SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
その身に、ふと視線を感じて……?
2-1 悪寒
第1節 悪寒
「うう~~っ……いい朝」
セブンスコードにログインして、数時間後。
私は伸びをしながら、日の上り始めた空を眺め、ベランダに続く窓のカーテンを開け放った。
ログインした時の私の世界の時間と、セブンスコードの時間がズレてしまっている事は大いにあるので、たまにこっちの世界での真夜中に着いてしまうこともある。飛行機に乗って海外旅行に向かった時の、時差みたいだ。まあ、そんな遠い国に行ったことは、まだないのだけれど。
折角こっちに来ておいて何なのだが、早く着きすぎてしまった時は、することもないので昼寝のつもりで仮眠を取っている。
セブンスコードの中にも睡眠という概念はあるみたいで、ログアウトしようと思わなければ、こっちで眠って起きても、まだ普通にブンスコ世界の中にはいる。夢から醒めても夢の中にいるみたいで最初は不思議だったのだが、もう結構慣れてしまった。
真夜中に仕事を取ることもあったけど、幾ら植能があるとはいえ、あまり遅い時間はガラの悪い人間も多く、ちょっとこっちとしても対応に苦慮することが多いので、フリーになってからは安全な時間帯の仕事のみに控えていた。絡まれても対処が出来る、ということと、わざわざ対処したいかどうか、ということは別問題なのだ。
(うーん、どうしよう。午前中に一件、午後に一件だったから、午前の仕事が終わってから一回ログアウトしようかな? 空いた時間に小説とか書いてもいいし。夕方の仕事が遅くなりそうなら、あっちの世界の夕飯作っておいた方がいいし……。
むしろ作っておいて、仕事終わりにママのバーに寄ることにしようかな。うん、そうしよう)
あの八尺様の件がどうなったかは分からないのだが、まだ喫茶・クロカゲへの復帰は見合わせている。
一応、人の少ない時間や営業時間外を狙って、こっそりウルカちゃんやソウルくんには会いに行っているのだけれど、衣装がこの感じだし、人目につくとどこでどうSOATから咎められるかわからない。落ち着いたら、またバイトに入れたらいいと思うのだが。
それに比べてママの店なら、バーの営業店舗と風俗の事務所はまったく別の場所になるから、SOATに足がつく可能性も少ないはず。
心配なら必要最低限以外の誰とも会わないのが安全とはいえ、さすがにそれは寂しいし。
(ふむぅ……ニュース見てるけど、SOATも肩身が狭そうだねぇ)
あのエレメントの件云々はともかく、こっちの世界において公的機関にも等しい権力を有してるとこの人間が、年若い女の子を犯すだけ犯して殺していた、というのは聞こえも悪いだろう。
どこの世界にもそういう奴はいるだろうから、別にSOATが悪いわけではないと思うのだけど、一旦こういうことがあると、組織の体制とか品位を疑われてしまう。いいネタを得たとばかりに、反対派のデモも活性化を極めていると聞いていた。
(あの子、大丈夫かなぁ……)
ヨハネさんにはちょっとキツい事を言って別れてしまったとはいえ、心配になったまま音量を下げたテレビ画面を見つめた。
SOATの隊長を務めている彼にも、隊員の不祥事には責任の一端が生じるのかもしれないけど、正直こんな問題、未成年の子の双肩にのしかかっていいレベルじゃない。
ていうか、そもそもあの組織、若い子が幹部に多すぎだ。ゲームやった時から思ってたけど。
「少年少女に未来は託された」って、フィクションなら聞こえがいいけど、現実でやったらただのブラック企業だぞ。
(いや、私が知らんだけで、他にもおるんかな……ちゃんとした大人……)
SOATの人事はどうなってるんだ……というモヤモヤを抱きつつ、私はモーニングにでも行こうかと、アパートで身支度を整えた。
この世界も、一応外の世界の時間に合わせて日が昇ったり落ちたりするし、24時間という概念はあるらしい。捕縛の時はずっと空が暗くて夜みたいだったらしいけど、今はリアルの世界と見分けがつかないほど、すっきりした空気と青空、眩しい太陽が広がっている。
セブンスコードでは空腹や痛み、喉の渇きなどは基本感じないらしいので、飲食店といえば娯楽のためにあるのだけど、なぜか私はこっちで過ごしていてもお腹が空く。し、向こうの現実と同じで、満腹になると気持ち悪くて食べられなくなる。
大体の人はよほど急用などでなければ食べ物を「残す」という必要がないみたいなので、わざわざそうするということは、「不味いから口に合わない・それ以上食べられない」という風に取られることもあるらしい。なので、あんまり店の人に嫌な思いをさせないように、食べきれない分は持ち帰るか、最初から量を控えめに提供してくれる店を選ぶ。
前に行った事あるカフェを選ぶかな、と思って廊下へ出たら、朝もやの中で不意に鳴き声がして、黄色っぽい何かが突っ込むように飛んできた。
「ぴゅーい。ぴちゅぴちゅぴちゅ」
「わっ。また来てくれたの?」
思わずのけぞった私の腕に止まりながら、一羽の鳥がばさばさとその羽根を翻し、もふもふの頭を擦り付けては興奮したように鳴き声を上げる。
ぼっさぼさに逆立った頭上の毛がとさかみたい。ひよこと同じ真っ黄色の鳥だ。お腹が白くて、目の周りと羽根の縁に黒いギザギザ模様がある。警戒色そのまんまな鳥だが、なんていう種類なのかは知らない。こんな目立つ色をした野鳥は、リアルでも見たことがない。
「ほらほら、落ち着いて」
「ぴぃ」
いつの頃からかこの階の廊下に姿を見せるようになったのだが、たまたま欄干に止まっているところへ餌をやってみたら懐かれてしまったようで、今じゃこっちでも対人交流を自粛している私の、数少ない貴重な喋り相手だ。
頭を人差し指で撫でると、気持ちよさそうに目を細めている。
スズメよりはちょっと大きい気がするが、鳩とか烏ってほどでもない……キツツキぐらいかな。キツツキ見た事ないけど。
「そういやキイロイトリってあっちの世界でも見た事あるけど、あれは熊の友達っていうかキャラクターだし。お前はなんなんだろうねえ……。紫に黄色じゃ目立つ気もするけど、一緒に行く?」
「ちゅーいっ」
サンドイッチをテラス席とかで食べれば、パン屑をあげるには丁度いいかもしれない。嬉しそうに鳴いたので、肩に乗っけたまま散歩にいくことにした。
鳥を肩に乗せて散歩……リアルじゃとても叶いそうにない夢だ。魚類以外にペットらしいペットを飼ったことがない私には嬉しい。セブンスコードにいるなら、多分飢えたり死んだりもしないだろうし……。
天気のいい空の下を、表へ続く通りに出ようとした時、ふと変な寒気が私を襲った。
「ぢゅい゛い゛い゛い゛っ」
鳥が今までにない物凄い声を上げて、ドラム缶の積み重なった物陰に突っ込んで行くのが見えた。嫌悪するかのような鳴き声をけんけん上げられ、嘴と爪先で撃退されて、罵倒を浴びせながら何人かが物陰を去って行く気配がした。
あたりを旋回しながら、鳥が私の肩に戻って来る。
「ぴっ」
「守ってくれたの……?」
「ぴっぴっ」
得意げに鳴いては羽根をはばたかせるこの子に付き添われて、そっと物音がした場所の壁に近づいた私は、ああ、と納得の声を上げた。汚い落書きが、壊れかけたブロック塀にスプレーでデカデカと書かれていた。
『売女』『治安を穢す女狐はセブンスコードを出て行け』『百合豚』『ブスのくせに気持ち悪いレズ女』『→⚠⚠⚠注意⚠⚠⚠襲われます』
「はぁ……また引っ越さなきゃダメかなぁ……」
思わずため息が出る。嫌がらせの手段自体は低俗で気に留める価値もないものだが、ここに落書きがあるということは、こっちでの住所がバレたと見て間違いない。
まったく、こんな時代になったというのに、暇な奴はどこにでもいるものだ。せめて放っておいてくれたらいいものを、なんで自分たちが正義面してなきゃ気が済まないんだろう。
「うーん……あの部屋けっこう気に入ってるんだけど」
かと言って、どこぞの誰とも知らない奴らに、部屋に押しかけて来られるのも困る。
瞬間移動を使って大通りに出てからも、私は気が付けば何かが追い掛けて来るような不安に駆られて、何度も背後を振り向いた。
(なんかこのところ……気持ち悪いっていうか、妙な気配を感じるんだよなぁ……。
あの紋が暴走しちゃってるせい……?
でも、ミソラに見てもらった時はフェロモンは正常値の範囲内だったし、なんか思ったより個人出張の仕事が増えちゃったから、休むわけにもいかないし……
自分で何とか防衛するしかないか……)
別に洋服に変えたっていいのだが、この和服をこっちでの殻にしているのは、紋を隠すためという目的もあるので、おいそれと変えられない。
都会に住んでいる女性はこんな気分なのかな、と思う。
女であるというだけで、好きな服を着ることも、夜道を歩くことも許されず、警戒しなくてもいいはずの事に神経を尖らせて。人気のない道を歩くなという教えを刷り込まれた自分が、未だに散歩へ外に出て歩く時さえ、付いて来る人間はいないかと時々振り返らなければならない癖を、嫌でも思い出す。
(……不審者とか、包丁を持った奴じゃないといいんだけど)
危ない目に遭ったことは幸いにしてないが、高校の時に背後の人物を不審に思い距離を空けながらまいて帰ったら、その人物が同じ時間に下校していた小学生達を追い回していたという不審者情報が後で回って来て、鳥肌が立ったことはある。大学時代に実家へ帰省した帰り、電車で隣に座った男や道端で会った男性に、しつこく連絡先を聞かれたりとか。
そういうの、どれだけモテたかという指標にする人もいるみたいだけど、素性も何も分からない人間に後で電話したいからとか言われても、気味が悪いし恐ろしいだけだ。ナンパされて羨ましいとか、そういう次元の話ではない。
「ちゅい?」
「ああ……うん。大丈夫大丈夫。ありがとね。行こ」
気遣うように鳴いてくれたこの子には、私の見た目もそれに対する僻みややっかみも関係ない。
それに少しだけ救われたような気持ちになりながら、私は朝の街へ繰り出した。