SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

23 / 47
仕事終わりに、ママのバーに立ち寄ったムラサキ。
彼女はそこで、意外すぎる相手と再会を果たす。


2-2 見解

第2節 見解

 

 その日の夜。

 仕事を終えたムラサキは、馴染みのママの店に行き、お気に入りのドリンクをつまみと一緒にひっかけていた。

 骨格のがっしりしたママが、今日はタキシード姿に身を包んで、シェイカーを振りながらカウンターの中を動き回っている。

 

「それにしても、個人営業が順調みたいでよかったわ~」

「ママが、いいお客さん紹介してくれたおかげだよ。色々大変なこともあるけど、あんまり店にいた時と変わらない感覚でお仕事できてるし、それにまあ、正直なこと言うと、稼ぎがまんま自分の懐に落ちてくるのも、ありがたいしね……。

ママに紹介料払った方がいいんじゃないかってぐらい」

「ここに来て、元気な顔見せてくれるだけで十分よ。けど、あんま飲み過ぎないようにね。あんたアルコール弱いんだから」

「だいじょーぶ、ママが作るカクテル、ノンアルのも美味しいし。むしろごめんね、アルコールばっか飲めなくて……」

「ココは大人が夜を楽しむ場所だから、なんだっていーの。ムラサキはいちいち気にし過ぎよ」

 

 一人飲みが多いカウンター席は今日は空いているようで、奥の角にあるテーブルが数組の客で賑わい、あとは間隔を置いて数名の単身客が、キャンドルの灯るテーブルで、静かに物思いに耽っている。

 氷が砕かれて割れる音。棚に並んだ酒の瓶がぶつかり合う音。マドラーでグラスをかき混ぜる音。ミキサーの音。決められた正確な手順をなぞるように、どんなに忙しくても危なげなく動いていくママの立てる音色を、じっと目をつぶったまま聞くのが、ムラサキは好きだった。

 訳アリの人間も多くやってくるこのバーは、とにかく居心地がいい。ママはやさしいし、やって来るお客も、会話好きなら話に加わるし、そうでなければ適度な距離で放っておいてもらえる。

 透明なグラスと綺麗なカクテルの奏でる音色に耳を澄ませながら、カウンターに腰掛けたムラサキがじっと頬を緩ませていると、不意にドアベルの音色が響いた。

 新しい客が入って来たらしい。

 

「あら、いらっしゃい。お客さん、はじめて?」

「そう……だね。えっと、度数が弱いやつ、頼める……?」

「アルコールには弱い方かしら? はい、よかったらこれ。メニューあるわよ」

(……うん?)

 

 なんとなくその声に聞き覚えがあるような気がして、ムラサキは目を開ける。

 手渡されたメニューを開こうとした隣の人間と目が合って――双方瞳が真ん丸になった。

 

「っえ、んえええええええええ!?」

「あっ、あんた、なんでこんなとこに……!?」

 

 向こうも本気で驚いたようで、ムラサキからすれば馴染みのある方の格好――制服姿ではなく、赤いクチュールに身を包んだヨハネが、メニューを手に唖然とこっちを見ていた。カウンターのスツールに腰掛けた姿勢で惜しげもなく晒される長い手足と、黒いブラを纏った開いた胸元が、露出面積など欠片もないSOATの制服姿に比べればあまりに綺麗で、目をちかちかさせながらムラサキが辛うじて口を開く。

 

「そ、それはこっちのセリフ……! え、あ、う……まっ、ママ! お会計! 私帰る!」

「あらあら、どうしたのよそんなに慌てて」

「まっ……ちょっと待って! おい待てって!」

 

 SOATに捕まる可能性を思い浮かべたのか、赤くなった次に青くなって逃げ出そうとするムラサキの腕を、カウンターから降りかけたヨハネがはっしと掴んだ。

 

「待ってよ。お願い。このカッコでうろついてるのは、あんたを捕まえるためじゃないんだ」

「……え?」

「会えたら、話がしたいと思ってた。……ボクを、信じてくれない?」

 

 大きな瞳にひたむきに見据えられながら、振り返ったムラサキが動きを止める。

 じっと、頭ひとつぶん高い位置にあるその顔を見上げながら、ムラサキがおずおずと言った。

 

「……本当に、捕まえない?」

「うん。この格好でいる間は、あんたのことは捕まえないし、強引にSOATに連れて行くこともしない。……約束する」

「……」

 

 手を掴まれたままで彼を見つめていたムラサキは、さっきより席一つ分詰めると、ヨハネの隣に黙ってすとんと腰を下ろす。ほっとした様子でスツールに戻ったヨハネが言った。

 

「マスター。ボクにジンジャーフィズを。あと、彼女の次のカクテルはボクの奢りで」

「えっ」

「ふふっ、そんな堅苦しい呼び方じゃなくていいわよぉ、ママで。了解。ちょっと待っててね。ムラサキは次何にする?」

「えっ……あっ、えっ、んと、じゃあ同じやつ……!」

 

 何かを感じ取ったママは、ふふふと穏やかに笑いを一つだけ浮かべ、カウンターで作業に入る。

 驚いているムラサキに、気にしなくていいという風に手を振ってから、ヨハネはミネラルウォーターを一口飲む。

 

「今まで追い回しちゃった分のお詫び……と、この間八尺様のこと手伝ってもらったお礼。まあ、これじゃ安すぎると思うけれど」

「いやそんなん、私がやりたくてやったんだから気にしなくていいけどさ……て、いうか、ヨハネさん大丈夫だったの?」

「色々あったけど首の皮一枚繋がった。今はまだ、こっちで特別警備の任に当たってる」

 

 厳密にいえばムラサキに関わる任も兼ねているが、それは仄めかさずに、ヨハネは作られて来た飲み物を口に運びながら、話し始めた。

 ムラサキもその隣で、しゅわしゅわと泡を弾けさせる黄金色のグラスへ口を付ける。

 

「あれから、色々考えたんだけどさ。あんたに言われたこと……本当は、前からボク自身も思ってたことだった。SOATは、制度や体裁を前面に押し出すあまり、都合の悪いものを無視し過ぎたんじゃないかって。

確かに、カシハラがトップになって前よりは良くなったよ? それでも、全部は救えないだろうからって……ボクは目を背けようとしてた。改革には犠牲が付き物だから仕方ない、少しくらい頑張ったところで意味はないって言い聞かせてさ。

……でも、それじゃダメだったんだ。救えないだろうって思う者を救うことこそが、ボクのSOATとしての務めだったのに」

 

 ぎゅ、と手袋の手を握り締める。

 カウンターで、ポニーテールの房を揺らして前を向いたムラサキは、隣で語るヨハネの言葉に、じっと耳を傾けていた。

 半分くらいグラスを減らしてから、ヨハネが口にする。

 

「前からボクはこの地区の担当班長だったんだけど、この間SOATでみんなに提案してみたんだ。こっちの巡回パトロールに、私服で回る時間も設けさせてくれって」

「……私服警官みたいな?」

「まあそんな感じ。やってみたら賭場の周りの人間は、やっぱりSOATの制服姿よりも、こっちの姿の方が話し掛けてきてくれる。

SOATって知られるだけで作られてしまう壁が、知らないうちに取り去られてるのを感じた。オージがいつまで経っても人に好かれてるのが、なんとなくわかったよ」

「そうなんだ! ……そっか。街に住んでる人と、距離感が縮まるのはいいよね。近くで見ると、遠くからは見えなかったことも沢山見えるでしょ」

「本当にそう思う。巡回の時だけじゃ見れなかった、『綺麗』じゃない方の姿っていうか……色んな人が本音でぶつかってくる。全員の望みを解決することはできないってのは、わかってるんだけど、それでもちょっと楽しいかな。色んな見方があるって気付いて、びっくりするんだ」

「別にそれでいいよ。お役所の人の仕事は、人の願いを何でも叶えてあげることじゃないんだから」

 

 そう言うムラサキと会話が弾み、何杯かグラスを空にしてから、ヨハネがふと零した言葉を、彼女は耳に留めた。

 

「……それで、あんたに会えるのをずっと待ってた。また会えたら、あの時は出来なかった話を、色々聞けたらいいなって思ったんだ。この世界であんたが見てきたことも、あんた自身の世界のことも」

「ヨハネ……」

 

 まっすぐに見つめられたムラサキの瞳に、キャンドルの炎が揺れた。

 隣り合った席、キラキラ光を反射するカクテルのグラス越しに、二人の視線がぶつかる。

 

(……これ、お酒のせい?)

 

 鳴り出した心臓の鼓動が、自然と速くなる。

 ママがレコードに落とした針から流れ出す、サックスとジャズバンドのBGMが、その場の雰囲気を柔らかく穏やかにしていた。

 オレンジの光に照らされるヨハネの顔が、いつもよりずっと優しい。

 優しい灯りが灯る暗がりのテーブルで、ムラサキがそっと微笑む。

 

「私服警備のこと、勇気出して、SOATの人たちに言ったんだね」

「ボクが思ってたより、ずっと簡単だった。反対するヤツもいたけど、見えづらいトコに目を向けたいと思ってたのは、隊長たちも他のヤツらも、みんな同じだったみたいで……何かしたいって思いながら、手をこまねいてるばっかりだったって、言ってたから。

少しずつでも、やろうって思って声出すのは、意味あったんだなって思った」

「すごいよ。私なんて、こうすればいいのにーって文句だけはいっちょ前に言いっぱなしで、何もしない人間なんだから。

……この世界の人のことを、そこまで考えてるんだね。すごいね」

 

 そんな打ち明け話に感謝するように、ムラサキは淡い紫色の満ちたカクテルグラスを、ちんとヨハネのグラスにぶつけてから、ふと例の事件に思いを馳せて、考えたことを口にした。  

 

「あの、八尺様のことね。多分だけど、あの男に堕胎させられた女性って、あの人だけじゃなかったんじゃないかなぁ」

「え?」

 

 ヨハネが、意外そうに目を丸くする。つまみのオリーブを口に運んで、ムラサキが爪楊枝を指先で振り回した。

 

「水と堕胎って聞いて思いつくのは、水子の霊でしょ。あの子はたまたま男に階段から突き落とされて、流産したし意識不明になっちゃったってパターンだったろうけど、なんか……SOATに入隊してそこそこ羽振りがよかったはずの男が、そこまで金銭的に困窮してたのって、もしかして他の女にも堕胎費用を迫られてたからじゃないかって」

「……なるほど。胸糞悪い話だけど、そういう線もあり得るのか」

「ほら、ニュースで出てたけど、取り調べではあの子以外にも、レイプの被害に遭った女性がいたって話でしょ。店で女遊びするような金があるのに、堕ろすにしよ産ませるにしよ、あの子にだけ金が出せないっていうの、何か腑に落ちないなって……学生だからって見くびってたのかもしれないけどさ」

 

 そこまで吐き捨てるように言い切って溜め息をついてから、ムラサキはたんっとおかわりした長いグラスをテーブルに置く。

 

「あの八尺様……の形をした水紋? は、あの女の子に憑りついたのかもしれないけど、あの子が喋っていた言葉は、あの子だけの気持ちじゃないような気がしたんだ。

あの子のお腹にいた子や、実際に被害に遭った子、他の罪なく殺された子、そういう子達がまるで、みんな彼女の力添えをしてたみたいな……」

「水子の幽霊や他の被害者たちが、彼女を通して制裁を下したっていうのか? そんなバカな……」

「いやいや、あくまで私の思い付きだよ!? そんな、生まれてもない子のIDなんてこの世にあるはずもないんだし。でも、もしかしたら……ね? と思って。私、そういうこと考えるの好きな人だから」

 

 いかにも怪談らしい推理に息を吐きながら、ヨハネが青じそのカクテルの入ったグラスを揺らす。

 馬鹿げている……と思いながらも、あの時現場で見た数々の光景を思うと、あながち否定も出来なかった。巨大化する前の「八尺様」は、一人ではなく沢山いたのだ。その一つ一つが意志を持って動いていたと、そんな風に思えなくもない。

 最後に集まって巨大化したのも、霊魂っぽいといえば霊魂っぽく思える所以だ。

 ちびりちびりとウイスキーを運ぶムラサキの隣で、ヨハネが目を細めた。

 

「でも、もしそうなんだったら……少しでも供養になってるといいな。事件の被害者はもちろんだけど、今、リアルの世界で生きられない人や、性被害に遭った人が掛ける相談ダイアルとも連携取ってて、出来るだけセブンスコードに逃げて来る子達の取り零しがないようなシステムを、作ろうとしてる。

すぐには無理だろうけどね。もうあんな事は起きないといいなって思う」

「うわ、すごい。めちゃくちゃ進展したじゃん。さすが仕事のできる女」

「別に、起きちゃったコトは取り返しなんてつかないし、ボクが罪滅ぼしに出来そうなことが、そのぐらいしかなかったってだけだよ」

 

 称賛にも控えめにそう返しながら、照れたように赤らんだ顔へ面映ゆい表情を浮かべていたヨハネは、ふと気が付いて言う。

 

「……ところでさ、これ、さっきから全然酔わないような気がするんだけど。本当にアルコール入ってる?」

「あら、未成年の子にアルコールはダメよ。ここがセブンスコードである以上、追い返しはしないけど、誕生日を越したらまた出直してらっしゃい☆」

「……っで、え、ママっ、気付いて……!?」

 

 会話に乱入してきたママは、身をのけぞらせるヨハネに向かって、ウインクしながら小さく指を振った。

 

「ふふ、長く生きて来た人間の年の功を見くびらないで頂戴。最初から、ちゃんと全部ノンアルコールで出してたわよ。SOATの隊長サン」

「う……おみそれしました……」

「あははっ、ヨハネがママ相手にしおらしくなってる……っ」

「あんたは笑い過ぎ……っていうか、ちょいちょい名前呼び捨てするよねッ!? 別にいいけど、あんた幾つさ」

「ヨハネより年上に見える? 年下に見える?」

 

 カウンターに肘をついてじーっと見つめるムラサキの赤い頬を、ヨハネが見つめ返す。

 

「……下」

「ぶはっ。即答かぁ。だってさ、ママ」

「ムラサキじゃ仕方ないわねぇ。いいじゃないの、若く見られるってことで」

「んで? ホントは幾つなの」

「おしえなーいっ。内緒!」

「はあぁ!? 酔っ払い過ぎでしょあんた! ほら、いい加減店出るよ!」

 

 また来てちょうだいねぇ、と見送るママを扉の向こうに残し、二人はセブンスコードの街中に出た。まだまだ眠らない夜のネオンが瞬き、送風機からの風が人いきれや街の匂いを運んでくる。

 季節感を出すためにシステムで再現されたイミテーションの雪が、ちらちらと頭上から降ってきていた。

 

「時間は? まだ大丈夫なの?」

「うん……そろそろ、いい感じかな。ヨハネさんもまた、見回りのお仕事戻る?」

「ああ、いや、仕事はもう上がってるから。この後は寮に戻るかな」

「そっか」

 

 風景だけは真冬なのに不思議と寒くはない街中で、肩を並べてどちらからともなく、歩道橋の上で足を止める。眼下に広がる眩い灯りと、サーキットエリアを走る車たちの群れを眺めながら、ムラサキが呟いた。

 

「……ありがと。会えて、うれしかった」

「そ、そっか」

 

 まだ、帰りたくないな。

 沈黙が支配しても、どちらからともなく、そんな雰囲気が二人の間に漂う。

 ためらいがちに睫毛を伏せたムラサキが、白い息を吐いて問い掛けた。

 

「……ね、あのさ」

「何?」

「ダメもとで聞いてみるんだけど……。

こ、今夜って、ヨハネの部屋、泊めてもらえたり、しない?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。