アリでSOATに来てる時ってなるからね? ……とりあえず、中に入るよ」
ピッ、とカードキーでロックを解除して、ヨハネがスライド式の扉を開ける。
中にはベッドや机、クローゼットなど、ひととおりの家具が揃っていた。
「おお~~! ここがヨハネさんの部屋……って、別に中の構造は他の隊員さんと特に変わらないか」
「基本的に個室のデザインは一律だからね。改造はある程度認められてるけど、あんまり大掛かりなリノベってなると、許可とか敷金とかめんどくさいし」
「綺麗に片付いてるんだね。えらいえらい」
「別に……そこまできっちり片付いてるって訳でもないよ。ただあまり汚いと、モチベーションが下がるってだけ」
目を輝かせて中を見回していたムラサキは、律儀にその傍で眺めるのを待っていてくれたヨハネから、遠慮がちに目を逸らして言う。
「あの……もうそろそろ、手離して大丈夫だよ?」
「!!!」
そう言うと、ヨハネは手錠があるにも関わらず握ってしまっていたムラサキの手を、思わずばっと離した。
反射的に離された右手を、手袋越しのヨハネの体温を惜しむように左手で握り締めたムラサキは、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「別に、私はずっと握っててもらっても構わないんだけど……ヨハネさんが、恥ずかしいかなって」
「恥ずかしいも何も、繋ぎっぱなしじゃ作業できないでしょ……っ」
「ふふ、そだね」
何で繋いでいたのかには、深く突っ込まない。
仄かに赤くなった顔をぱたぱた仰いでからパソコンの前に座るヨハネの隣へ、ムラサキも同じ椅子に割り込む形で強引に腰を下ろした。
「……ちょっと。なんであんたがこっちに座るの。ここボクのデスクなんだけど。立ってればいいじゃん」
「そんな意地悪言わないでよ。ヨハネさんお尻小さいんだから余裕でしょ? 私だって立ちっぱなしの走りっぱなしで疲れたんだから」
「なっ……、図々しいっ……! だいたいこれ、本部に直接繋がってるパソコンだから機密だらけなんだけど!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、こんなん私が見てもさっぱりだもん」
マウスを右手で操作するヨハネの左半分の座面に、はみ出ながら無理やりくっついて座るムラサキを、ヨハネは嫌そうに見やっていたものの、最早反論する方が疲れるだろうと諦め、その場に居ることを許した。どのみち、離れようと思っても離れられない。
まるでそうするのが当然、と言わんばかりに、ヨハネの隣にもこの部屋にも溶け込んでいるムラサキを見て、呆れながら彼は思う。
(なんか、気付いたらいつもこいつにペースを持ってかれてるような気がするんだけど……。これも植能のせい?)
「ほら、早くパスワード入れて」
「はいはい、わかってるよ」
狭苦しい一人用の椅子を分け合いながら座った二人は、共に画面をのぞき込む。
「えっと、解除コード……これだ。あ、」
何かのデータをダウンロードしていたヨハネは、ぱかっと口を開けると、がっくりうなだれた。
「どうしたの?」
「忘れてた……この手錠新品だから、まだ登録番号を申請してないんだ。最初にあの鍵の登録番号をデータ登録して、それから初めて、鍵のコピーが出来るんだけど」
「……えーと、つまり今ここにある手錠だけでは、どうにもならないってこと?」
「そゆこと。ミスった……完全な無駄足だ」
あー、と頭を抱えるヨハネの手錠を、ムラサキがつんつんと引っ張る。ここだと座り心地悪いからベッドに座れということらしい。
さすがのヨハネも、今度はそれに逆らわなかった。ぼふん、と背中からふかふかの布団にひっくり返って、目元を覆う。
「ふふふ」
「何笑ってんだよ」
「んーん、あんなに有能なヨハネさんでも、こんな事あるんだなぁって思って」
「ボクは別に有能なんかじゃない……あんたが何を見たかは知らないけど、結局ニレのバックアップも破壊できなかったし、捕縛も解除できなかった」
「それでも、えらいよ。何にもしないでただじっと隠れてることだって出来たのに、いっぱい頭使って考えて、メモ帳びっしり埋めるぐらいに書き込んで。あんな訳分からない捕縛の仕組みを、よく一人で解き明かしたな~って。合理的じゃないコトは嫌いって言いながら、本当に一生懸命なんだから。……やさしいね、ヨハネさんは」
降りかかった声に思わずヨハネが目を開けると、すぐ傍に寝転がったムラサキが、体を横に向けながら優しい眼差しでこちらを見ていた。
今更ながら、二人でベッドに並んで寝ていた事に気が付いたヨハネが、顔に血を上らせながら慌てて起き上がる。
「うわわわわあ!!!」
「ぢょっっっ痛い痛い痛い! 急に起き上がんないで!」
「バ、バカ! ボクのベッドなのに何勝手に寝てんだよ!?」
「ヨハネさんが寝っ転がったから? いいねえ、これ。ふかふかで。もうちょっと寝ててもいい?」
「ダメ!!! 作戦の続きを考えるんだろ! っていうか、そうじゃなくてもダメっ! 1秒寝たら1ゴールド取るから!」
「やだもう、いけずぅ」
そんな軽口を叩き合いながらも、ベッドの上に置き直ったムラサキは、真面目な顔になった。
「あの八尺様の水に飲まれた時、ヨハネさんは何も聞こえなかったんだよね」
「ああ……けど、あんたは『かえして』って声を聞いたんだな?」
「テレパシーみたいな感じだったけどね。ミカちゃんが倒したミニ八尺様の中には、紋で操られた人達が入ってたわけでしょ? ……だったらボス的な八尺様の中にも、誰かがいるんじゃないかと思って。その人が、あの時ヨハネさんが飛ばした帽子を取り返したいと思って、発した言葉だと思ったんだけど」
狼狽したような慌てたような八尺様の動きと、直後にヨハネとムラサキを襲った八尺様の言葉。
帽子が飛ばされたことへの怒りから出た行動ではないか、というのがムラサキの推論だった。
「てことは、操られてる人間の意識も、多少は暴走中の怪物に介入してるってことか?」
「わからない……半分くらい無意識なのかもしれないし、何かのきっかけで目覚めるみたいにして、突然戻ることもあるのかもしれないよね。
……もしくは、あの八尺様自体が、宿主にされてる人間の強い感情で動いてる、とか」
ムラサキの言葉に、こぢんまりした部屋がしんと静まり返る。
脚を組んだまま、制服姿で顎先に手を当てたヨハネが呟いた。
「水……コニが司っていた柱はたしか、『色欲』か」
「それと直接関係あるのかどうかは分からないけど? なんかそんなに、エロエロな感じの八尺様には見えなかったし。まあ、あの触手使えば、一部の人が好きそうなプレイは出来そうっちゃ出来そうだったよね」
「あんた、幼い顔して割とエグいこと口にするよね、さっきから……」
「だって、実年齢はとっくに成人してますからー?」
そう言って足をばたつかせたムラサキは、ふと思い出したように、懐から何かを取り出した。
じゃらり、と首元から繋がる鎖を揺らして、引き抜かれたその手の上には、ウサギと鍵の模様が施された蓋の、懐中時計が乗っている。
ぱかり、と開けられた蓋の下から、何の変哲もない文字盤が姿を現わした。
「……時計? 時間が合ってないみたいだけど」
「ああ、うん。この世界の時間とは、ちょっと違うからね。この長針が一周すると、本体の私がいる過去の世界では、一時間経つことになるの。ざっくりだけど、長針を見れば私がこの世界にログインしてきてどのくらい経つか、短針を見れば向こうの世界で何時間過ぎてるか、分かるってわけ」
「あんたは過去から来てるから、こっちの時空の流れと、向こうの時空の流れが、違うってこと……?」
「そういうことみたい。毎回、その進み方も違うみたいなんだけどね~。今日は……うん、比較的ゆっくりだな。出来れば、短針が『4』を指す頃くらいまでには帰りたいとこだけど」
時空の流れの差を表す特殊な懐中時計は、ムラサキの友人であるミソラ製で、うっかり長時間滞在して向こうの体を疲弊させないためにもあった方が便利だろう、と作ってもらったものだった。
秒針が進めども進めども、なかなか長針の動かない不思議な時計を見ながら、ヨハネは計算した。
「作戦は夜の予定だから……多分、さすがにそこまではかからないと思う。今はもう夕方だし」
「うん。なんとか本日中にケリがつきそうだなって思ったから、私も協力したの」
「あの怪物、本当に帽子におびき寄せられて来るかな?」
「絶対に来るよ。……なんていうか、これは理屈があるわけじゃなくて、ただの勘だけど」
そう言って俯くムラサキに、ヨハネは眉根を寄せる。
色づいていく外の夕焼けを映し出した、ホログラフィの窓を見ながら、ムラサキは呟いた。
「なんとなくだけど……すごく悲しい味がしたの。あの水に飲まれた時……どこかで知ってる味って思ってね。
最初は、海で水を飲んじゃった時に似てるなって思ったけど、多分そうじゃない。
あれ、きっと涙の味なんだよ」