SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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思いもがけない、八尺様の正体とは。
八尺様事件、ついに一応の解決です。
「かえして」というセリフの一言により思ったより激重の展開になってしまい、作者自身が一番びっくりしました。
(ここまでプロットで考えてなかった)


1-20 水子

第20節 水子

 

「な……なんだ……?」

 

 帽子が止まり、面食らうヨハネ達の数メートル先で、青く発光する人影は佇んでいた。凍って折れた脚が瓦礫のように折り重なり、腐敗した八尺様の名残がどろどろと広がる向こう側からも、隊員たちが様子を窺うようにこちらを見ている。

 ぼすんっ、と不意にタイヤがパンクするような音がして、ヨハネ達の乗っていた帽子が、急に縮み出した。

 

「わわっ、おい、どうした……!」

 

 思わずヨハネが声を上げるが、乗り物ほどあった麦わら帽子はぷしゅうと縮んで、普通の大きさになる。どうやら、八尺様の力が弱体化したことにより、帽子もそれに合わせたまともな大きさに戻ったらしい。

 そんな中、ムラサキだけは血眼であるものを探していた。氷上にとびちった水の中から、きらりと光る物体を探し出すと、ぐいぐいヨハネを引っ張る。

 

「あった! ヨハネさん、鍵! ほら、鍵だよ!」

「お、おい近づくな! 八尺がすぐ傍に……!」

 

 自ら近づく形になったムラサキは、青い人影の足元の水からそれを拾い上げると、ようやく手錠のロックを解除する。かしゃんと音がして、二人の手首が自由になった。

 

「「やったあ……!」」

 

 見ていた隊員たちは、ヨハネ達がペアで息を合わせながら攻撃に当たっているのだと信じて疑わなかったようだが、当事者達にとってはこの上ない解放感だ。

 思わず二人で掌を打ち合わせてから、ようやく間近にいた八尺様に注意が向く。

 もう、身長は八尺もなかった。一般的な、女性らしいシルエットを象った平均的な大きさだ。この状態では、たとえ攻撃したくとも、攻撃する術などないだろう。

 けれどもヨハネは、自由になった両手で油断なく銃を構える。

 

「待って、ヨハネさん」

 

 その姿を一旦制してから、ムラサキは青い人影に立って向かい合った。

 

「……」

 

 もう鳴き声を発しない八尺様は、静かだった。ただ悲しげのあるオーラを纏って、淡い光を氷に反射させている。

 

「――かえして」

「!!!」

 

 聞き覚えのある声が、今度はヨハネの耳にも届いた。

 頷いたムラサキは、潰れて放置されていた麦わら帽子を持って来ると、その形を整えて女の影に手渡そうとする。

 

「おい、ムラサキ……」

「大丈夫、動けなくすればいいんだよね」

(このくらいの大きさだったら、今なら私の植能が効くかも……)

 

 得体の知れない存在へ近づいていくムラサキを、思わずヨハネは止めるが、立ち尽くす青い影に近づいたムラサキは、例の催淫剤入りチョコレートを一粒掴むと、それを口に含んで植能を発動させながら、女の手首らしき部分を掴んで、ぐっと背伸びをした。

 

「ちょっとごめんね」

 

 傍から見たSOATの隊員たちがあんぐりと口を開けるのも無理ないぐらい、異様な光景だっただろう。

 袴姿の女が、触るのも憚られる青いゼリーのような不気味な怪物に、下からちゅっと口付けている。

 どこが口かも分からないまま、適当に唇の先で割入るようにして舌を滑り込ませたムラサキは、やっぱりどこかで感じたことのある味だ、と思った。

 

(……しょっぱい)

 

 そう、強いて言うなら、リアルで舐めた時の愛液や、汗の味にも似ている。なんとなくうっすらとしょっぱくて、刺激的で、あんまり美味しくはない。

 その時、ムラサキの脳内に、何か映像の断片のようなものが流れ込んで来た。

 

『だいじょーぶだって、デキたら堕ろせばいいから』

 

『はあ!? 誰が金出してやるっつったよ! てめーで何とかしろ!』

 

『リアルで幻滅させてきたのはお前だろ。もうお前とオレは、赤の他人なんだよ!』

 

(……? 何……?)

「む、ムラサキ! もういいって……!」

 

 不気味なのか扇情的なのか分からない光景に耐えかねたヨハネが、ムラサキを八尺様から引き剥がすまで、彼女と八尺様が繋がったような奇妙な感覚は続いていた。水っぽい両腕に抱かれたムラサキは、いつの間にか八尺様に取り込まれそうになっていたのだ。

 ヨハネの背に庇われ、ぼんやりと氷の上に尻餅をついたムラサキの前で、八尺様はその身をぼうっと光らせながら、地面に落ちた麦わら帽子を被る。

 白く輝くようにも見える帽子を被りながら、ゆっくりとスカートを翻しながら振り返った八尺様は、またもや声を発した。

 

「――かえして」

「お、おい、なんか、帽子じゃないみたいだぞ……?」

「え、うそ、これ以上何すればいいの……?」

 

 苦心した作戦が徒労に終わり、互いに抱き合うような格好になりながら呆然とするヨハネとムラサキだったが、八尺様はそちらには注意を向けずに、完全に氷が割れまくったフィールド上の、SOAT隊員たちの方へぐるりと顔を向ける。

 彼らが、息を飲む気配が伝わってきた。

 

「あ、ああ! ひ、ひぃぃいっ!!!」

 

 隊員たちの中、ひとりの男が前線からふらふらよろめくと、瓦礫の欠片に躓いてずでんと後ろにひっくり返る。零れ落ちそうなほど目を見開いて、逃げようにも恐怖で震え上がり、それ以上動けない様子だ。

 一体何が起きたのかと、ヨハネとムラサキも立ち上がって八尺様の前へと回り込む。その二人も、思わず驚愕に息を飲んだ。

 

 八尺様の様相が、変わっていた。まるで氷に彫刻を施したように、あるいは画家がデッサンをするように、茫洋としていたワンピースの服装にも、その手足や爪、表情にも細かい皺が刻まれ、輪郭を帯び……

 気が付いた時には、一人の若く美しい少女が、背筋を伸ばしてそこに立っていた。高校生か、大学生くらいだろうか。

 その顔を見て、男は驚いていたらしいのだ。

 他の隊員たちが、八尺様の変化よりもその反応を不思議がる前で、隊員の男は氷の前に躍り出て、頭を地面にぶつけそうな勢いで深く土下座をする。

 

「ひ、ひい、すまなかった、すまなかった……! オレが悪かったんだ、許してくれ!」

 

 必死の命乞いにも見える行動に、ヨハネとムラサキもぽかんとする。

 けれど、ムラサキはさっき見た映像の一片を思い出していた。

 

(この男、もしかして……)

 

 氷の上を滑るように、裸足で一歩足を踏み出した八尺様――いや、少女は、初めて人間らしい文章の連なりを口にして、喋り始めた。

 

「あなたと私は、このセブンスコードで出逢って恋人になったよね。

君に似合うよって言って、私にこのワンピースと麦わら帽子を買ってくれた。初めての好きな人ができて、私とてもうれしかった……」

「あ、ああ……」

「リアルでも結ばれようって、あなたは言ってくれた。

でも、しばらくしたらあなたは会いに来てくれなくなって……リアルでの連絡も取れなくなったから、私、ずっとずっと、このセブンスコードで待ってたよ。

だって、リアルの私の体には、もう私たちの赤ちゃんが宿ってたから……」

「ひ、ひぃ……」

 

 会話は成立しないが、がくがくと震える男の前で、少女は穏やかな微笑みさえ浮かべながら話し続ける。

 その証言に、ムラサキ達は息を詰めて耳を傾け続けた。

 

「あなたに会ったのは、堕胎費用を迫るためじゃない……あの子を出産するための、お金が欲しかったの。もうそれ以上、あなたを困らせるつもりはなかった。関係を持つつもりもなかった。

あなたとの間に何があったとしても、私は一人で産んでこの子を育てようって、そう思ってたから。色々悩んだけれど、あなたがどんな人でも、私はお腹の子に愛情を感じていたもの」

「う、うう……」

「……でも、少ない財産を奪われることを恐れたあなたは、私を駅の階段から突き落とした。

リアルで意識最小状態になった私は、今でも目覚めることが出来ないまま、このセブンスコードを彷徨ってる……

誰も助けてくれないから、こっちで身売りをして稼いで、路地裏の暮らしを抜け出せずに……」

 

 驚きと動揺が、傍で話を聞いている隊員たちに広がっていく。

 今ここにいる全員が、男の働いた悪事の証人と化していた。

 

「……どうやら、捕まえるべき相手が違うようねぇ」

 

 ミカが、その巨体でのっしと立ち上がる。

 びくっと体を強張らせた男は、最後の悪あがきとばかりに逃げ出そうとするが、氷で滑った拍子に、まるで少女の不思議な力に引き寄せられるようにして、すぐ傍へ滑り込んで来た。

 

「あ、あ……」

「誰も手を出さないで。この男は私が殺す」

 

 冷徹な瞳が青い輝きを帯び、ワンピースから伸びた手足がイソギンチャクのような幾重に枝分かれする軟体と化した。

 その中心に埋まった少女の顔が、能面の如き表情で男に告げた。

 

「私を犯して捨てたことは、悲しいけど許すわ。私を階段から突き落としてリアルから殺してしまったことも……許す。あなたが好きだったもの。

ねえ、でも、私の命なんかいくらでもあげるから。

あなたの命なんていくらでも奪ってあげるから。

代わりに、あの子をかえしてよ。

ねえ――私の赤ちゃんを、かえして」

 

 その白い頬を、一筋涙が流れた瞬間、触手が濁流のように男に襲い掛かった。

 

「ウアアアアァーーーーッッッ!」

 

 ぎちぎちと四肢を触手で固められ、捻り上げられた男の体から、筋繊維がぶちぶち千切れる音がする。断末魔の悲鳴が上がり、隊員たちはその後の悲惨な光景を恐れて思わず目を背けたが、そこへ介入してきたミカが、一太刀で触手を切り落とした。

 

「リバーッ! 猛毒を放散ッ!」

 

 ぼとぼとっ、と青い触手の先が氷の上へと落ち、魚のようにびちびちとのたうった。

 解放された男が、ぜえぜえ息をつきながら身を痙攣させ、意識を失う。

 その剣を威嚇代わりに翳したままで、ミカは少女に語り掛けた。

 

「やめなさい。これ以上やると死んじゃうわ」

「……」

「アナタの怒りや悲しみはわかるわ。ごめんね、アタシ達がアンタみたいな存在に、ちゃんと気付いてあげられなくて。

けど、何をしたって、失ったモノはもう戻って来ないのよ。どんなに辛くても哀しくても、こんなヤツのためにアナタが罪を犯すことない。コイツはちゃんと、法によって裁かれるべきなのよ。

大丈夫。アンタが望む復讐は、社会がちゃんと果たしてくれる。だから、アンタがそれ以上、他人の血で自分を汚さないで。

そうしないと、アンタの赤ちゃんも悲しむわ」

 

 染み入らせるように語るミカの言葉を聞いていた少女の触手が、だんだんと激しい動きを止め、しゅるしゅると元に戻り、そして体を包んでいた青い光が消える。

 

「私……」

 

 そこまで呟いた途端。完全に元の人型に戻った少女は、涙に濡れた頬のまま、意識を失って崩れ落ちた。氷に打ち付けそうになった体を、傍に居たミカが支える。

 

「頑張ったわね。もう大丈夫よ」

 

 その言葉を皮切りに、取り巻いていたSOATの隊員たちは、はっとしたように動き出した。氷の上で倒れている男を拘束し、運んで連れて行く。

 他の面々も、すぐに負傷した隊員や損壊したスケート場の修復のために動き出し、しんとしていた世界は一気に光と音を取り戻した。

 思わぬ事件の幕切れに呆然としていたヨハネ達だったが、すぐに立ち直ったヨハネは、我に返ったように駆け寄る。

 

「そういえば、彼女の紋様は!?」

「もう人間に戻ってるし、確認できるかもしれないわね。けど、アタシが引っぺがすのはさすがに……」

「じゃ、私が見てもいい?」

 

 名乗り出たムラサキが、彼女の背中を観察すると、一際濃くはっきりとした、藍色の紋様が見て取れる。借りたカメラでそれを撮影すると、しゅうっと音を立てて、水紋は宙へと消えた。

 

「……消えちゃった」

「危ないところだったわね。消えるまでの時間って、コイツらの強さには関係ないのかしら」

「分からない……けど、今までのよりデカくて複雑だよね。すぐにカシハラに転送しよう。ミカは他の隊長達と連絡を……」

 

 そう喋っていたヨハネは、そろそろとその場を抜け出そうとしていたムラサキに気が付く。

 抜き足差し足でスケート場の出口から出ようとしていたところを、腕をひっつかんで引き止めるヨハネ。

 

「やーーーーん! ちょっとお家に帰ってシャワーぐらい浴びさせてよ!」

「あんた、他の隊員にも顔割れてんだぞ! このまんま帰せるわけないだろ! あれだけ事件に首突っ込んどいて!」

「でも、私達が解決したんだから、私が疑われることはないでしょ!? ね、お願いだからぁ!」

「そうだけどっ、あんたの植能の件とか色々……!」

 

 まくしたてるヨハネを見上げたムラサキは、人気のない裏口で静かに語り掛ける。

 

「ねえ、ヨハネさん。今回の事件は……SOATに腐った奴がいた事はたまたまだけど、ああいう何の保護もケアも受けられない子が、治安の悪い場所で放置されて彷徨ってた事が、そもそもの原因といえば原因じゃん。

――無理だよ。そっち側にいるヨハネさんのこと、私は好きだけど、信用していいのかどうかわからない」

「ッ――」

 

 その言葉に衝撃を受けたヨハネの手が、一瞬強張る。

 その隙をついたムラサキがにこりと微笑みながら、拘束された手首を小さく揺らした。

 

「離してくれる?」

「……っ」

 

 悔し気に唇を噛んだまま、下ろしたヨハネの手の力が緩む。

 指の間からするんと手を抜いたムラサキが、風のように去って行くのを背後から見守っていたミカは、あらあらと溜め息をついた。

 

「ボク、は……」

 

 以前から考えていた、自分は何のためにSOATをやっているのか、という疑問がヨハネの心を渦巻く。

 四六時中、傍にムラサキの温もりを感じていた左手を見つめ、握り締めながら、ヨハネはがっくりと溜め息をつきながら、独り言を零した。

 

「はあ……。これ、絶対カシハラに叱られるなあ……」

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