SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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ムラサキの話を聞き、心配から彼女を家まで送ることにしたヨハネ。
その途中、正体不明な敵に追い掛けられて……?


2-3 半身

第3節 半身

 

「はああああああああ!?」

 

 当然ながら、車の騒音にも負けないほどの大絶叫が、歩道橋の上に響き渡る。

 慌てて両手を広げながら、ごまかすようにムラサキが宥めた。

 

「ど、どっちでもいい……っていうか、寮がムリなら自宅の方でもいいんだけど!」

「どっちにしろムリだよ! てかあんたさっき、時間がどうとかって……」

「ああ、いや、帰らなきゃいけないのはホントなんだけど……い、言ったでしょ、ダメもとだって!」

 

 開き直って言い返すムラサキに、ヨハネもキレながら怒鳴り散らしていた。

 

「ダメって分かってるなら聞いてくるなよ! ダメに決まってるだろ!!!」

「だっ、だよねー! いや、ううん、いいのいいの! ほら、ログアウトの時って私自宅か個人の家のアドレスデータから帰るようになってるから、ちょっとお邪魔してワープホール代わりに使えたらいいなって思っただけで! うん、どっか公共のワープステーションでも借りて帰るよ! ね、大丈夫大丈夫」

 

 その後の誤魔化すような言い訳を聞き咎めたヨハネは、怒りの表情を引っ込めると、今度は怪訝そうに眉を寄せてムラサキを見つめた。

 

「……何。家に帰りたくない理由でもあるの」

「いや、その……家がイヤっていうよりは、帰り道がちょっと……というか」

 

 なんとなく、離れるのが名残惜しい時の話のネタには、丁度いいかもしれない。

 酒が入って心が解けていたのも手伝って、ムラサキはヨハネに、壁の落書きにはじまる嫌がらせや、最近自分が街中を歩いている間に時折味わう例の感覚のことを口にした。

 聞き終わったヨハネが、ますます眉を顰める。

 

「最近誰かに見張られてるような気がする? ……なんでそれ早く言わないんだよ」

「いや、だって、私の気のせいかもしれないし……。この間だって八尺様のことで大変なことがあったばかりだから、私のせいでまたヨハネに何か迷惑掛けたくないなって……」

「バカ、民間人の警護だってSOATの仕事だろ。……それで? 実際に姿を見たことは?」

「ううん、私はない……。なんか……声が聞こえるような気がするから、人なのかなってのは思うんだけど」

「そりゃそうだろ」

 

 呆れたように言いながらも、現状手がかりがほぼ何もないということを知ったヨハネは、腕を組んだまま頷いた。

 

「わかった。今日は送ってく。あんたの家まで一緒に帰ろう」

「……え」

 

 思わぬ申し出にぽかんとしたムラサキを、不思議そうに見つめ返したヨハネは、言い訳するようにあわあわと手を動かした。

 

「い、言っとくけど、あんたを一人で帰すのが心配ってだけだからね! 道中なんかあったら仕事が増えてこっちの貴重な休みが潰れるしっ、別に上がり込もうとか思ってないからっ! 誤解するなよ!」

 

 わあわあと喋り続けるヨハネに、ムラサキは楽しそうに噴き出してからその申し出に頷く。何であれ、一緒にいられる時間が少しでも伸びることは、ムラサキには嬉しかった。

 

 

「なんか最近さあ、このあたりって電波の調子悪いよね」

「あんたの住んでる地区は、元々電波障害受けやすい場所だろ?」

「それはそうなんだけどさ。多少ちょっと繋がりにくいのと、ワープできる場所が少ないくらいで、私には不都合なかったから、むしろその程度の不便で家賃が安くて静かな場所っていうなら、こっちとしては願ったりだったんだけど。

……にしても、最近このあたり、ほとんど歩いて移動した方が瞬間移動よりも速いぐらいっていうか……。

おっかしいなあ、もうアパートのエントランスまで、接続されてもいい頃なのに」

 

 ストーカーを避けるならば、場所から場所への瞬間移動が使えた方が圧倒的に便利ではあるのだが、ここを歩くことが多いというムラサキのために、ヨハネが念のため、帰宅経路を一緒に歩いて周囲を確認することになった。

 時刻は深夜に近いものの、眠らない街であるセブンスコードにとっては、この地域も例外ではないらしく、大きな交差点やデパートのある通りを離れてからも、街灯は枝程の高い位置に瞬き、夜道を照らしている。

 ヨハネの足元のパンプスと、ムラサキのブーツ、二人分の足音が、店じまいを始める飲食店の並ぶ路上にこつこつと響いた。

 

「もしかして、このへんの街灯もSOATが整備したりとかしてたの?」

「暗い場所は治安が悪いっていうから、最低限のインフラはと思ってね。まあこのへん、大通りのあたりに比べたら人口が少ないから、事件らしい事件の報告も聞いてないんだけど、その壁の落書きっていうのは何か気になるな」

 

 確かに、一番人気がないといえば、最後にアパートへ向かう前の少し入り組んだ道くらいだ。このあたりはまっすぐな街路が続いているし、深夜のカラオケ帰りの学生集団や、犬の散歩をしながら走っている人もいる。

 ムラサキがよく来る喫茶店も、ここと同じ通りにある。ムラサキ自身から見ても、見通しが良くそこまで治安が悪い場所には思えないので、ますます自分の勘違いではないかという思いで首を捻るが、ヨハネは傍を離れようとしなかった。

 隣を歩いて話をしながらも、警戒するように、鋭い目を周囲に時々巡らせている。

 

「ごめんね。あ、ありがと……」

「何も起こらないに、越したことはないから。どんなに明るいところでも、犯罪って起きる時は起きるし。それに……」

 

 不意に、ヨハネが黙り込む。

 脚を止めたその横顔を、ムラサキが不思議がって覗き込むと。

 ヨハネの青みがかった瞳が、街灯の下でちらりと輝いて、隣のムラサキを見下ろす。

 不意にその手を引っ張って、ヨハネは閉店したカフェの軒先から突き出すビニール屋根の下へ、身を潜ませた。段を上がってすぐのところに、入口がある。

 とんっ、と入口の扉に背を押し付けられる形になりながら、ムラサキが動転してヨハネのことを見つめた。

 

「……よ、よはねっ?」

「それに、言っただろ。あんたと話してみたかったんだって。……実際に話してみたら、もう少し独り占めしたくなったんだって言ったら、あんたは怒る?」

「っ、ま、ままま、何言ってるの……っ?」

 

 逃げ場がない。上から見下ろすように、両腕を扉について囲われたムラサキに逃げ場はなかったし、逃げようとも思えなかった。

 体温が近い。褐色の肌と、整った高い鼻と、実際に見ると想像よりずっと綺麗で、覗けばいつまでも見ていたくなるようなヨハネの瞳が、すぐ目の前にある。

 こっちがこれほどドキドキしているというのに、近くで表情を焼き付けるように見つめられて、ぶわっとムラサキの顔が熱くなる。

 目を白黒させながら、なんとか言葉を絞り出しつつ、ムラサキは落ち着きなく身じろぎして視線を動かそうとした。

 

「きゅ、急にどうしたの。わ、私もしかして、間違えて植能使った? ごめん、だったら謝るからっ、あんまヨハネの意に沿わない状態で、こういうことしない方が、っ……」

「いいから、少し黙って」

 

 指先で顎を掴まれ、鼻が触れそうなほど顔が近付けられて、今度こそ身動きできなくなる。

 互いの呼吸の音が、耳元で聞こえそうだ。

 

(あ、あの、まさか、これ……)

 

 いくら屋根があって少しは暗がりにいるとはいえ、まだ路上には人の姿がある。

 あまりに大胆な行動に翻弄され、口先では拒絶の言葉を言いながらも、酒の余韻に酩酊するような気持ちで、思わずムラサキは目を閉じた。

 ……瞼の裏に、仄かな街灯りの気配が透ける。遠くからさざ波のように押し寄せる人々の談笑と、自分の心臓の鼓動以外、何も聞こえない。

 

「ま、まってヨハネ、だめ……っ」

「……今は恋人のフリしてて」

 

 その声のトーンが、甘いものとは程遠かったことに気付いたムラサキは、閉じかけた瞳を見開いて一気に意識を覚醒させる。

 顔を近づけたままで、ヨハネが視線を走らせ、囁いた。

 

「……追って来てる。恐らく二人」

「っ、うそでしょ」

 

 ざぁっと、全身に鳥肌が立つ。いちゃつく恋人のフリをして、一気に血の気が引いたムラサキを両腕の中に囲い込みながら、ヨハネは耳元に唇を寄せて先端を食む。

 

「あんた足は?」

「も、もう全然大丈夫。元々そんな酔ってないし」

「コルニアで攪乱するから、合図で一気に走って。いい?」

 

 唇が耳の先に触れたまま指示されて、ムラサキは震えながら腕の中で頷いた。

 彼女を庇って傍に立たせた状態で、ヨハネがコルニアの障壁を作る。

 

「……コルニア。視覚情報を改竄!」

 

 二人が走り出したことで、敵も逃げられると判断したのか、何かががさがさっと茂みを飛び出し、一気に追って来る気配がする。朝追われていた時の不気味な寒気を、ムラサキは思い出していた。

 息を切らす二人の足音に合わせながら、ぺたぺたと這うような音が途切れずについて来る。

 

「ッ、あいつら速いっ……! それに、コルニアで陽動掛けてるはずなのにまっすぐこっちに向かって来る……!? いったい何で……」

 

 壁のように作られたコルニアの障壁を、迷いなく突き破って来る敵の反応に、ヨハネが焦りを見せた。

 火花のように光が散るバリアの向こう側で、恨みがましさを満載にしたような不満げで――それでいて、完全に人間とは思えない呻り声が響き渡った。

 

「アアアアアアアアア」

 

 ぞわぞわっ、と全身が粟立つような咆哮に、ヨハネとムラサキの足が思わず止まる。建物を震わせるほどの叫びだというのに、いつの間にか通行人が人っ子一人いなくなっていた事も併せて、不気味だった。空が、セブンスコードにあるまじき赤黒い色に染まっている。

 

「な、何……?」

 

 おそるおそる、首を捻って振り返った二人は、見た。

 破壊されたコルニアの障壁と、上がる煙の最中から現れた、這いつくばるような肉の塊……それが、腕立て伏せをするように両腕を曲げながら地面についた、髪の長い二人の女だということが、辛うじてわかる。

 しかし――下半身がない。

 本来、脚のあるべき部分からは、尻尾のようにだらりと腸の切れ端を垂らし、断絶された上半身を引き摺りながら、腕の力だけでこちらに寄ってくるのだ。

 にたりと裂けた血の色の唇から、言葉が発せられた。

 

「足が欲しいぃ」「足を返せえぇ」

「「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?!?!?」」

 

 次の瞬間、病的な白さを持つ血で汚れた二対の腕が、内臓を引き摺りながらガサガサ全力疾走を始める。

 あまりの恐ろしさで叫んだヨハネとムラサキは、泡を食って走りながらも何とか正気を保って会話を試みた。

 

「なっ、何だよアイツ!? なんであんな恐ろしいスピードで走れんだよッ!?」

「何って化け物でしょ!? あれテケテケじゃんテケテケ! とにかく走って! あいつら失くした下半身を探してるんだよっ、捕まったら両脚ちょん切られる!!!」

 

 半泣きになりながら破れそうな喉で叫んだムラサキが、端末を見てますます泣きそうになる。

 

「やだ、位置情報がおかしい……どうなってるのこれ……私たちどっちに逃げてるの???」

「多分、あいつらがいるところだけ、こっちの世界のデータ空間にバグが起きてる……一旦離れよう。正確な座標が分かれば、表に戻れるはずだよ」

 

 パニックを起こしそうなムラサキの汗ばんだ手を握り直して、自分もじっとり汗に濡れた手で端末をスクロールさせたヨハネは、文字化けを起こし始めたその地図から、辛うじてまともに表記された公園に駆け込むと、ジャングルジムの上へムラサキを引っ張り上げる。

 

「こ、こんなところに逃げて大丈夫なの?」

「あいつら、地面にいただろ。それにあの体だったら、地面以外の場所には触れられない。地面を媒介にしてこのあたりのデータを改変してるんだとしたら、もしかしたら……」

 

 身を寄せ合う二人を囲む公園の外から、「足はどこだぁ」という声がひっきりなしに上がる。しかし、おかしかった空の色はだんだんと元通りになり、通りの人たちの声が徐々に戻り始めた。それと引き換えに、女の声と気配はぴたりと止んで遠ざかる。

 すっかり涙を浮かべたムラサキが、少し呼吸を落ち着かせて口を開いた。

 

「……。じ、地面から離れていれば、あいつらの干渉を避けられる、ってこと?」

「そうみたいだ。表に繋がった場所にボク達がいて、その間に空間の位相が元に戻ったから、あいつらはボクらの事を見失ったんだと思う。

けど、いつまでもここにいる訳にはいかないし、また周りがおかしくならないうちに、早く行こう。……目的が何にしろ、好き勝手電脳空間をいじって化け物じみたプログラムをセブンスコードへ送り込めるなんて、並の奴の力じゃない。今は逃げた方がいいな」

 

 こくん、と頷いて、この場を離れるために動き出したヨハネについて行きながら、ムラサキは思い出したように叫ぶ。

 

「ま、まって! そういえば家、家あっちっ……!」

「このまま先に行っても、ワープの使用可能エリアからは遠ざかるばっかりでしょ。引き返した方が早い」

 

 一番近い場所……と手首の端末を見ながら、ヨハネがムラサキの手を千切れそうなほどに曳いてひた走る。

 隣の区画への境界線を越えた瞬間、ぴこん、とワープ可能エリアの到達を告げる通知が、ヨハネの端末から響いた。二人が希望に満ちた目で叫びを上げる。

 と、その時だ。

 

「足を返せぇ」「足をよこせぇ」

 

 はっと振り返れば、遥か遠くのビルが落とす影に出来た暗闇に、這いつくばった赤黒いテケテケの、赤い目が光っている。最後の力を出し切るつもりだったのか、まるで彼らは弓を引き絞られて飛び出す矢のような勢いで、カーリングの玉よろしく地面を疾走してきた。

 うねうねと動く針金のような長い髪と、目にも止まらぬ速さで動く両腕が、ムカデかクモの足を彷彿とさせるようでものすごく気持ちが悪い。

 蒼白になって身を縮ませたムラサキは、もうなりふり構わずヨハネに抱き着くと泣き叫んだ。

 

「よ、よはね! よはねよはねよはねよはね! お願い早く! 私の端末のバッテリーも貸すから、もうどこでもいいから早くどっかワープしてぇ! お願い!!!」

「わ、わかってるってっ! あんたに抱き着かれてるから上手く操作できない……っ、ああもう、わかったからっ!」

 

 焦りを滲ませつつ、瞬時に目的地を設定したヨハネ達の姿が、光の溢れる街灯から掻き消える。

 彼らが消えた後で、テケテケの群れも、誰の目に触れることすらなくセブンスコードの夜闇へ消えていった。

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